当流小栗判官 第二 (虫尽し含む)

 

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html
     イ14-00002-579 

 


14左頁
  第二 後藤左衛門虫つくし
もろともにこゝろかよひてよりそはぬ なかやとりいの
ふたばしらふたとせのはるあきを いもとのきさらぎ
心あり ふみのつかひのわたしぶねこがれて月日ををく
らるゝ ごどうざえもんくにたゝばをぐりどのゝなさけ
にて いのちをつぎきずほんぶくしたりしが 御おんを
ほうぜんところもなし此君のなかだちし 一夜あ
はせまいらせしゆびよくはばひとつて 思ひをはれ


15
させ申さんとつまの女房にむしこしつらひ取もたせ
はつあきひとに出立ててるての姫のおはします
いぬいのつぼねのまへわたり むしめせ/\ 色をねに
なくむしめすまいかごうりにける 女房たちは聞給ひ
めづらしけあきびとや よびいれて姫君たちの
御なぐさみにめさすべし あきひとこれへと
まねきけるてるてきさらぎもろともに はし
ぢかく出給ひ にはのあさぢにはなちがひ?のゝ

にしてなぐさまん むしはなに/\もちたるぞ所
によりて虫のねもなまりあるときくものを 名
所をもなのえいてうれそれ/\との給へば むし
こさま/\゛しつらひていち/\ にしてうりに
けれ かず/\さける つゆくさや 露にむつるゝ
こえ/\゛のあやをこめこびをこめ 人にあはれを
しれとてや いかにつれなきなかだにも 一夜は
あふてくれごとに なにをまつむしいつまでか


16
いつこうろぎも しらはぎに みだれてなくは
たからむし かぐらがをかになくむしは 神の
こゝろをすゞむしや あらぬかたよりふくかぜに
おばなになづくふり見えて せいてあはせぬくつ
わむし こてふのつばさぬれそめてむしさへ
なさけ あればこそ こひのおもにのわがつまを
せなにきつとせおふて 人めおもへば こえたてぬ
やんまとんぼうこがねむし 世をうつせみの

はごろもの うすきえにしはなまなかにふつゝり
ばつたり しんから じつから はつたと思ひきり
/\す かたよむかはづことくへば ゆふへをまたぬかけ
ろふの いのちのゆめのかよひぢをかよひくるまの
わさくれにをのがいかりのおのをもて ねたむかま
きりやさしやな あのみやぎのゝいとはぎの いと
をくる/\くりためて かぜにはた/\はたをり
むしのはらしのはらかりくらす袖のほころび


17
つゞりさせまつとしきかばしのぶ夜の
あめもいとはぬみのむしやむねのほむらの
ほたる火に やみをもいそげ をくらやま
をぐらの野辺の ひともこずゝき いつか
ホに出て見たれ/\あふ夜はたまむし
や いくえのせきもこえゆかん やたけごゝろの
よるひむし なくねはしな/\候と
おもしろふこそうりにけれ


 小栗しのびの段
てるての姫聞召げにめづらかなり のこらずにはに
はなたせよ さりながらほたるはなつの物なるに
今のほたるはいつはりならん たとへ有とも火はとも
さしとの給へば後藤がつま承り さればほたるは水
にしたがひながれくだり候ゆへ 都方にもせた
よりうぢはをそきとかや 川水のはてむもれ
ざは秋のほたるとこかにもつらね ひかりはなつ


18
よりあきらかなり こよひおにはにはなされて とぼ
さぬほたる一つにても候はば いかやうともはからひ給へ
と ほたるよりけにことばのひかりあざやかにこぞ申
けれ 女房達聞給ひしからばおことはこよひこなた
にとまり せうせきを御覧にいれよもしも蛍に
ひかりなくは くせ事ならんとはしたなくのゝ
しりてみな/\をくへいり給へば さいはひとりやう
じやうしおつとにきつとめぐはせし 後藤はいとま

申つゝ小栗とのへぞいそぎける 女房うれしさなゝ
めならず 何とぞ姫君にしらせたやと 思ふをり
からとび石にこまげたのをとしきりにて きさ
らぎ姫出給ふ女房悦びはしりより是お姫
様 我等はまことはあき人ならず 小栗殿に御
おんを得し後藤左衛門夫婦なるが 御なかだち申
さんため小栗殿をこよひしのばせ申べじ あね君
さまに御つたへはや/\とせきければ きさらぎゆめの心地


19
してそれは誠かまづあね君に申あげ よろこばせ
参らせん何事もたゞよきやうに 御身にまかせをく
しものふけゆく 夜半をぞ待給ふ 身ははま
まつの ねほれてほれて やなぎのいとの みだれごゝろは
すれめや 人の心を兼氏の かねての思ひこよひしも はれ
みくもりみはつしぐれ いとふまでとのからかさも さすが
しのびしふぜいにや 後藤一人御供にてふかきいしゆ
ある横山の やかたにしのび給いひしは恋路のならひは

いへとふてきにも又あわれ也 廿日あまりのよいなれば
月は名のみにてるての姫 うはべはせかぬふりなれど心の
うちのはやせ川 ほたるのかごをともし火と
後藤が女房さきにたて にはにをりいてくる
人をまつのあらしの はしりとなるは ハア人か
いや君はこすえに ねとりのさはぐ ねまきのもす
そほら/\とひつしごきおびしやらどれし
しどけなやとてむすぶとすれば アゝよいはいの


20
今にはやとくものと つゝむにもるゝことばの露
をき所なき思ひそや そとより後藤しはふけば
扨こそと女房は かけがねはづし戸をあくれば
たがひにはつとばかりにてさしうつ ぶいておはし
ます かくて夜もふけ給へばはしぢかくてそゞろ也
いざ御とこへと女房はあないのほたるあしをとが
たかい/\とうちさゝめきふたりいざなひ入給ふ
おねまうれしはづかしきにいとこのうち なつかし

去程に 横山の郡司信久は三人の子供をまねき
てるてがつぼねへは小栗殿のこよひしのぼておはする
よし 某いづさがみをおうりやうし何にふそくはな
けれども させる氏もけいづもなし申ても小栗殿
は 三条家の御すえくはんいめでたきくものうへ人 かゝる
人をむこにとりかうくはんにまじはらば しそんまでのめん
ぼく也こよひ則しゆをすゝめ むこしうとの盃せん
いかゞあらんと有ければ 太郎次郎はいふに及ばず無法


21
やぶりの三郎も いつそやのこうろんを兼氏とはゆめにもしら
ず しそんはんじやうかもんのほまれ先御使を立らる
べしと しやうぞくあらため用意しててるての 局
に入にける夜もたけなはに 成し時父上よりけんさんの
御使と申けれは 姫君悦びえぼしひたゝれきせま
いらせ せきをまうけて待給ふしこくうつさず人々は
引出物取もたせいぬいのていにうつらるゝ しうとなれ共
と横山を上座にうつし たがひの礼儀いんぎんに千代の

かための盃は したしみふかうぞ見えにける 三郎しばらく
しあんし 火かげにすかしよく/\思へば きやつはいつ
そやこうろんしたる男也 なむ三ぼうと太郎次郎に
めをあはせたちに手をかけ身づくろふ 小栗もとより
かくごのうへ後藤にきつとめぐはせて 事もあらばと
きをくばり一座しらけて見えにけり されとも
小栗手なみは見せつ何事か有べきと 此盃を
三郎殿へめでたくりよぐはい申さんと 大やうに


22
さし給ふ 三郎むつとしながらちやうどうけ 此さけ
つらに打かけとびかくつてきるべきか とやかくやと
ふんべつしむねをさすつていたりけり るすに
残りし池の庄司いつになきむなさはぎ あらきづか
はしとはらまきとつて打かけとぶがごとくにかけ来り
中門をつつと入しやうじのすきより見てあれば
横山一家居ながれてがんしよくかはつた有様なり 
先君はつゝがなくあらんやとや されどもきやつ

らがつらつきたゞならず 事出来なばしやうじ一
間ふみやぶり 三郎がくびねぢきりのこるやつばら
けころして しやうぎだふしにせんずものとそゞろに
はやるぞ頼もしき てるてしさいはしり給はず 兄
うへたちの色がはり何ゆへやとをそろしく
兼氏にひつそふてめをくばつておはせしが 三
郎が盃をむこ殿にへん/\゛とぞ申ける いやあ
まり急に候へば 爰は一つをさへ申と有ければ三郎から


23
/\とわらひ 扨も都の小栗は物のさはうはしられぬ
よ かゝるぎしきの盃をおさゆるといふことは 当国に
ははやらぬといふ ムゝそれはともかくも我も詞は
無になされず ぜひをさへたとつきもどせばいやさ
いやといふては千たびもいやなりと ひざ立なをせば
池の庄司つつと出 いづれも御めん候へ 某は小栗
が下人池の庄司と申もの 盃にすいさんなしさらば
おあひ仕らんと 三ごんほしてこれさ 御じぶんにみお

三ばいとひざのうへにのりかゝり八はうをねめまはし
たちひねくつて申ける 三郎わな/\ぶるひながら
三ごんくんでほしけれどなかばはふるひこぼしけり
父の郡司はしゞうをしらず さかづきのはりあひ
かならずおきにかけられな 某おさめ申べしいはふて
花むこ殿御さかなと有ければ 三郎きくもあへず
とてもならば我家におにかけといふあら馬あり
一ばゞしよまうといひ出す太郎次郎もがつてんし


24
おにかげにくひころさせんさいはいとしよまう/\と申ける
てるてはをどろきなふ其馬はついに乗たる事もなく
人をくらふあら馬ぞや ひらに無用と宣へどもしや
何事か候はん 御身も出てけんぶつあれ さあ御あん
ない候へと 打つればゞに入給へば夜はほの/\゛と
あけにけり すはや小栗のさいごをみんと 横山一家
らうにやくなんによ我も/\とけんぶつす かくて兼氏しゆ
じうは馬やのていを見給ふに 八かくの楠四方にえりこみ

四寸四かくのくろがねにてくもでがうしをきりくみくさりを
もつて八方へつなぎ くはんぬきえびぢやうしつとゝおろし
なにしおふかおにかげやおに一口と悦びて まへかきして
たかいなゝき天にもひゞく斗也 池の庄司つつとよりえび
ぢやうつかんでえいやつとこぢはなし 八つのくさりをねぢ
きり/\馬やのだし口しとゝうてば 大力にひつたて
られさすがのおにかげかうべをたれ 身のけをふぜ
たり気色なり 小栗御覧じついにめされぬむま


25
ならば くらいかいぐも候はじはだせにのつてみせ申
さんと しめのかみをかいつかみひらりとのつてしづ
/\と あゆませ給へば横山一家きもをけしにがり
きつて見えけるが 三郎心に思ふやう 力にまかせ
のつたりともきよくのりはかなふまじ はぢをかゝせて
はらいんとごばんかけはし取出し さあ一きよくとぞ
のぞみける やすかんなれ殿原達馬上のたつしやを御覧
せよと いぬおふものゝひやうしにかゝつて先平地をそ 乗たりける

そも/\馬に 七かのひじ 三がのたづな五かのくら
いんやうのむちあさあらし大おろしにおろし
はこびのべあし地どりあし あられながしと いふ
きよくをのり返し引かへし ひきよくをつくしてのり
給ひ なをばゞのりをみせんとてさくらのばゞに のり
出したつな とりのべゆら/\と よこぎる風にくもの
あし天にもあがるけしきあり かんのくはうぶは一日に


26
千里の馬を得たりつる むかしを我が身のうへに しらあは
かませ おをさらせ はるかにゆきて引かへす くらのやま
がた山ちかく ふみもならさぬばゞのうちいさご まじ
りの いしあらく しげりあひたる袖すり松 やなぎ桜も
こきまぜて をしわけ かきわけ 露もしつくも うち
はらひ いやうちはらひ/\はらり/\とゆく
さきに きり立わたるきりはらか がんへきこけにうづ
もれて いはかどみちをさしはさむ ゆかんとすれば

せくゞまり こさんとするも はるかなる いはねかづらに手を
かけて あぶみけはなしとびあかれば馬はいまを
かいくゞる いなづまよりもなをはやく 其身かろげに
のり/\ のつたすがたのやれ 扨しほらしや しばし
あゆませ こえをかけ きゃうじやくや 馬と人とのいきづかひ しや
んとしめたるもる手づなかたから こしから手の内にひとつ
のひでん 有あけのそらゆく月にむちをあけしせんりせつ


27
なのじゆんめのきよく 是をなづけてさくらがり父母のたづな
といふとかや りうかうさうかうめなふのむち たづなかい
くりくる/\/\えりくりえんじよのばゞのどてのり
あけ のりさけのりおろし おどりあがればしつととめ
のりしつめてはかけ出す 馬はめいばのりてはたつしや
くつわのをとがりん/\/\ まつふくかせはさつ/\/\
さつとたなびく馬けづりつちを けたてし其いき
ほひ れいぎんずれば雲おこり とらうてぶけは風さは

/\ すえのゝくさばむねわけにふみみだしふみしたき
ひばりのとこのしばつなき とある所にのりしづめひら
りととんでをり給ひ かく口よはき此馬をなとおにかげ
とは付られしぞ 御めん候へ横山殿と袖かきあはせ一礼
ある 馬上の見事さくらの内 せんだいたうだいまつだいに
ためしすくなきたつしやかな いや/\のつたり/\と
上下思はずこえをあげ どつとどよめ/\其をとは
しばらくなりもしづまらず 馬はばとうくはんをん


28
の じんつういりき有ゆへに小栗のはんぐはんかねうぢの
しせんぶつちにかんだくし四足をおつてらいはいし 三ど
いなゝきしづ/\/\/\と もとの馬やに立帰るほん
しんまことをそなへては 六こんじざいのめうあつて
きちくも我にしたがへり いたれるかなつくせるかなま
なんで しるはちにあらずむまれなからのせいは
せん かくれしとくはあきらけきこじんの 一く
まことぞときく人 だくするはかりなり