仮想空間

趣味の変体仮名

薩摩歌妓鑑 第八 

 

 読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/

      ニ10-02059


52(右頁四行目)
  第八 男揃への段     はやめて
物申 頼ませう /\と切声で 奴が持ちし臺の物 どれいと出る小嬪 拙者は風間要人(かなめ)よりの
お使でごはります 旦那申上ますは 伴之進様には近々吾妻へ御発足 暑気の時分長の
道中御苦労に存ます 軽微ながら扇子一箱 御餞別に進上仕ります 後刻参つて御

意得させうとの御口上でごはります 是は/\手前の旦那は只今御他行 御帰りの節御口上の次第
申上 御音物お目にかけませう 然らばお暇お使御大義 ナイ/\/\と下々でも 武士の行儀は格別
なり 結城大学の奥方岩戸 芸子笹野も夫の為がてら奉公に有付いて 生花さげて嬪ま
じり 跡に随ひ立出れば コリヤ小りん 今聞けば御家中の傍輩衆より餞別の付届け 伴之進が戻
りやつたら 先の名を忘れぬ様によういふぞ さゝのもあれが云付た 花を生けておきやつたか アイ
お座敷は薄と桔梗 かこひには鳥甲と返り咲の紅梅 ヲゝ夫レよからふ 御用に付て爺御から
呼に来た伴之進 一両日中に江戸へ発足 首尾よふ帰る返り咲は門出にはよい往け花 殊に伴之


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進も初めての旅 江戸の事も道中筋も よふ覚へている若党を 抱へてやらふと思ふて けふ二三
人目見へする筈 アイ此笹野に目利して抱へておけと若旦那の云付 ヲゝ年寄の目利より そな
たが目利しやつたら伴之進の気にいらふ 又奥様のお悪口 イヤ悪口じやない 気にすいたらば直ぐに
嫁ナア嬪共 アイ左様でござります 仕合せな笹野様 耳引てあやかろと なふらるゝ程悲しさは
笹野ひとりが身一つにせまる思ひを笑ひ顔 より親の十平治お庭前(さき)に罷出 お望の奉公
人 只今連て参りしと いへば笹野がヲゝ待兼た 奥様も是に御座なさるゝ お庭へ廻してお目
見へ早ふ あつとこたへて十平治 コレ/\若党衆 サアお目見へじや 是へ/\の詞に付て切戸口 小腰

をかゞめ立出る 袴羽織も はりま毛綿(もめん)の嶋蔵事助 跡につゞいて三五兵衛 めい/\にしられし
と 顔も形も 渡り奉公に作り髭 お庭の前につくばひ居る 兼て三五と通路の笹野 互に
心でうなづけば ヲゝどれもよい若党共 伴之進が長の旅 おもりに付ける若党なれば国所 今迄の
奉公先 よふ吟味せにや付けられぬ コレ/\笹野 一人づゝ問て見やゝと有ければ アイ/\/\と立出て
コレ/\先な奉公人 今迄は何所にいて 在所は京か田舎か 道中お江戸の事共をよふしつてかやと
尋れば 拙者は生国江戸の者 武家の奉公しからして 医者方に勤めしが じたい我等は川?(せんきう・艸冠に弓)持ち
同じ所に当皈(とうき・当帰)迄 半夏(はんげ)/\と季を重ね 傍輩と年(て?)転業 西海に子を投たれば 旦那


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茯苓致され 季中にそこを追出し業 夫レより心に莪述(がじゅつ)をはり よしや浮世は陳皮のかは 肩
に木香かたげても 地黄に大根白髪迄 かくては果しと腰にくはんぬき薬研鍔面に鍋墨
鬚人参 煎じ詰たる奉公人 誓文白述和中散 身を粉業に御奉公 定斎(ぢやうさい)なしとぞ答へ
ける 次の男の国所あもと ふもとの赤松を打わり松の油煙髭 江戸すりがらしと見へたよな 御
意の通りわつちめは 信州木曽の山家者 でつかく冷ゆる寒国の 鼻につらゝの跡嵐 もゝ立とつて
お供先 ふとか信濃の/\ハツハつめたいなけに雪国で 身を寒ざらし唐がらし 天目にこさ集
銭酒 御酒は少し給(たべ)れ共 女コあふては生諸白(きもろはく)ちろりと見るもむかついて 油くさいに酔まする

武家方には重宝な男 拙者をお抱へ下されと 事助が墨書で 立のく跡へ 年ばいも廿二三
の雛男 国所は何国(いづく)にて お江戸の勝手覚てか 私は当初室の者 推参ながら古へは 二つ刀も
さそふ為 傾城に身をひたし 広いはりまをせばめられ つかみ奉公致しても 恋しいやつに今(ま)一度
と 江戸に三年都に二年 公家武家方に奉公し 六十余州の大名 お馬印鑓印 おかご
押さへの紋印そらに覚へておりまする 御奉公は縁の物是をとりへに御召抱へ下されと いへば嶋
蔵事助も イヤ私を 身共をと頭らをさげて願ひける 奥方も興に入ヲゝ 見れば三人ながら 武
士奉公に馴たれど 江戸道中の供前は男を撰むが第一 三人の中少しでも背の高いのを抱へて


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ろふ 夫なら身共じや いやおれじやとい背競べと立ならび それ/\きびすがイヤわれがと せり合
ば気転の笹野 狆に付たる鈴取寄せ 縁先より松がえに まとふ蔓葉にくゝり付け 是で大
方五尺八寸鴨居の高さ サア此下通つて面々の つむりがさはつてこつつりがら/\ 鈴の鳴た
が御奉公 コリヤ面白いと嶋蔵が立より横へすふはりの背を延さんと廻上レドけもない鈴へは
一尺斗コリヤ叶はぬ おれが背がとゞかねば 太鼓を付けた 背高嶋でも閉口と ふりあをのいて鈴口
をうらめしそうに睨み付け 手持ぶさたに立退けば おれならではと事助が によろ鷺形(なり)に爪立れば
入日に移る影法師細長なつてもとゞかばこそ 業腹にやし飛上れど こつつり共 がら/\共 なら

ぬ事に骨折て 足の番ひを筋ばらし腰をもみ/\退く所へ 我等ならではとゞかしと 自慢さら/\
夕顔の 蔓に仕かけの有る事を 目でしらすれば點いて のし/\歩む三五兵衛 行くとゆるめる蔓
の鈴 額に当つてこつつりがら/\ サア抱へるは此人と 笹野が悦び奥方も 見かけに似ぬ高い
背じや 是で有増(あらまし)発足の用意は調ふ マアそちが名は何といふ ハイ私はぶんご左衛門 ヲゝ顔に似
合た名を付けたな 弥奉公する所存か ハア御奉公を望で参た私 お抱なされ下されうな
ら有かたづ存ます ヲゝ夫なればよい 知ても居よふが武士の奉公はまさかの時には 主の命にかは
つて死ねばならぬが合点か 成程左様でござります ヲゝ夫なれば主従の固めをせう ソレ嬪共 ふち


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方の書付渡せ 弥へふから主従じやぞ 外の二人もいかい大義 酒を呑せて帰らせよ 笹野こ
ちへと打連て 一間の内へ入る跡は 三人顔を見合せて 上首尾/\仕負せしと 三五が悦び嶋蔵事助
口を揃へ 伴之進は他行 帰りを待受けヲゝ合点 本望とぐる気遣すなと 互に囁く後ろより 嬪がばた
/\/\コレ文五左衛門殿 笹野様のおしやんす 聞きやこな様は傾城故 其身と成たはいとしぼいあ 此花は
生け余り 是を見て果しましやんせ渡しましたと走り行 三五見るより此花は鳥甲 扨は失せたる甲の
有り所 しらさん謎の鳥甲か 何にもせよ 此花を包だ紙に子細ぞあらんと ぐる/\と引ほどき 読めば
読む程大学より 外龍の甲を奪ひ取たりと 伴之進へしらせの江戸状 扨こそ/\ 是さへ有ばお家は

安穏よき証拠 ハアゝ忝しと踊り上り飛上り サア/\早ふ此状を 源二左衛門親子に見せ 片時も早く
江戸へ赴き此旨云上しられよと 源五兵衛にも云聞せ 某は敵を討て跡より/\ 急げ/\に事助
嶋蔵 逸足出してかけり行 人のない間を窺ふて いきせき走りくる笹野 のふ三五兵衛様 今おこした
花と状 よう御らうじましたかへ 見た共/\わがみの働き 殿を始め家中の悦び 夫レなら嬉しい 扨情ない
は伴之進が なびいてくれの寝てくれのと 其憎てらしさいやらしさ 是迄は身を汚さねど 万一無体
をするならばわしや殺す気でコレ懐剣 アゝわつけもない そちが殺して三五兵衛か 親の敵は誰を
打ふ何事も辛抱じや サア其辛抱はならふけれど お前に逢ぬ辛抱は わしやもふつんとよふ


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せんと抱付ばじつとしめ 人の見ぬ間のさゝめ言わりなき恋の折こそ有れ 若旦那お帰りと表玄関
ひしめけば そりや伴之進が戻つたぞ 見付られては一大事と 三五兵衛は切戸口忍んで事を窺ひける
伴之進は笹野が儘爺(てゝ)ぐみたの久兵衛二腰さゝせ伴ひて ホゝ笹野待兼ふ 云付た祈参の若
党は来て居るか アイたつた今め見へが済で侍部屋にいるはいな ハテけん/\とあれ久兵あの通り 頼
たいとは爰の事 どふぞそなたが親がいに 笹野が得心する様に とつくりといふてたも 成程/\ コリヤ娘
コレ見よ 旦那のお情で此久兵衛名を改め 結城伝七といふ侍 是程にして下さるをぶり/\する
は不孝者 なんぼ形(なり)が仁体に成ても なびいてくれねば肝心のれこにならぬ 先達てわれが身の代

金のかはりに受取た 源二左衛門の刀は伴之進様へ渡し 其刀でお前はうまい事をアゝこりや/\ それを
いふてよい物か おつと合点 殊に結城の苗字を下され 伝七は今はやり歌 天に口なし歌を以て
いはするは 侍冥加に叶ふた名 花の笹野に旦那が惚て エゝとつ様けがらはしい 歌聞いでも大事な
い アノお世話に成る若旦那の名を わりや聞いでも大事ないか ヲゝ大事ないわしやいやじや いかいおせゝ
とやりこめられ 大事ない物伝七じや物 腰のかつふり反り打廻し泥亀(すつぽん)取たらてんぷら煮てんつ
てん/\ ヲゝあんまりじやつくさんすなと突倒されて まじめ顔 イヤ/\親父はちつ共つくさぬわがつ
くす なぜといへ 三五と馴染んで居る時から執心かけた伴之進 そちから奉公望む故嬪やら妾(てかけ)や


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らに抱へたは いはいでもよふ合点で有ふがな 夫に今さら得心せぬは たはけにするのか なぶるのか イエ/\夫
でしよてからお寝間へいて 抱かれてねよふと堅めはせぬ 夫をしたれば親は頼まぬ 首筋おさへて抱
てねると 恋のせりふを裸にして いふを押へる親久兵衛 旦那お待ち娘も待つ コリヤせり合が指合ひ
だらけ親の手前を気の毒がつて 笹野もあつとは云にくかろ 爰をはづすが日頃の粋方 モウ
よいかげんにコリヤ娘 得心せよとふいと立 一腰は持ているか マアかたし失ふたとそこら見廻し ありや
こそな おれが腰にさいて居ながら たべ付けぬ侍でせつ/\恥をかくであろ 刀の冥加に尽きたかと
涙は雨やさめざやならでひよかすか口を叩きざや下げ緒引ずり入にける サア毛虫はもふ引込だ さし

向ひによい返事 殊に母もしつてなでば応といやれば直に嫁 イエ/\嫁に成る事いや 夫レなら親父や母
者人 隠居さして奥様は いや/\何にもわたしやいや フウ 是程いふに得心をせぬじや迄 ハア 是非がな
い エゝむごいめを見ざ成るまい かうはいふ物なびいてくれる気はないか イヤ/\いやじやあたいやらしい いけもせ
ぬ顔見たふない そんなりや弥いやじや/\ ハア 何とせうしよことがないと だんびら物すらりと抜き 此
鞘はわれにくれると 抜身をぬつと鼻の先へ突出し コリヤ笹野 弥いやかおうといへば コレ 此鞘へ
納る刀 又いやといふと真二つ 命おしくば此鞘へ 納る様に返事せい コリヤ さやは女 抜身は夫 サア
なびく気か なんと/\とおどしのだんびら 身うごきならぬ恋路の瀬戸 女心のあやうさこはさ 肌に


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は 汗の笹の露消へも入たこ風情也 漸に心をしづめ鞘取上 スリヤ此鞘で 返事せいでござります
な ヲゝサくどい/\ 成程さつぱりとお返事は此通りと 用意の懐剣抜く間も見せず 鞘を二つにさつ
とわり庭へ投やり サア返事は此通り 存分に成ませうと 胸をかためし逆手の懐剣 よらば切ん
ず其気色 ヲゝどうばりめらうめを一思ひには殺さぬなぶり殺し 家来参れ水もてこいの 声
より早く三五兵衛つつと出 お旦那水と鞘を逆手に突出せば 是を水とはうろたへ者 イヤサ此鞘
は盃水鞘 水と申すが誤りかな 悪事はあくでもはげにくい此鞘の中 とつくりと御らうじませと
抜出すは 目覚の有盃水ざや 中に我名の伴之進はつと仰天 っすかさず落たる鞘おつ取り

伴之進久しいなと 作り髭かなぐればヤア三五兵衛 ヲゝ親の敵そこ動(いご)くな 親内記が死骸に つき
込だるとゞめの刀と 一所に有たはソレ其汝が鞘 又此鞘の中には源二左衛門が姓名 すりかはつたが己が
天命遁れぬ所 勝負/\と詰寄ばあざ笑ひ 敵は格別追放者 立返りの科人 此方から赦
さぬ/\ ヤア家来共 三五兵衛を搦捕れと云捨てかけ入ば ヤア伴之進の卑怯者 遁さじやらじと
かけ行を 笹野は夫にしがみ付き 指向ひても有事か大勢を相手にして お前に過ち有ならば
わしや何とせう エゝ面倒(めんどい)爰放せ イヤ放さぬと とゞむる袂ふり切袖 思はずぬげて三五兵衛
が 肌には兼て用意の着込み毘沙門立につつ立ば かくと聞より奴づだ八踊り出 扶持離れの


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素浪人 笹野と相図をして置て旦那をねらふのぶとい二才め 搦捕んとよは腰むづと引
組だり ホゝゝしほらしいもつそう殿 似あつたる馬の口取れと ふりほどけばどつこいなと 強気(がうき)のづだ八手利き
の三五 中に笹野がハアゝゝとあやぶむ行司 血気の三五に刎倒され たじつく所を飛かゝり引掴み 目
より高く指上微塵になれと打付くれば うんと一声づだ八が もつそうあたま打わられ朱(あけ)に成て
ぞ のたれ伏 蜂須賀軍八飛で出 一人にては叶ふまじ 大勢かゝつて組とめよ 心得たりと捕手共
てん手に鉄刀てつ取早く 我組とめんと声をかけもみにもふてぞ「はけみしが 先にすゝむ軍
八急所を当てられ のつけに返ると引掴み 木の根にどふと打付られ 微塵に成て死でける コハ

叶はじと四人の捕手 しどろに成て引返す 伴之進飛で出 エゝ云がいなきやつ原大勢かゝつて組とめ
よと しきつていらてば母岩戸 引続いて走り出 ずつと寄て笹野が小腕手にしめ上 一間へ
入るれば伴之進 親の流儀を受つぐ三五兵衛 中々組では叶ふまい 飛道具で取まけ/\ 畏て用
意の半弓矢ぶすまつくれば三五兵衛 なんと詮方ためらへば サア腕廻せと引しぼる弓の握り 一度に
ほつきと折ければ 驚く捕手伴之進 母は横手を丁ど打 ハアしたり/\ 誠有る侍には弓折刃も立た
ぬといふが 誠にそふじや エゝ母者人何のあれが実(まこと)の侍 ソレ家来共搦捕れと 云せも果ず母の
岩戸 長刀を追取直し 伴之進が目鼻もわかず りう/\はつしと擲付け/\ エゝ儕につくいやつ 親の


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敵討つは孝行 其孝有る三五兵衛を家来に云付け 返り討にせんなどゝは卑怯未練 父の顔色
よごすのか 其儕がさもしい根性さげをるので コリヤ産だ母迄が恥しい サアおれが見る前で尋
常に勝負せい 詞を背くと此長刀にかけるがどふじや サアなんと /\/\と刃向けてかゝればアゝ早ま
るまい ハテしよことがない勝負せうと ふせう/\゛に伴之進 返り討にしてこまそと刀 提(ひつさげ)いさこい勝
負と 身がまへすれば母岩戸 床几にかゝり長刀杖 望む所の親の敵 其場はちつ共引かさじと
飛かゝつて切付るヲゝ 合点と抜合せ丁ど受け 払ふて付け込刀をば 横にはらひて受流し いらつて切
込む伴之進 飛違へて寄せ付けず 透を窺ふ虚実の構へ 勝負いかにと母岩戸かたづを

のめば両人は 命限り根(こん)限り すかさず打込む三五が刀 受はづし真甲をしたゝかに切付られ
流るゝ血汐に眼をとぢどうど倒るを起こしも立てず 又ふり上る刃の下 母は飛びおり分け入て
マア待てたべ三五兵衛殿 たつた一言いふ事有イヤ/\/\/\ 此場に及で聞事ない 暫時お待たれぬ親
の敵 そこいぬと母共に真二つ ヲゝ我子にかはる事ならば此母が切れたいはいの こなたが親を思ふ其
ごとく あれ程わるいやつなれど いくつに成ても子はかはいひ コレ三五兵衛殿 待てといふたは爰の事 こな
たが今敵を討て 父の怨(あだ)をはらすのは武士の道 尤至極なれ共 伴之進は明日大切な御用に
て江戸へ発足 今討れては忽ち殿の御用を欠く大不忠 こなたも一旦初太刀負せし上からは敵


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討たも同じ事 此場の勝負を延してやつて下されば あれが殿の御用もかゝず こなたも堪忍し
にくい所を堪忍して下さるが武士の情 今の弓も此母が折て置き こなたの命助けたも此事頼まん
為斗 女でこそ有れ私も結城大学が妻 悪い倅としりながらコレ手を合す親の心 推量
してたべ三五兵衛殿と 道を立て義を立てて表へ見せぬ涙の色 岩戸が敵は神がくれ目も
くら やみと成にけり 三五兵衛は頭を打ふりイヤ/\/\ かうがしやりに成ても浮木にまさる親
の敵 ちつ共此場は引かさぬ/\ サアそこのけと刀ふり上詰寄れば ムウしかと了簡ならぬじや
迄くどい/\ ホゝ夫レなりやこなたは主殺し イヤ此三五兵衛を主殺しとはさればいの とくよりそ

なたを三五兵衛と見付た故 主従の固めにやつた扶持方の書付 其書付が有からはなんと伴
之進は主で有ふがの こなたも家来で有ふがの サア返答はと一句に詰られ サア夫はイヤ夫
はとはサアなんと ハア エゝ此場を遁すやつでなけれど 主従と有ば是非がない 殊に源五と甲に
付いて しめし合す事も有れば 此場の勝負は待てやる エゝ命冥加な伴之進 其かはりに主従の堅め
に取たる書付 其方へ戻すからは主でない家来てないと 書付を投出せば アゝ得心して下さつて
忝い 其かはりには母が寸志の送り物と 笹野がいましめ切ほどき コレ肌をかげさぬ心中者同道
有れと突やれば 嬉しげに三五に引添ひ出て行 親伝七飛で出 顔に汁気の有る間売て喰ふ


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大事の娘 たゞやつてよい物かと 走り出るを引戻し伝七が肩先より 抜打にあばらをかけはすにず
つぱと切さぐれば はつと驚く伴之進三五兵衛も何事と 切戸蹴はなしかけ入て 母御今のは イゝエなん
でもない今切た 笹野が親子の縁切た 誠にそふじや敵は慥に ハテしれた事 眉間にしつかと封
印の敵慥に母が預つた マア夫迄はさらば おさらば 切戸をぴつしやり ようござりました