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浄瑠璃本データベース ニ10-01547
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梓弓伊豆の高根の牧狩に貝鉦太鼓乱調し 列卒(せこ)
を揃へてかり立る相模国の住人横山郡司信久 管領(くはんれい)の
仰を請土肥の牧場を狩装束 平場に幕打ち床几を立
させ 家の子山形兵衛を従へ 列卒の人数に下知をなし 自余の駒
には目なかけそ 望む馬は鹿毛(かげ)の駒 行馬(やらひ)を越すな谷へおろすな
尾上の広見へ狩出せと 追々に人歩(にんぶ)を走らせ 眼を配つて押ゆる
3
折柄 当国の領主結城六郎持朝(もちとも)の家臣土川(ひぢかは)言蔵(ごんぞう)行国参上
と披露させ 礼義正しく歩み来る 使者の口上待間もなく横山郡司
詞をかけ 領主よりの使と有ば定めて案内届もなく 我儘不作法な
どゝといふ 一本さす使の口上聞迄なし 此狩鞍は信久が私と思ふか 管領
左金吾政知公 今度勅使下向に付 和主が主の六郎持朝 常陸
の城主小栗判官兼氏 両人へ申付た御馳走役 此土肥の牧には抜
群の鹿毛の駒 田畑を荒し人秣(まぐさ)を食ふ事聞及ばれ 急ぎ狩出し乗入て
曲馬曲乗を御覧に入よ 御下向も明々後日 結城迚も饗しの役 此方から
申さず共とくよりも出向ぐ筈 使者所で有まいと権威を見せて信久が 詞
に我慢を顕はせり 土川言蔵手をつかへ 仰のごとく主人六郎御馳走の役
義蒙つては候へ共 今日の此狩鞍且以て存ぜぬ故 御迎の礼儀は元来(もとより)御来(らい)
駕(が)と承らば 列卒の加勢も出すべき筈 何を申も存ぜぬ段 其義は御
免と和らかに邪非道と知ながら 態と敬ふ土川が詞の図にのる山形兵衛
左程礼儀を存るなら 結城が直に参る筈 家老殿を越れたは咎に来た
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に違ひも有まい お目高の郡司公今の世の御出頭何と一句も有まいがと 主
に劣ぬ人喰馬 相口挨拶無骨なる 傍(あたり)に控へて土川がしらせを待たる結城
六郎 堪へ兼てつつと出 言蔵下れと傍近くどつかと座し ヤア過言也山形 なる
程御辺がいふごとく 一言咎申そふ為六郎直に参る所 土川がとゞめし故暫く控へ
聞て居た 改めいふには及ばね共 当国は我先祖七郎朝光 鎌倉殿より給はつたる
領分 一応も再応も届るは武士の礼儀 管領の仰也とて礼を破るつて斯せよ
とはよも宣ふまじ 殊更隣国といひ式作法故実を正す横山殿 何とそふでは
有まいかと やり込られてしかなの兵衛 郡司は猶も挫(ひるま)ぬ顔色 ヤアあくちも切ぬ結城
六郎 馳走の役目を請ながら師範する横山に咎立は片腹いたし 今一言ゆつて見
よ此座は立さぬサア何と ヲゝ役目は役目礼儀は礼儀 夫を破るは人外法外 切刃廻し
てどふお仕やると 刀の柄に手をかけて立寄る六郎土川が 中に分入て先づ暫しと とむ
るは忠節役がらの 後日を思ふ家老職 兵衛も供に反り打かけ既にかうよと見へ
たる所へ 暫くぞふと声をかけ 小栗判官兼氏供廻りを麓に残し 大鷲伝五召連
て しづ/\と歩より 御領主の六郎殿申さばけふの亭主方 隣国の好(よしみ)といひ郡
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司公に御客座 争論の場へ参りかゝりし兼氏 何事も御預下さるべし殊に其結
城殿 饗応の役を蒙れば旁以見捨がたく 争ひを親(したしみ)の端となし 配膳給仕の
御師範宜しう頼奉ると 威儀十分に兼氏の直ぐなる道の扱ひに 横祇破りの横
山主従ぐつ供結城六郎を 宥める土川言蔵が 胸も落付斗なり 兼氏重て
詞を正し 承れば当所において牧狩のお催し 能(よき)折に参り合見物も仕らん 万一御手
に余るなば 列卒並の一働き御遠慮は御無用 ホゝウいかにも/\饗の用意の牧狩中
々手に入事でない 貴殿も馬芸の家なれば 乗とめて上覧に入られよ 我抔も用意
の院の鞭 たんぴも列卒もヤア山形 最前より静まつたは山深く込みしぞ 油断をさすな
追ッ立よ急げ/\に山形兵衛畏つたと走り行 跡を詠て大鷲伝五土川に打向ひ
此度互の主人と主人饗応の御役目御苦労と申晴の場所 ヤア夫に付て承はる 貴
方の息女此方の家老 大岸由良之介の子息力弥へ 縁辺の噂も有れば 猶以入魂(じゆつtこん)の義
ハア是は/\御挨拶片田舎のぶ骨育ち 懇望に預るは娘が仕合我抔が大慶 先達て
御主人へ伺ひ申せば ヲゝいかにも/\ナニ小栗公 足下の家は大身故 十人の殿原迚勝れたる
家老の内 大岸親子は取分て 武芸は元来遊芸迄 堪能の沙汰聞及び 羨しう
6(裏)
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存る所 其大岸より彼が娘を所望の由 ホウ成程其義は聞及ぶ 誰有ふ結城殿の家がらは
頼朝公の御昵近 身不肖の小栗が家来 婚姻を取結ぶとは大悦に存ると 互の挨拶
家来同士 早お暇と言蔵がすゝめに六郎打諾(うなづ)き 心に宿意有ながら態と面を和らげて 兼
氏公には今暫し申合せは又明日 鎌倉にて御対面 いかにも其時何角の義 然らば是でお
別れと 式礼目礼主従は館をさして立帰る 早程もなく攻太鼓 手に取ごとく列卒(せこ)の声
追立/\かり立られ 荒に荒たる鹿毛の駒 常の馬とは二かさ勝り骨組肉(しゝ)合簔毛
鬣(たてがみ)野髪の儘にふり乱し眼の光りは鬼共蛇共譬ん方なく 人をおどして鼻嵐数多
の列卒を踏立蹴立刎ちらし たんひにかけんと山形兵衛 間近く寄ばかけちらされ 手鞠のご
とくころ/\/\腰骨打て立兼れば 郡司いらつて振上る さうかうりうかう秘密の鞭
一当あてんと向ふてかゝればかけ戻る 駒の蹄の高嘶(いなゝき)百千の雷(いかづち)も爰に落くるごとくなり
憖(なまじい)にそびかふて 馬の力は百倍増 爰にくゞりかしこに立 横山郡司が真額(まつかう)をしたゝか
蹴られて又どつさり うん/\うごめく斗なり 透を窺ひ判官兼氏 何条此馬乗溜んと
的に成てぞ待かけたり 重てひゞく貝鉦におびき立られ引返し 狂ひに狂ふを事共せず
めてに開き左手にはづし虚実を見すましずつと入 はつしと平首当られて はなる別足(べつそく)
8(裏)
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むづと握る くるりと返しやり過し 尾筒を掴んでコリヤ/\/\ えい/\/\と引戻し太腹さけよとはつし
と蹴る はつみによろめく足取を 見済し背骨に打跨り一しめしめたる勢ひに 狂はん気色
も繋げるごとく 四足を揃へ嘶きに ぶ首尾の横山主従が口も軻て詞なし 伝五はいさん
で用意の轡 手綱たぐつて大音上すべて鞭にも陰陽有 手綱に三ヶ五ヶの鞍 七ヶ
の秘事といふ事は 人にも馴 鞍にも馴 手綱に馴たる馬の事 けふ牧出しの荒馬に りうかう
そうかう入べきか 馬は乗人の心に有 関羽が赤兎馬(せきとめ)頂羽が瑞 穆王(ぼくわう)の八疋も 皆夫
々の名を付けて逸物の徳をなす 乗取たる此馬も 鬼鹿毛と名を付けて小栗が家の
秘蔵にせん 伝五つゞけ乗打御免と左右の足はつしと当ればくる/\/\ 輪乗
曲馬の達人名人 其馬返せは声斗 横山郡司かしかみ頬(つら)兵衛が手を引く足引
や いたさ無念さ主従が 互に尋土肥の牧打連てこそ「帰りけり