うつろ舟の蛮女

 

読んだ本 https://www.nijl.ac.jp/ (兎園小説)

見慣れない字が多く時間がかかった。

「うつろ舟」とは江戸時代に漂着したUFOのような船をいう。

漂着地は千葉とも茨城沖ともいわれている。

      虚舟 - Wikipedia

 

 

120コマ
うつろ舟の蛮女

享和三年 癸亥の春二月廿二日の牛の時はかりに当時寄合
席小笠原越中守 高四千石 知行所常陸國はらやどりと云
濱にて沖のかたに舟のこときもの遥に見えしかは 浦人等
小船あまた漕出しつゝ遂に濱辺に引つけてよく見るに
其舟のかたち譬ハ香盒(ハコ)のことくにしてまろく長サ三間
あまり 上は硝子障子にして 松脂チヤン をもて塗つめ底ハ鉄
の板かねを段々筋のことくに張たり海巌にあたるとも打
砕かれさる為なるへし 上より内の透徹て隠れなきを
みな立よりて見けるに其かたち異様なるひとりの婦人そゐたりける

 

享和三年癸亥の春二月二十二日の牛の時ばかりに、当時寄合席小笠原越中の守

(高四千石)知行所常陸の国「はらやどり」という浜にて、沖の方に舟の如き

もの遥かに見えしかは、浦人等、小船数多漕ぎ出しつつ、遂に浜辺に引きつけて、

よく見るに、その舟の形、例えば香箱の如くにして丸く、長さ三間余り、上は

硝子障子にして、松脂チヤン(チャン塗りという塗装法)を以て塗り詰め、

底は鉄の板金を段々筋の如くに張りたり。海巌にあたるとも、打ち砕かれざるなるべし。

上より内の透徹で隠れなきを、皆立ち寄りて見けるに、その形、異様なる一人の婦人ぞ

居たりける。

 

 

121(画像のあるページ)
その図左の如し

〔記号〕
如此蛮字船中に
多く有し

硝子障子
外ハ
チヤンにて
塗りたり

鉄にて張りたり

長サ三間餘


假髻(かけい・エクステ)
白し
何とも無し
かたきとのこ

此箱二尺斗四方

ねり玉 青し

 

 

122

解按スルニ魯
西亜國見録
人物の條下に云
女之衣服も筒
袖にて腰より上を
細く仕立云々
髪の毛ハ白き
粉をぬけかけ
結ひ申候云々
これによりて 見る
ときハ此蛮女
の頭髷の白きも
白き粉を塗たる
ならん魯西亜
属国の婦人になるや
ありけん猶たつ
ぬへし

そか眉を髪の毛の赤かるにその顔も桃色にて頭髷ハ
假髪(イレカミ)なるか白く長くして背に垂たりそハ獣の毛かより糸
かこれをしるものある事なし 送に云語の通すねハいつこのも
のそと問ふよしもあらずこの蛮女二尺四方の箱をもてり特
に愛するものとおほしてしはらくもはなさずして人をしもちか
つけす其船中にあるものをこれかれと検れしに
水二升許小瓶に入れてあり 一本に二升を二斗作り小瓶を小船に作れりいまた執か是を知らす
敷物二枚あり
菓子やうのものあり又肉を焼たる如き食物あり
浦人等うちつとひて評議するをのとかに見つゝゑめる

のミ故老の云古は蛮国の王の女の他へ嫁たるか密夫有て
その事あらハれその密夫ハ刑せられしをさすかに王のむすめなれハ
殺すに忍すして虚舟(ウツロフネ)に乗て流して生死を天に任せしものか
しからハその箱の中なるハ密夫の首にやあらすらん むかしも
かゝる蛮女のうつろ船に乗せられたるか近き浜辺に漂着せ
しことありけりその船中には俎板のこときものに載たる人の
首のなま/\しきかありけるよし 口碑に得る伝るを合し考れハ
件の箱の中なるもさる類のものなるへし されハ蛮女かいとをしミて
身をはなさゝるなめりといひしとぞ この事 宮府へ聞へ
あけ奉りてハ雑費も大かたならぬにかゝるものをハ戻流したる

 

解き案ずるに魯西亜國(ロシア)見録人物の條下に云う、
女之衣服も筒袖にて、腰より上を細く仕立て云々、
髪の毛は白き粉をぬけかけ、結び申し候云々、
これによりて、見る時はこの蛮女の頭髷の白きも
白き粉を塗りたるならん。
魯西亜属国の婦人になるやありけん。猶尋ぬべし。

そが眉を髪の毛の赤かるに、その顔も桃色にて、頭髷は
假髪(イレカミ)なるか、白く長くして背に垂たり。
そは獣の毛か、より糸か、これを知る者ものある事なし。
送に言語の通わずねば、いつこの者そと問う由もあらず。
この蛮女、二尺四方の箱を持てり。特に愛するものと
思して、暫くも離さずして、人をしも、近付けず、
その船中にあるものを、これかれと検(あらたま)れしに、
水二升ばかり小瓶に入れてあり、一本に二升を二斗作り、
小瓶を小船に作れり。未だ執か是を知らず。
敷物二枚あり。
菓子よう(様)のものあり。又肉を焼きたる如き食物あり。
浦人等うち集いて評議するを長閑に見つつ笑める

のみ。故老の云う古(いにしえ)は、蛮国の王の女の他へ嫁し
たるが密夫有りて、その事顕れ、その密夫は刑せられしを、
さすがに王の娘なれば、殺すに忍ばずして、虚舟(ウツロフネ)
に乗せて流して生死を天に任せしものか。
然らば、その箱の中なるは、密夫の首にやあらすらん。
昔も、かかる蛮女のうつろ船に乗せられたるが近き浜辺に漂着
せしことありけり。その船中には俎板の如きものに載いたる人の
首のなま/\しきがありけるよし。口碑に得る伝るを、合わし、
考えれば、件の箱の中なるも、去る類のものなるべし されば
蛮女が愛おしいみて、身を離さざるなめりと言いしとぞ。この事
宮府へ聞こえ上げ奉りては雑費も大かたならぬに、かかるものをば
戻流したる

 


123
先例もあれはとて又もとのことく船に乗せて沖へ引出し
推流したりとなんもし仁人の心もてせハかくまてにはあるましきをそハ
その蛮女の不幸なるへし又その舟の中に〔記号〕等
の蛮字の多くありしといふによりて後におもふに近きころ浦
賀の沖に歇(カゝ)りたるイギリス船にもこれらの蛮字有けりかゝれハ
件の蛮女はイギリスかもしくはヘンガラもしくはアメリカなとの蛮国
の女なりけんかこれも又知るへからす当時好事のものら写し伝へ
やるは右の如し國説共に疎鹵(そろ)にして具ならぬを憾とす
よくしれるものあらハたつねまほしき事なりかし

 

 先例もあればとて、又もとの如く船に乗せて沖へ引出し、推し流し
たりとなん。もし仁人の心以てせば、かく迄にはあるまじきを、そは
その蛮女の不幸なるべし。又その舟の中に〔記号〕等の蛮字の多く
ありしというによりて、後に思うに、近き頃、浦賀の沖に歇(かか)
りたるイギリス船にも、これらの蛮字有けり。かかれば件の蛮女は
イギリスか、もしくはヘンガラ、もしくはアメリカなどの蛮国の女
なりけんか。これも又知るべからず。当時、好事のものら、写し伝え
やるは、右の如し。國説共に疎鹵(そろ)にして具ならぬを憾とす。
よく知れる者あらば、尋ねまほしき事なりかし。