仮想空間

趣味の変体仮名

十二段さうし 中

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2567247?tocOpened=1

 

 

2(左頁)

 ▲第七 しのにのだんの事

みねのあらしも長閑にて。たにの小川もなみたゝず。しるも

しらぬもをしなへて。人をとがむるさとのいぬ。こえすむ程

にもなりしかば。今時分もよかりなんとおぼしめし。とび

らをひそかに。さら/\とをして見給へば。いまだもんをはさゝ

ざりけり。にはに入てみ給へば。ていのつまとも心して。かたと

はほそめにあけられたり。御ざうしは御覧して。されはこ

そ。いまにはじめぬ事なれとも。げんじのうち神。正八まん

の御りしやうにこそと。よろこび給ひて。うちへぞいらせた

まひける。其夜のつまどのばんしゆには。すはうのむろ。すみ

すまあかし。れんぜいさらしな十五夜とて。われにおとら

ぬ女ばうたち。七人そろへてをかれたり。十五夜此よしきこ

しめし。たそや此。なるとのおきにをとするはとありけ

れば。御さうしはきこしめし。月にすむかつらおとこにさそ

 

 

3

はれて月のいるさの山のはの。そなたのそらのなつかしさに。

くわじやか爰までまいりたり。をしへてたべや女ばうたち

とぞおほせける。十五夜此よしきこしめし。月の入さの山のは

は。こなたの空とぞ申ける。御さうしはなのめならすにおぼし

めし七重のびやうぶ八重のきちやう。九重のみす。十二重

のきんくわかきわけ/\とをえいつゝ。たれしやうするとはな

けれども。上るりござんのやどり給ふ。ゆかのにしきのうへ近く

いらせ給ふ。ともし火いまだきえされば。上るりごぜんは。よひのし

やうぞくのまゝにて。むらさきべりのたゝみしかせ。にしきの

御座をはしらかし。たけにあまれる。ひすいのかんざしを。む

めのにほひにてよせさせて。七重のびやうぶの其内に。ちんの

枕をかたふけて。東西ぜんごもわきまへず。まどろみ給ふ御す

がた。物によく/\たとふれば。やうりうのかぜになびくにことな

らず。御ざうしの心のうち。やるかたなくぞおほえける。あたりを

 

しづかにながむれば。かず/\のしやうれうどもを。うちちらし

てぞおかれける。まづ一ばんに。てんだいは六十巻。くしやは三十く

わん。ふんすいきやうは四十くわん。しやうどの三ぶきやうけご

むあごんほうどうはんにや。ほつけとうち見えて。かずをつく

しておかれたり。さうしにとりては。古今まんよういせ物がたり。

げんじさことも恋づくし。わかの心をはじめとして。おにのよめ

るちしま文まで。おつとりちらしてをかれたり。あさゆふよめる

とおぼしくて。しろかねのつくえに。こんていのほけきやうは。一

ぶ八くわん廿八ほん。中にも五のまきには。女人じやうぶつと

とかれたり。ことに大ばほんとて。ようもん有。六のまきには。

じゆりやうほん。七のまきには。やくわうほん。八のまきには

と御らんじて。よしつねこそみやこにて。三たいしゆかくしやなりし

が。かゝるあづまのえん国にも。かやうにやさしき女もあるやん

 

 

4(挿絵)

「せんしゆのまへ」

「さらしな殿」

「有あけ殿」

「そつの介」

「そらたゆ殿」

「月さゆ御せん」

「れいせい殿」

「玉ものまへ」

 

「みたわか御せん」

「なてしこ殿」

「花さゆ御せん」

「上るり御せん壱間所」

「御さうし」

「十五やあん内」

「十五や御せん」

 

 

5

とむねさはくばかりなり。さるほどに御さうしは。こよひははし

めの事なれば。たにのと出しうぐひす。のきばのむめにすみな

から。まだ花なれぬふぜいかや。とや。いはまじかくやいはんとお

ぼしける。やゝありてあんじつゝ。こしよりあふぎを取出し。

三けんばかりをしひらき。やよひなはの頃なるに。すゞしき

程につかはせ給ひ。此ところにともしたる。あぶら火を十二

ところまでうちしめし。せうめいほのかにかき立て。あふぎを

きり/\とをしたゝみ。上るり御ぜんのみだれがみかたしきたる

ゆかのうへを二三と四五とならして御ざうしの。おほせられけ

ることの葉の程こそやさしけれ。君ゆへに。心は雲井に

あくがれて。花の都にはかくれば。かすみと共に立出て。さみ

のすみかをたづねつゝ。あづまぢはるかにくだりたりけん

じの大しやういかなれは。をよばぬこひに身をやつし。とは

ぬにいろをあらはして。はつかしやいせをのあまのぬれころも。

 

しほたれぬるを人や見るらんと。うちながめ。すまよりあかし

のうらづたひ。きしうつなみに袖ぬらし。うらふくかせに身をま

かせ。君を見そめしはじめより。心のやみにまよひにし。心づくし

のはてしなき。あいぞめ川のこひのせに。いかなるちふぃりを

むすぶらん。思ひの床にいりながら。たかねの花はよしなくも。

たをらぬ袖ににほひそめ。雲井の月はいかなれや こけのたも

とにやどるらん。かずならぬ身の程しらねども。あの山こえて

あなたなる。あしびきの露ふみわくるさをしかの。つま恋かね

たるふせいして。しゆくせをむすふいづもちの。道のしるべもた

よりなき。都のくわじやがこよひしも。すいさん申て候なり。

いかにや君とぞおほせける。上るり此よしきこしめし。さながら

ゆめの心ちして。うちそひいたるふせいして。ねみだれかみの

たえまより。かれうびんがのこえをあげ。たそやきゝもなれざる

こえとして。都のこと葉をの給ふは。みやこのならひにてさふら

 

 

6

ふかや。いかなるにかゝるふせいはなきぞとよ。其うへにまさ

る。大名かうけのかたよりも。玉づさあまたかきをくり。あさ

ゆふ心をつくせとも。いまだなびかず。返事せず。ところにした

かふえをばかく。葉にしたがひて。露はをく。花を見てこそえ

だをばをれ。雲にかけはしをよはぬ恋をせぬ物を。わらは

と申は。ちゝはづしみのげん中納言かねたかとて。三河の国のこく

しなり。はゝはやはぎの長者とて。かいだう一のゆうくんにて。

ふたりの中よりしやうずる其子にて。一じをろかの事ぞなき。

たとひいかなる人なりとも。いかで御身をよぶべき。事さら御身は

かねうりきちじが下人ときく。およばぬとひをする物かな。恋もあ

またにわけられたり。あふ恋見る恋きくこひ。まつこひしのぶ

恋とて。恋は五つにわけられたり。およばぬこひをするものは。

それ天ぢくにはむすぶのかみ。たうどにてはあいぜん明王。我てう

にては。いづものさいはらさいの神の。ふかくにくませ給ふ物。はや

 

/\かへらせ給へとぞおほせける。御ざうしはきこしめし。いかに

君聞召せ。およばぬこひもある物を。いかなればのりきよは。そ

の身はあづまのえびすなれども。十九のとしより。宮すとこ

ろをこひたてまつり。玉づさをまいらせ奉りければ。きさ

き此よし御らんじて。まことやらん。さとう兵衛のりきよは日本

一の歌人ときく。さふらふさらば歌のたいを出さんとて。百しゆ

のたいをぞおくられける。のりきよ是を給はりて。れうの水

をえたるごとく。やがてつらねて奉る。きさき此よし御らん

じて。心こと葉もおよばれず。さりながらなんじにめぐりあ

はん事は。この世すぎ又あのよをもうちすぎて。そのさきのよに

ならんとき。これよりにしのはう。あみだのしやうどにて待べし

とおほせけれはのりきよいよ/\おもひにしづみけれは。き

さきの御つほね此よしきこしめし。いかにのりきようけ給はれ。是

よりも西のはう。あみだのじやうどゝさふらふは。是よりにしに

 

 

7

あたり。あみただうの御事なり。きさきはこのほと。百日まう

てをめされけるか。そもこよひとはゆふさりすぎ。又こよひとは

あすの夜をすきそのゝちの夜。是よりにしのあみたた

うにて。あはせ給はんとのおほせなり。のりきよとこそ。おほせ

ける。のりきよこのよしうけ給はり。なのめならずによろこひ

て。やかてしゆくしよに立かへり。その夜をいまや/\とまちい

たり。すでに其夜になりぬれば。いそきかの御だうにま

いりつゝ。きさきの御(こ)かうを。いまや/\とまちし程。さ夜ふれ

がたになりしがは。たちを枕にしてうちまとろまんとしけれ

は。きさき御かうならせ給ひけるか。此よしを御らんじて。かへらんとし

給ひけるか。げにや人のおもひをきる物は。じや道におつるとおほ

しめし。枕もとに立よらせ給ひて。一しゆの歌をそあそはしける

  十五やの月のいるさをまちかねて

   まとろみけるぞつたなかりける

 

(挿絵)

「はる」

「なつ」

「御さうし四きをみ給ふ」

「あき」

「ふゆ」

 

 

8

とあそばしけれは。のりきようけたまはり。夢の内に申ける

  十五やの月のいるさをまちかねて

   ゆめにや見んとまとろむそ君

と申つゝ。ついに其こひとけにけるか。かさねてのりきよ。御

袖にすがりて。さて又いつと申けれは。あこぎとばかりの

給ひてかへらせ給ひけり。さてものちきよは。一すんのとう

しんを。五分にきりてたてゝ。あふらひのいまたきえさる

うち?百しゆのうたをつらねて出すほどの歌人なれ共

いせのうみあこきがうらに引あみも。たびかさなればあら

はれにけるといふ是をしらずして。十九のとし。もとゆひき

り西へなけ。其名をさいぎやうほうしとよばれしも。さなが

らこひゆへとこそうけ給はる。いかなれはかきのもとのそうじや

うは。御としつもりて六十八と申に。そめどのゝきさきのみやを

こい奉りて。ついに其恋とけにして。せきのし水にかけ見れ

 

ば。そうしやうは。あをきおにとけんじ給ふ。そのまうねん

のかゝるゆへに。宮す所は。あかきおにとげんじつゝ。八まんざい

へ給ひしも。ひとへにおよばぬ恋ゆへなり。それ天ぢくのし

ゆはきやうは。いかなれはほしのみやをゆめに見て。かれをは

恋にめされつゝ。ういに其こひとけずしてこうか河へ身

をなげたまふも。さながらおよはぬこひとさふらふはゝ。ほん

ふの身として。神やほとけをこひたて奉りてこそ。けにもお

よはぬこひにてさづらづべし。ぼんぷがほんぶをこひたらん

は。なにかはくるしう候べき。いかにや君とぞおほせける

  第八 上るりまくらもんたうの事

げにや九重(くちう)のたうたかしと申せとも。つはめかとへばしたに

あり。つるぎのやいばははやきとて。いはのかどをがけづらぬ物。

竹のはやしかたかきとて。たうり天へはのぼらぬもの。三河

かけし八はしの。くもでに物をやおもふらん。一じゆのかげ一がのな

 

 

9

がれをくむ事も。みな是たしやうのえんぞかし。笛による

秋のしかの命をすつるもこひゆへなり。夏のむしの火にい

るも。玉むしとかやにことかさねて。身をいたづらになすとか

や。かゝるこゝろのなき物まて。こひのみちにはまよふときく。

君はいかなる人なりしも。くわしやは都のものとして。九重の

雲井を出。八えのしほちをへだてさふらふとも君とく

わじやとの中川の。あふせをたがひにまちてこそ。今まで

ひとりおはすらん。いかにや君とぞおほせける。上るり此よしき

こしめし。かへらせ給へ都のとの。明日にもなるならば。はゝの長

者みゝに入。かねうり吉次が下人こそ。ひめのかたへちか付たる

とて。ものゝふにおほせつけ。こうちへ出し。あき人の手にわた

り。しざいるざいにおこなはれんときは。はかなき君をうら

み給ふな。かへらせ給へ都のとのとぞおほせける。御さうしはきこ

しめし。明日はなにゝもならはなれ。たとへるざいにおこなわる共

 

くわじやがためには。めんぼく也。とかく返事をの給へは。上るり御

前此よしきこしめし。此とのはしよじにさかしき人にておはしま

す。すかして見んとおぼしめし。ついにいなともさばこそ。わら

はと申は。こそのはるのころよりも。ちゝにおくれ奉り。そのために

第三年にならんうちに。千ぶのきやうをよみ奉り身にて

さふらふ。ひるは一ぶのきやうをよみ。よるは一万べんのねんぶつ。

年すぎての其後は。ともかくも。やはぎとみつからさふらはゝ。

つま共におぼしめせ。しやうしはくるまのわのことし。などかは

めぐりあわさらん。かつうは御身のためなるへし。御きやうにお

それをなして。かへらせ給へみやこのとのとぞおほせける。御さう

しはきこしめし。いかにや君きこしめせ。せきとめられし小

川の水も。ついにはもりてなかるゝ物。竹のふし/\よをこめ

て。すえまでおもへとさふらふかや。それ天ちくの三さうほうしは。

 

 

10

いかなれは。あし国(こく)のわうのひめ宮にあひなれそめて。御子に

はしんか大臣をまふけ給ふ。是もこひちのゆへそかし。いかな

れはしがてらの上人は。御とし八十三と申に。京極のみやす

所をこひ奉り給ふ。みやす所はあまりに其をもかげのいぶせ

さに。御年十七と申に。みすの外(ほか)まて御出有て。御手ばかり

を奉る。上人は御手はかりを給はりて。一しゆの歌をあそはしける

  はつ春のはつねのけふのたまはゝき

   手にとるからにゆらくたまのを

とありければ。みやす所きこしめして

   いさたらはまことのみちにしるへして

    われをいさなへゆらくたまのを

上人御手はかりを給はりて。三と御むねにをしあてゝ。つい

に其こひとけたりしかは。宮す所はたゞならず。御くわいに

むありて程なくえちぜんの国。つるがの津とかいつのさかひ

 

なる。あら地山にて御さんのひもをそとき給ふ。かれを取あ

げ見給へば。おもては六つ。御手八十二あり。もといあらち山

と申せども。それよりはじめて。あらち山とぞ申ける。かのもの

やがてとそつ天にあがり給ひて。八十をつこうをへて。そのゝち

ぼん天よりあまくたり。つるかの津にけいたいぼさつと

あらはれて。ほくろくたうをしゆごし給ふも。さながらこひ

ぢとうけ給はる。さて又小野小町は。人のをんねんかゝれる

とがにより。ついにきやう人となり。野へをすみかとさだめ

つゝ。よもきかもとのちりとなる。げんじ女(によ)三の宮は。かしはぎ

のえもんのかみにあひなれて。かほる大将をうみ給ふ。さ衣の

大将きこしめしてかくなん

  ▲たかせにかたねをまきしと人とはゞ

    いはねのよつはいかゞこたへん

とあそばしけるも。ゆらいは恋のいはれ也。かやうに申くわしや

 

 

11

ばらも。二さいの年よりちゝにをくれ奉り。万ふの御きやう

おこたらず。ひるは三ぶの御きやうをよみ。よるは六万べん

の念仏。あみたきやうをよみ。さらにをこたる事もなく。し

やうじんの所。ふしやうじんのものかまいりて。あらはこそ。しや

うじむとしやうじんかよりあひて。かの物がたり申さんは。何か

はくるしかるべき。上るり此よしきこしめし。わらはと申は。色

なにとなきいや心きじつがふをや。しばのいほりにてさふら

へとも。三世のしよぶつのつねにやうかうならせ給ふ。わらは

にうたきり給ふならば。仏にをそれをなし給ひて。御かへり

あれとぞおほせける。御ざうしはきこしめしいかにや君。仏

もえをめさるれはこそうむろより。むろちへかよふしやかた

にも。やしや大臣の御むすめ。やしやたら女にあひなれそ

めて。御子にはらこらそんじやをまふけ給ふ。神々にもむす

ふのかみとて。おはします。一念五百生(しやう)まて。まもらんとちかひ

 

(挿絵)

「御さうし」

「上るり御せん」

 

 

12

給ふ神たにも。伊勢両大神宮と。御立ある。其ほかあつた

の宮。すはの明神。いづはこね。日光山のやしろまで。なんた

い女たいはおはします。ましてやもろ/\のしよぶつ。三ほうくわ

こ。ぜんぜのむかしより。きのふけふにいたるまで。むすび給ふべき

ちぎりなり。男女わがうのなさけをば。いかでかそむき給ふへ

き。ぼんなうすなはちぼだいとなる。しやうじすなはちねは

んなり。一ぶつかいぜんごんしやうとときくときは。みねのあらし

ものりのこえ。しよほうじつさうとくわんすれば。ほとけ

もしゆじやうもひとつなり。ふつほうせほうになそら

へて。おほくのこと葉をつくされける。御ざうしのこゝろ

のうち。はかりがたなふきこえけり

 ▲第九 やまとことはの事

じやうるり此よしきこしめし。こはいかに。此殿は。しよじにさかしき

 

人にてましますぞや。今より後は物いはじとおぼしめしこ

はた山には。あらねども。たゞくちなしとてをともせず。御ざうし

はきこしめし。やまとことばになぞらへて。おほせけるこそおも

しろけれ。いかにや君きこしめせ。みちのくの人めしのぶにあ

らねとも。物はいはしとさふらふかや。つの国のなには入江

にあらねども。よしともあししともいはじとや。我こひを物に

よく/\たとふれば。しなのなる。あさまのだけのふぜいかや。

つゝいの水にもさもにたり。野中のし水のふぜいかや。つ

ながぬこまにもたとへたり。つるなきゆみにもたとへたり。

ねざゝのうへのあられかや。下かふくすにもたとへたり。

ふえ竹のふぜいかや。一むらすぎのありさまかや。ほそ谷

川のふぜいかや。うつすみなはのたとへかや。ふたまた川のふせ

いかや。きよ水ざかにさもにたり。けしやうのおびのふぜい

かや。おきこくふねにもたとへたり。ならのを山のふせいかや。う

 

 

13

つみ火のふぜいかや。こきくれないのふぜいかやと。おほせける

上るり此よしきこしめし。いかに物をいはじとおもへども。人の

かたより歌をえて。うたの返歌をせぬものは。是よりたうる

天んのこなたなか。山のふもとに。むりやうこうをへて。したな

きじやしんとむまるゝなり。人のかたより文をえて。ふみ

の返事をせぬものは。まうもくにむまるゝなり。返事ば

かりはせばやとおぼしめし。いかにやさふらふ都の殿。あさま

のだけとさづらふは。もえ立ばかりの心かや。つゝ井の水の

ふせいとは。やるかたなきとのふせいかや。野中のし水とさ

ふらふは。かきわけまいるとおほせかや。つながぬこまとさふら

ふは。ぬしなきものとさふらふかや。つるなきゆみとさふらふは

ひくにひかれぬたとへかや。ねざゝのうへのあられとは。ひかば

をちよとのたとへかや。下はふくずのふぜいとは。もとは一にて

ちゞに心をくたくとかや。ふえ竹のふぜいとは。一夜こめよと

 

さふらふかや。一むらずゝきとさふらふは。たゝ一引になびけと

かや。ほそたに川のふぜいとは。一とはおちて一つになれとのお

ほせかや。うつすみなはのふせいとは。たゞ一すぢにおもひき

れとの心かや。二またがわのふぜいとは。めくりあへとの心かや。

きよみつざかのふぜいとは。人めしげきのたとへかや。けしや

うのおびのふぜいとは。むすびあへとの心かや。おきこく

舟とさふらふは。こかれて物をおもふとかや。ならのお山のふせ

いとは。申さはかなへとさふらふかや。うづみ火のふぜいとは。そこ

にこがれてうへにけふりの立とかや。こきくれないとさふら

ふは。色にいづるとさふらふかや。上るりごぜんは。十四なり御

ざうしは十五也。十四と十五の事なれば。なれうなれじのす

まふ草。きやうげんききよになぞらへて。ことばに花をそ

さかせける。御ざうしはきこしめし。いかにや君うつの山べのつ

たみちたえこそなけれほそみちの。あさかのぬまの花かつみ

 

 

14

かつ見る人に恋まさり。しもつけのむろのやしまに立煙

も。風になびくときく物を。水にもまるゝ川柳も。枝にひ

かりをはなさんとて。ほたるにやどをかすものを。よしやあししと

てきりすてられしくれたけも。もとに一夜はとまるもの。風

にもまるゝ草木だに。つばさにやとをはかすときく。じや

うるりこのよしきこしめし。こはいかにこの殿は。しよじにさかし

き人にてありけるぞや。女人とむまれなば。かやうの人にあひ

なれて。草のまくらのうたゝねに。露のなさけをこめばやと

おぼしめし。人のおもひをきるものは。じやしんとかならす

うまるゝもの。たとひあすにもなりてのち。はゝのちやうじや

のみゝにいり。いかなるめにもあはゞあへ・なびかばやとおもへ

ども。こゝにいくらの。大みやうかうけのかたよりも。ふみ玉つ

さのことのはを。つくさせ給ひしその折も。ついになびかず

へんじもせず。今さらかねうり吉次のぶたかに。あさ夕しこ

 

うの都のくわじやにこよひしもなびかん事とおもへども。

むかしをつたへてきく時は。おにのたてたる石の戸も。なさけに

あくときく物を。ましてや人とむまれきて。いかに/\とおほし

めし。よひはさかもり夜中はもんどう。さよふけがたの事な

るに。たがひに心ありあけの。火もほのかにそみえにける

 ▲第十 御座うつりの事

じやうるり御ぜんは。いはきをむすばぬ御身なれば。はく

のおびの一むすび。とけぬほどこそさびしけれ。かしまの

神のちかひにて。むすびそめさせ給ひける。みきはの氷うち

とけて。られうのたもとを引かさね。神ならばむすぶのかみ。

仏ならはあひせん明王来とならは。れんりの枝。鳥とな

らばひよくの鳥。かれよりもこれよりも。ふかくぞちぎら

せ給ひける。御ざうしも。こよひ一夜を百夜を一夜にたとへ

ても。ながられかしとぞおぼしける。あまの岩とを引立て。

 

 

15(挿絵)

「はゝの長じや」

「かるかやとの」

「おこやとの」

十五夜との」

「れいせい」

 

「上るり御せん」

「御さうし」

 

 

16

此世はやみにもならばなれ。此まゝあれとぞ思しめす。とか

くふけゆくこひなれば。程なくには鳥こえ/\に。わかれをゝし

むぞ哀なり。ぎをんしやうじやにあらね共。しよ行む常

のかねのひゞき。今をかぎりと身にそしむ。たれ共しら

ぬ人なれど。草の枕になれそめて。今更わかれのかなし

さは。千代よろづ世をなれたることも。いかでか是にはまさる

べき。五更の天も過行ば。人めやゆめをさますらん。やもめ

がらすも鳴わたり。夜はほの/\と明にけり。御ざうしは

なごりの袖をしぼりつゝ。いとまこふてぞ御かへりある。上るり

此よしきこしめし。今日は是にとゞまり給ひて。やうちやう

ふいて。わらはどもにちやうもんさせ。女ぼう達にもびわことひ

かせ。旅の御つれ/\をなぐさめ給へとそおほせける。御ざうし

はきこしめし。さこそはぞんし候へとも。あき人のいそぎみちにて

候程に。さこそは跡にて尋(たずね)ぬらん。露の命もなからへば。うき世

 

は車のわのごとく。めぐりてきぬる事あらは。よそになしても

とひ給へと。おほせありてぞなき給ふ。上るり御前は。御ざうし

のられうのたもとを引へつゝ。ひろえんまでぞ出給ふ。かゝる折

ふしうぐひすの。かすめるそらのはなそのに。さへづりけれは

御ざうしは。とりあへす。一しゆの歌をあそはしける

  ▲わかれゆくおもひをとふかこのやとの

   はなをおしみてなくかうくひす

上るりここしめし。やがて返歌にかくわかり

  ▲いとゝしく花ちるさとの物うきき

    よをうくひすのさのみなくらん

とあそばして。ゆきもやらでぞたゝれたり。かゝりける

所に。長者御ぜんは。すぎし夜。ひめのもとに。やさしきふ

えのね聞えつるは。いかなる人にてあるやらん。行て見かや

とおほしめして。十二ひとへをかいとりて。長者のすみかを立

 

 

17

出て。ひめ君の御かたへまいられ給ひしが。いたはしやな上る

り御ぜんは。はゝのちやうじやを見たてまつりて。時ならぬ

かほにもみぢをちらしつゝ。ちやうだいふかくしのばれける。

御ざうしは御らんじて。ちやうじや御ぜんとわか身の間に。こ

山のいんをむすびてかけ。我身にはこたかのいんをむすひ

てかけ。えんよりしたへとんでをり。あふぎのしやくとりなをし。

思ひもよらぬしうとめに。けんざん申ぞはづかしさよとて。

はたいたとびこえ。三重(へ)のほりをとびこえ。心はやはぎにと

まれども。其身はかねうり吉次とうちつれて。あづまのおくへ

ぞ御くだりある。あらいたはしや御ざうしは。世にしたかふるな

らひとて。吉次か太刀を右にもち。げんじ重代(ちうたい)の。こんねんと

うの御かせを。左のわきにかいかうて。いまたならはぬ竹のむち

をもち給ひつゝ。四十二ひきのさうだにうちまじはりて御くた

りあるこそあはれなれ

 

之とをたふみ。はまなのはしの夕しほに。さゝねどのほるあ

まをぶね。こがれて物をやおもふらん。さらでもたびは物う

きに。まつのこずえに風かよふ。入江にひゞくはなみのをと。

心をつくす夕まぐれ。いけだのしゆくにもつき給ふ。いけ

たのしゆくをたち出て。そこともしらぬゆくせを。はるか

にながめましませば。とをきこずえの花ともは。のこるゆ

きかとうたがはる。ならはぬこひをするがなりる。うつのみやまべ

のうつゝにも。ゆめにも人にあふ事もなき。つたの葉の

ほそみちを。わけてすきゆき。をちこちも。さよの中山

とをるにも。又こゆべしとおもへども。いのちなりける我身やと。

そなたのかたをながむれば。心ほそさぞまさりける。日

かずもつなかずたつ程に。なをへてゆけはをとにき

く。するがの国につきしかは。かんばらのしゆくたこのうら。ふ

きあげのはまはこれかとよ