仮想空間

趣味の変体仮名

碁太平記白石噺 第七

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース ニ10-01458

60(左頁)

  第七

古への 葭葦生(はへ)し所をば 今は吉字に書替て新吉原の繁昌は 外に類ひもなまめきし

或は貸本小間物や 早いぞめきは浅黄裏 陣笠股引苦に侍のさ/\歩行晝狐 一度も

こんとも云もせず 跡ふり帰りそゝり行 所に久敷角(すみ)町の大福屋の名取の遊女 洗ふた髪も

晝見せに す顔の儘の美しく こぞり逢たるかべの峯 一網打たく有そ海 人魚のいけすも斯く

やらん 新造禿が寄あふて コレしげり殿竹がへしもモウ仕廻を 此頃は内のおかみ様も江の嶋と

やらへお出なんして 跡は旦那さん斗 わつちらもどふぞよい男の金持たお客にうけ出され

 

 

61

江の嶋とやらへ行たい しげり殿は何が望じやアイわつちやなんにも望はないが どふぞ大名とやらに成て

見たいと いふを聞いる小間物や コリヤすさましい望を云出した して大名に成ればてまへはどふする アイわつ

ちや大名になりこな中の町へ芝居を立てて ムゝ中の町へ芝居を立ててそしてどふする アイ 使に行く度

に見んす したかこいつはありがたい こいつは咄に成ぞへノウ本重 ヲゝサこう云所が此里斗 イヤモシ此中おか

らんへお借申た曽我物語の跡四冊めから持て参りました 是を宮城野へ上まして下さり

ませ 又此間お頼申しました女郎様方の名前 書付て下さりませ細見を急ぎます アイ書付てお

さんせう コレ小間物や殿や 下村の白粉(おしろい)を一つ百助のくこを一貝おいて行な ソレ/\わたしにも元結

 

紙とおはくろ楊枝 そして此象牙の櫛に 抱沢瀉と抱茗荷ひよく紙に付て早ふ出来る様

に頼やす二三日の中に客衆も御さるから 其間に合やうにやと 色に見せたき紋所 せい一ぱい

のしんじつなり アイ/\随分急ぎやしよ シタガ抱茗荷に抱沢瀉とはナントとちらもしつこい望じや

な サレバ/\抱みやうがゝ男の紋なら 是もサゾうそどんなやつてあろ アイおせわさ 人の客を悪ふ云て貰やすまい しみ/\

すかねへぞよ アイついそすいたと云て 一人ても文の取持して貰ふた事はなし 私も抱やうかても付やんしよ ア云もんた

見なんし宮里様 夫でも色事が有とき ヲなくてとうしんせう 主達はあた付でほう/\゛の新造様方はしゆうさコレ

なんぞ面白物が有なら見せなんせ アイと風呂敷ときほどき マヅ女郎さん方に八文字お伽ほうこ

 

 

62

小夜嵐 是は糸桜本町育ち こちらは妹背山春太夫があてた物 モシ是はことしの新板芸者

塵劫記 こちらは顧撰大通通宝 どれも面白ふこさります そんなら夫を 又何そ外に コレ此封した

本は ヲヤばからしいや エ一寸(ちょっと)と見なんし あきれもしないと 大ぜいがどつと一度に笑ひ本 小間物やは

さし覗き イヤ是斗は無筆にも読る テモ大きな物 こちらもすさまじい書たは/\ 山伏のあたまを

斧(よき)でわつた様な物だ とわる口云もかけがさす 君は三夜の三ヶ月さま 甲子巳待庚申(きのえねみまちかのえさる) 当日

ねんずる本尊は十七夜千手観音 ヲゝ祭卜様よい所へと 早気の移る女郎気の 此中の侍人はよふ

当りんした 又ちまつと見て下さんせと いへば法印算木取出し ムゝ是は離(り)の卦に当る ムゝ是は質(しち)

 

屋か金貸だの アイ所はどことあてゝ見なんし ムゝ所は東 本所邊(へん) アイ慥神田土手下とやら云

所 そして内から毎日金をかした所へ 大勢で取に廻るとやらいひしたと 咄すを側で本やの重 コナ

法印何をいふ 神田といへば南の方 毎日取にあるくとは夫はいかの日なではないか ハテ所は南なれど 東

おちふたは則ひなしの云違ひ 指でも髪でも切かへて 随分不参のないさまに 文でせがんで見たな

らば物にならふと弁舌に 同じく私が客人は どふ云心か見ておくれ 是は久しく便がない お前の部や

を持た時無心の文に返答も なしも礫も面目なく 来ぬのも道理震為雷(しんいらい) しんぞの時に

逢た儘 扨(さって)もきめうに当りやした サア/\おまへと又次は 卜の表も巽為風(そんいふう) すいたが因果乾(けん)の卦(け)

 

 

63

の髪の物迄用に立て たんすの中も坎為水(かんいすい) 若衆が有ればやかましく たぶさを掴んで引たをし 乾兌離(けんだり)ふん

だり過言坤(こん)八卦にあらぬもつけ事 終にやり手の耳に入 二階をとんと風池観 お前もほう/\゛くらかへに

其行先も火山旅(りょ)の 格子も時に合ぬ為 あふもふしぎ 逢ぬもふしぎ伏見町 つきぬえにしを待た

がよいと いあhれてハアきめうな祭卜(さいぼく)様 コレお初穂と十二銅 包にあまる見通しと 出せば法印 したり顔

当る道理此里に 愚僧も久しく年をへし 衣の袖のほころびや 袂に納め立帰る 又打寄て

新造禿 コレ大きなきさご買てきいんした サア玉取て遊ぶぞと よねんたはいもなき折から 奥より

走つて出るやり手 皆様けふは見せもすくない故 世間ゟ早ふひけと旦那の云付 皆二階へ

 

お出なんせ マ夫見せ先でいたつらするか しけりもおいらんの用か有早ふいけ お前方も大きな?(像?)をして

玉取ふゟ若衆でも取様にしなんせ 名代に出る斗が勤でもないはいなと ちよつと云もの気味

わるく 商人共は荷をせおひ ヲゝ玉を取/\と思つた中 やり手衆の目玉を取 コリヤおそろだんべいきさご

だと 門へ出れば女郎共 サア皆様(さん)と夕くれの打連立て 入相は 又も賑ふ見せ先へ 大小しやんとりつぱ

な武士 人めを忍ぶ編笠の 内ぞゆかしき風俗の 跡ゟ付添船宿熊 モシ旦那 今中の町の蔦や

の見せは腰かけていた深あみ笠 此大福屋の宮城野様をあげたいとやら云ふ咄 お前も又宮城野様

をおあけなされたいとおつしやる故 何かなしに私が お急ぎじや程に大福やへお連れ申て行く 跡からこいと

 

 

64

茶屋へは申て参りました サア早ふお揚(あがり)なされませと いふ間もあらぬ編笠の 供もよしのや伊平

治が 来る道筋も長羽織 蔦やの男が先に立 申熊さん お客人をお連申 跡からこいと有故 参らふと

存ました所 又此お方のお出 けふはいせ時平蔵は江戸へ出ました故 自由なからお二人様をかけ持 コレ

若衆 此お方に宮城野様をお出し申て下されサア早ふ/\ コレ待た 此熊が連た旦那 そつちのおな

じみ故 ちよつとおとづれお先へ来たのは 彼宮城野様を揚やう斗 跡から来た替りには 名代なりと外を成

と マア其談合がよかろぞと 手前勝手を聞ぬ伊平治 イヤアコレ熊 そなたが旦那衆大事なりや

おれとても同じ商売 お互に茶やへ落合て面倒なら 座敷を替て遊ぶ事もあれど ハテ若衆はしらぬ

 

どし 殊に御馴染と云ではなし コリヤこつちへ太夫様を貰をかい ムゝやるまいと云たら何とする ハテ一度も買

しやつた事ではなし 又こちの若衆は 此間咄にても聞たであろ 鵜の羽黒右衛門様と云大尽様 初

会から事によると請出そふと云も自由 イヤ是伊平治 吉原斗は金のみそは上られぬぞ こつちの

若衆が受出したら其時は何とする ハテ夫じやによつて今揚るは イヤならぬと 互に云へばいひ返し 藍けんぼうの

うずあられ 小紋も兀(はい)る揉合の 出合頭に牽頭の五町 ヲゝ訳は云ずと皆聞たが コレ二人供に旦那衆

が大事故尤なれどおれもお二人様はしつている 所を今我々呑込で 宮きの様にお目にかゝり主の心で

どちらへでも馴染に成た其上では ぜひお一人は出物が出来る 波風なしに納る思案を 其思案は其

 

 

65

が了簡 ナニ五町 宮城野は身共は揚まい あなたの合方にお取持申せ イヤ夫では此熊が ハテ立たゝぬは

馴染みに成た上の事 其様にせくに及ばぬと いふに鵜の羽はえつぼに入是は/\となたかは存ぜぬが おとなしい

おつしやり様 ちよつとお近付に成申たい イカニモ左様仕らんと 互に編笠ぬぎ捨て お名は聞及ぶ黒右衛門殿 拙

者事は鞠ヶ瀬秋夜(まりかせしうや) 以後はお心易く イヤ御丁寧成御挨拶 シテ宮城野を私方へ揚させ 其元様には

とれへお出 イヤ拙者も申さばやせ浪人 中々其元様のやうに 請出す抔と申事は罷ならねど 若し

今日は貴殿に揚させ 又明日にも拙者か参り互に買論(かいろん)抔とおとなげない事も致さんか

と 憚りながら思召も恥しく 夫故お近付にも成申た 兎角遊びは一人ではさへぬナント御一座申ても

 

苦しからずは 推参申そふかな イヤサしいいて求様と拙者は申さねど 此船宿が申た故却てお気の毒

に存まする先貴殿宮城野を揚てお遊なされと 義理もどふやらおしそふな顔を五町か 何さ/\

あの様におつしやr秋夜様 一念の残らぬ其証拠打くつろいで騒ぎませふ 爰へ見せ先 サアマアあ

れい コレ若い衆マアお連申さつしやい アイ/\ 蔦やの若衆ちよつとここへけふはこちの内は見せもすくない

故早ふ引ましたが外はまた引ませぬ 晝の分も やひを云な 皆五町が呑込だ ア熊伊平治

手前達も其様に白眼あふている事はないはい旦那衆さへ御合点なら立と云物じや 何も角もお

れにくれ サア是二人共にわつさりと 一つ打て しやん/\祝ふて三度しやん/\んのしやんしやんと済だ此場の立引

 

 

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呑込鵜の羽黒右衛門 一物有や鞠瀬が 衣紋流れの人品(じんひん)に打連内にぞ〽入にける 早晝見せも

入相に 花ござ巻て片寄て簾おろせば明障子 勝手はとつかは膳尽し美を尽したるよ

ね達が 皆様お出と夕まゝの 用たす禿大根漬 ちよつと向ふへ一口の茄子も色のえよふ

喰 二階座敷は身拵へ 新造禿がてん/\に はこぶ櫛箱鏡台に其俤をうつしては花

の姿を宮城野迚本原(もはら)の萩の露をもみ さはらば落ん愛嬌は 里に名高き情しり 人の詠も

細見に山形のない気さんじは 紋日もよそに宮里が モシおいらんへさつきに本やの重様が此中おかり

なんした 曽我物語 其跡じやと云て置ておきんしたぞへ イヤホンニ宮柴様 けふの客人は中の町の

 

蔦やから二人一座 お前にも早ふ身拵へして お出なんせとやり手衆が申しんした ヲゝせわしない 今身

拵へしていきんす したがしつた顔ても有かや イエどれも/\侍衆さ ひとりはよいが外に独りはむさ

くろしい髭の 目の大きながおいらんの若衆たと 吉野やの兄様か云なんした モいやな客人でこ

ざんすと 悪く云のも褒るのも にべなき新造の後生楽 コレ/\又そんな事云て やり手衆にしから

れよふぞへ お前方はマア座敷へいになんせ イエ/\お前と一所に参りんす 座敷ては牽頭持の五町さんがいつ

ものおどけ ほんにおかしうありんすにへ ヲゝおかしい次手に宮里様 きのふ旦那様の連てお出なんした奉公人

おかしい物云じやないかいなァ サアイナア遠い国から来たと云て 中居衆が詞をなぐさめば 姉を尋て来た者だ

 

 

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あねエをしらせてくんなされと云ては泣んす モシおいらんへ 今ちよつと呼で来てお聞せ申しんしよ エゝ宮柴様

御さんせと 打連下へ立て行 跡宮城野は打笑ひ ほんにあの衆とした事が ひよかすかと苦労のない よい

気ぜんては有はいの コレしげりや 此手拭もしぼつて干 はんそうもれんしへ出しや アイと禿かまめやかに 袂

を帯へかいしよげに 取片付る其所へ 新造二人が伴ふてサア/\こちへと座敷の内 おのぶはついに見なれぬ

箪笥 錦の夜具に三つ蒲団 あからむ顔の緋縮緬 うろ/\見廻し コレ女郎(めろ)サア達(たつ) 人の寝そべつて

いる所を よふサア有から早く来いと二階サアぶち上てコリヤマア何たる所たコチヤア どこもかもひかり申て

おしやらくの櫛サア見る様にぬつこへエた箪笥サア 其上に夜の物もコリヤ金切(きんぎれ)たァ モしやァ 蒲

 

団も蘇枋染の色のよさ 私らァねまつたらあくとのあかゞりサア引かろてうつ切申べい おやつかなた

まげ申/\おかしさ押かくし コレ其子やてまへか年はいくつに成 国はとこてとふして来た 夫を

咄て聞かしやいのふ ヲゝわしら国サア奥州たゝァやかゝァまに別れて一人江戸サアはあらく盛る所たァと聞

其上姉サア吉原で名の高い女郎サアに成ていさるとの咄 童子(わらし)の身として敵ない思ひをして

尋てくるも海山物語の有事そふたァ モシヤ コハばからしい ア何だかねつからしれんせんよ 其上に吉原て

名の高い女郎衆が姉さんとは マめつそうな尋もの サア夫(それ)たァから頼み申はきのふかんおんサアで 目ま

なこのこはい人が連ていて 逢せてやらふと駕サに乗せて来申所を 爰の御亭主の世話に成申て夕

 

 

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部から居申 すねかけ申も他生の縁 ほんに赤はらはたれ申さぬチャア ちよつと見なんしチャアといひすはイナ

ホゝゝそして赤はらはたれぬとは マむさし咄じやないかいなと皆々こけて打笑ふ 中に宮城のコレ皆様 ちい

さい子を其様に笑はぬ物 誰も目見への其時は恥かしい事斗カ 今あの子の云たたゝアがァまと云のはァ

とゝさんかゝさんと云事 赤はらをたれぬとは嘘をつかぬといふ事じやはいなァ 扨てもがおれ其訳をお前

どふしてしつていなんすへ サア夫はの ヲゝまいど私が所へ旅人の客衆がお出さんしたから夫てまふ覚へている

はいな イヤ客衆て思ひ出した 奥の客衆も待兼て有ろ 私も今行程にな おまへ方皆様連てよい様に

コレしげりも中の町の井筒やへいて 孫し様にきのふの返事は来たか聞てきや 此子は私か用かある

 

皆様早ふと姉女郎の 詞にめん/\立上り ほんに勤と云物は何国の人にも逢ねばならぬ 宮城野様のお咄

て此子の咄しがわかりんした わつちら迚も外てはない たゝアやガァまの為に売られて此勤をするからは 客衆と

寝そべる度事に赤はらたれて気に入て 小遣ひ貰をと口々に 奥座敷へと急ぎ行 跡打詠め宮きのは

おのぶが傍へ差寄て コレ其子や さつきにかの咄には 姉を尋て此里へ来たといやるが マアそなたの国は

奥州で 何と云所じやぞいの ヲゝわしらは奥州白坂の在 逆井村といふ所と聞にはじめて宮きのが

胸にきつくり 傍(あたり)を見廻し ムウそんならそなたのとゝ様の名は 与茂作様といやせぬか 夫をしりめすそれ

様は 姉サアでござるかと 飛立ながらイヤ/\/\ かァまの常にいはしやるには 姉サアの方にも印か有 夫とま

 

 

69

に合せた上 心さしも打明ろと云めした 印があらば早ふ見せてくんされのふ ヲゝ常々大事にかけて置 その

証拠見せうぞやと 立もいそ/\そこ/\に箪笥の上に硯箱 夏書の帳に書かけの文も心は通ふ

神 浅草寺の観音の戸ひら表具にお備も 上は鼠か引出しを明て中ゟ取出す 守り袋を見るjゟもこな

たも首にかけまくも 思ふつぼ井の御守り コレ/\/\国を出る時かゝ様が 大事にせいと下さんした アゝ河内の国つほ

井とやらの御守 ヲゝとゝ様は楠家の御浪人 扨はそなたが妹て有たか 姉サアでござるか ヲゝ嬉しやとすがり

付 外に詞も泣ばかり 折ふし亭主惣六か奥座敷へ宮城野か 出ぬはいかにと座敷の口 覗けば内に泣

入二人 子細あらんとのれんのかげ 身をひそめてぞ伺ひいる せな撫さすり宮ぎのは 顔つれ/\と打守り

 

ヲゝ妹よふ尋て来てたもつたのふ 年はの行ぬそなた よもや一人来はしやるまいとゝ様かかゝ様か付てお出な

さつたか もし道ではぐれてもしやつたか サいやつと云て聞しやいのと いへば妹はしやくり上わつと斗になき沈

コレ/\/\ かふ廻り逢上は悲しい事は何にもない 泣ては済まぬ サ何とじやいのと問はれて妹はなを涙 コレエ

だゝアは五月の田植の時 代官の志賀臺質と云悪でくな侍に 切れてお死にやり申たはいの ヤア/\/\

そりやまあどふして/\ 問もうろ/\狂気ごとく アコレ/\/\ 其様におもしやると胸先がつつはり申て一つも

口へ出申さぬ マタ悲しい事がござるチャア/\ わしもすんでに殺さるゝ所 庄屋の伯父御がかけ付けて りきんて

見ても何のまあ 正銘証拠か御座ないからきつと敵と云事もならず たゝアは犬死語るも長ひ

 

 

70

事なれと そんたの云号の御亭にも尋逢い 此江戸サアへ帰り申た 跡はわしとがァま斗 便なは身に下地の

大病 重り/\てかァまは六月の十六日 悲しや終に死しやり申たハイノウ ヤア ハア ヲゝ悲しいはどうりでござる チャアゝ

跡に残るわし独り なァしよにもかじよにも仕様はなく 庄屋の伯父御が引取て 福嶋の町へ出てつて

奉公しろと云申す 何の奉公所かい 口惜いと悔しいてこせ腹はやめ申 夫からそこを欠落して それ様かなつ

かしさ 坂東巡礼すると云たらお寺て笈摺拵てくれ 段々足すてくる道筋 慈悲せこんの有る人は飯食せ

たり手の内くれ せとの木部やに留て貰ひ 又は邪見の人の家軒下に寝そべつても 邪魔ながき子と

てへんさふたれなつきのするをこたへ/\ほんにてきない思ひをして尋てきのふ浅草のおかんのんの引合せと 守り

 

に入し戒名の道引て 廻り逢たも血筋の縁 コレ便に成てくれもしやと 歎きに交る国詞 涙になまりは

なかりけり 宮城野始終聞中にも 悲しきつらさ身も世もあられず せきくる涙 おしさけて コレ妹定めし常々

かゝさんのお咄にも聞きやらふが 慥そなたが五つの年 とゝ様は水牢とやらのお咎め 其御難儀を救はん為

かゝ様と談合の上 八年以前に此身を売て人手に渡り はる/\と爰に流の身 アゝ思へば/\世の中に わし程

因果な者はない 遠国隔て此国へ来たは丁ど十二の年 とゝ様やかゝ様のお顔も覚へているけれど 外に

兄弟迚もなふそなた一人を便ぞと あんじぬ日迚はないはいなふ 客衆を送るきぬ/\に 東雲つくる烏なき わ

るいととふやら気にかゝりお二人共に御無事なか 妹はまめで大きふなりお傍にいるか浦山しや つらい公界(くがい)の

 

 

71

其中に 傍輩衆のかゝさんかとひ音信(おとづれ)の度々に 悲しい咄聞せたり 又仕合のよい時は嬉しそふな顔をして

モウ何年てねんか明 内へいんたら誰様と 女夫と成てとふしてと 身じまい斯やの咄をば聞程胸に一はいの

涙は落て白粉のといて化粧てかくせ共 向ふ鏡に偽りのなきて公界の我見の上 めぐり紋

日も松の内 桃の節句にあやめふく軒の燈籠二度の月 菊の節句や俄の時 中の町

に出ていても 若とゝ様に似た人の有りと思へば心付 又は粧廓(やくしよ)の勤には 田舎ぞめきの見物か 覗く

見せ先格子先 見るのも若やとゝ様が 尋て逢にござんしても 夫ぞとしれる種にもと思ふて暮せば

あじやらにもうは気心は夢にさへ 結びし帯のとけもせず 云号有此身にてつらい せつないエゝ恥かしい

 

悲しい勤も親の為 どふそ早ふ身儘に成り とゝ様やかゝ様と一所に暮してとふしてと 未来を楽しみに 月日をかぞへ

指を折待くらしたる甲斐もなふ 思ひかけないとゝ様は人手にかゝつてはかない御最期 又其上にかゝ様にも

長い別れに成たとは マどふしたうすい親子の縁 親を大事にする者は天道様のめぐみが有と 云のもうそ

じや偽りじや 頼みをかけしいなり様観音さまも聞へませぬと 愚智に差込かんしやくも涙に洗ふことくにて

身も浮斗泣ければ妹も共に正体なく コレ/\姉サア 便りと思ふそんたが其様に泣しやつて おらは何と成

物ぞ よいしやんしてくれもしやとすがり歎けばヲゝいとしやのふ 海山越てはる/\゛と尋逢たる此姉は 有にかひ

なき勤の身 夫のみならず此わしを尋ん斗にそなた迄 又此里へ身を売るとは なんの因果か情なやと

 

 

72

兄弟手に手を取かはし あやも歎きの有様は秋の最中の月星に雨雲かゝりしことくにて涙の時

雨ぞ哀なり 歎きの内に宮城野は 気を取直し泣目をはらひ コレ妹最前そなたの咄の中 云

号の夫も江戸へとやら 其お人の名前は イヤ名も所もしり申さぬ シテ敵臺七とやらの顔は アゝよふ覚へ

てい申す 目まなこの大きい鼻のひらたい男サ モウ名はいやんな壁に耳 とゝ様は武士の果 スリヤ

そなたやおれも ヲ侍の種だから一時も早ふ敵が討たふござるはいの ヲゝよふいやつたでかしやつた コレ親

のかたきは共に天をいたゞかぬとやら さいわいおくの大一座 さはぎのまきれ此里を 欠落するゟ

外はない 何角の事は一時も早ふ立退き田圃の方 わしに付てサア来やとかゝへ引しめ見繕ひ 立

 

出んとする所へ 宮城野ごこへと主(あるじ)惣六 エ旦那様いつの間にと恟りは 隠せど越えにしられけり イヤおれはたつ

た今 恟りせいでもよい事を ソレ宮城の マ下にいや そなたはアノ敵 エ イヤサかたき約束した男が有故に

廓を欠落 ハテそふて有/\ 悪いぞや/\ 又其子はそなた知ているか アイ イエさつきに新造衆がきのふ

から来たといふて 連て来てじやによつて あまり不便さ夫で呼でおきやるか 是も尤 サア二人共に用か

有る ちよつとマゝ爰へと 云れらなんと詮方も 流石ちいさき女の魂 旦那様赦して下さんせと突かくる刃

物かいくゞり 側に有あふ鏡台の 鏡おつ取打落仕コリヤ早まるなせく所でない程に 心をせkずとマゝゝゝ

おれが云事を サアとつくりと聞きやいのふコレ兄弟 エゝ アイヤサ是は鏡台 かゝみに移るふたりが顔 にたりや/\

 

 

73

杜若(かきつばた)花あやめ 其五月雨のくらき夜に 敵を討たは曽我兄弟 ハゝゝゝ ハアコリヤかな本の曽我物語 第四の

巻 幸いおれが読で聞かそ 光陰おしむべし時人を待たさる理り ひま行く駒 つながぬ月日重つて一万へ

十三歳に成にけり 身のふでうなるに付けても 又公ほうを憚る事なればH竊に元服して 継父の苗字を

取り曽我十郎祐成と名乗けり コリヤ十郎元服の事 又此末箱王は母のおしへに箱根へ登せしを下参して

北条殿と云烏帽子親を取 曽我の五郎時宗と名乗 マかう云てはあじいな所へ曽我物語 一つも合点は得

まいが よふ推量して見や 川津殿の種でさへ親のない身はあれ是と 継親の イヤ烏帽子親の

と頼む サ其中のうきかんなん モ我一存ではいかぬぞや そなたが為爰を欠落して 敵 ヤサ其

 

かたき男を尋てもいはゞ女の身の上 しつかりとした北條殿と云様な後ろ立てがなければ 中々思ひは

晴らされぬ 其中にはわるいまがさして むざ/\と月日を送る事も有物じや ハテ曽我殿原でさへ 大磯化

粧坂の傾城に心を奪はれ色/\の貧苦 ハテコリヤモ芝居てもよふするこちちや 又譬へ此廓を逃おふ

せてからが遠国生れのそちが事 当分先のあてもあふ うろ/\するのを内外(うちそと)の者か見付 イヤどこぞこに

居ますると云を聞て 打捨(うちゃっ)て置けとは主の身ではとづも云はれぬ ハテそなた斗が親に孝行ではない 勤をする

者に親に孝行でない者は一人もないはいやい 夫じやによつてあれもかう/\じや 是も孝行じやと其侭でお

けば おれも女郎やをやめねばならぬ コリヤ浮世の身過世過 又めん/\と内の躮が女郎買に行と聞ば ヤイ

 

 

74

爰なたわけ者めが 勘当するぞと叱り付 人の子のどうらく者が来ると 為に成客人者ぞ 随分と大事に

しやと女郎共にも云付る 此様な得手勝手な商売はないはい サ其層倍はしていれど 慈悲と

情と云事は心に不断忘れはせぬ 不思議にきのふ浅草で廻り逢た奥州者 姉を尋ぬる斗に此身を売る

との志 直ぐにぜげんに金渡し 連て来たのもそなたの身の上 国に妹が有との事 若しやと思ふた甲斐

有て 二人寄て最前から何やら咄す 扨こそとたばこ呑ながら 隣の部屋で聞ていれば せつない哀な咄

を聞 悲しうて涙がこぼれ 手に持ているきせるのがん首上りを打忘れ 火皿で口をやけどしたはいのふ 元ゟうは

気な事もなく 勤め大事にしてくれたそなたの事 何のわるふ思ふぞ まして何にもしらぬ女の身 今つき

 

かけた此刺小刀(さすか) おれにさへ打落さるゝくらいでどふして 相手は武士じやないか 若し帰り討サ内へ帰つても手前が

恥に成る 夫じやによつて云号の夫が北條殿と云様な後ろ立になる人が出来た時はハテ惣六は男じや

証文の金高は表向きたゝてもやるはい 必おれを笑はさぬ様にしてくれよ 芝居の積物や俄の世話も

せぬ法も有 真実せいもん嘘ではない 五つや三つの頃ゟも曽我兄弟は心懸 十八年の苦労しんく 夫

程には待ず共 アレ天道の恵みかあらば 今にでもよい幸が有物じや コレ身の上大事に時節を待やと

曽我によそへて兄弟に道を教へる通り者 宮城のは猶しやくり上常からお気質知ながら 親の

別れにも乱れ手向ひ致した渡しを憎い共おつしやれず かへつてお慈悲の御詞 有がたし共

 

 

75

忝し共冥加の程が悲しいと妹も共に 手を合たら伏拝む嬉し泣 アゝコレ/\ 其礼に及ばぬはい モ聞き分け

てさへ呉れば おれも嬉しい/\と義理を立ぬく男の惣六 かくせど袖に隠されぬ 胸に余りし哀れには

通も不通も涙なり 奥座敷ゟやり手のまさ サア申宮城野さん さつきにから客人もお待兼 コリヤ

誰だと思や旦那様 ヤ新参の在郷そこにいずと下へ行きや アイヤあれが事も宮城野に 内でなと

遣つて貰をと 夫を今頼みに来た コレ宮城野 随分今の事を ナ合点がいたか ヲゝ夫なればよい サア/\

早ふいきや アイちよつと顔を直して ヲゝイヤ素顔でも随分美しいと 褒るも贔屓売物に 花も実

も有亭主が詞 アイと返事もかたかたの よどむ隙なく 行く水の 流れは堪ぬ勤の身 妹を

 

爰に奥座敷引わかれてぞ 〽狐をつろな 「新・真」狐をうかせ 狐を釣な 「㐂」取て見せふぞ 「新・真」

狐をつろな/\ サア/\釣たぞ/\ サゝゝ五町呑々 「㐂」南無三 ばかす/\と思つたら ツイつられた ヤ釣れた

で思ひ出した 此宮城の様はおそい事 モシ新造様方へ 早ふ呼s申てお出なんし 「真」アイ/\モウ

今来なんす夫

そこへと いふ間もなく 「千」いにしへの歌に読しも哀なり 宮城が原の旅寝かなかたしく袖にうづらなく

涙隠して ヲゝ五町様 皆様よふお出と座に治る 「㐂」イヤよふお出なんした所か さつきにからお前をまつの

太夫様 サテ旦那 此大入盃で一つお始め 「村」イヤ先ずあなたから 「嶋」イヤ/\此秋夜ゟ其元様が カノ宮城の殿を

お待兼 初対面の盃 「新」ヤア是はきつい通り者 此伊平治が仲人で 御祝言の盃は是 三々九度の黒右衛門様

 

 

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サアおあがりなされませ サテおいらん 是は私がお取持 ドレ/\お酌致しませふ 「千」ヲゝ伊平治様 つぎなんすな拝んす

にへ 「新」何拝みんす/\ヤおがみんすの谷渡り 向ふへ渡つて秋夜(しうや)様 此盃はあなたから 一つあがつてどなたへでも ヤア

宮里様にかへ よし/\ 先是でお盃もすみ町の親方の所なれば 女郎様方は御器量も日本一の君 「真」コレたんこは

云れぬぞ モシあのおかめの面は 此頃方々にかけてござりますが 何の為でござります 「千」アノお徳女の面の事かへ

あれをかけて置と仕合が能との事 夫でかけて置きなんすはいなァ 「真」アゝ仕合とは有難いノウ五町 是も狂言

の筋に成そふな物かい 「㐂」成る共/\ 此頃揚屋町のせうか様が付けた通人舞 新造様方ひいてお

くれ 今爰で神おろし 末社と云も我らが名 牽頭(たいこ)といふも一つにて コレ此面をこふかぶり あれにまします

 

新造の上着を暫しかりに来て 既に拍子を始めけり 通人舞を見さいな大通人の客撰(きやくせん)共には

いつも廓へ通ふ神 文の文魚(ぎよ)もはしり書 男の喜十立ぬいて もの雄跡(ゆうせき)の鯉藤(りとう)さい よいきせきでは

ないかいな 首尾を占ふ六川(りくせん)の亀も八亀(はつき)と文州(ぶんじう)に 来之(らいし)有ればさい先もよしやなりよし振も吉原

漁長十橋森羅牧十(ぎよてうぢやうきやうしんらぼくじう) 謂州左達(いしうさたつ)に秀民眉月(しうみんひけつ)照そふ里の夕ばへ祇蘭(ぎらん)ひいでゝ菊もけふはし

阿能待美(あのふたいび)や江戸のさち 墨河(ぼくが)あんおん千局萬川(せんきよくばんせん) 歌の嘯抲(せうが)もいさましや たいこまつしやのかみも

にきはし 只今かなつる舞楽きよく 袖をひたしておもしろや 大通舞を見さいな 「真・千」やんや/\きつい

物さ/\ 「㐂」イヤこじ付のあてぶりとふ御さりますか 「嶋」イヤ面白い事て有た夫一つ呑 「㐂」マアコリヤ山吹

 

 

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色有難い/\と 「村」いふに鵜の羽もまけぬ顔小判取出し扇の上 ソレ伊平治 皆の者にとらせい/\ 「新」ハイ/\

サア/\時ならぬ物は花じや/\ 皆々寄て戴け/\ 是は/\と斗(ばかり)花を吉野やが めん/\に配分し顔を詠て ハア

何か書て有秋夜様 コリヤ何と書事で御ざります 「嶋」ムゝみさむらい 御笠とまふせ宮城野の 木の下露は雨に

まされり コリヤ唐崎と書て有 「千」そんならお前は唐崎様のお客様かへ 夫なればあつちへおしらせ申しんしよ

定めて主が今宵は悪ふござんすによつて 夫で私を名代の爰とかへ しみ/\゛お有難ふござんすにへ 「村」是は/\

迷惑千万 扇はちと訳有事 「千」サア其訳の有お方へ 「村」イヤサ身共が国元の下役唐崎松兵衛

といふ者 宮城野の萩見物折柄 きやつ手自慢て此扇 書てくれた古歌 又けふ逢ふたそもじ

 

の名も宮城野とは 誠に是も結ぶの縁 「千」イエ/\初にお目にかゝつて かう申もとふやら何とか思ひなん

しよが 結ぶの縁の門(かど)違ひさ 「村」是は迷惑 しうしんて参たに違ひは御ざない 何のそもじにあか

はらはたれ申さぬと せけばつい出る国詞 「千」モシおいらんへ 爰にも赤はらがいひんず 主も奥州ものだ

なと「村」云れて鵜の羽(は)が恟りまじめ イヤ/\身共は京じや 京生れじや 夫じやさかいで方々奉公して

奥州にも少しいた事も有れどチヤ 夫はずつと久しいこんだ 今は西国の大家に奉公する 江戸は始めて 生れは

京じや 京の六条数珠や町 夫でザ 酒を呑ととつとやくたいしやはいのふ むちやじやはいのと なまつちらし

た京詞 「千」宮城野は黒右衛門か奥州詞に心付 妹を呼で見せたさに コレ五町様 きのふ来た十二三の

 

 

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子 奥州者とやら モおかしい物いひ ちよつと爰へ呼んしよ 「㐂」是は面白ふござりましよ サアしげりどん

呼て/\ 「村」アゝ是々なんの在郷姫 呼だ迚酒呑相手には成まいし 夫ゟはおいねかおかなをを

よびにやれと 何か心に黒右衛門 胸に当(あたっ)た此場の時宜 「㐂」モシ宮城野様(さん) あなたの詞を承るに

上もかみ最上でかなござりましよ 唐崎様は女郎の名ではなし 松兵衛様とやらの事 松は唐崎

ナア 霞は外山 のふさとなとさよいよへサア/\「新」こいつが当てぶつて当おつて 又こじ付おるはい イヤ申旦那

くぜつの種の此扇 私がお貰ひ申ましよ ヤお供の衆も嘸御退屈 いつそ川岸(かし)へでもお連れ

申ましよか「村」夫もよからふちや 早くいつて迎ひは七つ半に来さつしやいちや 「新」ハイ/\そんならおい

 

らん皆様 コレ五町熊や そこを頼むとてうちんのぶら/\歩行出て行 「真」熊は手酌で大盃 サア五町 さらば

貴公へあけ屋町 「㐂」エオツトいたゞき笠盛いなり 「千」ヲゝ二人ながら大きな盃でぬし達はホンニ マアすつてん童子

見る様でおざんすにへ 「㐂」アイわたしやすつてん童子さ 「真」ヲゝおれもすつてん童子だ 「㐂・真」アすつてん童子

/\/\ エハゝゝゝゝ「㐂」いかいたわけで騒ぎのみ 「嶋」イヤ何五町 黒右衛門共も最(も)お休なされたからふ マゝゝ先ず二階へ

「㐂」左様でござります イヤ申おいらん 黒様を必ず床で殺すまいぞ 「村」殺すとは諸侍を「㐂」ハテかはいがつたり

おられたり気も魂もハゝゝゝぬける故 殺とは通(つう)の詞でござります お侍でもお公家でも 名を取ふゟ

床を取れ サアマアあれへお出なされませ 秋夜様と私は 奥へずちいきのくい呑と出かけませふ 皆様おくへいらせ

 

 

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られませふ 「㐂・真」すつてん童子/\/\/\騒ぎにつれてぞ 入にけり 「新」提灯さげて伊平治が内を覗ひて アゝ

黒様に逢たい物じやが ドレマア座敷へ行て アイヤ/\夫では人目が有る 大事の御状どふしてお目にかけふぞと

「真」云を後に立聞く熊 もつたる状箱かいつかむ 「新」コリヤ何ひろぐと払ひ退 此伊平治が持ている物 ちよつかいをさつかけ

てイヤどふするのだ「真」ハゝゝどふするとは知れた事 何か密事の其状箱 中をちよつと見たいから「新」イヤならぬは 鵜

の羽様のお馴染から 内証の手くだの文 持てくるのは船宿の役 外の者に頼みはせぬ 封じ目急度

かよふ神 山の神には引さかれてもいつかな見せぬ色紙をば はなつ紙のぶんざいで見様とぬかすと 土手下の

紙洗ひ橋へ叩き込で すきかへしの涙をこぼさせるぞよ 「真」ハアゝ面白い 花のお江戸町広い中 此熊が

 

目通りで 時の京町とだまつていればむせふに味噌を揚屋町 モウ角(すみ)町にしておかれない 伏見町の

ふし/\をくだいても取らにや置けないやらうめ 水道尻をぶつたゝかれて あやまらんしたと云なよ 「新」アノ我が「真」われか

「二人」と互に詰寄ぎしみ合 尻引からげ身づくろひ 奥は騒ぎの三味線の 拍子に紛るゝ二人争ひ 「村」後に

伺ふ黒右衛門 「新」作足(さそく)きいたる伊平治が 急所をすかさず真(しん)の当て 「真」うんと斗にたぢろぐ熊 「新」え

たりかしこへ隠るゝ伊平治 「真」何国(いづく)迄もと大野やは 跡をしたふて追て行 「村」伊平治様子は見届けた

「新」スリヤアノ最前ゟ何も角も御存か 先刻御国元ゟ御状到来 何角の様子は存ぜねど 中は

密書と承はる 夫をかぎ付け熊ねが狼藉 必拙者にお心置なく御披見あれと差出す 「村」状

 

 

80

箱の紐ときほどき 封押切てくり通し/\ 読む度々に恟りびくり 傍見廻し懐中の 矢立取出しさら/\と

手早に返事書認め 使は蔦やに待ておるか 其直に逢て 「新」イヤ/\爰を只今お帰りあらば 何か訳の

有る様で 却てわるふござりましよ 何か知ねど其御状は私が持て 「村」イカニモ/\心きいたる汝が有様 云付ける

事も有 先ず返事をちつ共早く 「新」畏ったと急ぎ行 「村」跡打詠め黒右衛門 状くり通して 何々先達て貴

殿手に懸られし 逆井村の百姓夜茂作娘 八年以前江戸へ参り只今にては吉原にて宮城のと申由

又々妹も当地を立退候 定て是も江戸へと存候 油断有間敷候 急便葬送申遣し候以上

唐崎松兵衛 スリヤあの宮城野が ムゝ宵からの座敷の体 や共すれば心を付る詞のはし/\゛ きのふ

 

来た奥州者 歴々に呼で見ろ/\と云たは 是も慥に妹め モウ此イエに長居はコリヤならぬはエ イヤ/\

高がめろさいたつたふたり 人知れずぶつはなし 枕を高く寝るがよい 夫と刀の目釘をしめし忍び

入んと伺ひ居る あなたの座敷にひそ/\越え 何事やらんと立聞けば 「㐂」そなたは親々の云号 其は

谷五郎 今の名は金江勘兵衛 「千」そんなら云号の夫(おっと)で有たか 何もかも妹に聞やんした 親の

敵の志賀臺七 けふ爰へ来たこそ幸 助太刀して敵を討せて下さんせ いふにや及ぶ 我為にも

舅の敵 其も奥州にて彼を討もらしたるが残念 指の先にも足らぬやつ 気遣仕やるな今

の間に 「千」ハゝア忝ふござんすと 「村」互の咄しを聞いる臺七 谷五郎とはコリヤたまらぬ どふして爰へと

 

 

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胴ふるひさし足抜足 表の方 こそ/\/\と逃て行 「新」時分はよしと吉野やか 縁先の釣燈籠小石ひ

らふて打付る 「嶋」音に秋夜は奥ゟ出 伊平次首尾は 「新まんまと仕おふせ此状箱 「嶋」シイ兼て常悦

殿と其が大望の企て 鎌倉中の井の中へ毒を流し 皆殺しにせん工 其方への毒薬秘法 忍び松明軍慮

の一巻 ナ楠原普伝が志賀臺七へ伝授せし所 然るに彼当地へ登りしと聞き 何卒近寄奪(ばい)取らんと

すれど 面体しらぬ其上に 本名をかくし此里へ入込 是幸と此秋夜も遊所の出合に心付け とくゟ一味 徒

党の面/\ 形を替て付まとひしに 黒右衛門と云は臺七としかと本名しれざる折から 「新」ハアゝ夫故に宮

城の兄弟が咄しを立聞 又松兵衛が書し扇 最前拙者が貰ひ受 是を贋て内通の手紙をこしかへ

 

本名を明せし上は 謀を以て一巻をばい取 其上常悦の頼の通り 宮城野に敵を討せ「嶋」ヤレ音高し

有竹作平贋筆の達人ホゝゝゝでかされた「新」はつと斗にこなたゟ 隠せし一腰脇挟み 傍へ心次の間ゟ

「千」宮城野は身づくろい表をさして欠出す「嶋」コリヤマア/\/\待た 気色(けしき)をかへて何国へ行 「千」どこへ行とは

しれた事 親の敵の志賀臺七 追欠て本望を 「嶋」ヤア討してよければ其が討してやる 敵討は今はさせ

られぬ「千」ムゝそりや又なぜでござんすへ 「嶋」サレバサ 今敵を討せては其共が大望の イヤサ爰は廓 ナ夫故に

只今も謀を以て此場は見遁し返したはい 「新」ムゝスリヤ物影にて承はりし 谷五郎殿も宮城の殿は御存ないか 「千」

ナニ谷五郎様とはドレどこに 「㐂」ヲゝ其谷五郎も宮城野も 則是に居りまする 「千」ヤアお前は牽頭の五町

 

 

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さん そんならお前も 「㐂」驚きは尤 形をやつし入込 きのふも浅草にて 道ならぬ金のかたり事も軍用

金集ん為 我本名は坪内多嶋 「嶋」ヲゝ声色口真似の名人遖/\ 「㐂」ハゝゝハアゝひつそいいる 「嶋」ヤコレ気遣

有な宮城野 常悦殿の頼み故 此廓を聞合 大福やの宮城のは奥州生れと聞し故 其揚て

身の上を問落し 力にならんと来りしに 今日黒右衛門との出合 是も尋る志賀臺七 先ず彼が秘

書をばい取らぬ其内は敵討はマアならぬ 則常悦にも知らせやりし上は 兄弟が身の上も自由にならんと

「真」詞の中に大野や熊 息を切て欠来り 秋夜様是に 最前作平が贋筆(にせひつ) 邪智深き臺七

必油断は致すまじ と両人得ゟ申合せ 互に争ふ狂言の楯 直ぐに常悦の御宿所へ参り則用金

 

三百両 跡金明日持参の上 宮城野殿は見受致さん 金子は是にこざります 「嶋」ホゝ常悦殿の宿所迄

行戻り二里余り 半時かゝらぬ其内にいだてん走りは聞及ぶ 日に三十里行道の達者 ホゝ熊川三平出か

されたり/\と 「新・㐂」褒むる詞に作平多嶋 臺七此場を逃帰りし上はいかゞ致し候はん 「嶋」イヤ此場を遁れにげ

さりしは 只敵討の用心斗 先ず宮城野が手附三百両亭主へ渡し 跡金は明日迄と申されよ 「紋」宮城のか

見受の金 是へお渡し下さりませふ 「嶋」イヤ何其元は御亭主か 宮城野が身の代は六百両とな

則手附三百両 両人ソレ 御亭主へ渡し召れ 「㐂」ハツト答へてならへる包 「紋」何心なく立よる惣六 「㐂」

油断を見済し切込多嶋 「紋」身をかはして鍔元しつかり コリヤ何するのだ ハゝアコリヤ又五町が茶ばん狂言

 

 

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のけいこか 真剣ではヤあぶないと 突のくる間も「新・真」両人か一度にぬいて切かくる 「紋」エイとさそくに

蹴上る畳み 我身のたてに飛鳥の早わざ 「嶋」ヤレ手の内見へた過ち有な旁(かた/\)先ず引れよ

「三人」ハゝア 「嶋」ムゝ扨々驚き入たる御働 隠してもかくされぬ新田家の浪人 嶋田三郎兵衛殿と

とくゟ知たり 何とぞ南朝の御味方と成り 我々が大望の片腕共成給はらば 常悦も祝着致

さん 偏に/\お頼申 「紋」イヤ申大望とおつしやりまするは コリヤ夜具でも拵へるか 新造でも

お出しなされますか 爰は廓諸人の入込 漏るも安し何をおつしやるも皆酒の咎 私は亭主

客衆の事は存ませぬ 又本名とやら俳名とやらを明かすも時節が御ざりましよ 何にも聞かぬといふ

 

証拠は コレ誓紙の文言 宮城野こそで読で見や/\/\ 「千」ヤアコリヤ私が年季証

文じやござんせんかへといふに欠出る妹のおのぶ 「紋」惣六は引とらへ 小媚(みめ)のよい故詞付もな

をしたらと思ひの外 此不器量ではなをるまい 内に置ても高が腰元 宮城のが受

出された銭(はなむけ)に付てやる 随分目を懸遣つてやりやれた 「千」有難いお志 お礼は

詞につくされませぬと 伏拝み/\兄弟悦ぶ有様に 「嶋」何妹迄も添られては

此方も痛み入 せめては残りの三包を 「紋」イヤモ其三つは捨鐘の モウ九つの鐘も鳴 コレ宮城の 夜更ぬ

中に早ふ行きやソレ 「千」コリヤ大門の切手エゝ忝い 「紋」礼には及ばぬアレ引け四つのアノ拍子木