仮想空間

趣味の変体仮名

源氏物語(十三)明石

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/pid/2567571

 

1

赤石

 

2

なを雨風やまず神なりしづまらで日頃にな

りぬ。いとものわびしき事かずしらず。きしかた

ゆくさきかなしき御ありさまに心づようしも

えおぼしなさず。いかにせまし。かゝりとて都にかへ

らん事もまだ世にゆるされもなくては人わらは

れなる事こそまさらめ。猶これよりふかき山

をもとめてや。あとたえなましとおぼすにもま

み風にさはがれてなんと人のいひつたへんこと

後の世までもいとかろ/\゛しき名をやながしは

てんとおぼしみだる。御夢にもたゞおなしさまなる

物のみきつゝ。まつはし聞ゆとみ給。雲まなくあ

 

 

2

けくるひかずにそへて。京のかたもいとゞおぼつか

なく。かくながら身をはふらかしつるにやと、心ぼそう

おぼせどかしらさしいづべくもあらぬそらのみだれ

に。いでたち参る人もなし。二条院よりぞあながち

にあやしきすがたにてそほちまいれる。みちか

ひにてだに人かなにぞとだに御らんじわくべくも

あらず。まづをひはらひつべきしづのおのむつまし

うあはれにおぼさるゝも我ながらかたじけなく

くしにけるこゝろのほど思ひしらる。御文にはあさ

ましくをやみなきころのけしきに。いとゞそらさ

へとづる心ちしてながめやるかたなくなん

 

 (紫)海風やいかにふくらん思ひやる袖打ぬらしなみ

まなきころ哀にかなしき事どもをかきあつめ

給へり。引あくるよりいとゞみぎはまさりぬべく

かきくらす心ちし給。京にも此雨風いとあやしき

物のさとしなりとて仁王会などおこなはるべし

となんきこえ侍し。内にまいり給上達部なども

すべてみちとぢてまつりごとも絶てなん侍るなど

はか/\゛しうもあらず。かたくなしうかたりなせど。京

のかたの事とおぼせはいぶかしうて。おまへにめしい

でゝとはせ給。たゞれいのあめのをやみなくふりて風

はとき/\゛吹いてつゝ。日ごろになり侍をれいなら

 

 

4

ぬことにおどろき侍なり。いとかく地のそこをとを

るばかりのひふり。いかづちのしづまらぬ事は侍ら

ざりき。などいみじきさまにおどろきおぢて。をるか

ほのいとからきにもこゝろぼそさまさりける。かくし

つゝ世はつきぬべきにやとおぼさるゝに。その又の日の

あかつきよりかぜいみじうふき。塩たかうみちて浪

の音あらき事岩ほも山ものこるまじきけしき

なり。神のなりひらめくさまさらにいはんかたな

くて。おぢかゝりぬとおぼゆるに。あるかぎりさかし

き人なし。われはいかなるつみををかしてかくかなし

きめをみるらん。ちゝはゝにもあひ見ず。かなしき

 

めこのかほをもみでしぬべき事となげく。君は御

心をしづめて。なにばかりのあやあmちにてか。この

なぎさに命をばきはめんとつようおぼしな

せど。いと物さはがしければ色々のみてくらさゝ

げさせ給ひて。すみよしの神ちかきさかひをし

づめまもり給へ。誠に跡をたれ給ふ神ならば。たす

け給へとおほくの大願をたて給ふ。をの/\みづから

の命をばさる物にてかゝる御みの又なきれいにし

づみ給ひぬべき事のいみじうかなしきに心をおこ

して。すこし物おぼゆるかぎりは身にかへてこの

御身一つをすく日「奉らんと。とよみてもろごえに

 

 

5

仏(ほとけ)神(かみ)を念じ奉る。帝王のふるき宮にやしな

はれ給ひて。色々のたのしみにほこり給しかど

ふかき御うつくしみおほやしまにあまねくしづ

めるともがらをこそおほくうかへ給ひしが。今何のむ

くひにかこゝりよきさまなるなみ風にはおぼゝれ給

はん。天地ことはり給へ。つみなくてつみにあたりつ

かさ位をとられ、家をはあんれさかひをさりて明暮や

すき空なくなげき給に。かくかなしきめをさへ見

いのちつきなんとするはさきのよのむくひか。この世

のおかしか。神仏あきらかにましまさば。このう

れへやすめ給へとみやしろの方にむきてさま/\゛

 

の願をたて給ふ。又海のなかの龍王よろづの神た

ちに願たてさせ給ふに。いよ/\なりとゞろきてお

はしますに。つゞきたるらうにおちかゝりぬ。ほのほも

えあがりてらうはやけぬ。心玉しいなくて有かぎり

まどふ。うしろのかたなるおほい殿とおぼしきやにう

つし奉りて上下となくたちこみていとらうがはし

く。なきとよむ。こえいかづちにもおとらず空はすみ

をすりたるやうにて日も暮にけり。やう/\風なを

り。雨のあししめり。ほしの光もみゆるに。このおまし

どころのいとめづらかなるも。いとかたじけなくてしん

殿にかへしうつし奉らんとするに。やけ残りたるかた

 

 

6

もうちましげにそこゝの人のふみとゞろかしまどへ

るに。みすなども皆ふきちらしてげり。夜をあかし

てこそはとたどりあへるに。君は御念ずし給ひてお

ぼしめぐらすに。いと心あはたゝし。月さし出て塩

のちかくみちきけるあともあらはに。名残なをよせ

かへるなみあらきを柴の戸をしあけてながめお

はします。ちかきせかいに物の心をしりきしかた

ゆくさきのこと打おぼえとやかくやとはか/\゛しう

さとる人もなし。あやしきあまどもなどのたか

きひとおはするところとてあつまりまいりて

きゝもしり給はぬ事どもをさへづりあへるも

 

いとめづらかなれど。えをひもはらはずこの風いまし

ばしやまざらましかば塩のぼりてのこるところ

なるらまし。かみのたすけをろかならざりけりと

いふをきゝたまふも。いと心ぼそしといへばをろか

なり

 (源)海にます神のたすけにかゝらずはしほのやを

あひそさすらへなましひねもすにいりもみつる

風のさはぎに。さこそいへ。いたうこうじ給。かたじけ

なきおまし所なれば。たゝよりい給へるに。こ院のたゞ

おはしましゝさまながら立給て。などかくあやし

き所には物するぞとて御手をとりて引たて給

 

 

7

住吉のかみのみちびき給まゝに。はや舟出して

此浦をさりねとの給はす。いとうれしくてかしこ

き御かげにわかれ奉りにしこなたさま/\゛かなしき

ことのみおほく侍れば。今は此なぎさに身をやす

て侍りなましと聞え給へば。いと有まじき事これ

はたゞいさゝかなる物のむくひなり。我は位にありし

時あやまつことなかりしかど。をのづからおかし有け

ればそのつみををふるほど。いとまなくて此世をかへ

り見ざりつれど。いみじきうれへにしづむを見る

にたへがたくて。海にいりなぎさにのぼり。いたくこ

うじにたれど。かゝるついでにだいりにそうすべき

 

事有によりてなんいそぎのぼりぬるとて。たちさ

り給ぬ。あかずかなしくて御ともに参りなんと

なき入給て見あげ給へれば人もすくなく月のかほ

のみきら/\として夢の心ちもせず。御けはひと

まれる心ちして空の雲あはれにたなびけり。年

ごろ夢の中にも見奉らで恋しうおぼつかなき

御さまを。ほのかなれどさだかにみたてまつりつるの

み。面影おぼえ給ひて。われかくかなしひをきはめ。命

つきなんとしつるを。たすけにかけり給へると哀に

おぼすに。よくぞかゝrさはぎも有けると名残たの

もしううれしうおぼえ給事かぎりなし。むね

 

 

8

つとふたがりてなか/\なる御心まどひに。うつゝの

かなしき事もうちわすれ。ゆめにも御いらへをい

ますこしきこえずなりぬることといぶせさに。又

やみえ給ふとさらにねいり給へど。さらに御めもあ

はであかつきがたになりけり。なぎさにちいさや

かなるふねよせて人二三人ばかり。この旅の御やどり

をさしてくるに。なに人ならんととへば。あかしのう

らよりさきのかみしほちの御舟よろひてまいれ

るなり。源少納言さふらひ給はゞたいめんして事

の心とり申さんといふ。よしきよおどろきて。入道は

かの国のとくいにて。年ごろあひかたらひ侍つれど

 

わたくしにいさゝかあひうらむる事侍りてことなる

せうそこをだにかよはさでひさしうなり侍ぬるを

波のまぎれにいかなることかあらんとおほめく。君の

御夢などもおぼしあはすることもありて。はやあ

へとの給へば。舟にいきてあひたり。さばかりはげしか

りつる波風にいつのまにかふなでしつらんと心得

がたく思へり。いぬるついたちの日の夢にさまことなる

物のつげしらする事はべしかば。しんじがたきことゝ

思給へしかど。十三日にあらたなるしるし見せん。ふね

をよそひまうけてかならず雨風やまば。此うらによせ

よとかねてしめすことの侍しかば。心見にふねのよ

 

 

9

そひまうけてまち侍しにいかめしう雨風いかづち

のおどろかし侍りつれば。人のみかどにもゆめをしんじ

て国をたすくるたぐひおほう侍りけるを。もちひさせ

給はぬまでも此いましめの日をすぐさす此よしを

つげ侍らんとて舟出し侍つるに。あやしきかぜ。ほ

そうふきてこのうらにつき侍つること。まことにか

みのしるべたがはずなん。こゝにももししろしめ

すことや侍つらんとてなん。いとはゞかりおほく侍れ

ど。このよし申たまへといふ。よしきよ忍びやかに

つたへ申す。きみおぼしまはすに夢うつゝさま/\゛

しつかならず。さとしのやうなる事どもを。きしかた

 

ゆくすえおぼしあはせて。世の人のきゝつたへん後

のそしりもやすからざるべきを。はゞかりて。まこと

のかみのたすけにもあらんを。そむくものならば又

これよりまさりてひとわらはれなるめをや見ん

うつゝの人の心だになをくるし。はかなきことをも

つゝみて。我よりよはひまさりもしは位たかく時

代のよせ。いまひときはまさる人にはなびきした

がひてその心むけをたとるべきものなりけり。しり

ぞきてとがなしとこそむかしのさかしき人もいひ

をきけれ。げにかく命をきはめ世に又なきめのかぎ

りを見つくしつ。さらに後の跡の名をはぶくとて

 

 

10

もたけき事もあらじ。夢のうちにもちゝみかどの

御をしへ有つれば。又なに事をかはうたがはんとお

ぼして御返の後。しらぬせかいにめづらしきうれへの

かぎりみつれど都のかたよりとてことゝひをこす

る人もなし。たゞ行えなきそらの月日のひかり

ばかりを故郷のともとながめ侍るに。うれしきつ

り舟をなんかのうらにしづやかにかくろふべきくま

侍りなんやとの給。かぎりなくよろこびかしこま

り申。ともあれかくもあれよの明はてにさきに御

ふねに奉れとてれいのしたしきかぎり四五人ばか

りしてたてまつりぬ。例の風いできてとぶやうに

 

あかしにつき給ひぬ。たゞはひわたるほどにかたときの

まといへどなをあやしきまで見ゆる風の心なり。

浜のさまげにいと心ことなり。人しけく見ゆるのみ

なん御心にそむきたる。入道のらうじしめたる

所々。海のつらにも山がくれにも時々につけてけう

をさかすべきなぎさのとまや。おこなひして後世

の事を思ひすましつべき山水のつらにいかめしき

だうをたてゝ。三昧をおこなひこの世のまうけに秋の

たのみをかりおさめ。のこりのよはひつむべきいねの

くらまりどもなどおり/\所につけたる見どこ

ろありて。しあつめたり。たか塩におぢてこのごろ

 

 

11

むすめなどは岡べのやどにうつしてすませければ。こ

のはまのたちに心やすくおはします。舟より御

車にたてまつりうつるほど。日やう/\さしあがり

てほのかにみたてまつるより。おひも忘れよはひのぶる

心ちしてえみさかへて。先住よしの神をかつ/\をが

み奉る。月日の光を手にえ奉りたる心ちして。いと

なみつかうまつる事ことはりなり。ところのさまをば

さらにもいはず。つくりなしたる心ばへ木だち。たて

いしせんざいなどのありさま。えもいはぬ入り口の水

などえにかくば。心のいたりすくなからん。絵師はかき

をよぶまじと見ゆ。月ごろの御すま居よりはこ

 

よなくあきらかになつかし。御しつらひなどえなら

ずして。すまいけるさまなど。げに都のやんごとな

き所々にことならず。えんにまばゆきさまは。まさ

りざまにぞみゆる。すこし御心しづまりては。京の

御ふみども聞え給。まいれりし使は。いまいみじき道

に出たちてかなしきめをみるとなきしづみて。あの

すまにとまりたるをめして身にあまれる物ど

もおほく給ひてつかはす。むつましき御祈の師共

さるべきところ/\゛にはこのほどの御有さまくはしく

いひつかはすべし。入道の宮ばかりにはめづらかにてよみ

がへれるさまなど聞え給。二条院の哀なりし程

 

 

12

の御かへりかきもやり給はず。打をき/\をしのこび

つゝ。聞え給御けしきなをことなり。返/\いみじき

めのかぎりを見つくしはてつるありさまなれば今

はと世を思はなるゝ心のみまさり侍れど。かゞ見を

みてもとの給しおもかげのはなるゝ世なきを。か

くおぼつかな。ながらやとこゝらかなしきさま/\゛の

うれはしさはさしをかれて

 (源)はるかにも思ひやるかなしらざりし海よりをち

にうらづたひして夢のうちなるこゝちのみして

さめはてぬほどはいかにひがことおほからん。げにそこは

かとなくかきみだり給へるしもぞ。いと見まほしき

 

そばめなるを。いとこよなき御心ざしのほどゝ人々

みたてまつる。をの/\ふるさとに心のそけなるこ

とづてすべかめりをやみなかりし空のけしきなご

りなくすみわたりて。あさりするあまどもほこらし

げなり。すまはいと心ぼそくてあまのいはやもま

れなりしを。人しげきいとひは。し給しかど。こゝ

は又さまことにあはれなることおほくてよろづに

おぼしなぐさまる。あかしの入道おこなひつとめ

たるさまいみじう思ひすましたるを。たゞ此むす

めひとりをもてわづらひたるけしき。いとかたはら

いたきまで時々もらしうれへ聞ゆ御心ちにもお

 

 

13

かしときゝをき給し人なれば。かくおほえなくて

めぐりおはしたるも。さるべきちぎりあるにやとお

ぼしながら。なをかう身をしづめたるほどはおこなひ

よりほかの事はおもはじ。みやこの人もたゞなるよ

りはいひしにたがふとおぼさんもこゝろはづかしう

おぼさるれば気色だち給事なし。ことにふれて

心ばせありさまなべてならずもありけるかなとゆ

かしうおぼされぬにしもあらず。こゝにはかしこ

まりて身づからもおさ/\まいらす。物へだゝりたる

しものやにさふらふ。さるはあけくれ見奉らまほし

う。あかず思聞えていかで思ふ心をかなへんと仏神

 

をいよ/\ねんじ奉る。としは牟(むそじ)ばかりなりたれ

どいときよげにあらまほしうおこなひさらぼひ

て。ひとのほどのあてはかなればにやあらん。うちひが

みほれ/\しき事はあれど。いにしへのものをも見

しりて。ものきたなからず。よしづきたることもまじ

れゝば。昔物語などをせさせてきゝ給にすこしつれ/\゛

のまぎれなり。としごろおほやけわたくしに御

いとまなくてさしもきゝをき給はぬよのふること

ども。くつしいでゝ聞ゆ。かゝる所をも人をも見ざらま

しかば。さう/\゛しくやとまでけうありとおぼす

事もなじる。かうになれきこゆれどいとけたかう心

 

 

14

はづかしき御有さまに。さこそいひしがつゝましう

なりてわが思ふ事は心のまゝにもえうち出聞え

ぬを心もとなくくちおしと母ぎみといひあはせ

てなげく。さうじみは。をしなべての人だにめやす

きはみえぬせかいに。世にはかゝる人もおはしけりと

見奉りしにつけて。身のほどしられていとはるか

にぞ思ひきこえける。おやたちのかく思ひあつかふを

聞にも。わgwなき事かなと思ふに。たゞなるより

は物あはれなり。四月になりぬ。衣がへの御さうぞ

く御帳のかたびらなどよしあるさまにしいつ。よ

ろづにつかうまつりいとなむを。いとおしうすゞろな

 

りとおぼせど。人ざまのあくまで思あがりたるさま

のあてさにおぼしゆるして見給。京よりもうちし

きりたる御とふらひどもたゆみなくおほかり。のど

やかなる夕月に。海のうへくもりなくみえわたれる

も。すみなれ給し故郷の院の水にまがへられ給ふに

いはんかたなくこひしき事いづかたとなくゆくえな

き心ちし給て。たゞめのまへにみやらるゝはあはぢ嶋

なりけり。あはとはるかになどの給て

 (源)あはとみるあはぢのしまの哀さへ残るくま

なくすめるよの月久しうてもふれ給はぬきん(琴)を

ふくろよりとりいで給ひて。はかなくかきならし

 

 

15

給へる御さまを見奉る人もやすからず哀にかなしう

おもひあへり。かうれうといふてをあるかぎりひき

すまし給へるに。彼岡への家も松のひゞき浪のを

とにあひて心ばせあるわか人は身にしみて思べか

めり。なにともきゝわくまじきこのもかのもの。しば

ふるひお人どもすゞろはしくて濱風をひきありく。

入道もえだへで。くやうぼうたゆみていそぎまいれり。

さらにそむきにし世中もとりかへし思出ぬべく

侍り後の世にねがひ侍所のありさまも思給へやら

るゝよのさまかなとなく/\めで聞ゆ。我御心ちにも

おり/\の御あそび。其人かの人の琴笛もしはこえ

 

のいでしさまとき/\゛につけて世にめでられ給ひし

有さま。みかどよりはじめ奉りて。もてかしづきあ

がめ奉り給ひしを。人のうへもわが御身のありさ

もおぼしいでられて。ゆめの心ちし給ふまゝにかき

ならし給へる声も心すごく聞ゆ。ふる人はなみだもとゞ

めあへず岡へにびは。さうのこととりにやりて入道

はびはの法師になりて。いとおかしうめづらしき手

ひとつふあっつひきいでたり。さうの御こと参りたれば

すこしひき給もさま/\゛いみじうのみ思聞えたり。

いとさしもきこえぬ物のねだにおりからこそはまさ

る物なるを。はる/\゛とものゝとゞこほりなき海づ

 

 

16

らなるに。中々春秋の花紅葉のさかりなるより

は。たゞそこはかとなうしげれるかげどもなまめか

しきに。水鶏(くいな)のうちたゝきたるはたが門さしてと

あはれにおぼゆ。ねもいとになういづる琴どもをいと

なつかしうひきならしたるも。御心とまりてこれは

女のなつかしきさまにてしどけなう引たるこそお

かしけれと大かたにの給を。入道はあひなく打えみ

て。あそばすよりなつかしきさまなるはいづこのか侍

らん。なにがし延喜の御手よりひきつたへたる琴三

代になんなりぬるを。かうつたなき身して。この世

の事はすて忍侍ぬるを。物のせちにいふせきおり/\

 

はかきならし侍ぬるを。あやしうまねぶ物の侍こ

そ。じねんにかの前大王の御てにかよひて侍れ。山ぶし

のひがみゝに松風をきゝわたし侍るにやあらん。いかで

これ忍てきこしめさせてしがなと聞ゆるまゝに

うちわなゝきて涙おとすべかめり。君ことをことゝも聞

給ふまじかりけるあたりに。ねたきわざかなとてをし

やり給に。あやしう昔よりさうは女なんひきとる物

なりける。さがの御つたへにて女五宮さる世中の上ず

に物し給けるを。その御すぢにてとりたてゝつたふ

る人なし。すべてたゞいまよに名をとれる人々かき

なでの心やりばかりにのみあるを。こゝにかうひきこ

 

 

17

め給へりけるいとけう有ける事なか。いかでかはきく

べきとの給。きこしめさんにはなにのはゞかりか侍らん

御前にめしてもあき人の中にてだにこそ。ふる事

きゝはやす人は侍けれ。ひはなむまことのねをひき

しづむつ人いにしへもかたう侍しを。おさ/\とゝこほる

事なうなつかしきてなどすぎことになん。いかでた

どるにか侍らん。あらきなみの声にまじるはかなし

くも思給へられながら。そきつむる物なげかしさ。まぎ

るゝ折々も侍りなどすぎいたれば。おかしとおぼ

して。さうのこととりかへて給はせたり。げにいとす

ぐしてかいひきたり。今の世に聞えぬすぢひきつ

 

けて。手づかひいといたうからめき。ゆのねふかうすまし

たり。伊勢の海ならねどきよきなぎさにかひやひ

ろはんなどこえよき人にうたはせて。我も時々拍子

とりて声うちそへ給を。琴引さしつゝめで聞ゆ。御

くだ物などめづらしきさまにてまいらせ。人々にさ

けしいそしなどしてをのづから物思ましぬべきよ

のさまなり。いたうふけ行まゝに濱風すゞしくて月

も入がたになるまゝに。すみまさりてしづかなる程に

御物語残りなくきこえて。このうらにすみはじめし

ほどの心づかひ後の世をつとむるさまかきくつしき

こえて。このむすめのありさまとはずかたりに聞ゆ

 

 

18

おかしきものゝさすがにあはれときゝ給ふしもあ

り。いととり申がたきことなれど。わが君かうおぼえな

きせかいに。かりにてもうつろひおはしましたるは。もし

としころ老(おい)法師の祈申侍神仏の哀ひおはし

まして。しばしのほど御心をもなやまし縦あM靏に

やとなん思ひ給ふる。そのゆへは住吉のかみをたのみ

はじめ奉りて此十八ねんになり侍ぬ。めのわらはの

いといきなう侍しより思ふ心はべりて。としごとの

春秋ごろにかならずかの御やしろにまいる琴なん

侍る。はるよるの六時のつとめに身づからのはちすの

うへのねがひをばさる物にて。たゞ此人をたかきほい

 

かなへ給へとなんねんじ侍。さきの世の契りつたなくて

こそかく口おしき山がつとなり侍けめ。おや大臣の

位をたもち給へりき。みづからかくい中の民となり

にて侍り。つぎ/\さのみおとりまからば。なにの身

にかなり侍らんとかなしく思ひ侍を。これは生れし

ときよりたのむ所なん侍る。いかにして都のたかき

人に奉らんと思ふ心ふかきにより程々につけて

あまたの人にそねみをおひ。身のためからきめを見

るおり/\もおほく侍れど。さらにくるしみと思ひは

べらす。命のかぎりはせばき袖にもはぐゝみ侍なん。か

くながら見捨侍りなば。なみの中にもまじりう

 

 

19

せねとなんをきて侍など。すべてまあねぶべくもあら

ぬ事どもをうちなき/\聞ゆ。君も物をさま/\゛お

ぼしつゞくるおりからはうち涙ぐみつゝきこしめす。

よこさまのつみにあたりて思ひかけぬ世界にたゞ

よふもなにのつみにかとおぼつかなく思ひつるを。今

夜の御物語に聞あはすれば。げにあさからぬさきの

よの契にこそいと哀にあん。などかはかくさだかに思

ひしり給けることを今まではつげ給はざりつらん。都

はなれし時より世のつねなきもあぢきなく。おこ

なひよりほかの事なくて月日をふるに心もみな

くづをれてげり。かゝる人ものし給とはほのきゝ

 

ながらいたづら人をばゆゝしき物にこそ思すて給

らめと思ひくしつるを。さらにみちびき給ふべきにこ

そあなれ。心ぼそきひとちねのなぐさめにもなど

の給ふを。かぎりなくうれしとおもへり

 (入道)ことりねは君もしりぬやつれ/\゛と思ひあかし

のうらさびしさをましてとし月思ひ給へわたる

いふせさを。をしはからせ給へと聞ゆるけはひ。うち

になくきたれどさすがにゆへなからず。されどうらな

れ給ひつらんひとはとて

 (源)旅ごろもうらがなしさにあかしかね草の枕は

夢もむすばずとうちみだれ給へる御有さまはいと

 

 

20

ぞあい行づきいふよしなき御けはひなる。数しら

ぬ事とも聞えつくしたれど。うるさしやひが事

どもにかきなしたれば。いとゞをこにかたくなしき入

道の心ばへもあはれぬべかめり。思ふ事かつ/\かなひ

ぬる心ちしてすゞしう思いたるに。又の日のひるつ

かた岡べに御ふみつかはす。心はづかしきさまなめる

も中々かゝる物のくまにぞ思ひのほかなる心もこ

もるべかめるとこゝろづかひし給て。こまのくるみ色

のかみにえならずひきつくろひて

 (源)をちこちもしらぬ雲居にながめわびかすめし

宿の未来をぞとふ思にはとばかりや有けん。入道

 

も人しれずまち聞ゆとて彼いrにきいたりける

もしるければ。御使いとまばゆきまでえはす。御返い

とひさし。内に入てそゝのかせどむすめはさらにきか

ず。いとはづかしげなる御文のさまにさしいでん手

つきもはづかしうつゝましう人の御程我身の程

思ふにこよなくて心ちあしとてよりふしぬ。いひ

わびて入道ぞかく。いとかしこきはいなかびて侍たも

とにつゝみあまりぬるにや。更に見給へもをよび侍

らぬ。かしこさになんさるは

 (明石入道)ながむらんおなじ空いをながむるは思ひも同じ

思ひながらんとなん見給る。いとすき/\゛しやとき

 

 

21

こえたり。みちのくのくにがみにいたうふるめきたれど。か

きざまよしばみたりげにもすぎたるかとめざま

しう見給ふ。御つかひになべてならぬ玉もなどかづ

けたり。またの日せんじがきは。みしらずなんとて

 (源)いぶせくも心にものをなやむかなやよやいかにと

とふ人もなみ(いひ方見)このたびはいといたうなよびたるう

すやうにいとうつくしげにかき給へり。わかき人のめで

ざらんもいとあまりむもれいたからむ。めでたしとは

みれど。なずらひならぬ身の程のいみじうかひなけ

れば。中々世にあるものと侍しり給につけて。涙

ぐまれてさらに例のとうなきをせめていはれて

 

あさからずしめたる柴のかみにつみつふぃこくうす

くまざらはして

 (姫)思ふらん心のほどややよいかにまだみぬ人の聞

かなやまんてのさまかきたるさまなどやん事な

き人にいたうをとるまじう上ずめきたり。京のこ

とおぼえておかしとみ給へど。打しきりてつかは

さむも人めつゝましければ。二三日へだてつゝつれ/\゛

なる夕くれもしはものあはれなる明ぼのなどやう

にまぎらはして。おり/\人もおなじ心にみしり

ぬべき程をしはかりて。かきかはし給に。にげなから

ず。心ふかく思あがりたるけしきも見てはやまじと

 

 

22

おぼす物から。よしきよがらうじていひし気色も

めざましうとし頃こゝろつけてあらむを。めのまへに

思ひたがへんもいとおしうおぼしめぐらされて。人

すゝみまいらばさるかたにてもまぎらはしてんと

おぼせど。女はたなか/\やん事なききはの人よ

りもいたう思ひあがりて。ねたげにもてなし聞え

たれば。心くらべにてぞすぎける。京のことをかく關(関)

へだゝりては。いよ/\おぼつかなく思聞え給て。いか

にせましたはふれにくゝもあるかな。しのびてやむか

へ奉りてましとおぼしよるおり/\あれど。さい

ともかくてやはとしをかさねん。いまさらにひとわろ

 

き事をばとおぼししづめたり。そのとしおほやけに

物のさとししきりて物さはがしき事おほかり。三

月十三日神なりひらめき雨風さはがしき夜。御門

の御声に院のみかど御前のみはしのもとにたゝせ給

て。御けしきいとあしうてにらみ聞えさせ給を。か

しこまりておはします。きこえさせ給事ども

おほかり。源氏の御事なりけんかし。いとおそろし

ういとおしとおぼして。后に聞えさせ給ければ雨な

どふり空みだれる夜は思ひなしなる事はさぞ侍

る。かろ/\しきやうにおぼしおどろくまじきこ

とゝ聞え給。にらみ給しに。め見あはせ給とみし

 

 

23

けにや。御目につらひ給てたへがたうなやみ給。御つゝ

しみ内にもみやにもかぎりなくせさせ給。おほき

おとゞうせ給ぬ。ことはりの御よはひなれどつぎ/\

にをのづからさはがしき事有て。大宮そこはかとな

うわづらひ給て程ふれば。よはり給やうなるうち

におぼしなげく事さま/\゛なり。なをこの源氏の

きみまことにをかしなきにてかくしづむならば

かならずこのむくひありなんとなむおぼえ侍。いまは

なをもとの位をも給てんとたひ/\゛おぼしの給ふ

を。世のもどきかろ/\しきやうなるべし。つみに

おちて都をさりし人を三ねんをだにすぐさず

 

ゆるされん事は。よの人もいかゞいひつたへ侍らんなど

后かたくいさめ給ふに。おぼしはゞかるほどに月日か

さなりて御なやみどもさま/\゛におもりまさらせ

給ふ。明石にはれいの秋は濱かぜのことなるに。ひとり

ねもまめやかにものわびしうて。入道にもおり/\かた

らはせ給。とくまぎらはしてこちにいらせよとの

給て。わたり給はん事をばあるまじうおぼした

るを。さうしみ。はた。さらに思たつべくもあらず。いと

口おしききはのい中人こそかりにくだりたる人

のうちとけことにつきさやうにかろらかにかたらふ

わざをもすなれ。人かずにもおぼされざらんものゆへ

 

 

24

我はいみじき物思ひをやそへむ。かくをよびなき心

を思へるおやたちも。こもりてすぐす年月こそ

あひなだのみに行末心にくゝ思ふらめ。中々なる

こゝろをやつくさむと思ひたて。たゞこの浦におはせん

ほど。かゝる御文ばかりをきこえかはさむことをろかな

らね。としごろをとにのみきゝていつかはさる人の

ありさまをほのかにも見奉らんなどはるかに

思ひ聞えしを。かく思ひかけざりし御すまいに

て。まほならねどほのかにも見奉り世になきもの

と聞えつたへし御ことのねをも風につけてきゝ。明

暮の御有さまおぼつかなからでかくまて世に

 

あるものとおぼしたづぬるなどこそ。かゝるあまの

中にくちぬる覧いにあまる事あんれなど思ふに。

いよ/\はづかしうて露もけぢかき事は思ひよら

ず。親たちはこゝらの年ごろのいのりのかなふべき

を思ながら。ゆくりかにみせ奉りて。おぼしかずまへ

ざらんとき。いかなるなげきをかせんと思ひやるに

ゆゝしくて。めでたき人と聞ゆともつらういみじ

うも有べきかな。めにみえぬ仏神をたのみ奉りて人

のみ心をもすくせをもしらでなど。うちかへし思え

だれたり。君はこのごろ波の音にかの物のねをき

かばや。さらずはかひなくこそなどつねはの給忍て。よ

 

 

25

ろしき日みて。母ぎみのとかく思わづらふをきゝいれ

ず。でしどもなどにだにしらせず。心ひとつにたち

いかゝやくばかりしつらひて。十三日の月のはなやかに

さしいでたるに。たゞあたらよのと聞えたあり。君は

すきのさまやとおぼせど御なをしたてまつり

ひきつくろひて夜ふかしていで給。御車になくつく

りたれど所せしとて御馬にて出たまふ。惟光な

どばかりをさふらはせ給。やゝとをくいる所なり

けり。みちのほどもよものうら/\見わたし給て。

思ふとちみまほしき入江の月影にも。まづこひしき

人の御ことを思ひで聞え給に。やがてむまひきす

 

ぎておもむきぬべくおぼす

 (源)秋の夜の月けのこまよわがこふる空いにかけ

れときのまもみんとうちひとりごたれ給。つくれる

さま木ぶかくいたきところまさりて見所あるすま

いなり。海のつらはいかめしにおもしろく。これはこゝ

ろぼそくすみたるさま。こゝにいて思のこす事は

あらじとすらんとおぼしやらるゝに物哀なり。三

昧堂ちかくて。かねの声まつ風にひゞきあひて。も

のがなしう岩におひたる松のねざしも心ばへある

さまなり。前栽どもに虫の声をつくしたり。こゞか

しこのありさまなど御らんず。むすめすませた

 

 

26

るかたは心ことにみかきて月入あるまきの戸ぐちけ

しきばかりをしあけたり。うちやすらひ何かと

の給ふにも。かうまではみえ奉らじとふかう思ふに

ものなげかしうてうちとけぬ心ざまをこよなうも

人めきたるかな。さしもあるまじききはの人だに

かばかりいひよりぬれば。心づようしもあらずならひ

たりしを。いとかうやつれたるにあなづらはしき

にやとねたう。さま/\におぼしなやめり。なさけな

うをしたゝむも事のさまにたがへる心くらべにまけ

むこそ人わろけれるなどみだれうら見給さま。げに物

思ひしらむ人にこそみせまほしけれ。ちかき几丁の

 

ひもにさうのことのひきならされたるも。けはひし

どけなく打とけながらかきまさぐりける程みえて

おかしければ。此聞ならしたることをさへやなどよ

ろふにの給

 (源)むつごとをかたりあはせん人もがなうき世のゆめ

もなかばさむやと

 明ぬ夜にやがてまどへるこゝろにはいづれを夢と

わきてかたらんほのかなるけはひ伊勢の宮す所

にいとようおぼえたり。何心もなううちとけてい

たりけるを。かうものおぼえぬに。いとわりなくてけ

ぢかかりけるさうじのうちに入ていかでかためける

 

 

27

にかいとつよきをしいてもをし立給はぬさまなり

されどさのみもいかでかはあらむ。人ざまはいとあて

にそびえて心はづかしきけはひぞしたる。かうあ

ながちなりける契をおぼすにもあさからず哀なり

御心ざしのちかまさりするなるべし。つねはいとは

しきよのながさも。とく明ぬる心ちすれば人に

しられじとおぼすも心あはたゝしうて。こまかにかた

らひをきて出給ぬ。御文いと忍てぞけふはある。あひ

なきみ心のおになりや。こゝにもかゝることいかでもら

さじとつゝみて御使こと/\しうももてなさぬを

むねいたうおもへり。かくて後は忍びつゝ時々おはす

 

ほどもすこしはなれたるに。をのづからものいひさ

がなきあまのこもや。たちまじらんとおぼしはゞかる

ほどを。さればよと思ひなげきたるをげにいか

ならんと入道も極楽のねがひをばわすれてたゞこの

御けしきをまつことにはす。今さらにこゝろをみだ

るもいと/\おしげなり。二條の君の風のつてに

てももりきゝ給はん事は。たはふれにても心のへだ

てありけると思うとまれ奉らんは。心ぐるしうはづ

かしうおぼさるゝもあながちなる御心ざしのほど

なりかし。かゝるかたの事をばさすがに心とゞめて

うらみ給へりしおり/\。などてあやなきすさびこ

 

 

28

とにつけても。さおもはれたてまつりけんなどとり

かへさまほしう。人のありさまを見給ふにつけても

こひしさのなぐさむかたなければ。れいよりも御ふみ

こまやかにかき給ておくにまことや我ながら心よ

りはかなるなをざり事にてうとまれ奉りし

ふし/\゛を思ひいづるさへむねいたきに。又あやしう物

はかなき歌をこそ見侍しが。かう聞ゆるとはずか

たりにへだてなき心折の程はおぼしあはせよ。ちか

ひし事もなどかきてなにごとにつけても

 (源)しほ/\とまつぞながるゝかりそめの見るめは

あまのすさひなれどもとある御かへりなに心なく

 

らうたげにかきて。はてにしのびかねたる御声夢語

につけても思ひあはせらるゝ事おほかるを

 (源)うらなくも思ひけるかな契りしを松より波は

こえしものぞとおいらかなる物から。たゞならずかす

めたま経るを。いとあはれにうちをきがたう見給て名

残ひさしうしのびの旅ねもし給はず。女思しも

しるきに。いまぞ誠に身もなげつべき心ちする。ゆく

末みじかげなるおやばかりをたのもしき物にて。い

つのよに人なみ/\になるべき身とは思はざりしかど。

たゞそこはかとなくて過しつるとし月はなにごと

をか心をもなやましけん。かういみじうもの思はし

 

 

29

き世にこそ有けれと。かねてをしはかり思ひしより

も。よろづにかなしけれど。なだらかにもてなして

にくからぬさまにみえ奉る。哀とは月日にそへておぼ

しませど。やむごとなきかたのおぼつかなくて年月

をすぐし給が。只ならずうち思ひをこせ給ふらんが

いと心ぐるしければ。ひとりふしがちにて過ぐし給ふ。え

をさま/\゛かきあつめて思ふ事どもすきつけ。かへり

こときくべきさまにしなし給へり。みん人の心はしみ

ぬべき物のさまなり。いかでか空にかよふ御心ならん。

二条の君もものあはれになぐさむかたなむおぼえ給

おり/\。おなじやうにえをかきあつめ給つゝ。やが

 

てわが御ありさまを日記のやうにかき給へり。いかな

るべき御さま共にかあらん。としかはりぬうちに

御くすりの事ありて世中さま/\゛にのゝしる。

当代のせんみこは右大臣のむすめ承香殿の女御の御

はらに男みこ生れ給へる。二(ふたつ)になり給へばいといは

けなし。春宮にこそはゆづり聞え給はめ。おほやけ

の御うしろみをし。世をまつりごつべき人をおぼし

めぐらすに。この源氏のけうしづみ給ふ事いとあくから

しう。あるまじき事なれば。ついに后の御いさめ

をもうむきてゆるされ給ふべきさだめいできぬ。こぞ

より后も御ものゝけなやみ給ひさま/\゛の物のさ

 

 

30

とししきりさはがしきを。いみじき御つゝしみごと

もをし給ふしるしにや。よろしうおはしましけ

る。御めのなやみさへ此頃おもくならせ給て。もの心ぼ

そくおぼされければ七月廿よ日のほどに又かさねて

京へうつり給べきせんじくだり。ついのことゝ思ひし

かど。よのつねなきにつけても。いかに成はつべきにかと

なげき給を。かうにはかなればうれしきにそへても

またこの浦を今はと思はなれんことをおぼしな

げくに。入道さるべき事と思ながら。うちきくよりむね

ふたがりておぼゆれど。思ひのことさかへ給はゞこそは

我思のかなふにはああらめなど思ひなをす。そのころは

 

よがれなくかたらひ給。六月ばかりより心ぐるしき

けしきありてなやみけり。かくわかれ給べきほどな

れば。あやにくなるにやありけん。ありしよりもあは

れにおぼして。あやしう物思ふべき身にもありける

かなとおぼしみだる。女はさらにもいはず思しづみた

り。いとことはりなりや。思のほかにかなしき道にい

でたち給しかど。ついには行めぐりきなんとかつは

おぼしなぐさみき。このたびはうれしきかたの御出

たちの又やはかへりみるべきとおぼすに哀なり。さふ

らふ人々ほど/\゛につけてはよろごひ思ひ。京より

も御むかひに人々まいりこゝちよげなるを。あか

 

 

31

しの入道なみだにくれて月もたちぬほどさへ哀な

る空のけしきに。なぞや心づからいまもむかしも

すゞろなることにて。身をはふらかすらんとさま/\゛

におぼしみだれたる。心しれる人々はあなにく例の

御くせぞと見奉りむつかるめり。月ごろは露人にけ

しきみせず時々はいまぎれなどし給つるつれ

なさを。このごろあやにくになか/\人のこゝろづくし

にとつきしろふ。少納言のしるべしてきこえいでし

はじめの事などさゝめきあへるをたゞならす思へり

あさてばかりになりて。れいのやうにいたうもふかさ

でわたり給へり。さやかにはまだ見給はぬかたち

 

など。いとよし/\しうけたかきさまして。めざま

しうもありけるかなと見すてがたう口おしうお

ぼさる。さるべきさまにしてむかへんとおぼしなりぬ

さやうにぞかたらひなぐさめ給。男の御かたちあり

さま。はたさらにもいはず。年ごろの御おこなひに

いたくおもやせ給へるしも。いふかたなくめでたき御

有さまにて。こゝろぐるしげなるけしきに。うちな

みだぐみつゝあはれふかく契り給へるは。たゞかばかりを

さいはいにても。などかやまざらんとまでぞみゆめれ

ど。めてたきにしもわがみのほどを思にもつきせ

ず。なみのこえ秋の風にはなをひゞきことなり。塩

 

 

32

やくけふりはかすかにたなびきて。とりあつめたると

ころのさまなり

 (源)このたびはたちわかるとももしほやくけふりはお

なじかたになびかんとの給へば

 (明石上)かきつめてあまのたくもの思ひにも今はかひなき

うらみだにせじ哀にうちなきて事ずくなゝる物

から。さるべきふしの御いらへなどあさからずきこゆ。この

つねにゆかしがり給物のねなどさらにきかせ奉ら

ざりつるをいみじう恨給。さらばかた見にもしのぶば

かりのひとことをだにとの給ふて。京よりもておは

したりしきんの御こととりにつかはして。心こと

 

なるしらべをほのかにかきならし給へる。ふかき夜の

すめるはたとへんかたなし。入道えたへでさうの事を

とりてさしいれたり。身づからもいとゞ涙さへそゝの

かされて。とゞむべきかたなきにさそはるゝなるべし。し

のびやかにしらべたるほど。いと上ずめきたり。入道の

宮の御ことのねを。いまの又なきものに思聞えたる

は。いまめかしうあなめでたときく人のこゝろゆき

て。かたちさへ思ひやらるゝ事はげにいとかぎりなき

御ことのねなり。これはあくまでひきすまし心に

くゝねたきねぞまされる。この御心にだにはじめて

あはれになつかしうまだみなれ給はぬ手など必

 

 

33

やましき程にひきさしつゝあかずおぼさるゝにも

月ごろなどしいてもきゝならさゞりつらんとくや

しうおぼさる。心のかぎり行さきの契りをのみ

し給ふ。きんはまだかきあはするまでのかた見

にとの給ふ女

 (明石上)なをざりにたのめをきける一ことをつきせぬね

にやかけてしのばんいふともなきくちずさみを

うらみ給ふて

 (源)あふまでのかたみにちぎる中のをのしらべはこ

とにかはらざらなんこのねたがはぬさきにかならずあ

ひみんとたのめり。されどたゞわかれんほどのわ

 

りなさを思ひむせたるもいとことはりなり。たち

給あかつきは夜ふかういで給て。御むかへの人々もさは

がしければ心も空なでど人まをはからひて

 (源)うちすてゝたつもかなしきうらなみの名ごりい

かにと思ひやる哉かへい

 (明石上)としへつるとまやもあれてうきなみのかへるかた

にや身をたゞへましとうち思ひけるまゝなるを。み

給ふに忍び給へどほろ/\とこぼれぬ。しらぬ人々は

なをかゝる御すまいなれど。とし頃といふばかりなれ

給へるを。今はとおぼすはさもある事ぞかしなど見

奉る。よしきよなどはをろかならずおぼすなめりか

 

 

34

しとにくゝぞ思。うれしきにもげにけふをかぎりに

此なぎさをわかるゝ事など哀がりて。くち/\゛し

ほたれいひあへる事どもあめり。されどなにかはとて

なん。入道けづの御まうけいといかめしうつかうま

つれる人々しものしな迄たびのさうぞくめづら

しきさまなり。いつのまにかしあへけんとみえ

たり御よそひはいふべくもあらず。みそひつあまた

かけさふらはすまことの都のつとにしつべき御を

くりものども。ゆへづきて思ひよらぬくまなし。けふ

たてまつるべきかりの御さうそくに

 (入道)よる波にたちかさねたる旅ごろもしほどけし

 

とや人のいとはんとあるを御らんじつけてさはがし

けれど

 (源)かたみにぞかふべかりけるあふ事の日かずへだ

てん中の衣をと心ざしあるをとて奉りかふ。御身

になれたるどもをつかはす。げにいまひとへしのばれ

給べきことをそふるかたみなめり。えならぬ御ぞに匂

ひのうつりたるをいかゞ人の心にもしめざらん。入道

今はと世をはなれ侍にしみなれども。けふの御を

くりにつかうまつらぬ事など申て。かひをつくるもい

とおしながら。わかき人はわらひぬべし

 (入道)世をうみにこゝらしほじむみとなりて猶この

 

 

35

きしをえこそはなれね心のやみはいとゞまどひぬべ

く侍れば。さかひまでたにと聞えてすき/\゛しき

やうなれどおぼしいでさせ給おり侍らばなど御け

しき給はる。いみじう物をあはれとおぼしてと

ころどころうちあかみ給へる御まみのわたりなど。い

はむかたなくみえ給思すてがたきすぢもあめれば

今いととく見なをし給てん。たゞ此すみかこそ見

すてがたけれ。いかゞすべきとて

 (源)みやこいでし春のなげきにをとらめや年ふ

る浦をわかれぬる秋とてをしのごひ給へるに。いと

どものおぼえずしほたれまさる。たちいもあさ

 

ましうよろぼふ。さうじみの心ちたとふべきかた

なくて。かうしみも人にみえじと思ひしdむれど。身

のうきをもとにてわりなき事なれど。打すて給

へるうらみのやるかたなきに。おもかげそひてわす

れがたきに。たけきことゝはたゞ涙にしづめり。はゝ君

もなぐさめわびてなにゝかく心づくしなる事を

思ひそめけん。すべてひが/\しき人にしたがひける

心のおこたりぞといふ。あなかまやおぼしすつまし

きことも物し給ぬれば。さりともおぼす所あらん。思

ひなぐさめて御ゆなどをだにまいれ。あなゆゝしや

とてかたすみによりいたり。めのと母君などひが

 

 

36

める心をいひあはせつゝ。いつしかいかで思さまにて

見奉らんと年月をたのみすぐし。いまや思ひかなふと

こそたのみ聞えつれ。心ぐるしきことをも物のは

じめにみるかなとなげくをみるにもいとおしけれ

ば。いとゞほけられて。日るは日ひとひいをのみねくら

し。よるはすくよかにおきいて。すゝのゆくえもし

らず成にけりとて。手ををしすりてあふぎいた

り。えしどもにあばめられて月よにデてきやう

だうする物はやり水にたふれ入にけり。よしある

岩のかたそはにこしもつきそこなひて。やみふし

たる程になんすこし物まぎれける。君はなにはの

 

かたにわたりて御いらへし給ひて。住吉にもたいら

かにて色々の願はたし申べきよし御使して

申させ給。にはかに所せうて身づからは此たびはえ

まうで給はず。となる御せうえうなどなくてい

そぎいり給ぬ。二条院におはしましつきて宮この

人も御供の人もゆめの心ちしてゆきあひよろこ

びなきもゆゝしきまでたちさはぎたり。女君も

かひなき物におぼしすてつるいのちうれしうお

ぼさるらんかし。いとうつくしげにねびとゝのほりて

御物思ひのほどに所をかりし御ぐしのすこしへ

がれたるしもいみじうめでたきを。今はかくてみる

 

 

37

べきぞかしと御心おちいたるにつけては。又かのあかず

別れし人の思へりしさま心ぐるしうおぼしや

らる。なをよとともにかゝるかたにて御心のいとまぞ

なきや。その人の事どもなど聞え出給へり。おぼ

しいでたる御けりきあさからず見ゆるを。たゞな

らずや見奉り給ふらん。わざとならず身をば思へ

ずなどほのめかし給ぞ。おかしうらうたく思聞え

給。かつみるにだにあかぬ御さまをいかでへだつる

年月ぞとあさましきまでおもほすに。とりかへ

し世中もいとうらめしうなんほそもなくもと

の御くらいあらたまりて。かずよりほかの権大納

 

言になり給ふ。つぎ/\の人もさるべきかぎりはもと

のつかさを返し給へり。世にゆるさるゝほどかれたりし

木の春にあへるこゝちしていとめでたげなり。めし

有て内に参り給。御まへにさふらひ給に。ねびまさり

ていかでさる物むつかしきすまいにとしへ給つらん

と見奉る。女房などの院の御時よりさふらひてお

いしらべる共はかなしくて今さらになきさはぎめ

で聞ゆ。うへもはづかしうさへおぼしめされて。御

よそひなどことに引つくろひて出おはします。御

心ちれいならで日ごろへさせ給ければいたうおと

ろへさせ給へるを。きのふけふぞすこしよろしう

 

 

38

おぼされける。御物語しめやかにありて夜に入ぬ。

十五夜の月おもしろうしづかなるに。むかしのこと

かきくづしおぼしいでられてしほたれさせ給。物

心ぼそうおぼさるゝなるべし。あそびなどもせずむ

かしきゝしものゝねなどもきかでひさしうな

りにけるかなとのたまはするに

 (源)わたづ海にしづみうらふれ日うのこのあしたゝざ

りしとしはへにけりと聞え給へばいと哀に心

はづかしうおぼされて

  宮はしらめぐりあひけるときしあればわか

れし春のうらみのこすないとなまめかしき御

 

有さまなり。院の御ために八講おこなはるべき事

まづいそがせ給ふ。東宮をみたてまつり給にこよ

なうおよすけさせ給て。めづらしうおぼしよろ

こびたるをかぎりなくあはれと見奉り給。御ざえ

もこよなくまさらせ給て世をたもたせ給はん

にはゞかり有まじうかしこくみえさせ給。入道

の宮にも御心すこししつめて御たいめんの程に

も哀なる事どもあらんかし。まことやかのあかし

にはかへる波につけて御文つかはす。ひきかくしてこ

まやかにかき給めり。なみのよる/\いかに

 (源)なげきつゝあかしのうらにあさ霧のたつやと

 

 

39

人を思ひやるかな彼そらのむすめの五せち。あい

なく人しれぬもの思ひさめぬる心ちして。まく

なぎるくらせてさしをかせけり

 すまの浦に心をよせし舟人のやがてくたせる

袖をみせばや手などこよなくまさりにけりと見

おほせたまひてつかはす

 (源)かへりてはかごとやせましよせたりし名残に

袖のひがたかりしをあかずおかしとおぼしゝなごり

なれば。おどりかされ給ていとゞおぼしいづれど。この

ころはさやうの御ふるまひさらにつゝみ給めり。花

ちる里などにもたゞ御せうそこなどばかりにて

 

おぼつかなく中々うらめしげなり