仮想空間

趣味の変体仮名

義経記 巻第二

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287993

参考にした本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2574943?tocOpened=1

 

 

2

義経記巻第二目録

 かゞみのしゆくかがうどうの事

 しやなわう殿げんぶくの事

 あのゝぜんじに御たいめんの事

 よしつね見さゞ木がたちやき給事

 いせの三郎はじめてしんかになる事

 義つねはじめてひでひらに御たいめんの事

 鬼(き)一ほうげんの事

 

 

3

義経記巻第二

  かゝみの宿(しゆく)にて吉次宿(やど)にがうどう入事

そも/\都ちかき所なれば人めもつゝまじくて。けいせい

のはるかのばつざにしやなわう殿をなをしける。をそれ入

てぞおぼゆる。さけ三ごんすぎて長者吉次が袖にとり

つきて申けるは。そも/\御辺は一とせに一度二年に

一度此みちをとをらぬ事なし。されどもこれほどいつくし

き子ぐし奉りたる事これそはじめなり。御身のため

にはしたしき人か又は他人かとぞとひける。したしくは

なし又他人にてもなしとぞ申ける。ちやうしやなみだ

をはら/\とながしあはれなる事ともかな。なにしそい

きてはじめてかゝるうきめを見るらん。たゞむかしの御事

 

 

4

今のこゝちしてそおぼゆるぞや。此殿のたちふるまひ客

身(しん)さまかうの殿の二男。ともなが殿にすこしもたがひ給

はぬものかな。ことばのすえをもつてもぐし奉りたるかや

ほうげんへいぢよりこのかたけんじのしそん。こゝやかし

こにうちこめられておはするぞかし。せいじんして思ひ

立給ふことあらばよく/\こしらへ奉りてわたし参ら

せ給へ。かべにみゝいはにくちといふことあり。くれないは

そのふにうへてもかくれなしと申ければ。吉次申けるは

なんぞそれにては候はず。身がしたしきものにて候

と申けれども。長者人はなにともいはゝいへとてざしき

を立ておさなき人の袖をひき。かみのざしきになをし

奉りさけをすゝめて夜ふかければ わかかたへぞ入奉る。吉

 

次もさけにえひふしにけり。その夜かゞみの宿(しゆく)にふたう

の事こそ有ける。そのとしは世の中ききんなりけれ

ば ではの国に聞ゆる。せんどうの大将にゆりの太郎と

申ものと。えちごの国に名をえたるくびきこほりの住

人ふぢさはの入道と申もの二人かたらひ。しなの国にこ

えてさんのごんのかみのしそく太郎。とをたうみの国に

かまの与一。するかの国におkさつの十郎。上野にとよをかの

源八以下のものども。いづれもきくゆるぬす人むねとの者

廿五人。そのせい七十人つれてとうかいたうはすいびす。少

よからん山家(が)/\にいたりける。とく人あらばをひおとして

わかたう共にけうあるさけのませて。みやこに上り夏

もすぎ秋かせたゝば北国にかゝり国へ下らんとて。やど

 

 

5

やど山家/\にをし入をしとりてぞのぼりける。その夜か

がみのしゅく長者の軒をならべてやどしける。ゆりの太郎ふ

ぢさはに申けるはみやこに聞えたる吉次といふかねあき人。

おうしうへ下るとておほくのうり物をもち、こよひ長者

のもとにやどりたり いかゞすべきといひければ。ふぢわは

入道じゆんふうにほをあげさほさしをしよせて。しやつ

があきない物とりてわかたう共にさけのませてとをれ

とて出たちける。くつきやうのあしがるども五六人はらま

きてあぶらさしたるくるまたいまつ五六たひに火を

つけて。天にさしあげければ。ほかはくらけれ共うちは

日中のやうにこしらへ。ゆりの太郎とふぢさは入道と

は大将として。其せい八人すれて出たち。ゆりはからもよ

 

きのひたゝれに。もよぎおどしのはらまきゝて。おりえほ

しに打かけして三尺五寸の太刀をはきてぞ出にける。

ふぢさはゝかちんのひたゝれに。くろかはおどしのよろひきて

かぶとのをくしめ。くろぬりの太刀にくまのかはのしりさや

入。大なぎなたをるえにつき。夜半ばかりに長者のもと

にうちいりたり。つと入て見れば人もなし。中のまに入

て見れども人もなし。こはいかなる事ぞとてれんちう

にるかくみだれ入て。しやうじ五六けんきりたをす。吉次

是におどろきかはとおきて見れば。鬼王(きわう)のごとくに

て出きたる。これはむねたかゞざいほうにめをかけて出き

たるをしらず。げんじのきんだちぐし奉りおうしうへ

下る事。六はらに聞えてうつてのむかひたると心得て

 

 

6

取ものもとりあべす かいふいてぞにげにける。しやなわ

う殿これを見給ひて。すべて人のたのむまじきものは

つぎのものにてありけるや。かたのごとくもさふらひなら

ばかくは有まじき物を。とてもかくても都を出し日よ

りしていのちをばたからゆへにすて。かばねをばかゞみ

のしゆくにさらすべしとて。大口の上にはらまき取て

引かけ。太刀とりわきにはさみ。からあやのこそで取

て打かづき。一まなるしやじの中をするりと出。びやう

ぶ一よろひひきたゝみまへにをしあたる八人のぬす人。

今やとまち給ふ。吉次めに目ばしはなすなとておめ

いてかゝる。びやうぶのかげに人ありとはしらてたいま

つをふつてさしあげ見れば。いつくしきともなのめ

 

ならす南都山門に聞えたるちごくらまを出給へる事

なれば。きはめて色しろくかねくろにまゆほそくつく

りて。きぬかつき給ひけるを見れば。まつらさよひめか

ひれふるのべにとしをへし。ねみだれてみゆるまゆずみの

うぐひすのは風にみだれぬべくぞ見え給ふ。がんそうく

わうていの代(よ)なりせば やうきひともいひつべし。かんの

ぶていの時ならばりふじんかともうたかふべし。けいせいと

こゝろえてびやうぶにをsまとひてぞとをりける。人

もなきやうにおもはれていけてはなにのえきあ

るへき。すえのよにいかゞしければよしともの子うし

わかといふもの。むほんをおこしおうしうへくだるとて。

かゞみのしゆくにてがうどうにあひてかひなきいの

 

 

7

ちいきて。今またかたじけなくもだいじやう大臣に

心をかけたりなどゝいはれん事こそかなしけれ。とて

もかくてものがるまじとおぼしめし。太刀をぬきたせ

いの中へはしり入給ふ。八人はさうへさつとちる ゆりの太

郎これを見て。をんなかとおもひたれはよにかうな

るおのにてありけるものをとて。さん/\にきりあふ

一太刀にとおもひて。もつてひらひてむずとうつ。大

のおとこの太刀のすんはのびたり。てんじやうのふちに

太刀うちつらぬきひきかぬるところを。小太刀をも

つてちやうとうけとめ。ゆんでのかひなに袖をそへて

ふつとうちおとし。かへす太刀にくびうちをとす。藤

さは入道はこれを見てあゝきつたり。そこをひく

 

なとて大なきなたうちふちてはしりかゝる。これにかゝり

あひてさん/\にきりあひ給ふ。ふぢさは入道なぎなた

をくきながにとりてするりとさし出す。はしりかゝり給

ふたちは聞(きこ)ゆるつるぎなれば。なぎたなのえつんど

きりてぞおとされけり。やがて太刀をぬかんとしけるを

ぬきもはてさずきりつけ給へば。かぶとのまつかうし

やつらのけてきりつけ給ひけり。吉次はものゝかげに

てこれを見ておそろしきとのゝふるまひかな。いかにわ

れをきたなしとおほしめさるらんとおもひ。ふしたりけ

るちやうだいへつと入はらまきとつてき。もとゞりと

きみだし 太刀をぬき てきのすてたるたい松うちふ

り。大にはにはしり出てしやなわう殿と一つになり

 

 

8

て。をつつまくつさん/\にたゝかひ。くつきやうの者ども

五人やにはにきりたまふ。二人は手をひゝて北へゆく 一

人おひにがす。のこるぬす人のこらずおちうせけり。あくれ

はやとのひがしのはづれに五人がくびをかけ。ふだを

かきてぞそへられけるをとにもきくらんめにも見よ。

ではのくにのぢう人ゆりの太郎。えちごのくにの住

人藤さは入道以下のくび。五人きりてとをるものをなに

ものとか思ふらん。かねあき人三条の吉次がためにはゆかり

有。是を十六にてのういわざよくはしきむねを聞(きゝ)たくは。

くらまのとう光坊のもとにてきけ。承安二年二月四日

とぞかきて立られける。さてこそ後には源氏の門出し

すましたりとてしたをまきてぞおぢあひける

 

 

9

其日かゞみのしゆくをたち給ひけり。吉次はいとゞ

かしづきたてまつりてぞくだりける。をのゝすりは

りうちすぎて ばんばさめがいすぎければ。けふもほ

どなくゆきくれてみのゝくに あふはかのしゆくにぞ

つき給ふ。これはよしともあさからずおもひたまひ

ける。ちやうじやがあとなり あにの中宮のたゆふの

はかどころをたづね給ひて。御いであり夜どゝもに

ほけきやうどくしゅして。あくればそとばをつく

りみづからぼんじをかきてくやうしてぞとをら

れける。こやすのもりをよそに見て くぜ河をうち

わたり。すのまた河をあけぼのになかめてとえおり

つゝ。けふも三日になりければおはりのくにあつた

のみやにつきたまひけり

 

 しやなわう殿げんぶくの事

あつたのさきの大ぐうじはよしとものしうとな

り 今の大ぐうじはこじうとなり。ひやうえのすけ殿

のはゝ御ぜんもあつたのそとのはまといふところに

ぞおはします。ちゝの御かた見とおぼしめして吉

次をもつて申されければ。大ぐうじいそぎ御むか

ひに人を参らせ入たてまつり。やう/\にいたはり

たてまつりける。たがてつぎの日たゝんとし給へは。

さま/\にいさめごとに参りとかくするほとに。三日

だでそあつたにおはします。しやなわう殿 吉次

におほせられけるは。わらはにてくたらんはわろ

 

しかりえほしなりともきてくだらばやとおもふはい

かにすべき。吉次いかやうにも御はからひ候へとぞおほせ

ける。大ぐうじえぼしたてまつりとりああげえぼしを

ぞめされける。かくてくだりひでひらが名をばなにと申

そととはんとき。しやなわうといひておとこになりたる

かひなし。これにて名をかへずしてくだりつきたら

ば。さだめてげんぶくせよといはれんずらん。ひでひら

はわれ/\がためにはさうでんのものなり。たのそ

しりもあるぞかしこれはあつたのみやうじんの御まへ。し

かもいひやうえのすけどのゝはゝ御ぜんもこれにおはしま

す。これにておもひたゝんとてしやうじんけつさい

して大みやうしんに御まいりあり。大ぐうじ吉次も

 

 

11

御ともつかまつり二人におほせけるは。さまのかうの殿

の子とも ちやくしあくげんだ。二男しんともなか。三男

ひやうえのすけ。四かは殿 五郎はけんしのきみ 六郎は

京のきみ。七郎はあくぜんじのきみ。われはさまの八

郎とこそいはるべきに。ほうげんのかせんにはくぶちん

ぜいの八郎。名をながしたまひし事なれば。その

あとをつがん事よしなし。すえになるともくるし

かるまし。われはさまの九郎といはるべし。じつみやう

はおうぢはためよし。ちゝはよしとも。あにはよし

ひらと申ける。われはよしつねといはれんとて。き

のふまではしやなわうどの けふはさまの九郎よし

つねと。御げんぶくあそばしけるこそめでたけれ。

 

 

12

あつたのみやをすぎ なにとなるみのしほひがた。みかはの

国八はしをうちこえて。とをたうみの国はまなのはしを

うちながめてとをらせ給ひけり。日ごろはなりひら山かげ

中将などのながめける。めいしよ/\はおほけれども うし

わか殿うちとけたる時こそおもしろけれ。おもひある時

は名所もきうせきもなきならずとてうちすぎ給へば。

うつの山をこえ過てはるがなるうき嶋が原にぞ着給ひける

 

 あのゝぜんじに御たいめんの事

これよりあのゝぜんじの御もとへ御つかひ参らせ給ひける。

ぜんじ大きによろこび給ひて御ざうしを入たてまつ

り。たがひに御めを見あはせてすぎにしかたの事と

もかたりつゞけ給ひて。御なみだにむせび給ひけり。

 

 

13

ふしぎの御事かなはなれしときは二さいになり給ふ。

この日ころはいづくにおはするともしりたてまつら

す。これほどにせいじんしてかゝる大事をおもひたち

給ふうれしさよ。われもともいうちいで一しよにて

ともかくもなりたく候へども。たま/\しやくそんの

きやうほうをまなんで。ちんしやうのかんしに入しよ

りこのかた。さんえをすみにそめぬればかつちうを

よろひ。きうせんをたいする事いかにそやとおもへば。

うちつれたてまつらず。かつうはかうのとのゝ御ぼ

だひをもたれかはとふらひ奉らんが。つうは一門の人

/\のいのりをこそ仕候はんずれ。一か月をだにもそひ

たてまつらずはなれたてまつらん事こそかなしけれ。

 

 

14

行衣のすけ殿もいづのくにほうでうにおはしませども。

けいごのものどもきびしくしゆごし奉ると申せば。ふみ

をだに参らせずきんじよをたのみにてをとづれもな

し。御身とても此たびげんざんし給はん事不定(ふちやう)な

れば。ふみをかき給へそのやうを申べしとおほせ

られければ。ふみかきてあとにとゞめをき その日はい

づのこくふにつき給ふ。夜もすがらきねん申されけるは。

なむ御堂大明神 そうたうごんげん きちしゃうこま

かた。ねがはくはよしつねを三十万ぎの大将軍となし

給へ。さらぬほかはこの山よりにしへこえさせ給ふなと。せい

/\をつくしきせいし給けるこそ十六のさかりには

おそろしき。しがらのしゆくをうちすぎてむさしのゝ

 

 

15

ほりかねのいをよそに見て。さいご中将のながめけるふ

かきよしみをおもひて。しもつけの国しやうたかのといふ所

につき給ふ。日かずふるほどにしたがひて都はとをくあ

づまはちかくなるまゝに。其夜は都のことおぼしめし出

されける。宿のあるじをめして是はいつくの国ぞと御とひあ

りければ。しもつけの国と申ける此ところはこほりか

庄かとの給へば。下野の庄とぞ申ける 此庄の領主は

たれといふぞ。少納言しんせいと申せし人の母かたの

おうぢ。みさゝきの介と申人のちやくし。みさゝきの兵

衛とぞ申ける

 

 よしつねみさゝきがたちをやき給事

急度(きっと)おぼしめし出されけるは。よしつねが九のとし く

 

らまのてらにありてとうくわうばうのひざの上にいねちゃ

りし。あはれおさなき人のおめのけしきや。いかなる人のきん

だちにてわたらせ給ひ候やらんといひしかば。これこそさ

まのかみ殿のきんだちとの給ひしかば。あはれすえのよに

平家のためには大事かな。此人々をたすけ奉りて

日本国にをかれん事こそ獅子虎を千里の野へはな

つにてあれ。せいじんし給ひ候はゝひつぢやうむほんをお

こし給ふべし。きゝもをかせ給へしぜんの事のそうろうはん時

御たづね候へ。しもつけの国にしもさへと申ところに候と

いひしなり。はる/\とおうしうへくだらんよりもみさゝ

きがもとへゆかばやとおぼしめし。吉次をは下野のむろ

やしまにてまて。よしつねは人をたづねてやがてを

 

 

16

ひつかんずるぞとてみさゝきがもとへそおはしける。吉次は

こゝろならずまづ立参らせておうしうへくだりける。御

ざうしはみさゝきか宿所へぞたづねて御らんずるに。

まことに世にありしとおぼしくてもんいんはくらをき馬ど

も其かづひつ立たり。さしのぞきて見給へばとをさふ

らひにくつきやうのwかきものども五十ばかりいながれ

たり。御ざうしは人をまねきよせて御うちにあんない

申さんとの給ひければ。いづくよりぞと申 京のかた

よりかねてげんざんに入て候ものなりとおほせけり。

しうに此ことを申ければ いかやうなる人ぞと申せば。

其すがたしんじやうにましますと申ければ。さらば

これへと申せとて入たてまつる。みさゝきいかなる人

 

にてわたらせ給ふぞと申ければ。ようせうにてげんざ

んに入て候し御覧じわすれ候や。くらまのとうくわう

坊のもとにてなに事もあらんとき。たづねよと候し

程に万事たのみ奉りてくだり候と仰られければ。み

さゝき此事をきゝて かゝる事こそなけれ。せいじんたる

子どもはみな京に上りて小松どのゝ御うちにあり。われ

/\が源氏にくみせば。二人の子どもいたづらになるべし。

とおもひわづらひて。しばらくうちあんじ申けるは。さ

おぼしめしたゝせ給ひかしこまつて候へとも。へいぢのみ

だれのときすでにきやうだいちうせられ給ふべく候へ

しを。七条しゆしやかのかたにきよもりちかづかせ給

ひて。其ほうしによりいのちをたすからせ給ひぬ。老(らう)

 

 

17

不定(ふちやう)のさかひさだめなき事にて候へども。きよもり

いかにもなり給ひてのち。おぼしめしたゝせ給ひ候へ

かしと申ければ。御ざうしきこしめてあはれきやつは

日本一のふかくじんにて有けるや。ああhれとはおぼしめしけ

れ共ちからをよばす。其日はくらし給ひけり。頼まれざらん

物ゆへに執心も有べからずとて。其夜の夜半ばかりにみ

さゝきの家に火をかけて。残る所もなくさん/\にやき

はらひてかきけすことくにうせ給ひける。かくて行には下

野国よこ山の原 むろのやしま しのゝ河 せき山に。人を付(つけ)

られてかなふまじと思召て。すみだ河へんを馬にまかせ

てあゆませ給ひける程に。馬のあしはやくて二日にとを

りける所を。一日にかうつけの国いたはなといふ所に着給けるり

 

 

18

  いせの三郎よしつねの臣下にはじめてなる事

かくて日もくれかたに成ぬ。しづがいほりはのきをならべて

有けれ共一夜をあかし給ふべき所もなし。ひき入て まや一

つあり なさけあるすみかとおぼしくて。竹のすいかきにまき

のいた戸をたてたり。池をほり みぎはにむれいる鳥をみ

給ふにつけてもなさけありて御覧すれば。庭にうち入

えんのきはにより給ひて御内へもの申さんと仰られ

ければ。十二三ばかりなるはしたもの出て なに事と申け

れば。此家にはをのれよりほかにおとなしきものはなきか。

人あらは出よ いうべき事ありとてかへされければ。主(しう)に此

よしをかたる やゝ有てとしのほと十八九ばかりな???(るめの)

わらはのゆふなるが。一まのしやうじのかげよりなにこと候

 

 

19そと申ければ。京の者にて候が当国のたこと申所へ人

をたづねて下り候げ。此へんのあんないしらず候 日ははやく

れぬ一夜の宿をかし給へとおほせられkれば。此女申ける

は やすきほどにて候へどもあるじにて候もの留主(るす)にて候

が。こよひ夜ふけてこそ来(きた)り候はんずれ。人にたがひてなさ

けなきものにて候いかなる事をか申候はんずらん。それこそ

御ためいたはしく候へいかゝすべき。よのかたへも御入候へかしと

申kれば。とのゝ入せ給ひてむねんの事は其時こそ虎

ふすのべにもまかり出候はめと仰られけれは。女思ひみだ

したり 御ざうし今夜一夜はたゝかし給へ色をもかを

もしる人ぞしるとて。とをさふらひへするりと入てぞおは

しける。女ちからをよばすうちに入ておとなしき人にいかに

 

せんするぞといひければ。一河(か)のながれをくむもみなこれ

たしやうのえんなり。なにかくるしく候べき とをさふらひ

にはかなふまじ。一ま所へしやじ奉りさま/\のくわしを

取いだして御酒すゝめ奉れ共。すこしもきこしめし入給

はず女申けるは。此家のあるじは世にこえたるえせ者

候あひかまへて/\見えさせ給ふな。御ともゝ火をけししや

うじひきたてゝ御やすみ候へ。八こえの鳥もなき候はゝ御心

ざしのかたへいそぎ/\御出候へと申ければ。うけ給候ぬ

とぞ仰ける。いかなる男をもちてこれほどにはをづらん。を

のれがおとこにこえたるみさゝきか我にだに火をかけ。

さん/\にやきはらひて是まて来りつるぞかし。ま

してやいはん女のなさけ有てとゞめたらんに。おとこ来

 

 

20

りてにくげにも申さばいつのためにもちたる太刀ぞ。

これこさんなれとおぼしめし太刀うきかけてひざの下に

しき。ひたゝれの袖をかほにかけてそらねいりしてぞま

ち給ふ。たて給へと申つるしやうじをばことにひろくあけ。

けし給へと申つる火をばいとゝたかくかきたてゝ。夜の

ふくるにしたがひて今や/\と待給ふ。ねの刻ばかりに

成ぬればあるじのおとこ出きたり。まきのいた戸をゝし

ひらき内へ入をみ給へば。としの頃卅四五ばかりなるおと

このあしの落(おち)ばつけたるあさぎのひたゝれに。もよきお

どしのはらまきに太刀はいて。大の手ぼこをつえにつ

き。我にをとらぬわかたう四五人。いのめほりたるまさ

かり やいばのないかま なぎなた ちぎりき さひぼう。手々(てに/\)

 

打もちてたゝ今ことにあふたるけしきにて。四天王のごと

くにして出きたる。女の身にてをそれつるもことはりかな。き

やつはけなげものかなとぞ御覧じける。彼(かの)おとこ二間(ま)に

人ありと見てくつぬぎにのぼりあがりける。大のまなこを

見ひらきて太刀取なをしこれへとぞ仰られける。男はけ

しからず思ひて返事も申さす。しやうじ引たてゝあしはや

に内に入。いかさまにも女にあふてにくげなる事いはれ

んずらんと思食(おほしめし)て。かべにみゝをあてゝ聞給へは やこぜん

/\とをしおどろかせは。しばしはをともせずはるかにして

ねさめたるふぜいしていかにといふ。二間にねたる人はた

れととふ われしらぬ人なりとぞ申ける。されともしられ

すしらぬ人をばおとこのなきあとにたれかはからひ

 

 

21

にをきたるぞとよににくげに申ければ。あは事にて出

きたるそと聞召(きこしめし)ける程に。女申けるはしらぬ人なれども

日はくれぬ行がたはとをしとうちわび給ひつれ共。人のお

はしまさぬあとに とめ参らせては御ことばのすえも し

りがたくはんべれば かなはじと申つれ共。色をも香をも

しる人ぞしると仰られつる御ことばにはぢて。今夜の宿

を参らせつるなり。いかなる事有ともこよひばかりはなに

かくるしかるべきと申けれは。男扨も/\わごぜをばしが

の都のふくろ心は。あづまのおくのものにこそ思ひつるに。

色をも香をもしる人ぞしると仰られけることばのすえを

わきまへて。宿をかしぬるこそやさしけれ。なに事あり共

くるしかるまじきぞこよひ一夜はあかさせ参らせよと

 

そ申ける。御ざうしあはれしかるべき仏神の御めくみかな。に

くげなる事をだにもいはゞゆゝしき大事は出きたるとお

ぼしめしけるに。あるじいひけるはいかさまにも此殿はたゞ人

にてはなし。ちかくは三日とをくは十日のうちに事にあふ

たる人にてぞあるらん。我も人も世になしものゝちうじ

ちうようにあふことつねのならひなり。御酒を申さばや

とて様々のくわし共をとゝのへて。はしたものにへいじ

いだかせて女をさきにたてゝ二間に参り。御酒すゝめ奉

る されともあへてきこしめし給はず。あるじ申けるは。御

酒きこしめし候へいかさま御用心とおぼえ候。すがたこそあ

やしの男にて候ともそれがしかくて候うへは。御とのい

仕り候べし人はなきかとよびければ。四天(してん)のことくなる

 

 

22

おとこ五六人出きたる。御客人をまうけ奉るぞ御用心と

おぼえ候。こよひはねられ候な御とのい仕れといひければ。

承はり候とてひきめのをと。弓のつるおしはりなんどし

て御とのい仕り。わが身もでいのしとみあげてとうだい

二所に立(たて)て。はらまきとつてそばにをき。弓をしはりや

たばねといてをしくつろぎて。太刀とつてひざの下にをき

あたりにいぬのほえ。風のこずえをならすをもたれあれ

きれとぞ申ける。其夜はねもせてあかしける。御ざうし

あはれきやつはけなげものかなとおぼしめしけり。あ

くれは御たちあらんとし給ふを。様々に申とゞめ奉り

かりそめのやうになりつれとも。是に二三日とゝまり給

ひけり。あるしの男申けるはそも/\都にてはいかなる人

 

にてわたらせ給ひ候ぞ。我らもしる人の候はねばしぜんの時は

たづね参らすべし。今一両日も御とうりう候へかしと申。東(とう)

山道(さんたう)へかゝらせ給ひ候はうすいのたうげ。あしからまでを

くり参らすべしと申ければ。都になからんものゆへにたづね

られんといはんもせんなし。この者を見るにふた心なんどは

よもあらじしらせばやとおぼしめし。これはおうしうのかたへ

くだる者なりへいぢの0らんにほろびし下野のさむのかみがす

えの子にうしわかとてくらまに学文(がくもん)して候しが。今男に

なりてさまの九郎よしつねと申者なり。おうしうへひで平

をたのみてくたり候。今しぜんとしてしる人になりたる事のう

れしさと仰られければ。あるしのおとここれはいかにと云

まゝに御前(まへ)へ参りて。御たもとにしかととりつき。なにと

 

 

23

もものをばいはずしてはら/\とぞなきいたり。あらむざん

やこなたよりとひ奉らすばいかでかしり奉るべきぞ。我

/\がためにはぢうだいの君にて御わたり候物を。かく申せ

はいかなる者ぞとおほしめすらん。おやにて候しものはい

せの国ふたみの者にて候。いせのかんらいよしつらと申て

大神宮のかんぬしにて候けるが。一とせ都にて清水に

まふで給ひしに。下向の折ふし九条の上人と申に乗

あひし。これをざいくわにて上野国なか嶋と申所にな

がされ参らせて。とし月ををくりしに故郷をわすれん

其ためにさいぢよをまいけて候けるが。やがてくわいに

ん仕り七月になり候に。かんらい終に御しやめんもなくこの

所にてむなしくなる。其のち母にて候ものゝたいないに

 

やとりながらちゝにわかれて。くわほうつたなきものなり

とてすてをき候を。母かたのおうぢにて候者ふびんの事

とおもひてどだてられ。せいじんし十三と申にけんぶく

せよと申候しに。わがちゝといふ者いかなる人にて有けるやと

母にとひし時。母はなみだにむせびとかくの返事も申さず。

しばらく有てなんぢかちゝはいせの国ふた見のうらの人

とかや。名はいせのかんらいよしつらといひしなり。さまのく

の殿のことにふびんにおぼしめされしに。おもひの外の事

ありて此国に有し時。をのれをくわいにんして七月と申

についにむなしく成しなりと申しかば。ちゝはいせのかん

らいといひければ我をばいせの三郎と申。ちゝがよしつら

と名のれば我はよしもちと名のり候。此年頃平家の

 

 

24

よになり源氏はみなほろびはてゝ。たま/\残りとゞま

り給ひしもをしこめられ。ちり/\にならせ給ふと承はりし

程に。たよりもしらず候へば尋ね参らする事もなし。心

にものを思ひしにたゞ今君をおがみ参らせ候こと。三世

のちぎりと申ながらひとへに八まん大ぼさつの御引あはせ

とこそ存候へとて。こしかた行すえの物かたり共をたがひに

申給ひつゝ。たゞかりそめのやうにありしかども。その時

御めにかゝり参らせて又心なくして御供申。おうしうへ

くだり治承四年源平のみだれ出きしかは。御身にそふかげ

のことくにてかまくら殿御中(なか)不快にならせ給ひしときま

でも。おうしうに御ともして名をこうたいにあげたりし。

いせの三郎よしもりとは其ときのやどのあるじなり。

 

 

25

よしもり内に入て女ばうにむかつていかなる人そと思ひしに。

我がめには相伝の御主にてわたらせ給ひけるぞや。されば

是よち御供しておうしうへ下るべし。わごぜは是にて明(みやう)

年の春のころまで待給へ。もし其頃もすぎゆかははじめ

て人にも見え給へ。ととひ人に見え給ふ供よしもちが事

忘れ給ふなと申ければ。女ばうなくより外の事ぞなき。

たゝかりそめの旅だにもあるじの跡はものうきに。あがて

わかるゝおもかげのいつのよにかは忘るべきとなげゝどかひそ

なかりけり。かうの者のくせなれば一すぢに思ひきりて。やが

て御供してぞくだりける。下野のむらのやしまをよそに

見て。うつの宮の大明神をふしをがみ行かたのはらにさし

かゝり。さねかたの中将のあたりの野べのしらまゆみ。をしは

 

 

26

り すびきし かたにかけ。なれぬほどはいづれをそれんなれて

のゝちはそるぞくやしきとながめけん。あたりの野べを見

てすぎあさかのぬまのあやめ草。かけさへみゆるあさか山まづ

/\なれにししのぶの里のすり衣など申ける。名所/\をみ

給ひてたでの郡あつあkしの中山こえ給ひて。また明ぼのゝ

事なるに道行(みちゆき)とをるを聞給ひて。今をひつひて物と

はん此ヤマハ当国の名山にて有なるにとて。をつゝひて

見給へど御さきに太刀た吉次にてぞ有ける。あき人

のならひにて爰かしこにて日をくりける程に。九日さ

きに立参らせたるが今をひつき給ひける。吉次御ざうしを

見つけ参らせてよにうれしくぞ思ひける。御さうしも

御覧じてうれしくぞ思召。みさゞきが事はいかにと申

 

ければ頼まれず候間。家に火をかけてさん/\にやきは

らひ。是まで来(きた)るなりと仰られければ。吉次今の心ちし

ておそろしくぞおもひける。御ともの人はいかなる人そと申

せは。上野のあしがらの者ぞとおほせられける。今は御

供も入まじ君御着(つき)候て後尋ねてくだり給へあとにさ

いしのなげき給ふべきもいたはしくこそ候へ。しぜんの事候

はん時こそ御とも候はめとて。やう/\にとゞめkれはいせ

の三郎をば上野へぞかへされけり。それよりして治承

四年をまたれけるこそ久しけれ。かくて夜を日ちついで

くだり給ふ程に。竹くまの松あふくま河と申名所/\

を過て。みや木野のはらつゝじのをかをながめて。ちかの

しほがまへまうで給ふ。あたりの松まがきのしまを見て

 

 

27

けんぶつ上人のきうせきまつ嶋をおがませ給ひて。むらさ

きの大明神御まへにぞ参り給ひ。御きせい申させ給ひ

てあねはの松をうちながめ。くりはらにも着給ふy吉次はく

り原の別当の坊に入奉りて。わが身は平泉へぞ下りける

 

  よしつねひで平に御たいめんの事

吉次はいそぎひて平に此よし申ければ。折ふしかぜの心

ちしふしたりけるが。ちやくしもとよしの冠者やす平二男

いづみの冠者ものと平をよびて申けるは。さればこそすぎ

にし頃黄なるはときたつて。ひで平が家の内へとび入と

ゆめに見えたりしかば。いかさま源氏のをとづれ承らんずいさ

うやらんと思ひつるに。かうの殿のきんだち御くだり有

こそうれしけれ。かきをこせとて人のかたををさへてえほ

 

しとつてひつこみ。ひたゝれとつて打うけ申けるは。此殿はおさな

くおはすか共狂言きぎよのたはふれも。仁義礼智信もたゞ

しくぞおはすらん。此程のいたはりにさこそ家の内も見くるし

かるらん庭のくさとらせよ。やす平もと平はや/\御む

かひに参れ。こと/\しからぬやうにて参れと申されけれは

かしこまつて承其勢三百五十よきくり原寺へぞはせ参る

御ざうしの御めにかゝるくり原の大衆五十人送り参らする。

ひて平が申けるは是まではる/\御入候事返/\かしこま

り入存候。両国を手ににぎりて候へ共思ふ様にもふるまはれ

す候。今はなにのはゞかりか候へきとてやす平をよびて

申けるは。両国の大名三百六十人をすぐりて日々のわう

ばんを参らせて。君をしゆこし奉れ御ひきで物には十

 

 

28

八万ぎもちて候郎等を。十万をは二人の子どもに給給へ今

八万をば君に奉る。君の御事はさてをきぬ吉次か御とも

申さてはいかでか御下り候べき。ひでひらをひで平と思はん

者は吉次に引出物せよと申けれは。ちやくしやす平白かは

百まいわしのは百しり。よき馬卅疋白くらをきてぞ引に

けり。二男もとひらも是にをとらず引出物しけり。其ほか

家の子郎等我をとらじと引にける。ひで平是をみてしゝ

のかわもわしのおも今はよもふそくあらじ。御へんのこのむ

物なればとてかいすりたるからひつのふたに。砂金(しやきん)一ふさ入

てぞとらせける。吉次この君の御ともしみち/\のなん

をのかれちゃるのみならす。とくつきてかゝるにもあひ

けるものよ。ひとへにたもんの御りしやうとそ思ひける。

 

 

29

かくてあきないを仕り候ともよっきもとでをもうけたり。ふ

そくあらじと思ひ京へいそぎ上りけり。かくてことしもく

れければ御年(とし)十七にぞ成給ふ扨もとし月をゝくり給へ

共。ひでひらも申むねもなし御ざうしもいかゞ有べき共

仰出されず。中/\都いんだにも有ならばかくもんをもとげ。み

たき事をも見るべきに。かくてもかなふまじ都へ上らばや

とそ思ひける。やすひらにいふ共かなふまじしらせずして

上らばやとおほしめし。かりそめのありきのやうにて京

へ上らせ給ふとて。いせの三郎がもとにおはしてしはらく

やすらひて。京山道にかゝりきそのくわんじやのもとに

おはして。むほんの次第を仰あはされて。都にのほりかた

ほとりの山しなにしる人ありける所にわたらせ給ひて

 

 

30

京のきがんをぞうかゞひ給ひける

 

  鬼(き)一ほうげんの事

爰に代々の御門(みかど)の御たから天下にひさうせられたる

十六巻の書あり。いてうにも我朝(わかてう)にもつたへし人一人

としてをろかなる事なし。いてうには太(たい)こうはう是をよ

みて八尺のかべに上り。天に上るとくをえたり。長良(りやう)は一巻

の書と名づけてこれよみて。三尺の竹にほのりてこくう

をかけり。はんくわいは是をつたへてかつちうをよろひ。き

うせんをつてかたきむかひていかれば。かしらのかふとのは

ちをとをす。本朝のぶしにはさかのうへのたむら丸。これを

よみつたへてあくしのたかまるをとり。葭原のとし人是

をよみてあかゝしらの四郎将軍をとる。それより後はたえ

 

て久しかりけるを。下野国の住人相馬の小次郎まさかど

是をよみつたへて。我身のせいたんむしやなるによつて朝

てきとなる。され共天命をそむくものやゝもすれは世を

たもつものすくなし。両国の住人たはら藤太(とうた)ひでさとは

ちよくせんをさきとして。まさかどをついたうの為に東国

に下る。さうまの小次郎ふせぎたゝかふといへとも四年に

みかたほろびけり。さいごの時いりよくをじゆしてこそ。

一ちやうのゆみに八の矢はげて一度にこれをはあんつ

に。八人のかたきをばいたりけれ。それより後は又たえて

久しくよむ人もなし。たゝいたづらによゝのみかどの御宝

蔵にこめおかれたりけるを其頃一条ほり河に陰陽

師の法師に鬼(き)一ほうげんとてぶんふ二道の達者あ

 

 

31

り。天下の御きたうしして有けるが是を給りてひさうし

てそもちたりける。御ざうし是をきゝ給ひてやがて山しな

を出て法眼がもとにたゝすみて見給へは。京中なれとも

いたる所もしたゝかにこしらへ。四方にほりをほりて水を

たゝへ。八のやくらをあげたりけり。ゆふべにはさるの刻とり

の時になればはしをはづし。あしたにはみむまの刻まて

もんをひらかず。人のいふことみゝのよそになしていたる大く

わしよくのものなり。御ざうしさし入て見給へはさふらひ

のえんのきはに。十七八はかりなるわらは一人たゝずみて有。

あふぎおさしあげてまねき給へば何事ぞと申ける。をのれ

は内の者かと仰られければさん候と申法眼は是に候かと

仰られければ是にと申す。さらばをのれに頼むべき事

 

あり。ほうげんにいはんするやうは門に見もしらぬくわんじ

や物申さんといふと。急度(きっと)いひて帰れと仰られける。わらは

申けるは法眼はくわしよく世にこえたる人にて。然るべき

人たちの御入の時たにも子共を代官に出し。我は出あひ

まいらせぬくせ人にて候。ましてをの/\のやうなる人の御

出を賞翫候てたいめん有事候まじと申ければ。御ざう

しきやつはふしぎのものゝいひことに。ぬしもいはぬさきにて

の返じをすべからんことは。いかに入て此やうをいひて帰れと

ぞ仰られける。申とも御もちい有べし共おほえ申さず候

へ共。申て見候はんとて内に入主の前にひさまづきかゝる

事こそ候はね門に年の頃十七八かとおほえ候小冠者(こくわしや)一

人たゝずみ候か。法眼はおはするかととひ奉り候程に。御わ

 

 

32

たり候と申て候へば。御たいめん有べきやらんと申ける。ほう

けんを洛中にてみさげてさやうにいふべき人こそおぼえ

ね。人のつかひかをのれがことばかよく聞かへせと申ける。わ

らは申けるは此人のけしきを見候に。主などもつへき人に

てはなし。又郎等かと見給へは折ふしにひたゝれをめして候か。

ちこたちかとおほえ候かねぐろにまゆとちて候が。よきは

らまきにこかね作りの太刀をはかれて候。あはれ此人は源

氏の大将軍にておはしますこざんなれ。この程世をみだ

さんと承候か法眼は世にこえたる人にて御わたり候へは。

一方の大将軍とも頼み奉らんずる為に御入候やらん。御

たいめん候はん時も世になしものなと仰られ候て。もち給

へる太刀のむねにて一うちもあてられさせ給ふ事と申け

 

る法眼是をきゝてけなげものならば行(ゆき)てたいめんせんと

て出たち。すゝしのひたゝれにひおどしのはらまききて。さう

りをはきづきんみゝのきはまでひつかうで。大手ぼこを

つえにつきてえんとう/\とふみならし。しはらくまもり

てそも/\法眼に物いはんといふなる人は。侍(さふらい)か凡下(ぼんげ)かとぞ

いひける。御ざうし門のわきよりするりと出てそれがし申

にて候ぞとて。えんの上に上り給ひける。法眼是を見

てえんより下におり立てかしこまらんとするに。思ひの

ほかに法眼にむずとひざをきじりてそいたりける。御辺

はほうけんに物いはんと仰られける人かと申ければ。さん候

なに事仰候べき弓の一張(ちやう)矢の一すぢなどの御所望かと

申ければ。やあ御坊それ程のことくはたてゝ是まで来

 

 

33

らんや。誠か御坊はいてうの書をまさかどがつたへし。六たう兵(ひやう)

法といふ文(もん)天上より給りて。ひそうしてもち給ふとな。その

文(もん)わたくしならぬものぞ御坊もちたればとてよみしらずは。を

しへつたへべき事も有まじ。りをまげてそれがしに其文

見せ給へ。一日の中によみて御辺にもしらせをしへてかへさん

ぞと仰有ければ。法眼ははがみをして申けるは。洛中にこ

れ程のらうぜき者をたれがはからひとして門より内へ入ける

ぞと云。御ざうし思召けるはにくいやつかな。望みをかくる六た

うこそ見せざらめ。あまつさへあらことばをいふこそふしぎな

れ。いつの用にたいしたる太刀ぞしやつ切てくればやと思召け

るが。よし/\しか/\一字をもよまず共法眼は師なり。よし

つねはでしなりそれをそむきたらば。けんらう地神(ぢしん)のおそれも

 

こそあれ。法眼をたすけてこそ六だう兵法のあり所をも。

しらんずれと。思召なをし。法眼たすけてこそいられけるは

つきたるくびかなと見えし。そのまゝ人しれず法眼がもと

にてあかしくらし給ひける。出てより飯(はん)をしたゝめ給はね

共やせおとろへもし給はず。日にしたがひていつくしき衣(ころも)かへ

なんどめされけり。いづくへおはしましけるやらんとぞ人々あや

しみをなす。夜は四条のひじりのもとにぞおはしましける。か

くて法眼が内にかうじゆのまへとて女あり。次のみのながらな

さけ有者にてつねはとふらひ奉りけり。しせんしる人なる

まゝ御ざうし物がたりの次でに。そも/\法眼は何といふぞと

仰られければ。なに共仰候はぬと申さりながらもととはせ

給へば。すぎし頃はあらはあ有りと見よ。なくはなきと見て人々物

 

 

34

ないひそとこそ仰候しと申ければ。よしつねに心ゆるしもせ

さりけるこざんなれ。誠は法眼に子はいくたり有りととひ給へ

は。男子二人女子三人おとゝ二人家に有が。はやと申所にいん

ちの大将して御入候。又三人の女子はいづくに有ぞ所々に

さいわひて。みな上らうむこを取てわたらせ給ひ候と申せば。

むこはたれちやくによは平(へい)宰相のぶなりの卿のかた。一人は

とりかいの中将にさいわひ給へると申せば。何条(なんでう)法眼が身

として上らうむこ取事過分なり。法眼世にこえてしれ

ことをするなれば。人々につらうたれん時方人(かたうど)して家の

はぢをもきよめんとはよも思はじ。それよりもわれ/\。か様

にあるほどにむこに取たらば。しうとのはぢをすゝがんもの

をぬしにさいへとおほせられければ。かうじゆ此事を承て。女

 

にて候共さやうに申て候。はんづるには。くびをきられ候は

んずるにて候と申ければ。かやうにしる人になるもこの世

ならぬちぎりにてぞ有りらめ。かくしてせんなし人々にしら

すなよ。我はさまのかみの子源九郎と云者也。六だう兵法と

云物に望みをなすによりて。法眼も心よからね共かやうに

て有なり。其文(もん)の有所うぃらせよとぞ仰ける いかでかしり候べき。

それは法眼のなのめならず重宝とこそ承て候へと申せば。

扨はいかゞせんとぞ仰けるさ候はゝ文(ふみ)をあそばして給り候へ。法眼

なのめならずてうあひのひめ君のかたへ人にも見えさせ給は

ぬを。すかして御返事を取て参らせ候はんと申。女性(によしやう)の

ならひなれ。はちか付せ給ひて候はゝ。などか此ふみ御読せで候

へきと申せば。つぎの物ながらもかやうに情(なさけ)ある者もあ

 

 

35

りけるかやとふみあそばして給はる。我主の方(かた)にゆきや

う/\にすかして御返じ取て参らする。御さうしそれ

よりして法眼のかたへはさし出給はず。たゝをかたに引

こもりてぞおはしける。法眼が申けるはかゝる心ちよき事

こそなかれ。めにも見えずをとにも聞えざらんかたにゆきう

せよかしと思ひつるに。うしなひたるこそうれしけれとぞの

給ひける。御ざうし人にしのぶ程げにくるしき物はなし。いつ

まてかくて有べきならねば。法眼にかくとしらせばやと

ぞの給ひける。ひめ君は御たもとにすがりかなしみ給へ共。

我は六たうに望みありさらばそれを見せ給ひ候はんにや

との給ひければ。あす聞てちゝにうしなはれん事ちから

なしと思ひけれ共。かうじゆをぐしてちゝのひさうしける

 

ほうそうに入て。ぢう/\のまき物の中にかねまきした

るからひつに入たる。六たう兵法一巻の書を取出して奉る。

御ざうしよろこび給ひてひきひろげて御覧じて。ひるは

ひめもすにかき給ふ。夜はよもすがらこれをふくし給ひ。七

月上じゆんのころより是をよみはじめて。十一月十日頃に

なりければ。十六巻を一字も残らずおぼえさせ給ふ。よみ

給ひてのちは爰にあり。かしこにあるとぞふるまはれけ

る程に。法眼もはや心えてさもあれ。其おとこはなにゆ

へにひめがかたには有ぞといかりける。有人の申けるは

御かたにおはします人は。さまのかみのきんだちと承り候

よし申せば。法眼聞て世になし源氏入立(たて)てすべて六

はらへ聞えなば。なしかはよかるべき今生は子なれとも後

 

 

36

の世のかたきにてありけるや。きつてすてばやと思へども

子をがいせんこと五きやくのつみのがれがたし。いしやう他人なれ

ばこれをきつて。平家の御げんざんい入てくんこうにあづ

からばやと思ひて。うかゝひけれ共。わがみは行(ぎやう)にてかなはずあは

れ心もかうならん者もかなきらせばやと思ふ。其頃きた

白河に世にこえたる者あり。法眼にはいもうとむこなり

しかもでしなり。其名をたんかい坊とぞ申ける。かれがもと

に使者をつかはして申ければ。程なくたんかいきたり

四間(よま)なる所に入てさま/\にもてなし申けるは。御へん

をよび奉る事別(べち)のしさいになし。去春のころより法

眼がもとにさるていなるくわんじや一人。下野のさまのかみの

きんだちなど申す。たすけをきてはあしかるべし。

 

 

37

御辺よりほかに頼むべき人もなし。夕さり五条の天神へ参

り此人をすかし出すならば。くびをきつて見せ給へさもあらば

五六年のぞみ給ひし。六だう兵法をも御辺に奉らんと

いひければ。さ承ぬぜんあくまかりむかひてこそ見候はめ。

そも/\いかやうなる人にておはしまし候ぞと申けれは。

いまだ年もわかく十七八かとおほえ候。よきはらまきに金(こかね)

つくりの太刀の心もをよばぬをもちたるぞ。心ゆるし給ふ

なと申ければ。たんかいこれをきゝて申けるは。何条それほ

とのこおとこのぶんに過たる太刀はひて候とも。何事か

有べき一かたなにはよもたり候はし。こと/\しとつぶやき

て法眼がもとを出にけり。法眼すかしおふせたりと世にう

れしげにて。日頃はをとにもきかじとしける御さうしの

 

 

38

かたへ申けるは。見参に入候べきよしを申ければ。出てなにか

せんとおぼしめしけれ共。よぶに出すばおくしたかにこそ

と思召。やかて参り候べきとてつかひを返し給ひける。此よ

しを申ければ世に心ちよけにて。日ころの見参所へ入

奉り。たつとげに見えんがためにそけんの衣にけさか

けて。つくへにほけ経一ぶをきて一のまきのひもとき。めう

ほうれんげ経とよみあくる所へ。はゞかる所なくつつと入

給へば。ほうげんかたひざをたてこれへ/\と申ける。すなは

ち法眼とたいざになをらせ給ふ法眼申けるは。さんぬ

る春の頃より御入候とはしり参らせて候へ共。いかなる跡

なし人にてわたらせ給ふやらんと思ひ参らせて候へは。か

たじけなくもさまのかうの殿のきんだちにてわたらせ

 

給ふこそ忝k遠にて候へ。此僧ほどのあさましきつぎの

者などを親子(しんし)の御ちぎりのよし承候。まことからす候へ共

誠に京にも御入候はゝ萬事頼み奉り存候。さてもきた

白河にたんかいと申やつ御入候が。何ゆへ共なく法眼がため

にあたをなし候。あはれうしなひて給候へこよひ五条天神に

参り候なれば君も御さんろう候てきやつを切てかうへを

取て給はゝ。今生のめんぼく申つくしがたく候とぞ申ける。

あはれ人の心もはかりがたく思召けれ共。さ承候身におい

てかなひがたくは候へ共。まかりむかひてこそ見候はめと何

程の事の候べき。しやつもいんぢをこそしならふて候らめ。義(ぎ)

経(けい)はさきに天神に参り。下向しさまにしやつがくびきり

て参らせ候はんこと。風のちりはらふごとくにてこそ候らめ

 

 

39

とことばをはなつて仰有ければ。法眼何とわきみがした

くする共さきに人をやりてまたすればと。世にをこかまし

くぞ思ひける。左(さ)候はゝやがて帰参らんとて出給ひ其まゝ天

神にと思召けれ共。法眼がむすめに御心ざしづかゝりければ

おかたへ入を給ひて。只今天神にこそ参り候へとの給へはそ

れは何ゆへぞやと申ければ。法眼のたんかいきれとの給ひ

て候によつてなりと仰られければ。聞もあへすさめ/\と

なきてかなしきかるや。ちゝの心をしりたれば人のさいごも

今をかぎりなり。是をしらせんとすればちゝにふかうの子

たるべしと思へば。ちぎりをきつることのはみないつはりと

成はてゝ。ふさいのうらみ後の世までのこるべきとつく/\

と思ひつゞくるに。おや子は一世おつとは二世のちぎりなり。

 

とても人にわかれてへんしもよにながらへてあらはこそ。う

きもつらきもしのばれめ。おやのめいを思ひすてゝかくとし

らせ奉る。たゝ是よりいつかたへも落させ給へ。きのふひるほ

どにたんかいをめしよせて酒をすゝめられしに。あやしきこ

とばの候つるそけんごのわかものぞと仰候つる。たんかい一

かたなにはたらしといひしは御身の上。かく申は女の心の

うちかへりてきやうしやくせさせ給ふべきなれ共。けんじん

二(じ)くんにつかへず。ていぢよ両夫(りやうふ)にまみえずと申事の候へは。

しらせ奉るなりとて袖をかほにをしあてゝ忍びもあへす

なきいたり。御ざうし是を聞しめしもとよりうちとけ

思はずしらず候こそまよひもすれ。しりたりせばしやつ

めにはきられまじとくより参候はんとて出給ふ。頃は十

 

 

40

二月廿五日夜ふけのかたの事なれば。御しやうぞくは白小

袖一かさね。あひずりひきかさねせいごうの大口に。からをり

ものゝひたゝれにきごめして。太刀わきはさみいとま申

で出給へば。ひめ君は是やかきりのわかれなるらんとかな

しみ給へり。つま戸のわきにきぬかつきてそふし給へり。御ざ

うしは天神にひさまづききねん申させ給ひけるは。な

む天まん大じざい天神りしやうのれいち。すなはちきえん

のふくをかうふり。らいはいのともがらは千万のしよぐわん成

就す。こゝに社だんましますとなつて天神とかうし奉る。

ねがはくはたんかいをよしつねに。さおいなく手にかけさ

せてたへと記念し。御前を立てみなみへむかひて四五た

んばかりあゆませ給へば。大木一本あり。此木のもとのほのくら

 

き所へがほと帰るへき所を御覧じてあはれ所や。ここにまちて

切てくればやと思食(おほしめし)太刀をぬき待給ふ所に。たんかいこそ出き

これくつきやうの者五六員んはらまききせてぜんこにあゆま

せて。わがみは聞ゆるいんぢの大将なり。人には一やうかはりて

出立けりかちんのひたゝれにふしなはめのはらまききて。しやく

どう作りの太刀をはき。一尺三寸有ける刀にこめんやうなめ

しにておもてさやをつゝみてむずとさし。大長刀のさやを

はづしつえにつき。法師なれ共つねにかしらをそらざれは。を

つつかみかしらにおいたるにしゆつちやうときんひつかこみ。鬼

のことくに見えける。さしくゝみて御覧すればくひのまはり

にかゝる物もなく。世にきりよげなりいかにきりそんすべき

と仰給ふもしらずして。御ざうしの太刀給へるかたへむかひて

 

 

41

大し大ひの天神ねがはくは。聞ゆる男をたんかいが手にか

けてたへとぞきせいしける。御ざうし是を御覧じていかな

るかうのものもたゝ今しなんずることはしらずや。ぢきに

きらはやとおほしめしけるが。こいらくわか頼む天神を大

じ大ひときねんするに。義経はよろこびのだうなり。きや

つは参りのだうぞうかし。いまだしよさもはてざらんに切て

社だんにちをあへさんも神慮のをそれあり。下向の道をと

思食げんざいのかたきをとをし下向をぞ待玉符。津の国の

二はの松のねさしぞめてちよを待よりもなを久し。たんか

い天神に参りて見れ共人もなし。ひじりにあふてあからさ

まなるやうにてさるていのくわんじゃなどや参りて候つる

ととひけれは。さやうの人はとく参りげかうせられぬると

 

申ける。たんかいはやすからず。とくより参りなばのかすまじ

きをさだめて法眼が家に有らん。行(ゆき)てせめ出して切てす

てんとぞ申ける。尤しかるべしとて七人つれて天神を出る。あ

はやとおぼしめしさきの所に待給ふ。其間二だんばあkりちか

付たるがたんかいかでしせんしと申法師申けるは。さまのかう

のとのゝきんだちくらまに有しうし若殿。おt小に成て源九

郎と申候は。法眼のむすめにちか付けるなれば。女の男にあ

ひぬれば正たいなきものなり。もし此事をほの聞男にか

くとしらせなばかやうの木かけにも待らん。あたりに目な

はなし給ふなと申けるたんかいをとなしそとぞ申ける。い

ざ此者よびて見んかうの者ならばよもかくれし。をくびやう

者ならは我らがけしきにをそれて出まじきものをとぞ

 

 

42

いひける。あはれたゝ出たらんよりもあるかといふこえについて

出ばやと思はれけるに。にくげなるこは色して河のほとりよ

り。よになし源氏参るやといひもはてざるに。太刀うちふり

わつとおめいて出給ふ。たんかいと見るはひかことかかくいふこ

そよしつねよとておつかけ給ふ。今まではとこそせめかく

こそせめといひけれ共。其期(ご)になりぬれば三方(ばう)へさつと

ちる。たんかいもついて二たんばかりぞにけにける。いきて

もしゝてもゆみやとるものゝおくびやうほどのはちやあ

るとて。なぎなたをとりなをしかへし合(あは)す。御ざうしは

小たちにてはしり合(あひ)さん/\にうちあひ給ふ。もとよりの

事なればきりたてられ今はかなはじとやおもひけん。な

きなたとりなをしさん/\にこそうちあひけるか。

 

 

43

すこしひるむ所をなぎなたのえをうち給ふ。長刀かゝり

となげかけたる時に小太刀をうちづりはしりかゝりて丁

ときり給へば。きつさきくびの上にかゝるとぞ見えしくび

は前へぞおちにける。とし三十八にぞうせにける。酒(しゆ)を

このみししやう/\はたるのほとりにつながれ。あくをこ

のみしたんかいはよしなきものにくみしてうせにけり。

五人の者ども是を見てさしもいしかりつるたんかいだに

もかくなりたり。まして我々かなふまじきと思ひてにくし

一人もあますまじ。たんかいとつれて出る時は一所とこ

そいひつらん。きたなし返し合せよと仰有けれは。いとゝ

あしはやにぞにげにけりかしこにをひつめはたときり。

 

 

4

爰にをひつめはたときりまくらをならべて二人切給へり。残

りは方々へにけにけり。三つのくびを取あつめて天神の御

前に杉のあるもとに念仏申おはしたりけるが。此くびをす

てゝやゆかんもちてやゆかんとこそおほしめし。法眼がかまへて

/\くび取て見せよとあつらへつるに。もちてゆきてくれ

てきもをつぶさせんとおほしめし。三つのくびを太刀の

さきにさしつらぬき帰り給ひ。法眼がもとにおはして御覧

すればもんをさしてはしをはづしたれば。たゝ今きて

よしつねといはゞよもあけじ。これ程のところははねこし入

ばやとおほしめし。口一ぢやうのほり八尺のついぢにとびあ

かり給ふこずえに鳥のつとふごとく内に入御覧すれば。

ひはんたうばんの者ともふしたりえんに上り見給へば。

 

火ほの/\とかゝげてほけきやうの二巻め半まきばかり

よみていたりけるが。天じやうを見あげてせけんの無常を

こそくわんじける。六だう兵法をよまんとて一字をだにも

よまずして。今たんかいが手にかゝらんずらんなむあみだ

仏とひとりことに申ける。あらにくのものゝつらや太刀の

むねにてうたばやとおほしめしけるが。女かなげかんことふ

びんにおほしめして。法眼が命(めい)をばたすけ給ひけり。やが

てうちへ入らんとおほしめしけるか。ゆみやをとるものゝたち

きゝなんどしたるかとおもはれんすらんとて。くびを又ひき

さげてもんのかたへ出給ふ。もんのわきにはなの木有ける

下にほのくらき所あり。こゝにたち給ひてうちに人やある

と仰ありければ。うちよりも誰と申よしつねなり。

 

 

45

こゝあけよと仰ありければ。これをきゝたんかいをまつ所に

おはしたるはよき事よもあらじ。あけて入参らせんかとい

ひけれはもんあけんとするものも有。はしわたさんとする

ものおありはしりまふ所に。いふくよりかこえられけんつ

いぢの上にくび三つ引さけて出きたり給ふ。をの/\きも

をけしみる所に人さきにうちに入。大かた身にかなはぬこ

とにて候つれども。かまへて/\くひとつてみせよと仰

候つる間。たんかいがくひ鳥て参りたるとて法眼がひ

ざのうへになげられければ。けうさめてこそおもへともえ

しやくせではかなはじとや思ひけん。さらぬやうにてか

たじけなきとは申せどもよににが/\しくそ見えける。

よろこび入て候とてうちにいそぎにけいる。御ざうしこよ

 

ひはこゝにとゞまらばやとおぼしめしけれとも。女にいとま

こはせ給ひて山しなへとて出給ふ。あかぬなごりもおしけ

ればなみだにそでをぬらし給ふ。ほうげんがむすめあと

にひれふしなきかなしめどもかひぞなき。わすれんとすれ

ともわすれず。まどろめばゆめに見え。さむればおおmか

けにそふ思へはいやまさりしてやるかたもなし。冬もす

えになりければ思ひのかずやつもりけん。物のけなどゝいひ

しがいのれどもかなはす。くすりにてもたすからず十

六と申とし。ついになげきしにゝ成けり。ほうげんはかね

て物をぞおもひけり。いかなるらん世にもあらばやとかし

つきけるむすめにはわかれ。たのみつるでしをはきられ

ぬ。しぜんの事あらば一方の大将にもなり給ふべき。よし

 

 

46

つねには中たがひ奉りぬ。かれといひこれといひ一かた

ならぬなけき思ひ入てぞありける。こうくわいそこにた

えずとは此事なり。たゝ人はなさけあるべきうきよ

なり

 

義経記巻第二終