仮想空間

趣味の変体仮名

忠臣金短冊 第三

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
     浄瑠璃本データベース ニ10-00166

 

43(左頁)
   第三
直指人身見性(じきしにんしんけんしやう)の御法(みのり)の声もかすか成 北山陰(かげ)の片辺(かたほとり)瑞祥院
と聞へしは 小栗判官兼氏の建立にて 藤沢寺の御廟所をうつし建たる
石塔に 蓮光院清毛(せきもう)円利大居士と 蘭塔玉がききらやかにお
もひ出せる御命日 殊勝にも又いたはしし 譜代の御家人多き中
わけて大岸由良之助 利夫といひし国家老都の内に足をとめ
けふ廟参の花の露 しきみ一枝馬手にじゆず うつればかはる俤も


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浪人の身の深あみ笠御墓(みはか)に向ひ水をかへ 香華をさゝげ涙を
うかへ 誠や精舎必滅のかあんしみ悔む道には候はねど 君はまさしく
横山郡司が為にはやくもしゆらのやつこと成る 無念やいまだ時
いたらず むなしく光陰を送る事さぞいひがひなくおぼされん
残念至極とはをかみて こぼす涙に百八の じゆずもきれゆく斗
なり 跡より二人古傍輩(こほうばい)岡野金平不破数馬 是もかはらぬ墓参り
浅黄上下白むくの 袖をしぼりてあゆみくる 合掌おはつて大岸は

それと見るより 是は/\御両人 未明の参詣御きどく千万 亡君の
なきからは原郷右衛門が鎌倉にて 藤沢寺に納しか共 此寺則ち君の建立
御魂のすはりし所謹て(つゝしんで)御焼香 然るべしとあしらへば 両人はつと小腰を
かゞめ然らば焼香仕らん 数馬殿いざおさきへ マヅ/\其元 御免あれと互にじぎ合
焼香を 心しづかに相勤め かたへにこそは立なをる 大岸由良之助声をほそめ
かねて申合す通 亡君のあた横山を討とる密事 十人の殿原三十
余人の御譜代 皆一味連判を致させん為 御墓参りによそへ此寺


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で会合 子細は後刻申合さん 先血判をなされよと連判状を取出せば
岡野金平不破数馬 両人共に詞を揃 数ならぬ我々一味の願ひ相か
なひ 武門のほまれ死後の面目 大悦至極に候と小刀んういて二人が
ゆびさき ぐんぐとついてしつかとすへ かくの通りと差出す ホゝヲお頼もしや
お血が若い 無二の働きかんよう/\ 扨いづれも神文(しんもん)は御墓のまへ 申合せは一弓の
内で致たし 御両人は寺僧(じどう)にあひ無菜(ぶさい)の非時(ひじ)をあつらへ方丈をかり給へ
お出/\とさしづにまかせ 不破も岡野も打つれて 寺内へこそはいそぎゆく

跡より来る三人は堀江弥五郎同安八 礒合十郎照久 朝日にかゝやく金鍔の刀
のさびはとがず共 心のさびをみがき合 おくれはとらじとあゆみくる 由良之助
立向ひ 堀江殿御親子(しんし) 磯合殿かやれ/\ 早先達て若殿原方丈へ通られし いざ/\
焼香/\と いふにしたがひ三人は 花さしそへて水手向け 三拝おはれば由良之助かの
一巻を押ひろげ 連判あれと差出せば 望む所と三人は めい/\血判事おはり
寺中をさして入にけり はるかに見れば門外よりしづ/\ 来る五人づれ 谷水藤
蔵木村(このむら)岡兵衛 村井喜兵衛嶋岡八十八 矢頭(やとう)門七いづれもそろひし功の


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武者 由良に目礼石塔へいづれも 焼香入かはり 香華をさゝげそれ/\に
えかうをなして大岸が 弓手と馬手へ立まはり連判状を段々に 引よせ/\
是こそは かねての願ひ本懐と 皆悦びの色をなし血判有ぞたの
もし 由良之助えみふくみ 重畳/\ いづれも御寺に会合ぞ 早御入と
差図にまかせ行儀乱さず 通りける 花は小桜 人は武士 見なれ聞なれ
ものゝふの 数に入らんと大岸が 一子力弥は只一人 心いそぎて来りしが 父と見
るより走り寄 目通りに手をつかへ承れば今日 一味同心のめん/\血判をいた

さるゝ由 何故私には御さたなく候や 若し御失念候かと恐れ入て尋れば 由良
之助気色をかへ ヤア失念かとはそこつの一言(ごん) 大事を思ひ立もの眩忘(げんぼう)してよき
物か 汝にいひ聞さぬは所存有ての義 はやく帰れとしかり付 殿原おそと
待いたり 力弥ははつと胸ふさがり 御失念かと申せしは心せきての誤り 私も共に
一れつの数にくはへて給はれと おろ/\涙でねがへ共ならぬ/\ 己がやうなひき
やう者 数に入れては大事のさまたげ かへれといふに帰らずばしあんが有るか伜めと
きめ付られてうろ/\と誰をたのまん方もなく 首尾を見合せいる所へ


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又大勢の殿原達村松親子を始とし 間瀬久四郎朝田の又市 前原
伊兵衛矢田部の五郎 わけて名高き奥林定七郎は大前髪 譜代の
老若入まじり思ひ/\の志 松としきみ色花をさしそへながし手向花
胴をかためし参会は 水ぎは立て見事なり 一々連判遠慮なく我
さきにと押合せり合 いさみにいさむ有様を見ている力弥は猶せき立
まぎれて共にもかけよるを父の大岸八角の 眼をくはつと見ひらい にらみ
付ればせん方も もみ手の内に事すみておしへに まかせ人々は樓下(ろうか)つたひ

に方丈の 評定所にぞ入にける 力弥は見るにたあmりかね由良之助が足本に
どつかと座して是父上 年のたゝぬ我なれば足手まとひと思しめし いひ
誤りをとりこにし連判はぶき給ふのか 小腕なれ共人きる事見ごとおせわに成
ますまい お国の母様 お状せばでかした一味と一番筆 お悦びの顔見よに
五十里へだてゝよびにもゆかれず こんな時にはなを恋しい 不調法な事あらば
了簡して連判に くはへてたべのせてたべ かなはぬならば手にかけて いつそ
殺して給はれと くやみなげゝば由良之助 哀と思は眼色にて取てつき


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のけ ヤアしちくどき伜め 一大事の連判己ごときをかる/\゛しく一味の内へ
くはよふか 御廟所のまへといひ親に対して恨の一言 達てぬかすかと 未来
永々勘当するがうせぬかと 取て引立つきはなせば 力弥はとかふせん
かたも涙より外詞なく しやくり上たる斗なり 折から来る侍は原郷右衛門
定時 大鷲伝五忠光両人おさへの連判役 ともなひ来るり姿 力弥は
なく目にそれと見付 走り寄て涙を押へ ノウよい所へお出 憚りながらお二人へ
お頼申筋有 お聞もやと尋れば 原も伝五もあみ笠取是は/\ 誰有ふ大岸

殿の御子息 随分頼まれ申さん お頼とはいかやうの義と とふも嬉しく
まあおれからと腰かゞめ お頼とは外ならず ちとした詞の誤りより 父上の
きげんをそんじ一味の連判かなはず 国へ帰れとおいかり 口おしいやら悲しいやら
腹切ふかと存ぜし所御両人のお出 何とぞわびことなされ一味の数に
入るやうに ひたすらにお頼申す是 手をさげますおがみます じひと思ふて
頼まれて下さりませといふ内も はや涙にぞくれにける 両人是はと
手にすがり ハテ何事かと存ぜしにやすい事/\ それは親御が其元の 性


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根を見よふとわざと口ごは 我々が申たらつい事のすむ事 気遣ひ
有るな受取たと いふに涙もせきとまり 有がたい忝い 万事はお頼 イザお
出と人を頼めば身をさげて 郷右衛門さま お袴の腰板がゆがみしと なを
すやらしめるやら コレハ慮外とゆく跡の 伝五が袂引とゞめ お白むくに
ほこりがと たゝきおとしてふきはらひ髪のゆかみを押なをす 下部がわざ
も身にとりて わびを頼みのついしゃうは 哀にも又いたはしし 原郷右衛門大
鷲伝五 大岸がまへに膝を折 今朝よりさぞ御退屈 いづれも連判

相すみしかお尋申といひければ 由良之助連判状をひろげ 残らず相済み方丈に
会合 御両人斗なればはやく判をすへられ 一間へお出といふにしたがひ 血判
をすへてきげんをうかゞひ 郷右衛門愛ある顔を猶やはらげ 扨大岸殿へちと御
無心有 御子息力弥殿 連判をはぶかれし殊の外成おなげき いまだお年
若なれ共 天晴御自分の御子息 一方をふせぎかねぬ御器量 きげんを
なをされ連判に 召くはへられ下されなば 我々迄が大慶と いふに大岸
ア是郷右衛門 伜が事おかまひ無用 ちと所存有てはぶきし 様子御ぞんじ


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ない事と いふを伝五が イヤ様子は何かいひ誤りが有たる由 かたい其元のお心では
お腹の立は尤 ノウ郷右殿 それ/\ はつめいな力弥殿 いひそんじは文殊も筆
又御自分へわりくごきを申は釈迦に経 地獄で仏にあふた様に我々をお頼み
乗かゝつた船と思召 いざ/\御了簡のお詞 両人がおいかりをもらひ申 コレサ
力弥殿 爰へ来て共々おわび はつと座してすり寄を 大岸眼をくはつと
見ひらき ヤア伜めまだ帰らぬか 御両人もわび無用 所存有て連判
かなはず 立てうせよと大地を打 きつぱを廻す其勢ひ 力弥は元より

両人の 挨拶人にも興さめて口を とぢたる笑止さよ たんきにうまれし
大鷲伝五いだけ高に成 ヤア子息は各別 郷右衛門と某口をたれ膝を
だくに聞入れなく 立てかへれはムウ聞へた 此度の連判 本望とげてもとげ
いでも死を一同と定し故 子のふびんさをにくさに見せかけ 連判はぶき命
めでたふいつ迄も 石にねづきの柱ぐみさとつた/\ 大岸殿 そりやさもしいと
あざけられ さすがの大岸返答に涙をふくみ ヘエゝ聞へぬいひぶん 郷右衛門も
其疑ひ成べし よい/\はぶきし所存お目にかけふとつゝと立 力弥を引よせ


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懐へ手を押込でさがし出す 小幅(こぶく)な掛地(かけぢ)は何ならんと見る内石碑の
覆にかけ さつとひらけばこはいかに 三十四五な女房の あてやか成し絵姿は
なまめかしくぞ 見へにける 由良之助立なをり御両人見られしか あの絵
がきし女は 国元に残したるかれめが母が絵姿 親の口から申はいかゞなれ共
伜力弥めはうまれ付て母に孝行 国元を出る時しばしのわかれもかなしみ
絵にうつして肌身をはなさず 旅宿の間も一間にかけおき給仕奉公
仕る わけて此度の思ひ立 何れも親を捨て妻に別れ 跡に念を残さぬ仕方

さすればか程に親をしたふ根性 まさかのときにも思ひ出し にげかくるゝ
所存有っては 亡君の御名のよごれ某が恥辱 つれぬがましと了簡し
思案を極め はぶきしぞや さあればとて孝行を不孝にせよと我口
から いけんも杖もあてられず 主の為には親の首 うつもならひで候に かゝる
みれんな伜を持面目もなき物語 さたなされて下さるなと 語る間も
にくい半分ふびんさも こもる涙の一雫 原も伝五も尤と もらひ涙に
くれいたり 力弥はひたんの涙にくれいたはしや母様も 国を出る其時に


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敵に向ひ討死せば もふあふ事も是かぎり 母が顔もよう見ておけ そ
なたの顔もよう見せよと仰られたる一言は 骨身にこたへ わすれかね 此世に
いるはわづかの内せめてはお姿絵にうつし 御奉公申さんとたくはへ持しが
今はあだ せんなき我身や 浅ましの運命やと 大地にどうど打たをれ
大声 上げて泣けるが 今は嘆きてかへらぬと思ひ定て座になをり
申郷右衛門さま 武運につきし私 腹かき切てめいどへ行 主人小栗様へ申わけ
致たし 御苦労ながら御介錯と頼めばうなづき ヲゝ御尤なりながら 親の

じひと申せば ノウ由良殿 どふぞ御了簡有まいかな いかな事/\
いけおかば某が恩愛にひかれ 残し置しとさたせられんは治定 まつ
だいのはぢ先祖の恥辱 かれめが望に御はからひと 思ひ切たる
武士かた気 力弥はやがて立上り 主人の石碑に差向ひ 誠に主の為
には親の首うつが本意で候を みれんにも親をしたひ連判はぶかれ 申
わけもなき仕合 是より根性改め めいどへ参つて忠勤はげまん 母の事お
もひ切たる印 草葉のかげから御上覧と 走り寄て母の絵姿ぬき打に


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はつしと切て切おとせば 由良之助小おどりして でかした伜 切腹せずと
いそいで連判 ハツト嬉しく押す手もはやく イザ会合と引つれていさみ
すゝみて「入にけり 恋は心の 外になきみやこ嶋原三筋町 太助が軒
のかけあんどう とぼすとはやく打太鼓ながれの里も火の用心 我も夜
露を用心と顔に手拭すつほりと はいる裏の番部屋は我物にして遠慮
なき かよひくるはの花よりも まだ色ふかき美少人(じん) 大岸力弥利金(としかね)が忍び
あみ笠大小も さし合くらず父が跡 したひ来りて近江屋の太助が門に

あなひする 折節奥より主(あるじ)の女房 どなたかようぞとあしらへば イヤ
くるしうない者此所に 大岸由良之助殿がお入有筈ちよつと合してと押付て
とへば成程奥の間に 今ようやすんでござりんすと 挨拶聞てしづ
/\と内に入り 然らば爰に待おらふ お目がさめたらしらせてと 遠慮なき
ていても扨ッも お若衆の待おろはお国詞かそんならば わしも勝手へ立おらふ
デエお茶くんできをらふとひんしやんとして入にけり 力弥は人目のあみ笠をぬ
ぎもやらず見廻せば はなれ座敷の方よりも主と見へて若よねと 何か


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せり合あゆみくる じやまにならじとわきへより 猶顔かくしいる所へ てい
しゆ太助はよねを引つれ かたへに座して是九重(こゝのへ)様 アゝおまへはわるいがてん
ふりづめになさるゝお客 いやはすいが見ておいた あつちにも年だけで
あはふ共おつしやれぬ が身うけとはうまい 早速つれていのではなし 手付
をわたし国元からむかひとの事 誰あらふ今ひのでの横山さまの御家来
まあおつとおつしやつて 跡でのしあん ナ そふじや有まいかな アゝまだな/\
まだるい事とすゝめこむ 九重は顔もち上 太助さんきゝわけがないぞへ あなた

斗じやない どのお客へもいふ通 わしにはな 小栗様の御浪人 大岸由良之介
様の御子 力弥さんといふ深い馴染のお客が有 此かたと二世三世 かはるな
かはらじといひかはして置たれば 身うけの事は扨置 ちよつとねまへも足
ぶみならぬ せわやいてくれなさんすなと はねぎられて亭主はかつくり
こなたに聞いる力弥はふしぎ 思ひもよらぬ雑説と 耳をすまして聞とる
てい 太助はせんかたあたまをかき エそんならかうしてくれなさんせ マヅいやおあふは
ぐずにして むかひにきた時の事 手づけは我等預りぶん ナ そふしよ はて


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しあんには及ばぬ 万事が我等のみ込/\ マアそふ思ふてくれなさんせ といひ
捨奥へ走りゆく 気は鉄石の大岸力弥 見に覚なきせんぎをと あみ笠
取て九重が傍近くどつかと座し ヤア爰な偽り女 某こそ大岸力弥 父由良
之助殿折々のくるは通ひ お諌めを申さん為 此里へは今宵が始て ついにあひ
見もせぬ己が 某とふかい中二世のやくそくとは父上への聞へも有 何故に
偽るぞ白状せい女めと せきにせいたるおもざしを 九重つく/\゛打守りおめる
色なく手をつかへ 誠におさなき其時に よそながらの恋草 おまへには御ぞんじ

有まじ もと自は同じ小栗様の足軽 寺沢七右衛門が娘やつと申者 父はし
もざまの者なれ共お主の敵討ん為 自が身のしろを路銀とし 横山が舘へ
入込しが 過つる頃の便りに 由良之助が傾城狂ひが聞へ 敵ゆだんの色あれども
一子力弥に一味もあらんと心ゆるさず身用心 本望とぐる折なしとの文のぶん
女のあたはぬ心からおまへと我と濃い中と ばつとさたせば父上の願ひの便と
思ひ付 御名をけがしさむらふぞや お主のあたを報ぜん為 親子三人さま/\゛の
うきくらうをいたす事 ふびんと思ひ何事も ゆるさせ給へと打しほれ涙 さき


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だつ斗也 始終を聞て力弥は手を打 扨頼もしの志 それに付て思ひあ
はせば父上の放埒も しあんこそ有べし 敵油断の便にならば二世と成共
五世と成共 勝手に名をば立られよ そふ共存ぜず恨しだん わびいたすると
取そひて 手をつかゆればアゝ勿体ないなんのおわび 其かはりにわたしがいふ事
合点しておつといふて下さんせ おまへとわしとうき名が立てば 敵のゆだんはお主へ
忠義 ねにない事はいはれぬ物とんと有る名がいはれたい ほんにほんぼにやみ付たと
じつとしめ付け手の内で ゆびに思ひをしらすれば 力弥は恋のいろはもじ

思ひもせぬ内あからみて エそんな事はゆるしてと ふりきるを引とゞめ 今更
の事でもなし お国にいる時よそながら思ひそめても雉子と鷹 ほ
にあらはしていふからは  いやとあればしぬるぞへ とがない者を殺しても大事な
いかとおどしかけ やいの/\と取付ていだきしむればさすが又 つぼみの花も
色付きてひらきかゝりし折からに 父の大岸由良之助ねほれし顔も大尽風(ふう)
ふすまを明けてぬつと出る 二人ははつと立わかれ赤面詞もなきていを うち
とけ声で是は扨 御子息あぢをやらるゝ 古い人がいふた通り かげ裏の桃の


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木もなる時分にはなるの ハゝアいかさま 瓜のつるになすびはならず 蛙(かいる)の子が
魚(うを)ににても やつはり蛙じやまで 是お女郎 伜力弥にきだんそうなが あ
はす事はまあならぬ 其わけは アレはなれ座敷の客は横山が家来 我々が
身持をうかゞひに来る侍 貴殿に思ひ込で身うけの相談有るそふな
どれからどこへどふ頼まれ 恋の手くだぞあらふもしれず 誠力弥に執心
ならば 表の客と手を切て 慥な証拠を見せたがよい きけば七右衛門の娘
とある さすれば一合でも扶持人(にん)のすへ 手のきりやうはしつてゞあろ ナ合点

か手を 切て見しやれときれくちの りつぱすつぱの大岸が詞に品(しな)をふく
ませて 力弥来れと諸共に 一間にこそは入にけれ 跡に残りて一思案やる
かたもなき折からに 番屋の内でどんと打一つ太鼓は相図と聞へ 思ひにくれし
九重があいと心で返事して 立て表へあゆみ出番屋の戸口に声ほそめ およひ
あそばずか 御用有りやと尋れば 内より戸口ほそめにあけ顔を出すは九重が
母とはいへどなりふりはやばん仁助がかはり役 手拭取てノウ娘 此番屋の主
仁介殿 しかりはせぬか断(ことはり)を けふもいふてたもつたか それ聞たさによびましたと


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いへば娘はアかゝさんのいらぬおあんじ いつ迄成共ゆるりつと おいてしんじよ其
かはりに 折々太鼓に廻れといふ かなしけれ共かる賃と 思ふてたべと涙ぐむ ヲゝ
あの人は又なきゃる 夫は遠きあづまの旅 跡に残てわしひとり住家(すみか)も
なき身のうへを くがいに取まぜ世話にして 爰においてたもる故 朝晩にそなた
の顔 見る嬉しさにつらい共思はぬ 必ず苦にしてたもんなよ それはそふじやがつ
れ合七右衛門殿からら 五月頃に文がきてそれからふつつり便りがない 此間はとり
わけて夢見もあしく気遣ひなと 案じに涙うかふれば ノウそふ思召す

ならば幸の事が有 私を此間あげづめの客は とゝ様の入込でござる
横山郡司が家来 気のつかぬやうよそながら とふて見ておしらせ申
さふ 気遣ひ有なといふに母親 ナニ横山が家来があげづめとや
そなたは其座を勤たか イヤ盃の相手斗 なんにもしなはござんせぬ イヤ/\
がてんがいかぬ 横山が家来ときかば 相火(あひび)も共にくはぬ筈 そなたはもふお主
の恩をわすれたの つね/\゛もいふ通おことがやう/\三つの時 実のてゝ親
太夫殿は自らにさり状残し お嬪と密通しお国を欠落 とほうにくれし


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折から 今の七右衛門殿へ御意をもつて 夫婦親子のえんぐみ 其時の有がた
さ忝さ 思ひ出す毎度(たびごと)に めいどへお礼を申ぞや 其お主のあたかたき
横山が家来のなぐさみものに成やうな ひきゃうな心が有物か 器量
がよさに思ひ付たか 但しはよくにまよふたかいひわけあらばサアきかふ
ヘエゝさもしい心になつたなと いひつゝ戸口はたとさし 忍びなくねぞ
あはれなる 九重とかふ返答を何といふべきやうもなく涙に くれて
いる内に かの鎌倉の侍が 九重殿お女郎 どこに/\と尋ね出る

はつと思へどさあらぬてい なく目をかくし内へ入る エ表に何してぞ 誰
ぞ有がと差のぞく 母の姿や見られんと大戸くゞりをはたとさし
誰もないわし斗 すゞんでいたとまぎらかす ムゝウすゞんだとはこなたも酔
たか ていしゆ夫婦もたはひがない それはそふとちと直々にいふ事有り 爰へ/\と
座をしむる 大岸親子は何をがなかたるぞ聞んと差足し 奥より出て
襖のこなた 母は我子をしかりつけ跡の案じは親のくせ 番屋を出て
そろ/\と 表の方に耳よする 九重ははやがてん はなす事とは 又身受の事かへ


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むかひにおこそもうろんな事 わしやのみこまぬともたすれば ヲゝ成程
それも尤 今さつはりとしたけれど 路銀斗で持合せず ハテむかひといふに
偽りない それ共偽りと思はゞ 親方もつれてきたがよい 鎌倉にて誰あらふ横山
郡司が家来 則ち殿のお居間わきに居宅を給はり 何ふそくないくらし 表
門からやねが見へ 裏からははふまで見ゆる 案内しらねはずつとはきられぬ 教
ておかふといふに気が付き シヤよい事をと九重が とてもの事に大名の屋敷
がうはどのやうな内の居なし 夜昼の番々役ゞきびしさは どんな事ぞと

とひかくる ヲゝ大名といふ者の くらしはくはんくはつくはんとうに 又とならびのない
屋敷 咄てびつくり手をうたさふ ゆるりといやれと居なをれば 由良
之助は力弥に目くばせ やたてを出して口うつし 絵図にとめんとすまし聞く 表の
母はまさかの時役に立べき事也と 柳の楊枝かみしめ/\筆になし かけあ
んどうにとまりたるかゞりをそくざのゆえん墨 命毛ふとき髭侍 口をそらして
はなしける 先づ主君の御舘(みたち)と申は 東西四方百間に 一間たらぬを人毎に
ふそくといへど我目には はつめいとんちのたてかた也 くるりのに高塀(こうへい)大長屋


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御門けやきの金物ずくめ 鉄のどうづきけかたり共にもや ぬけじのかn
じんかなめの柱のすへ石 すこしゆるぐを我ならで 外にしら木のひの木
の御もん 見付はげんくはん大広間 こなたへ廻れば台所 あなたへゆけば長
廊下 四季に花さく桜の間 居間へゆく道三十畳 鼠も通らぬおとし
あな 忠と孝とをつく/\゛し 絵書きし所はやりぶすま 是夜の内はねずの番
虎を書たる一間こそ雨のかいなを取手役 是に密事はこなたより あづち
を越て裏づたひ 樋口のわきの柴部屋へ かよふほそ道ほそくとも心は

ふとき侍べや 中間(ちうげん)べやで名をいへば 教てすぐにくゞり門 あとさき心築
山を ひらりと越て腰だけの はきの柴垣しほり戸をそつとあくれば
おせんすい 水ぎは立て東むき そこが則殿の居間 我等はこちらの南むき
ぬぐう見へたる所こそ しづがとぼそで候と はなすも時の興ならん
由良は一々筆を染め 母もあらまし覚へ書なをも様子を聞取る内 九重は胸
をすへ大岸親子のうたがひと 母様へのいひわけに 一太刀でも此者をとだ
ましよつて腰刀 ぬきとる所をコリヤどうじやと おさへられてはつとせきめん


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気もあがり 心ふるへどさればいな おまへのあんまり念頃な お心が嬉しさに
心中にゆびきるのと たらしかくればふはとのり それは忝い せめてつめのはし
くれでも ちつくり切てくれめされと ぬいてわたするこほりのやいば サア
してやつたと心もせき 只一太刀とふり上ても さすが女の胸だく/\身は
がた/\のふるひあし ふしぎの立ぬ其内と思ひ切て一刀 小おどりしてずつ
かと切る 急所にかゝつてたまり得ず うんとのつけにかへるおと 母はおどろき
戸を押あけ走り入って押へだつ 由良も力弥もかけ出れば 九重は気も

いさみ 見給ひしか力弥殿母様 お主の恩をわすれぬ証拠 だまして
舘の案内まで 聞て置たと取まぜて はけしき詞にヲゝでかしやた
さりながら 武家とはちがひ町方て 人を切ると跡のとがめ そなたが切たと
いふまいぞ 母にまかしやと手負のそば 立寄て声あららげ コレお侍
女の小腕(うで)の一刀 しぬる程にも有まいに たふれふして見ぐるしい おこして
やろと引おこし 顔を詠(なが)めてヤア こなたは以前のつれ合 太田武太夫殿
娘よそちが為には真実の てゝ親じやがしらぬかと いふに九重興さ


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めて 何我父とは アノ本のとゝ様か それは誠かハはつと 詞も出ずどうど
ふしとほうに くれし涙也 力弥は年若見しらね共 由良之助は古傍輩
目かどもつよく 武太夫 汝十四五年以前妻子をすて 奥女中をそびき
つれ国遠(こくえん)したる不所存 改もせずあまつさへ横山が家来と成 我々が身
持の善悪注進する犬の役 思はず娘が手にかゝるも 古主小栗殿
の御罰と思ひしつたるかと 恥しめられて手負はむつくとおき直り
ヤアラ由良殿の仰共覚へず 某お国を立のきし時分は 主君小栗

殿は安穏 御切腹はきのふけふ 御目をかすめ女をつれ本国方へ立越
ふしぎにも横山殿に抱へられ 小多文平と名をあらためそば近き奉公
然るに此度 何れもの身持を見出す役目を受け都へ登 本国の妻子
が事を尋きくに 女房は七右衛門に下され 浪人の後娘を此所へ売た
とある ハレ何とぞくげんをすくひ よそながらも親子の名のりと
思ひしに 所がらとてあたまから客ていの挨拶 やうすをいはん折もなく
首尾を見合す所に 娘は力弥殿へ執心かけとやかくくどけど 横山が


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家来が身うけの相談 心底がしらぬとつきはなされ 不便や
思ひにくれしてい 願ひをかなへてやりたや すいた夫を持せたやと お
もふも親のいんぐは つく/\゛我身の上をかんがへ見れば 古主の敵横山に
奉公するのみならず ねらふ人を訴人の役 犬といふがすぐに本名
とてもながらへつらも出されず おしからぬ命を娘にとらし 力弥殿の
うたがひはらさせ 夫婦と成てもらひたく かくははからひ申せしぞや
しぬる顔見に何をがな 娘が功に成事をと 思ひし折に屋敷の

やうす とふを幸いづれもへ きこへるやうにかたりしは 寸志ばかりの我
進物 これを嫁入の荷物共 聟引出の引馬とも 思召れくだ
さるべし わかい時分は子の事も 思ひはからぬ色の道 さぞや悲しと
思ふらん ゆるしてくれ女房と しやくり上たる有様を見るにわつと
なき出し わかれしときの腹立はくひつく程にも思ひしに 恨みつらみが
くるしみの たねになつたかかなしやと共に 泣入ばかり也 娘はある
にもあらればこそ おさなきときにわかれたる 父上ありと母様の


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つね/\゛に物がたり たとへ見すて給へばとてまぎれもないとゝさま
それを敵と思ひつめ手にかけしは何事ぞ 親殺し共悪人とも
名付やうなき我身のとが ゆるさせ給へとふしまろび 声もおしまず
くどき泣 大岸親子も諸ともに袂を しぼる斗なり やゝあつて
九重は涙をおさへ せめての事につみほろぼし 共にめいどの御ともと
走よつてぬきとるさしぞへ やがて武太夫もぎ取て 居なをると見へ
けるが おのれが腹にぐつとつき立 せぼねをかけて引まはす 是はと

おどろき女房娘 すがりつけばつきのけ/\声ふるひ ヤアわれを
かばふて七右衛門へ義理が立か孝が立か 敵の家来に涙をかくるは主君の
恩をわすれしかと しかり付てヤア由良殿 只今めいどへ参て
古主小栗殿へお目見へ申が 仰上らるゝ御用はなきかといふに大岸
ヲゝ幸なれども 天に口有りかべに耳 詞に出せばもれやすし
ゆだん致さぬ心がけよく見て仰上られよと 力弥にいひつけ
最前に うつし取たる舘の絵図 押ひらけば女房も 同じく絵


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図を取出し 七右衛門がつま子共 御恩忘れぬ証拠は是 よう見
て披露と差出せば ヲゝでかしたきどく/\ てばしかし由良
殿御親子 其通り御披露申さん気遣ひあるな サア/\爰は
人目あり 我さいごの場に居合せ ふしぎ立ては御ためあしし
跡の事はおかまひなくいざお帰りとせり立れば げに尤と由良
親子なげきをよそに見すておき 立わかるれば女房と娘は手
負をかいほうに よろぼひ立て声よは/\ 娘の事をお頼申 はやくくるはの

くけんをたすけ 御子息と夫婦のむすび 頼む/\の詞にひかれ
戻る大岸とゞまる力弥 気遣ひ有な由良が嫁 しばしは廓に残す共
お袋共に引取て貴殿のなき跡我々が此世をさらばとむらひ役 又の
参会みらいて/\ 夫婦のかためのことぶきと 由良は力弥が手をひけば
母は娘を引つれて むかひ合せる蝶々の羽がひ重ねのいもせなか
舅姑聟に嫁 へだつる跡は涙声 さらば /\ さらばやの声無常めく
ちしごどき はかなく きへし死骸をばよそに見なして大岸は 山科さして立かへる