仮想空間

趣味の変体仮名

加ゞ見山旧錦絵 第二

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース  ニ10-01093

 

6

  第弐

五月半の 花菖蒲(あやめ)爰も名にあふ東路や梅沢村に足休め 茶店女房の器量よし

よしや芳簀(よしず)の茶の花香色を含みし優(やさ)姿 折からくる足軽の源蔵と見るゟも ヲゝこちの人何と

してござんした ホゝ女房共 日和(ひより)がよさに見せ出したな 若殿のナソレ御内用 今日一日お隙を貰

内へいて見れば 見せ出して居ると聞た故 直に爰へ出かけて来たと 聞にお来()は会釈して 此

間はお鹿狩で御用もしげく休んす隙も有まい けふはゆるりと休まんせ コレ出花一つと汲で出

す女夫が中の濃茶也 世をすねてういつしつみつひやうたんの流れ渡りの畑介が ふら/\爰へ来かゝりて

 

互に夫と顔見合 ホヲウ畑介様 此間はお物遠 アいつがいつ迄詰らぬ御身分 天竺浪人の其お姿 ちとお

嗜なされいと 恥しめられてサレハ其事 わしも切身に塩がしみ 思い当つたけふ此頃 志を改め兄貴の

勘当赦して貰ふ一つの功を立たいと思い 色々と工夫すれど是をかふとの分別も出ぬ いかふこつてめい

つてきた コリヤ内儀と二人差向ひしつほりとエゝうまいな/\ アゝおらは楽む相手はなし 白犬なと抱て

ねて こたつのかはりにするがせいさい けふはおれもくされ抜きに 此梅沢に此頃仕出しの麦飯と出かける趣向

幸な所で逢ふた サア貴様も一しよにおじやいかふ イヤ私は叶はぬ用事がござりますれば お跡から参り

ましよ といへば畑介早合点 アゝコレ/\/\皆迄いふな込だ/\ わりやアノ白米を喰じやな 爰は我抔

 

 

7

も大通を見しらし先へいてゆかふが仕出しの所はアレアノ向ふの松 われらが色は真黒な 麦飯嬶を賞

翫と ちやりちらかして出て行 跡にお来は吹出し ホゝゝいつても/\じやら/\いふお方で有はいナアといふを

打消こへを潜め ヲゝそなたは何も知ぬからじや 今でこそ天ぢく浪人 実の所はサ誰有ふ 家老職

紙崎殿の弟御 若気のいたり身持放埒 カノ堅蔵の主膳殿の 勘当受て流浪の身の上

御れき/\じや程にそふ思ふて此上共心を付けて物いやと 聞てお来がテモ扨も 水の流と人の

行末 モフよふいふた物でござんす ヤアほんに久しぶりじや 気ばらしに酒なとかづてかふかいなア ヤソレハ御馳走

ナソレ 迚もの事にソレ諸白を アイナそんならかふてきやんせふ 徳利は借て戻らふと 夫に一つ諸白の酒や

 

をさして急ぎ行 源蔵は跡打詠 酒かふてくる其内に久しぶりしや産神(うぶすな)へ 参つえかふと独云(ひとりこと)隣村へと

出て行 世をうしと浮世の中を浪々の 身には思ひの花姿娘と見へて十八九形も 所体もしほた

れし 生地の儘なる美しさ コレ申とつ様 けふ初立(ういだて)の願ほとき モウ此様な嬉しい事はないはいなと 親

を思ひのやさ娘 心も対の見め形聞親の身は猶更に ヲウ嬉しいは道理/\常からそなたのかう/\

わしが又今度の大病 生薬師の玄伯殿も匕を投た其所を 我身の精力神仏の力

斗で療治仕おふせ けふ初立の神参りも皆そなたの介抱の影 其恵めうりとやらでも

とふぞ我が出世の行末 祈るゟ外望迚はなし 親の欲目と我ながら思へど器量押たて

 

 

8

どこへ出してもきつとした御奉公 人見る影もない其形させ ヘエゝ口惜い無念なはいやい 貧の病

は薬もなく 助てくれる仏心の力にも及ぬかと まふたを洩る涙こへ 聞に娘も悲しさを見せじ

と作る空笑顔 ヲノとつ様の訳もない 愚智らしい事いはしやんす 世の中のうきしつみ きのふにかはる

けふの出世は 世にたんと有事なりや 気をめいらした物でもないと 親の心を慰むる 心遣の眼に涙

ヲゝそふしや/\よふ云てくれたなア サアわさ/\と気を活かして明神様へおれい申 わがみが出世奉

公口も懇にお願申ぞ サア/\おじやと親子共いそ/\として行うしろへ ヲゝイ/\十内殿 浪人殿と

うなり呼はるどすこへに ハツト思へどそしらぬ体 行過る間にすた/\と息を切て コレ十内 イヤ爰

 

なずるや先生 其耳をかつさらへて今いふ事ヨウ臍の下へ聞ておくれ 先かふじやは お身様が長々の

御浪人できつち/\ 其中へ貴様の大病 お娘一人が立たりいたり余り見る眼が気の毒故に この

鷲の善六が世間並の分相をへらして 五両一分に二割の礼金 無利足の様な安金 人参代の

五両の金元利積りて金十両 おがら立の貴様の内へ用立た此善六 当のない金は借(かさ)ぬは コレ

此お初を我抔が目当 コレ十内殿 今日初立の其祝儀に聟定の祝事 サア一つ打ませふ 打て

下され親仁殿と 髭撫上てへし付る 傍にはハツト悲しさの何と詞も泣入娘 十内は膝すり寄せ イヤ

何善六 かりた金は借た金 娘は娘格別の事 人参代の五両の金で 娘のはつを買切に

 

 

9

するのか 出世抱へた大事の娘 ならぬ事置てくれと 老のいらくらずつかといふては見れど命金 借

たいは定(しやう)のおろ/\なき ソリヤけんくはよと人立の 見る目も遉娘気の泣ゟ外の事ぞなき 善六は

大息つき テモ扨も見かけに似合ぬ肝太(きもぶと)な親仁めしやはいやい 死る所を助てやつてまた其上に

恥頬かゝされモウ夫で云分有まい 是からはこつちも意地づく 小判十両ほいとはさせぬ お代官へ

訴てお定りの手錠掛させ 夫で済にや願づて水牢 待ておれと欠出すを ノウ悲しやと娘のお初

取付すがり泣沈み お前様のおつしやる事無理とはさら/\存じませぬ とゝ様の大病でけふかあすか

と思ふた時は 例(たとへ)此身を売て成共取留たいと思ふた所 お貸なされた五両の金 千万両の金ゟも

 

嬉しかつた 其御恩まだ其上いふつゝかな私がめんだふ見よふと有 お志の厚お前 とゝ様は昔形気

当人のわしが合点さへすりや どふ成となるはいなと むくむ涙の流し目は 泣ゟも猶哀れ也 善六は

身中(うち)もくにや/\ 臍の緒切て初物の 色身せりふに指打加へ アノ肝心のそもじか夫なりや お

やぢ殿はわしが親 例へ此身は天秤棒で打たゝきにあふ迚も 何の其いとわふぞい善は急げじやサアお

じやと 引立る腕もぎ放し胸くら取て ヤイ善六 年はも行ぬ子心にも此親へ孝行と思やこそ

そもやそも我よふな山猿と 女夫となろといふはいやい 高が五両でつないだ命 おれも武士しや

今戻す金の代りに命をやれば 帳面はさらりと消ると 云もあへず刀を腹 ノウ悲しやと娘のお初縋

 

 

10

付て止(とゝむ)るにぞ 放せ 放さじせり合後 人立中を押分て商人(あきんど)風のじんとう親仁 十内か手をきつと

押留 わしや往来の者でごんずが 見まする所御浪人のいかふ御難義なせつと見へます 殊に又

御病後とやら お互に年寄は只さへ家が古なつていりや薬力も廻り兼る 其命をわづかな

金で死ふとはソリヤ御麁相 お近付ではなけれ共 娘御のアノ孝行貞節な今の様子 お笑止に存ます

持合せた金子十両コレ御貸申 御出世の上お返しなされと 詞と共に懐中ゟ取出したる小判十両

サア御返金なされよと 突付られて親子は只 夢見し心地嬉しさの何にたとへん様はなし 十内は地にひ

れ伏 なしみよしみもなきお方 御恩の金も此場の難義 御辞退なしに拝借と ずつと立てコレ善

 

六 借用の金十両 返済すれば云方有まい借用証文イサ返せと 投付られて善六が工面の違ふふく

れ頬 ふせう/\に懐ゟ一通を取出し ソレ借証文返してやります ハテ扨物には変(へん)の有物 見ず知ずの

通り違いに金十両借てやるとは 世には又さま/\゛なすいけうな者も有物と 金請取て懐手のつか/\

と出て行 跡に親子は詞さへ涙にむせび手をつかへ只今も申せし通り 見ず知ずの我々親子 大

難を救給はりし御恩は何と報ずべき ヤイお初よ 供々にお礼申せと親子も 骨にこたへし悦び涙

只伏拝斗也 アゝゝコレ其様に何のマアお礼には及ばぬ事 先何か差置て是を御縁お近付に成ま

せふ 我抔事は船が谷の米問屋 坂間伝兵衛と云ます者 親の代から仕合よく 今鎌倉の分

 

 

11

限帳にも乗て有我抔が身代 自慢ではござらぬが十両や二十両お取かへ申たとて さして込る

身分でもなし わしが娘も三年以前お出入屋敷足利様の奥御殿へ御奉公に出しましたが 御

気に入て今お中老に出世しました 子を持た身は相互 娘御の孝行なにわしは泣て居

ましたはいの ぶし付なことながら此体でござつては 奉公口の出世も出来まい 慮外ながら一二年

わしが娘にお預なされ 勤方見習ふたなら わしが世話してきつとした御奉人に仕立て見せ

ませふ 入ぬ世話と思はしやろが アノ娘御の孝行な心に えんてかないとしう成て 胸一ぱいをいふて

見ますと おくそこもなき真実は 涙に夫と見へにける 十内は只伏拝み嬉し涙の隙よりも

 

異議改て両手をつかへ 重々厚き御恩の程 娘が身の上迄残る方なき御恵 此方ゟ願ふて

成供御恩報じの御奉公 望む所の幸なれば ムゝスリヤ得心でござりますか マア早速の得心でわしも

いかふ嬉しうござる 日柄えらんでちつ共早ふと さくい詞に娘のお初 旦那様のお情死でも忘れ

置きませぬと いふも恩義の初一念さらばと斗そこ/\に東西へこそ別れ行 端手な取形

かゝへ帯 ぬめる姿も白絖(ぬめ)の 古今ほうしもしほらしく 遉夫(それ)者の道芝は手越の宿の太夫

職 禿共引連て 茶店の元に歩みくる 立帰る源蔵夫と見る これは/\道芝様 思ひも寄

ぬコリヤどこへと 尋られて飛立思ひ 源蔵が胸ぐらしつかと取 ヲゝ能所で逢ました エゝお前は

 

 

12

聞へぬお人 縫之介様も此頃は曲輪へお越ない故に お前へ頼んだ日文の返事 なぜ取ては下

さんせぬ 逢たい見たい願参り 日頃念ずる長谷寺の観音様へと心ざし 頼に思ふたお前迄

聞へぬ仕かたどふよくと恨み詞に サゝゝゝ尤じや/\ 是にはたん/\咄しの有事 コリヤしげの 其人

達を連立て そこら一編歩行(あるい)てこい アイ/\そんなら太夫様 向ふの堤で遊んできやんしよ サア/\

ごんせと打連て足ばやにこそ急ぎ行 道芝は心せき咄したい其訳を早ふ聞して下さんせと

せち立られて サゝゝゝ咄さねばならぬ訳といふは 此度京都義詮(よしのり)の上意として 細川家

の姫君と御祝言なさるゝ筈と 聞ゟ恟り エゝそんならお姫様と御祝言なさるゝかへ アノ祝

 

言を エゝ腹の立/\/\ コリヤどふぞいな/\ アゝコレ/\どふせうぞい/\/\ サゝゝゝマア気をしつめて聞たが能はい

の 併若殿様はお前に義理を立御承引なき故に 兄君持氏卿の御立腹 やつさもつさも

其最中 此訳が納る迄はくるは通いも御遠慮と 聞に猶更恋の意地 エゝ縫様も張のよはい

そこをぐつと押たが能はいな 殿様と私が中は お前も知てござんす通り 突出しの初めより

互にかはるなかはらじと 云かはしたる二人が中 祝言さす事わしやいや/\ 縫様のお傍にいたい 連

ていてくさだんせと すいな育ちも色の道ぐちの涙ぞ誠なり ヲゝ腹の立はだうりじや/\ 去な

がら お前を館へ連立ては 夫こそは乱さはぎ コレ今しばし辛抱なされ イエ/\かふいふ内も気

 

 

13

遣な 早ふ行たいサア/\連て往て下さんせ 是非に/\と気をいらち 里気の儘のかんしやくは

とゞめ兼たる折からに お来はとつかは戻りがけ 見るゟ恟り徳利はつたり取落し 二人を押分け源

蔵を引立 コリヤ我(が)おれ おれを酒屋へ出しぬいて アノ女(おなご)とこつてりちん/\ エゝマにくてらしい男頬

と たゝいつわめく間違りんき源蔵おかしく エゝ何ぬかす コリヤやい アノ女中はといふを打消イヤ/\/\古

手な言訳こちや聞かぬ マあつ皮な女頬 どんなお顔しや見てやらふと背けし顔を差覗き

どふやらこな様は見たやうな わたしもおまへは見た様なと いふにお来は心付 もし推(おさな)名はおみやとは云

ぬかへ アイみやと申ましたが 稚名を知てござんすお前は ヲゝコレ姉のお来じやはいの エゝ姉様か 妹か

 

なつかしや/\と 取付すがり兄弟は嬉し涙にくれ居たる 源蔵はふしん晴す コリヤ女房 太夫様を妹

といふ子細はとふしやぞい サア様子知しやんせねば合点か行まい 此お宮か九つの年わしが大病の

物入 とゝ様が此子をば手越の宿へ売しやんして 今の名は道芝と其名をば聞たれ共 逢事

ならぬ曲輪の掟なつかしう思ふていたが 久しう見ぬ間に ヲゝ能太夫様になりやつたなふ

と いふもおろ/\涙声遉真身の挨拶に 道芝も打しほれ 思ひがけなき御目もじ とゝ様

にも御息才なと 余所ながら聞ました お前も御無事で嬉しうござんす 源蔵様をわたしが姉

聟とは しらぬ事迚沢山そふに堪忍して下さんせ アイヤ/\たがいにしらねば其筈/\ 道理ておも

 

 

14

ざしが似たと思ふた 若殿と云かはしたお傾城が 賎しい女房の妹といふ事が お耳へ入ては為

ならぬ 必此事沙汰は無用 アイ夫は互に隠して済ぬは祝言 縫之介様が真実

お姫様をきらはしやんすが定ならば私を館へ連ていて お傍に置て下さんせ そうない内は

何ぼでも疑いは晴ませぬ 姉様供々能よふに頼ますると涙くむ 真実見へてだうり

なり ヲゝそなたの身の出世じや物 何の如在が有そいの コレ源蔵殿 どふで思案はないかい

なと いふに驚差うつむき ハテ其様に疑かはしくばお館へ入る工夫 万事はわしが胸に有 若

殿としめし合せ 明翌(あす)は迎に行く程に そふ思ふて待たが能と 聞て心もいそ/\と アイ/\/\そん

 

ならくるはへ戻つて待て居るぞい しけの/\の呼こへにアイと返事も長畷(なはて)男も共に立もど

れば イヤ女房共 畑介様が嘸待ておgざろふ おりやちよつといてかふかい ヤ道芝様これてお別れ申

ませふ そんなら必申姉様ではない女中様 モウお暇申まする ヲゝそんならモウお帰り 随分ま

めで煩はぬ様にお勤エ おさらば さらばとつきせぬ名残 互に見返り見送りて手越の

里へかへりける かゝる折から持氏卿忍びの御遊かる/\と 御乗物に召給ひ道をはらふて出来る

お来はうつとり近習の侍 ヤア女下れ/\ ハイ/\私は茶みせの者 殿様の御通りをも存じま

せず 不重宝の段は真平御赦されて下さりませ イヤサお通りのお目さはり 片寄すされと

 

 

15

引立る ヤア/\者共暫待て 其女に用事有りと仰にハット近習の武士異議を正して控へいる

持氏卿はしづ/\と床几を仮の御もふけ ゆう/\と御腰かゝり お来が容義にめてさせた

まひ コリヤ/\女 そちや此茶店の者よな かゝるいぶせき所に似合ぬハテあてやか成きりやう

其も不思議の縁 そちか手づから茶をもてやい ソレ/\銀のお茶碗 コリヤ/\其茶碗では

気が替らぬ やはり茶店の其茶碗早ふ/\と有ければ 夫早く持て/\ ハツト恐れて立上り

気もわく/\と涌く茶釜 嗜茶碗清水焼 茶台に乗せておづ/\と おもはゆけにぞ

さし出す 茶わん取上持氏卿 御きけん能打笑給ひ ホゝ天晴成茶の香気 ハテ扨遠目

 

に見るゟも猶美しき此花香 ヤソレ乗物の歌書を持て 畏て近習の武士取出しさし上れば

挟し枝折をとらせ給ひ 往古(いにしへ)西行法師が吉野にて 花の名所を求めんと幾重の

山に分入しに 道を尋る人もなく案じ煩ふ道芝の 木草に付けし白紙を慕ひ花の名

所を得たりし時 よしの山 去年(こぞ)の枝折の道かへて まだ見ぬ方の花を尋ん 夫ゟ是を枝折

と名付く 今其が心も同じ 此花の姿に迷ふ道しるべの此枝折 ナ コリヤ サ合点が行たかと古

ことを花によそへし御たはむれさし出し給へば お来は夫と推量し ハツト驚き恐れ入 ハアゝ勿体ない

恐多い 賎しい私が茶の給仕 御ほうびのお詞 又賎しい此花お手折なされんとの御意

 

 

16

冥加ないと申ませふか 有難づは存じますれど 此花も主有梢折取事は憚りながら御

赦されて下さりませと恐れ入たる詞のはし ムゝ扨は其花には主有とな たとへ花守有にもせよ

其が心の儘根引にし館へうつし詠るは安けれ共 木折にせんは無下なるべし サ得としあんし返歌せ

よと仰に何と夕日顔影 良時うつる其所へ 紙崎主膳しづ/\と 家来引ぐし謹で 今日

京都ゟ上意の趣出来 御迎の為参上仕る ホヲゝ紙崎大義/\ ヤナニ女 必々返歌を

待つと 御乗物に召給へば 近習若党備を立てしづ/\歩む跡備へ 紙崎はいぶかしく女に

急度目を付て 心の要〆て行 扇が谷のお館へ御供申急ぎ行 お来は跡を詠めやり 思

 

はすほつと溜息つぎ テモ扨もひやいな事 そしてしんきな物を貰ふたと くつたく半ばへ夫の源蔵

戻りかゝつて一しあん ヲゝ能所へ戻らんしたコレマア聞て下さんせ ヲゝ様子は皆知ている ヤ女房共そなた

に談合することが有聞てくれるか エゝ改つた事云しやんす マア何でござんすへ イヤ少思ふ子細有ば

暫の中親里へ逝(いん)でたも エゝそりやマアどふして其訳は サゝゝ様子云ねば驚きは尤 知りやる通り

足軽位の切米では いつかな出世の時は得ぬ 心当は都へ立越奉公に有付ば 其時こそ立

身出世 聞分けてたも女房と 思ひ込だる夫の顔 訳を知ねば気にかゝり ムゝコリヤとふでも深い心入れ

コレ女房のわしに何遠慮 なぜいふて下さんせぬ ハテ其訳は跡でしれる 得心て早ふいね イヤ/\訳を

 

 

17

聞ねば何ぼでも逝る事はわしやいや/\ 様子を聞して下さんせと縋り歎は エゝ聞分けない

夫が出世の妨せばふうふの縁を切ふか サア夫は 得心したら早ふ逝ね ハア はつと斗に胸せまりしばし

涙にくれけるか 良(稍?)有て心付 ヲゝ夫(それ)よ 思ひ廻せば廻す程 私は爰にいられぬ品 知て夫がそ

れぞ共云れぬ訳故親里へ 身を隠せとのこと成かと いはず語らす心で納め成程 是から直に

親里へ逝まする 有付次第無事の便りを聞して下さんせ ヲゝよふ合点した いさいは早速

しらせの状 かならずまつて居ますぞへ 随分まめで お達者でと互につゝむ胸と胸

明ていはれぬ暇乞涙にくれのかねのこへ空に しられぬ五月雨や 泣別れてぞ 〽行末の