蘆屋道満大内鑑 第五 (京一条の橋~大内~晴明蘇生の祈り)

 

 

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      ニ10-00991

 

88(左頁)
   第五
慎みを知て慎まざれば禍遠きにあらずとかや 陰陽師安倍の保名浪々の身の
年月も 早八才の晴明に自然と妙術備はれるを 古主へいひ立てふたゝび帰参を願はんと
西の京の旅宿より妻子引つれ行く道も 往来(ゆきゝ)とだへし一条の橋詰にさしかゝり アレ/\向ふへ
見ゆるは左近太郎 是幸いといふ間程なく互に行あふ橋の上 ヤア照綱殿何方へ エ保
名殿御親子(しんし)御揃ひ ハテよい所でお目にかゝつた貴殿帰参の義 御聞届け有て御赦免 其
うへ御子息 才智勝れし段殊ない御賞美 何卒天下の博士にもなるべき間 明朝は参内せさせ


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其趣きを奏問せん 先ず今日召よせ 対面なされんとの仰 それ故御子息迎ひの為 今御宿
所へ参る所 先ず吉左右(きっさう)拙者も満足仕る ハアゝ是は/\冥加に余る仕合せ 好古の御憐愍(れんみん)は申すに
及ばず 偏に貴殿の御執成しといふに葛の葉供に悦び おなじみ迚捨置れず段々の御世話お礼は詞に
尽されず 此上ながら御前の首尾宜しう頼上げまする アゝ何の/\懇意の中にお礼は無益(むやく)イザ同道
仕らふ ハアいや/\ 先年当所を立退きて 主君の御用をかきたる某 いかに御赦免なれば迚 お召もなきに
押付けて参るは憚り ?さへ出世致せば 拙者が義はくるしからず 罷り帰つて明日の吉左右を待ち申さん
コリヤ女房 ?に付添早く参れ 御苦労ながら頼み入る スリヤぜひ共お帰りか 然らば御両所伴ひ

帰らん さらば/\と立帰れば 保名も跡へ引かへす遥か向ふへ悪右衛門 数多の家来に長櫃舁かせ
先に勧んで歩みくる シヤ曲者子細ぞ有らんと保名は忍んで窺ふ所へ 程なく来る悪右衛門 件の
櫃を橋の半ばにどつかとおろさせ 主従あたふたおしひらき取出すは藁人形 家来共口々に 見た所が
風の神 はやり病のさたもないに 旦那こりや何なさるゝ サレハ/\子細いはねば合点が行まい 是ぞ日ごろ
くい/\思ふ六の君を 呪詛の為以前も術にて呼出し 肝心要でしくぢつた 夫レ故今度は丈夫に仕
かけ 居ながらころりとやるつもり 彼の道満の内胯(また)がうやく 頼んでは却て妨げ ふだんはし/\゛聞覚へた術を
行ひ 是を見よ此ごとく 四十四本の釘を打ち呪詛の文を書き付け 此川へ打込む思案 コリヤ/\家来共


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御菩薩(みぞろ)が池にこり果た そこらに非人はおらぬかと せんさくさせてはよいは/\おらぬは重畳(てう/\゛) サア用
意と聞くより保名とんで出 前後の家来を取て投げ退けふみ飛ばし 人がたもぎ取り聞た/\残らず聞た悪
事の根組 殊に段々意趣有中 遁れは有じ覚悟せよ ヲゝ是を露顕せられては 主君の大望後日
の仇 此方の覚悟よりうぬが體に暇乞 それ家来共遁すなと打てかゝれば心得たりと抜合せ
かゝればはらひ裙(すそ)を抛(なぐ)れば飛ちがひ 付入ば打ひらき秘術を尽し働きしが 運の極めか橋板に けしとむ
所を付入り付込み ばつた/\大勢寄て連?(からさほ)切りあへなく息は絶へにけり ハゝア気味よふくたばつた ヤ跡の難義
はどふなさるゝ ヲゝサ合点此櫃に死骸と人がた相住みさせ 深みへづぶ/\気づかひするなと 主従櫃へ押

込みねぢ込み秘封を打ち サア/\かゝれと手ゝに舁上げ ざんぶと打込む川流れ サア仕すました/\
者共来れと引連れて 我家をさしてぞ 「行く空の 雲井長閑に大内山内妾(ないえん)を
行はれ 群臣諸卿参列し君を寿き奉る 桜木の親王御褥につき給へば 続いて左
大将橘の元方(もとかた) 参議小野の好古御座近く伺候して 葛の葉親子を御階(みはし)に召連れ謹んで
奏せらるは愚臣が家来安倍の保名が世伜晴明 今年(こんねん)八才いまだ幼稚と申せ共
陰陽道に妙術を得(う)れば 則帝都に居住させ芦屋の道満両家として 天下の
安危を密奏せば 御代長久の基(もとい)共なり候はんと言上あれば 左大将聞きもあへず


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コレ/\好古 其保名とは加茂の保憲が末弟(ばつてい) 陰陽未熟のうつけ者 先年都
を逐電し うらやさん辻八卦に身命(しんみやう)を繋ぐと聞く 其中にもうけたる晴明とやら あ
くちもきれぬ小世伜 陰陽道の妙術とは事おかしき奏問 今一天下にならびなき
芦屋の道満有からは 占(うらかた)も祈祷も一人(にん)で有あまる コリヤ/\せがれ願ひは叶はぬ 退
参せよと無法の詞 聞兼て葛の葉コハ心得ぬ御仰 稚き者迚侮らば 唐土
陸雲(りくうん)は六才にて 文をよく書をそらんじたる例しもあれば 一概にはいはれぬ物 夫レに
なんぞや雲つくやうな形(なり)をしてちいさい者をやりこめ/\ エ何じやの あたどんくさいと詞もずつ

かり顔も色立ちせき上くれば ヤアすゞぶりのべり/\め 元方に向つて緩怠(くはんたい)至極 アレ引っ立てよと
下知すれば 親王しばしとしづめ給ひ 元方の詞一理有といへ共 好古の心無下にも成るまじ
所詮論は無益(やく) おさなき者が妙術を目前に見るならば 彼らが願ひに任すべしと下を
めぐみの御詞 末世に村上天皇と仰がれ給ふも理り也 折こそ有れ左近太郎照綱
長櫃御前に舁すへさせ 貢を納る近郷の百姓共 一条の邊にて此櫃を拾ひし所 下
にてひらき見ん事上を憚り上覧に備へ奉ると訴ふれば 諸卿も怪しみ元方は胸に覚への有る長櫃
コリヤ/\左近見ぐるしい雑物(ざうもつ)大内の穢れ持て立てと いらてば親王とゞめ給ひ 中(うち)のしれざる長櫃


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是ぞ幸い 道満晴明立ならび中を未然に考へさせよと 仰に元方力及ばず コリヤ/\小
せがれ 若し汝仕損ぜば遠島さすが合点かと 勝手たらけな詞詰 それ/\と有ければ非蔵人(ひくらうど)
の申し次 司天台に控へたる陰陽の頭(かみ)芦屋の道満 装束改め召しに応じてしづ/\と御階間近く座に
着けば 元方打ちえみ ヤレ待ち兼た見通し殿 是此櫃の中を考へあのちつぺいめを挫(ひし)いでたも ハアゝ答へて道満
コレ/\晴明 先ず其方から考られよ イヤ其元から言上有れ 然らば拙者申し上んと眼をとぢ 方角をくり時刻を
合せ謹んで ハゝア是は正しく二人(にん)の体(たい) 一人は仮の形をもふけし物 今一人は三十有余の男刃にかゝり死骸
にて候と 言上すれば元方點頭(うなづき) ヲゝ今に始めぬ汝が考へそふで有ふ サア/\せがれは何と/\ はつといふより

袂の中 ゆびくりかへせば道満が 察する所寸分たがはずなむ三宝 先(せん)をこされし口惜やととゞ
ろく胸を押しつめ しばらく思案し 成程道満申さるゝ通り 一人はかりの形今一人は三十有余の男
刃にかゝり候へ共 未だ落命とは見へず魂魄五体に去されば 恙なしといふに恟りコレ/\晴明 此道満
が申す所汝が胸にてつしなば有りやうに申されよ 元占(もとうらかた)は一体の気を考ゆれば互に合ふまい物でなし 少し
にても相達せば汝が身の一大事 今一応工夫有れと気の毒顔にうらどへば 葛の葉は猶気
遣コレ/\晴明 両方の考へ一致した迚恥にはならず なまなかそちか我をはつて品かへんとばし思やん
な みぢんでもちがふては 大事の所じやとつくりと気をしづめて申しあぎや ふたを明けぬ其内は云直して


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も仕直しても 隙が入ても大事ないと そばからあぶ/\井戸のはた子を思ふ身zそ道理
なる 瀧口にさしひかへ始終を聞いる悪右衛門 折よしとつゝと出 陰陽道に妙術を得し者が
いひなをしはならぬ/\ もしふたあけて死骸が出ばゆるさぬが合点かと おのれが覚へしたり
顔元方に目と目見合 あざける詞を耳にもかけず 母様気づかひなさるゝな 迚もの事
に刀疵たち所に平癒させ 御覧に入れんとひたゝれの袖をむすんで肩にかけ 幣帛(へいはく)取て
礼拝し なむ大聖文殊菩薩 一たびむすびしきえんをたがへず 力をそへてたび給へと伝へ
請けたる太山玉(ぎよく)の 密法生活(しやうかつ)続名の秘文をとなへ 諸神諸仏をくはんじやう有る

    晴明蘇生の祈
謹上 再拝 /\ 敬白(うやまつてもふし)奉る 神は元来(もとより)正直のかうべを照す日の本の いとも尊(たつと)
き宮所 いすゞのながれ清らかに かげをうつして 三(み)くま野は ことさかをはやたまを ひりやう
権現王子権現九十九所 納受有て給はれと 鈴(れい)追っ取てちりりん/\ いちじきんりん金
峯山(ぶせん)蔵王権現立像権現 葛城七大こんがうどうじ 我もどうしの其 ひとつ きめう/\
と名にも たつ田のもみぢばや 錦おるてふ京筋の 三わげ残りて三輪の山 三笠の山にほの
/\゛と月住吉の神かぐらきねが小鼓打たり舞たり幣帛取かへひら/\ひらり ひらりひらくる桜


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の宮 花はちりてもねにかへるかへれや かへれと呼子鳥 錫杖取てふり立/\ 高き御山は愛宕山
鞍馬山には多門天持国増長広目の 四天王にも先立て 神道如意の駒に鞭を打かけ
/\ 雲に乗り三千 世界を廻るいだ天王 孔雀明王大いとく 見せしめ給へと又ふり立ててがら/\/\
こんがらせいたか 不動愛染 扨王城には加茂八幡(やはた) まさるめでたき山王権現多賀の神
たとへ定業(ぢやうごう)限命なり共 抜苦(ばつく)写楽のまゆをたれ 一度(たび)蘇生せさせてたべとかんたんくだきひたゝれを
汗に浸して「祈りける 行力修法(しゆほう)の證(しるし)にや東西より数多の鴉むら/\さつと飛来り櫃の上に寄り集り
暫く鳴く声愁いを呼び又立上つてくる/\/\ くるり/\と飛廻り 悦びの声喧く四方に別れて飛び

去けり 晴明虚空を礼拝し疑ひもなき蘇生のしるし サア/\ふたをひらかれよと聞きもあへず悪右衛門
ヤアちつぺいめがほでてんがう 明て恥をかゝせんと 櫃のふたに手をかくれば めり/\はつしと打砕き によ
つと出たる安倍の保名 悪右衛門ががんづう掴んでどふと打ち足下にふまへ 大将と心を合せ六の
君調伏の此人がた 遁れぬ所とふみ付け/\ 釼難ふしぎに蘇生の保名 しやばに再び戻り橋
此時よりぞなづけける 始終を聞て左近太郎 ヲゝ一度にこりぬ天命しらずと高欄に手を延し
左大将をかいつかみ引かづいて投付くれば 道満しばしと押とゞめ御前に向ひ 罪人(つみんど)とは申しながら御
息所の御父 命の義は御赦免と恐れ 入て願ひける ヲゝ神妙也道満 汝が願ひにまかせ


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遠島流罪 悪右衛門は保名親子が心任せに計らふべしと 仰を聞くよりいさみをなし
儕に討たれし保名が敵(かたき)本望遂げるも此保名と 寸斗(ずだ)/\に切放せば 親王御感(ぎよかん)
浅からず晴明に官位をさづけ 道満諸共天下の博士末の代迄も晴明と 云
伝へ書き伝へ 家の波風動きなき御代に羽をのす雛靍の 亀卜(きぼく)の八数(はつすう)大八洌(おほやしま)
君万歳(ばんぜい)の寿に 民千歳の五穀成就冨栄(さか) ふるこそめでたけれ 

 

   (おしまい)

 

 

 

 

信太森神社葛葉大明神・和泉市

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信太の森鏡池和泉市

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安倍晴明神社・大阪市阿倍野

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