仮想空間

趣味の変体仮名

いろは歌義臣鍪 七冊目

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

     浄瑠璃本データベース ニ10-01547

 

 

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   七冊目

三味はちり/\日もちり/\ 砧の拍子土俵入くゝり枕の丸裸 ちり/\縮緬切立を 襦袢と湯

具に染分て 赤と素人でいかぬ事どつと 笑ひを花相撲 牽頭の伊吉が行司役 おかる様

此団(うちわ)借まする サア/\中居衆並だ/\ 西は寄り方勧進元 東西/\此所で取せまするが アゝいや合せ

まするが 祇園町で派利(はきゝ)の中居衆 西は音羽の滝おとは殿/\ 東は万年/\お亀殿 サア/\/\ 双方

顔を見合して 笑ふまい/\油断せまい ヤツトいふが勝負じや ハ エイ エイ/\/\/\ おつと下がりじや引張まい/\

ヲツト/\東が勝ちでござります 東西/\ 只今のはこそぐりの負けでござります ヲゝいやいな どこにわしがこそ

 

ぐつた ヲツト論は跡で/\ 今度はお菊殿に小りん殿 サア/\よいか 西は菓子の中に有小りん殿/\ 東は気

転菊殿/\ 静かに/\笑ふまい/\ 何ぼ転ても頭に砂の気遣と取てほられて難波へ行気遣ない ぐつ

と身入て頼ます ヲツトはたけまい見るぞ/\ ヲツト/\こりや双方破(われ)でござります 東西/\此勝負は

明日山いき霊山でとらしますハゝゝゝ サア/\今度は亭主のおかる様 才兵衛様を裸にしてお前ととらして見たか

どうじやヲゝわつけもないイヤイなと 跡は笑ひの高調子 三の糸さへ先斗町 興も興かる大騒ぎ一座も奥

に入相の おかるは勝手へ気を付けて寒からふ中居衆 ソレ風を引ぬ様早ふ着せて下んせ 今夜は霜月七

夜待 内方にもお客が有ふ一つ呑でからいにへ ホンニ廿六夜のお備をと 自身に立て三方にお親子土器(かはらけ)

 

 

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川原の座敷月を拝むにかつて能(よき)東の山に燈す火も 霧夜はいとゞ物すみて ヲゝ寒やの風引ぬ様此羽

織を ヲゝ似合ましたと伊吉が指出 イヤ申才兵衛様お前も何ぞなされぬか 手そゝぶり斗していつ見て

も百に四文の目をたして取も足らぬお生れ付 おかる様お前の為には サア遁れぬお人で手代分やら傍

に置て何かの用を ハテナアいかいお世話でござりましよ ヤちつと酒を参らぬか 臍抱へるほたへでも

しろりくはんと見張てじや ドレお盃私が拾ひます 手酌でやえおとつぐ盃才兵衛引取ぐつとほし 扨も

味(うま)しと舌打し 間鍋(かんなべ)片手に硯蓋さげて勝手へこそ/\/\ 伊吉は軻れコリヤどふじやと 鳶に骨を取ら

れしごとく やつぱりこつちが甘(うま)いのじやハゝゝゝ 中居衆/\是から扇(せん)九へ押かけて呑や諷や一寸先はやくた

 

じや ヒヤウシ コウケンタンチヤカラカン イツチヤカンツチヤカランチヤンボウ チヤカンツチヤカトコ/\ン ワイ/\ノワイトサ 折ふし中居が申/\ 旦那様が見へた

ぞへ わしらはいのと打連ていぬると くると摺違ひ 扇ぱち/\九左衛門 跡には肝煎可中(かちう)の長兵衛 是

はよふこそこなたへと 挨拶斗蒲団の上 銀のきせるにたばこ盆 サアお上りと指出す ホヲ伊吉殿色

が能の マア/\下に/\ ナニ長兵衛殿 扨貴様の世話でアノおかる入込だは跡の月 がらり百両手渡して判

も済だか 所で其儘差紙も出した ソリヤ大坂の春(はる)日やのお梶 爰へ出たはと方々から呼にくるか こち

もお梅と談合して衣装を切込 ごまのごうに暦を出して日も改め サア出すはといふ所で ちつと望

も有程に どふぞ廿日か卅日出る事を延してくれ そんだい百両の内五十両預ますと涙こぼしての頼み

 

 

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こつちもはづんだ奉公人さい先は悪けれど ぜひもなふ待てやつた モウ四五日で卅日 そちらの用も仕廻

なら約束の通出て貰ふと思ふて 預つた五十両持てきた コレ長兵衛 貴様の苗氏も可中(かちう)じやが 何と

おも長な了簡で有ふがの 余(よ)の親方なら何として三日も待まい 扇九ならこそみす/\の金儲 金出し

ながら遊ばすとは よつ程おれも可中じやないか 扨も/\ えらじや/\ お前の詞に乗(そり)がさて申じやないが

そりやもふ/\外ではいつかな出来ぬ事 イヤハヤきつい御了簡 ナニおかる様 そsてマアそちらの用事はどふで

ごんす 大かたに仕廻ならあすからでもナア 親方様にも了簡有は又こちらにも了簡づく 畢竟物

は当つて砕けじや ノウ伊吉殿 イヤもふとんと図のない事 おかる様も了簡して何と出る気有共/\ 勤せふ

 

と思やこそ身を売たじやないかへ 親方様気遣して下さんすな 卅日隙貰ふたかはり廿日づゝ上

詰にいて見せやんしよ 大坂に居た時は月から月迄売り詰て 毎日衣装も着かへた故先へ衣(たん)

厨(す)で持していた 花じやのイヤ揚前のと 余のお方にはあつけれど私は是迄ついしかしらぬ かふいへはどう

やらしいが大坂からござんした牽頭様や法師様に聞ておくれ アゝいかふ気が尽きた 伊吉様中居衆は皆

いんでか はつたりと銚子直して下さんせ 皆にも一つと大様に烟輪(けふりわ)を次ぐ全盛は公界に希な女(おなご)也

親方可中は気を呑れ 明いたる口の台所 其間に伊吉が以前の銚子有べかゝりの精進肴 御亭

主役におかる様 そんなら私と丁ど受け親方様上ませふ 肴はなくと イヤモ何方も六夜待ちせいさい豆(たう)

 

 

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腐で呑めませぬ 呑ぬ所を押へた物 盃は私が着て居る羽織 お前に脱がして貰ひたい アノ此扇九に サア

早ふ 然らば頂戴月行司 伊吉は扇九の此羽織直に頂戴鏡立姿見かはすたいこ持 金持

鑓持すつ/\す 有がたの影向や 月待日待果報は寝て待酒盛じやと そゝり立たるたいこ口 可中は

下戸の 伸欠(のびあくび)扇九様去まいか ヲゝ夫々 ヤア肝心の五十両 念の為じや受取を アレいや/\此長兵衛か見て居る

からは 何の夫にも及びませぬ ヲゝ夫もそふじやコレとつtくりと改て置ましたと手に渡し 可中殿同道せふ

アレ/\長居をした事じやノウ伊吉 ハイ拙抔(せつら)もやつぱり可中じやと 笑ふて出る折も折 十二三成丁稚に

燈籠持せいきせきと 跡から行ももどかしく心いらくら五調(がんでう)作り 切戸口より指覗 ちと物尋ましよ 大坂から

 

見へたおかる殿共いふ お梶殿共いふ人の所は爰かなと 音なふ声に主のおかる 聞た様なと出向ひ 是は野

間やの久兵衛様 よふこそお登りなされました 忠吉もおじやつたか珎らしや/\ 提燈消してマア是へと ほた/\

いふも家主だけ 上座へ直しあいしらふ アゝコレ/\何も構ふて下さんな 今朝三条の出店へ着て支度はよ

ござる 扨と堂嶋の借(かし)家に置た時から 心安ふ世話にした兄弟の衆 兄貴は遠いへ稼ぎに行れる こな

たは嶋の内へ身を売る 此忠吉はこちへ取る ヲゝ夫よ 隣に居た長七の息子 親父が死ると気抜けに成

たが こなたが連あるいて世話にするとの事 ちと本性に成たかの イエ/\やつぱり同じ事 寝て斗居ら

れます ムン夫は奇特によふ世話を イヤもふ私が得心の事也 別に世話といふ事も ホンニ忠吉大分

 

 

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に背も延た 随分と旦那様を大事に御奉公申してたもと いへど返事も指壴き諾(いらへ)は涙斗也 イヤコレ姉 今の名はやつぱり

おかるか 逢にきたも外じやない アノ忠吉を戻しにきた受取て貰ひたい エゝ何とおつしやります アノ弟を私へ ヲゝ

受取て下され戻します ハイそりや兄弟の事也受取まいではなけれ共 どふも合点が参りませぬ コレ忠吉 扨

はぶ奉公仕やつたの そなたも十三なりやまんざらの子供じやないぞや アノ結構な親方様 少々の事なら

冷る時分に京三界 大抵の事では有まい コリヤ大方盗心でも出来たじやわいの アゝコレ/\忠吉に限

て微塵毛頭仕落はない 知ての通質商売 人手も入る丁稚も多い 取分けあれはたまか者 夜な

らひの師匠を取毎晩/\精も出し 文章金目もよつ程上げた器用者 一事が万事と何から何迄仕

 

落はなけれど そなたといふ兄弟を持たが忠吉が不仕合せ 隙やるは惜けれど後々姉にかゝつてあれが

身のひしに成が不便さ 夫で連て登つたのじや 隙やるからは元の他人 モウおりやいぬると立上る マア/\

待て下さりませ スリヤ私と兄弟故あれにお隙を ヲゝ其通り マア/\/\暫く待て下さりませ そんなら私

が身の上を何でお聞なされまして ヲゝてや 三条に店が有故毎日の状通 此辺の事もそなたの身

持も居ながらに聞はいの 今門口でちよつと逢た肝煎の長兵衛 大坂ではこちへも入込委細の

咄 百両に身を売て親方の勤はせず 毎日毎晩人を寄せとつぱさつぱと大騒ぎ 女の有まい能衆

の真似 座敷の宿代雑用迄内で算用して見れば モウ/\針を台に積でも足らぬ 兄は遠いへいか

 

 

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るゝ こはい者なし高なしの我儘 仕廻はどふで盗みかすりか ろくな者には成まいと内に居る空(そら)もせなんた 忠

吉めも小耳に聞て気の毒な顔付 われもこちには置かぬ連て登るといふたら夜舟中泣て斗

おつた コリヤヤイ泣て斗居ずと聞た通をそこへいへやい 扨も/\聞たより登て見て興のさめた此くらしと歯

に衣着せず云立る 涙拭ふて忠吉が何思ひけん有合箒 取より早くおかるが背(せな)打すへ/\ 姉様 旦那

様の今おつしやる事なぜ云訳をさつしやれぬ 云訳のないのは覚が有のか エゝこな様は/\胴欲な人じやなふ こ

な様が悪い故追出すとおつしやる お家様や手代衆を頼で詫言をして貰ても どふでも置かぬ姉め

に手渡ししてくる迚 連てお出んされたはいの こな様に詫言してもらをと思ふていたに エゝ/\どんな事じや

 

おりややつはりいんで奉公かしたい 旦那様の供していにたい/\ 姉様と子供心の一途には只弁(わきま)へも泣斗 おかるは

始終壴(?・うつむ)いて物をもいはず居たりしが涙隠して ヲゝ忠吉尤じや いにたいは道理じや/\ 申旦那様 段々のお腹

立 忠吉かお詫より私が身の申訳 お慮外ながら暫しの内 アノ次の間へお立なされて下さりませ ヤア何じや申

訳アイ ムウ其云訳爰で聞ふはい サアとふも爰では ハテむつかしい云訳じやな ハイお腹立も鎮めまし 其上で

弟がお詫も申 又お頼申さねばならぬ品 自由ながら暫しの内 忠吉お供申てたもいなふ ムウ今いはれ

ずば待てやろ 忠吉こいと主従が立行跡の唐紙を 立て切/\辺りを見廻し 二階へしらす鈴の音 相図

と聞より段々梯子おえいくる男か唐犬額(たうけんひたい)頭は毬栗蜻蛉の八 五下の青二に鬼の市 つく/\と立たは

 

 

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枯野の薄 おかる様アゝ窮屈な目をして居たシテ呼んしたは シイ高い/\ 高はかふしや 爰の親方扇九

様や肝煎か宵から見へて約束の卅日もけふあすしや 早ふ勤に出てくれとせかみに見へた スリヤ此座

敷も明ねばならぬ 其上大坂からわしが弟や旦那が見へて 私が身持の異見と詮議 事に寄たら

打明て有様にいはずは成まい 顔合さしてはむつかしい そふじやによつて アゝ聞へた 此市は疝気で働きも出

ず いかいやつかいに成ました コリヤ五下よとんぼよ 盆をかへずば成まいぞよ ヲゝそふせふ/\ シタガ何にも帳(ちやう)

府の出入もなし 更ぬ内にいかふかい ヲゝそふせふと立上る コレ待んせ 出立でも拵て進ぜたい物なれど 取込

だ事も有勝手で酒なと アゝいや/\ どやかもめる噂では咽の穴迄塞がった 更けぬ先に そんならござる

 

かソレ餞別(はなむけ) ヤアコリヤ小判じや忝いと三人が 伝手に戴き おかる様お前の仕廻はどふさんす ハテ尻かくる迄爰

に居る 随分と息災で アイ さらば/\/\とのつかのか己が様々出て行 跡打ながめ/\ 兼て覚悟はしなが

らもぞつとこはさと悲しさと 面目なさにおづ/\と 襖細めに コレ忠吉 旦那様をと呼中に胆を冷

せし久兵衛が軻れ顔にて立出る 跡からこは/\゛忠吉も 隅々を見る斗也 おかるは会釈衿繕ひ嘸待遠

にござりましよ 只今帰した三人は前大坂でふとした事の間違から近付に成た衆 此座敷へ附込で

かくまふてくれとの頼 私も何かの工面にて金の入事も有 道ならぬとは知ながらぜひなふ仲間の分け口をと

聞より忠吉親方の脇指抜取衿押明 自害と見ゆれば久兵衛おかる コリヤ何でしぬ何故と もぎ

 

 

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放せばイヤ/\/\ 盗人の姉持て旦那様へ立たぬ/\ 死る/\と取付を漸引分コリヤ忠吉 出かした/\ そふなふては

ならぬ所じや われが道理じや尤じや 此久兵衛が留るからはモゝこらへい 合点か/\得心がいたか 稚ふても

遖男じやでかした/\ エゝ同じ腹から出ても此様に性根が違ふ物か 畜生も畜生大畜生

大盗人じや こちの借屋に居る時からじやと噂は有どな 忠吉が知る通歯ぶしへも出さずにいたはい 栄耀

ほたへもする筈じや 人の財宝を盗でするのじや物出来いじやい ヤレ恐ろしや/\と 刃物を鞘に

納むる久兵衛 忠吉猶も怖(うらめし)げに 姉様おれには勘当をして下され 兄弟でもなけりや旦那様の疑も

晴る おりややつぱりお供していにたい/\ コレ物をいはしやれ姉様と いはれて何と返答もつらき苦しさ恥しさ

 

思案途方にくれ居たる 久兵衛諾(うなづ)き そふじや/\味やつた 遉は小切(せうきり)米も取た者の胤じやな 勘

当とはよふいふた コリヤおかるよふ聞け おれが所で世話にする忠吉が姉の事じやと思ふて 入らざる息精

はつていふも外じやない 天満の老松町に跡の月迄 寺子やして居られた任体のよい浪人衆がこちへ

見へて 是の借屋におりました 平右衛門や長七義はどふでござると問れた故 二人ながらまつかう/\frご

ざると 有の儘にいふたれば 其人がいはれるには 夫はいかいお世話でござる 深切にしてやつて下さつた故有様に

申と おれが耳へ口寄せて 私が本名は原郷右衛門と申 是より京都へ引越ますと 段々礼をいふていなれた

其時聞た八藤長七平右衛門の身の上 アゝ侍は堅い物じや 譬えの通くはねど高楊枝と 終にそん

 

 

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な顔もせず 平右衛門の旅立も侍お心がけ尤なる事 又本望も遂ず病死した長七 嘸無念口惜か

ろと思ふて 忠吉が知て居る 福嶋の浄祐寺へ石塔も立ててやつた此久兵衛 悋(しはい)は質屋の商売がら

人の為に能事なら銭金入ても世話する気じや 夫にマア大それた兄や弟に生れ劣た其心底 此

上は何にもいはぬ 随分人に疎れぬ様 アゝ是も入らぬ事 更ぬ先にモウいなふと 身拵する其手を取 マア/\待

て下さりませ エゝ穢はしい何留立て 何にもいふまい聞事ないと ふり切行を縋留 御心底を聞上は私が心

も打明て 申上ねば帰しませぬ ヤアまだ何者ぞか隠して有るか 長居したら此上にどんな者が出よふも知

まい イヤ/\お隙は取ませぬと 留る片手に指出す文箱 中を見て下さりませ ムウ此中をおれに見いアイ

 

披て見て下さりませ ホウ直(ろく)な者じや有まいと 云つゝ結びほほふれ不審ながら解きほどき 灯

かげに透かし ハテいかい状が有な 何じや無事息才知た文言 何々其方より受取候五十両の金子の内六

両 鎌倉へ着候節 逗留の間宿賃雑用身の廻りの拵 又宜しき刀一腰求申候 一つ廿五両三歩

鎌倉において件の屋敷へ入込度 件のやしきへ入込度 出入の町人を相頼段々付届致候所 首尾も

能近々に入込筈に極り申候 是は件の顔を見知り申為に御座候 跡より便宜(びんぎ)にしらせ可申候 月日 お

かる殿へ平右衛門 又一通先達ての状届き可申と存候 弥首尾能件の屋敷草履取奉公に有

付申候間安堵居たさるべく候 其砌早野勘平と申古傍輩も入込名乗合申候 残り候金子

 

 

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の義此地において諸傍輩の旁 浪々の暮し見捨がたく一両二両或は三両 又は二歩三歩取かへに入申候

右の人数名はつど/\に申がたく候以上 宛名はおかる殿平右衛門 ムウ扨は兄貴は鎌倉にじやな アイ兄様の状

お見知がござりませふ まだ跡にもござります 読で見て下さりませ アゝいや/\目が霞んでごぎつく 跡

はこなた読で聞して下され ハイ そんなら左様と取上て読むもせめては云訳と 登る痞(つかへ)を押しづめ幸(かう)

便(びん)により一筆令啓上(いっぴつけいじょうせしめ)候 爰らは堅い返り字斗 ナニ/\十月十日の文拝見致し候 母人も御息才に御入の

由悦び入申候 其元事京都へ売かへの相談極り候由 扨々いとをしき事に候 是迄の勤さへ無念成事

に候へ共 ヶ様成時節と申其元身を捨候情により 望も叶ひ奉公に有付候所に又々高金に売かへ

 

其内五十両下し下され慥に受取申候 一所に暮し候節は 女は主の役にも立ぬと沢山叱り申候事

今では恥しく存じ是のみ悔み居申候 只今の忠義兄に勝り候 嘸々冥途の主人も草葉のかげより

御満足に思召候はんと押計申候 此上ながら身の労(いたはり)くづおれぬ様に頼入候 委細は跡より先は礼の為に

/\ エゝ何の/\勿体ない 兄様に礼を受ては私に罰が当るはいな/\ 勿体ない/\と涙呑込み/\て

礼の為又は金子の受取ながら申入候 一つ八藤与茂七事其元に未だ介抱の由神妙に候 何とぞ

薬祈祷を以て本復致させ一味連判にも加へ又は自身本望も遂させ度願ふ事に候 エゝ嬉し

や夫程に思ふて下さんすか エゝ兄様忝ふござんする 一つ与茂七の父長七がぼだいの為 藤沢寺へ日牌(にっぱい)

 

 

72(裏)

 

 

73

料石(れうせき)の内にて上げ申候 テモマア兄様のしほらしいよふ心か付きました 長七様があの世から守つてゞ有ふ物 嬉し

うござんす兄上と 涙も文もくり返し/\ 何事も大切成御主人の為と思召辛抱第一に候 猶々

弟忠吉事野間屋殿御世話と存候 礼状は重て遣し可申候 宜しく御伝へと読さして 我身に

かゝる憂涙とゝめ兼てぞ見へにけり 久兵衛は目をしばたゝき コレおかるおかる殿 モウ/\何にも云ませぬ

是で知れた/\ スリヤお疑は ヲゝ晴ました/\ 町人のさもしい心に競べ いふた事がおりや恥しいわいの 侍の

種といふ物は何ぼ女ゴに生れても 其様に迄お主の事を思ふ物か さつきにからの無礼は赦して下され コレハ/\

勿体ない事をおつしやります 元来(もとより)勤に出る時も本性の与茂七様なりや かう/\でござんすと得

 

心づくでする勤 何をいふても現なお人故訳は云れず 我身を我身で買ておりましたも 本性ならぬ

与茂七様へ私が心の云訳でござります 又近所隣も憚らず踊たり舞たり人寄せをして騒いだも 鎌

倉へ貢ぐ金 入はをしらすまい悟られまいと思ふから 身の栄耀奢りを見せ呑たふもmない酒も忠義じや

物とは一つ呑み 兄親へ孝行に成物と呑度々の節なさは天狗道はしらね共 熱湯も此様な物で有ふ

と堪忍して けふの今迄堪へしぞや さつきにも忠吉に盗みかやきと此口から いふたも誠は此事を包隠そふ其

為じや 旦那様の志兄様の身の上や 長七様の石塔迄 立てたとおつしやる御深切 忝いやら嬉しさに大事のこと

を明します 何事も了簡して忠吉の面倒を見て おやりなされて下さりませ コレ/\よう擲てたもつた 勘

 

 

74

当せいとはよふいやつた しなふと迄仕やつたも嘸此姉が憎かつたで有ふなふ こらへてたもと云ければ 忠吉は只

おろ/\ そんなら兄様のお主様の為にあんなこはい事迄して 金を取しやつたも兄様へやる為て有たか そふとはしら

いで擲ました 姉様赦して下さんせ イヤ/\/\神様や仏様が擲しやんした物で有ろ 何の赦す赦さぬのと イヤ/\夫で

も勿体ない イヤ/\わしがと兄弟が 心の内も解(ほどけ)合 涙にしんみを顕はせり 久兵衛も心とけ おれも贔屓に

思ふ小栗様の御家来衆 押上る様に思ふから悪たいも云ました ホンニ夫よ忘れて居た 爰に居らるゝ与茂

七本性にしてやりたい物じやが サア私も如在なふかゝ様迄か精出して方々へ願参り 加持祈祷を誂て ヲゝ

本復をしられたら鎌倉へやりたかろ こちへ質に取た腹巻もほしかろ 出店へ登して置程に取にいかしやれ

 

只しんぜる コレ忠吉も連ていぬ エゝ ヲゝサ此久兵衛が養子にして野間屋の跡式譲ります 兄貴の方へ

も其通を アイ夫は段々お志忠吉お礼申しやいの アゝ何の/\ まだ云ましよ 貢の金も入ろ程に何ぼ

なと遠慮なし 出店迄つい状で アイ/\/\お有難ふござります どふもお礼の詞さへ ナンノイノ 礼を請きよ迚

来やせぬと 誠同士の挨拶もやゝ時移るさよ嵐 河原を伝ひ来る侍 捕手と思しき供廻り戸口

に耳寄せ打諾(うなづき)声をかすめて誰(たそ)頼もふ おかる/\と呼声に内にも夫とこたへる胸 アイ/\そこへと立上り 私は

ちよつとゝ云捨ておりくる間も手ぐすね引き窺ふ 戸口へ出るおかる 女盗人遁さぬと早縄くる/\くゝ

り上 サア/\うせいと引立る 後へそつと久兵衛が透詠て コリヤ何事 おかる覚が アイなるほどかう成は覚悟

 

 

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でござんす イヤ申代官様 科人の今はには一つの望も赦すと聞 残りは多けれどたつた一人物得いはぬ病

人がござります 暇乞が致したい 暫の間の了簡をと打涙くれみ願ふにぞ ヤア何と 此期に及んで未練千

万 隙さへ入ずば只一目と 赦す詞も嬉しげにあなたには暫の内 ヲゝ此所で待てやる 譬逃ても表

には身が家来を付置た 随分早くと用捨の詞 久兵衛さし寄おかるまちや 此体を忠吉に見せたら

又も恟りせう どふぞあれに見せぬ様おれが羽織を打かけてと 脱で跡から掛作り 登る月さへ

片帰り 風が吹消す灯火も虫がしらすか勝手の襖明て出たる寝とぼけ顔 そこらうろ/\ ヤアおかる殿

コリヤ立て踊るのか ハゝゝおれも踊ろか アレ/\/\ 三絃(しやみせん)引てさはぐは/\太鼓はなくと一踊 つくてん/\やつとや

 

松坂越たへ やつさ/\もさはがしき 夢を見たのか現やたはい又もころりと正体も泣くか 笑ふか隣の座

敷 三味の音色もしめやかに心は真如の鐘(つきかね)を 一つ撞ては独り涙の雨やさめ 二つ二目と見もせいで 寝

て居て済かいな 与茂七様イヤあの才兵衛様 爺御様の死しやんした其日から わしや今に精進して 七

夜待を祈つたも 其病の直る様にと備たお神酒 ヲゝ合点じや/\ 此久兵衛が戴す心静に暇乞

才兵衛もよふ顔を 三つ見れ共片思ひ 四つ宵から泣明し まだ其上に私は今 身さへ叶はぬ此禁(いましめ)

何にもしらす夢現 五つ命がつゞく斗で 六つ報ひは何の咎めぞ あの御病気わしや余所へ行はいな

せめて一口さらば供いはれぬ事かいとしやなふ 七つ涙で 八つやこえの鳥迄も 鳴く音につれて 九つ心で暇

 

 

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乞 耳に入てや起上り コレ/\どこへ行のじやおれもいかふ アゝいや申ちつと余所へ参ります アノおれを置てや アゝ

エゝおりや今夜から誰と寝よ 早ふ戻つて下さんせや アイ/\戻りたいは山々でも私が事は十(とを)も語るも

恋しなつかし弟が年も六つと七つと十三鐘の歌の唱歌を身の上に かはい/\と友泣に泣はめいどの鳥ならて

捕手の武士がいつの間に時刻移ると引立る 拍子にぬげる羽織の下 縄目を見付る忠吉が コリヤ姉様

が縛つて有 悲しやなふと取付て縋嘆くを踏飛し うせい/\とあらけなく 引るゝおかるが声涙さらば/\も夜半(よは)の

霜置別れてぞ「出て行 川原を北へ伝ひ道 月もおぼろの星明り 流るゝ水も音澄みて 一つ所に寄り

たかり 互に顔を見合せて まんまと首尾よふ 親人 躮 出来た/\と打笑ふ 声に恟り驚くおかる 扨は代官

 

と見せたのは ヲゝ嘘じや エゝイ ヲゝ嘘も嘘盗人じや エゝイそしてまあコリヤ何方へ ヲゝどこといふたらナア軍兵衛

京中(なか)でははけ口が サア云合せたを近江の内 野上の宿か鏡の宿へ 売てやる了簡じやと 声よりはつと気も

きへ/\゛ コリヤマアどふせふ何とせふ エゝ/\そふと知たら来まい物 欺されて此縄目 情なや悲しやと立たり居たり

身をもだへ悔み涙ぞ道理なる エゝかしましいおど骨ソレ轡をはまして引立い ヲゝ合点と立寄ば マア/\待て

下さんせ 成程覚悟さへすりや子供じやなし 夫には及ばぬ一口云たい事が有 コレわしや百両に身を売て

勤に出る約束なりや親方様が聞付て其儘にしては置まいぞや マア跡先をとるくりと ヲゝ夫も知て居る

今直ぐに高ぶけり 又よい金にする工面じや エゝ細云(こまごと)いふ間に夜が更る サアうせうと軍兵衛が 引立かゝ

 

 

77

れば マア/\待しやんせ 今いふ通何国へいても其訳を いふたらしんどがむだ働き イヤ夫いはしてよい物か サア夫じや

によつて私が身を了簡さへして下さんすりや 此肌に五十両 ヤア何といふ肌に金が ナフ親人 そんなら夫からた

くつてしまへ ヲゝ合点と立寄所へいきせき走て九左衛門 おかるじやないか ヤア扇九様か よふマアござつて下さんした

ヲゝ嬉しや/\ ヲゝサ/\ 月を拝みにざしきへいたりや 残つた衆が泣ている 様子を聞とかけ付けた サア/\戻りやと縛り

縄 とく手を軍兵衛が叩き退け 素町人め何ひろぐ ハゝゝこりやこちの奉公人 夫で連ていにやんす ヤアぬかす

な 此女めは盗賊のかたう人(ど) 訴人がしらせといはせも立てず アイ表向の科人なら此親方へ祟りがくる筈 年

中それやをしているから 前先見いで成物か たまの上つたぐずり事 代物さへ取返しや云分ないサア いかしやれ

 

/\ こいつ法外者たゝんで仕廻えと下知の下 源八田辺が立かゝり 中に取こめ踏づ蹴つ さいなむ後へ来かゝる忍

びの侍か 物をもいはずかたつぱし踏倒し踏飛せば おかるが嬉しさ誰人共 心不審(いぶかる)斗也 中にも我武者の軍兵

衛が うぬ何やつと寄る所 ぐつと引寄せ踏倒し足下に引しく後から コリヤさせぬはと取付腕首 捻上/\引廻し

頭巾を取たる顔と顔 ヤア原郷右衛門か 斧九太夫 なむ三赦せと逃行背骨 抜く手も見せぬかすりげさ

かへす刀に軍兵衛を向ふけさに討放せば 二人が左右に声をかけ 郷右衛門久しいな 玉水源八田辺加兵衛 当

座の敵と討てくる 刀を沈で身をひらき 払ふ刀に玉水が高股(もゝ)突れてひよろ/\/\ 田辺が受け太刀たゝみ

かけ 躓く所を付入て 即座に仕留る早業足手練の程ぞ潔き かたへに隠れて九左衛門 おかるが縄目

 

 

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解ほどき 申あなたにお怪家でも アゝいや/\身共に気遣無用/\ 扨々あぶないおかるの身の上 先程より忍

来て 様子有増聞た/\ おかるの親方扇九とやら 前以て聞及ぶ古傍輩由良之助 今山科に蟄

居して 折々の鬱散に其方へ越さるゝ噂 其迚も先々月 大坂表を引こして只今は当所の住居 おかるの事も

兼て聞 親方随分いたはつて ナ合点かと詞の中 取分おかるが嬉しさに アノ申あなたの噂も大坂の久兵衛様に

ヲゝいかにも 夫は野間屋久兵衛殿 町人なから丁寧人(にん)夫に引かへ人非人 欲頬の此九太夫 此頃京大坂で

多くの人匂引(かとはかし)の時花(はやつ)たも 皆こいつらかなしたる業 国本の町人に恥頬かゝされ逃廻り まだ大欲がし

たらいで アノおかる迄盗出し 又売せふとはのぶといやつ 苦痛させん其為に態と薄手のかすり疵 よくも骨

 

身にこたへしな 逆磔にもかくべきやつ 主君の罰天の罰 よくも思ひ知たるかと 指通し/\ずた/\に切さいなみ

死骸を残らず河原の芥 九左衛門は一礼のべ おかるが会釈早瀬川 すへは淀川夜明方 万事は重て 先さら

  ば おさらばも 横雲や引別れてぞ