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いろは歌義臣鍪 二冊目

いろは歌義臣鍪

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

     浄瑠璃本データベース ニ10-01547

 

9(左頁四行目)

  二冊目

三千歳(みちとせ)と寿(ことぶく)桃の弥生月 茲(こゝ)に足利左金吾源政知朝臣と申は 室町殿の

御舎弟にて 在鎌倉の管領職民を撫育しましませは 帝の恵厚(あつく)して 華麗を錺る大下馬前(さき)数

 

 

10(裏)

 

 

11

の盛砂箒目に武家の作法ぞ厳重なる 出勤の時刻迚先を払はせ出来るは 横山

郡司信久故実の家を立えぼし 素袍の肩肘ハイ/\/\先を払はせのつかのか 直ではいかぬ裏

門通佞(ねぢけ)た主の腰を押す 山形兵衛がイヤ申 勅使の応対は昨日相済 今日は馳走のお能

始りは卯の上刻 アレ 早始つたやら鼓太鼓が鳴申 早々御出仕なされぬか イヤサ/\せく事は少

共ない 汝に云付置事有 彼土肥山の牧狩の時 結城六郎持朝めは 若輩といひ

此方より届ぬがぶ調法過言存外は了簡も成べきが 逸物の鬼鹿毛小栗めに乗取れ

た無念奇怪さどふ思ひ直しても虫が堪へぬ 幸両人共饗応(もてなし)の役 何で成共不

 

覚をとらせ 赤恥かゝせて腹はる分別 第一は小栗判官今日出仕の砌には 彼鬼鹿毛

引せて来つらん 何でも不覚を取せたら御前にたまらず這々(はう/\)逃て帰るは必定 其時汝は

彼馬を奪返して立帰れ 急度申渡したぞ ハゝア是は上分別 其義は我抔に御任せ 結城

めも能次手過言を吐た意趣ばらし 鬼鹿毛を奪取たら人秣にはませうと しめし合する

主従が鼻つき合す談合半ばかけくる下部が手をつかへ 結城六郎が家臣土川言蔵行国

横山公へ御訴訟の義に付只今是へ参上と 云捨帰る跡を見て 山形郡司顔と顔 舌も

引ぬに結城が家来 御用をかゝする寛怠者(かんたいもの) 構はず共出仕といへば横山眉に皺 言

 

 

12

蔵は老臣訴訟といふには子細ぞあらん 待てとらせと定る所へ 下馬で乗物折も能 折目

高なる襠の 取形(なり)しやんと詰袖に振の袂は大岸の力弥に号免(なづけゆる)されし 娘の小浪母親の

戸無瀬が先にしづ/\と 会釈こぼして手をつかへ 是は/\あなた様が郡司信久様でござります

か 土川言蔵が女房娘 憚りも返り見ず参りましたはお願ひの筋 マア云付た物是へ/\と詞

の中 下部が直す白木の臺 親子はすさつて頭をさげ 信久様へ申上ます 此度我々が主人結

城六郎へ大役仰られ下されまする段 身に余りまする仕合 いまだ若年の義作法迚も

覚束なく存ます所 あなた様よりお差図を遊ばし下さりまする由 首尾も宜しう相勤ます

 

るも 信久様の御取成し六郎を始私共迄お嬉しう存まし 近頃無躾な義でござりま

すれ共 取あへずお礼の為 左少(させう)ながら古の一(ひと)品 お納め遊ばされ下さりませうならばお使に参り

ました私共は面目 則目録お取次なされ下されと 山形兵衛が手に渡せば其儘披(ひらい)て目

録一つ 黄金五十枚并に絹布(けんふ)の代金卅枚 結城六郎奥方 一つ黄金五十枚土川言蔵

同番頭侍中献上し奉る横山郡司信久様と 読上られて目と目を見合す横山形 只

大口を軻た顔 こなたは猶も膝擦寄 夫言蔵が参り申上る本意ではござりますれ共

年若な六郎 言蔵が付添ますれば自由ながら寸暇もなく 是と申もお役目を大

 

 

13

切に存るから 不届の義宜しう申上る様にとノウ小浪 アイ作用でござります 大事のお使に上る

事じや そちも付て参つてお断(ことはり)のお願ひを申上よと申付ましての推参 憚ながら捧げ

物 お請遊ばされ下さりませふなら お有がたう存ますると親と子が 取付引付く口上も水際

の立つ土川が秘蔵娘としられたり郡司俄に軽薄笑ひ ハゝゝゝ是は/\御念の入たる御使 扨

/\/\斟酌申もどふやら無礼 イヤハヤ何の師範致す程の事もないが 六郎殿に全体

器用にござるてや ナニ兵衛 お心ざしいや請ずは成まい ソレ皆取納めよ エゝ扨々女性達

大義でござる 信久殊外迷惑致すと申ておくりやれ モウ参ると詞はぼいやり明いた口

 

持かけられて主従が工面も親子が胸算用坪へやつたと心の笑 是は/\御出仕のお邪魔

致しましてござりまする モウお暇娘おじやと立上ればアゝ是さ/\ お能も早始まつた拝見し

てござらぬか ハアゝお有がたうはござりますれど お歴々の殿達斗夫に女子のアゝ何の/\ 柳の

間は皆女中斗 殊に此郡司が同道するに誰何と申物 ひらに/\ ハア作用でござりませふ

が 私斗か余所外しらぬ此娘若し麁相でも有たらば 言蔵が無調法にもいや只お暇

下さりませ ハテ扨遠慮は入ぬになふ是非と有ば別れ申 六郎殿義は身が宜しうナア兵衛

左様共/\いづれも御大義 モウ参ると打連御門に入跡は 肩で吐息をとなせが嬉しさ まん

 

 

14(裏)

 

 

15

まと首尾を仕果(おほせ)た 夫に早ふ此様子をサア/\娘と気をせく母 小浪も供に立上り イヤ

申御主人六郎様の相役は 小栗様と聞ました六郎様にはとゝ様が付き 小栗様にも御家老

若し由良之助様がお付きならば 彼(かの)ナ申と跡云さしもぢ/\すれば諾(うなづ)く母 ヲゝそりやどなたなと

付ましてサイナア由良之助様がお出ならば 若御子息の力弥様も御一所に あの子とした事

がかき交て何ぞいの シタガ顔が見たい筈互に懇意な爺御(てゝご)同士(どし) 嫁に貰たい進ぜふ

と 固(かため)の印は取ね共 一旦の約束なれば待ちかにやる筈の事 今度の御用も首尾したら

此わしがせち立て婚礼の盃を戴かしてやりましよと 娘の心汲母むの 詞も嬉しはづかしの

 

森の雨露 振袖に おぼこ育ちを現はせり 下馬から家来が御迎い サア/\おじやと親子連 やし

きをさして立帰る 程なく入来る儲けの役結城六郎持朝 跡に付添ふ土川言蔵 供廻りを

遠ざけて門前近く指かゝり申/\と呼とゞめ 見ますれば殊の外不興成御顔持 別してけふ

は晴の御座 必々御短慮を御鎮め下さるべしと いはせも立ずヤア又しても/\知た事をしちくどい

牧狩の其日より遺恨有其上に横山 指図に付此役目堪忍するも事による 汝も知

た日頃の短気 大切の役を勤るからは 堪へるたけはこたへても 非道の我意を募る時は 二言といは

さす真ッ二つぞサゝゝ夫が御短慮 重々きゃつは憎けれど 重き管領の御詞 私の宿意は内

 

 

16

証 公業の御役柄 めつたに非道は申さぬ筈 譬指図を受る迚 御逗留の其間首尾

よふ仕廻へば元々の国取 臼を立ふとこかそふと 何のお構ひ 先夫迄は御合点が参りしなと おどけ

交りに諫むる詞 サアよいわい アレ/\囃子の物音早二番目の田村の能 弥生半ばの表の空 風

も長閑に廻る日の連て 御門に入にけり 脇能も早田村のかう地主権現の花盛 花

を錺し式台を歩む結城六郎持朝 郡司に意趣は晴やらず併此場の時宜により 討て

捨んず刀の鯉口 奥を窺ふ長袴の裾引上て待ぞ共 白髪の郡司兵衛を従へ 是は/\

六郎殿にはモウ出仕か 早し/\ エゝ此小栗はいまだ登城も イヤハヤ何物でござる 其元を待申

 

たは 詫言致さねば叶はぬ義外でもない 此程の牧狩貴殿の領内へ届もなく 踏込だ

は無骨の至り 能々思へば我抔が麁忽 其上何用と詞をあらし過言申た 嘸お腹が立たで

ござらふ 兎角年罷寄ッたれば性急に成て 跡先の弁へなく口へ出る儘申た事さ 其お詫を只

今申真っ平/\ 何事も年にめんじて御免あれふ コレよい年をして貴殿に手を下げ申 御了簡

に預りませぐ コリヤ兵衛も供にお詫申せ /\と手の裏返す詫言は 黄金一味の利目とはしら

ぬ六郎拍子抜 思案も一図柴垣に 忍んで窺ふ土川が心の悦び限りなし 郡司は奥口見

廻して コリヤ兵衛 小栗はまだ頬(つら)出しせぬか 六郎殿とは大きな相違 お若いが奇特/\ エゝ不行儀

 

 

17(裏)

 

 

18

なは兼氏 主が主なら家来迄気を付るやつがない ナニ六郎殿 御前へお供申さふお立召れ コレサ郡

司が手を取ふか ドレ/\/\ ハアいや/\ 相役の判官兼氏待合せてから 先おさきへ ハアテよいわさ 役目

を重んじ早々出仕召れた貴殿 夫に引かへ出てこぬは我々を踏付 上を恐れぬにつtくい小栗

め 構はず共イサ御前へ 兵衛も進めよ イザ/\お供と主従寄てのたつぱいに 然らば左様と打連て

奥へ通れば言蔵が仕済ましたりと胸の戸も 明けてお次に控へ居る 間(あい)もあらせず出仕有る小

栗判官兼氏 けふを公服(はれぎ)の大紋に父武二道を立てえぼし 作法正しく長廊下是も家

来を休らはせ しづ/\一間に入来れば耳をつき抜く謡の和歌 ふりさけ見ればいせの海/\ ムウ脇

 

能のせめなるかと 見ゆる奥より横山郡司 ヤア兼氏今か 扨/\/\云付た刻限何時じやと思は

るゝ 六郎は早先達てお能も早二番目追付仕廻 献上の刻限遅なると 立ちどに立た

此郡司 シテ其元の音物持参か ドレ見やう ハア結城殿に申合せは巳の上刻 其旨に候故

跡より家来が持参の筈 ハゝゝ巳の刻の献上物 卯の刻から持たしたら何ぞ損でもいく事か 時

刻が過たら夫なりに済まさんとの勘定が 片田舎に小城を持た田夫野人(でんぶやじん) 式作法も知ま

い故 此郡司に差図せよとの仰 夫を聞つゝ隙入るは上意を背くか 其を侮てか かういふ中

にもなぜ出さぬと 色をちがへて罵れば 牧場の遺恨を持て出る 雑言過言に判官兼

 

 

19

氏 無念をおさへおつする所へ つか/\出る山形兵衛 結城殿の御音物其外揃ひ候へば 急ぎ御前へ御

披露然るべしと云捨て かけ入山形つゞいて立郡司が裾を引留め 同役を蒙る兼氏 遅

速有ては御前の首尾 今暫くといはせもあへず そつちの首尾が悪い迚 此横山何共ない べん

/\と待つ中に遅なつてぶ念になる 拙者が越度(おちど)に成事は罷ならぬ コレ兼氏 マア何と心得て

ぞ 勅使への献上は皆管領への御奉公 面々の奉公を何の人に問合せ 忠義手柄は武士の

仕勝ち 元油断から起る事何とそふじや有まいかと 嘲弄せられ胸先へ短気の虫のせち詰

/\ 討て捨んと思へ共所といひ折といひ 無念を押へこたへても怒は面に顕はれて血筋血走

 

る其折から 原郷右衛門定時白木の台に堆く 巻絹取々両手に捧げ 御目通りに直し置く ヤア遅

かりしとせいたる顔色郷右衛門平伏し御献上は巳の上刻 いまだ五つに成かならず お心静に御披

露と いひも切らせず気早の郡司 ヤア何といふ巳の刻にならずば上ぬ作法か 時分が早くば持

て立て ハハいや/\左様では コリヤ郷右衛門推参な 何を儕が罷立/\ ハゝはつと斗に主人の色目心残して

出て行 兼氏心を押しづめ遅参の義は横山公 宜しう取成下さるべしと 慇懃に手をついて 指

寄る臺つく/\゛見て ハゝゝ 時はつれの此進物 コリヤ何じや 堺緞子のひよこ嶋 へろ/\の織物

是が御前へ出さるゝ物か 仕替てわせいと突戻す 拍子に臺の足ばつたり はづれて落るは絹

 

 

20

諸共 溜り兼たる判官兼氏 心を尽せし献上物 非を打斗か此ごとく 手をかけて砕かれしは 所存ばし

有ての事か ヲゝサまんざら所存がないでもない 牧場の遺恨を忘れたか コハ存寄ぬ一言 夫は夫是

は是 献上の音物間を違はせて其に 恥辱を取せん工よな ヲゝ此横山が下知に付和主達

進物の品にもせい 悪ければ悪いと真直にいふが我役 但又 砕いた物ても披露せいなら 披露

致そか サア夫は ドリヤ持参仕ろ ヤア無骨の横山目に物見せんと切付る 是はと尻餅付入て

えほしのまねき切落され うろたへ廻る折も折 お次に控へし土川言蔵走出 判官様御短慮也

と抱留る イヤ/\放せ真二つ土川放せと声の内 こけつ転ひつ横山は這々(はう/\)館へ逃帰る 力勝り

 

の判官兼氏 ふり放し/\何国迄もと追かける イヤ/\させぬと土川が跡に続て追て行 スワヤ喧

嘩と館のはいもう家中の面々 御門を打てよと声々に呼はり/\馳違ひ上を下へと返しける

結城六郎走り出喧嘩の相手は小栗判官 横山郡司に意趣有て刃傷に及びし所

土川言蔵有合せ早速に抱留 郡司は館へ逃去たり 旁此旨門外へ触しらされよと

呼はる中 斯と聞付郷右衛門 シテ/\主人の身の上は エゝ郷右衛門遅かりし 兼氏事は次の間に 御前

の評議を待斗と 聞よりハツト大地に伏 拳を握り牙を噛み 無念涙にくれ居たる やゝ時移

る館の内暫し鎮る廊下口 しづ/\と立出るは執権石堂右馬之丞 六郎に内向ひ 貴殿の

 

 

21(裏)

 

 

22

家臣土川言蔵 早速に兼氏をとゞめし故騒動は鎮まつたり 兼々武士の心がけ神妙/\

足下には弥儲けの役 土川を相従へ 饗応怠る事なかれとの厳命 随分心を付いるべし 早とく

/\と有ければ ハツト結城六郎は御前をさして入跡へ 近習小姓が三方に腹切刀目八分携へ

出る 小阪敷庭の傍(かたへ)に郷右衛門 見る目涙を押隠し 只ひれふして詞なし されば漢高に三尺の

劔居ながら諸侯を制すとかや 其諸侯たる判官兼氏 横山郡司を討洩し無念の上に生

害も 直ぐに館の掟ぞと 素袍の袖を笄にて綴る故実の御前縄 打しほれてぞ座に直

る 右馬之丞声をかけ いかに兼氏 私の趣意を以て横山郡司に手を負せたる狼藉 館

 

を憚らぬ慮外の段 去に依て所を去ず 切腹致すべきとの上意也 検使は則右馬之丞 心し

づかに御用意と 仰を聞よりにつtこと打笑 台命(たいめい)畏り奉ると一礼し ヤア郷右衛門慥に聞け 此度役儀

を蒙るより 横山に相従ひ差図を受たる今日の刻限 遅速を云立て無礼の雑言 度々

に及ぶといへ共 大切の饗応首尾能勤奉るが君への忠節 家の晴ぞと堪忍せしに再

三に及ぶ法外の悪口 此上に了簡せば 腰抜武士と世の嘲り 家の瑕瑾(かきん)も口おしく 只一討とお

もひしに 打物短く心はせく 言蔵に支へられ討洩したる無念さは 骨肉に染み渡り億万刧(ごう)

をふる迚も思ひ忘る事あらじ 汝国へ帰りなば 由良之助に ナ 郡司にとゞめをさゝざりし 心外さ

 

 

23

を能伝へよ 早立帰れと尖(するど)げに 郡司を助けし残念涙 身を振はしたる憤り 検使に立し右馬之丞

太刀取近習に至る迄 表は義心の武士(ものゝふ)も忍びの涙はら/\/\ 互の心ぞ哀なり 郷右衛門は這寄り

摺寄り 御仰の一々畏り奉ると 云つゝ見上る主君の顔 此世の名残見納めかと 思へは五たいも砕

くる斗 浮む涙は露の玉風に乱るゝごとく也 なむ三宝おくれたるさいごに未練と人々のさげし

みも恥しと 両の袂の笄を振切/\袖脱かけ 三方引寄せ九寸五分押戴/\ 弓手の脇腹ぐつ

と突立引廻し ヤイ郷右衛門 ハア 残り多きは弟一学 ハア存生で今人目逢ぬが残念 ハア其迚も

御無念さは此期に及んで一言も ヲゝサ云にや及ぶと諸手をかけ ぐつ/\と引廻し くるしき息を返す/\

 

此九寸五分は由良之助へ筐 ハア 我鬱憤を晴(はら)させよと 切先にて吭(ふえ)刎切投出す血太刀

刀取りか刀をあつるを検使の石堂 役目は是迄 亡骸は原郷右衛門に給はる 心任せに葬るべしと

云捨奥へ右馬之丞 皆引連て入にける 立間遅しと郷右衛門 血刀取上打詠め/\ はつと斗に

伏沈む 歎は外面に聞へけり 誰かは斯と告たりけん宙を飛くる大鷲伝五 なむ三宝早門々

は打たるな 主君の安否いかゞと斗足も空行つ戻りつ身をあせる 山形兵衛は鬼鹿毛を 奪

ひ返して家来に引せ 来かゝる向ふに伝五を見付 ヤア狼狽(うろたへ)者何して居る 身が旦那を切

付た狼藉の判官兼氏 たつた今腹切たと 聞より仰天ヤア何と 主人は切腹召れたか エゝ遅かつ

 

 

24(裏)

 

 

25

たり残念やと 拳を握りどふと伏無念の涙ぞ道理なる 山形兵衛がしたり顔 判官がくたばり

跡 扶持放れの浪人めらよい気味/\ 兼氏が乗取た鬼鹿毛も 飼い人がなふては入ぬ物

引立やつと呼はれば 伝五大にむくりをにやし のぶとい事をほさいたり 主人が秘蔵の名馬といひ

今日出仕に召れし鬼鹿毛 主君の筐断(ことはり)なしに盗賊めら むま/\渡してよい物かと 引立かゝ

るを兵衛が下知 茅(つはな)の穂先抜連て追取囲み支たり シヤちよこ才なと抜合 二人三人一時に

なぎ立/\切立られ 馬じや/\踏れなと皆我一に逃て行 鞍の山形兵衛が工面乗て逃んと

打跨り 鐙を合せ駆さする どつこい大鷲大手をひろげ平首掴んでこりや/\/\ 五間三間一跨り

 

はづみを打て真逆様 落るを直ぐに大鷲がひらりと飛乗る早足(さそく)の達者 兵衛はち

が/\目を白黒逃行跡の高塀を 乗て越さんと諸鐙 ふんばり立たる堀の内 出合頭

に郷右衛門ヤア/\大鷲 定めて様子は ヲゝ有増(あらまし)今聞た 嘸や無念の御生害 ヲゝサ/\ 何をいふ

間も主君の御運と 目と目にしらす無念の涙 御憤りは又重ねて 藤沢寺へ尊骸を納め

て跡より追付かん 汝は本国へ 由良之助へも御筐 血汐の儘の九寸五分 はつと手に取押戴

見ゆる生血(なまち)は我君の魂残す筐かと 思へば胸も鞍坪に落る涙を打払ひ 忠義凝たる武

士は雲に 羽をのす大鷲伝五 直ぐに打立早打は片手手綱にハイ/\/\ 飛がごとくに「かけり行