日本振袖始 第一

 

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ニ10-00299   

 

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  日本振袖始 (第一)作者近松門左衛門
天照大神に奉る 四月九(なが)月の神御衣(かんみそ)は
和妙(にぎたへ)の御衣(みぞ)広さ一尺五寸 荒妙の御衣広さ
一尺六寸長(たけ)各々四丈 髻糸頸(おゝんもとゆしうな)玉手玉足玉の
緒のくり返し 神代の遺風末の世に恵をおほふ
秋津民 ちはやふり袖広矛の国たいらけく御(しろしめ)す
天照太神の御孫 天津彦火瓊々杵の尊と申こそ


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代々に王たり 始なれ 久かたの日の神の御影移りし
八咫の鏡 是を見る事吾を見るごとくせよと
の神勅にて 民あはれみの仁の道 百王の後迄も
内侍所とあがめらる 扨又御先祖伊弉諾の尊より
相伝の十握の宝剣 是勇の形義の理 御伯父
素戔嗚の尊たけくいさめる御器量とて 此宝剣
を預る王を後ろ見ましませば 神爾(じんし)に不思議の礼智有

三種の宝の神徳に 家にたのしみ野に耕し
手うつてうたふ土民迄 式(のり)を越さる玉垣の内
つ 御国そ道広き 卅二臣の棟梁藤原の太祖天津
児屋(こやね)の臣 御前に正笏し 王既に宝祚(あまつつひつぎ:日嗣)の御位 天下
万民の父母たる御身 夫婦いもせの道かけては王道い
かく行はれん 御心に入御目につきたる女あらば 夜るの御座(おまし)
に召入られ然るべしと奏聞あれば 恥しげに御顔を


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打あがめ 二柱の御神始給ひし夫婦の道 色を好むは
ひがことながら 去年(こぞ)の冬豊の明りの燎(にわひ)の影か いまみし
面影の身に立そひて忘られず 露のかことに名を
きけば大山祇(づみ)の臣が娘とや 深山の立木野べの
草なびかぬ方はなけれ共引にひかれぬ恋草の 種
を誰かは植へそめしと 高きいやしき恋の癖うき世
恨みの御詞 児屋の臣を始伺候の群臣一同に こは勿

体なき御かこち 何ことか御心に叶はぬ事や候べき 折し
も大山祇(づみ)御前に有こそ幸 御ぶんの息女御みやづかへ
に参らせ 叡慮をなぐさめ申されよはや/\お受と有
ければ 大山祇つゝしんで 臣娘二人持候へ共 姉岩長姫は
かたち醜くふつゝかにて 心迄すね/\敷 親のめにさへ
うとましき生れ付みやづかへは思ひもよらず 妹木花開
耶姫容(かたち)心さま姉とはかはり 女の数にも入べき者 せんじ


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違背候はしと勅答もおはらぬに 鰐香背の臣といふ
奸曲の佞臣 高やり戸あらゝかに引明大山祇のまへに
どうと座し 是山祇 御邊が性根は有かないか胸の中を
さがすて見よ 開耶姫には忝も 素戔嗚の尊御心をかけ
られ 此鰐香背の臣がお使にて御所望有しはなん
と/\ 娘を天子にあげたくは上て見よ 又素戔嗚の尊へ
もあけさせて見せんづ どしやうねを定めよと御前共

憚らず 袴の裾けはらかし礼儀をくづしてせめかくる 大山
祇ちつ共おくせず いはれぬ他(ひと)の性根さんさく 先御邊が
しやうね有かないか膓をさがして見よ 尤娘御所望の
お使は得たれ共 素戔嗚の尊に契約は申さす そのとき
御邊が弁舌御身にふかき大願有 御本望逹すれば舅
君と仰がるゝ 後の果報を思へなどゝすゝめしかど 兎角
娘は進ずましと申切たを忘れたか 但御邊とけいやくせしか


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其時の魂有やいかに ヲゝ契約した程ならば口でいふて
おかふか よし契約は有共なく共一旦こたへは有筈 天子の伯
父君後ろ見たか 素戔嗚の尊をあなどるか 此鰐香背
の臣をあなどるか あなづか太刀の刃かねを見るかと既に
柄に手をかくれば 児屋根の臣声をかけ ヤア/\恐れを
しらぬ鰐香背 理非はともあれ宮中にて 太刀に
手をかけ無礼の振舞 上をかろしめ奉る其咎據(よんどころ)なし

刃を以て人の肌断ち傷(きづつけ)ころさば 国つ罪科にしづめよと
天照神の御制法 中臣の家に奉(うけたまはつ)て此児屋の臣が急
度罪に行ん 誰かあるあれ儺(やらい)出せと棟梁の臣の
凛々たる 威勢の声にひつくりして さすがの鰐香背
大口すぼめ 蛭にしほ/\退出す 面目なふぞ見えに
ける かゝる所に美濃の国の造はや馬に汗かゝせ 蹄を
とばせ庭上に大息つぎ 扨も本国殯(もがり)山の巌窟に


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三熊野大人(みつくまのうじ)と申悪鬼かくれ住 百千のけんぞくむらざとに
あふれ 青山を枯山にし人民に毒気を吹かけ 悩しくるし
め人の命をとる事毎日千首(ちかうべ)余り はやく討手を下され
ずば 人種(たね)は候まじと奏すれば 上下の男女驚き 恐るゝ
斗也 王(きみ)宸襟(しんきん)をなやまされ 天照御神高天が原にて
もろ/\の悪鬼悪神をいましめ給ひ 長く我国に仇を
なさじと誓ひの手形を顕して 鬼神に横道なしと聞

今国民に害をなすこそ不思議なれと 神爾の御箱を
ひらき給へは 天津児屋すゝみ寄 幡印の一巻八座の机に
さら/\と くりひろげてぞ叡覧有 異類異形の鬼神
の手形馬の足蛇の爪 或は人に似たりも有蛍美の光(かゝやく)
悪神 蠅声疫(さはべなすやく)神邪神 鳩槃茶(くはんだ)夜叉神藍婆神 此神
国に害をなさしと悪鬼あくまの手形の中 三熊野大人と
いふ手形更にあらざれは いか成変化の所為ならんと疑ひ恐れ


9
給ひける 天津児屋につこと笑ひ 恐るゝにたらす此手形に
洩たるは 必定新羅百斎の異国の邪神あしはら国をうかゝふなん
めり 武勇にたけき素戔嗚の尊を以 たいらげしづめられん
に何事か候べきと 速日の臣を勅使として素戔嗚の尊
に宣旨有 悪鬼退治の大将の印に給はる御籏に 照かゝ
やける月と日も おなじ種成皇の御代に 住む身ぞ 「かけまく
も忝も 日の神の御弟素戔鳴の尊御身の長(たけ)八尺 力千人(ちび)

引(き)の岩を轉(まろは)し猛く烈しきいきほひに 邪を砕き仇を討
こと暮秋の嵐こがらしの 草木をやぶるにことならず 悪鬼
退治のせんじに任せ 軍慮をめぐらす小車の錦のきせなが
銀(しろかね)の心葉 びんづらに取て付韓鋤(からさび)の御はかせ 太手襁(ふとたすき)に白
木綿(ゆう)かけて千箭(ちのり)のえびら 樟(はぢ)の弓をゆはづ高にふりたて 天
の斑(ぶち)駒しらあはかませゆらりと めせは馬の背も たはむ斗の
御こつがら 侍従のわらは天稚(あめわか)彦十八歳 主君におとらぬ不敵


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者 御馬の左にひつそふて三千余騎か隊伍をみださず 日
月の御籏まつさきに八十(やそ)縫の白楯つき立/\ しつとりしと
/\打たるは花待雲に雨を帯 暮山を出たる御勢ひこと
もおろかや出雲の国大社(やしろ) むすぶの御神又は祇園牛頭天
王 やく神ばらひのあら神と 末世に顕れ給ひしは今此 尊の
御事也 後陣の方よりなふ/\御馬しばらくと声をかけ 鰐
香背の臣一もんじにかけ来り 羈(おもつら)取て引とめ 扨々ふかくの

御出陣 しろしめさずや児屋の臣いせいにほこり大山祇を
たらし込 木花開耶姫を天子の女御にそなへ 君に鼻あかせ
万民の笑ひ草として 天下の後ろ見伯父君のいせいを落
さん謀 御預りの国の宝 十握の釼も取上られ給はん
遠がけの御留主 開耶姫を内裏へいれては君御一生の
御恥辱 臍を噛共かひ有まじ ぜひ御帰りと鞅(おもがひ)つかんで二三
間引返す 左に立たる天稚彦くつはにすがつてまて/\/\ こ


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りや不吉者 悪鬼退治の軍の門出 一寸でも返すことはお
くびにも出さぬ忌詞 いま/\しい聞たくない 児屋の臣がけん
へいに 我君の威を落さんかとはそりや其時なんぞ今から
海も見へぬ舟用意 あくまもひしぐ素戔嗚の尊 臆病
神にひかされ道より逃て帰りしと 末代の嘲り煮ても
やいてものがるゝか 殊に宣旨をそむくあやまり伯父君とて
御免はない 分別過れは愚にかへる物一念に御すゝみと くつはの

水付えいとつかんで四五間引て引出せは こりや/\/\ こりや
天稚彦 汝が腹中せばい/\ 此鰐香背が大腹中 せんじをそ
むく御とかめ有こそさいわひ それを次手に御むほんすゝめ
瓊々杵の尊の御位をぼつくだし 此君を天子と仰ぎ開耶姫
を后妃に立 天津児屋をるざいにしづめ某棟梁の臣下
と成 政道を施さば天下にくらきこと有まじ ぜひお帰り
と馬引立引返す いや君をうつておのれが名利(みやうり)をむさ


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ぼるか そうはさせぬと又引出せは又引もどす 両方うで骨
かぎりぞと 引つひかるゝあづさゆみゆん杖三杖 四つえの間
野べの若草ふみしたき 駒嘶(いば)ふ声えい/\声 人馬のあし音
どろ/\/\ ひけば返し返せば引 よる方わかぬあま小(お)船 汐
の落合逆波に ゆられもまるゝごとくにて駒も四足を
立かねたり 尊大きに御気色かはり 馬上より天稚彦をは
つたとにらみ 天もひゞく御声にて推参成わつは 丸が心も

うかゞはずさかし過たる利口だて 瓊々杵の尊は帝王なれ共
天照神の御孫 我は弟先祖に近きは此素戔嗚 秋津嶋
においてかたをならべん者程か有 心をかけたる女一人 のぞみ
かなへず何を我身の思ひ出にせん 宣旨をそむくなどゝは
外の事 恋路は縁の物何のとがめ有べき 今夜悪鬼降服(がうぶく)
のため八咫の鏡の秘封を解き 御戸をひらき諸人の参詣ゆる
さるゝ 開耶姫がまふでぬ事よりもあらじひそかに内裏にし 


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のび入 ばい取て本懐(ほんぐわい)とげんそこをはなせと鐙の鳩胸ふみ
そらし ?(くつは)取たる腕首はたとけ放し いそふれわつはと馬立
なをし手づなも恋にくれないのもみにもふてぞ 「くれい   ←
そぐ 月もますみの 御神鏡悪魔がうぶくの御いのり 今夜
はじめて御戸ひらき篝かゝやく瑞籬(みづがき)に 御神楽採物うたひ
物御魂の鏡世をてらす 磐戸ひらけし始迄哥に覚えて君と
臣 心もあひに大山祇の妹姫 すがた形は名に顕れて是ぞ

木花さくや姫 此日の本の宝物おがむといふもまれのこと
心のさはりなひ様に姉さまへは沙汰なしに いざとて局腰本や
中居なんどをお供にて 畏所に参詣有 忝しと正直の 其一
筋をみしめなは 神も受させ給ふべし 心しづかに姫君 ぬさ奉り
再拝し なふいづれもよふおがみや あのまん中に月日のごとく
てりかゝやかせ給ふこそ御鏡と申物そうな 右は神爾の御(み)はこ
左の箱は十握の御釼 則三種のお宝物 中にも八咫のお


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かゞみは正真の天照大神様 万の願(ぐわん)も叶ふと聞 いか成御縁か
帝様より みづからに度々の御玉章(たまづき)我とても恐れながら 貴(あて)
成君がおいとしう思ひしづみし恋の海 天津児屋(こやね)のそうもん
にてだいりへめさるゝ筈なれ共 姉岩長姫さまのほうかい悋気
が邪魔と成 なんのかのとておそなはる姉さまの気がやはらげ
ば みづからが恋も成就する邪見なお心やむ様に 立願頼む
との給へは 早苗の局が御尤/\ 岩長姫様のお根性のわるさ

と申 私はじめ見めのわるひ女子も多けれど 扨も/\念頃
に見ともなひ お顔ならとりなりなら交りなしの本悪女とはあ
のこと ほれてしんぜる男はなしめつた腹が立てのわんざん
どなたの御異見でも聞入の有かたぎでない たのむは神様 サア腰
元しゆも願かけやと力をつくれば姫君も 猶ふしおがみ/\
顔ふり上て ヤア是はふしぎなあれ/\ 御神体の中に此世に
ござらぬ母上様 年月経てもお顔は忘れぬお年もよらず


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みづ/\とわかやいで 唇はうごけ共お声は聞ぬ みつからをあ
はれみ神の恵で見へ給ふか どうよくな姉君に異見して
たべ母上なふなつかしや床しやと 鏡とは名を聞斗世にひ
ろまらねば見始の むかふ我かげ移る共 白(しら)ゆふかけし神前は
涙はゞかる哀さよ 御拝もおはり瓊々杵の尊もし彼の人
やまうでしと 高とのゝ御簾押やりえいらん有 姫はそれ共
みづがきに打かたむきし後すがた 御覧もあへず御心さはきどん

/\轟く御胸は 神楽たいこの現なき形は八咫の鏡の中
爰にといはぬ斗にて移りむかひし御俤 あれ恋しき君よ
と飛立斗いだき付んも手はとゞかず おられぬ花のさくや
姫有にもあられず是申 及ぬ雲の上人さま恨と申も
恐れながら 姉に妬まれせめられうきめつらきめ 神を祈り
なげくをも あはれみのお心なくなま中にお姿斗 お詞も
かけられぬはしたゝるいがお嫌ひか あつさりがおすきならどう成


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と御意次第 いとしかはいのお文は 誠かほんか覚えてかいのとの
給へば 君もあこがれほく/\と?(うなづき)給ふ鏡の影 ムゝ其御心
ていなれば 忝ふて猶恋しいのび/\なはこちやいや/\ 今宵は
やかたへ帰らず夜るのおとゞに只一夜 枕もいらぬお褥のはしに
宿かりたいとざゝめけは 君もせかるゝ御心穂に顕れて声
たてぬ 絵にかく柳糸桜 うなづき合つ招き合ふ恋はむかし
もなまめかし さなへのつぼねもどかしくアゝしんき 口で斗すむ

事かおそばへ寄てだきついて 仕様模様も有そな事と気を
もめば いやまちや/\かてんがいかぬ あれが誠の我君ならば
召たる衣(きぬ)の襟に付が右まへの筈 左まへに見ゆるは外より移る
影じや物 エゝほんにだまされた ぬかれてのけたと気もぬけ
て 人々とほんと月夜に釜の二たびうらむ後より 爰よ/\と
勅諚の 御声をしるべにふり返りハア是ぞ我こひ我思ひと
走り寄すがり付 云(こと)の葉もなく品(しな)もなく 互ににつこりにこ/\


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ふしきの尊 えがほとえがほ打かさね引よせだきよせしめよ
せてきぢやうにまつはれ入給ふ つぼねを始腰元はした こ
ぼれかゝり乗かゝりのぞきさゝやきうらやむも 女心の玉すだれ
物見だけきが色ぞかし 誰がかく共 岩長姫 我にかくれて
妹が内裏へ参るはくせ者と 衣打かづき只一人 御殿を見れば
女房達奥をおぞきひそめく体 扨は妹めと帝と寝くさ
つた エゝ妬ましい浦山しい 見届ておのれ引さいてくれう物と

うつほ柱に身をかくし聞共しらで女房達 此ことかまへておあね
ごへかくしや もしみゝへ入てこはい顔にしんいもやさばなふこわや
/\ さりとは違ふた御兄弟 妹君は天下の美人姉御の顔(つら)は
何に似た たらい口に蓮切鼻 さる眼(まなこ)に鉢額 耳は木くらげ
おとがひはさゞいがら ふご尻に鰐足あるきぶりはおひるの所知入
物ごしはわれなべあの様な悪女と 夫婦に成男はよく/\の
運のつき それでも枕をならべて傍にかざりとねたらば


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いがぐりほう髭いばらひげ どさ打おろしのあら筵 がんぎやすり鮫
肌 つく様でさす様でしつくりぼつくりがつくりしやつくりねがへりう
つたら寝られまいと どつと笑へば岩長姫 ヤイそりや誰がことじや
ま一度ぬかせ 頤けて/\けはなさうと御殿もゆるぐかみなり声
わつとひれ伏女房達 世なをし/\くはばらと生たる心地はなかり
けり うぬらは隙な任せよ人の顔の講釈か よふ妹をつれてきて
姉の恋の上荷はねさせたなあ わらはが大事の恋君とぬく/\

寝させておかふかと 走廻るをさなへの局いだきとめひつすえ 是
岩長様たとへ賤しき土民でも 身をつゝしみ世を恥るは女のたしなみ
大山祇の臣の姉姫爰はどこぞ大内 人の?(そしり)をおぼえめさぬか
浅ましや 人のいふが誠かうそか偽のない天照大神の 御魂に
顔の移るを見給へと 各々取付押立/\八咫の鏡にさしむけ
たり あら恐ろしやきよれい不昧の徳にてらされ 内心如夜叉の
相顕れかゞみに移る悪鬼の面 眼は酸醤(かゞち)牛の角上下の


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牙は釼のごとく 見る人はつと気を失ひしばし たへ入斗也 我と
我身の鏡の影始ておどろく景色にて あきれ果てて見へ
けるが ヤイ局 鏡に移るわらはが顔は何と見た アゝ形斗は人なれ共
心の鬼のしるしには 悪鬼に見えしといふよりはやく飛かゝり たぶさ
をつかんで膝にひつしき エゝ口おしや神明の幣(みてぐら)に 四大五臓
さがされ正体見られし腹立や いけ置ておのれら人にかたれば
我身の仇と 両のかいなえいと引あげ 二つにさつと引さきしは薄紙

さくがごとく也 なふこはやと腰元はした身の毛を立て逃まどふ
ヤア逃ぐるとてにがそふかと 大手をひろげ追廻すすさましかりける
いきほひ也 おりしも天津児屋の臣奉幣に参りかゝつて 此有
さま見るよりつゝとかけへだて ヤア心か志(きたな)し岩長姫 嫌なれ共さく
や姫は后妃の位恨み妬むも恐れ成に 剰宮中といひ三種の神
祇(ぎ)の尊前にて 神も君もはゞからず法をしらぬは畜類同然 汝
も大山祇の娘ならずや 恥を見ぬさき罷出よとはつたとにらんで


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いかり給へは 岩長けら/\と嘲ひ棟梁の臣なん共ない うたれうが
きられうが 本望とげずばうごかぬとにらみ返す瞳の光 人間
ならぬ鬼畜の相扨こそ変化ござんなれ いで物見せんとかけ
まくも 畏所にかけあがり神鏡いだき奉り 頭(こうべ)にさゝげ口には天津
太諄(ふとのつと) 悪女がみけんにさしむけさし当 ちはやふる/\和光のい
な妻ひらめき渡つて 岩長姫のしんいの岩ほもくだくる斗
五体をちゞめ身をふるはし きやうまん我慢の勢たへてよろ

/\と 足には車のめくり帰れば追たてられ 追廻し/\又たち
戻ればおふ/\大床さして追下す かゝるさはぎの有ぞ共 しらでや
そさのおのつから 恋にもまるゝ御姿 さくや姫を奪(ばひ)取迄と
人めをつゝむ通ひ路の 門も築地も飛こへて恐るゝ関は恐れなく
もしもや我をとがむかと驚く物は風の音 忍ぶにつらき月
影のさしもに猛き御心も わりなき思ひにかきくれて爰よりや入
べき かしこよりや入べきと前後に迷ひ立給ふ 殿上臺盤の


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方にさけぶ声しきりにて 恐ろしやすさましやと 逃出る上らう
を袖をひかへて是ゝ いか成騒動気遣さよとの給へば なふ申
岩長姫は変化にて 誠は鬼の正体顕れさなへの局を引さき
御座の間近く入らんとせしを 児屋の臣様御鏡を以追はらひ 御
殿のさはぎなふこはやといひ捨ちり/\゛ばら/\にこそ逃出けれ
ムウ扨はきやつ丸が討手を蒙りし 美濃の国の悪鬼が化身
よな 退治延引の間をうかゝひ十握の宝釼を盗み 此日の本

に釼の威徳をけづらん為のあくまの所為 丸が預る宝剣をぬ
すまれては末代ふかく 芦原国の武勇の破滅我ちじよくと
宝殿にかけあがり御箱の秘封えいやつと捻切 御釼を御身に
しつかとたづさへ サア神通じざいもなさばなせ宝剣は渡さしと 独り
ごとしてまします所に 思ひもよらぬ簾中(れんちう)より天稚(あめわか)彦つゝと出
内裏に悪鬼顕れしと承はり 御跡したひかけ付方々尋申
たりいざ還御とぞ申ける ヲゝでかした/\ 天事は此宝剣 汝供奉(ぐふ)し


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てやかたに納め油断なくしゆごし奉れ 丸は此まぎれにさくや姫
を奪ひ取 追付伴ひ帰らんと うたてや御釼をやす/\と渡し
給へば押いたゞき 君しろしめさずや彼の悪鬼と申は 天に有ては雲
の八街に住 地に有ては八方八すみに変満し八色(しき)八面の悪蛇
此宝剣をうはゝんため 大山祇が娘と生れとつくに取はやすけれ共
相殿にまします鏡の威光におされたり 八万年が其間念
をかけたる此宝剣 望叶ひしうれしやな岩長姫は我成と 云声

も山彦の鬼女と顕れつゝ立てたり 尊いらつて牙をかみエゝ口おしし
たばかられし 八万年の望成共半時もたせ置べきかと 御いかりに顔
色もあらあらすざましやあら神の 天の蠅断(きり)ぬきそばめ 禁裏
雲井のろうかくの しんでん本殿廊下わた殿御階(みはし)のもと 切かけ
/\ぼつ詰られて通力の でんくはう石火水の月 まへに顕れ後ろに
きへ しんどうらいでんしきりにて 内裏もこくうにさかのぼるかと
児屋の臣を始として 雄走(おばしり)の臣速日(はやひ)の臣 卅二臣四方をかためも


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らさじ物をと詰かけたり 悪鬼が身より火焔をはなせば尊
の釼の稲光 恐れてこくうに飛あがり 其高さ七多羅樹たとへ
天地はくつかくる共 取たる釼はかへすましと さか手に取て柄がしらより
鬼一口にのむぞと見えし 朝拝殿に尊あればいんはたでんに悪
鬼有 いんはたでんにかけ入給へはにいなめでんに悪鬼有 にいなめでん
を追つめ給へは 殿上日の御座夜るのおとゝを行ちがひ追廻し 悪
鬼のけうくはん尊の雄詰(おたけび) 太刀音足音えいや声大地もさくる

斗也 悪鬼が飛鳥(ひてう)のかけりをなせは 尊はいる矢のはやわざ猛く 爰に
追詰両腕切 かしこのつまりに両脚(すね)なぎ 踏ふせて首討落し 太腹
胸骨五たいを八段(やきだ)に切くだき 膓(はらわた)を寸々(ずた/\)に切さばき見給へ共 呑だる
宝剣あらざればさみにいさむそさのおの やたけ心の力もつきあきれ はてゝ
まします所に 魔風どつと梢をならし 切はなれたる八つの与体(したい)うごめき
出て集り寄り 一団の火焔と成宝剣をひつ包 ひゞきわたり嶋渡り 車輪
のごとく舞上り はためきひらめきとんで行 尊は身をもみこぶしを握りつばさなけ


24
れは飛行(ひぎやう)なき こくうをにらんで立空に 雲を巻込はやち風さら/\
/\/\どう/\/\ 四大海のあら波に 天にさか巻くごとくにて其行方は天さがる
国の果嶋の果海龍王のすみか迄 さがし求めす置べきかと無念の涙はら/\
/\/\ はらからの月よみ日よみも照覧あれ 宝剣をとらずんば都に帰らじ
地は踏まじと ちかひをかためふみかため ふんだる土やあらかねの金鉄の徳
そなわつて つよきをやぶりこわきをわり かたきをくだく牛頭天王
来世のあくまやくじんをふせぐ 神威ぞ有がたき