仮想空間

趣味の変体仮名

箱根霊験躄仇討 瀧の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856566

  参考 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856448

 

(箱根霊験躄仇討 十一段目)

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2
 箱根霊験瀧の段
「てこそ入にけり 忠孝の
身にも因果は廻りくる
片輪車の飯沼を 乗せ
綱手を初花が 引も

 

 

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3
たよはき女気に心斗は
勝五郎 車の助け竹杖を
持手も寒き雪おろし
箱根嵐の風の足漸庭
に引とゞめ 非人施行と

書た札 嬉しや爰と立寄
て 勝五郎様 此邊りは山
家故 紅葉の有に雪が
ふる 嘸寒かつたでござん
せふな イヤ/\おれは車に

 

 

 

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4
居れば辛抱も仕よいが
大きな體を乗せて かよはい
そなたが引苦労 過分
なぞや嬉しいぞよ アレ又
そんな事 女房に礼云

者がどこに有物ぞいな
夫レはそふと 此阿弥陀寺
は氏政が菩提所 けふの
法事を手かゝりに 敵の
安否を アゝコリヤ壁に耳 心を

 

 

 

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5
付きやいの アイと呑込み
気を配る 折からどや/\
非人共 振舞酒の 戻り
足 初花それと見 ヲゝ治
郎様 八様 月の輪さん

よい貰ひが有たやら 打
揃ふてよい機嫌 施行は
まだ有かへと 尋に治郎は
眼をすへて 何じや 施行
はまだ有か あるかないか


6
往て見りやしれるはい
一体マア此治郎様に ずはら
/\ぬかすはドゝどいつじやい
/\と足ひょろ/\ 月の
輪は打わらひ ハゝゝこいつは

めんよふくらいしめると腹
立をる コリヤヤイありや躄の
女夫じやはい 何じや 躄の女
夫じや サゝそれがけたいじや
一体マアあいつは躄だてら


7
何であんなよい女房持て
けつかるのじや けたいが悪ふて
腹が立はい 其上まだ業の
湧くはけふの施行じや 仰
山な札建上つて 米なら

わづか二合か三合か くれ
あがるので有ふと思ふたは
エイカ所を一人(ひとり)前に新太一貫
づゝじやは 其上きす迄
引かして 終に喰ふた事も


8
ない結構な料理まで
振廻い上つたは 訳が知れぬ
じやないかい訳が それで
おりや腹が立て/\ 腹
わたがにへ返るはい ワハゝゝゝ/\/\

乞食一生にない銭壱貫
つゝ貰ふて したみでない
上自らたあらふく呑で けつ
かうな料理迄戴いたが
何の腹の立事ぞ ハゝゝゝ ハゝゝゝ


9
ナア八よ そふ共/\ 一文の
銭貰ふさへ 五丁七丁付い
てもくれぬ世の中 こん
な結構な法会にあふ
といふは 何たる有がたい

事じやと思へば おりや
もふ有がたふて/\ 嬉し
涙がこぼれると しく/\
と泣出せば ワツハゝゝゝ/\ こいつは
又泣をる 色々のけれ又


10
も有もんじや ハゝゝゝ/\ コリヤ
月の輪 わりや何がお
かしいぞい こんな結構な
法事する人さへあるに
おれは身上皆のみ上

二親の彼岸に当つて
も 油上一つづゝさへ 配られ
ぬ様に成果 嘸や嘸 父上
や母上が 草葉の陰から
えらいごくどうじやと


11
思ふて居やしやるで有ふ
と思へば 是が泣ずに居ら
れふかと しやくり上れば
ヤイ/\ わいらは泣たり笑ふ
たり 人をあへくるのかい

けたいが悪いぞ 何がけ
たいが悪いぞ 此やうな
有がたい事がどこに有ろ
ぞい 何が有難い 忌々しい
わい 勿体ない そんな事


12
云やんあいの 何が勿体
ないぞ 何が忌々しいぞ 何
が勿体ない 何が忌々しい
何が/\ 何が/\ ウハゝゝハゝゝコリヤ
たまらぬ ハゝゝゝハゝゝゝ臍がよれる

と打転(こけ)て 腹をかゝへる笑ひ
上戸 泣上戸 めつたやたら
に腹立上戸 果は一れん
託生に 皆々倒るゝ其
風情 笑ひこほれて初


13
花が とふ/\゛みな寝や
しやんしたはいな イヤモ見て
居るがよい慰み 次郎めが
理屈もない事ぬかして
腹立をるおかしさ サイナア

八様の愁いの段で 私しや
おなかゞよれたはいな ホゝゝハゝゝゝ
と諸共に 笑ひ上戸の
月の輪が むつくと起きて
両人が 寝息を窺ひ


14
手を仕へ 若旦那様 初
花様 筆助殿 ハツア只今
此所で承れば 北条氏
政今朝鎌倉を発足し
参勤との取沙汰と 聞

より飯沼車をにじり ナニ
氏政が上洛とな エゝ忝い
敵討の時節到来 シテ
上野諸共発足したか
ハツア否(いや)やの安否は此


15
筆助 大礒中食(じき)と承は
れば 近寄様子を窺ん
出かした急げ ヤしてこい
な と尻引からげ 大いそ
さいsてかけり行 跡に夫

婦は勇み立 天を拝し地を
拝し 悦ぶこなたに伏したる
両人 むつくと起きて ヤアう
ぬは飯沼勝五郎 おのれは
初花 侍(さぶ)の頼みで詮議する


16
サア有様に白状せい イヤ
我々は左様な者では ヤない
とは云さぬ 今三人が囁き
ばなし 寝た顔で皆聞た
大礒へうせた月の輪めは

筆助といふ力強(づよ)出し抜
たらもふ仏の椀 サア躄め
ぬかせ/\ ぬかさにや斯
じやとしめかゝる 腕首
かづいて双方どつさり


17
性懲もなく起あがり
掴みかゝるを手玉につく
手練と手練に両人は
コリヤ叶わぬと逃てゆく
油断ならじと勝五郎

見廻す後ろに立切る障子
さつと開けば瀧口上野
火鉢にかゝり寛々(くわん/\)と 見
下す敵は優曇花の
時待ち得たる対面と 初


18
花諸共詰寄て 珍し
や瀧口上野 うぬを討ふ
と此年月 艱難を尽し
たはやい 其方故に父上
も むざ/\と御切腹 恨み

は儕兄の敵 とゝ様の仇
サア尋常に勝負/\と
詰寄たり ムゝハゝゝゝ汝が兄の
三平さへ 只一討にした
某 腰抜の分ざいで 敵


19
討とはしやらくさい うぬら
両人箱根あたりに 乞食
と成てへちもふと
聞く 釣出す為の非人施
行 計略のわな共しらず

うか/\来るうつそり共
最早八方を取巻かせたれば
じだばたしてもモウ叶はぬ
此瀧口が心をかけた初
花を渡し 其方は自滅


20
致せ ヤア譬へ腰膝立ず
共 うぬら如きに渡そふか
ムゝならぬか コリヤ初花 わ
りやどふだ フンかぶりふるは
いやだな ハテわるい合点

此上野様にしたがへば 活
計歓楽 心のまゝだがな
ヲゝ譬縊れて死るとも
儕に枕をかはそふか 何だ
それでもいやとな ヨイ/\


21
いやといふても今目前
ほへづらかはかしなびけて
見せふ ヤア/\久馬 縄付
是へと下知の下 いつの
間にかは早蕨を用捨

縄目の猿轡 引立/\
立出れば それと見るより
二人は仰天 絶て久しき
聟娘 のふなつかしと云た
さも 身は云は猿の猿轡


22
泣より外の事ぞなき
瀧口はしたり顔 なんと
見たか 娘を所望すれ共
あたへず くだばつた新
左衛門が死跡欠所に

残させ 早蕨めを擒に
した我威勢 立ふと 伏ふ
と某が心任せ 躄めを
思ひ切 上野が奥になれ
ば 九十九の家を取たて


23
早蕨めを姑と崇めて
くれる 又いやだといへば 腰
抜諸共なぶり殺し 否か
応かゞ生死の境 初花
サどふだと 非道の詞も

さし当る 人質とられて
初花も 供に無念の勝
五郎 歯ぎしみ歯ぎり
胸先へさし込癪 アツと
もだへる有様に 初花


24
恟りかけ寄て アゝコレ勝五
郎様/\ エゝ時も時と 斯
悪ふ此癪気 せめてマア
筆助成共居やつたら
コリヤ女 其奴めは出し抜て

跡より多勢をかけたれ
ば 今頃はもふ寂滅 思案
仕かへて某に随へ 応と
さへ云ば其腰抜 母諸
共に助けてくれるが そちへ


25
の心中 人我につらければ
我又人につらし 魚心有ば
水心有じや 初花 何と
憎ふは有まいがなと 猫
撫声のつら憎さ 喰付き

てもと思へ共 眼前母と
夫の命 我身一つにくら
ふれば 何惜からじと思へ共
現在敵に肌ふれて枕
をかはす苦しみは 身は


26
八つ裂の刑罰と 思へば
胸も張裂けて泣音 血を
はく思ひなり 瀧口はえ
つぼに入 しづ/\庭へおり
立て 勝五郎が襟髪

取てぐつと引すへ サア勝
負せぬか 立合ぬか ナゝ
何だ とこぼへるか 無念
なか 足が立ぬか ムウ手も
叶わぬか フゝいぢらしや/\ 


27
此様なざまをひろいで
敵討とはしやらくさいと
砂に擦付けにじりつけ
何と初花 是でもいやか
サアそれは ヤア猶予に及ぶ

は不承知な よい/\ ワレ母
親めから差通せ 畏まつ
たと取て引伏 だんぴら
ひらりと差付くれば アゝコレ
マゝゝマア待て下さんせ/\いな


28
待てとはいよ/\だかれて
寝るか サア/\/\と絶体
絶命 身の大難に初花
が 何と詮方なき身ぞと
思ひ極めて 得心じや

わいな 抱れてねるな アイ
其かはり二人のお命 ムウ
得心と有れば 云た詞は反
古(ぐ)にも成まい エゝ命冥
加な腰抜めと 突放し


29
て立上り ソレ縄付きめも
助けてとらせ はつと其儘
猿轡縄目も一度に解き
捨て しらすへかつぱと
蹴落せば せき留られし

溜め涙わつと斗りに取乱す
アゝコレかゝ様/\いのふ 其お嘆き
は尤ながら ぜいひ一羽は
狩人の 網にかゝつた身の
因果 此身さへ得しん


30
すれば 波風なふ納まる此
場 私しや夫レが本望で
ござんす サア本望じや
に依て勝五郎様 必ずお
身を大切に ヲゝ娘でか

しやつた 此母が身一つなら
切刻まれてもいとはねど
大切な聟殿に かはる其
身は手柄者 ヲゝ過分な
女房 源氏の仇に身を


31
任しや 常盤御前がよい
手本 心の肌身をナ 打
解けて サアはだふれるは此
身の覚悟 何事も私が
胸に ヤ此瀧口を清盛

とは心地より 釼を抱て
寝るも一興 是より小田
原の菊館へ立越 酒宴
の上で比翼の床入 其
時にはコリヤ初はな 今の


32
悲しい其涙を 上野さま
おいとしいと 嬉し涙にしつ
ぽりと 泣せて見せふ
サアおじやと 引立られて
行思ひ 見送る思ひも

死鴛鴦の 胸の釼刃呑
込瀧田 九馬も跡に引添
て小田原さして出て行
見送る母は正体なく
わつと斗て伏しづむ


33
勝五郎顔を上げ 御尤
じや/\/\ 我々にかはり
敵の手にかゝるとは 目の
内に見へたれ共 所詮
なき命なれば 肌身を

けがし一刀に差通せよと
云含め遣はせ共 何の及ばふ
女わざ 不便の最後を
させますと 聞より母は
身も世も有られず そふ


34
じや/\ とかけ行裾を
引とゞめ コリヤうろたへて
どこへござる どこへ行ふ
ぞ 菊館へかけ行 娘に
加勢をするわいのふ サゝ

お心のせくは尤ながら
多勢の中へ踏込で 親
子諸共三途の道つれ
ヤ何と サアせめてあなたは
お命全ふ 一遍の香花を


35
手向てやつて下さり
ませと 頼む夫も頼まるゝ
母も涙にくづをれて
亡身と聞ば力なく
せめて未来は助けんと

御寺に有合鉦撞木
常念仏の法の縁 俗名
初花 頓生ぼだい 南無
あみだ仏/\ 鉦鼓の声
の心身を つんざく如ぐ


36
勝五郎 可愛やなと取
乱す アゝコレ聟殿 悲しいは
理ながら 宿世の業と
諦めて 母のわしさへモウ
泣かぬ 男だて未練な

人と 云母の顔打守り
男で有ふが鬼で有ふが
是が泣ずに居られふか
なむあみだ/\/\聟殿
母様 なむあみだ/\ 


37
夫も数珠をくりかへす
回向に時をぞ移しける
女程実に恐ろしき物はなし
恋に凝ては千仭(じん)の釼
の中もいとひなく 漸

遁れかけ戻る 顔は紛はぬ
初花じやないか 勝五郎様
よふ爰に居て下さん
したと しがみつく/\母
親は 顔見て恟り ヤアそ


38
なたは娘 恐しい敵の中
マどふして抜けておじやつた
と 嬉しい中にも気はそゞ
ろ 勝五郎面をあらゝげ
我々をしたひ帰りしを

貞心とは云たけれど 夫婦
の縁もけふ限り 妻でない
女房でないぞ エゝそりや
マアどふして 何故に ヤア何
故とは狼狽(うろたへ)ものめ 我


39
腰抜と成たる上 敵は
氏政加勢すれば 八十万
騎に余る助太刀 女ながら
も近寄こそ幸ひ 肌を
赦させ一刀にてもさし

通せよと 最前常盤に
なぞらへて 申含め遣は
せしに 命を惜しみのめ/\
と 立帰つたる不覚者
何をいふても此からだ


40
一足だきにも引れぬ苦痛
左有ば迚斯迄思ひ込
だる我存念 やはり晴らさで
置べきかと 用意の刀杖
となし 立上れ共踏溜めず

どふと転(まろび)ち這廻り チエゝ
浅間しや いかに天命尽
れば迚 得がたき時の際
と成 神も仏もヶ程迄
身放し給ふか口惜やと


41
大声上て叫び泣 初花
夫を打守り ソレ其やうに
業病を 悔ましやんす
がいとしい故 敵の手へとら
われて行は幸ひ どふぞ

すぁそて一刀にても 恨みん
物とこそ思へ お前の機
嫌を損ねふ迚 私しや戻り
て来やせぬはいな モウ/\/\
いふに云れぬ せつない


42
悲しい憂き目をして 戻つ
て来たもな お前の病
気を今一度 おのれと思ふ
一念で 残つた願(ぐわん)が満(みて)た
さ故 ヤア娘何と云やる

残つた願は何の願 サア
其様子かゝ様は御存ない
筈 そも鎌倉を出しより
計らずも夫の大病 冷
病ひに腰膝しびれ 躄(あしなへ)


43
と成たる業病 敵が討
れぬ/\と 悔む主より
女の身で 傍で見るめが
いとほしく 今一度本復
させまし 兄様の敵うた

さんと 私が命をかはりに立
此箱根の権現様に祈
誓をかけ 塔の沢のしら
瀧に百日が其間 朝夕
両度身を打れ 垢離(こり)に


44
清めて捧げる命 日数も
満ちて百日の 今朝迄行を
遂げ負せ 今一度にて満る
願 悲しや思はぬ災難で
身はとらはれと成たれ共

夫の為に権現へさゝげた
此身 のめ/\と何の死ふ
ぞ 死にやせぬ/\/\と
思ひ詰た此願望 幸ひ
爰に流れ寄る 此の水上は


45
向ふの瀧津瀬 白瀧と
心に念じ今一度願を
満て 権現納受ましますか
しるしを爰にて験し見んと
かひ/\敷も見つくろひ

かけ寄山路に散敷紅葉
けはし岩壁いとひなく
脛(はぎ)もあらはにわけ登る
其身は鼫(むさゝび)木伝ふましら
何なく 瀧に近寄れば 音


46
すざましく飛散る水勢
しら糸みだす瀧の面(おも)
ざんぶと飛込どう/\と
落くる水をむすび上
念力凝らして一心に 合掌

したる其有様 物狂はしく
髪逆立 身の毛もよ
だつ斗なり 操を感じ
て母夫祈誓をそへて
諸共に 合掌したる後ろより


47
窺ひ出たる刎川久馬
飯沼目かけ切込を 心
得ひらりと飛だるはづみ
すつくと立たる勝五郎
恟り仕ながら打込む刀

久馬が首は花火の白玉
虚空はるかに飛散たり
母は見るより打驚き ヤア/\
こなたは足が立かいのと
云れて其身も心つき


48
扨こそ/\ 初花が念力
の 奇特正にあらはせしか
チエゝ有難いとぞく/\に小踊り
母は嬉しく延上り コレ/\娘
そなたの祈誓は届いた

ぞやと 云声ひゞく瀧の
面 凝らす両眼見開きて
あら/\嬉しや 権現納受
有たるかと いふぞと見へし
が一団の霊火ひらめきて


49
俄かに山鳴り震動し 有し
姿は脱の衣(きぬ) 血汐の小
袖瀧浪に 流れ落るぞ
あやしけれ こは/\いかにと
見やる中 寄くるかたみ

取得る母 折から一つの首
引さげ 戻る奴の筆助
が 夫レと見るよりどつかと
座し チエゝ口惜しや初花様
は 敵上野が手にかゝり


50
御最後でごはりますと
わつとひれ伏忠義の涙
飯沼不審はれやらず
今迄爰に有つる初花
心願満ると其儘に 姿は

消て小袖のみ 爰にとゞ
まる一つのふしぎ ナニ初花
様は今迄爰に ヲイノウ 聟殿
の業病直さんと 我一命
を権現様へ捧げ祈つた印


51
聟殿の病気は平癒
コレ腰膝が立はいの ナニ若
旦那の御病気平癒し
お足が立しとな エゝ忝い
お足が立かいやい/\/\ハゝゝゝ

敵の様子窺んと 大礒へ
かけ行道にて取巻多勢
合点行ねば組子をとらへ
しめ上て様子を聞ば 初
花様を奪(ばい)取ん工(たくみ)の次第


52
聞と其儘一足飛 無二
無三に込めば 奴が手並
に皆ちり/\゛ 其跡見れば
女の死骸 五体も切々
離れ/\゛ よく/\見れば

初花様 なむ三宝 おのれ
上野め ぼつかけて一討と
は存じたれ共 若旦那の
お身の上が気遣ひさに
戻つて聞ば此有さま


53
何の事だ どがらちやがら
と 嬉しいと悲しいとがごつ
ちやに成て 一向此奴めは
とんと訳が分らない 夢
ではないかとあきれ顔

勝五郎心付 扨は我詞を
守り 上野を恨んと 切付
たれ共女業(わざ) 返り討に
成たるよな ヤア そんなら今
のは 幽霊で有たかいのふ


54
コレ此お首が 初花さまで
ごはりますわいの と見
せる現世の俤(おもかげ)を 見るめ
もくれて勝五郎 扨は
懲かたまつたる一念にて

かゝる奇特を見せけるか
ハア出かいたな と聞より母は
正体なく ほんに武士程
世の中にはかない者か
有かいのふ 蝶よ花よと


55
思ひ子の 恋に病目が
いぢらしさ 添してやりたい
斗に爺御は母に身を
捨てて 思ふ男に添とげ
させ 初孫産せて花々

敷 栄へる末を見よふぞと
思ふた事も水の泡 夫と
云ひ娘迄刃にかゝるのみ
ならず 娘は五体も離れ
/\゛ 切れ々に迄成しと聞


56
此胸のくるしさはどの様に
有ぞいのふ 是を思へば先
達て死だが増しで有た物
あぢきなき世の憂目や
と わつと一度に声立て

嘆く涙は白糸を乱せる
瀧に灵(こと)ならず かゝる嘆きの
其折から 二人の非人は大
勢随へかけ来り ヤア躄め
最前はよふ手ひどいめに

 

 

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57
合したな 其かはりに手下
共連て来たのも侍(さぶ)の頼
げんざいめさへたくつたら
親めも儕もぶち殺せと
云付られたは宝の山 息の

根さへ留たら金じやかゝれ/\
と一同に むらがりかゝれば飯
沼筆助なぎ立/\追ちら
せば ヤア躄めが足が立た /\
/\と一同に むら/\むつと逃

 

 

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58
散たり 追も無益と勝五
郎 コリヤ/\筆助 正しく敵は氏
政が同勢に紛れん間 勝負
の場所は箱根の切所(ぜつしよ)先へ
廻つて其方は 一々同勢改

よハツハゝゝゝ面白し/\ 加勢いか程
有迚も 奴の忠義の鋩(きつさき)にて
切伏/\上野を 引ずり出
すは瞬く中イザ御出と勇み立
母も支度と娘の首 筐の

 

 

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59
小袖にしつかりと結ぶ 其
間に飯沼が 車に仕込し
用意の着込 姿は昔に
返り咲 武運も光る玉
櫛笥箱根を さして急ぎ行