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妹背山女庭訓 杉酒屋の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1033811

 

 

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妹背山婦女庭訓  四の口

日と供にいとなむさまも
入相の 四方のいちぐら戸
ざし時 子太郎後を打
見やり 灯(ともひ)を上げ表の戸

 

 

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3
夜の構へのそこ爰と こなた
の道より 歩み寄 振の袖の
香やごとなき 面を隠す
絹被(かづき) 誰しら絹のやさ姿
窺ふ内に隣の軒 しら

せのしはぶき主の求(もとめ) 今
宵はどふして早かりし サア/\
こちへと其後は 云ず語らず
手を取りて 戸口立て寄
入る後に 子太郎は不審顔

 

 

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4
隣の門口耳を当聞きすまし
て立戻り 何でもとなりの
ゑぼしめはおれとは違ふて
よつ程えらい色事仕じや
わい あいつが見ごとなえぼしで

アノ代物しめおると聞へた
こちのお娘(むす)に聞かせたり
大抵の事じや有まい エゝ
はし早いやつでは有と つぶ
やく所へ娘のお三輪 寺子や

 

 

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5
戻り 足早に 門口 はいれば
ヤお三輪様戻らんしたか サア/\
事じや/\/\大事じや/\
ヲゝあの人わいの何じやいの
わしにびっくりしやつたかいの

さしやつたはいの さしやつた
わいの所かいの コレおまへに
忠義をいふて聞かす 忠義
とは何の事じやいの エゝ忠
義とは忠臣の事じやはいの

 

 

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6
サア其忠臣はしつているがの
それがどふぞしたきゃ サ
其忠臣はの アノ隣のえぼし
めが 隣のえぼしとは ムゝ求様
の事かいの ヲゝ求々 其求

の姿からおこつた事 こちの
かみ様へ家主へ用が有て
いかしやつた 其後へ何じやか
しらぬが 真白な絹をかづ
き 幽霊かと思ふたか 美しい


7
けんさいが 隣の門口こと/\
と叩いた そしたら求さんが
つつと出て よふ早ふ来た
なァと 手に手を取て内へ
這入た それからおれがじつ

として聞て居たら ソレこちへ
やとふ男共が 朝の間に酒
桶洗ふ様に シイ/\とふ音が
した どふでもありや求様
が さゝらでこすると見へる


8
わいな 何とか三輪様 コリヤ
だまつて居られまいがナ
ムゝそんなら何といやる 求様の
所へ美しい女中様が見へて
其女中様を連れ立て這

入らしやんしたといやるのか アイ
そりやマア合点のいかぬ事
幸いかゝ様も留守なれば そなた
往て求様を爰へ連れて戻
てたも ヲツト合点呑込んだと


9
走り出て隣の門口 われる
斗りに打叩き コレ求様 隣の
酒屋から使ひにきた 今のが
済んだら印判持てござんせ
と 口から出次第 求はびっくり

何やらんと 立出れば物をも
云ず マア/\こちへと無理やり
に手を引連れて我家の内
それと見るより娘のお三輪
口に云ねど赤らむ顔 求様


10
お帰りなされたか ホ是は/\
お三輪様 寺屋へお出なさつ
たげなと 互ひにあぢな
墨付きを 子太郎がひつ
取って サアおれが役はもふこれ

迄 そこへ何かの立て引きさん
せ 爰らで我等粋を通し
夜食の扶持に有つかふ
両人共後に逢ふと 納戸へ
走り入りにける 後に二人は


11
つきほなくおぼこ育ちの娘
気に思ひ詰めたる一すじを
いはふとすれば 胸せまり 今
子太郎に聞たれば 美しい
女中様が 宵からお前へきて

じやげな 定めてそれは隠し
妻 是迄お前とわしが
中 逢ふ事さへもたま/\に
千年も万年もかはらぬ
契りとおつしやつた 其約束は


12
偽りか浮世の訳も弁へぬ
在所育ちのわたしでも いひ
かはした事忘れはせぬ 餘んまり
むごいと 取付て涙先立
恨み云 是は思ひよらぬ疑ひ

成程女中はきて居るが あれは
ソレ春日の神子(みこ)殿其連れ合い
禰宜殿の 烏帽子を誂へ
に見へたのじや 美女は愚か
いかな天女が影向有ても


13
外へちる心はない 和歌三神
を誓ひにかけ 偽りは申さぬと
時の間に合落付せば 遉(さすが)
おぼこの解けやすく神様迄
誓言に それでわたしも

落付た 必ずかはつて下さんす
なと 立上つて七夕に供へ
祭りし二つのおだ巻 持出
て前に置き わたしが寺やへ
いた時に お師匠様に聞て


14
置いた 殿御の心のかはらぬ
やうに星様うぃ祈るには 白い
糸赤い糸 おだ巻に針を
付けむすび合せて祭ると
やら ヲゝそれが即ち願ひの糸

の乞功針(きつこうしん) ムゝお前もよふ知て
じやなァ 白い糸は殿御と定め
女子の方は赤い糸 それで
わたしも此願込(ぐはんごめ) 寺やで
見た本の中に心をかけし


15
女の哥 アゝ何とやら ヲゝそれよ
恋渡る 思ひはちゞに結ぼれ
て 幾夜願ひの糸のおだ
巻 ホゝ其男の返しは 逢ひ
見ての 後もねがひの糸

筋を よそへ乱すな君が
おだ巻 アイ/\そふでござんし
た いつ迄もかはらぬしるし
赤い糸をお前に渡し 白い
糸を私が持ち 契りも長き


16
願ひの糸 夫婦の約束
星合に 鵲ならぬおだ巻
を 千代のなかだち取かはし
肌に付合 わりなきえにし
求か内より以前の女 歩み

出てこなたの門口 隣の
烏帽子折様はこなたへ来
てござるかな 赦さつしやれと
内へ入姿に求は手もち
ぶ沙汰 お三輪は何の気も


17
付かず アゝあなたが今のお人
かへ ヲイノ あれ/\神子様じや
それで薄衣着てござる
ナア申 お前様はアノお連れ合様
の えぼしを誂へにお出なされ

ましたのじやナア そふでご
ざりませふがな サゝゝそふで
ござりますと 紛らかす
つゝむ詞の絹をもる月
の笑顔をぴんとすね コレ


18
申し求様 アノ女中はおはした
か 何人でござります アイヤ
是は此酒屋の娘御 ムゝ其
マア隣の娘御と最前から
久しい間 何の用がござり

ましたと 問れて求はこ
たへもなくうぢつくそぶり
見て取るお三輪 アゝ申しコレ
神子さんとやら云ふ女中様
人をマアはしたか何のと


19
ひつこなした物の云やう
求様にはアイ わたしが用が
たあんとござんす おまへ
のお世話にはなるまいし
かまふて下さんすな ヲゝ

これははしたない其やう
にいはしやつても そもじな
どの用を聞く求さんじや
ないわいのふ サアお帰りと
手を取れば お三輪が隔て


20
イエ/\/\ わたしがまだ用が
ある 逝なす事は成ませぬ
イゝヤ爰には置きはせぬ 邪魔
せずそこ通しやと 手を
引立て立出れば イヤ放

さじとお三輪も又あなたへ
引けばこなたへ引く 訳も渚に
たわれる雁 つばさもふり
袖ふり訳すがた 恋をあら
そふ其折から いきせき戻る

 

 

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21
此家の母 ヤア求殿こな
さんには用が有る どつこへ
もやる事ならぬ 動くまい
ぞと身構へに 何かはしら
ずしら絹の姫は外へと出

行くを 留める求にまたす
がる 娘をおしわけ母親は
求はやらしと引とゞめ つな
ぐ手と手をしがらみの
風にもまるゝあらそひに

 

 

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22
子太郎立出見まはして
これ幸ひと母親の帯に
しつかりくゝつたる 縄先
桶ののみ口にゆひつけ
納戸へにげて入る こなたは

たがひに恋したひすがた
みだるゝ 姫百合の手を
ふりきれば一時に 乱れ
てはしるを母親がやらじ
と追へばつなぎ縄 りきむ

 

 

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23
ひやうしにのみ口ぬけ
酒は瀧津瀬びつくり
はいもう三人門へおく
れじと同じ 思ひを後や先
道を したふて 追て行