彦山権現誓助剣 第十 第十一

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      イ14-00002-677

 

 

74(左頁)
  第十               で 出て行
豊国や小倉に威名立浪の館には軈て異国に出陣のしたくせはしき一家中弓に矢をはげ鉄砲をみがき立てたる


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書院先 大坪軍八堀口曾平太おめでた酒の高咄し ナント曾平太殿兼々広言咄し毛谷村の六助野郎にくさも
憎しと存じたが 昨日の立合何が子供をなぶる様に打すへた弾正殿 恐れ入った義じやござらぬか 成程/\あの様な手
者をおかゝへなされたは第一殿のお仕合せ 又そこを存じて執り持た貴殿と某 遖な忠義でござると咄しのこしを折からに
姿もけふぞ大国の君に師範の勿体顔 立出るみぢん弾正 ほろ酔きげんの千鳥足 コレ先生存の外の大酒でござる
な イヤモ御前において悦びの御酒えん 何が若侍が取廻し そこへも頂戴こゝへもと去とは/\こまり入ましたが 雨中のつれ/\゛
思はぬ大酒 アゝげいが身をせめまする ハゝゝ成程仰の通り 殿様にもことない御悦び 我々迚も大けいしごく 此度の異
国せいばつ 日本無双の其元なれば遖高名手からを顕はし 久吉公の感状にお預りなさるは今の事 扨々お羨しき
義でござると おもねる詞に打點頭 成程/\六十余州に群がる大名 我一ほしがる此弾正 お抱へ有た立浪殿は御うん

のつよいと申す物各(をの/\)方も異国の戦場誉を取すは望次第 拙者がきつと受合申したとじまん手誉の鼻高く時に玄
関騒ぎ立取次の侍あはたゞしく毛谷村六助弾正様と試合の願取次を頼参りし所叶ぬよしを申せ共無体に込入るきる相
故 先おしらせと訴ふれば ナニ六助めが先生押して試合を望とな一たん甲乙別れし上無法の願叶ぬ/\ 門外へ追出せ異
義に及はゞ打すへよ早く/\承ると引かへす 程なく人音騒がしく 是はと見やる庭先へこけ込奴口々に下れ/\とせいすれど 耳
にもかけずもみ手して ハイお願の者でござります お取次頼みますとしらすへ通れば両人こへかけ ヤイらうぜき也無法者下れ/\
下りおらふ イヤ私はそせうの者下れと有らばこなさんがたと片手つかみの狗投打付ほり付寄せ付ねば恐れて皆々しり
込す ヤアらうぜき者下りおらふときつぱ廻せばぐつとせき立イヤコレ弾正殿エゝ逢たかつたはいの/\何にもくど/\云には及ばぬ今
一度誠の立合 サア/\/\ようい召されとせりかくるを 大坪軍八コリヤ/\慮外者めが御師はんたる弾正殿昨日のせうぶにこりも


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せず恥をしらぬ山猿め此願はお取上ない 早く立て/\と 師匠ひいきのかさおしに弾正はしたり顔 六助わりや何しに
きたやい 重ねて口を利かぬ様しやつ貌(つら)に木太刀の極印 見る度ごとに身の毛がよだつてかやうな願は致されぬはづ エゝ
何か今大身と成た身共故 かうやく代にも成ふかと 根が賎しいこんじやうから心へちがいのもがりしあんか 夫レならばそふといへ
少し斗の合力は致してくれる程に 控へおれ エゝむさくろしいざまをして立合/\と身の程しらぬうづ虫め 身が目通りに
叶はぬ早く立て スリヤ立合成ませぬか 立合の願叶はずば こなたが大切にさつしやつた 母様をこゝへ出さつしやれ よもや
是へは出されまいがな ヤイ/\/\うぬはこりや気がちがつたな イヤ狂気しておるな コリヤ諸国を武者修行にへんれきする
此弾正 母を連れてよい物か 身は独身母はないはい ムゝすりや母もなく立合も成ませぬな くどい 最前から
身に覚へもなき事共 様々云かけひろく 五百石の御知行てうだい致し 御師はんたる此弾正に向つて 過言を

はくは殿へ慮外致すも同然 悪くびこづくがいなや首が飛ぶも知れぬぞよ 早く此場を立かへれ スリヤ立合の
願は叶ぬ事しや早く立 ハツと斗に六助が 時のけんいにせんかたも 無念こたゆるいかりの涙白砂を うかつ斗なり ふすまの
あなたにしはふきの こへ諸共に入来たる轟伝五右衛門 遉名家のしつけんと いはねどしるき其人柄 ハアコレハ/\伝五右衛門殿 今
日は大領久吉公御入来のよし 御饗応のおさづなんど 万事御くらう千万でござる コレハみちん氏 仰のごとく今日は
仮初ならぬ貴人の入来当家の面目此上なしと 互んぼ挨拶事終れば 六助白洲に手をつかへ 伝五右衛門様へ申上げま
する 何卒弾正殿と再度の立合 仰付けられ下さらば コリヤ/\六助儕かてんの悪い なぜかへらぬ まりしてんの化現といふ共いな
といはれぬ弾正殿 夫レ故にこそ御前より見分を遣はされ おかゝへ有たみちん氏 達て願はば其方が身の為にも宜しかる
まい おいかりの出ぬ内早くかへるが上分別と 利かいの詞押かへし ハアゝ尤ではござりまするが 是には深い様子の有る義


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ヤア様子も糸瓜もいらぬ 所詮は叶はぬむやくの願 意地ばらば手は見せぬ ソレ家来共きやつを御門へ引出せ 畏つたと下
部供 始にこりす立かゝるを 右と左へ投退けのけ 居ながら働く手利の早わざ 両人は猶せき立 ヤア儕こりや手
向いか 手向の段じやござらぬ 国主をおもんじこらへていれば 付上りのしたあぶ侍 ばた/\せずと控へてござれ ヤイ弾正 儕
よくも六助を謀つたな 老いたる母を育むためとかう/\ごかしの偽り表裏 親持ちし身はそふこそと義によつて勝ち
譲り 負けてやつた昨日のせうぶ 母と云しは民家の老女 後難を思ひ切殺したで有ふがな かゝる姦賊師はんなとゝは
お家の恥辱 サア是へ出てせうぶせい かういひ出す上からは取持ち顔のへろ/\武士 いくたり有ても苦には致さぬ 木
太刀の相伴御かつて次第と 白洲へどつさり引まくる 袴の裾も破れ小口 弾正はえせわらひ 伝五右衛門殿お聞なされ
イヤハヤ様々のよまい言あやつは狂気致しておりまする いか様是は仰の通り 取りのぼしておると見へます 併し只今申を承れば

何とやら其元が彼をお頼なされたと 取り所もない事なれ共 こゝに一つの気のどくがござるは みぢん弾正六助を恐れ 再度の試
合辞退せしと下々にさた有てはいよ/\殿の御恥辱 立かへつて申さぬ様息の根留て遣はされい 何様はや 其いきの根の
留め様は斯くと打出す小つかのしゆりけん すかさぬ六助 コリヤ何するのじや いらざるてんごう取置いて尋常にせうぶさつしやれ
イヤナニ弾正殿 鉛刀の一割とやら コリヤ少し味をやりました ガ貴殿には何して叶はぬ事は知れてござれど ほんの心ゆかしなれば立
合と申すは慮外 御しなんなされて遣はされい ソレ誰か有る木太刀のよういと いやといはれぬ詞の打ち太刀 情け流されぬ手詰めの
せうぶ弾正はこまり顔 アイヤ物でござる 御らんのごとく殊の外大酒いたし 甚だ酩酊仕る 其上お眼がねを以て相済だる
拙者が手の内 再度立合致しなば 御前の眼力くらしなどゝ批判有ては甚だ心外 何とおの/\どう致そふ 成程先
生のおつしやる通りコリヤよしになされたがよくござらふ やめませふか/\ アゝ去とは迷惑千万と 主人思ひは空ざやの安


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大小は鐺から 禿かゝるこそ笑止なる アイヤ其義はくるしうござらぬ いく度にても彼めが得心致す程打すへて遣はさるが 其
元の御名の誉 即ち殿にも御満足 御酒はいか程参つても 六助ふぜいが何の及びませふ 幸いの折からなれば此伝五右衛門も  
御手練拝見致したい 御くらうながら只一手 ひらに先生/\と そやし立られふせう/\ わざとよろめき庭へ下り立 コリヤ六助相
人に成は安けれど酒興の某 モ今日にも限らぬ事 コリヤ/\ サ がてんがてんがいたらそこ立てと 云つゝ寄てだまし打 こい口四五
寸 イヤめつたにゆだんは仕らぬと 取たるうで首突放し 一眼二心互の身がまへ ヤア/\とかけごへ尖く打込しない 入ちがへて丁と
受け はらふて引けば又付け込む 上段下段 右剱左剱 音はとん/\轟が 眼をくばる互の太刀筋 かたずをのんだる軍八曾平太
秘術をつくせど弾正が 請け太刀くるいくづるゝ五体 六助いらつてたゝみかけせぼねこし骨りう/\/\ 南無三宝と両人が六助
欠寄を さしつたりとこきうの当て身 右と左へ倒れ伏す 轟こへかけ ホゝヲせうぶは見へた毛谷村六助 日頃の手練遖々 シテ

シテ立合斗の願で有まい 吉岡一味斎が後家娘かくまふ義心 助太刀して弾正を討たんとの心の底は 伝五右衛門せう
ち致して罷り有る ハゝア御そんじの上は申すに及ばず しさい有て一味斎がえんにつながる此六助 敵討の御願と聞より弾正しあんを極め いか
にも 一味斎の老ぼれ親仁高まん顔がむやくしさ 飛び道具にてぶち殺した 敵とねらふやつばらは何人でも返り討ち 既に妹
娘のおきくめも身が心に従じゃぬ故須磨のうらでじやくめつさせた 六助うぬも縁者と有ば遁れぬ所かくごひろげと切付る
心へ六助こし刀 抜き合してはつしと請け 扨は妹おきくを殺せしもうぬがわざとな エゝ重々の極悪人生捕りにして母女房に敵討ちの
せうふさす 観念せよと切結ふ 刃の光りは稲妻のかげがさそふやふりしきる 雨の足取り入乱れ打合ふ刃音諸共に 何とかしけん
六助が刀はほつきと折ちつたり ソレと投やる轟が覚のわざ物取るより早く 抜放して丁と請け ハテ心へぬ 師匠より譲りの一こし 折しはふしき
と怪しみながら 又打合す白刃と白刃 二打三打合す間も 同じく打折るみちんが手の内 けしとむ所を拝み打 さしつたりと


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そば成る飛石 苦もなく取て請たる強勢 ハゝア奇妙/\ 曹孟徳が青虹(せいがう)の宝剣に等しく 白刃を打折し弾正が所持
の刀 夕陽(せきよう)を尅して雨を呼び やきばに顕はす虹の形 蛙鳴叫ぶは アゝ実に誠小田の重宝蛙丸の釼のいとく いか成名
作名剣も釼に合す時は忽ち折るゝと聞伝へしが ふとゞき眼前見し事よと 詞はきもにきゆる弾正 引取る刃に付け入る六
助 鍔元しつかと ムゝすりやお尋の蛙丸 是を所持するみぢん弾正 ホゝヲ問迄もなく むほんの残党 春永亡び
給ひし後 明智が手へ渡りし名剣 かくし持たるみぢん弾正 儕と顕はす喜怒骨は明智が血脈請つぐせう
せき 何とちがいは有まいかと ほしをさいたる明智の眼力 神力加はる六助が程よくもぎ取る蛙丸 伝五右衛門に差出
せはホゝヲ六助でかした もはや遁れぬみぢん弾正尋常にかくごせい ホゝ遉の轟よく見出した 推察の通り父
が無念をさんぜん為 立浪家へ入込しは 久吉に近寄て怨(あだ)をふくせん我大望 かく顕はれし上からは弾正が

死物狂い 館のやつ原撫切と眼をくはつてつゝ立たり 兼て用意やしたりけんくみ子の大せい得物引さげ追 
取巻轟こへかけヤア/\者共 大切成国家の科人 広庭へ追出取逃がさぬ様にからめ取れ ハツと一度にくみ子共遁さぬやら
ぬとひしめいたり ヤアちよこざいな蚊とんほめら 此世の暇をくれんずと切立/\手を砕きおく庭さして追ふて行 跡に六助
両手をつき 蛙丸の名剣はからす御手に入上は 此寸功に敵討御めんなし下されよと 余義なき願に伝五右衛門 尤
成そせうなれ共 弾正は大切成科人 土民の手へ渡しがたし 元来主人春時殿懇望の汝成共 高良明神の
告により 勝りし者に仕へん望幸いかな 今日大願御成なれは 御一覧を頼み諸大名の御内に置て名有勇者
を片家に立て角力のせうふ神慮に任せ主取りせよ 蛙丸を奪かへせし功を以て敵討へ請合たかいりに/\と
轟か 始終をはかる取捌き 六助そく/\小おとりし 面白し/\望む所の主君定め 畏り奉ると 即座の領掌この


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身の願本望遂ぐるは今の間と 悦びかさむ折こそ有れ 久吉公の御入とのゝめくこへ アレ六助仙桃花咲時来れり 直ぐ
御用意と励す内 心へ小姓が白臺に 積巻絹のかつ色を しやんとしめたる取まいし 一振ふり出す古木の松 両腕
両足ふみなす 遖お角力たて男 能見の宿禰の昔にもいさ/\おとらぬ関相撲 漸気の付堀口大坪 うろ/\眼に
前後を忘れ 切てかゝるを伝五右衛門 かはす間抜く間蜉蝣の 二人は四つに朱の浪 打て捨たる手の内に ハゝ遖お見事 併し
此両人をお手討になされては イヤサちつともくるしうない 弾正にうたふとせし人非人 蛙丸の切れ味 敵討の血祭よし 早く御
前へ土俵入と 清むる力化粧紙 四本柱の御家老につれて 御前へ 出にける数年の積悪身を責て立浪の
広庭に 多せいを相人にみぢん弾正  一流立たるさしもの働きに 捕人もあくんで見へたる所へ 春時の下知を請欠付る轟伝五
右衛門 ヤア弾正 むほんの残党其つみ遁れず 轟からめ取る腕を廻せと 十ていふり上げ詰寄たり ホウ誰彼の相人はきらはぬ 

めいどの道連イサこいと 又も二人が抱合四方を囲む組子の人数暫く時をうつす内 一もくさんに砂煙馳来たる使はん 扨も六助御
前において相撲のせうぶ 第一ばんに田中の旧臣井富三郎 取付く間なくそつ首おとし 二ばんは両国笹部野九郎 只一刎ねに刎と
ばされ赤面せき立三ばん手 盛尾の郎等別所定宗 力をつくせど寄代の六助 一こへ叫べば土俵の外投付けられて入かはる 片岡宮
田郡の一統 家中に勝れし勇士共 息をつかせず立合へど 或は矢筈 肩すかしあをりむさう無双の神力 廿六ばんつゞけ投げ 皆
六助が勝相撲と申残てぞ 引かへす いさぎよし/\ 相撲おわらば敵討御赦免は必定 なはめの恥辱を請けんより 武士のめう
かとかくごせよ 弾正何とゝいはせもはてず ヤア敵討もへちまもいらぬ 刃向ふやつ原ぶちはなし 久吉の猿冠者め すかうべ
取て父の孝養邪魔せずと立去と ひるまぬがまん轟が ソレとさしづに組子の面々 巻てとらんとつくぼうたす儘 請流切はら
いこゝをせんどゝ働きける つゞいての勝ち相撲毛谷村六助/\ 三十七ばんのわりふの主急いで立合/\と 行司が詞溜りより 佐藤の


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家臣万団右衛門 六尺ゆたかの大男 力も嘸と白綾の下帯しつかと御前に一礼 ゆらり/\と土俵の内 勝ちほこつ
たる六助がおとらぬ大兵顔見合せ じつと互に居合ごし 程よく行司が引く団扇 ヤツとたける団右衛門 押出さんとコリヤ/\/\ 神変ふしぎ
の六助が どつこいうごかぬ両足はこんりんざいよりはへぬくごとく 肘(かいな)からみを振ほどき えいとかけごへ諸共に 地ひゞき打たる団右衛門砂にま
ぶれて負け相撲 各々どつとさゞめきてしばらくなりも止まざりける 溜りの内よりこへ高く 飛入/\/\と自分名乗て出たるは 小兵な
がらも福嶋の御内に名をえし桂市兵衛 拾ふてくれんと力瘤五尺にたらぬ身あんばい けなげにも又不敵也 六助につこと
打わらい かまへゆたかに待ちかくる 相図の団扇引くやらな おそしと四つ手に引くんだり 雪ふりつもる松が根にからみ付たる桂が手
だれ 惣身の力を腕に入れ 大の男をしめ/\ 持出さんと釣り上る シヤもの/\しと六助が 励ます一勢雷の落るがごとく押付ければ
さしもの市兵衛たもちえず 尻居にどつさり六助へ又も上げたる団扇の誉れ わりふも三十八ばんめ 持もふけたる三浦又蔵

実にも加藤正清の股肱と目立て見へにけり 御桟敷を始めとし諸候の面々息を詰め これや結びの関相撲と鳴をしづめて
見物有 さつと引取団扇の風 力くらべこんくらべ秘術をつくしていどみ合 神明おうごのこんごう力 さしもの又蔵持余し危く見ゆれば
主人正清 桟敷よりこへ高く ヤア/\六助もはやせうぶも是一ばん 敵討の願叶ふ大切成此相撲 心付けよとおしえの詞 ハツと
六助正清の智仁の一言盤石に 押さるゝごとくたち/\/\ こころも折る片膝は三世のえんの礼儀始め 上下一度に誉るこへ かんしんのこへ
一時に仰の打くるごとく也 正清供にかんし入 数多の働き六助が勇猛 今よりしては我良臣 貴田孫兵衛と改名し 忠勤お
こたる事なかれと 称美の詞に有がた涙 溜りに控へし母お幸おその諸共かけ付て お手柄/\此上は敵討御めんのお願 恨みをは
らすは今の間と 詞少く取り形りも行儀正しき武家育ち 六助も御前に向い 是こそ一味斎が後家娘みぢん弾正と敵
討のせうぶ 仰付けられ下さる様と恐れ入って言上す ホゝ其義は気遣ふ事なかれ 尋ね求むる蛙丸手に入しも汝がはた


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らき 轟伝五右衛門に申付け敵討の用意せさせ置たれば かしこへおもむき本望とげよ 即ち君の御帯刀汝へ下し置る間 有
がたく頂戴せよと 推挙の御太刀取次にて孫兵衛へ請りける 時の面目身のめうが 生々世々の御かうかん首尾能本望遂げ
終り 唐かうらい迄御供して 馬前に報じ奉らんと 三拝九拝拝領の 刀は名作名大明 いそふれやつこ正清の 詞のかせい百万
    第十一             騎いさみ すゝんで かけりゆく                                        すでに角抵(すまい)の勝ち負けも納るばんかづ誉るこへ磯打つ浪と動揺し山川に轟伝五右衛門 仁義の推挙に敵討御免成し
と聞伝へ はせ集まつたる見物共 さしもの広野に充満し錐を立べき?(らい・余白)もなし 斯て毛谷村六助は相撲の場より改名し
貴田孫兵衛と勇有てたけき骨柄美をつくす 大小遉万卒を覆ふ器量の弓取風ゆう/\と出来れば ソリヤ毛谷
村の柴かりが出世した振り見よ/\と 前後を取巻き人群集 孫兵衛きつと見廻し ヤアさはがし旁 今日は大切の敵討

斯むらがつてはせうぶの妨げ片寄り開けとせいすれ共 向ふはもうぜい一人のこへ届ねばまつかせと 並しげりたる大木の
松を両手に一ゆすりぐつと引抜き横倒し 行馬(やらい)としたる怪力に舌をふるはし諸見物 一度にしんとしづまれり
一期のはれと義にいさむ吉岡が妻娘 弥三松が手をとり/\゛に行馬の内へ入来り コレ/\孫兵衛 イヤノウ聟殿
上々様のお影により 数日の仇をけふの今 晴すと思へば嬉しうて胸つぼらしい 此嬉しさを見よふより一味斎殿ながらへて
ござるなら 何此上有ぞといふおそのも打しほれ わたし迚もこがれたる殿御には逢ふ敵にも 廻り逢たる嬉しさも
お菊が無事でいやるならヲノウ かはいやこれが筐かと 孫が手を取り抱しめ 顔見合せて親と子が 不覚の涙
にかきくれてさめ/\゛ 泣こそ哀なる 孫兵衛はこへ励まし ヤア二人共見ぐるしき繰言 早く敵の首引提げ みらいにお
はす先生のいはいに手向る気はなきかと せいする詞に両人が実にもと涙押拭い 人めを羞づる紅の絹ひしごいて


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花襷用意取々成所へ 久吉公よりけんしとて加藤虎之助正清 先をはらつて入来れば 今ぞ籠中の取
囲まれ 猶もがまんの弾正が歩むものつさのさばり顔 跡に引そい伝五右衛門 行馬の内へ入折から 息を切て衣川
弥三郎 加藤が前に両手を突 拙者義は 郡音成が家来衣川弥三郎と申す者 一味斎が妻子の者今日当
所に仇打をいたす条 主人音成承り御厚情を謝せん為 一つは又見届けの為名代として 只今参上仕ると 申延ぶ
れば母娘殿の上位の今更に又も涙の嬉し泣 正清はいぎをたゞし コレハ/\御ていねいの御使者人も多きに弥三郎殿さし
こされしは兼てより 余所ならぬ敵と聞 音成公の御心配かんじ入て候と 情の道も疎からぬ実に真柴家の良臣也 正清
重ねて轟に打向ひ 双方支度調なはゞ早くせうぶとげん重なる さしづにはつと伝五右衛門立上つてこへ高く 早く双方
立合べし 互につかるゝ其時はたいこをもつて知らさん間みれんの働きなき様にと 下知につつ立みぢん弾正 成り上りの?を後ろ

たて 此弾正を討んとは不敵しごくの女ばら 不便なれ共返り討かくごひろげと悪言を 聞てにつこと母お幸 ヤア武士
に似合ぬ無益の多言 初太刀母がと立向へば 弾正も悪びれず 水をさらへし器の錺(かざり)ぢりゝ/\と歩寄り呑む
より早く打破る茶碗 長刀かい込みいかに京極 汝非道の手にかゝり 空しくはてたる一味斎が妻お幸 尋常に
せうぶ/\と身がまへたり ヤアしやば塞げのひばりばゞ ひばり親父が跡追てぢごくへ行とこし刀 抜く手も見せず切付るを すか
さず請留め刎かへすを 直ぐに付け入きよ/\実々 秘術をつくしてたゝかへ共 尖き刃にお幸が請危く見ゆれば相づのたいこ
どつこい下知か押し分ければ 跡へかはつて新手のお園 小太刀をづつて立向ふ 後ろに孫兵衛こへをかけ せいては事をしそんずる心をしつめ
て戦へと 力を付る夫の前 諸万人より晴のばと胸を定めてこへ励し 日外(いつぞや)都小ぐるすにて 夫レと名乗て逃失せたる臆病武士
の京極内匠 親の敵妹が敵 一時はらす恨みの刃 首さし伸べて請取れと 云より早く討つ刀 丁ど請留め嘲笑い ハゝゝゝ引きさかれめが味を


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やる 勿体ながら京極がお手おろさる太刀の下 なく成おらふと一打ちに みぢん流儀の手をつくす 落花狼藉八え垣の流儀流
水淀みなき 手練の切先丁/\/\時をうつして打合たり かすり手おへ共強気(ごうき)のたくみ まつしぐらに切まくれば 思はず跡へたぢつくお園
あはやと見る内孫兵衛が 刃の電光けさ切に すつぱと肩先弾正がうんとのめるを おこしも立てず 夫の敵 父の仇かゝ様の敵覚たかと
孫も供々ずだ/\に切て悦ぶ母娘 とゞめをさしもの馬印 大ばた小ばた目に映えし風になびきてへんぽんたり 正清いさんで
手がら/\ アノ行れつは大将の御出舩と相見ゆる 衣川殿は国元へ二人の女を同道あれ 轟氏は跡の義をよろしくはからひ
めさるべし イヤ孫兵衛は本陣へといそぐは河東虎之助威勢は千里万里にもたぐいまれなる大ゆうもうすぐ
にさんかんせひばいの 出陣いそぐいさみの足 天のせいする悪人は ほろびてい気味吉岡が うんにかつたる敵討 誓いの助太刀
太刀風におさまり なびく天(あめ)か下 めぐみにそたつ竹のはの さかへさかふる君が代は万々 歳とぞいわいける  

 

 

 貴田孫兵衛 wikipedia