傾城恋飛脚 新口村の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1035138

 

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2
傾城恋飛脚 新口村の段
節季候(せきぞろ)だい/\ だい/\は
節季候 おめでたいは節
季候 通らしやれ/\親方
衆と違ふてこちとらは水呑

 

 

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3
百姓 こなた衆にやる米は
ないわいのと つこど(無愛想)に云はれ
こりやひどい いかさま貰ふ節
季候より 内の様子はせく
候と 逝(いね)ば女房は緯(いと)ぐるま

正月迄は休まそと納戸へ
取込おうへの塵 掃出す表へ
てい古手買紙屑 お内儀様
紙屑はないかな ヲゝいやな人じや
わいの 京や大坂と違ふて在所

 

 

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4
に紙屑はない物じや 勝手
しらぬ人じやそふな 町方へ出
て買つしやれ あほうな人と笑
はれて つぶやきながら見廻し/\
帰る程なく同行人 ふだらくや

岸打波は三熊野の 那智
おやまの詮議とは 人目にそれと
白木綿 笈摺かけた巡礼姿
お嬶様火を一つ借(かさ)つしやりませ
爰は何といふ所かな 爰は大和の


5
新口村 煙草の火は出しませぬ
手の内も法度でこんす アゝけん
どんな在所だなと 家内を
きよろ/\ねめ廻し次の村へと
出て行 ほんにけふ程うさん

らしい者のたんとくる日はない
納戸に這入も成まい ドリヤ夕飯(まゝ)
のこしらへと竈の前に取かゝる
落人の 為かや今は冬がれて
すゝき尾花はなけれ共 世を


6
忍ぶ身の跡や先 人目を包む
頬かふり隠せど色香梅川が
馴ぬ旅路を忠兵衛が いた
はる身さへ雪風に凝(こゞへ)る手先
懐に あたゝめられつ温めつ

石原道を足曳の 大和は爰
ぞ古郷の 新口村に着けるが
コレ爰はわしが生れ在所 四五丁
行ば実の親孫右衛門殿の所
なれど 不通といひ継母なり


7
殊に今の身の上をお目にかけ
るは大きな不孝 此わらぶきは
忠三郎といふて親達の家来
も同然 マア/\爰へと門の口 忠三
殿内にか アゝ久しう逢ませぬ

と つゝと這入ば女房は アノこちのは今
庄屋殿へ どこからござんして
何の用か わしや藪際の治郎
兵衛後家の媒酌(なこうど)で 近い頃
爰へ来た故 前方の近付きは


8
知りませぬが もし大坂の衆じや
ないか こちの親方孫右衛門様
の息子殿 大坂へ養子に行て
傾城とやらいふ物をたんと買ふ
て 人の金を盗み 其傾せんを

手にさけて走つたとやらすべつ
たやらで 代官所からきつい
詮議 孫右衛門様は久離切
てお上の構ひはなけれど 血
を分けた親子なれば いとしや


9
年寄てきつい案じ こち
の人も馴染故 もし此あたり
うろたへて 見付られはさしやれ
ぬかといかい気苦労 庄屋
殿から呼にはくる ヤ寄合じや

印判やと 節季師走に
爰らあたりは傾せん事でにへ
かへる アゝうたての傾せんやと
しらねば遠慮もなかりけり
二人はハツと胸に釘 打点頭(うなづい)て


10
成程/\ 大阪でも其評判
わしらは女夫づれで年籠りの
参宮 なつかしさに寄まし
たが 立ながらあふて逝(いに)たい
大坂者と云ずにちよつと

呼で来て下されぬか ヲゝ夫レは
安い事 一かへり行てきませふ
が 京のお寺が鎌田村の道
場へお下り 先から直ぐに参ら
れたも知まい 夫レてはよつぽと


11
わしが戻りも遅い コレ女中様
飯がしかけて有程に 出来
損なはぬ様に差しくべて下ん
せやと 襷はづして出て行
跡は門口はたとしめ ?(かきかね)かけて

うつとりと暫し 詞もなかりし
が コレ忠兵衛様 ほんに爰は釼
の中 斯して居ても大事ない
かへ アゝいや/\男気な忠三郎
頼んで今夜は爰に泊り 死る


12
共古郷の土 生みの母の墓所
いつしよにうづまれそなたにも
嫁姑と引合せ 未来の対面
さしたいと おろ/\涙梅川も
それは嬉しうござんせふ 去な

がら私がとゝ様かゝ様(さん)は 京の
六条数珠屋町 定めて此
間詮議に合て居さんせふ
かゝ様は眩暈持ち 若しもの事は
有まいかと 我身のうへより


13
案じられ 今一度京の二親
に 一目あふて死たふござんす
ヲゝ道理じや/\ わしもそなた
の親達に 聟じやといふて
逢ひもしたし 恩の有養子

親妙閑様や云号(いゝなづけ)のおすはへ
も不埒の侘び そなたの兄忠兵衛
殿の 志も無にした断り 今
一度しみ/\゛あひたいと 人目
なければ ないじやくり わたしも


14
たんと恩の有兄さんが猶
恋しいと 互ひに手を取り抱
合 涙のあられはら/\と袖
にあまつて窓を打 ハア雪が降る
そふなと 奥の一間は 西受けの

反古障子を細目に明け 見やる
野風の畠道 うしろしぶきの
雪吹(ふゞき)には かたげて急ぐ阿弥
陀傘 道場参りぞ つゞき
ける アレありや皆在所の


15
しつた衆 先なは樋の口の
水右衛門 ひどい呑人(のみて)じやぞい
其次は荷持瘤の伝が婆
こりや又村一番の茶飲みじや
そこへくる置頭巾は 大貧乏

で有たが 年貢に詰つて娘
を京の嶋原へ売て よい客
に請出され 金持ちの奥様に
成て 聟の影で田も五丁
蔵も二ヶ所の俄か分限 同じ


16
女郎受出しても わしはそなた
の親達に 憂目をかけるが
口惜いわいの エゝ愚痴なモウ
そんな事いふて下さんすな
/\ アノ親仁は 弦かけの藤治

兵衛 八十八で一升の飯を残
さぬ達者もの 今年はてう
ど銭百じや 其跡に子細らしい
坊主は鍼立ての道庵 あいつ
が鍼で母者人を立て殺した


17
思へは/\親の敵 アゝもふよい
わいな 今腹たてゝ何の役
に立ぬ事 アゝアレ/\あそこへ見へ
るが親父様 此世のわかれ
御暇乞 せめて余所ながら

お顔なりと拝まふと はる
/\゛と爰迄来た念願が
叶ふたか アゝ有がたい/\ エゝ/\/\
あの?子(もし)の肩衣が孫右衛門
様かいなほんに親子はあらそはれぬ


18
目元なら鼻筋なら お前に
よふ似た事わいな サア夫レ程
よふ似た親と子が 詞さへも
得かはさぬは 何とした身の因
果 アゝお年も寄り 足もとも

弱つた 是が今生のおいとま
乞でござりますと 手を合
すれば梅川は 今がお顔の見
初めの見納め 私は嫁でござん
する 夫婦は今をもしれぬ命


19
百年の御寿命すぎて後
未来で孝行いたしましよ
と 口の内にて独り言 夫婦諸
共手を合せ兎かふ 涙にむ
せび居る 孫右衛門は老足の

休み/\門を過ぎ 野口の溝
の薄氷すべるを留まる高足
駄 鼻緒は切て横様に どふど
転(まろ)べばなむ三と 忠兵衛もがけ
ど出られぬ身 梅川あはて


20
走り出 抱起しつ裾しぼり
申し/\/\ どこもいたみは致しま
せぬかへ お年寄のあぶない
事 お足も洗ひはな緒も
すげて上ませふ マア/\こちへと

手を引て 内へ伴ひ揚り口
腰膝撫ていたはれば 孫右衛門は
気の毒さ アゝ戴きます/\
となたか知らぬが忝い お蔭で
けがも致しませなんだ アゝ若い


21
女中のおやさしい年寄と思し
召て 嫁子もならぬ御介抱
もふ/\手を洗はしやつてくだ
さりませ/\ 幸ひ庭に藁は
沢山 鼻緒はわしはがすげますと

懐捜して取出す塵紙 ア申
爰によい紙がござんす 小縒
捻つて上げましよと 延?(のべ)紙
引さく其手元 ふしぎそふに
打守り 爰らあたりに見馴ぬ


22
女中 マアこな様はどなたなれば
此やうに 念頃にして下さりま
すと 顔つれ/\゛とながむれば
梅川いとゞ胸つぼらしく ハイ
わたしは旅の者 私が舅の親

父様 丁どお前の年栄(はへ)で 恰
好も生写し 外の人にする
奉公とはさら/\もつて存じ
ませぬ お年寄た舅御の 臥し
悩みの抱かゝへ孝行は嫁の役


23
御用に立て嬉しい物 嘸連れ合は
飛立つ様にござりましよ 其
紙と此神とかへて私が申し請け
連れ合の肌に付けさせて 爺御
に似た親父様の筐(かたみ)にさせたふ

ござんすと 塵紙袖におし
包む 涙にそれとはしられけり
詞の端に孫右衛門 扨はそふ
かと恩愛の 尽きぬ涙を押し
隠し コウこなたの舅に此親仁


24
が 似たといふての孝行か エゝ
嬉しうござる が腹が立ちます
わしも年たけた?めを 様子
有て久離切り 大坂へ養子に
やつたが 傾城といふ魔がさし

て人の金を盗んだとやら
あげくに所を走つた噂 此
大和は生国なれば 一七軒の
飛脚屋仲間 お上からも隠し
目附 或ひは巡礼古手買 節季


25
候に迄身をやつし 此在所は
詮議の最中 誰ゆへなれば其
傾城の嫁御故 近頃愚痴な
事なれど 世のたとへにもいふ
通り 盗みする子は憎ふなふて

縄かける人が恨めしいとは此事
久離切た親子なれば よか
らふが悪からふが 構はぬ事
とは思へ共 大坂へ養子に行て
利発で器用で身をもつて


26
身代もよふ仕上げた あの様な
子を勘当した 親は大きな?(たわけ)
者と 指ざししられ笑はれたら 其
嬉しさはどふ有ふ 今にもつい
捜し出され 縄かゝつて引かるゝ

時 孫右衛門は目水晶 よふ勘
当した出かしたと 誉られる
のが悲しうござる それを思へば
一日も早ふ往生おすくひと
拝み願ふは今まいる如来


27
御開山コレマ仏に嘘がつかれふ
かと どふどひれ伏しもだへ泣く
梅川も声を上げ 忠兵衛は障
子より手先を出し伏拝み
身をもみ嘆くぞ 道理なる

猶も涙を押拭ひ 様子聞
たか聞ぬかしらぬが 子を釣
出そふとお上の斗(がから)ひ 養ひ
親の妙閑殿 一昨日牢へ入ら
れたげな エゝと夫婦は気も


28
うろ/\ それでつく/\゛思ふには
実の親を便(たより)にしてもしも忍ん
で来はせまいか 来たらば何ぼう
不便でも 養子親への義理
有れば かくまふ事は扨置て 親が

縄かけ出さねばならぬ アゝどぐぞ
来てくれねばよいが 爰らあ
たりをまいつきはせまいかと
四年以来(このかた)逢もせず なつかしい
子の顔を 見ぬやうに/\と


29
雑行ながら神たゝきも不便さ
から アとはいふ物の 若死するも
人の一生 義理有親を牢へ
入れ おめ/\と逃げ隠れは 末世末
代不孝の悪名 所詮遁れぬ

命なら 一日なりと妙閑殿を
早ふ牢から出すのが孝行
覚悟極めて名乗て出い ←(今じゃない 下記参照)          
シタガそれもどふぞ親の目に
かゝらぬ所で 縄かゝつてくれ


30
エゝ現在血を分けた子に 早ふ
死ねと教へるも 浮世の義理か
是非もなや なぜ前方に
内証で 斯々した傾城に斯
した訳で金が入ると 便宜(びんぎ)でも

しをつたら 九離切ても親子
しや物 隠居の田地を売り立て
ても首縄はかけまいに みな
あいつが心から 其身もせまい
苦をしをつて いとしぼなげに


31
嫁御に迄 思ひも寄らぬ憂
目を見せ 知音(ちいん)近附親に迄
隠れるように身を持ちなし ろくな
死にもせぬやうに此親はうみ
付けぬ エゝ憎いやつじやと思へども

かはゆふござると泣きしづみわげ
たる 血筋ぞ哀れなる 涙の隙
に巾着より金一包み取出し 是は
京の御本寺へ 上ふと思ふた金
なれど 嫁と思ふてやるではない


32
只今のお礼の為 是を路銀
にちつとなと 遠い所へ往て下
されと 渡せば梅川押いたゞき
お心付いた此お金 逆様ながら
戴きます 大坂を立退ても

私が姿目に立てば 借竹輿(かりかご)に
日を送り 奈良の旅籠や三
輪の茶や 五日三日夜を明かし 廿(はつ)
日余りに四十両 つかひ果して
二歩残る 金故大事の忠兵衛様


33
科人にしたも私から嘸 憎からふ
お腹も立ふが 因果づくと諦めて
お赦しなされて下さりませ 親
子は一世の縁とやら 此世のわ
かれにたつた一目 逢て進ぜて

下さんせと 奥の障子を明る
を引留め アゝコレ益体(やくたい)もない/\ たつた
今もいふ通り 譬へ詞はかはさい
でも 顔見合したりや縄かけ
つか おれが口から訴人せにや


34
養ひ親への義理が立たぬ 何ぼ
義理が立てたい迚 親の手づから
どふ縄がかけられふぞいの 御尤も
でござります/\ そんなら顔を
見ぬ様にと 傍に有合ふ手拭

取 泣く/\後ろに立廻り 慮外な
がらと めんない千鳥 御不自由
には有ろが 斯さすればそばに
ござつても構ひは有るまい ヲゝヲ
忝ふござる/\ 物云ずと顔見


35
ずと 手先へなと障つたら
それが本望逢た心 親子
一世の暇乞 必ずこなたの連れ合に
物いはして下さるなと 悦ぶ中に
忠兵衛は嬉しさ余りかけ出て

親子手に手を取かはせど 互
に親共我子共云ずいはれぬ
世の義理は 涙湧き出る水上(みなかみ)と
身も浮く斗に泣かこつ 折から
聞こゆる多くの人音 二人を

 

 

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36
奥へとつきやり/\ コレ/\女中 あの
物音は慥に捕人(とりで) 此裏道の
小河を渡り 藪をぬければ
御所(ごせ)街道 早ふ/\と気をもむ
所へ 巡礼すがたの八右衛門利平

もともに蚤取り眼 役人大勢
打つれ立ち 此内がきぶさいな
と どか/\/\と込入る所へ 組子
一人かけ来り 所は長谷の山
つゞきに梅川忠兵衛と名乗る

 

 

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37
者 休みおつたを追っ取りまき
からめとらんといたせ共 中々
手に合申さずと 聞くより小頭
扨こそ/\ 来たれつゞけと
引かへせば二人も供に飛で

行く 孫右衛門は飛立嬉しさ
天の助けかかたじけないと
裏道見やつて延あがり
ヲゝそふじや/\其道じや ソレ
其藪をくゞるなら 切株で

 

 

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38
足つくなと 届かぬ声も子
を思ふ 平沙の善知鳥血の
なみだ 長き親子のわかれ
には 安かたならでやすき
気も涙々の「浮世なり
 

 

 オワリ。

 29でカットされている部分 ↓ 始めからこっちを読めばよかった。

 

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856480

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44
早う牢から出すのが
孝行 覚悟極めて名
乗つて出い ヨ ヨ アゝ今じや
ない/\ 今の事では

ないわいやい シタガそれも
どうぞ親の目にかゝら
ぬ所で 縄かゝつてくれ
・・・・・

 

 忠兵衛の逸る気持と孫右衛門の葛藤が切なくて泣けます。

 

 

 

孫右衛門宅跡   奈良県橿原市新口町

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 今も更地のまま。ふたりが逃げた裏道は孫右衛門が「小川を渡り藪を抜けると御所街道」と言っているので西の方(写真奥)だと思われる。西へ出て南下すると御所市。御所街道は調べてみましたがわかりませんでした。