仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(六)末摘花

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567564

 

1

末摘花

 

2

思へどもなをあかざりし夕がほの梅雨にをくれし

ほどの心ちを年月ふれどおぼしわすれず。こゝ

もかしこもうちとけぬかぎりのけしきばみ

心ふかきかたの御いとましさにけぢかくなつ

かしかりし哀ににる物なうこひしくおぼえ

給ふ。いかでこと/\しきおぼえはなく。いとらうた

げならん人のつゝましき事ならん。みつけ

てしがなと。こりずまにおぼしわたされど。すこし

ゆへづきて聞ゆるわたりは御みゝとまり給はぬ

くまなきに。さてもやとおぼしよるばかりのけ

はひ有あたりにこそはひとくだりをもほの

 

 

3

めかしけるになびき聞えず。もてはなれ

たるはおさ/\あるまじきぞいとめなれたるや

つれなう心づよきはたとしへなうなさけをく

るゝまめやかさなど。あまり物の程しらぬやう

に。さてしもすぐしはてず名残なくくづを

れてなを/\しきかたにさだまりなどする

もあればの給ひさしつるもおほかりけり。かのうつ

せみをものゝおり/\にはねたうおぼしいづ萩

の葉もさりぬべき風のたよりある時はおどろ

かし給おりもあるべし。ほかげのみだれたりし

さまは又さやうにてもみまほしくおぼす。おほ

 

かたなごりなきものわすれをずえし給はざり

ける。左衛門のめのとゝて大貳のあま君のさし

つぎにおぼいたるがむすめたいふの命婦とてさふ

らふ。わかんどをりのたいふなるがむすめ

なりけり。いといたう色このめるわかうどにて

有けるを。君もめしつかひなどし給はゝはちく

ぜんのかみのめにてくだりにければちゝ君のもと

を里にて行かよふ。故ひたちのみこのすえに

まうけていみじうかしづき給し御むすめ心

ぼそくてのこりい給へるを物のついでにかたり

聞えければ哀のことやとてとひきゝ給ふ。心ばへ

 

 

4

かたちなどふかきかたはえしり侍らず。かいひそめ

人うとうもてなし給へばさへきよいなどもの

ごしにてぞかたらひ侍る。さんをぞなつかしき

かたらひ人と思へると聞ゆればみつのともにて

いま一くさやうたてあらんとて我にきかせよ。ちゝ

みこのさやうのかたにいとよしづきて物し給ふ

ければ。をしなべての手づかひにはあらじと思ふ

とかたらひ給ふ、さやうにきこしめすばあkりには

侍らずやあらんといへば。いたうけしきばまし

や。このごろのおぼろ月夜にしのびて物をんま

かでよとの給へば。わづらはしと思へどうちわたり

 

ものどやかなる春のつれ/\゛にまかでぬ。ちゝの

大輔の君はほかにぞすみける。こゝには時/\ぞ

かよひける。命婦はまゝ母のあたりはすみもつ

かず姫君のあたりをむつびてこゝにはくるなり

けり。の給ひしもしるくいざよひの月おかしき

程におはしたり。いとかたはらいたきわざかな。も

のゝ音(ね)すむべき夜のさまにも侍らざめるにと

聞ゆれど猶あなたにわたりてたゞひと声も

よほし聞えよ。むなしくてかへらんがねたかる

べきをとの給へば。いとけたるすみかにすへ奉り

てうしろめたうかたじけなしと思へど。しん

 

 

5

殿にまいりたればまだかうしもさながら梅

の香おかしきをみいだして物し給ふ。すきお

りかなと思ひて御ことのねいかにまさり侍らん

と思給へらるゝよのけはひにさそはれ侍りて

なん心あはたゝしきいていりにえうけ給は

らぬこそくちおしけれといへば。哀はしる人こそ

あなれ。もゝしきに行かふ人のきくばかりやは

とてめしよするも。あいなういかゞきゝ給はんと

むねつぶる。ほのかにかきならし給おかしふ

聞ゆ。なにばかりふかきてならねど。ものゝねがらの

すぢことなるものなれば。きゝにくゝもおぼさ

 

れずいといたうあれわたりてさびしき所に

さばかりの人のふるめかしう所せくかしづき

すへたありけん名残なくいかにおもほしのこす事

なkらん。かやうのところにこそは昔物がたりにも

哀なる事ども有けれなど思ひつゞけて。もの

やいひよらましとおぼせとうちつけにやお

ぼさんと心はづかしくてやすらひ給。命婦

かどある物にていたうみゝならさせ奉らじと思

ければ。くもりがちにはべめり。まらうどのこんと

侍りつる。いとひがほにもこそいま心のどがにを

みかうしまいりなんとていたうもそゝのか

 

 

6

さでかへりたれば。なか/\なるほとにてもやみ

ぬるかな。ものきゝわくほどにもあらでねた

との給ふけしきおかしとおぼしたり。お

なじくはけぢかき程のたちぎゝをさせよ

との給へど心にくゝてと思へばいでやいとかすか

なる有さまに思ひきえて心ぐるしげにも

のし給めるを。うしろめたきさまにやといへば

げにさも有とにはかにわれも人もうちとけてか

たらふべき人のきはゝきはとこそあれなど哀

におぼさるゝ人の御程なれば猶さやうのけし

きをほのめかせとかたらひ給。又ちぎり給へるかたや

 

あらんかと忍てかへり給ふ。うへのまめにおはしますと

もてなやみ聞えさせ給ふこそおかしう思給へらるゝ

おり/\侍れ。かやうの御やつれすがたをいかで

かは御覧じつけんと聞ゆれば。たちかへりうち

わらひてこと人のいはにゃうにとかなあらはされ

そ。これをあだ/\しきふるまひといはゞ女の

ありさまくるしからんとの給へばあまりいと

めいたりとおぼしており/\かうの給をはづかし

と思て物もいはず。しん殿のかたに人のけはひ

きくやうもやとおぼしてやをらたちいでた

まふ。すいがいのたゞすこしおれのこりたるかく

 

 

7

れのかたちにたちより給に。もとよりたてる

おとこありけり。たれならん心がけたるすき物

ありけりとおぼしてかげにつきてたちかくれ

給へばとうの中将なりけり。此ゆふつかたうちより

もろともにまかで給ける。やがて大殿にもよら

ず二条院にもあらで引わかれ給けるを。いづち

ならんとたゞならで我も行かたあれどあとに

つきてうかゞひけり。あやしきむめにかりきぬ

すがたのないがしろにてきければ。えしり給はぬ

にさすがにかうことかたにいり給ぬれば心もえ

ず思ひけるほど物のねにきゝついてたてるに

 

かへりや出給ふとしたまつなりけり。君はたれと

もえみわき給はで我としられじとぬいあしに

あゆみのき給に。ふとよりてふりすてさせ給へる

つらさじ御をくりつかうまつりるつは

 (頭中将)もろともにおほうち山はいでつれどいるかた

見せぬいざよひの月とうらむるもねたけれど

此君とみ給ふにすこしおかしうなりぬ人の思ひ

よらぬことよとにくむ/\

 里わかぬかけをばみれどゆく月のいかさの山

をたれかたづぬるかうしたひありかばいかに

せさせ給はんと聞え給。まことはかやうの御

 

 

8

ありきには。ずいじんからこそはか/\゛しき事も

あるべけれ。をくらさせ給はでこそあらめ。やつれ

たる御ありきはかる/\゛しき事もいでき

なんとをし返しいさめ奉る。かうのみみつけち

ならをねたしとおぼせどかのなでしこはえ

たづねしらぬを。おもきこうに御心のうちにおぼし

いづ。をの/\ちぎれるかたにもあまへて。え行わ

かれ給はず。ひとつ車にのりて月のおかしきほ

どに雲がくれたるみちのほど笛ふきあはせてお

ほ殿におはしぬ。さきなどもをちせ給はず忍び

いりて人見ぬらうに御なをしどもめして

 

きかへ給。つれなう今くるやうにて御笛ども吹

すさひておはすれば。おとゞれいのきゝすぐし給

はでこまふえとり出給へり。いと上ずにおはす

ればいとおもしろう吹給ふ。御ことめしてうちに

もこのかたに心得たる人々にひかせ給。中務(なかつかさ)の君

わざとびはゝひけど頭の君心かけたるをもて

はなれて。たゞこの玉さかなる御けしきのなつ

かしきをばえそむき聞えぬに。をのづからかくれ

なくて大宮などもよろしからずおぼし成たれば

物おもはしくはしたなき心ちして。すさまし

げによりふしたり。絶てみたてまつらぬ所に

 

 

9

かけはなれなんもさすがに心ほそく思ひみだれ

たり。君たちは有つるきんの手をおぼしいでゝ

哀げなりつるすまいのさまなどもやうかへ

ておかしう思ひつゝげにあらましごとにいと

おかしうらうたき人の。さて年月をかさねい

たらん時みそめていみじう心ぐるしくは人に

もてさはがるばかりや。わが心もさまあしからむ

などさへ中将は思ひけり。この君のかうけしき

ばみありき給ふをまさにさてはすぐし給ひ

てんやとなまねたうあやうがりけり。その後こ

なたかなたよりふみなどやり給べし。いづれ

 

かへり事みえずおぼつかなく心やましきにあ

まりうたてもあるかな。さやうなるすまひす

る人は物思しりたるけしきはかなき木草そ

らのけしきにつけてもどりなしなどして

心ばせをしはからるゝおり/\あらんこそ哀なる

べけれ。をもしとてもいとかうあまりむもれた

らんは心づきなくわるびたりと中将はまいて

心わられしけり。れいのへだて聞え給はぬ所

にて思ひ/\の返事はみ給ふや心見にかすめた

りしこそはしたなくてやみにしがとうれふ

れば。さればよいひよりにけるをやとほゝえまれ

 

 

10

て。いざみんとしも思はねばにや。みるとしもなしと

いらへ給ふを人わきしけるとねたう思ふ。君はふ

かうしも思はぬことの。かうなさけなきをすざ

まじく思ひなり給ひにしかど。かうこの中

将のいひありきけるをことおほくいひなれた

らんかたにぞなびかんかし。したりかほにもとの

ことを思ひはなちたらむいけしきこそうれはし

かるべけれとおぼして命婦をまめやかにかたらひ

給ふ。おほつかなうもてはなれたる御けしき

なんいと心うき。すき/\゛しきあたにうたかひ

よせ給にこそあらめ。さりともみじかき心はえ

 

つかはぬ物を人の心ののどやかなることなくて

思はずにのみあるになん。をのづからわがあやま

ちにもなりぬべき心のとかにておやわらから

のもてあつかひうらむるもなう心やすからん

人はなか/\なんらうたかるべきとの給へば。いで

やさやうにおかしきかたの御かたやどりにはえ

しもやとつきなげにこそみえ侍れ。ひとへにもの

つゝみし。ひきいりたるかたはしもありがたう

ものし給ふ人になんとみるありさまかたり聞

ゆ。らう/\しうかどめきたる心はなきなめり

いとこめかしうおほどかならんこそらうたくは

 

 

11

あるべけれとおぼし忘ずの給。わらはやみにわづ

らひ給ひ人しれぬもの思ひのまぎれも御心

のいとまなきやうにて春衣すぎぬ。秋のころほ

ひしづかにおぼしつゞけて。かのきぬたのをとも

みゝにつきてきゝにっくかりしさへ恋しうおぼし

出らるゝまゝにひたちの宮はしば/\聞え給へ

ど猶おぼつかなうのみあれば。よつがず心やましう

まけてはやまじの御心さへそひて命婦をせめ

給ふ。いかなるやうぞいとかゝる事こそまだしら

ねといとものしと思ひての給へ場。いとおしと

思てもてはなれてにげなき御事どもおも

 

むき侍らずたゞおほかたの御物つゝみのわりな

きにてをえさしいで給はぬとなんみ給ふると

聞ゆれば。それこそはよつがぬ事なれ。物思ひしる

まじきほどひとり身をえ心にまかせぬほと

こそさやうにかゝやかしきもことはりなれ。何

事も思ひしづまり給へなんと思ふにこそ。そこ

はかとなくつれ/\゛に心ぼそうのみおぼゆるを

おなじ心にいらへ給はんはねがひかなふ心ちなん

すべき。なにやかやとよつけるすぢならでその

あれたるすのこにたゝずまゝほしきなり。い

とおぼつかなうこゝろえぬこゝちするを。かの

 

 

12

御ゆるしなくともたばかれかし。心いられしうたて

あるもてなしにはよもあらじなどかたらひ

給ふ。なを世にある人のありさまをおほかたな

るやうにてきゝあつめみゝとゞめ給ふくせのつ

き給へるをさう/\しきよひ井などにはか

なきついでにさる人こそとばかり聞えいでた

りしに。かくわさとがましうの給ひわたればなま

わづらはしく。よしめきなどもあらぬをなか/\

なるみちびきにいとおしきことやみえんなど

思ひけれど君のかうまめやかにの給ふに。きゝいれ

ざらんもひか/\しかるべし。ちゝみこおはしける

 

おりにだにふりにたるあたりとてをとなひ聞

ゆる人もなかりけるをましていまはあさぢわく

る人もあとたえたるに。かく世にめづらしき御け

はひのもりにほひくるをばなま女ばらなども

えみまけてなをきこえ給へとそゝのかし奉

れど。あさましうものつゝみし給心にてひた

ふるに見もいれ給はぬなりけり。命婦はさらば

さりぬべからんおりに。ものごしに聞え給はん

ほど御心につかずはさてもやみねかし。又さるべき

にて。かりにもおはしかよはんをとがめ給べき人

なしなど。あためきたるはやりごゝろは打

 

 

13

思ひてちゝぎみにもかゝる事などもいはざり

けり。八月廿よ日よいすぐるまで。またるゝ月の

心もとなきにほしの光ばかりさやけく松の木

ずえ吹風のをと心ぼそくて。いにしへの事かたり

出てうちなきなどし給。いとよきおりかなと思

て御せうそこや聞えつらん。れいのいと忍てお

はしたり。月やう/\いでゝあれたるまがきの

程うとましく打ながめ給に。きんそゝのがさ

れてほのかにかきならし給ほどけしうはあら

ず。すこしいまめきたるけをつけばやとぞみ

だれたる心には心もとなく思いたる。人めしなき

 

所なれば心やすくいり給。命婦をよばせ給ふ

いましもおどろきがほにいとかたはらいたきわ

ざかな。しか/\こそおはしましたなれつねにかう

恨聞え給ふを心にかなはぬよしをのみ聞えす

まひ侍れば。みづからことはりも聞えしらせん

との給わたるなり。いかゞきこえかへさんなみ/\

のたはやすき御ふるまひならねば心ぐるしき

をものごしにて聞え給はんこときこしめせ

といへば。いとはづかしと思ひて人に物聞えんやうも

しらぬをとておくざまへいざり入給ふさまいと

うい/\しげなり。うちわらひていとわか/\

 

 

14

しうおはしますこそ心ぐるしけれ。かぎりなき

人もおやのあつかひうしろみ聞え給ほどこそ

わかび給もことはりなれ。かばかり心ほそき御

有さまに猶世をつきせずおぼしはゞかるはつき

なうこそをしへ聞ゆ。さすがに人のいふ事はつ

ようもいなひぬ御心にていらへ聞えてたゞ

きけとあらばかうしなどさしては有なん

との給。すのこなどはひんなう侍りなん。をし

たちてあは/\しき御ふるまひなどはよも

などいとよくいひなして。ふたまのきはなる

さうじてづからいとつよくさして御しとね

 

打すき引つくろふ。いとつゝましげにおぼした

れどかやうの人に物いふらん心ばへなども夢に

しり給はざりければ。命婦のかういふをあるやう

こそいと思て物し給ふ。あのとだつおい人などは

ざうしにいりふして夕まどひしたるほど

なり。わかき人二三人あるは。よにめでられ給ふ御

ありさまをゆかしきものに思。聞えてこころけ

さうじあへり。よろしき御ぞたてまつりかへ

つくろひ聞ゆれば。さうじみはなにの心気さう

もなくておはす。おとこはいとつきせぬ御さま

を打悲び。よういし給へるけはひいみじう

 

 

15

なまめきて。みらん人にこそみせめ。なにのはへ

有まじきわたりをあないとをしと命婦

は思へど。たゞおほどかにものし給をぞ。うしろ

やすうさしすぎたる事は見え奉り給はじ

と思ける。わがつねにせめられ奉るつみさりこ

とに。こゝろぐるしき人の御もの思ひやいで

こんなどやすからず思ひいたり。きみは人の御

ほどをおぼせばされくつがへる今やうのよし

ばみよりは。こよなうおくゆかしうとおぼしわ

たるに。とかうそゝのかされていざりより給へる

けはひ忍びやかに。えびのかいとなつかしう

 

かほり出ておほとかなるをさればよとおぼす。と

しころ思わたるさまなどいとよくの給つゞくれ

どましてちかき御いらへはたえてなし。わり

なのわざやとうちなげき給ふ

 いくそたび君がしゞまにまけぬらん物な

いひそといはぬたのみにの給ひもすてゝよかし

玉だすきくるしとの給ふ君の御めのとこじゝう

とてはやりかなるわか人いと心もとなうかた

はらいたしと思てさしよりて聞ゆ

 かねつきてとぢめんことはさすがにてこたへ

まうきぞかつはあやなきいとわかびたるこえ

 

 

16

のことにおもりかならぬを。人づてにはあらぬやう

に聞えなせば。ほどよりはあまへてときゝ

給へどめづらしきに中々んくちふたがるわざ

かな

 いはぬをもいふにまさるとしりながらをし

こめたるはくるしかりけり。なにやかやとはか

なき事なれどおかしきさまにもまめやか

にもの給へど。なにのかひなし。いとかゝるもさ

まかへて思ふかたことにものし給人にやと

ねたくて。やをらをしあけていり給にけり。

命婦あなうたてたゆめ給へるといとおしければ

 

しらずかほにてわがかたへいにけり。このわか人と

もはた世にたぐひなき御ありさまのをとぎゝ

につみゆるし聞えておどろ/\しうもなげ

かれず。たゞ思ひもよらずにはかにてさる御

こゝろもなきをぞ思ひける。さうしみはた

だ我にもあらずはづかしくつゝましきより

外のこと又なければ。いまはかゝるぞ哀なるかし

まだよなれぬ人のうちかしづかれたると見ゆ

るし給ふ物から。心えすなまいとおしとおぼゆる

御さまなり。何事につけてかは御心のとまらん

打うめかれてよふかういで給ぬ。命婦はいか

 

 

17

ならんとめさめてきゝ」ふせりけれど。しりがほ

ならふちて御をくりにともこはづくらず。君

もやをらしのびて出給ひにけり。二条院におはし

てうちふし給て。なを思ひにかなひがたき世に

こそとおぼしつゞけてかるらかならぬ人の御ほど

を心ぐくしとぞおぼしける。思みだれておはす

るに。頭中将きてこよなき御あさいかな。ゆへあ

らんかしとこそ思給へらるれといへば。おきあ

がり給ひて心やすきひとりねのとこにてゆるび

にけりや。うちよりかとの給へば。しかまかで侍る

まゝなり。朱雀院の行幸けふなん。がく人まひ

 

人さだめらるべきよし。よべうけ給はりしを。お

とゞにもつたへ申さんとてなんまかで侍る

やがてかへり参りぬべう侍りといそがしげな

れば。さらはもろともにとて御かゆこはいひめし

て。まらうどにも参り給ひてひきつゞたれど

ひとつにたてまつりて猶いとねふたげなり

ととがめいでつゝ。かくい給事おほかりとぞうら

み聞え給ふ事どもおほくさだめらるゝ日にて

うちにさふらひくみし給ひつ。かしこにはふみを

だにといとおしくおぼし出てて夕つかたぞあり

ける。雨ふり出て処せくもあるにかさやどりせん

 

 

18

とはたおぼされずや有けん。かしこにはまつ

程すぎて命婦もいと/\おしき御さまかなと

心うく思けり。さうじみは御心のうちにはづ

かしう思つゞけ給ひてけさの御文のくれぬるも

とかうしも思わき給はざりけり

 (源氏)夕霧のはるゝけしきもまだ見ぬにいぶ

せきそふるよひの雨かな雲ままちいてんほど

いかに心もとなうとありおはしますまじき御

けしきを人/\むねつぶれて思へど。なを聞え

させ給へどそゝのがしあへれど。いとゞ思ひみだれ

給へる程にて。えがたのやうにもつゞけ給はねば

 

夜ふけぬとて侍従ぞれいのをしへ聞ゆる

 はれぬ夜の月まつさとを思ひやれおなじ心

にながめせずとも。くち/\にせめられてむらさ

きのかみのとしへにければ。はひをくれふるめい

たるに。てはさすがにもじづようなかさだのつぢ

にて。かみしもひとしくかい給へり。みるかひなう

打をき給。いかに思ふらんと思ひやるもやすから

ず。かゝることをくやしなどはいふにやあらん。さ

りとていかゞはせん我さりとも心ながら見はてゝ

むとおぼしなす御心をしらねばかしこにはいみ

じうぞなげい給ひける。おとゞよにいりてまかで

 

 

19

給にひかれたてまつりて大殿におはしましぬ

行幸のことをけうありとおもほして君だち

あつまりての給ひをの/\まひどもならひ

給を。そのころの事にてすぎゆく物のねども

つねよりもみゝかしかましくて。かた/\いどみ

つゝれいの御あそびならず大ひちりきさくは

ちのふえなどのおほごえを吹あげつゝ。たいこを

さへかうらんのもとにまろばしよせて。てづから

うちならしあそびおばさうす。御いとまなき

やうにてせちにおぼす所ばかりにこそぬすま

はれ給へ。かのわたりにはいとおぼつかなくて秋

 

くれはてぬ。なをたのみこしかひなくてすぎゆく

行幸ちかくなりてしがくなどのゝしる頃ぞ。命

婦はまいれる。いかにぞなどとひ給ていとおしと

はおぼしたり。ありさま聞えていとかうもて

はなれたる御心ばへは見給ふる人さへ心ぐるしく

なとなきぬばかり思へり。心にくゝもてなして

やみなんと思へりしことをくたいてける。心もな

くこの人の思ふらんをさへおぼす。さうじみのもの

はいはでおぼしうづもれ給らんさま思ひやり

給ふもいとおしければ。いとまなき程。そや。わり

なしと打なげい給て物思ひしらぬやうなる

 

 

20

心ざまをこらさむと思ふぞかしとほゝえみ給

へる。わかううつくしげなれば我もうちえまるゝ

心ちしてわりなの人にうら見られ給。御よ

はひは思ひやりすくなう御心のまゝならん

もことはりと思ふ。この御いそぎのほどすぐし

てぞとき/\゛おはしける。かの紫のゆかりたづね

とり給ては其うつくしみに心いり給て六条

わたりにだに。かれまさり給めればましてあれ

たる宿はあはれにおぼしをこたらずながら

物うきぞわりなかりける。ところせき御もの

はぢをみあらはさんの御心もことになくて

 

すぎゆくを。打かへし見まさりするやうもあり

かし。てさぐりのたど/\゛しきにあやしと心

得ぬ事もあるにや。みてしがなとおもほせど。け

ざやかにとりなさんもまばゆし。うちとけた

るよにいのほどやをらいり給てかうしの

ざまよりみ給ひけり。されどみづからはみえ給べく

もあらず几丁などいたくそこなはれたる物から

年へにけるたちどかはらず。をしやりなどみだ

れねば心もとなくて。こだち四五人いたり。御だい

ひそくやうのもろこしのものなれど人わろき

になにのくさばひもなくあはれげなる。まかでゝ

 

 

21

人々くふ。すみのまばかりにいぞいとさむげなる女

房しろききぬのいひしらずすゝけたるに

きたなげなるしびらひきゆひつけたるこし

つきかたくなしげなり。さすがにくしをしたれ

てさしたるひたいつき。ないけうばう内侍所の程

にかゝる物どものあるばやとおかしかけても人の

あたりにちかうふるまふ物どもしり給はざり

けり。あはれさもさむきとしかな。いのちなが

ければかゝる世にもあふ物なりけりとてうち

なくもあり。故宮おはしまし世をなどて

かうしと思ひけん。かくたのみなくてもすぐる

 

物なりけりとてとびたちぬべくふるふもあり

さま/\に人わろき事どもをうれへあへるを

きゝ給もかたはらいたければたちのきて。たゞ今

おはするやうにてうちたゝき給。そゝやなどい

ひて火とりなをし。かうしはなちてうちいれ奉

る。侍従は斎院にまいりかよふ?(ワカ)人にて此頃は

なかりけり。いよ/\あやしうひなびたるかぎ

りにてみならはぬ心ちぞする。いとゞうれふな

りつる雪かきたれいみじうふりけり。空のけし

きはげしう風ふきあれておほとなぶらき

えにけるを。ともしつぐる人もなし。かの物にを

 

 

22

そはれしおり。おぼしおられてあれたるさま

をとらざめるを。ほどのせばう人げのすこしある

などになぐさめたれど。すこううたていざとき

心ちする夜のさまなり。おかしうも哀にもやう

がへて。心となまりぬべき有さまをいとむもれすく

よかにて何のはへなきをぞ口おしうおぼす。からう

してあけぬるけしきなればかうしてづからあ

げ給て。まへの前栽の雪をみ給ふ。ふみあけたる

跡もなくはる/\゛とあれわたりていみじうさ

びしげなるに。ふりいでゝゆかんこともあはれ

にておかしきほどの空もみ給へつきせぬ御心

 

のへだてこそわりなけれと恨聞え給ふ。まだ月

のくらけれど雪のひかりにいとゞきよらにわかう

みえ給をおい人どもえみつかへてみ奉る。はやい

でさせ給へあふぃきなし心うつくしきこそなど

をしへ聞ゆれば。さすがに人の聞ゆる事をえい

なひ給はぬ御心にて。とかうひきつくろひてい

ざり出給へり。見ぬやうにてとのかたをながめ

給へどしりめはたゞならず。いかにぞ打とけま

さりのいさゝかもあらばうれしからんとおぼすも

あなかちなる御心なりや。まづいだけのたかう

をせなかにみえ給ふに。さればよとむねつぶれぬ

 

 

23

打つぎてあなかたわとみゆるものは。御はなな

りけり。ふとめとまる。ふかんほさちののり物

とおぼゆ。あさましうたかうのびらかにさきのかた

すこしたりて色づきたるほど。ことのほかに

うたてあり。いろは雪はづかしくしろうてさ

ほにひたいつきこよなうはれたるに。なをしも

がちなるおもやうはおほかたおどろ/\しう。な

がきなるべし。やせ給へる事いとおしげにさら

ぼひてかたの程などいたげなるまで。きぬのうへ

だにみゆ。なにゝ残りなう見あらはしつらんと

思ふ物かもめづらしきさまのしたれば。さすがに

 

うちみやられ給ふかしらつきかみのかゝりばしも

うつくしげにめでたしと思聞ゆる人々にも

おさ/\おとるまじう。うちきのすそにたまり

てひれたる程一尺ばかりあまりたらんとみゆ

き給へる物どもをさへいひたるつも物いひさ

がなきやうなれど。むかし物語にも人の御

さうぞくをこそはまづいひためれ。ゆるしいろの

わりなううはじらみたるひとかさね。名残なう

くろきうちきかさねてうはぎにはふるきの

かはぎぬいときよらにかうばしきをき給へ

り。こだいのゆへづきたる御さうぞくなれどなを

 

 

24

わかやかなる女の御よそひにはにげなう。おどろ/\

しきこといともてはやされたり。されどげ

にこのかはなうて。はらさむからましと見ゆる

御かほざまなるをこゝろぐるしとみ給ふ。なに

事もいはれ給はずわれさへくちとぢたる心

ちし給へドれいのじゝまも心みんとこかうき

こえ給ふに。いたうはぢらひてくちおほひし給

へるさへ。ひなびふるまけしうこと/\しう。ぎ

しき宮のねりいでたるひぢもちおぼえて。さ

すがにうちえみ給へるけしきはしたなう

すゞろひたり。いとおしく哀にていとゞいそぎ

 

出給ふ。たのもしき人なき御有さまをみそめたる

人にはうとからず思ひむつび給はんこそほい有

心ちすべけれ。ゆるしなき御けしきなればつ

らうなどことつけて

 朝日さす軒のたるひはとけながらなどか

つらくのむすぼゝるらんとの給へど。たゞむゝとう

ちわらひていとくちおもげなるもいとおし

ければ。いで給ひ御車よせたる中門のいとい

たうゆかひよろぼひて。よめにこそしるきな

がらもよろづかくろへたることおほかりけれ。いと

哀にひさしくあれまどへるに。松の雪のみ

 

 

25

あたゝかけにふりつめる。山ざとの心ちして物

哀なるを。かの人々のいひしむぐらのかどはかう

やうなる所なりけんかし。げんび心ぐるしくらう

たげならん人をこゝにすへてうしろめたう恋

しとおもはゞや。あるまじき物思ひい。それに

まぎれなんかしと思ふやうなるすみかに

あはぬ御ありさまは。とるべきかたなしと思

ながら我ならぬ人はましてみ忍びてんや。わか

かうて見なれけるはこみこのうしろめたしと

たぐへをき給けん玉しいのしるべなめりとぞ

おぼさるゝ。たち花のきのうづもれたるみずい

 

じんめしてはらはせ給。うらやみがほに松の木の

をのれおきかへりてさとこぼるゝ雪も名にた

つすえのとみゆるなどを。いとふかゝらずとも

なだらかなるほどにあひしらはん人もがな

と見給ふ。御車いづべきかどはまだあけざり

ければ。かきのあづかり尋いでたればおきなの

いといみじきぞいできいたる。むすめにやむま

ごにや。はしたなるおほきさの女のきぬはゆ

きにあひてすゝけまどひさむしと思へる

けしきふかうてあやしき物に火をたゞほ

のかにいれて。袖くゝみにもたり。おきなが戸を

 

 

26

えあけやらねばよりてひきたすくるいとかた

くなかり。御ともの人よりてぞあけつる

 ふりにけるかしらの雪をみる人もをとらず

ぬらすあさの袖かなわかきものはかたちかくれず

と打ずし給て。はなの色に出ていとさむしと

みえつる御おもかげふと思いい出られてほゝえ

まれ給。頭中将にこれを見せたらん時いかな

る事をよそへいはん。つねにかゞひくればいま

みつけられなんと。すべなうおぼす。よのつねなる

程のことなることなさならば思すてゝもやみぬ

べきをさだかに見給て後は中々哀にいみじく

 

てまめやかなるさまにつねにをとづれ給。ふるき

のかはならぬ。きぬ。あや。わた。などおい人共のさ

るべき物のたぐひ。かのおきなのためまでかみし

もおぼしやりてたてまつり給。かやうのま

めやかこともはづかしげならぬを。こゝをやすく

さるかたのうしろみにてはぐゝまんとおほし

とりて。さまことにさならぬうちとけわざもし

給ひけり。かのうつせみのうちとけたりしよいの

そばめは。いとわろかりしかたちさまなれど。も

てなしにかくされてくちおしうはあらざりき

かしをとるべきほどの人なりやは。げにしなにも

 

 

27

よらぬわざなりけり。心ばせのなだらかにねた

げなりしを。まけてやみにしがなと物の

おりごとにはおぼしいづ。年もくれぬ内の殿

い所におはしますに。たいふの命婦まいれり。

御けづりぐしなどにはけさうだつすぢなう

心やすき物の。さすがにの給ひたはふれなどし

てつかひならし給へれば。めしなき時も聞ゆべき

事あるおありはまうのぼりけり。あやしきこ

との侍るを聞えさせざらんもひが/\しう思

給へわづらひてと。ほゝへみて聞えやらぬをな

に様の事ぞ。われにはつゝむ事あらじとなん

 

思ふとの給へば。いかゞはみづからのうれへはかしこく

ともまづこそはこれはきこえさせにくゝなん

といたう事こめたれば。れいのえんなるとにく

みたまふ。かのみやより侍る御ふみとてとりい

でたり。ましてこれはとりかくすべきことかは

とてとり給も。むねつぶるみちのくにがみの

あつごえたるに匂ひばかりはふかうしめ給へり。

いとようかきおほせたりうたも

 から衣君が心のつらければたもとはかくぞ

そほちつゝのみ心えずうちかたふき給へるに

つゝみに衣ばこのおもりかにこたいなる打を

 

 

28

きてをしいでたり。これをいかでかはかたはらい

たく思給へざらん。されどついたちの御よそひ

とてわざと侍めるをはしたなうはえ返し

侍らず。ひとりひきこめ侍らんも人の御心たがひ

侍べければ。御らんぜさせてこそはと聞ゆればひ

きこめられなんはからかりなまし袖まきほ

さん人もなき身にいとうれしき心ざしにこそ

いとの給て。ことにものいはれ給はずさてもあ

さましのくちつきや。これこそはてづあkらの御

ことのかぎりなめれ。侍従こそはとりなをすべ

かめれ。また筆のしりとるはかせぞなかるべきと

 

いふかひなくおぼす。心をつくしてよみ出給へらん

程をおぼすに。いともかしこきかたとはこれを

もいふべかりけりとほゝえみてみ給ふを。命婦

おもてあかみて見奉る。いまやう色のえゆるす

まじくつやなうふるめきたるなをしのうら

うへひとしうこまやかなる。いとなを/\しう

つま/\゛ぞみえたる。あさましとおぼすに此文

をひろげながら。はしに手ならひすさび給ふを

そばめにみれば

 なつかしき色ともなしになにゝこのすえ

つむ花を袖にふれけんいろこき花とみしかども

 

 

29

などかきけがし給。花のとがめをなをあるやう

あらんと思いあはする。おり/\の月影など

をいとおしき物から。おかしうおもひなりぬ

 くれないのひとはな衣うすくともひたすら

くたすなをしたてずはこゝろぐるしのよやと

いたうなれてひとりごつを。よきにはあらねど

かうやうのかいなでにだにあらましかばと返々

くちおし。人のほどの心ぐるしきに名のくち

なんはさすがなり。人々まいればとりかくさん

や。かゝるわざは人のする物にやあらんと打う

めき給。なにゝ御らんせさせつらん。我さへ心なき

 

やうにといとはつかしくてやをらおりぬ。またの日

うへにさふらへば。たいばん所にさしのぞき給

て。くはやきのふの返事あやしく心ばみ。すぐ

さるゝとてなげ給へり。女房たち何事ならん

とゆかしがる。たゞ梅の花のいろのごと。みかさの山

のをとめをばすてゝと。うたひすさび出給ぬる

を。命婦はいとおかしと思ふ。しらぬ人々はなぞ

御ひとりえみはととがめあへり。あらずす。さむき

霜あさにかいねりこのめる花のいろあひや

みえつらん。御つゞしりうたのいとおしきといへ

ば。あながちなる御事かな。此なかにはにほへる

 

 

30

はなもなかめり。左近の命婦ひごのうねめや。ま

じらひつらんなど心もえずいひしろふ。御か

へりたてまつりたればみやには女房つどひて

見めでけり

 あはぬ夜をへだつる中の衣手にかさねて

いとゞみもしみよとやしろきかみにすてかい給へ

るしもぞ。中々とおかしげなるつごもりの日夕つ

かたのかの御衣ばこに御れうとて人の奉れる御

そひと/\゛えひそめのをり物の御そ。また山吹が

なにぞ色々みえて命婦ぞ奉りたる。ありし

色あひをわろしとやみ給ふなと思しらるれど

 

かれはた紅のおも/\しかりしをや。さりともき

えじとねび人ともはさだむる。御歌もこれより

のは。ことはり聞えてしたゝかにこそあれ。御かへ

りはたゞおかしきかたにこそなどくち/\に

いふ。姫ぎみともおぼろけならでしいで給へるわざ

なれば物にかきつけてをき給へりけり。ついたち

のほどすぎて。ことしおとこだうかあるべければ

れいのところ/\゛あそびのゝしり給に。物さはがし

けれどさびしき所の哀におぼしやらるれば

なぬかの日をせち会はてゝ。夜にいりて御前

よりまかで給けるを。御殿いどころにやがて

 

 

31

とまり給ぬるやうにて。夜ふかしておはし

たり。れいの有さまよりはけはひうちそよめ

き。よづいだり。君もすこしたをやぎ給へるけし

きもてつけ給へり。いかにぞあらためてひきかへ

たらん時とぞおぼしつゞけらるも。日さしいづる

ほどにやすらひなして出給ふ。東のつまどをし

あげたればむかひたるらうのうへもなく。あばれ

たれば日のあし程なくさしいりて雪すこし

ふりたるひかりにいとけざやかにみいれらる。御

なをしなど奉るをみいだしてすこしさし出

て。かたはらふし給へるかしらつきこぼれ出たる

 

ほどめでたし。おひなをりを見いでたらん時と

おぼされて。かうしひきあげ給へり。いとおし

かりし物ごりに。あけもはて給はでけうそくを

をしよせてうちかけて御びんぐきのしどけ

なきをつくろひ給ふ。わりなうふるめいたるき

やうだいからくしげかゝげのはこなど取いでた

り。さすがにおとこの御ぐさへほの/\あるをさ

れておかしとみ給ふ。女の御さうぞくけづはよつ

ぎりとみゆるは。ありしはこのこゝろばへを

さながらなりけり。さもおぼしよらずけう

あるもんつきてしるきうはぎばかりぞあやし

 

 

32

とはおぼしける。ことしだにこえすこしきかせ

給へかし。またるゝものはさしをかれて御けし

きのあらたまらんなんゆかしきとの給へば

さへづる春はとからうじてわなゝかし出たり

さりやとしへぬるしるしよとうちわらひ給て

夢かとぞみるとうちずして出で給を。みをく

りてそひふし給へり。くちおほひのそばめよ

り。なをかのすえつむ花いと匂ひやかにさし

いでたり。みぐるしのわざやとおぼさる。二条院に

おはしたればむらさきの君いともうつくしき

かたおひにてくれないはかうなつかしきも

 

ありけりとみゆるに。むもんのさくらのほそなが

なよゝかにきなして。なに心もなくてものし

給ふさまいみじうらうたし。こだいのをば君の

御名残にえてゃくろめもまだしかりけるをひ

きつくろはせ給へれば。まゆのけざやかになり

たるもうつくしうきよらなり。心からなど

かううき世を見あつかふらん。かく心ぐるしき物

をもみていたらでとおぼしつゝ。れいのもろと

もにひいなあそびし給。えなどかきて色どり

給ふ。よろづいにおかしうすさびちらし給ひけり

われもかきそへ給ふ。かみいとながき女をかき給ふ

 

 

33

てはなにべにをつけてみ給に。かたにかきても

みまうきさましたり。わが御かげのきやうだ

いにうつれるがいときよらなるをみ給て。てづ

から此あかばなをかきつけにほはしてみ給に。

かくよきかほだにましれらんはみくるしかるべ

かりけり。姫君みていみじくわらひ給。まろが

かくかたわになりなん時いかならんとの給へば

うたてこそあらめとてさもやしみつかんとあや

うく思ひ給へり。そらのごひをしてさらにこそ

しろまねようなきすさびわざなりや。うちに

いかにの給はんとすらんといとまめやかにの給を。

 

いと/\おしとおぼしてよりてのごひ給へば。へい

ぢうがやうに色どりそへ給ふな。あかからんはあへ

なんとたはふれ給ふ様いとおかしきいもせ

とみえ給へり。日のいとうらゝかなるにいつしか

とかすみわたれる。木ずえどもの心もとなき

中にも梅はけしきばみほゝえみわたれる取

わきて見ゆ。はしがくしのもとの紅梅いとゝ

くさく花にていろづきにけり

 くれにの花ぞあやなくうとまるゝむめの

たちえはなつかしけれどいでやとあいなくうち

そめかれ給。かゝる人のすえ/\゛いかなりけん