仮想空間

趣味の変体仮名

傾城反魂香 下之巻

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
     ニ10-01140

 


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  下之巻
凡絵の道には六つの方法有 長康張僧陸探の三人を 異朝の三祖
と学びきて和国に筆の色をます かのゝ四郎二郎元信天然彩墨の
妙手を得て 後柏原後奈良の院正親町(おほきまち)の帝 三代四代の聖
朝につかへ祝髪の後越前法眼玉川斎永仙とがうし 末世の今に
至る迄 古法眼と賞嘆するは此元信の筆とかや すてに大永七
年新帝 大嘗會悠基主基(だいしやうえゆきすき)の御屏風を書き 従四位の下(げ)越前の守


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にふにんせられ 数多の門弟上下の供人かたをいからす山科や 土佐将幹光信の
山庄にあないせられける将監夫婦 出向ひ今官禄にひいで給ふを見る
に付 姫がことのみ忘れがたなふ候と詞にさき立涙也 仰のごとく某とても かの
人をさき立世にまじる所存なけれ共 将監殿を世に立んと おしからぬ世も
捨かね申せし所に 次第/\に登雇し大嘗會の御屏風を仕 叙爵(じょしゃく)に至る
朝恩の上 貴公の勅勘訴訟叶ひ向後一家の結びをなし 相ならんで絵所
の門をひらくべしとのせんじを蒙り集りたり 親御達を世に立なば草葉

のかげの娘子の一つのまよひもはるべきかとかたのことくにきん中方願ひ
取なし候とかたり給へば将監夫婦 有がたや忝や歎きの中の悦びとは
我らが身にて候貴殿の御ひけいにて勅勘をゆるさるゝも 一つは娘が
光りぞとなを/\らくるいせきあへず かゝる所へなごや山三春平 樽肴黄
金じふくさま/\゛音物持せて 将監に対面有雲谷不破が不届故 元
信我ら両人永々沈倫致せし所 善悪のぜひ落居し 三人の悪たう
死罪るざいのげんくはに所せられ 某も先知にふくし候 其節は姫君の御ことに


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付 御じぶん様々御こんしの趣 主人御やかた満足致され 先当分お礼申さ
るゝ印目録の通 微少ながらとのべければ 御使がらと申御ていねい成御こと
と 互の礼儀あさからずしばらく時こそ移りけれ やゝ有てなご屋 ヤア承
れば娘子遠山 くつわの手前約束の年明て 今日是へ帰り給ふよし さぞ/\
お悦びすい量致したと いへ共人々のみこまれずとかふの返答なき所に 供の
者共こえ/\゛に 遠山様はやあれ迄見へまする 迎ひにお出なされませあ
りや/\ふつてござるはと いふてもさらに心へずしゝて程ふる遠山が 帰

らん様は涙ながら立出見やれば屋かたの姫君いてうの前 かもじ入
ずの二つぐし かものはなりのはすは袖どもの又平日がら笠 さゝ
づめ香車は女房也 いつならはしの 道中も 心つければふりやすいふれ/\
雪の遠山が御影もよもや是こゝが おれが内かとつゝと入 なふとつ様かく様
今かへつたはいな 久しうであひやしたと とんとすはりしいずまひは
かぶろだち見るごとく也 各はふしんはれず なご屋はもとよりがつてん
なれば ヲゝいづれもの御ふしんは尤々 ながふ申せばだん/\あれ共 ひつ


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きやう姫君を将監殿のむすめにして しゝたる人が二たびよみがへ
られたとおぼしめし 元信にめあはせあれ姫君も一たびは 大じの
命をたすけられし各なればこふなふてから親同前 なまなか儀式たて
しては養子といふておもしろなさ 又平ふうふと談合してちを分
た遠山に いたしたが我らがしゅかう取組は御屋かたの 御意でご
ざると小みゝかけ わけも聞へる道も立かねつかふたるしるし也 将監夫婦
も悦び涙 ちいさい時のおみつが せい人がほ見てうれしいといだき付

てぞ泣給ふ 名古屋かさねて懐中より一通を取出し 是は田
上郡(ごほり)七百町の御朱印 永代知行なされと頂戴させ 扨田上
郡は給所/\の入組にて地わり中々むつかしし 某が父主斗(かずけい)の介
天文の暦算に達し 鼠承露盤(ねずみそろばん)と云物をたくみ つもりもの
わり物人のこえにしたがつて そろばんのおもて明白にあらはるゝ
是を以てかんがへばけんづもり知行高 せつなに相済申べしと有ければ
元信聞給ひ それに付延喜の帝 陸平永宝駒引銭を鋳


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させて民をにぎはし給ふ 其駒は晋の韓幹(かん/\)が馬をうつされし
我又平其駒の図をつたへ覚えて候へば 駒引銭をいて領内をにぎ
はし申べし 是は弥重然らば善はいそがしや よめ入むこ入国入し
て本祝言の儀式はかさねて 先々こよひは祝ふてざつとめでたふ
そろべくそろばんつぶによろづよ つもるぞ「ゆたか成年は子のとし 大
こくめをこちからしだいに子まごもわき出る 地からは五こく手からは
かねがわき出/\子々孫々迄 長久栄華の家はん昌は君が 恵のいとく也

 

 おしまい