鑓の権三重帷子 上之巻

 

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     ニ10-00152
 
参考にした本 ニ10-01619 

 


3
鑓の権三重帷子   作者近松門左衛門 (浜の宮馬場の段
君八千代国は おさまる御留守にも 弓馬
たしなむあつさゆみ馬の庭のり遠乗と はる
かに出しはまのみや とりい通りのやぶさめ馬場 並
木に落る風の音 とゝろ/\と打波も 乗わけつ
べききりやうこそ 表小姓の数々の中にも笹の
権三とて ぶけいのほまれ世の人に 槍の権三は


4
だて者のどうでも権三よい男 うたひはやら
すびなん草 女若二つの恋草を飼(かひ)にかふたる月毛
の駒 前脚(すね)とつて肝(かん)つよく雪かみくだくしらあはに
さんせうよしや尾は青柳の しつたりしたりした/\/\
かつし/\とあゆまする 大坪りうの鞍の内 けいこ
に心染手綱かいくりくり/\のり拍子 はいとかけたる
一声に 両口はなすやつこか髭も 共にはねたるじゆん

そくや はかまのすそに風受て さゞ波よするしゆみ
の髪しつ/\/\と 乗もどし引廻しのる 袖すりの
松も女松の十八公 其とし頃のふり袖の京染もやう
すげ笠は 家中でもたれの娘ぞや おうばらしいが小ふ
ろしき 権三見るめの糸ずゝきちらりほらりと馬の 
のさきよける ふりしてじやまをする 権三それぞと見し
人の 心に覚えあら駒も 色にそばへて足はやき はい/\


5
声をかことにて 馬ぞめいわくちわの鞭打くれ /\かけさ
する くつはの音はりりん/\ あをりの音ははた/\/\
たゝく嵐やばゞさきのすゝの 笹原さら/\ さら/\さつ
と乗とび /\/\乗とばせ ひづめをろく地につけばこそ
二町五反の馬場の内 息をもつがず半時斗達者を
見せてぞ 「せめ馬の鞍も鐙も 汗に成のりとゞむ
れは小者馬取 もうお仕廻かと走よる ヤイでつち 殊外

あせに成た 一はしり帰つて着がへの袷持てこい 馬取共
其間みやへいて休息せい ないといふより中間共やすむ
かたには足はやく 立さる後につる/\と立よつて足の爪
先 鐙共にしつかと取 久しうごさんす権三様 御無事でめ
でたふごさんする 是見ぬ顔もよいかげんにしたがよい
ぞや かはいそに馬もほねおらせ けふ一時にけいこせねば叶
はぬか さ程わたしがいやならばさいぜんからよけず共 なぜ


6(裏側だよ)


7
此馬にふみ殺させて下さんせぬ エゝこな様はなふ侍のぬ
け/\と よふうそをつかしやんすと にらむめの中おろ/\
と女は涙もろかりし 是お雪殿 人にこそよれ川側(つら)伴
之丞殿の妹御 君けいせいをなぶる様子権三がうそを
つく物か 少も心かはらね共下々のやつらまかふため 中間め
らが見つけふかと馬に乗る心もせず 気がちうをとぶ様で
是此ごとく汗かいた じだいうばおぬしが不調法 やしきの人めも

有物 わかい女中に異見もせず此様な遠かけ 御家中ふ
つと名が立ては 此権三御奉公がならぬ 申かはした詞はた
がへぬ サア同道しておかへりやれはやう/\と乗出す 轡取
て引とめ うはが不調法とはよい手な事おつしやれなやいの
権三様 よもや忘れはなされまい 去年のふゆわたしがやど
で おゆきさまとおまへとあはせた時 是かぎりとおつしや
れたか サアなんと たつた一夜切にきりうりにする娘御じや


8
ござらぬ アウ忝もそれからなしもつぶてもせず おふみの
いくたびことに此方から返事せう どれどこに一どの返事も
なされたか お雪様のてゝご様母御さまはござらず めしろになる
此うばはぐる也 伴之丞さまへたつた一こと いひ入でつい御祝言
すむ事 サアおくさまにもたしやるか 担いやか いやならいやと今
御ことなされ思案が有 ほんにわしがそだてゝぢまんじやな
いが 男にゆびもさゝせぬ うまひさかりの十八さゝぎ やはら

かな内を一口くふてせゝりさがしておかふや そりや成ませぬ
アゝあべかこふとぞわめきける ヲゝ女中の気では恨尤 ふみは
落ちる遠慮ふかく 返事せぬは身があやまり 御舎兄(しやきやう)伴
之丞とは 御膳番の浅香市之進に茶の湯の相弟子
心やすい朋友なれ共申にくいがあぢなかたぎで むさと物の
いはれぬ仁 わかいものゝ口から御自分の妹下されとは何とも
それは恥しし 然るべき媒(なかうど)頼み両方へあいさつあれ 承らは


9
合点伴之丞さへのみこまるれば 用人しゆ迄うかゞふて其
上は縁次第 此詞をちがへなばたつた今此馬から まつさかさま
にころりと落 ふみ殺さるゝ法もあれ 心ていかはらぬ/\と
いへばおゆきがにつこりと えがほにひらく小風呂敷 是此帯
の縫見て下さんせ 丸に三ツ引おまへの御紋 わたくしは
うら菊よふはなけれどわたしがさいく 大小のしまる為中
入に念は入たれど くけ口がお気に入まい 去なから 末ながふ

縫したてゝめさせなばならぬ どれぞ媒頼みて本式の
いひ入はおまへから 是は先それ迄の心たのみ 此帯のごとく
いつ迄も おこしもとをはなれずそひまとふてやそうじやぞ
やと くらのまへわに打かくる其手を取てじつとしめ どうも
いはれぬ嬉しい心 八まん我らも心ていかはらぬ 此馬も聞
ている畜生の心は人よりも恥しい こりやせうこにたて
馬よ聞たか/\といへ共いかな馬の耳風にいなゝく斗なり


10
権三帯にたゝんで懐に押入 あれ/\濱手からくりげ馬の遠
乗は 舎兄伴之丞 ハアほんにうば兄様がそれそこへ ヤア旦那様かこり
やならぬ 見付られては後のじやま サア先こちへ/\とほんしやの
かたへぞ走ける 程なく伴之丞乗来り 権三お身も遠乗か
いかふ精が出て馬持がよいゆへに 其月毛も一両年めつきりと
能なつた 買手かあらばうつて仕廻五両も七両も利を取て
又跡からやす馬買置乗入てうつたらば 金持に成筈 よいげい

覚えて仕合と人をけなす口くせ 権三気立をよくしつて ヲゝサ
少身者の馬の手入飼をろくにかへぬゆへ 見かけ斗で爰はの
時の用にたゝぬ 御身達は大身(しん)人手は多し飼はよし すはといふ時
肝つよくあゆみ勝はお身の馬 ひさうめされといひければ ムゝ其
いひぶんは先度二の丸の桜の馬場で 其月毛に此馬があゆ
みまけたあてことな サ一馬場せめて勝負せう サアのれ/\と
気をせいたり イヤサ心得たといひたいが今迄乗つてお見やる通


11
人馬共に草臥只今帰宅 かさねて/\小者共こいやいと いへ共
いつかな聞入ず イヤ草臥とはまけ用心 勝負せねばかんにんせぬ
と 手綱をくつて乗出す権三も今は力なく 馬には一息つがせた
り我身のあせも入かたの 月毛の駒に桜狩ひみつの手綱くり
ひかへ くりゆるめひだり右に輪をかけちがへ 互にまけしと二
三べん入かへ/\乗たりしが 権三が馬は逸物の口を切て角を入 ハウツ
とかけたる声の内一さんにかけ出す 伴之丞がくりげ馬鞭か

げに尻込して 打ても引てもしやくつてもまへ脚(すね)かいて高いな
なきし おどりあがりはねあがり鞍にたまらず伴之丞 屏風がへし
にどうと落 木の根に越ぼね打当あいた/\といふ声に
馬取中間ざうり取主人の恥も打忘れ 一度にどつとぞ笑
ひける 権三驚き飛でおり怪我はないかと立よれば こりや
権三相手はおぬしが月毛馬 こつちへ渡せ切て捨る 馬を渡せ
あいた/\ 腰をもめ中間共 うぬらも首があぶないと 権三が方


12
をしりめにかけ相手しれずのひとり腹 権三もいはれぬあい
さつと身をひかへて立たる所に 進物番の岩木忠太兵衛 六
十八でも生得かたき赤がねさかやき剃たてゝ ヤ御両人是には 御
宅へも参べきによい所で御意得た 東御家老しゆより御状
到来 此度若殿御祝言相済お悦び お国において当月下旬
近国の御一門方御振廻 御馳走のため真の臺子(だいす)の茶の湯
さるべしとの事 是によつて我らが聟浅香市之進も留守なれば

御家中弟子しゆの中真の臺子伝授の方へ 御広間本式の飾物
等つとめさせ申せと 御留守御家老衆より仰付らるゝとは申せ共
どなたが伝授なされたも存ぜぬ故御尋申 此度の御用にたては第一は御奉
公 其身の手柄聟の市之進も本望 何と御両人聞覚えもあつて
茶の湯の名をとらふなら此度也とぞかたりける がまん者の伴之丞
真の臺子やすい事 伝授ゆるしはうけね共 秘事はまつげなんで
もない事 色々我ら存じている 数年のけいこは此度御用はせつしや


13
承る 心やすふ覚しめせ それは先珍重権三殿は御存知ないか されば
存じた共申されず存ぜぬ共申されぬ 惣じて是は茶の湯
極意 家々の伝多けれ共師匠市之進一流は 東山殿より的伝 一子
相伝の大事なれば 権三体が茶の湯で伝授ゆるしうけうはづも
ごさらね共 師匠の咄聞はつゝた義も有 大概非のいらぬ程の御
用の間には合せませうと 詞の中より伴之丞 ハテか程大事の晴
の御用 間に合せてすむ物か 此御用は伴之丞がひとりしてつ

とむる 忠太殿其通心得めされといひければ いや我一人のまゝに
もならず 娘ながらも市之進女房おれが一所存も有べき事 かりそめ
ならぬ真の臺子の伝授事 あやまり有ては殿の恥諸事談合
づくり能筈 サア御両人お帰りかいざ御同道いたそうか ともかくもと伴
之丞ちんばちが/\腰を引 忠太兵衛顔(つら)にくゝ こなたは腰をお引なさ
るゝ疝気でもおこつたか されば/\拙者程の馬の名人なれ共 龍の
駒にもけつまづき 馬から落て落馬いたしたと かたことやら重言やら


14
忠太兵衛おかしさ きやつなぶつてやらんと思ひ 馬から落て落馬した
とはかふ念が入た落馬 いたむが道理いつかたの落馬がはやるやら
生駒新五左がおこりも 妙薬一服でかげもさゝず落馬いたす 我らは
今朝(こんてう)他所へ参り 人馬の精進をつい落馬いたした 此様子落馬の
はやる時 むさといひ分などなさるゝな 首が落馬したさうぞと
しぶ口いふも茶の湯者を聟に持たる 身のならひ きのふは ←浅香市之進留守宅の段
けふの 初むかし世の口にあふ茶の名所 人は氏よりそだちかや浅香市

之進の留守の宿 おさいはさすか茶人の妻 物ずきも能く気もだて
に二人の子の親でも きやしやほねぼその生れ付風しのばしくゆ
かしくの 三十七とは見へざりし すきや廻りの掃のごひ下女中間に
もいろはせず はゝきはなさぬきれいずき露地の飛石しき松葉
石燈籠はこけむして 巌ほとなれる手水鉢植込の 木の下影
の落葉かく成迄夫婦ながらへて 子供の末を高砂の 松のさかへや
いのるらん 中むすこ虎次郎棹竹よこたへ 年季の角介杖ひつさ


15
げ露路の中にはしり入 景清是を見て 物々しやとゆふ日
かげに 打物ひらめかいて切てかゝればこらへずして はむいたる兵(つはもの)は
四方へばつとそ逃にけるえいやつとう/\とぞ打合ける ヤイ/\/\ よ
つほどにあがけよそこなぬくめ 見事男の数に入ながら江戸
の供さへ得しおらす ちいさい子を相手にして 怪我でもさするか
すきやの壁に 疵でもついたらなんとする 是虎次郎 あのばかを
相手にして日がな一日わるあがき 一々に帳に付とつさまお帰りな

されたら きつとつげる待ていやと しられていやかゝさま わるあがき
はしませぬ わしは侍じや鑓つかひならひなす 是なふ そなたも
もう十しや 其合点がいかぬか 侍は侍しれた事 去ながらとつ様を
見やいの 御前も能御加増迄下された ぶげい侍の役めづらしから
ぬ 茶の湯を上手になさるゝゆへ 人の用ひほんそうも有 ちいさい時
から茶杓の持様 茶巾さばきもならふておきや 永々の留守の
中 子供がわるふそだつたといはれては かゝがうき名も恥しい男の子は男


16
の手 ぢい様へいて大学でも読ならや 馬鹿よ供してくれかたに
つれ戻れと 内外迄に気をくばる 留守こそ心つくしなれ
おきくはさすが姉だけの 嬶様いかひお世話 少お休と指出す うす
ちや茶碗の音羽山おとなくれたるふりを見て 孝行なよふいや
つた おとなしうなりやつた 妹のおすてはうばと遊びに出たそう
な 行水も仕廻ふてか此髪はたがゆふた 万がさいくと見たの わげが
まちつとさがつた額もけんでめひそがない つとの出し様びん付き

でよふもわるふも見せる物 顔の道具相応にまゆが女子のだいじ
の物 まへ髪もこうでないかゝがなをしてやりましよと ひらくくしばこ
鏡台の 此かゝみより世の中は 人こそ人のかゝみなれ人のふり見て わが
ふりの よきもしきも身の手本 絵に書筆のすきみには 京や大坂
の上らうも 心で見れは今爰に吉野 はつせの花も見る 殿御
持ての朝手髪 ゆあがり 顔うああらひがみ 人にな見せそみだれ
がみ ねみだれかみの枕にも ねがほは猶も つゝましや ようぎは生れ


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付なれば只たしなみは黒髪の めでたからんこそ 女はめやすかるべしと
つれ/\゛草にも有といの とかく女子は髪かたち千筋となづる櫛
のはに 身持行儀のときほどき子を思ふ手につや/\と 見かはす
程に見へけれは それの 各別よい子になりやつたうそならその
鏡を見や 親のめは贔屓め他人がせうこまんこいよ 飯たきの杉
もちやつと来て おきくが髪つき見てくれい あい/\とはしり出
是は/\ 奥さまいかひお上手額付髪つきで 下地のよいお顔が猶

うつくしうならしやんして 女子でさへしん気がわくはだか身をむつ
くりとだいてねたいとほむるも有杉がはたと手を打て アゝそうじや
日頃のふしんが今はれた わしが鏡て顔を見て木地はずいふんよ
けれ共 人がほれぬいな事と思ふたが 髪のゆひ様ばつかりであつたら
此身がうもれ木じや 慮外ながらおくさまの手に二三日かゝつたら
お国中の男は 秋風にすゝきのほ なびけてやろとぞさゝめきける 親
の子をほめるはいやらしけれど 此様な娘を大ていの男にそはせるは


18
妬ましい 常々つく/\゛思うには 御家中てむこをとらば 表小せうの
笹野権三様にそはせやい きりやうはお国一番ぶげいよふて茶の
道も 弟子しゆにつゞくはない そして気立といふ物が万人にもふくま
れぬ いとしらしいかた気 男のきつすい/\といへばおきくはわらべ気
の 申かゝさま 権三様はおとなでおぢ様のやうにあらふ わしやいや/\
とかぶりふる アゝわけもない かゝは三十七のとり とゝ様は一廻りうへのとりで四十
九 是十二ちがふても見事わが身達の様な子を持た 権三さまは

一まはり下のとりで卅五 そなたはとりで十三 十二のちがひはちやうど
よい似合頃 まあ二三年して顔もなをし脇つめたらしつくりの
長門いんらう ほんに四人酉の年是も不思議 よういはずこと殿
御にもちや そなたがいやならかゝが男に持ぞや ほんい市之進殿と
いふ男をもたねば 人手に渡す権三様じやないわひのと 子を
てうあひのあひたてなく 時のざけうのふかざれも過去のあくせ
の縁ならめ サア此うへにべゝきせかへ打かけさせて見せうぞと 娘ぢまん


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鼻脂(あぶら)手を引 奥にぞ入にける 玄関に物もう 茶の間のまんがどれい
とこたへ出すかへは 笹の権三樽もたせ 岩木忠太兵衛殿は是にござらぬか
アゝ毎日お見廻なさるれどけふはまだ見へませぬ ムゝしからば奥様へ申てく
りやれ 此中は御ぶさた お留守何事なく珍重になまする 少申度
ことござれ共 いさいは忠太殿迄申入ませう 此一樽(そん)は上からの名酒 おさない方
のお慰お見廻の印と お次手に申てくりやれと いひ置帰れはアゝ申先しはらく
と走入 女房早立聞て 御口上聞た/\ 待請た様なことくるしうない

お通りなされと申ませと 櫛笥鏡台かたつけてちりはくはねの二つ
羽も ひよくの悪縁そこふかき 笹の権三は遠慮ながらつねの居間にぞ
通りける 是はよふこそお見廻と申子供方へとお心つき めつらしい持参
おり/\玄関迄御出下されても わざとおめにかゝることもなし して御用
とは何事か親忠太兵衛迄もなく 直きにお咄あそばせとへだてぬあ
いさつまめやか也 権三手をつき御しんせつ忝し 忠太兵衛殿か御舎弟甚
平殿を以て申筈 近頃そこつの願ひながら 今度御祝言おふるまひの


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御馳走 真の臺子のかざり 市之進弟子中との仰渡し 常々市之進殿お
物語一通りは聞覚へ いまだ指図絵図の巻物 でんじゆ口伝ゆるし印
可を請ざれば 押はなして真の臺子おぼへたとは申されず 天下太平長久
の御代 か様のことをつとめねば武士の奉公秀でがたし 数年のこんばう今度の
大願 まき物拝見をゆるされば 生々世々の御厚恩と額を畳に押
さげて 師弟の礼儀見えければ 扨も/\御執心御きどくなお心入 此伝
授は一子相伝にて我子の外へは伝へられず のがれぬ弟子は親子の

けいやく有てのうへ 絵図巻物も渡す事 それに付次手がましい
近頃麁相な やぶから棒と申そうかねみゝに水と申さうか 思召もいかゞ
なれど 折がな/\と兼々心にこめしゆへ申出して見まする あねむすめ
のおきくを こな様へしんぜたいとつね/\゛わたしが望み 今も今とて
お噂申せし折から かう申せばどうやら臺子のでんしゆとかへ/\よする様で
娘の威もおち大事のでんじゆの詮もなし それはそれ 是はこれの
だんかうで きくをそなたへしんずれば聟は子の相伝 市之進聞れて満


21
足第一わたしが恋むこ 押出してよい女房といふにはかぎりのないこと 先
大抵めはなそなふたひさう娘 そはするとのごはこな様のけて外に
ない なんと合点して下さんすかと いへ共恥しげにさしうつむいて返事
せず サアどうでござんすぞ ハテなんの是が恥しい 扨は娘がお気にいら
ぬの ムゝかぶりふらしやんすはいやでもない エゝしれた とうから外に約束
が有そうな そうじや/\ぬし有花はぜひがない あつたら男に恋が
さめたと立のけば アゝ是はめいわく 誰共我約束なし 木石ならぬ

わかい者 当座の色は格別極しことはゆめ/\なし 師匠の聟と申せば
聞えもよし 娘御おきく殿 私さいに屹度申受ませう ハアウ忝いお嬉しい
サア望叶ふた お侍の詞そこを押すはいかゞなから 媒なしの縁組せうこの
ため ちよつと御せいごん聞ましたい 御念入は尤 二たびふそくをかたに
かけず 市之進殿のさし料にきざまれ かばねをわうへ(?)はんにさらす法も
あれと いはせもはてずアゝもうよふござんすもつたいない けふは吉日こ
よひ臺子のでんじゆの書 印加のまき物渡しましよそれお供のしゆ


22
もどせよ 先姫にはあはせませぬ 私に似たらば定てりんきふかゝらふ
わきへ心ちらさず一筋に頼ます 悪性があつたらば此姑がりんきの腰
押 おもたせのめい酒おまへとわたしが此樽に かう手をかければけいやくの
盃した心 橋がなければ渡りがない 臺子が縁の橋わたし此橋も橋
渡し はしにて祝ふかさゝぎの身もくれないにそむる共 世にうたはるゝはし
ならん 又玄関に老女の声 女子しゆお頼ましよ 川側伴之丞妹お雪
と申者のうば ついしかおめにかゝらねど お慮外ながらおく様へひそかに

お咄申たさ おゆき使やら何やら押かけて参りし由頼まするといひ
入る 権三はつと色ちがへ 扨々思ひもよらぬやつ何用有て参つ
たぞ 我らには大禁物見付られてはめいわく どうぞぬげて帰りたいと
うろ/\眼に成ければ ハテ伴之丞の侍畜生その妹のうば なんのきづか
ひ侍畜生の因縁聞て下さんせ ぬし有わたしに執心かけ度々の状
ふみ 夫有身をふい付にする不義者 御用人しゆ迄訟(うつたへ) 恥かゝせて
と思ひしが侍一人すさるといひ 市之進帰られては生き死の有ことく


23
中使の下女に隙やつたれば 兄の不義の使に妹のうばが来たそうな
直きにあふも口おしい 留守をつかふておくから様子を立聞せう おなど共
あいさつしていふ事いはせてついいなせ 権三様をもあのばゝが 見ぬ様
にそつとぬかしていなせませ 夜に入人もしづまつてかならずお出 でん
じゆの巻物渡しましよといひ捨 奥にかくれ入 まんはきてんさいかく
者 めまぜうなづき権三をかこふ袖屏風 なふ/\おうば殿とやら 此
あついに年寄の御大儀な どれあせ拭(ぬく)ふてしんぜうと 顔にべつたり

手拭の ちゞみと皺ともみ草の どさ草まぎれ忍ぶ草権三はぬけ
て帰りける あんまり拭(のご)ふて顔かいたひか せつかくのお出におゝさまはけさ
より親ざとへ参られ ゆるりと逗留有筈 何成共わたしにおかたり
なされといひければ それならこなた頼ましよ やしなひ君のお雪様と
兄と 笹の権三様といひかはせの事あれ共 媒がなふて御祝言がおそな
わる 殊に此うばか働で一夜の枕をかはさせた その礼に権三様よりせき
た一足銀一両 是がせうこ 侍の妹に侍が疵付ては のつひきならぬ


24
大事 爰のおく様ちよつとお口をそへらると 波かぜたゝずつい埒の明く
様に 権三様と内証の後先しやんとしめて有 お子様方もある
からは 銭かね出して御きたうさへなさるゝじやごさらぬ かへのためのよい
ことは山伏いらずの御きたう しゆびよふ相済み相応のお礼 そこはうばが
のみこんだこなたもほねはぬすむまい うはべ斗の取むすびひとへ
に頼み上まする 始ての長口上ホゝ/\/\アウおはもしやとしやくりける 是
なふ そつちの心に長ければ聞耳には猶長い こなたの奥様は 礼物取て

肝煎するおく様じやごさらぬ 殊に酉のお年てこなたの様な長な
きがいみ事じや はやういんで下されとあいそなければ手もちはる
く ムゝウわしは戌で長六十 うろたへあるいて棒にあはぬさきに なが
ぼへせずこといにましよと逃ほへ してぞ帰りける おくにはえてに
ほうかいりんきしんいのいかり綱きれて しづめかねたるおりふし 父
岩木忠太兵衛 只今是へと若とうさきへつげければ 家内おそれ
しづまつて おさいもおかしからね共 親子あいその笑ひ顔 市之進


25
の留守皆きげんよふてまんぞく 虎やすてめが能あそんでひるね
をせずねぶたい 帰つてはやうねたいといふて つれたつて帰つた 夜が
みじかい はやくねせてとく起しひるあがゝせたが万病円 姉はおくにか
姫の子は十三四からはし近く出さぬがよい 姉やすてめはお身に
似たか 虎めは市之進にいきうつし こりや市之進江戸より帰つたと
いふて かゝがそばへちやつといけと 孫寵愛のたはふれ ヲゝ久しうあそ
びやつた 伯父様伯母様やかましからふ 奥へいて姉とならんでねゝ

しやゝ うばよねびへさせまいぞ やい角介 もどつたらなぜ石とうろうに
火はともさぬ 日かくれたがめに見えぬか 女子共 ぢい様のお慰み今の名
酒を少上ませともてなせば いや/\名酒より何よりすきやの庭
毎日見ても見あかぬ 市の進の物好心がのびておもしろい ヤかねて
内意咄した笹の権三 真の臺子の願ひにはわせなんだか いかふもとん
ぼりなされしゆへ 巻物渡すやくそくに極めました 出来た/\ わかい
わろのきどくな 諸げいの心がけ頼もしい しそんじあれば市之進のあ


26
やまり殿の恥辱 ひでん残さずでんじゆめさ 去ながら家の大事わけ
しらぬ下々にも 一言一句聞せまいおんみつ/\ ふけぬさきに帰あふちやう
ちんとぼせ 皆宵からやすませ夜ざとに留守を云つきやれ 又あす
見廻申そう ヤイ角介 男といふはおのれ一人 門せどに気を付い 何を
いふてもひるでもいびき角介だと 老のざれこと夕やみに 帰れは跡は
もんの戸を さすがすきしやの庭の面 わか葉の木立物ふりて 路地ほ(←数寄屋の段
のくらきとうろうの火かげ宿かるくま笹の露はほたるか蛙のこえの

かまびすく かやゝが軒に音づれて しよろ/\ながれ水の音 夜も
しん/\と更にけり おさいは縁さきに家内は寝入ほつしりと 何を
思ふととがめ手のなきが我やのとりえにて 涙も袖に落次第 エゝ
思案する程妬しい 大抵の男をかはいひ娘にそはせうか わが身
がつれそふ心にて吟味にぎんみ 思ひこふだまれ男なればこそ
大事の娘にそはする物 悋気せずにおかふか ひるのばゝめがぬかし
づらお雪様と権三様と内証しやんとしめて有 エゝ腹が立妬ましい


27
りんき者共ほうかい共いひたかいへ 伝授もひやうたんもなんのせう 臺
子も茶釜もへちまのかは エゝうらめしい腹立やと 身をえんげたに
打付て こぼす 涙の袖雫しほる ちやきんの ごとく也 ハアウアゝとへはりん
気も因果か病か 是程悋気ぶかふては 我男を手ばなして
海山へだてゝよふおくぞ 能々お主はこはいもの皆心の気瑞から
始がむこのりんきとは悪名のたね さらりと忘れうと 払へ共
猶胸こがす涙はくせと成にけり けいやくなれば笹の権三 供をも具

せずしづかに門をたゝく音 内にもこたへず走出誰しや 笹のと斗に
あくる戸を 入よりはやくはたとしめすくにすきやへ/\と 手しよく片手
に伝授の箱 ふたり忍びし有様は人の疑ひ有へしと 我身に見へぬ
障子一重 明てすきやに入にけり 是は絵図のまき物 しうげんげん
ぶくしゆつぢんのだいす 是みすの中の茶の湯の図 誠の真の臺子
とは此行幸の臺子の図 三ぶく対三つ具足つぼかざりの品々 印可
巻ゆるしの巻是を読ば口伝いらず 心しづかにゆる/\とお読な


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されませ 権三にたゝきくり返し よめば世間もしつまつて かはづの声も
更渡る 折しも川側伴之丞 四斗入の明樽下人に持せ 市之進がやし
きへいのめぐり うそ/\耳をそばだて小声に成 ヤイ 波介 内によふね
たぞ おさいがねまへ忍び込 くふぉきおふせつもる念をはらし 色の上にてたらし
こみ 真の臺子でんじゆの巻物してやり 権三めにうつそりさせう もし
人が起あふても女小者 口へ砂でもほうばらせいきぼねをあげさすな
それかゞみ突ぬけまつかせと ふみつくればそこもかゞみもすつほりと

ぬけるを 枳穀垣にぐんぐつと 葉山しげ山しげゝれといばらさはら
ず思ひ入ぬけ穴道とぞ成てけり おのれは四方見合せ跡からこい
と伴之丞 そろり/\と這くゞり 庭に出ればすきやの内にともし火
の 影は障子に男と女忍びあふ夜のさゝめこと うなづtきあふて
顔と顔よせてしつほりぬれの露 ねて仕廻ふたかまだねぬか しみ/\゛
うまい花盛 伴之丞も気は上づり すそはおるすを念がけて 先陣こされ
宇治川に ひざぶり/\のながれむしやのどをかはかし立けるが 権三が


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声にて ハアたそぞ庭へ来たそうな ハテ昼さへ人のこぬ所夜更てこれが
くる物ぞ イゝヤ今迄ないたかへるがひつしやりとなきやんだ アゝかへるも少
やすまいでは きよろ/\せずと先まき物共よましやんせ あれ又
かへるがなきますと いふ中に波介樽をくゞつて庭の内 主従一所に
立やすらふ あれ又ひつしやりいなきやんだ どうでも誰ぞ有はぢやう
ちよつとぎんみと刀追取出んとす是やらぬ 三方は高塀北は茨がき 犬猫
もくゝらぬに人の来る筈がない 独りしての気遣扨はおまへと私 こうして

いるを妬む女子が わめきにくるもおぼへがござんすの 是はめいわくさやうの覚
みぢんもない いや有いやある 媒(なこど)が口をそへればつい埒の明様に 内証
しやんとしめて有 エゝ/\/\女の身のはかなさは うはべ斗にめがくれて 胸の中を
しらなんだとわつと斗の 腹立涙 是宵からくら/\もえ返るを 姑かむこ
の悋気と 浮名がいやさにえがほつくつて こらへ袋ふつゝりと緒がきれて
是見よがしの其帯は定紋の三つ引とうらぎくと 小じたゝるいひんならべ
誰がぬふた たがやぶつた 噛ちぎつてのけふと飛かゝりむしやぶり付 ハテ此帯には


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やうすが有 ヲゝ様子がなふては様子といふが妬しい互に泣やらたゝくやら 帯
ぐる/\とひつほどきたゝみかけてなぐり 打エゝいやらし手がけがれたと たぐ
つて庭にひらりとなげ ひろへといはぬ斗成思ひのやみぞ詮かたなき
二人の影はばら/\髪いかふしても此ざま 帯といてもいられずと庭に
出んとする所を アゝ/\帯に名残おしいか ふしやうながら此帯なされ 一念の
蛇(じや)と成て腰に巻付はなれぬとひつほどいてなげ出す 権三あ
まりにむつとしてふたへ廻りの女帯 いたしたことござらぬと 同じく庭に

なげ出す すかさずひろひ伴之丞声を立 市之進女房笹の権三
不義の密通すきやの床入 二人が帯をせうこ 岩木忠太兵衛にしら
するといひ捨ぬけて出る声 なむ三宝伴之丞ゆみや八まんのがさし
と 刀ひんぬきしやうじけやぶり飛で出 燈籠の火のかげうすく さがし
あくれは波介がろたへ廻るをひつかととらへ 伴之丞は何とした わたしを捨
て出られた エせめておのれをめいどの供と 肝のたばねをぐい/\/\ え
ぐれはぎやつと斗てに二刀にぞとまりける すぐにさか手にとりなをし


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ゆん手のこわきにつゝこむ所を おさいすがつてこりやどうぞ 不義者は
伴之丞 身にくもりないおまへが何のあやまりしのぶとは アゝおろかなふたり
が帯をせうこにとられ ねみだれ髪の此ざま 誰になんといひわけせん
もう侍がすさつたこなたも人畜の身と成た エゝ/\無念やと泣けれは 扨は
おまへも私も人間はづれの畜生に成たか いか成仏ばち三宝のめうがには
つきはてた 浅ましい身に成はてたか はあつと斗にどうと伏きへ入
様になげきしが 是非もない もはや此ふたりは生てもしんでもすさつた

身 あづまにごさる市之進殿女房をぬすまれたと 後ゆびをさゝれ
ては 御奉公はおろか 人におもては合されまい とてもしぬべき命也只今一人が
まおとこと いふ不義者に成きはめて 市之進殿に討れて男の一ぶん 立
てしんぜて下されたら なふ忝けなからふと又伏しづむ斗也 いや是
不義者にならず此まゝで討れても 市之進殿の一うん立 死後に我々
くもりない名をすゝげは ふたりも共に一ぶん立 いかふしてもまおとこに成
極るは口おしい いとしや口おしいは尤なれど 跡に我々名を清めては


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市之進へめ敵を討あやまり 二度の恥といす物 ふしやうながら今爰で
女房じやおつとじやと 一言いふて下され思はぬ難に名をながし 命を
はたすおまへもいとしひはいとしひか 三人の子をなした 廿年の名染(なじみ)には
わしやかへぬぞとわつと斗嘆き くづをれ見えければ権三も無念の
男泣 五臓六腑をはき出しくろかねのねつとうが 咽を通るくるしみより
主の有女房を 我女房といふくげん百倍千倍無念ながら こうなり
くだつたぶうんのつき是非かない 権三が女房 おまへは夫 エゝ/\/\いま/\しいと

すがり合泣より 外のことぞなき サア我内のめのさめぬ中夜もみじかし
早立のかんとひつたつれは かはいや三人の子供が 母が今此ざまて 住なれた
やしきをのく共しらず 何ごとか爰に見てすや/\ね入ね顔に 暇乞をと
泣ければ エゝみれんな市之進にしゆびよふ討るゝより うき世の願ひ何
が有と 引立門をあけんとすれは 門外に提灯人足とびらくはた/\大
音上 岩木忠太兵衛笹の権三にあひに来た 誰もふさつてけつかるか明
よ/\とよばはつたり ハアゝ悲しや弟の甚平門からは出られぬ 裏門はなし塀


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たかしとんづおしつうろつくまに 我内はおきる門はたゝくぜんごにめを
つく茨垣 ヤア悪人めがけ穴我身に神の御利生と 二人手をくむ生
死(しやうじ)のちまき命のさかい四斗樽に 六道四生ぎつとつまつていごかれす
跡へも先へも酒樽と 共にさかさまさかどんぶりころ/\頃はあか月の 時は夜
明の七つかしら 二つがしらに足四本 胴は一つ酒樽にあ やむ無明の酒の
酔(えひ) 是ぞめいどに通ひ樽 ちぎりはかいらう洞穴とひとつ棺にひ
とつ穴 どこぞにうづんておけの輪かといはねど 物がいはせ樽