仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(七)紅葉賀

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567565

 

1

紅葉賀

 

2(左頁)

朱雀院の行幸は神無月の十日あまりなり。

よのつねならずおもしろかるべきたびの事

なりければ。御かた/\物見給はぬ事をくちおし

がり給ふ。うへも藤つぼのみ給はざらんをあかずおぼ

さるれば。試楽を御まへにてせさせ給ふ。源氏の

中将は青海波をぞまひ給ける。かたにては大

殿の頭中将かたちようい人にはことなるをたち

ならびては花のかたはらの見山木なり。いり

かたの日かげさやかにさしたるもがくのこえま

さり。物のおもしろきほどにおなじまひのあ

しぶみ。おもゝち世に見えぬさまなり。えいなどし

 

 

3

給へるな。これやほとのけの御かれうびんがのこえ

ならんと聞ゆ。おもしろく哀なるにみかどなみ

だをのごひ給。上達部みこたちもみななき給ひ

ぬ。えいはてゝ袖うちなをし給へるに。まちとり

たるがくのにぎはゝしきに。かほの宮あひま

さりてつねよりもひかるとみえ給。春宮の女御

かくめでたきにつけてもたゞならずおぼして

神など空にめでつべきかたちかな。うたてゆく

しとの給をわかき女房など心うしとみゝとゞ

めけり。藤つぼはおほけなき心なからましかば

ましてめでたくみえましとおぼすに。夢の

 

心ちなんし給ける。宮はやがて御とのいなり

けり。けふのしがくは青海波にとこみなつきぬ。い

かゞみ給ひつると聞え給へば。あいなう御いらへ

聞えにくゝて。ことに侍つとばかり聞え給。かた

てもかえいうはあらずこそみえつれ。まひのさ

まてづがひなん言えのこはことなるこの世に名を

えたるまひの師のをのこどもは。げにいとかし

こけれどこゝしうなまめいたるすぢをえなん

見せぬ。心みの日かくつくしつれば紅葉のかげや

さう/\゛しくと思へと。見せ奉らんの心にて

よういせさせつるなど聞え給ふ。つとめて中将の

 

 

4

君いかに御覧じけん。よふしらぬみだり心ち

ながらこそ

 物思ふにたちまふべくもあらぬ身の袖打

ふりし心しりきやあなかしことある御返り

めもあやなりし御さまかたちにみ給ひしのば

れずや有けん

 から人の袖ふる事はとをけれどたちいに

つけてあはれとはみきおほかたにいとあるを。か

ぎりなうめづらしく。かうやうのかたさへたど/\

しからず。人のみかどまでおぼしやれる御き

さきことばのかねてもと。ほゝえまれて。ち経の

 

やうにひきひろげてみい給へり。行幸にはみこ

たちなど世に残る人なくつかう給へり。春宮も

おはします。れいのがくのふねどもこぎめぐ

りて。もろこしこまどつくしたるまひども

くさおほかり。がくの声つゞみのをと世をひゞ

かす。一日の源氏の御夕かげゆゝしうおぼされ

て。みずきやうなど所々にせさせ給ふをきく

人もことはりとあはれがり聞ゆるに。春宮の

女御はあながちなりとにくみ聞え給。かいし

ろなど殿上人地下も心ことなりと世人に思

はれたる。いうそくのかぎりとゝのへさせ給へり

 

 

5

宰相ふたり左衛門督。右衛門のかみ。ひだり右の

がくの事をこなふ。まひの師どもなど世にな

べてならぬをとりつゝ。をの/\こもりいてなん

ならひける。木だかき紅葉のかけに四十人のかい

しろ。いひしらず吹たてたる物の音どもに。あひ

たる松風まことのみ山をろしと聞えて。ふき

まよひ色々にちりかふこの葉のなかより青

海波のかゝやきいでたるさま。いとおそろしき

まで見ゆ。かざしの紅葉いたうちりすぎて

かほの匂ひにけをされたる心ちすれば。おまへ

なる菊をおもて左大正さしかへ給ふ。日くれ

 

かゝるほどにけしきばかりの打しぐれてそらの

けしきさへ見しりがほなるに。さるいみじき

すがたにきくの色々うつろひ。えならぬをかざ

してけづはまたなきてをつくしたる。いりあやの

ほどそゞろさむく。このよの事ともおぼえず物

みしるまじき。しも人などの木のもといは

がくれ山のこのはにうづもれたるさへすこし物

の心しるはなみだおとしけり。承香殿の御はら

の四のみこまだわらはにて秋風楽まひ給

へるなんさしづきの見物なりける。これらに

おもしろさのつきにければこと/\にめもうつらず

 

 

6

かへりてはことさましにや有けん。その夜源氏

中将正三位し給。頭中将正下のがゝしし給。かん

だちめたちはみなさるべきかぎりのよろこびし

給も。此君にひかれ給へるなれば人のめをもお

どろかし心をもよろこばせ給。昔の世ゆかし

げなり。宮はそのころまかで給ぬればれいの

ひまもやとうかゞひありき給ふを。ことにてお

ほい殿にはさばかれ給。いとゞかのわか草たづね

とり給てしを二条院には人むかへ給へるなり

と人の聞えければいと心づきなしとおぼい

たり。うち/\のありさまはしりたまはずさも

 

おほさんはことはりなれど心うつくしくれいの

人のやうにうらみの給はゞ。我もうらなくうちか

たりてなぐさめ聞えてんものを。おもはずに

のみとりない給ふ心づきなさかしさも有まじ

きすさび事も出くるぞかし。人の御有さまの

かたほに其ことのあかぬとおぼゆるきずもなし

人よりさきにみ奉りそめてしかば。あはれに

やんごとなく思ひ聞ゆる心をもしり給はぬ

ほどこそあらぬ。ついにはおぼしなをされなんと

をだしくかる/\゛しからぬ御心のほども。をの

づからとたのまるゝかたはことなりけり。おさ

 

 

7

なき人は見つい給ふまゝに。いとよき心さまかたち

にて何心なくむつれまつはし聞え給。しばし

とのゝ内の人にもたれとしらせしどおぼして

猶はなれたるたいに御しつらひになくして。われ

も明暮いりおはしてよろづのことゞもをを

しへ聞え給ひて本かきてならはせなどしつゝ

たゞほかなりける御むすめをむかへ給へらん

やうにぞおぼしたる。まん所けいじなどを

はじめことにわかちて心もとなからずつかう

まつらせ給ふ。惟光よりほかの人はおぼつかなく

のみ思ひ聞えたり。かの父宮はえしり聞え

 

給はざりけり。姫君はなおとき/\゛思ひおきこえ

給ふ時は。あま君をこひきこえ給ふおりおほかり。

君のおはするほどはまぎらはし給ふをよる

などは時々こそとまり給へ。こゝかしこの御いと

まなくてくるれば出給ふをしたひ聞え給ふおり

など有を。いとらうたく思ひ聞え給へり。二

三日内にさふらひ大殿にもはするおりは。い

といたくくしなどし給へば心ぐるしうてはゝな

きこ。もたらん心ちしてありきもしづ心なく

おぼえ給。僧都はかくなんときゝ給てあやし

きものからかなしとなんおもほあしける。かの

 

 

8

御法事などし給にも。いかめしうとふらひ聞

え給へり。藤つぼのまかで給へる三条の宮に

ありさまもゆかしうて参り給へれば。命婦

中納言君。中勢などのやうの人々たいめしたり

けざやかにももてなし給かなと。やすからず思

給へど。しづめておほかたの御物語聞え給程

兵部卿宮参り給へり。この君おはすときゝ

給ひてたいめし給へり。いとよしあるさまし

ていろめかしうなよび給へるを女にてみんは

おかしかりぬべく。人しれずみたてまつり給にも

かた/\むつましくおぼえ給て。こまたかに

 

御物がたりなど聞え給。色もこの御さまのつ

ねよりことになつかしううちとけ給へるを

いとめてだしとみ奉り給ひて。むこになどは

おほしよらて。女にてみばやとおろめきたる御

心にはおもほす。くれぬればみすのうちにいり

給をうらやましくむかしはうへの御もてなし

に。いとけぢかく人つでならで物をも聞え給

しを。こよなうなどみ給へるもつらうおぼゆる

ぞ。わりなきやしば/\もさふらふべけれど。こと

ぞと侍らぬほとはをのづからをこたり侍るを

さるべき事などはおほせ事も侍らんこそ申

 

 

9

れしくなどすく/\しうていで給ぬ。命婦

たばかり聞えんかたなくみやの御けしきも有し

よりはいとゞうきふしにおぼしをきて。心とけ

ぬ御けしきもはづかしういとをしければ。なに

のしるしもなくてすぎゆくはかなの契りや

とおぼしみだるゝ事かたみにつきせず。少納言

はおぼえすおかしきよをもみるかな。これも故

尼うへのこの御ことをおぼして御をこなひに

もいのり聞え給し。仏の御しるしにやとお

ぼゆるに。大殿いとやんごとなくておはし。こゝ

かしこあまたかゝづらひ給ふをぞ。まことにおと

 

なび給はんほどはむつかしきこともやとおぼし

ける。されどかくとりわき給へる御おぼえの程

はいとたのもしげなりかし。御ぶくはゝ方はみ

つきこそはとてつごもりにはぬがせたてま

つり給を。又おうあもなくておひ出給しかば

まばゆき色にはあらでくれないむらさき山

ぶきの。ぢのかぎり。をれな御こうちきなどを

き給へるさまいみじういまめかしくおかしげ

なり。おとこ君は朝拝に参り給ふとてさしの

ぞき給へり。けふよりはおとなしく成給へり

やとてうちえみ給へる。いとめでたうあいぎやう

 

 

10

づき給へり。いつしかひいなをしすへてそゝき

い給へる。三尺のみづしひとよろひに。しな/\

しつらひすへて。またちいさきやどもつくりあ

つめて奉り給へるを。所せきまであそびひろ

げ給へり。なやらうとていぬきがこれを打こぼ

ち侍りにければつくろひ侍ぞとていと大事と

おぼいたり。げにいと心なき人のしわざにも

侍かな。いまつくろはせ侍らん。けふはこといみじて

な。ない給そとて出給けしき所せきを人々

はしに出てみたてまつれば姫君もたち出て

み奉り給て。ひいなのなかの源氏のきみつ

 

くろひたてゝ内にまいらせなどし給ふ。ことしだに

すこしおとなびさせ給へ。とをにあまりぬる

人はひいなあそびはいみ侍る物を。かく御おとこ

などまうけたてまつり給ふては。あるべかしう

しめやかにてこそみえ奉らせ給はめ。御ぐし

まいるほどをだにものうくせさせ給など少

納言聞ゆ。あそびにのみ心いれ給へればはづかし

とおもはせ奉らんとていへば。心のうちに我は

さはおとこまうけてげり。この人々の男とて

あるはみにくゝこそあれ。我はかくおかしげに

わかき人をももたりけるかなと今ぞおもほし

 

 

11

しりける。さはいへど御としのかすそふしるし

なめり。かくおさなき御けはひのことにふれ

てしるければ。とのゝうちの人々もあやしと

おもひけれどいとかう世つがぬ御そひぶしな

らんとは思はざりけり。うちより大殿にまかで

給へればれいのうるはしうよそをしき御

さまにて心うつくしき御けしきもなく。く

るしければことしよりだにすこし世づきて

あらため給ふ。御心みえばいかにうれしからむなど

聞え給へどわざと人すへてかしづき給と聞

給しよりは。やんごとなくおぼしさだめたる

 

ことにこそいと心のみをかれていとゞうとくはづ

かしくおぼさるべし。しいてみしらぬやうに

もてなしてみだれたる御けはひにはえしも

心づよからず御いらへなどうち聞え給へるはなを

人よりはいとことなりよとせばかりがこのかみに

おはすれば。打すぐしはづかしげにさかりに

とゝのほりてみえ給ふ。なに事かは此人のあかぬ

所は物し給ふ我心のあまりけしからぬす

さびに。かくうらみられ奉るぞかしとおぼし

しらる。おなじ大臣と聞ゆるなるにも。おぼえ

やんごとなくおはするが宮ばらにひとりいつき

 

 

12

かしづき給ふ御心おごりとこよなくてすこしも

をろかなるをばめざましと思ひ聞え給へr

を。おとこ君はなどかいとさしもと。ならはひ

給ふ御心のへだてどもなるべし。おとゞもかく

たのもしげなき御心をつらしと思ひ聞え

給ひながらみ奉り給ふときはうらみもわ

すれてかしづきいとなみ聞え給ふ。つとめて

いで給所に。さしのぞき給てoさうぞくし給ふ

に名たかき御おび御てづからもたせてわたり

給て御ぞの御うしろひきつくろひなど御

くつをとらぬばかりにし給。いと哀なり。これは

 

内宴などいふことも侍なるをさやうのおりに

こそなど聞え給へどそれはまされるも侍り

これはたゞめなれぬさまなればなむとてしい

てさゝせ奉り給ふ。げによろづにかしづき

たてゝみ奉り給ふに。いけるかひあり。たまさか

にてもかゝらん人もいだしいれてみんにますこ

とあらじとみえ給ふ。さむざしにとてもあま

たところもありき給はず内春宮一院ばかり。

さては藤つぼの三条の宮にぞ参り給へる。けふは

又ことにもみえ給かな。ねび給まゝにゆゝし

きまでなりまさり給ふ御ありさまかなと

 

 

13

 

人々こめて聞ゆるを宮は御几丁のひまよりほの

み給につけてもおもほす事しげかりけり

この御ことのしはすもすぎましが心もとなき

にこの月はさりともとみや人もまち聞え

うちにもさる御心まうけども有につれなくて

たちぬ。御者のけにやとよ人も聞えさはぐを

みやいとわびしう此ことにより身のいたつ

らになりぬべき事とおぼしなけくに。御心

ちもいとくるしくてなたみ給。中将の君は

いとゞ思ひあはせて御ず法などわざとはなく

てところ/\゛にせさせ給。世中のさだめなきに

 

つけてもかくはかなくてややみなんととりあ

つめてなげき給に。二月十よ日の程におとこ

みこ生れ給ひぬれば名残なく内にも宮人も

よろこび聞え給。いのちながくもとおもほすは

心うけれど弘徽殿などのうけはしげにの給ふ

ときゝしを。むなしく聞なし給はましかば

人わらはれにやとおぼしつよりてなん。やう/\

すごしつゝさはやい給ける。うへのいつしかと

ゆかしげにおぼしたる事かぎりなし。かの人

しれぬ御心にもいみじう心もとなくて人まに

参り給てうへのおぼつかながり聞えさせ給ふ

 

 

14

を。まづみたてまつりてそうし侍らんと聞え給

へど。むつかしげなるほどなれはとてみせ奉り

給はぬもことはりなり。さるはいと浅ましう

めづらかなるまでうつしとり給へるさま。たが

ふべくもあらず宮の御心のおにゝいとくるしく

人のみたてまつるもあやしかりつるほどのあ

やまりを。まさに人の思ひとがめじや。さらぬ

いかなき事をだにきずをもとむる世にいか

なる名のついにもりいづべきにかとおぼしつゞ

くるに。身のみぞいと心うき命婦の君に玉さ

かにあひ給ふていみじき事どもをつくし

 

給へど。なにのかひ有べきにもあらずわか宮の

御事をわりなくおぼつかながり聞え給へば

などかうしもあながちにの給はすらん。いま

をのづからみ奉らせ給てんときこえながら

 

思へるけしきかたみにたゞならず。かたはら

いたき事なれば。まほにもえの給はで。いか

ならん世に人づてならできこえさせんとて

ない給さまぞ心ぐるしき

 (源氏)いかさまにむかしむすべる契りにてこの

世にかゝる中のへたてぞかゝることこそ心得がたけ

れとの給ふ。命婦も宮のおもほしみだれたる

 

 

15

さまなどをみ奉るに。えはしたなうもさし

はなち聞えず

 mても思ふ見ぬはたいかになげくらんこやよ

の人のまどふてふやみあはれに心ゆるびなき御

事どもかなと。しのびて聞えけり。かくのみいひ

やるかたなくてかへり給者から。人の物いひも

わづらはしきを。わりなきことにの給はせお

ぼして。命婦をもむかしおぼいたりしやうにも

うちとけむつび給はず人めたつまじうなた

らかにもてなし給ふものから。心づきなしとお

ぼすときもあるべきを。いとわびしく思ひの外

 

なる心ちすべし。四月に内へまいり給。ほどより

はおほきにおよすけ給てやう/\おきかへり

などし給。あさましきまでまぎれ所

なき御かほつきをおぼしよらぬ事にしあれ

ば。またならびなきどちは。げにかよひ給へる

にこそはとおもほしけり。いみじうおもほしかし

づく事かぎりなし。源氏の君をかぎりなき

物におぼしめしながら。よの人のゆるし聞ゆ

まじかりしによりて。坊にもえすへ奉らず

なりにしを。あかず口おしうたゞ人にてかたじ

けなき御ありさま。かたちにねびもておはする

 

 

16

を御らんずるまゝにこゝろぐるしくおぼしめ

すを。かうやんごとなき御はらにおなじ光

にてさしいでたまへればきずなき玉とおぼし

かしづくに。宮はいかなるにつけてもむねのひま

なくやすからず物をおもほす。れいの中将の君こ

なたにて御あそびなどし給にいたきいで奉

らせ給ひて。みこたちあまたあれどそこをのみ

なんかゝるほどより明暮みし。されば思ひわた

さるゝにやあらん。いとよくこそおぼえたれ。いと

ちいさきひどはみなかくのみあるわざにやあ

らんとていみじくうつくしと思ひ聞えさせ

 

給へり。中将の君おもてのいろかはる心ちして

おそろしうもかたじけなくもかなしうも哀

にもかた/\゛うつろふ心ちしてなみだおちぬ

べし。物語などしてうちえみ玉減るか。いとゆく

しううつくしきに我身ながらこれににたゝん

はいみじういたはしうおぼえ給ぞ。あながち

なるや宮はわりなくかたはらいたきにあせ

もながれてぞおはしける。中将は中/\なる

心ちのかきみだるやうなればまかで給ひぬ。わが

御かたにふし給てむねのやるかたなきほど

すぐしておほい殿へとおぼす。おまへの前栽の

 

 

17

なにとなくあを見わたれるなかに。とこ夏

の花やかにさきいでたるをおらせ給て命婦

君のもとにかき給ふ事おほかるべし

 よそへつゝみるに心はなぐさまで梅雨けさま

さるなでしこの花はなにさかなんと思ふ給へ

しもかひなきよに侍ければとあり。さりぬべ

きひまにや有けん。御覧ぜさせてたゞちりば

かりこの花びらにと聞ゆるを。わが御心にも物

いとあはれにおぼししらるゝ程にて

 (光)袖ぬるゝ梅雨のゆかりと思ふにもなをうと

まれぬやまとなでしことばあkり月のかにかき

 

さしたるやうなるを。よろこびながらたてまつ

れるまいの事なればしるしあらじかしとくづ

をれてながめづし給へるに。むねうちさはぎて

いみじくうれしきにもなみだおちぬ。つく/\゛と

ふしたるにもやるかたなき心ちすれば。れいの

なぐさめにはにしのたいにぞわたりた編む。しどけ

なくうちふくたみ給へるびんぐきあされたる

うちきすがたにて笛をなつかしうふきすさ

ひつゝ。のぞき給へれば女君ありつる花の梅雨に

ぬれたる心ちして。そひふし給へるさま。うつくしう

らうたげなり。あいきやうこぼるゝやうにて

 

 

17

おはしながらとくもわたり給はぬなまうら

めしかりければ。れいならずそむき給へるなるべし

はしのかたについいてこちやとの給へど。おとろ

かずいるぬる磯のとくちずさひてくちおほ

ひし給へるさまいみじうざれてうつくし。あ

なにくかゝる事くちなれ給ひにけりな。みるめに

あくはまさなきことぞよとて人めして御琴

とりよせてひかせ奉り給ふ。さうのことはなかの

ほそをのたへがたきこそ所せけれとて、平調に

をしくだしてしらべ給ふ。かきあはせばかりひ

きて。さしやり給へればええしもはてず。いと

 

うつくしうひき給。ちいさき御ほどにさしやりて

ゆし給御てつきいとうつくしければ。らうたし

とおぼして。ふえふきならしつゝ。をしへ給。いと

さとくてかたきてうしどもを。たゞひとわたり

にならひとり給ふ。おほかたらう/\しうおかし

き御心ばへを思ひし琴かなふとおぼすほそ

ろくせりといふ物は名はにくけれどおもしろう

ふきすまし給へるに。かきあはせまだわかけ

れど拍子たがはず上ずめきたり、おほとな

あぶら参りて。えどもなど御らんずるにいで

給ふべしとありつれば。人/\こはづくり聞えて

 

 

19

雨ふり侍りぬべしなどいふに。ひめ君れいの心

ぼそくて。くし給へり。えも見さしてうつぶし

ておはすれば。いとらうたくて御ぐしのいとめ

でたくこぼれかゝりたるを。かきなでゝ外なる

程は恋しくや有との給へば。うなづき給ふ。われ

も一日も見奉らぬはいとくるしくこそ。されど

おさなくおはするほどは心やすく思ひ聞え

てまづくね/\しくうらむる人の心やぶらじ

と思ひて。むつかしければしばしかくもありく

ぞ。おとなしくみなしては。ほかへもさらにいく

まじ。人のうらみおはじなど思ふも世にながう

 

有て思ふさまにみえ奉らんと思ふぞなどこま/\゛

とかたらひ聞え給へば。さすがにはづかしくて

ともかくもいらへ聞え給はずやがて御ひざに

よりかゝりてねいり給ひぬればいと心ぐるしう

て。こよひは出ずなりぬとの給へばみなたちて

おものなどこなたにまいらせたり。姫君お

こし奉り給て出ずあんりと聞え給へば

なぐさみておき給へり。もろともに物などま

いる。いとはかなげにすさひてさらばね給ひね

かしとあやうげに思ふ給へれば。かゝるをみすて

てはいみじきやなりともおもむきがたくお

 

 

20

ぼえ給。かうやうにとゞめられ給ふおり/\な

どもおほかるを。をのづからもり聞人おほい

とのに聞えければ。たれならんいとめざましき

琴にもあるかな。いまゝでその人とも聞えず

さやうにまつはしたはふれなどすらんは。あ

てやかに心にくき人にはあらじ。うちわたりな

どにてはかなく見給けん人を物めかし給て

人やとがめんとかくし給なり。心なげにいは

けて聞ゆるはなどさふらふ人々も聞えあへり。

うちにもかゝる人ありときこしめしていとお

しく。おとゞの思ひなげかるなることもげに

 

ものげなかりしほどをおほな/\かく物し

たる心を。さばかりの事けとらぬほどにはあらじ

を。などか情なくはもてなすなるらんとの給は

すれど。かしこまりたるさまにて御いらへも

聞え給はねば心ゆかぬなめりといとおしくお

ぼしめす。さるはすき/\゛しう打みだれて。この

みゆる女房にまれ又こなたかなたの人々など

なべてならずなどもみえきこえざめるを。い

かなるものゝくまにかくれありきて。かく人にも

うらみらるらんとのたまはす。みかどの御とし

ねびさせ給ぬれどかうやうのかたはえすぎさせ

 

 

21

給はず。うねへ女蔵人などをもかち心あるをば

ことにもてはやしおぼしめしたればよし

ある宮づかへ人おほかるころなり。はかなきこと

をもいひふれ給にはもてはなるゝ事も有が

たきに。めなるゝにやあらんげにぞあやしう

すい給はざめると。心みにたはふれ事を聞え

かゝりなどするおりあれど。なさけなからぬ程

にうちいらへてまことにはみだれ給はぬを。まめ

やかにさう/\゛しと思ひ聞ゆる人も有。とし

いたうおひたるないしのすけ人もやん事

なく心ばせありて。あてにおぼれたかくは

 

ありながらいみじうあだめいたる心ざまにて

そなたにはおもからぬあるを。かうさだすぐる

までなどさしもみだるらんといぶかしくお

ぼえ給ければ。たはふれ事いひふれてこゝろ

給ふに。にげなくも思はざりける浅ましとお

ぼしながらさすがにかゝるもおかしうて物など

の給てけれど。人のもりきかんもふるめかしき

程なればにつれなくもてなし給へるを女はいと

つらしと思へり。うへの御けづりぐしにさふらひ

けるをはてにければうへはみうちきの人めし

て出させ給ぬるほどに。又人もなくてこのないし

 

 

22

つねよりもきよげにやうだいかしらつきなま

めきてさうぞく有さまいと花やかに。このま

しげにみゆるをさもふえいがたうもと心づきな

く見給ふ物から。いかゞ思ふらんとさすがにす

ぐしがたくて。ものすそを引おどろかし給へれ

ば。かはぼりのえならずえかきたるをさしかく

して。みかへりたるまみいたうみのべたれど。まが

はゝいたくくろみおちいりて。いみじくはべれ

そゝけたり。につかはしからぬ扇の様かなと見

給て。わがも給へるにさしかへてみ給へば。あか

きかみのうつるばかり色ふかきに木だかきもり

 

のかたをぬりかくしたり。かたつかたにてはいと

さだすきたれど。よしなからずもりの下草

おいぬればとかきすさみたるを。としもあれ

うたての心ばへやとえまれながら。もりこそ夏

のとみゆるとてなにぐれとの給ふもにげな

く人やみつけんとくるしきを女はさも思ひた

らず

 君しこばたたれのこまにかりかはんさかり

すぎたるした葉なりともといふさまこよ

なういろめきたり

 さゝわけば人やとがめんいつとなくこまなつ

 

 

23

くめるもりのこがくれわづらはしさにとてた

ち給ふを。ひかへてまだかゝる物をこそ思ひ侍

らね。今さらなる身のはぢになんとてなぐさ

まいといみじ。今聞えん思ひはならぞやとて

ひきはなちて出給ふをせめてをよびてはし

ばしらと恨かゝるを。うへはみうちきはてゝ母さう

じよりのぞかせ給ひけり。わつかはしからぬあ

はひかなといとおかしくおぼされて。すき心

なしとつねにもてなやむねるを。さはいへど

すくさゞりけるはとてわらはせ給へば内侍は

なにまばゆけれどにくからぬ人へは。ぬれ

 

ぎぬをだにきまほしかるたぐひもあなれば

にや。いたうもあらがひ聞えさせず。人々も

思ひのほかなる事かなとあつかふめるを。頭

中将きゝるけていたらぬくまなきなき心にて

まだ思ひよらざりけるよと思ふに。つきせぬ

このみ心もみまほしうなりにければ。かたらひ

つきにけり。此君も人よりはいとことなるを。か

のつれなき人の御なぐさめにと思へれど。見

まほしきはかぎり有けるをや。うたえtのこの

みやいやうしのぶれは源氏の君はえしり給はず

みつけきこえてはまづうらみ聞ゆるをよは

 

 

24

ひの程いとおしければ。なぐさめんとおぼせど

かなはぬものうさに。ひさしうなりにけるを

夕だちして名残すゞしきよひのまぎれに

うんめい殿のわたりをたゝずみありき給へば

此ないしびはをいとおかしうひきいたり御

前などにてもおとこがたの御あそひにまじり

などして。ことにまさる人なき上ずなれば

物のうらめしうおぼえけるおりからいと哀に

聞ゆ。うりつくりになりやしなましとこえは

いとおかしうてうたふぞ。すこし心づきなき

がくじうに有けん昔の人もかくやおかしかり

 

けんとみゝとゞまりて聞給。ひきやみていと

いたう思ひみだれたるけはひなり。きみあづ

まやえお忍びやかにうたひてより給へるに。をし

ひらいてきませと打そへたるも。れいにたがひ

たるこゝちぞする

 たちぬるゝ人しもあらじあづまやにうたて

もかゝるあまそゝぎかなとうちなげくを。われ

ひとりしも聞おふまじけれどうとましや

なに事をかくまではとおぼゆ

 人づまはあなわづらはしあづまやのまや

のあまりもなれじとぞ思ふとてうちすぎ

 

 

25

なまほしけれど。あまりはしたなくやと

思ひかへして人にしたがへばすこしはやりか

なるたはふれごとなどいひかはして。これもめ

づらしき心ちぞし給。頭中将はこの君のいたう

まめだちすぐして常にもどき給ふがねた

きをつれなくうち/\に忍び給かた/\゛

おほかめるをいかでみあらはさんとのみ思わたる

に。これをみつけたる心ちいとうれし。かゝるおちに

すこしをどし聞えて御心まどはしてこりぬ

やこといはんと思ひてたゆめきこゆ。風ひやゝかに

うち吹てやゝふけゆくほどにすこしまどろむ

 

にやと見ゆるけしきなれば。やをらいりくるに

君はとけてしもねられ給はぬ心なればふと

聞つけてこの中将とは思ひよらず。猶忘れがた

くすなる。すりのかみにこそあらめとおぼすに

おとな/\しき人にかくにげなきふるまひを

してみつけられん事はづかしければ。あなわづら

はしいでなんよ。くものふるまひはしるかり

つらんものを。心うくすかし給けるよとてなをし

ばかりをとりて。屏風のうしろに入給ぬ。中将

おかしきをねんじてひきたて給へる屏風

のもとによりて。こほ/\とたゝみよせておどろ/\

 

 

26

しくさはがすに。内侍はねびたれどいたくよし

ばみなよびたる人のさき/\゛もかやうにて心

うごかすおり/\有ければ。ならひていみじく心

あはたゝしきにも。この君をいかにしなし聞

えぬるにかとわびしさにふるう/\つとひかへ

たりたれとしられでいでなばやとおぼせと。し

どけなきすがたにてかうふりなどうちゆがめ

て。はしらんうしろ手思ふにいとをこなるべし

とおぼしやすらふ。中将いかで我としられ聞

えしと思ひて物もいはずたゞいみじういか

れるけしきにもてなしてたちをひきぬ

けば。女あが君/\とむかひて手をするにほど/\

わらひぬべし。このましうわかやぎてもてなし

たるうばへこそさても有けれ。又十七八の人のう

ちとけて物思ひさはげるけはひえならぬ

二十わか人たちの御なかにて物をぢしらるいと

ついなし。かうあらぬさまにもてひがめておそ

ろしげなるけしきをみすれど。なか/\し

るくみつけ給てわれとしりてことさらにする

なりけりと。おこになりぬ。その人なめりと見

給ふにいとおかしければ。たちぬきたるかひなを

とらへていといたうつみ給へれば。ねたき物から

 

 

27

えたへでわらひぬ。まことはうつし心かとよたは

ふれにくしやいで此なをしきんとの給へば。つ

ととらへてさらにゆるし聞えず。さらばもろと

もにこそとて中将のおびをひきせきてぬがせ

給へばぬがじとすまふを。とかくひこしろふ程

にほころびはほろ/\とたえぬ中将

 つゝむめる名やもりいでん引かはしかくほこ

ろぶる中の衣にうへにとりきばしるからぬと

いふ君

 かくれなき物としる/\夏衣きたるをうす

き心とぞみるといひかはして。うらやみなきしど

 

けなきすがたにひきなされて。みないで給ぬ

君はいと口おしくみつけられぬる事と思ひ

ふし給へり。内侍はあさましくおぼえければ

おちとまれる御さしぬきおびなどつとめて

奉れり

 うらみてもいふかひぞなき立かさねひきて

かへりし波のなごりにそこもあらはにとあ

り。おもなのさまやとみ給ふもにくければわり

なしと思へりしもさすがにて

 あらだちし波に心はさはがねとよせけん

いそをいかゞうらみぬとのみなん有ける。おびは

 

 

28

中将のなりけり。わが御なをしよりは色

ふかしと見給ふに。はた程もなかりけり。あや

しの事どもやおりたちてみだるゝ人は。むべ

おこがましき事もおほからんといとゞ御心お

さめられ給。中将とのい前よりこれまづとぢ

つけさせ給へとてをしつゝみてをこせたるを。

いかでとりつらんと心やまし。このおびをえざ

らましかばとおぼすそのいろのかみにつゝみて

 中たえばかごとやおふとあやうさにはなだ

のおびはとりてだにみずとてやり給ふたち

かへり

 

 君にかくひきとられぬるおびなればかくて

たえぬるなかとかこたんえのがれさせ給はじ

とあり。日たけてをの/\殿上にまいり給へり。

いとしづかに物とをきさましておはするに

頭の君もいとおかしけれどおほやけごとおほくそう

しくだす日にて。いとうるはしくすくよかな

るをみるもかたみにほゝえまる。人まにさし

よりてものがくしはこり給ぬらんかしとて

いとんたげなるしりめなり。などてかさしも

あらんたちながらかへりけん人こそいとおし

けれ。まことはうしや世中よといひあはせて

 

 

29

とこの山なるとかたみにくぢがたむ。さて其の

ちはともすればことのついでことにいひむかふる

くさばひなるをいとゞ物むつかしき人ゆへと

おぼししらるべし。女はなをいとえんにうらみ

かくるをわびしと思ひありき給ふ。中将は

いもうとの君にも聞えいでず。たゞさるべき

おりのをどしぐさにせんとぞ思ひける。やん

ごとなき御はら/\゛の御子たちだにうへの御

もてなしのこよなきにわづらはしがりていと

ことにさりきこえ給へるを。此中将はさらに

をしけたれ聞えしど。はかなき事につけ

 

ても思ひいど見聞え給。この君ひとりぞひ

め君の御ひとつばらなりける。御門の御子

といふはかりにこそあれ。我もおなじ大臣と

聞ゆれどおぼえことなるがみこばらにて又

なくかしづかれたるは。なにばかりをとるべきき

はとおぼえ給はぬなるべし。人がらもあるべき

かぎりとゝのひて何ごともあらまほしく

たらひてものし給ひける。此御なかどものいど

みこそあやしかりしが。されどうるさくてなん

七月にぞ后い給ふめりし源氏の君宰相に

なり給ぬ。御門おりいさせ給はんの御心

 

 

30

づかひちかうなりて。このわかみやを坊にと

思ひ聞えさせ給ふに。御うしろ見し給へき

人おはせず御母かたみなみこたちにて源氏の

おほやけ事しり給ふすぢならねば。はゝ宮

をだにうごきなきさまにしをきたてま

つりて。つよりにとおぼすになん有ける。弘

徽殿はいとゞ御こゝろうごき給ふ。ことはりなり

されど春宮の御世いとちかうなりぬれば

うたがひなき御くらいなり。おもほしのどめ

よとぞ聞えさせ給けるけに春宮の御はゝに

て廿よ年になり給へる女御ををきたて

 

まつりては。ひきこしたてまつり給かたき事

なりかしと。れいのやすからず世人もきこえ

けり。まいり給夜の御ともに宰相の君も

つかうまつり給ふ。おなじ后と聞ゆるなか

にもきさいばらの御子玉のひかりかゝやきて。た

ぐひなき御おぼえにさへ物し給へば人も

いとことに思ひかしづきここえたり。まして

わりなき御心には御こしのうちも思ひやら

れていとゞをよびなき心ちし給ふに。そゞ

ろはしきまでなん

 つきもせぬこゝろのやみにくるゝかな雲井に

 

 

31

人をみるにつけてもとのみひとりごたれつゝ

物いと哀なり。みこはおよすけ給ふ。月日に

したはひていと見奉りわきがたげなるを。み

やいとくるしとおぼせど思ひよる人なきな

めりかし。げにいかさまにつくりかへてかは

をとらぬ御ありさまは世にいでものし給は

まし。月日のひかりのそゝろにかよひたるやう

にぞ世の人も思へる