読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567576
1
松風
2
ひんがしの院つくりたてゝ花ちるさとゝ聞えし
うつろはし給。西のたいわたどのなどかけて。まど
ころげいしなど有べきさまにしをかせ給ふ。京の
たいはあかしの御かたとおぼしをきてたり。北の
たいはことにひろくつくらせ給て。かりにても哀
とおぼして。ゆく末かけてちぎりたのめ給し人々
つどひすむべきさまに。へたて/\しつらはせ
給へるしも。なつかしう見所ありてこまか
なり。寝殿はふたげ給はず時々わたり給ふ御
やすみ所にして。さるかたなる御しつらひども
しをかせ給へり。あかしには御せうそこたえず
3
今はなをのぼり給べき琴をばの給へど。女は
猶わが身のほどを思ひしるに。こよなくやんごと
なききはの人々だに。なか/\さてかけは
なれぬ御ありさまのつれなきを見つゝ物思ひ
まさりぬべくきくを。ましてなになにばかりのお
ぼえなりとてか。さしいでましらはむ。此わか
キミの御おもてぶせに。数ならぬ身の程こそあら
はれめ。玉さかにはひわたり給ついでをまつこ
とにて。人わらへにはしたなき事いかにあ
らんと思ひみだれても。又さりとてかゝる所におひ
いでば。かずまへられ給はざらんもいと哀なれば。
ひたすらにもえうらみそむかず。おやたちも
げにことはりと思ひなげくになか/\心もつきは
てぬ、昔母君のoおほぢなる中勢の宮ときこ
えけるが。らうじ給ける所おほ井川のわたりに
ありけるを。その御後はか/\゛しうあひつぐ人
もなくて。年ごろあれまふを思出て。かのとき
よりつたはりて宿もりのやうにてある人を
よびとりてかたらふ。世中を今はと思はてて
かゝるすまいにしづみそめしかども。末の世に思ひ
かけぬこといできてなん。さらにみやこのすみか
もとむるを。にはかにまばゆき人なるいとはした
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なく。い中びにける心ちもしづかなるまじき
を。ふるき所たづねてとなん思ひよる。さるべき
ものはあげわたさむすりなどしてかたのごと
ひとすみぬべくはつくろひなされなんやといづ。
あづかりこのとし頃らうずる人もさし給
はずあやしきやぶになりて侍れば。しもやに
ぞつくろひてやどり侍るを。此春内のおほとのゝ
つくらせ給御堂ちかくて。かのわたりなんいと
けさはかしうなりにて侍る。いかめしき御だう
どもたてゝおほくの人なんつくりいとなみ侍める。
しづかなる御ひならばそれやたがひ侍らん
なにかそれもかのとのゝ御かげにかたかけてと思ふ
ことありて。をのづからをひ/\にうちの事どもは
してん。先いそぎておほかたの事どもを物せよ
といふみづかららうする所に侍らねど。またしり
つたへ給人もなければ。かごかなるならひにてとし
頃かくそへ侍りつるなり。みさうの田畠などいふ
ことのあれ侍しかば。故民部大輔のキミに申給
はりて。さるべき物など奉りてなんらうじつ
くり侍るなんと。そのあたりのたくはへのことゞ
もをあやうげに思てひげがちにつなしにくき
かほをはななど打あかめつゝはちふきいへば。さらに
5
そのたなどやうの事はこゝにはしるまじ。たゞ
年ごろのやうに思ひて物せよ。けんなどはこゝ
になんあれど。すべて世中をすてたる身にて
年ごろともかくもたづねしらぬをそのことも今く
はしくしたゝめんなどいふにも。大殿のけはひを
かくればわづらはしくて。其のち物などおほくう
けとりてなんいそぎつくりける。かやうに思ひよ
るらんともしりたまはで。のぼらむことをものう
かるも心得ずおぼし。わかキミのさてつく/\゛とも
のし給を。後の世に人のいひつたへむ。いまひとき
は人わろききはにやとおもほすに。つくりい
でゝぞしか/\のところをなん思ひいでたるとき
こえさせける。人にまじらはん事をくるしげ
にのみ物するは。かく思ふなりけりと心得給ふ。
くちおしからぬ心のよういほどかなとおぼしな
りぬ。惟光の朝臣れいの忍る道はいつとなく
いろいつかうまつる人なれば。つかはしてさるべき
さまにこゝかしこのよういなどせさせ給ふけり。
あたりおかしうて海づらにかよひたる所のさま
になん侍けると聞ゆれば。さやうのすまいに
よしなからずはありぬべしとおぼす。つくらせ
給御たうは大がく寺の南にあたりて。瀧殿の
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心ばへなどをとらずおもしろきてらなり。こ
れは川づらにえもいはぬ松かげに。なにのいたはり
もなくたてたるしん殿のことそきたるさま
も。をのづから山里のあはれをみせたり。うちの
しつらひなどまでおぼしよる。したしき人々
いみじう忍びてくだしつかはす。のがれがたくて
今いと思ふに。としへつる浦をはなれなんこと
哀に入道の心ぼそくてひとりとまらん事を
思ひみだれてよろづにかなし。すべてなどかく
心づくしになりはじめけん身にかと。露のかゝらぬ
たぐひうらやましくおのゆ。おやたちもかゝる御
むかひにてのぼるさいはいは。としごろねてもさ
めてもねかひわたりし心ざしのかなふとい
れしけれど。あひみですぐさむいぶせさのたへ
がたうかなしkれば。よるひる思ひほれてお
なじ事をのみ。さらばわか君をばみ奉らでは
侍るべきかといふよりほかのことなし。はゝ君も
いみじうあはれなり。とし事だにおなじいほり
にもすまず。かけはなれつればましてたれに
よりてかはかげとゝまらん。たゞあだに打みる人
のあざはかなるかたらひにだに。みなれそなれ
て別るゝ程はたゝならざめるを。ましてもて
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ひがめたるかしらつき。心をきてこそたのも
しげなけれど。またさる方にこれこそは世を
かぎるべきすみかなめれと。有はてぬいのちを
恨に思てちぎりすぐしきつるを俄に行は
なれんも心ぼそし。わかき人々のいぶせう思ひ
しづみつるはうれしき物から。みすてがたきは
まのさまを又はえしもかへちじかしと。よする波
にそへて袖ぬれがちなり。秋のことほひなれば
物のあはれもりかさねたる心ちして。其日と
あるあかつきに。秋風すゞしくてむしの音もと
りあげぬに。うみのかたをみいだしていたるに。
入道れいのごやよりもふかうおきてはなすゝり
うちしておこなひぬなしたり。いみじうこと
いみすれど誰も/\しのびがたし。わかぎみは
いとも/\うつくしげにyほるひかりけん玉の心ち
して。袖よりほかにははなちきこえざりつ
るを。みなれてまつはし給へる心ざまなどゆゝ
しきまで。かく人にたがへる身をいま/\しく
思ながらかたとき見奉らでは。いかでかすぐさむ
とすらんとつゝみあへず
(入道)ゆくさきをはるかにいのるわかれぢにたへぬ
は老のなみだなりけりいともゆゝしやとて
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をしのごひかくす尼君
もろともに都はいできこのたびやいひとり
の中の道にまどはんとてなき給ふさまいと
ことはりなり。こゝちちぎりかはしてつもり
ぬるとし月のほどを思へば。かううきたることを
たのみてすてし世にかへるも。思へばはかなしや
御かた
(源)いきて又あひみん事をいつとてかかぎり
もしらぬ世をばたのまんをくりわだにとせち
にの給へど。かた/\につけてえさるまじきよ
しをいひつゝ。さすがにみちのほどもいとうしろ
めたなきけしきなり。世中をすてはじめし
に。かゝる人のくにゝ思ひくだり侍しことも。たゞ君
の御ためと思ふやうにあけくれの御かしづきも
心にかなふやうもやと思給へたちしかど。身の
つたなかりけるきはの思しらるゝことおほかりし
かば。さらに都にかへりてふるずらうのしづめる
たぐひにて。まづしき家のよもぎむぐら。も
とのありさまあらたむることもなき物から。お
ほやけわたくしにおこがましき。なをひろめ
ておやの御なきかげをはづかしめんことのいみ
じさになん。やがて世をすてつるかとでなり
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けりと人にもしられにしを。そのかたにつけては
よう思はなちてげりと思ひ侍るに。きみの
やう/\をとなび給ひ物おもほししるべきに
そへては。などかう口おしきせかいにて。にしき
をかくしきこゆらんと心のやみはれまなく
なげきわたり侍しまゝに。仏神をたのみ聞
えてさりともかうつたなきみにひかれて。山
がつのいほりにはまじり給はじと思ふ爰とひ
とつをたのみ侍しに。思よりがたくてうれしき
事どもをみ奉りそめても。なか/\みのほどを
とさまかうさまにかなしうなげき侍つれど。
わかぎみのかういでおはしましある御すくせの
たのもしさに。かゝるなぎさに月日をすぐし
給はんもいとかたじけなう契りことにおぼえ
給へば。み奉らざらん心まどひはしづめがたけ
れど。このみはながくよおすてし心はべり。君
だちは世をてらし給ふべきひかりしるければ。
しばしかゝる山がつの心をみだり給ふばかりの御
契りこそは有けめ。大にむかるゝ人のあやしき
みつの道にかへるらん。一時に思ひばずらへて。
けふながくわかれ奉りぬ。命つきぬときこし
めすとも後のことおぼしいとなむな。さらぬ別
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に御心うごかし給なといひはなつものから。
けふりともならん夕迄はわか君の御事をなん
六時のつとめにもなを心きたなくうちませ
侍ぬべきとて。これにぞうちひそみぬる御車は
あまたつゞけんも所をく。かたへづゝわけんもわ
づらはしとて御ともの人々もあながちにかく
ろへ忍ぶれは。舟にて忍びやかにとさだめた
り。たつのときにふなでし給。むかしの人も
哀といひける浦の朝ぎりへだゝりゆく
まゝに。いとものがなしくて。入道は心すみはつ
まじくあくがれながめいたり。こゝらとしを
へて。今さらにかへるもなを思ひつきせず。尼
君はなき給ふ
かの岸にこゝろよりにしあま舟のそむきし
かたにこぎかへるかな御かた
いくかへりゆきかふ秋を過しつゝうき木にの
りて我かへるらん思ふかたの風にてかぎりける
日たがへずいり給ぬ。人にみとがめられじの心も
あれば。道のほどもかろらかにしなしたり。家
のさまもおもしろうて。としごろへつる海づ
らにおぼえたれば。ところかへたる心ちもせず
昔のこと思ひ出られてあはれなる事おほかり。
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つくりそへたるらうなど。ゆへあるさまに水の
ながれもおかしうしなしたり。まだこまやか
なるにはあらねども。すみつかばさても有ぬべし。
したしきげいしにおほせ給て御まうけの
ことせさせ給けり。わらち給はん事はとかう
おぼしたばかる程に日頃へぬなか/\物おもひ
つゞけられて。すてしいへいも恋しうつれ/\
なれば。かの御かたみのきんをかきならす。おり
のいみじう忍びかたければ。人はなれたるかたに
うちとけてすこしひくに。松風はしたなく
ひゞきあひたり。尼君ものがなしげにてより
ふし給へる。おきあかりて
身をかへてひとりかへれる山ざとにきゝしに
にたる松風ぞふく御かた
ふるさとにみしよの友をこひわびてさへ
づることをたれかわくらんかやうに物はかなくて
あかしくらす。おとゞ中々しづ心なくおぼさるれば。
人目をもえはゞかりあへ給はでわたり給ふ
を。女きみにはかくなんとたしかにしらせたて
まつり給はざりけるを。れいのきゝもやはせ
給とてせうそこ聞え給。かつらにるべき事
侍るを。いさや心にもあらでほどへにけり。とふ
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らはんといひし人さへかのわたりちかくきいて
まつなれば心ぐるしくてなん。さがのゝ御だう
にもかざりなき仏の御とふらひすべければ。二三
日は侍りなんと聞え給。かつらの院といふ所。には
かにつくらせ給ときくは。そこにすへ給へるにや
とおぼすに。心づきなければ。をのゝへさへあら
ため給はん程やまちどをにと心ゆかぬ御けし
きなり。れいのくらべくるしき御心かないにしへ
の有さまなごりなしと世人もいふなるもの
を。なにやかやと御心とり給程に日たけぬ。し
のびやかに御前うときはませて御心づかひして
わたり給ぬ。たそかれどきにおはしつきたり。か
りの御ぞにやつれ給へりしだによにしらぬ
心ちせしを。ましてさる御心ちして引つく
ろひ給へる御なをしすがた世になくなまめ
かしうまばゆき心ちすれば。思ひむせびつる
心のやみもはるゝやうなり。めづらしう哀にて
わか君を見給もいかゞあさくはおぼされん。今ま
でへだてけるとし月だにあさましくくやし
きまでおもほす大殿ばらの君をうつくしげ
なりと世人もてさはぐは。なを時代によれば
人のみなすなりけり。かくこそはすくれたる人の
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山ぐちはしるかりけれとうちえみたるかほの。な
に心なきがあひぎやうづき匂ひたるを。いみ
じうらうたしとおぼす。めのとのくだりし程は
おとろへたりしかたちねびまさりて。月頃の
御物語などなれて聞ゆるを。哀にさる塩やの
かたはらにすぐしつらんことをおぼしの給。こゝ
にしもいと里はなれてわたらんこともかたき
を。猶かのほいある所にうつろひ給へとの給へど。
いとうい/\しき程過してと聞ゆるもこ
とはりあんり。夜ひと夜よろづに契りかた
らひあかし給。つくろふべき所々のあづかり
今くはへたるげいしなどにおほせらる。かつら
の院にわたり給べしと有ければ。ちかきみさうの
人々参りあつまりたりけるも皆尋まい
りたり。前栽共のおれふしたるなどつくろ
はせ給ふ。こゝかしこのたて石どもゝみなまろ
びうけたるを。なさけありてしなさばおかし
かりぬべき所かな。かゝる所をわざとつくろふもあ
いなきわざなり。さてすぐしはてねば。たつ時
ものうく心とまるくるしかりきなど。きしか
たの事もの給出て。なきみわらひみうちと
けの給へるいとめでたし。あま君のぞきて
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見たてまつるに。おいもわすれ物思ひもはるゝ
心ちして打えみぬ。ひんがしのわたどのゝし
たよりいづる水の心ばへつくろはせ給とて。
いとなまめかしきうちきすがたうちとけ給
へるをいとめでたううれしとみたてまつるに。
あかのくなどのあるをみ給におぼしいでゝ
尼君はこなたにかいとしどけなきすがたなり
けりやとて。御なをしめし出て奉る。几帳の
もとにより給てつみかろくおゝしたて給へる
人のゆへは。御おこなひのほどあはれにこそお
もひなしきこゆれ。いといたく思ひすまし
給へりし御すみかをすてゝ。うき世にかへり給
へる心ざしあさからず。またかしこにはいかに
とまりて思をこせ給ふらんと。さま/\に
なんといとなつかしうの給。すて侍し世をい
まさらにたちかへり思給へみだるゝを。をしは
からせ給ければ。命ながさのしるしも思ひ給へ
しられぬるとうちなきて。あら礒かげに心ぐる
しう思聞えさせ侍しふたばの松も。今はたの
もしき御おひさきといはひ聞えさするを
あさきねざしゆへやいかゞと。かた/\゛心つくさ
れ侍るなと聞ゆるけはひよしなからねば
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むかし物語にみこのすみ給けるありさまなど
かたらせ給に。つくろはれたる水のをとなひか
ごろがましう聞ゆ
(尼君)すみなれし人はかへりてやどれとも清水ぞ
宿のあるじかほなるわざといなくていひけ
つさまみやびかによしと聞給ふ
(源)いさらいははやくのこともわすれじをもと
のあるじやおもかはりせるあはれとうち
ながめてたちた編すがた匂ひ世にしらずのみ思ひ
聞ゆ。みてらにわたり給て月ごとの十四五日つ
ごもりの日をこなはるべき。普賢講阿弥陀釈
迦の念仏三昧をばさる物にて。また/\くはへ
おこなはせ給べき事さだめをかせ給。堂のかざ
り仏の御ぐなどめぐらし給らる。月のあかき
にかへり給。ありし夜の事おぼしいいでらるゝ
おりすぐさす。かのきんの御琴さしいでたり
そこはかとなく物あはれなるには。え忍び給
はでかきならし給。まだしらへもかはらずひき
かへし。そのおりいまの心ちし給ふ
(源)契しにかはらぬことのしらへにてたえぬ
心のほどはしりきや女
かはらじと契りしことをたのみにて松の
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ひゞきにねをそへしかなと聞えかはしたるも。
にげなからぬこそは身にあまりたるありさ
まなめれ。こよなうねびまさりにけるかたち
けはひえおもほしすつまじう。わか君はた
つきもせずまほられ給。いかにせましかくそへ
たるさまにておひいでんが心ぐるしう口おし
きを。二条院にわたして心のゆくかぎりもて
なさば。後のおぼえもつみまぬかれなんかしと
おもほせど。又おもはん事いとおかしくて。え
うち出給はで涙ぐみて見給。おさなきこゝりに
すこしはぢらひたりしが。やう/\うち
とけて物いひわらひなどしてむつね給を見
るまゝに匂ひまさりてうつくし。いだきて
おはするさまみるかひありてすくせこよな
しとみえたり。またの日は京へかへらせ給へけ
れはすこしおほとのごもりの過して。やがてこ
れよりいで給べきを。かつらの院に人々おほ
く参りつどひて。こゝにも殿上人あまたま
いりたり。御さうぞくなどし給ひていとは
したなきわざかな。かくみあらはさるべきくま
にもあらぬをとて。さはがしきにひかれてい
で給。心ぐるしければさりけなくまきらはし
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てたちとまり給へる戸ぐちに。めのとわか君
いだきてさしいでたり。哀なる御けしきに
かきなで給て。みではいとくるしかりぬべきこそ
いとうちつけなれ。いかゞすべきいとさとくをし
やとの給へば。はるかに思給へりつるとし頃
よりも。今からの御もてなしのおぼつかなう侍
らんは心つくしになど聞ゆ。わかぎみてをさし
出て立給へるをしたひ給へば。ついい給てあや
しう物思ひたえぬ身にこそありけれ。しばし
にてもくるしや。いづらなどもろともにい
でゝはおしみ給はぬ。さらばこそ人心ちも
せめとの給へば。うちわらひて女君にかくなn
と聞ゆ。なか/\もの思ひにみだれてふしたれば
とみにもうごかれず。あまり上ずめかしとお
ぼしたり。人々もかたはらいたがればしふ/\
にいざり出て。几帳にはたかくれたるかたはらめ
いみじうなまめいてよしあり。たをやぎたる
けはひみこたちといはむにもたりぬべし。かた
びらひきやりてこまやかにかたらひ給。出給
とてとばかりかへり見給へるに。さこそしづめつ
れ見をくりきこゆ。いはん方なきさかりの
御かたちなり。いたうそびやぎ給へりしが
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すこしなりあふ程になり給bにける御すか
た。。かくてこそもの/\しかりけれと御さしぬ
きのすそまでなまめかしう。あい行のこぼ
れおつるぞあながちなるみなしなるべき。かの
とけたりし蔵人もかへりなりにけり。ゆげい
ぜうにてことしかうぶりえてげり。むかしに
あらため心ちよげにて御はかしとりにより
きたり。人かげをみつけてきしかたの物わす
れし侍らねど。かしこければこそうら風覚侍
つるあかつきのねざめにもおどろかし聞えさ
すべきよすかたになくてとけしきばむを
やへたつ山はさらにしまがくれにもをとらざり
けるを猶もむかしのとたどられつるに忘れ
ぬ人も物し給ひけるにたのもしなどいふ。こ
よなしや。我も思ひなきにしもあらざりし
をなど。あさましうおぼゆれど今ことさら
に打けざやきてまいりぬ。いとよどほしく
さしあゆみ給ほどかしかましうをひはら
ひて御車のしりに。頭中将兵衛督のせ給、いと
かる/\゛しきかうれがみあらはされぬるこそ
ねたうといたうからがり給よべの月に口おし
う御ともにをくれ侍にけると思給へられしかば。
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けさ霧をわけて参り侍ける。山のにしきは
まだしう侍りけり。野べのいろこそさかりに
侍けれ。なにかしのあそんのこたかにかゝつらひ
立をくれ侍ぬるいかゞ成ぬらんなどいふ。けふは
猶かつら殿にとてそなたざまにおはしまし
ぬ。にはかなる御あるじしさはぎて。うかひとも
めしたるに。あまのさへづりおぼしいでらる。野
にとまりぬる君だち、ことりしるしばかりひ
きつけさせたる藤のえだなどつとにして
まいれり。おほみきあまたたびすむながれて
川のわたりあやうげなりば。えひにまぎれて
おはしましくらしつ。をの/\絶句などつくりわ
たして月花やかにさしいづる程におほみあ
そびはじまりていと今めかしき。ひき物びわ
わごんばかり笛ども上ずのかぎりしており
にあひたるてうし吹たつるほど。川風吹あは
せておもしろきに。月たかうさしあがありよろづ
のことすめる夜のやゝふくるほどに。殿上人四五
人ばあkりつれてまいれり。うへにさふらひけるを
御あそびありけるついでに。けふは六日の御
物いみあくる日にてかならずまいり給べきを。
いかなればとおほせられければ。こゝにかうとま
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らせ給ひにけるよしきこしめして。御せう
そこ有なりけり。御使は蔵人の弁なりけり。
月のすむかはのをちなる里なればかつ
らの影はのどけかるらんうらやましうとあり。
かしこまり聞えさせ給。うへの御あそびより
も猶ところからのすごさそへたる物のねをめでゝ
又えひくははりぬ。こゝにはまうけのものもさふ
らはざりければ大いにわざとならぬまうけ
の物やといひつかはしたり。とりあへたるに
したがひて参らせたり。きぬびつふたかけにて
あるを。御つかひの弁はとくかへりまいれば
女のさうぞくかづけ給ふ
(源)ひさかたのひかりにちかき名のみしてあさ夕
霧もはれぬ山ざと行幸まちきこえ給心ばへ
なるべし。中におひたるとうちずんじ給つ
いでに。かのあはぢ嶋をおぼしいでゝみつねが所
からかもとおぼめきけんことなどの給ひいで
たるに。もの哀なるえひなきどもあるべし
(源)めぐりきて手にとるばかりさやけきやあは
ぢの嶋のあはとみし月頭中将
うき雲にしばしまがひし月かげのすみ
はつる夜ぞのどけかるべき左大弁すこしをと
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なびて。こ院の御ときにもむつましうつかう
まつりなれし人なりけり
(左大弁)雲のうへのすみかをすてゝ夜はの月いづれの
谷に影かくしけん心/\゛にあまたあめれどうる
さくてなんけぢかううちしづまりたる御物
語すこしうちみだれて。ちとせもみきかまほし
き御ありさまなれば。をのゝえもくちぬべけれど
けふさへはとていそぎかへり給。物どもしな/\゛に
かづけて霧のたえまにたちまじりたるも
せんざいの花にみえまがひたるいろあひなど
ことにめでたし。近衛つかさの名たかきとねり
物のふしどもなどさふらふに。さう/\゛しければ
そのこまなどみだれあそびてぬぎかけ給。色々
の秋のにしきを風のふきおほふかとみゆ。のゝ
しりてかへらせ給ひゞきを。大井には物へだてて
きゝて。なごりさびしうながめ給。せうそこを
だにせでとおとゞも御心にかゝれり。殿におはし
てとばかり打やすみ給。山ざとの御物語など
聞え給。いとま聞えしほどすぎつれば。いとく
るしうこそ。このすきものどものたづねきてい
といたうしいとゞめしにひかされて。けさはいと
なやましとておほとのごもれり。れいの心と
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けすみえ給へどみしらぬやうにてなずらひ
ならぬほどをしいておぼしくらぶるもわろき
わざなめり。我はわれと思ひなし給へどをし
へ聞え給ふ。くれかゝる程にうちへ参り給に。ひ
きそばめいていそぎかき給ふはかしこへなめり
そばめこまやかにみゆ。うちさゝめきてつるはす
を。こだちなどにくみ聞ゆ。その夜はうちにもさ
ふらひ給べけれど。とけざりつる御けしきとり
に。よふけぬれどまかで給ぬ。有つる御かへりも
てまいれり。えひきかくし給はで御らんず。
ことににくかるべきふしもみえねば。これやり
かくし給へむつかしや。かゝる物のちらむも今はつ
きなきほどに成にけりとて。御けうそくに
yほりい給ひて御心の中にはいと哀にこひし
うおぼしやらるれば。火を打ながめてことに
物の給はず。文はひろげながらあれど、女君み
給はぬやうなるを。せめて見かくし給御まじ
りこそわづらはしけれとて。うちえみ給へる。御
あいぎやう所せきまでこぼれぬべし。さしよ
り給てまことはらうたげなる物をみしかば。
契りはあさくもみえぬをさりとてみのめか
さむ程もはゞかりおほかるに。思ひなんわづらひ
23
ぬる。おなじ心に思めぐらして御心に思さだめ
給へ。いかゞすべき。こゝにてはぐゝみ給ひてんや
ひるのこがよはひにもなりにけるを。つみな
きさまなるも思ひすてがたうこそ。いはけなげ
なるしもつかたもまきらはさむなど思ふを
めざましとおぼさずは。ひきゆひ給へかしと
聞え給ふ思はすにのみとりなし給御心の
へだてを、せめてみしらずうらなくやとてこそ
いはけなからん御心にはいとようかなひぬべく
なん。いかにうつくしき程にとてすこしうち
えみ給ぬ。ちごをわりなうらうたき物にし
給ふ御心なれば。えていだきかしづかばやとおぼ
す。いかにせましむかへやせましとおぼしみだ
る。わたり給ふこといとかたし。さがのゝみだうの
念仏などまち出て。月に二たびばかりの御ち
ぎりなめり。年のわたりにはたちまさりぬ
べかめるを。をよびなきことゝ思へども。なをい
かゞ物おもはしからぬ