仮想空間

趣味の変体仮名

源平布引滝 三の口 竹生島詣の段

 

床本も読んでみたの。だいぶん読みやすいの。

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856222

 

 

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2
源平布引滝 三の口
来る人と野に立人に 物とへば
先へ/\とおしへられ 心も関の
明神もよそに見なして走行
小まんは御籏肌に入そこに

 

 

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3
隠れ爰に忍び 葵の御前や
爺親に追付足も石場道
渡しも暮て舩もなく 三里
廻ればおのづから 馴染の道も
長々と勢田の長橋打渡り

矢橋の浦に着けるが 秋の月
さへくもる夜の朧月かげ浜
伝ひ 追かけ来る侍は 高橋
判官が家来塩見忠太 手の
物引連 ヤア待て女 儕木曽の

 

 

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4
先生義賢に頼れ 源氏の
白籏隠し持たる由 降参の
下部が白状 急いで白籏渡
せばよし さないと忽ちこな微塵
覚悟ひろげと呼わつたり

小まんは身がため帯引しめ草
津石部の問では 百人にも千人
にも勝つて万と付られて 人も
知た手荒い女 覚のない事云
かけて 跡で難義を仕やんなと


5
よはみを見せず いひ放す ヤア
不敵な女何程 包隠しても
訴人有れば遁れぬ/\ ソレ家来
共 懐へくつ/\と手を入れて どこも
かしこも探せ/\ 畏つたと家来

の大勢 取てかゝつて懐の白旗
とらんと組付くをしつこいお方と
引ぱづし首筋取て狗子(えのころ)投げ
抱付く家来を其上へ 餅に重ね
て男の女夫 後ろからとは物好きと


6
腰でしやくつて負投背投
在所力の引臼投ころりころ
/\/\ 腰骨背骨踏んづ蹴られつ
さしもの大勢 持あぐんで見へ
ければ 忠太苛つて ヤア女と思ひ

用捨すりや 付上つたるひつ切め
ぶち放して奪ひ取れと 下知に従ひ
?(つばな)の穂先 小まんも爰ぞ命
の際と 用意の懐剣逆手
に持寄らばつかんと目をくばる シヤ


7
小ざかしいふん込めと 女一人にへ
ろ/\無事切ってかゝればひらりと
はづし なぐれば飛でこなたを
突き 持たる籏の威徳をかり
男勝りに働けど大勢に切立て

られ モウ叶はぬと覚悟を極め
ヤレ待ッてたべ白旗渡そ 此場の
命助けと 懐の御籏をば差し
上げ見すれば忠太はえつぼ ヲゝ
さもあらん ソレ家来共 助けて


8
とらせと立よつて 取らんとするを
けさにすつぱり ソリヤ赦すなと
大勢が一度にかゝれば叶はじと
青み切ったる湖へざんぷとこそは
飛込んだり ヤレそつちへうせた

こつちへと 追かけ廻れど陸(くが)と
海 小まんは元来(もとより)水心浮いては
しづみ沈んでは姿を隠す月
夜かげ嶋有るかたへと「游ぎゆく
志賀の浦へと漕ぐ船は平家の    ←


9
公達宗盛君 竹生島下向
の御船飛騨左衛門お伽の役
石山の月御上覧と 夜の八景
月夜かげ 向ふより来る小船(しやうせん)は
斉藤市郎実盛 舩じるしを

見るよりもやがて漕ぎよせ 舩
張りに手をつかへ 若君の御船
と見奉る 御機嫌能御下向恐悦
至極と相述ぶる 宗盛君おと
なしく 父上の代参とし 竹生島


10
詣でして 常の風景詞には尽されず
其方はいづくへ行ぞと有ければ
さん候清盛公の上意によつて
源氏の胤を詮議の役瀬尾
の十郎と某に仰付けられ 瀬尾は

先逹て草津守山の民家を
さがし あれ成る明神が茶やにて
出合約束 一方ならぬ大事の
役義 早お暇と漕ぎ出すを飛騨
の左衛門暫しと呼とめ 申さば


11
若君初ての御代参 祝ふて
お盃をも頂戴し 朧月夜に
しく物はなしと申せば さへぬ月
にて一献ひらに /\と留むるにぞ
宗盛も供々に 兄重盛の

お気に入りすげなふは帰されず
是非に舩へと仰せも重く 然らば
御意に任さんと 乗りうつれば
飛騨左衛門 ソレ盃改めよと
瓶子もかはり 献々に 暫く時も


12
移りしが 何見付けん飛騨の左衛門
舩張にかけ上り あれ見られよ
実盛 慥勢田唐崎の邊に
多々の松明船の篝火 口論か
海賊かと 宗盛君も実盛

も評議區々(まち/\)成所へ小まんは
平家の船共しらず 游ぎ付かんと
心は早浪 白旗口にひつくはへ
逆手を切て游げ共 向ふ風に吹き戻
され浪に もたるゝ有様を 目早き


13
実盛すかし見るよりアレ/\/\ あれへ
慥女と見へて 海中遥かに游ぐ
者有り 正(まさ)しく水に溺るゝ体 見
捨てて殺すは本意にあらず
水練手練の者はなきか アレ

助よ 殺すなと いへどああせれど
誰有って 水底しれぬ水の面
飛込む人もなかりける 小まんは一生
懸命の 気は鉄石でも風と浪
次第によはる身の苦しみ エゝ口惜や


14
爰で死ぬるか情けなや せめて最
後に親達や 我子に逢たや
顔見たやと思へば いとゞふき流
され 舩を寄せても隔てられ危く
見ゆれば実盛も 見殺しにする

不便やと余所のあはれを見
捨かね 思ひ付いたる三間櫂
おつ取海へざんぶと打込 龍
神感応いのれや女と 呼ばはる
声が力草 情けの心通じてや


15
流るゝ櫂は小まんが傍へ 寄ると
其儘しがみ付 一息ほつとつい
だるは蘇生(よみがへり)たる心地也 櫂を
浮き木のかたおよぎたぐり/\
て御船の蕎麦寄るとそのまゝ

実盛が 首筋つかんで船へ
引上 薬を用ひ身を温め
さま/\゛ いたはり気を付くれば
小まんは始終手を合せ どなた
さまかは存じませぬが 神か仏か


16
有がたいお情 わたしは小まんと
申て 此邊の者 年寄た親も
有 七つに成る子もござりまする
死ではどふもならぬ命 お助
なされて下されし 御恩はいつか

報ぜんと涙と供に一礼を 聞て実
盛 イヤ其方が運のよき あれ
に御座なるゝは 平家の御公
達宗盛公 御船のおかげで
たすかつたお礼申せと いふに


17
恟り 何是は平家の船とや
ハアお有がとふござりますると
いふ声供に身をふるふ 飛騨
左衛門目に角立 平家と聞い
て驚くしやつつら 先ずおのれは

何ゆへに 女の身にて海上を
およぎしぞ イヤそれには ちつと
様子が サア其様子ぬかせ アイ
あいとはいへどいひかねる 折も
こそあれ高橋が家来共


18
小船に取乗り声々に 其女こ
そ源氏方 白旗隠し持たる
ぞ 油断有なと呼はる声 扨
こそこやつ曲者と 飛騨左衛門
飛かゝり 腕捻上ぐれば小まんは

声上げ ナフけふはいか成る悪日ぞ
死ぬる命をたすかつて 嬉しと
思ふ間もなく 此修羅道
責めは何事 情けなや浅まし
やと 歯ぎしみはぎり身を

 

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19
震はし もだへ嘆けばヤア何
ほざく サア命惜しくば白旗
わたせ イゝヤ渡さぬ/\ 女な
がらも身込まれて あふかつた物
むざ/\と たとへ死んでも白旗

はなさぬ ヤア胴性ほねの
ふとき女と ふところ探せば
右手(めて)もさし上げ かう握つたら
金輪ならく 旗はきれても
ちぎれても 一念こつた此手

 

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20
の内やみ/\とわたさふかと
あせれどさすが女業 既に
危ふき所を実盛 につくき
女と 籏の手を ぱつしと切て
水中に白旗もろもと なむ

三宝白旗とらんとあやまつ
たり ハハはつとげうてんは粗
忽と見へて なさけかや ヤア/\
船頭共 白旗が 水にしたふ
てながれしぞ 櫓櫂をはや

 

 

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21
めて追っかけよ はやく/\と
はやての下知 畏つて舩人が
櫓拍子揃へてえいさつさ えい
さ/\えいさつさ さつささか
まく浪切てあてども なしに