仮想空間

趣味の変体仮名

傾城反魂香 三熊野かげろふ姿(中之巻)

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
     ニ10-01140

 


70(左頁)
  三熊野かげろふ姿(中之巻)
あらおしや あたら夜や ふうふのなかにさく
花も 一夜のゆめのながめとは いsらぬおとこの いた
はしやとなくより ほsかの ことはなく むかしの
あさの 身じまひに かみにたいたりすそにとめ
そよとふくさの色かぜも 今せうかうに立けふ
り はんごんかうとくゆるかや かうろのはひの はひ


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よせもじゆんをいふならこなさんを われこそあらめ
さかさまの 水のながれの身のならひ ところ/\゛
のしに水を たれにとられんあさましと よそに
いひなす ことのはを世になき人とは そもsらいず アゝ
いま/\し おひ木のすえの思ひをきはよしなやな こち
もそなたもわか松の ちよのさかづきざゝんざ はま松
のをと 七ほん松の七本を 女はそとばにかぞふれど 男は

けふの七五三よめりことせしたはふれも今はまことゝう
れしげに 手をひきあふてわらひがほ 我はあさがほ
しぼみゆく花のうへなる つゆとはしらぬはかなさよ
月はかけてもみつの山しやばの たよりはかたびんぎ
ふみもとゞかずことづてもいへで 心のくまのぢや
てるてのひめのやつれぐさ ひたちにはぎもおつと
故身をはたご屋の水だなの はしにめはなのがき


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あみを つまとはさらにしらいとの えんはきたなきつち
ぐるま 心は物にくるはねどすがたを 物にくるはせて
ひけや/\此くるまえいさら さら/\さゝのはにしでの
たびぢの こぜのとも 一ひきひけば千僧くやう 二引ひ
けばなんのふの くすりのゆもとゝ聞からに四百四病は
きえもせんほねになつてもなをらぬは わしがそ様をこひ
やまひ かはる心をあんじては神の御名さへぞつとする あすか

のやしろ濱の宮王子/\は九十九所百に成ても思ひなき世
はわかのうら こずえにかゝるふぢしろや いはしろ峠しほみ坂
かきうつすえは残る共我は残らぬ身と聞ばいとしやさこ
そ我つまの 涙にくれて筆すて松の しづくは袖にみつじほ
のしんぐうのみやいかう/\と 出じまによするいそのなみ
きし打なみはふだらくやなちは千手 くはんぜをん いにし
へくはさんの ほうわうのきさきのわかれを 恋したひ 十


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せんの御身をすて高野西国くま野へ三ど後生前
生のしゆくぐはんかけて ほつしんもんに入人は神やう
くらん御ほんじやの しやう/\゛でんのきざはしを おりて
くだりて 待うけ悦び給ふとかや 我はいか成ざいごうの 其
いんえんの十二しやをめぐるりんえをはなれねば うた
がひふかきをとなしがはなかれの つみをかけて見るごうの
はかりのおもりにはそれさへかるきばん石のいはた がはにぞ着にける

すいしやくわくはうの方便にや名所/\宮立迄顕はれ
うごき見へければ元信しん/\゛きもにそみ 我かく筆共思は
れずめをふさぎ なむ日本第一大霊験 三所権現とふし
おがみ かうべを上てめをひらけばなむ三宝 さきに立たる我
妻はまつさかさまに天をふみ 両手をはこんであゆみ行 はつ
とおどろき是なふ浅ましの姿やな 誠や人の物語しゝたる
人の熊野詣は あるひはさか様うしろむきいきたる人には


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かはると聞 立居に付てよひより心にかゝること有しが 扨はそな
たはしんだかと こぼしそめたる涙よりつきぬ歎きと成にけり
恥かしや心にはろくぢをあゆむと思へ共 さか様に見へけるか
や四十九日が其中は しやばのえんにむすぼれ姿を見
せて契りし物を いもせの中にこはげ立あいそもつきばいかゞ
せんかはる姿のつゝましやあひ見ることも是ぎりと 泣こえ
斗身をしぼる涙のきりやれんぼの霞 めい/\ もう/\ろう/\

として見へるかくれつともしびのゆえんにまぎれうせにけり
元信五たいをかつはとなげ よし雨露にくちはてしがいこつ也共
いだきとめ はだ身にそへん夫婦の友 何にこはげの有べきぞ げん世
のあふせかなはずは やひばにしゝて此世をさり 極楽諸天はおろ
かのことたとへぢごくのそこ迄も さそへともなへつれだてと ざしき
のくま/\゛屏風をしのけ 障子をひらきやれ遠山はいづくにぞ
みやはいづくに我妻戸 あくるやりどにやり手のかたち顕はれ見へ


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しぞ あはれなる いつならはしの世わたりやあはのなるとはこゆる共 此
うきふねのうきながれ何とやり手の身ぞつらき まぶの忍びぢ
せきとなり文の通ひのさかも木に 人の思ひはいましめながら 我
身はつゝむ恋衣あか前だれのくはえんにこがれ 三つ八なんの
あくしゆにだすくるしみのなんだめをくらまし 生死をわかぬま
よひのくも所々に名をかへて 数々色をかざりしむくひ からだ一つ
が五つにわかれ五りん五ぎやうのくをうくる いか成世にかまぬか

れんとさけびわなゝく袂のかけえんしよくあて成二人の遊女左
右に わかれ見へたるぞや 是こそはそのはじめ白粉紅花(はくふんかうくは)によそ
ほひし 後世の道には遠山があだの情の釣ばりに 人をつるがの
うき姿松といはれし松がえは四大のもとの木に 帰る也 次は三国へ
かひながされて嬪女郎やはうばいに うちまけまいぞかつ山と名
をかへ風をかへけるも 恋にかのはるがまんの山 ふもとのちりのちりひ
ぢの つちにかへすを御らんぜと名月 出るごとくにて うしろに高く顕


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はれしはながれたゞよふかは竹の 伏見にきてのあさか山さすが所も
極楽をねがへとつぐるしもく町 安養せかいの夜見せにはともす
べきともし火なく 吹けす風もふかずして一心の火をもとの火に
かへす間のかげぞかし前に 立たる花ずゝき ほの/\゛見へしまぼろし
木辻の町のみつ山と よばれし時のおもかげが 今は名のみに
ならざかやこの手かの手の枕の酒みぞれあられとへだつれどとく
れば同じかすりいの 水をかり成なはふれも終にまよひのいせ

きにからみ木は執心のおのにくだかれ土はあふよのかへとへだゝり火は又
三世のえんをやく 四大の四くを此身一つにかさね 重ねてくう
より出て空(くう)に入 むくひも罪も色も情もなよふも悟るも
待夜のかねも わかれの鳥のこえ/\゛迄も 地水火風の五つの玉
のを 只一筋に結びあひたる姿成ぞや なふ/\おしみてもなを
おしまるゝ なごりもえんもついに行 道ならばいざともなはん とは思
へ共おつとの命ながゝれと いのる心も様々に皆もうしうのあだ


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夢と さめ/\゛もろき涙の露の玉のうてなの床の内 れんりの
蓮(はちす)かたしきてながき契をまつぞやまたんしるしはこれ 此一
卒塔婆永離(ようり)三悪道 なむや三熊野本地の三尊
むかへ給へや道引給へととなふるこえはふせやに残つてかたちは見
へず消にけり 元信いだきとゞめんとすがり付ばかげもなく うんとのつ
けにめくるめきたちまちいき切たへ入しを 名古屋あげ屋門弟
等おどろきさはぎ 薬様々よびたすけ漸 一間に「やす

めけり夜もほの/\と明行此官領の雑式不破の道犬長
谷部の雲谷誘引し 伴左衛門が酒漬の しがいをかくせどや/\と
乱れ入 此所になごや山三春平や有 官領よりの御下知有対
面せんとよばはつたり なごやちゝせず出向へば 雑式かなぶち引
ならし 不破の伴左衛門をお手前が手にかけしこと紛なき上 父道犬
願ひによつて ぎんみをとげちるゝ所盗賊の罪のがれがたし くせごと
に行はるゝ条召とり来れとの御諚 尋常になはをかゝられよとぞ


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仰ける なごや少しもさはがず懐中より くつわの手形数通の文
を取出し か様のぐまうの返答は申も似合ぬことながら かた口の御さい
だんいかにしてもかろ/\゛し 是此手がたを御らんぜ かづらきことは三月
二日に親かたが暇を取 拙者が本妻借宅見立の間 あげ屋
に預け置し所伴左衛門数通の艶書 かくの通不義者の女敵(めがたき)也
此方より願ひを申 親道犬をもざいくはにしづめんと存ぜし
折から かへつて我らを召とれとは定てそれは各の聞ちがへ それ成道

犬か雲谷がことでかなござらふ逃も走りもせぬ男 聞なをし
てお出なされよと大様にこそこたへけれ 道犬つゝと出きたない/\
こりや山三 伜伴左衛門かづらきを請出す手付として 金
子五百両懐中せり めがたき討は聞へたがなぜ金子はぬすん
だ 惣して盗みと云物もぬすむ時はうまいこと 顕はれた時はからい
にがい物じやげな サアなんとのがるゝ所は有まいと せうこなき云ぶん
ながらなごやも相手は死人也 何をしるしの云分けとにが/\敷ぞ見へに


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ける 四郎二郎かくと聞よりとんで出 いや/\とかふの評議は御無用
盗人ならばぬす人切どりならば切取とが人は狩野元信 なはゝ百
筋千筋でおおかけなされと 大小ぬいてなげき出さんとする所を なご
屋をさへてしばらく/\ 御心底忝い去ながら それ迄に及ぬこと
ひらに/\とをしとゞめ 是道犬 某ぬす人でない申わけが立ならば
をのれ又侍に 盗人と云かけした其とがはなんとする 時に雲谷
すゝみ出イヤサ山三 ぬす人でない云分立ば 命を助る其方が仕

合よ 道犬公は一子を殺され金子をとられ 何のあやまり有べきと
いはせもはてずヤアうぬらが存ずるせんぎにあらず お屋かたにては
一つ間へさへ入ざりしを忘れたか雲谷 此せんさくすんでうぬも遁さぬ
用心せよと にらみ付れば道犬 山三/\わき道へすべらすまい 五百両の
金子を身付た伴左衛門 きりは切たがかねはしらぬと云とてもいは
せふか 盗人でないならば云分せよとつめかくる ヲゝサ云分はして見せん
其跡は合点か イヤ先云分から聞んすと せりあへば雑式是々なごや


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問答迄もなし其為の我々 人にこそよれ両方共に弓馬の身がら 盗
族と云かけ分明(ぶんみやう)ならぬ訴訟 かつは上をかすむる越度(おちど) 云分け立ば
道犬は存分にはからふべし 又盗賊に極らば下知のごとくお手前に
なはをかけ申とりひ明らかにのべらるゝ なごやいさんで罷出なごや
山三春平は外のことば不調法 けいせいのかひ様と人きる様は大名人 恐らく
宗匠ごさんなれそれ/\ 伴左衛門がしがいを是へ出されよ 心へたりと役人は
封切ほどき酒漬の しがいは更に色かはらず只其時のごとく也 なごやは

かまのそば取て近々とより かれを討しは先月廿日 暁月の時鳥
名乗かけしはだまさぬせうこ 向ふ疵に切ふせとゞめをさゝんとのつかゝり
胸をひらけば懐中に金子有 此まゝをいては誠の盗人来つてさ
がしとらんは必定 時には山三が盗みしと後日のなんをきつせし故 鳩尾(きうび)
さきをえぐつて 金子はきやつがからだの内はいのざうにをしこんだり 五
ざうの中にもはいはかね同気もとめてくちもとろけもよもせまじ
いで見せんと手をのばし ぐつと入あけにそみたるどんすのさいふ 引ずり


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出して是見たか 是でも山三が盗人か 弓矢取身のしかたを見よと道
犬にはつたとなげ付 しがいをぶまへつゝ立ば雑式を始として 元信
其外門弟等出来た/\ あつはれ/\御分別後覚(こうがく)也といさみをなす 道
犬はごん/\も出ず雲谷はひるまぬかほ 相手の云わけ立からは此方
はきられぞん お帰りなされと立所を二人の雑式飛かゝり てつぼう
ふり上打程につゝもみけんも打さかれ 胴ぼねくたくる斗也頓てなはを
かけさせ 道犬親子は世間るふの重罪上をおかすといひ 只今のしまつ

諸人の見せしめ 親子諸共ごくもんにさらさるべしそれ/\しがひの首
をうて 承つて下郎共かき首にしてたぶさをからげ 道犬が首にかけ
させ扨雲谷は当座の慮外 罪の軽重いかゞあらんと有ければ 元信
春平詞をそろへもとはきやつめが悪逆 さうどうの始也古主の
屋形にうつたへ 長袖なればるざいにをこなひ申たし 尤々二人共に籠(らう)
屋へやれと引立ればすね立ず エゝひきやう者あゆまずは任せて
おけにうち入て いきながらの酒びたしぢごくの鬼の中じきざいと たは


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ふれ笑ひ帰らるゝ悦ぶ中にも元信は うれへにしづむなちのたきみだ
るゝ色をいさめんと うたへやうたへうたの介外の門弟中 うれひは
うれひ祝儀は祝儀みらいのよめりは一七日 げんぜのよめは七百町
ながく知行にすみふでや 家をさいしく絵のぐふでくま
ふで わらふででいびきふでそのふでさきに金銀も
わきていづみのつぼのいん ならびなつ毛の狩
野のふで末世の たからとなりにけり