彦山権現誓助剣 第六(須磨浦の段)

 

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イ14-00002-677


45(5行目)
  第六
玉の御殿も独り寝はいやよ さまとくず屋の 忍びねに見て明したや須磨の月 ひなも名所の一ふしは 心有磯の
海ばたに葭簀(よしず)囲いの茶屋が軒 道行く人が一群にしばし立寄足休め 茶呑咄しの口々に 何と皆の衆 月日の立は
夢の間じやないかいの 暑い長いの六月もつい是盆前 秋の印か朝ばんは大分涼しい ヲゝソレ/\其月日の立次手にくる十

五日は精霊祭何所もかしこもめいどからお客設け瓜や茄子やありのみや味(もむ)ないづくし あんな馳走を悦んで
呼れてくる仏の住家 極楽といふ所はよく/\不自由な所と見へた アゝ思ふ儘なうきよなら ぼん日一日おりやぢごく
へ行て見たい ワリヤ又なぜに ハテがきも仏も一同にしやばへ/\と来たるすごと 青鬼赤鬼牛頭馬頭共をせぶらかし
ざい人共をさいなんだ手や足の沢庵漬目玉の飛だんご つらのかはの厚焼などか喰て見たい ハゝゝとたてをくふ 虫も
好き/\゛須磨のかねに驚く道者共 ソリヤ日くれじやとちり/\゛に 行く跡片付けとつかはと 女も宿へ立かへる おくるゝも 終には
落る露の身の 此地や我を待ぞ共白砂道をたよ/\と 一味斎が妹娘 お菊が手を引稚子を 杖よ柱よ
後ろだて 供に従ふ友平がせおふつゞらもかい/\゛しく 立留つて イヤ申奥様 親旦那不慮におはてなされしより 何卒
敵に廻り合い 一太刀お付けなされんとの御存念 ハテ奴めが為にもお主の怨(あた) 儕やれ助太刀して遖お討たせ申さんと


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こゝ迄お供は致したれ共 力落しの上旅のお労れ 何やらかやらでお顔持もすくれず 御祝儀は申納め もしもの事
がござりましては かへつて御不孝 ハテモ仏様は見通し 是迄お告げなされたで  お討なされたも御同然 一先ず国へお
かへりなされとつくりと御養生 お前様のお體を親御のかたみとお大事になされまするも 又一つの御孝行と存じます
と くちもんもうも遣い人の 主に見習ふ真身の詞 ヲゝ深切によふいふてたもつた わしはたよはい女の事 男といへば稚い弥三
松 一人ならず二人の足よは 長の道中あいそもつかさず ホンニそなたを父上の息才な内侍に取立てなんだが今ではくやしひ
ぜひ一刀討たいではと思ひ込だる父の怨 たとへ此身はやみつかれ 敵に出合うんつきて かへり討にあふ迚も アゝ申其返り討
おはぬ事 其お心を聞く上はくもの裏迄御供致し 御本意とげさせまする ガ其お足では道ばか行ず 夜つゆを請けては
一ばい身の毒 私めは跡の宿へ立もどり かご借てきてお乗せ申さん 夫レ迄ちとの間お二人は此処所で御休足 幸いの此

茶店 サゝこゝにてしばしと気を付くれば やんちやざかりの弥三松が べいよどこぞへ行ならおれも行ふ アゝめつそうな事
いはしやりませ コレべいはせんきがおこつた故 あつゝをすへに行まする ぼん様もござりましたら 又いしや殿がてゝを見て
あつゝをすやうといはふぞへ どりや早行てきてと足がるに かしこをさして急ぎ行 イヤ/\/\行かにやきかぬと跡追ふて 泣
子を母がすかし兼 コレ弥三松又忘りやつたの 殿様のおかげで何くらからぬ内をふりすてゝ 此様に出てきたは母が為には
父上 そなたの為にはぢい様の 敵を討ちに出たのじやないか 町人百姓の子と違い 侍の子は年相応 ちえ才覚がなければ
ならず ちと嗜んたが能はいやい 此頃気色は悪し 其様にわやくいやるのがほつとりと聞きづらい 今にも敵に出合たらどふせふ
と思ふているぞ定めて泣きがなするで有ろと 励す母が顔詠め ワイ何の敵がこはからふ 今でもこゝへきおつたら コレもふし
てこますと小脇ざし 抜より早く飛上り松の一枝切落す ヲゝ出かしやつた/\と撫つさすりつ母親があいたてなさ


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も先立ちし父の孫ぞとほめそやす 折から須磨の家々に精霊祭る高燈籠 見付る弥三松 コレかゝ様アリヤ何の
火じや ムゝあれはの先立しやつた仏様へお備へ申す火じやはいの そんならこちもあの様に火を燈して ヲゝ内なら安い事
なれど心に任せぬ旅の空 むりな事いはぬ物じや いや/\夫レでも燈して下されと ぐはんぜない子にせがまれて
せんかた長きつゞらの紐 松にふりかけろうそくに 火なはをうつす硫黄色 旅の用意の馬提灯 引上れば詠め
入り かゝ様こちも此様に火を燈すと 死なしやつたぢい様が是見て嬉しがらしやるなアと 聞に母親胸ふさがり ヲゝ
たつた一人のほんそ孫 そなたが思ふて備へた物 悦ばしやんせいで何とせふ請さしやんせいで何とせふぞいの
夫に付けても父上の敵の有家尋んと 大事の母様姉様共 別れ/\に国を出 ねらふ月日は重なれど 廻りあ
はねばのめ/\とえ討たぬ不孝ふがいなさ 嘸父上のめいどから しかつてござらふおはらが立たふ かんにんして下さりませへ 稚心

にうらぼんの火を燈せよとせがんだ思ひがけなき父上の 釼のなんに身をさかれ めいどに迷ふてござるのを物がしらして
いはしたか 杖柱共姫ごぜの頼む夫には置別れ 親にも永離三悪のはかない悲しいあぢきない 世のうき事を身一つに
寄たは何のいんぐはぞと 人目なければかこち立 正体涙地に落て野路の草葉や枯ぬらん 親の心はしらぬ子が
膝にもたれて現なく ね入ればお菊は顔を上げ かはいやぼんが内ならば透間の風もいとふ身の 母が膝を褥共 ねびへさせじと
裾打着せ 我身もそこに友平が かへるを松の下風も仮ねの伽と成ぬらん 夜も早初夜の空くもり 遠寺のかねも
粛々と ふる雨しのぐ傘も破れ羽二重の垢付きし 大小腰につかみだし鈷(さび)浪人のみすぼらしく 歩み来かゝり立よつて
ヤレ/\/\思はぬ俄雨 ふると日和に成が 一時急がずばぬれざらましを旅人の 跡よりはるゝ野路の村雨 大田道潅能く
よんだと つぶやきながら邊りを見廻し 幸いの提灯 ドレ一ふくと懐より きせる取出しすつぱすぱ 旅人そふなかしかも女


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路銭につきて野宿したか そふ共見へぬ身の廻り 松に提灯かけたのは道の友持つ目印か 何者成ぞと
立よつて 顔さし覗けば目をひらき ヤアそなたは敵京極内匠 ムゝそふいふそちはお菊じやないか テモ
よい所であふたなあ 我に逢たふて/\夢現にも忘れぬ程 恋こがれていたはいやいと いふこへ耳に目さ
ます弥三松 様子見せじと母親が フツト灯火即座のきてん 心有りとは悟らぬ内匠 コリヤ何で灯をけし
た ハア聞へたくらがりにして逃ふでな かう見たりや逃しはせぬ 姿なら風俗なら春の柳に梅花のK
をり 前にかはらぬうまい/\ 手強いそちか親吉岡 討て捨たも立退たも 是皆そもじにほれたから
命にもかへ身にもかへ 思ふ男を其様にきらふ物ではないはいやい 空くもる人はなし かういふ所で出合
のが結ぶの神の引合せ かうといふて抱れてねい 否(いや)といへば一討ち 返り討じやが夫レでもいやか 返答せい

とふじや/\/\は口斗 目には仏もなかりけり お菊は今ぞうどんげの仇を討んず気くばりも さあらぬ体
に ホゝゝ内匠様とした事が アノわたしやとふからお前にな 心の内に神かけて アイ
ほれているはいなア ほれているとはきつい嘘 テモマア疑いぶかひ たとへなり平見る様なよい男でもこつちからおもふ
斗はせんがない ホンニ国にいた時から付け廻しつお前の心底嬉しいとは思ひながら アイといはれぬ人目の関
今では旅の遠慮もなし ハテどふ成り共成る気でも顔見ていては恥しさに 夫レ故火をば消したのはな 斯
せう斗と抜打に 切込む刀を柄で請留め 其手ぢや行かぬ そふ手ごはい程猶執心 おうといはねば其
體 首切て置てもだいねる いたいめせぬ間に得心して サきり/\抱れてね上がらふと はつしとけられ
はがみをなす チエゝ念の入た極悪人 むだこといはずとせうぶしや サア/\/\どふじやと詰めかくれば コリヤヤイどくにも立た


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むよまいごとほざくなやい 我為には親の敵 おれを其様に切りたがる おりや又我が内股の長刀疵が望
じやはい つれなふいはずとコリヤなびきおれと 猫撫こへのつら憎さ ゆだん見済し鉄石も割れよとお菊が尖き
刀 丁と請留め ヨウ/\御手練上達/\ 所を我等がまつ斯と 付け込む刀請流し はらへば付入きよ/\しつ/\火花をちらし
てたゝかうふたり 遉かよはきお菊が刀 打落されてコハ無念と 漂ふ肩先一刀 切れながらによろぼい寄 内匠が
柄元しつかと取り エゝ/\/\口おしや腹の立 かすり疵さへおほせず 此儘死ば父上に めいどで何と云訳せふ云訳がない
わいの エゝ姉様一所に有ならば 此無念さは有まい物 夫レ7も今更くやんでかいなし 體はちゞに切るゝ共 やはか此場を
のがそふかと 気は盤石の女気も 深手によはる血の涙 ヲゝ悲しかろ/\ コレよふ聞きやマよく/\深いえんなりや
こそ 親子供におれがせわ めいどへやるには何切がよからふな 胴切がよからふかなしわりにせうかはす切もおもしろい

待てよ初太刀はけさ切 二の太刀に極楽参り 仏になれと拝み討ち 直ぐにまたがりとゞめの刀 えぐるくるしき四苦
八苦こくうをつかみ無念のさいご哀れといふも余り有 ハゝゝ先つ一方は片付けた 心がゝりはこいつが姉おれを方々
尋ねていおろ エゝ思ふ様なら姉めをぶちはなし 我を助けて置たいはい エゝ儘ならぬうき世じやはい 死でも顔
のかはいらしさちとわらやいの/\ モウいぬぞよ さばや恨みが有ば幽霊に成て出て おれと一所に行ぬかい エゝ儘よ何
の死人に文言じやと つぶやき血刀おしぬぐい さやに納る不敵者 ちり打はらいあたりを見廻し テモ扨もおれにちよ
ぼくさぬかす内 ちやくとつゞらを片付おつた じひ深い此内匠様へ天道より与ふる糧忝しと立寄て 背
負うふがまんの欲悪心 此者共を手の下に 討はいか様鬼神か 人間にてはよも有らじ ハゝゝ思ひがけなきつゞら
よつ ぐつと突出す小太刀の切先 恟り驚きふりおろす 折からかへる友平が 怪しとさし出す提燈ばつたり


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シヤくせ者と抱合せ 二打三打うち合いしが ひらりとかはしいつさんに跡をくらまし失せてけり ヤアいづく迄もと友平
が かけ出す足元躓く死がい ヤアコリヤお菊様が切られてござる お菊様/\ チエゝ今一足早くなアやみ/\と討しは
せじ エゝしなしたり口おしや 儕曲者逃さふかと かけ行んにも跡気遣い 此ぼん様はどこにござる 弥三松様/\と
心は空にやみぢをば照す提燈幸いと 手早く紐を引ほどき 弥三松様/\と尋る目先 落たる守り
の袋 コリヤ何じや何でも敵の手がゝりと袖に捻込 見廻すこなた怪しやつゞらの内よりも きらめく
刃先 コハふしぎよ立寄紐とき引明る内に弥三松 友平見るより ヤアぼん様かよふまめでいて下
さつたのふ/\ シテ/\誰が此中へお前をば斯して入れて置ました訳をいはしやれ どふじや/\ イヤ訳は何んにも
しらぬけれど かゝ様が入て置かしやつた 跡で誰やらかゝ様をきついめに合しおつた おれがはいつている

つゞらを おふて逃(いの)ふとしおる故出ることはならず中から此わきざして突た斗りじや かゝ様はどこにござる おりや
かゝ様にあいたいはいやい かゝ様/\と母は此世になきぞ共 しらず泣/\したふ子を 見る友平は我胸を百千鈞(きん)
の鉄鎚に打砕かるゝ心のせつなさ ヲゝ道理じや/\ 御尤じや/\ ガコレ何にも泣く事はない かゝ様はのぼんをつれ
て跡からこいてゝ つうつと先へ行しやつた そんならわしも早行たい ヲゝ行かいでどふしましよ アゝ何にもしらずかは
いそふに 仏様で有るはいな 其仏より此仏 南無阿弥陀/\/\いたはし菊が亡骸を見せし稚子に隠すつゞ
らは殯(かりもがり) なみだかくせどこへくもり サアぼん様行きましよと 手を引かれ行く子は下に母はせなかに友平が 生
死をへだつなみだ川なみの あわれや礒つたい かゝ様いのふ/\ ぜひもなく/\ たどりゆく