仮想空間

趣味の変体仮名

国性爺合戦 第三

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
      浄瑠璃本データベース イ14-00002-299

 

51(左頁)
   第三
仁ある君も用なき臣はやしなふことあたはず 慈有
父もえきなき子はあひすることあたはず やまともろこし
さま/\゛に道のちまたはわかるれど まよはでいそぐ誠
の道せきへき山のふもとにて 親子三人めぐり合わがもこ
と斗聞及ぶ 五じやくんかんきがやかた城 しゝが城にぞ着
にける 聞しにまさるようがいはまださえ返る春の寄るの


52
霜にきらめく軒のかはらしやちほこ天にひれふりて
せきるい高くつき上たり 堀の水あいに似て縄を引がごとく
末は黄河にながれ入ろうもんかたくとさせり 城内には
夜廻りのどらの声かまびすく やざまにいしゆみすきま
なく 所々に石火矢をしかけ置すいはといはゞ 打放さん其
いきほひ和国に めなれぬようがい也 一官乗に相違し
乱世といひ かゝるきびしき城門こと/\敷く 夜中にたゝき聞

もなれぬしうとが 日本より来りしなんといふ共誠とおもひ
取次者も有まし たとへ姫が聞たり共二歳て別れ 日本
へわたりし父といか成証拠をかたる共 たやすく城中へいれんこと
かたかるべしいかゞは せんとぞさゝやきける 和藤内聞もあへず 今
更驚くことならず一身の外味方なしとは 日本を出る時より
かくごのまへ ついに見ぬ舅よ聟よとしたしみだてして
ふかくをとらんより頼まれうか頼まれぬか一口商ひ いやと


53
いはゞ即座の敵 二さいでわかれし娘なれば我ら共行合
姉 きやつ孝行の心あらば日本の風もなつかしく ふみの便も
有べきに頼まれぬ心てい われ竹林のとら狩にしたがへし
嶋夷(えびす)を 軍兵のもと手にして切なびける程ならば 五万や
十万せいの打は隙いらず なんの人頼み此門蹴やぶりふかうの
姉が首ねぢ切 むこのかんきと一勝負と おどり出れば母
すがり付押とゞめ 其姉御の心入はしらね共 おつとにつれて

世の中の儘にならぬは女の習ひ 父とは親子御身とは
種ひとつ他人はみづからひとりにて海山千里をへだてゝも
まゝ母といふ名はのがれず 娘の心に親兄弟恋しとふ
まい物でもなし 其所へ切こんで日本のまゝ母がねたみなりと
いはれんは わが恥斗か日本の国の恥 御身ふせうの身を以
だつたんの大敵をせめやぶり 大明の御代にかへさんと大義
を思ひ立からは 私の恥を捨わが身の無念をかんにんし


54
人をなつけしたがへ一人のざう兵も 味方に招き入るこ
そ ぐん法のもとゝ聞 ましてむこのかんきは一城の主 一方
の大将是を味方にたのむこと 大かたにてなるべきか
心をおさめ案内せよと制すれば 和藤内門外に大
音上 五しやうぐん甘輝公直談申度事有 かいもん
/\とたゝきしは城中ひゞく斗也 当番の兵士声々に 主
君甘輝公は大王の召によつて さもふより出仕有いつ御

帰りもはかられず 御留主といひ夜中といひ何者な
れば直談ちはすいさん至極 いふ事あらばそれから申せ
御帰りの節ひらうしてとらすべしとぞよばゝりける 一官
小声に成いや人つてに申事ながらず 甘輝公の留主ならば
御内室の女性へ直にあふて申べし 日本より渡りし者と申せ
ばがてんの有はづと いひもはてぬに城中さはぎ 我々さへ
おもてもおがまぬみだい所 たいめんせんとはふてき者殊に日


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本人とや 油断するなと高ちやうちんどらにやう鉢を打立
/\ へいのうへにはあまたの兵鉄砲の筒先そろへ 石火矢
はなして打みしやげ 火なはよ玉よとひしめきける おくへ
かくとや聞えけん妻の女房らうもんにかけがあり アゝさはぐな
/\ 聞届てみづからがそれよと声をかくる迄 鉄砲放すな
そこつすな ナフ/\門外の人々 五しやうぐんかんきが妻錦祥女とは
我事 天下悉くたつたんお大王になびき 世にしたがふ我

妻も大王のばつかにしよくし 此城をあづかり守りきびしき
折もおり おつとの留主の女房にあはんとは心へずさりながら
日本とあればなつかしし身の上を語られよ きかまほしやと
いふ中にも若しや我親か 何ゆへ尋給ふぞと心もとなさあ
ぶなさに なつかしさも先立て兵共そさうすな むさとてつ
ほうはなすなと心づかひぞ道理なる 一官も始て見る娘
の顔もおぼろ月 涙にくもる声を上 そこつの申事なから


56
御身の父は大明のていしりう 母は当座にむなしく成父は
げきりんかうふり 日本へ身しりぞく其時は二歳にて 親
子名残のうき別れわきまへなく共めのとがうはさ 物語に
も聞つらん我こそ父のていしりう 日本ひぜんの国ひらと
の浦に年をへて 今の名は老一官 日本でまうけし弟は
此男 是成は今の母ひそかにかたり頼度事有て なり
はてし此姿はぢをつゝまず来りしぞ 門をひらかせたべかしとしみ

/\くどく詞の末思ひあたりてきんしやぢよ扨は父かと
飛おりて すがり付たや顔見たや心は千々にみだるれど
さすが一城の主かんきが妻 下々の見る所涙をおさへて
一々覚え有事ながら せうこなくてはうろん也みづからが父と
いふ せうこあらばきかまほしと いふより兵口々にせうこ/\
せうこを出せ/\ ハテ親子といふより別にかはつたせうこもなし
そりや曲者よと鉄砲の筒先 一度にはらりとつゝかくる


57
和藤内かけへだて 無用のてつほう ほん共いはせばなで
切にしてくれん イヤしやつめ共にのがすなと火ぶたを切て
取かこみ せうこ/\とせめかけてすでに危く見へにけるが 一官
両手を上て アゝ是々
 せうこはそつちに有はづ 一とせ唐土
立のく時 成人の後形見にせよと我形を絵にうつし
めのとに預置つるが 老の姿はかはる共面影残る絵に合せ
うたがひをはれ給へなふ其詞がはやせうこと はだにはなさぬ

すがたえをかうらんに押ひらき 柄付の鏡取出し月にうつ
ろふ父の顔 かゞみの面(おもて)にちか/\゛と写し取て引くらべ引合せ
て能々見ればえにとゞめしはいにしへの 顔もつや有みどりの
びんがみは今の老やつれ 頭の雪とかはれ共かはらで残る面
かげの めもと口もとそのまゝに我顔にもさも似たり てゝかた
ゆづりのひたひのほくろ親子の印うたがひなし 扨は誠の父上か
なふなつかしや恋しや母はめいどのこけの下 日本とやらんに父上


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有と斗にて 便をきかんしるへもなく 東のはてと聞からに
あくれば朝日を父ぞとおがみ くるればせかいの図をひらき
是はもろこし是は日本 父は爰にましますよとえづではちか
いやうなれど 三千余りのあなたとや此世のたいめん思ひたえ
もしやめいどであふ事もと死なぬ先から来世を待 なげき
くらし泣あかし廿年の夜るひるは 我身さへつらかりし よふいき
ていて下さつて 父をおがむ有がたやと声もおしまぬ嬉し

泣 一官はむせ返り ろうもんにすがり付見あぐれば見お
ろして 心あまりて詞なくつきぬ 涙ぞあはれなる ぶゆう
にはやる和藤内母諸共にふししづめば 心なき兵もこぼ
す涙にてつほうの火なはもしめるばかりなり やゝ有て一官
我々これへ来ること むこのかんきをひそかに頼度一大事
先々御身にかたるべし門ひらかせて城内へ入てたべ なふ仰なく共
是へと申筈なれ共 此国いまだいくさなかば たつたん王のおきて


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にて親類えんじやたり共 他国者は城内へかたききんぜいと
の掟なり され共是は格別こりや兵共 いかゞせんと有kれば
れうけんもなき唐人共 いや/\思ひもよらぬことならぬ/\ き
こらい/\ びんくはんたさつ ぶおん/\と又てつほうをさしむかへば
人々案にさういしてあきれ はてゝ見へけるが 母すゝみ
出尤々 大王よりおきてとあれば力なし去ながら 年
よつた此はゝに何の用心入べきぞ あの姫に只一こと物語

する斗 わらは一人通してたべ誠うき世の情ぞと 手を合て
も聞入ずいや/\ 女迚ゆうめんせよとの仰はなし 然らば我々
了簡して城内に有中は なはをかけてしばりおくなは付ふして
通せば たつたん王へ聞えても主君のいひわけ我らが身ばれ
いそいでなはかゝれよそれがいやなら きこらい/\びんくはん
たさつぶ おん/\とねめつくる 和藤内眼をくはつといからし ヤイ
毛唐人 うぬらが耳はどこについて何と聞 忝もていしりう


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一官が女房身が母 姫の為にも母同前 犬ねこをかふ様に
なは付て通さんとは 日本人はどんなこと聞ていぬ 小むつかしい
城内いらひでも大事なり サアこざれと引立る母ふりはなし
それ/\今いひしを忘れしか 大事を人にたのむ身は幾度か
様々の うきめも有恥も有 縄はおろか足かせてがせにかゝつて
も 願ひさへ叶はゞ瓦に金をかゆるがととし 小国なれ共日本は
男も女も義は捨ず なはかけ給へ一官殿と恥しめられて

力なく 用心の腰なは取出し高手小手に縛上親子が
顔を見合せてえがほをつくる日本の 人のそだちぞけな
げ成 きんしやう女もたへかぬるなげきの色を押つゝみ 何ごとも
時世にて国のおきてはぜひもなし 母御はみづからか預るうへは
きづかひなし 何ごとか存ぜね共御願ひの一通り お物語承り
夫かんきにいひ聞せ 何とぞかなへ参らせん 扨此城のめぐりに
ほつたる堀の水上(みなかみ)は みづからがけはひでんの庭より落る遣り水の


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末は黄河の川水とながれ入る水筋也 妻のかんきか聞入て
御願ひ成就せば おしろいといてながすべし川水しろくなが
るゝは めでたき印と思召いさんで城へ入給へ 又御願ひ叶はずば
べにをといてながすべし 川水あかくながるゝは叶はぬ左右と思召
母ごぜを受取に門外迄出給へ ぜんあく二つは白妙とから
くれないの川水に 心を付て御らんぜよさらば /\と夕
月に 門の戸さつと押ひらきともなふ母は生死のさかい ぼ

だいもんを 引かへて是はうき世のむみやうもん くはんの木
てうどおろす音 きんしや女はめもくれてよはきは唐
土女の風(ふう) 和藤内も一官も なかぬが日本武士の風 大手
の門のたて明に石火矢打はたつたん風 一つにひゞく石火矢
の音に 聞さへ「はるか成 夢も通はぬ もろこしにかよへば
通ふ親子のえん おんあひの網むすび合 むすぶあまりの
しばりなはかゝる例はいこくにも まれに咲出す雪の梅 色音


62
はおなじうぐひすの 声にぞつうじいらざりし きんしやう女は孝
行ふかく 母を奥の一間に移しふたへのしとね三重のふとん
山海の珎菓名酒を以て おもんじもてなす有様は 天上の
えいぐは共又高手小手のいましめは十悪五逆のとが人共みる
めいぶせくいたはしく 様々にみやづかへ誠の母といたはりし 心の
内こそしゅせうなれ こしもとの侍女よりあつまり 何と
日本の女子見てか めもはなもかはらぬがおかしいかみのゆひ

御 かはつたいしやうのぬひ様わかい女子もあれであらふ
すそもつまもほら/\/\ほら/\と ばつと風が吹たらふともゝ迄
見へそうな アゝ恥しい事じや有まいか いや/\とても女子に
生れるなら こちや日本の女子に成ない なぜといや 日本は
大きにやhらぐやまとの国といふげな 何とおなごの為には
大きにやはらかなこのもしい国じやなひかいの ホウ有がたい
国じやのと めをほそめてぞうなづきける きんしやう女


63
立出是々おもしろそうに何いづぞ あなたはみづからとはなさ
ぬ中の母上なれば 孝行といひ義理といひ 誠の母
よりおもけれ共 国のおきて詮方なくしはりからめるお
いとしさ たつたん王へもれ聞えつれあひにとがめあらふかと
ゆうめんも成がたくなんぎといふは我身一つ いづれも頼む
食物もちがふとや お口にあふ物うかゞふて しんぜてくれ
よとの給へば いや申ちよさいもなづお料理も念入 りう

かんにくのお食おしるはあひるの油あけぶたのこくせう
ひつじのはまやき うしのかまぼこ様々にして上ても なふ
いま/\しいそんな物いや/\ しばられて手もかなはぬ つい
むすびをしてくれと御意なさるゝ 其むすびといふくひ
物は何のことやらどうも合点参らず 皆打よるてせんぎ
致せば 日本ではすもふ取をむすびと申げな それゆへ
方々尋ても おりしもわるふお歯に合そなすもふとりが


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きれ物成とぞ申ける 表にとゞろく馬車(くるま)御帰館とよ
ばゝつて からひつ先にかき入させゆう/\たるきぬがさも さす
が五しやうぐんかんきと名におふ其勿体 きんしや女出
むかひ何とてはやき御たいしゅつ御前は何と候ぞや され
ば/\ たつたん大王えいかんふかく過分の御かぞう 十万騎(ぎ)の
はたがしらさんぎ将軍の官に任ぜられ しよこう王の冠
しやうぞく給はり大役仰付らるゝ 家の面目これに過ずと

有ければ それはお手柄めでたい/\ なふ家の吉事はかさ
成物 日来(ひごろ)恋しい床しいと申暮せし父上 日本にて
もうけ給ひし母兄弟頼度事有とて 門外迄来り
給へ共お留主といひ きびしき国の掟を憚り おのこゞは
皆帰し母上斗をとめ置しが 猶も上の聞えを恐れなは
をかけてあれあの 奥の亭(てい)にて御馳走は申せ共 胎内
からぬ母うへなはかけし御心てい かなしさよとぞかたりける ムウ


65
なはかけしとはよい了簡 上へ聞えていひわけ有 ずいぶん
もてなせいざ先我もたいめんせん 案内申せといふ
声のもれ聞えてや 妻戸の内 なふきんしやう女 かんき殿
のお帰りか爰は余り高あがり わらはそれへとたち出る
形はいとゞ老木の松の しめからまれし藤かづらたちい
くるしき其風情 かっき見るめもいたはしく 誠世の中の
子といふ者のあればこそ 山川万里をこへ給ふその

かひもなきいましめは時代の掟ぜひもなし それ女房お手が
いたむか気を付よ うどんげのまれ人いさゝかそりやくを存ぜ
ず 何こと成共かんきが身に相応のことならば 必心おかるなと
世にむつまじくもてなせば老母がんしよく打とけて 頼もしい
忝い 其詞を聞からは何しい心置べきぞ 頼入度大事ひそかに
語申たし是へ/\と小声に成 なふ我々此度もろこしへ渡りしこ
と娘ゆかしい斗でなし こぞのはつ冬ひせんの国まつらが礒といふ


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所へ 大明の帝の御妹せんだんくはう女小船(しやうせん)にめされ吹ながされ
御代をたつたんにうばゝれし御物語聞とひとしく 父はもとより
みんてうのはい臣 我子の和藤内と申者いやしき海士の手わ
ざながら もろこし日本の軍書をまなび たつたん大王をほろぼし
昔の御代にひるがへし 姫みやをていいに付んと先日本にのこし
置 親子三人此もろこしへは来たれ共 浅ましや草木迄皆たつ
たんに随ひなびき 大明の味方に心さす者一人も候はず 和藤

内が片うでの味方に頼むはかんき殿 力をそへて下されかし
ひとへにたのみ参らする 是がおがむ心ぞとひたひをひざにおし
さげ/\ 只一筋の心ざし思ひこふでぞ見へにける かんき大きに
おどろき ムウ 扨は聞及ぶ日本の和藤内と申は 此きんしやう女
とは兄弟ていしりう一官の子息候な ムゝぶゆうの程もろこし迄
もかくれなく 頼もしき思ひ立尤かうこそ有べけれ 我らもせん
ぞは大明の臣下 帝ほろび給ひてよりたのむべき主君なく


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たつたんのおんしやうかうふり月日をおくる折からのぞむ所の御頼
さつそく味方と申度が少し存るむねあれば 急にあつ共申
されずとつくと思案しお返事をと いはせも果ずアゝウそりや
御ひきやうな詞が違ふ 是程の一大事口より出せば世間
ぞや しあんの間にもれ聞えてふかくと取くやんでもかへらず お
恨とは思ふましなれならざれお返事を サア只今とせめつくれば
ムウ急に返答聞たくばやすいこと/\ いかにも五じやうくんかんき和藤

内が味方なりと いふよりはやくきんしやう女がむなもと取て
引よせ 劔引むいて喉ぶえに指当る 老母あはてゝ飛かゝり
二人が中へわつて入 もつたる手をふみ放し娘をせなかに押やり/\
あをのけにかさなり臥大声上て 是情なや何事ぞ人に
物を頼まれては 女房をさし殺すがもろこしのならひか 心にそ
まぬ無心を聞も 女房のえん有ゆへと心腹が立のことか 但は
狂気かたま/\始て来て見たか 母親の目のまへで殺そうと


68
する無法人 日頃が思ひやられた味方をせずばせぬ迄よ
今迄とちがふて親の有大事の娘 これこはいことはない 母にしつ
かと取つきやと へだてのかきと身を捨ててかこひ歎けばきんしやう
ぢよ 夫の心はしらね共母の情の有がたさ けがあそばすなと
斗てにともに 涙にむsびけり かんき飛しさつてヲゝ御ふしん
御尤 まつたく某無法にあらず狂気にも候はず きのふたつたん王
より某を召 此頃日本より和藤内といふえせ者 せうぼくげれつ

の身を以てちばうくんじゆつたくましく たつたん王をかたむけ大明
の世にひるかへさんと此どに渡り かれが討手誰ならんと数千
人のしよこうの中より 此かんきをえり出されさんぎ将軍の
官に任じ 十万騎の大将を給はる 和藤内を我妻の兄弟と
今聞迄は夢にもしらず きやつ日本に伝へ聞くすの木とうやらん
がかんたんを出 朝比奈弁慶とやらんがゆう力有共 われ又
こうめいがはらわたに分入 はんくはいこううがこつずいをかつて一戦に


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追て追まくり 和藤内がさかやき首ひつさげて来らんと 広
言はきし某が 一太刀も合せず矢の一本もはなさず むく/\と
味方せば五じやうくんかんきが日本のぶゆうに 聞おぢする者
でなし 女にほだされ縁にひかれ腰がぬけてゆみやの義を
忘れしと たつたん人にざう口にかけられんはひつぢやう しかれば
子孫末孫のちじよくのがれがたし おんあひ不便の妻をがいし
女の縁にひかれざる 義信の二字をひたひにあてさつはりと

味方せん為 ヤイきんしやう女 とゞむる母の詞には慈悲心こもる
ころす夫の劔の先には忠孝こもる 親のじひと忠孝に命
を捨よ女房と りひをかざらぬゆうしの詞 ヲゝ聞わけた身
にかなふた忠孝親にもらふた此からだ 孝行の為捨るはおしい共
思はぬと 母を押のけつゝとより胸おしあくれば引よせて 見る
めあやうきこほりの劔なふなかしやとかけへだて 押わけんにも詮
方なくのけんとするに手は叶はず 娘の袖に喰付て引のくれば


70
夫はよる 夫の袖をくはへてひけば 娘はしなんと又立よるを
口にくはへてから猫の ねぐらをかゆるごとくにて母はめもくれ
身もつかれ わつと斗にどうどふし せんご ふかくに 見へければ
きんしやう女すがり付一生に親しらず ついに一度のかう/\
なく何で恩をおくらふぞ しなせてたべ母上とくどき歎けば
わつと泣 なふかなしいこといふ人や 殊に御身にしやばとめいどに
親三人 のこり二人の父母は産おとした大おん有 中にひとりの

此母はあはれみかけず恩もなく うたてや継母の名はけつゝ
てもけふられず 今爰でしなせては 日本のまゝ母が三千
里へだてたる もろこしの継子をにくんで見ころしに殺せしと
我身の恥斗かはあまねく口々に日本人はしやけんなりと
国の名を引出すは我日本の恥ぞかし 唐をてらす日影も日
本をてらす日影も 光に二つはなけれ共日の本とは日の始
仁義五常なさけ有 慈悲もつはらの神国に生を受た此


71
はゝが 娘ころすを見物し そも生ていられふか 願くは此なは
が日本の神々のしめなはとあらはれ 我を今しめころしかば
ねはいこくにさらす共 玉しいは日本に道引給へと声を上
道もあり情もあり哀もこもるくどき泣 きんしやぢよは
すがり付 母のたもとの諸涙 かんきも道理にしごくして
そゞろ涙にくれけるが やゝ有てかんきせきを打て ハツヤぜひ
もなし力なし 母の承引なき上は今日より和藤内とはてきたい

老母を是にとゞめ置人じちと思はれんも本意ならず 輿
車用意して所を尋おくりかへし参らせよ いや送る迄もなく
此やり水よりくはうが迄よき便にはおいsろいながし 叶はぬしせ
はべにをながす約束にて むかひにお出有はづいて
べにといてながさんとつねの「一間に入にけり 母は思ひに かき
くれて 思ふにたがふ世の中を立帰りて妻や子に 何とかたり
聞せんと思ひやる方涙の色 べにより先にからにしき きんしやう


72
ぢよは其隙にるりの鉢にべにとき入 是ぞ親と子が渡らぬ
にしき中たゆる 名残は今ぞと夕波のせんすいにさら/\/\
おちたきつせのもみぢ葉と浮世の秋をせきくだし 共に染たる
うたかたも紅くゞる遣水のおちて黄河のながれの末 和藤内
はがんとうにみの打かづき座をしめて しゃく日二つの川水
に心を付て水の面 なむ三宝べにがながるゝ 扨はのぞみは
かなはぬ 味方もせぬかんきめに母は預おかれずと ふみ出す

足の早瀬川ながれをとめて行先の堀を飛こへ塀をおんりこへ
まがきすい垣ふみやぶり かんきが城の奥の庭せん水にこそ着き
にけれ 先母はあんおん嬉しやと飛上り いましめのなは引ちぎり
かんきがまへに立はだかり 五じやうくんかんきといふひげとうじんは
わぬしよな 天にお地にもたつたひとりの母になはかけたは おのれ
をおのれと奉つて味方に頼ん為成に もつてうすれずほうづ
もない 味方にならぬは此大将がふそくなか 第一女房の縁の云ひ


73
そつちからしたがふはづ サア日本ぶさうの和藤内が直に頼む
返答せいと つかに手をかけつゝ立たり ヲゝ女房の縁といへば
猶ならぬ 御辺が日本不双(ぶさう)なれば我はもろこしきたいのかんき
女にほだされ味方するゆうしにあらず 女房をさる所もなし
病死する迄べん/\共またれまい 追風次第はや帰れ但
置みやげに首がおいていきたいか イヤサ日本のみやげにうぬが
首をと 両方ぬかんとする所をきんしやう女声をかけ アゝ/\/\是

なふ/\病死を待迄もなし只今ながせし紅の水上を見給へとい
しやうの胸を押ひらけば九寸五分のくはいけん 乳の下より肝先
迄横にぬふて指し通し あけにそみたる其有様母は是はと斗
にて かつはと臥て正体なし和藤内もどうてんし かくごを極めし夫さへ
そゞろに おどろく斗也 きんしやう女くるしげに 母上は日本の玉の恥を思
召殺すまいとなさるれど 我命をおしみて親兄弟をみつがすば
もろこしの国の恥とかう成上は女に心ひかさるゝ人のそしりはよも


74
有まじ なふかんき殿親兄弟の味方して 力共成てたべ父にも
かくと告てたべもう物いはせて下さるなくるしいわひのと斗にて
きへ/\とこそ成にけれ かんき涙を押かくしヲゝでかいた/\ じがい
を無にはさせまいと 和藤内がまへにかしらをさげ 某先祖は明
朝の臣下 すゝんで味方申べき身の女の縁に迷ひしとぞくなん
を憚りしに 我妻只今死を以て義をすゝむる上は 心清く御
味方大将軍とあふぎ しよこう王になぞらへ御名を改め延(えん)

平王(へいおう)国せんやていせいこうとがうししやうぞくめさせ奉らんと
武運ひらくる唐ひつの ふたへの錦られうの袂ひのしやうぞく
しやうほの冠花もんの沓 さんごこはくの石の帯ばくやの剣
金あおみがき きぬ笠さつと指かくれば 十万余騎の軍兵ども
どうのはたばんのはた 吹ぬきたて鉾ゆみ鉄砲鎧の袖をつら
ねしは くいはいけい山にえつ王の二たび出たるごとく也 母は大声たか
笑ひ アゝ嬉しや本望やあれを見やきんしや女 御身が命を


75
すてしゆへ親子の本望達したり 親子と思へど天下の本望
此劔は九寸五分なれど四百余州を治るじがい 此上に母が
ながらへては始の詞虚言と成 二たび日本の国の恥を引お
こすこと 娘の劔を追取てのんどにがはとつきたつる 人々是はと
立さはげばアゝよるまい/\とはつたとにらみ なふかんき国せんや
母や娘のさいごをも必歎くな悲しむな たつたん王は面々が母の
敵妻の敵と 思へば討に力有 気をたるませぬ母のじ

ひ此ゆいごんを忘るゝな父一官がおはすれば親にはことをかく
まいぞ 母はしゝていさめをなし父はながらへけうくんせば 世にふ
そくなき大将軍浮世の思ひ出是迄と きものたばねを
一えぐり切さばき サアきんしやう女此母に心残らぬか 何しに心
残らんといへ共残る夫婦のなごり 親子手を取引よせて国性
爺が出立を見上 見おろし嬉しげに えがほをしやばの形見にて
一度にいきはたへにけり 鬼をあざむく国せんや龍虎といさむ五


76
じやうくん 涙に眼はくらめ共母のゆいごんそむくまじ 妻の心を
やぶらじと国せんやはかんきを恥 かんきは又国せんやにはぢてし
ほるゝ顔かくす なきからおさむ道のべに しゆつぢんの門出と生死二つ
を一道の 母がゆいごんしやかに経 父がていきん鬼にかなぼううてば
勝 せむれば取まつだいふしぎのちじんのゆうし 玉有ふちはきし
やぶれず 龍すむ池は水かれずかゝる ゆうしやの出生す国々たり
君々たる 日本のきりん是成はといこくに 武徳をてらしけり