仮想空間

趣味の変体仮名

当世芝居気質 巻之四

 

読んだ本 https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_00654/index.html

 

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当世芝居気質巻の四
 ①作者の一巻さづかりしヒウドロ/\の仕組(しぐみ)
道頓堀の因果経に曰く 人間の捨て所野等(のら)の塵芥(ごもく)
場(ば)は作者とむべなるかな 就中歌舞妓作者
わき出るは 娼家の小息子 下手俳諧士 ならず
学者 医者の成ぞこなひ 坊主落 いづれ銭なし
の野等ども也 さりながら作者とつい云へばいふ
ものゝ立作者となるはのらではねからなられず
上根(じやうこん)と気転となくては叶はず ほい/\作者
にはなりやすし 立作者にはなりがたし されば
才覚気転をめぐらす事は楠孔明も礼銀持て


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ならひにくれど 其文盲なることは今時の医者に
ひとしく 素人がものしりのやうにいへばわれももの
しり顔でかたことだらけの仕組本役者のいひ
ぞこなひにぬすりつけ けりやう文盲でもすんで
とふればこそ うだら/\せうもなひはなしする
まにかたかな本なりとよめばよけれど 地が野等
氏(うぢ)なり 銭つかふにっもかん/\坊 貧乏苦にせぬ顔は
荘周が涸轍(かくてつ) 顔回(がんくわい)が一瓢の飲(いん)にはりあふたる貧
楽の高まくら あはれ聖人の心に叶ふ身持は作者
なりと 仇口もせんかたつきた産業(すぎわひ)也 爰に瀧田
治蔵とて道頓堀よりわき出たる異物あり 天晴

作者にならんと心はやたけに根気をくだけども
中々狂言のがつてん仕ぐみのあんばいめつた無性
役者さへ得心すればやれうれしやよい狂言じやそふ
なと我作ながら善悪見えず 初日が出て舞台
へかけて脇から見ると いかふも役者が下手くそ
作者とこき出したやうにしかるも尤 仕組がずれ
たり 又はうまみのない狂言なる事気がついて どふ
ぞ此事を机の上でがてんのゆく工夫 役者のつ
かひやう座組によつて狂言の案じかた仕組やう
急にのみこみ 三ヶ津一番の作者とよばれ
たいと 一心不乱こりかたまつても力業(わざ)にも及


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ばぬ所に当惑せしが ふつと心付独木(どくぼく)は鄧林
の茂きを成す事あたはずといふことあり 万事一本立
では立身ならず人の工夫をとる中に我才覚も
出来るものなり 幸中興の名人日の出の作者並木
宗右に付随ひ仕組の稽古せばやと早速宗右
方に馳ゆきかりに師弟のちぎりをむすび 上手
の案じ所役者のつかひかたに気をつけ余念
なく執心なりし 一とせ顔見世の座組出来
かゝりて銀主の変改(へんがい) 一座さらりととけてしまふ
所を 宗右きつて出て我は無給にて表の歩銭(ぶせん)
を取べし 役者もよりあふて興行せん 芝居

一間出来ると此くるわでよほど人ののだつ事と
かけまはつて相談するに 役者も外聞旁尤也
と俄に顔見世番附をこしらへるか 狂言を案じ
るやら座払ひの銀子(かね)工面やら 上分の役者は本
給の内八分のやみきり 中通(ちうどを)り部屋はやし方は
初日の晩に六分 三日めに二分 十日めに又二分で
本給丸ばらひと定めどふやらこふやら初日も
ふいごまつり思ひの外にはんじやうせしかば 役者
もくつとのりが来て二の替りの新狂言冬の
内に出そふと相談かため 宗右は夫より取こもり
治蔵を相談相人(あいて) 其外ごら/\作者二三人 膝


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ともだんまうひとりはなしはならぬ道理 用に立ぬ
作者もそれ/\にかゝへおくは宗右が大腹中 かの
楠が泣き男かへしも大将の器量 それに付したがふ
治蔵しぜんと役者のつかひやうえてする事も
ありし ゆだんせぬ作者に精出す役者ともち
あふて二のかはりの評判よく 注連(しめ)の内より大入
治蔵つく/\゛思ふやう 浄るりの作は素人が作つても
出来るはづじや 太夫が節つけてかたりさへすれば
マア浄るりになるといふもの 素人作はあやつりに
かゝるかゝらんはあのくるわの妙も有ふが 死物の
人形浄るり本で諸事さばけて通る こつちは

役者といふ手にあはぬ人間をつかふ事じゆうに
ならぬはづじや 是をおもへば歌舞妓と浄るりの
作の懸隔(けんかく)する事をおぼへたり 全く並木の林
に入りし徳 まことに勧学院のすゞめ作者の
飯くはねば作者になられず 素人より出て
歌舞妓作者の上手はなきものと感心の余り
いよ/\道の妙をさぐり行んと修行しける
程なく三のかはりの相談 しづか成る貸座敷に
せうと宗右がさしづ 座敷をからふにも奇麗
な所は宿(しゆく)賃高し より合芝居のかねも出し
とむるゝ 濱屋舗(はまやしき)の明家(あきや)家寺(やもり)を調子にのせて


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たゞ借り古畳四五畳に茶びん風呂に真黒な
羽釜かけ弁当持よりの狂言の相談場 元より
河岸へ掛出したる濱屋舗のあれ地 下は物置
納屋しまりの戸もあばらにやぶれ損ぜしすき
間より吹上る下屋風 根板(ねだ)の上には作者の
めん/\せんべのやうな借りぶとん身にまとひ まだ
きさらぎの余寒もはげしおばが心をだきし
めた小袖を嶋までめさるゝとはなうたもおど
ばなしに夜もふけ四五人がそれなりけりに
まろび寝 いとあはれなるねすがた寒さ空腹(ひだる)さ

こたへられずぬけ出てかへるもあり 心やすきかたへ
酒のみにゆくもあり土妓家(こそや)へかまりにぬけるも
有り 残るは宗右治蔵両人狂言工夫につかれ
ねの枕元 治蔵/\とよぶ声にふつと目さま
せばヒユウドロ/\にて四つのたましい宙にぶら
ついたり治蔵きつと見てがてんゆかず 舞台で
遣ふ樟脳火の人だまは見なれたれど是はまさ
しくさしがねでつかふにあらずたゞしばけ物
屋いきかかゝるはんくわの地に狐狸のすみかも
めづらしい何にもせよハテ希有な事を見るなァ
とねながらまし/\ひとり言 おろかや治蔵われは


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まことに

とをり じや

けつかうな
一くはん かな

さて /\
おれき /\の
御らい りん
有がたい/\


8
これ並木宗輔松屋来介じやわやい 是なるは姉川
新四郎殿藤川半三殿役者にて名作者なる事
そちもよく聞知つたり 我々四人が来からはそちに
作者道の秘事を伝へんため極楽芝居の休みの
間にかりにあらわれきたれりと 子トリドロ/\は
芝居のやうなれど 何にもせよ作者の秘事を
つたへんとある四人の名作者達いかなる大事か
つた給はらんおしえくだされかしとはじめて
尻もつ立てうやまへば さもそふず/\此道
に執心なるそちが心をあはれみ立作者となる
秘事の一巻ひらき見てとくとえとくせよ 併し

ひや酒をのんで半途にして根気をやぶる事なか
れと 云かとおもへばどろ/\/\火の玉は四方に
なくなり上からぼつたり落たは一巻なり 治蔵
はじめて悦喜の眉一巻取て押いたゞき四人の
作者は四天王其秘事なればさぞや/\張良
黄石(くはうせき)公に一巻もらひしは唐土の下?(かひ)の橋の上
是は日本道頓堀の空き家の内 エゝ大願成就忝な
しと其儘ひらき見るに 大文字にて第一気転
第二大胆第三上根第四記憶第五堪忍
と斗書つけ外になんにもなし 是はなんの
事じや秘事でもまつげでもない ハテかはつた


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事を書た物じやとあざける体相に宗右むつく
と起上り さいぜんよりのあやしみねた体にてと
くと聞たり そちはまれもの故人の生霊に伝(でん)を
うくるとは作者道に叶ふたる仕合 我もあやかる
ため其一巻いたゞかしくれよとあるに治蔵
猶もがてんゆかず スリヤ此五ヶ条が先生のいたゞ
くほどの名語でござりますか いかにも/\先ず
第一に気転と書たは作者道の肝要 たとへば
ふるき狂言を仕組あらため新しく見せるが歌
舞妓 其中において役者のつかひやうを工夫して
其場のもやうを目あららしうしぐみ時々の見物の

悦ぶ穴をとらまへ所にさだめ狂言をとりひろげる
時は一日はでにして役者によくあひ面白かるべし
さればこそ大坂狂言は京に手しぶくて見物の
気にあはぬ所もあり 又京狂言は大坂では一向
手ぬるし 江戸狂言はきる物着て帯せぬにた
とへいづれもそれ/\の気転第一なり 第二大胆
とは肝がふとなくては仕組になつてゆきつまり
どのやうな上手なる役者でもなくやくそに思ひ
丁稚小女童(こめろ)つかふ心にて仕ぐめば机の上よくみへ
役者じゆうにつかはるゝ物也 第三上根とは下根(げこん)では
上作者にはなられぬといふいましめ也 第四記憶


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とは物おぼへのよいおと 今あやまつて気丈なると
取ちがへおぼへたるは作者の文盲がしれて心はづ
かしし 古(ふる)狂言をよく覚へまへ/\の上手の仕組
をとくとがてんしいる時は舞台机のうへに見へ
て役者にはたらき付やすし 第五堪忍とは作
者の心入れなり 此道によらずよく堪忍するもの
は立身出世せしこと古今芸者に限らず 就中
操り作者とちがふて口からさきへ生れたる役者を
相人(あいて)にする事 くそかすのやうにいはれても腹立
ず 狂言本打付てこんな狂言がなるものかおのれ
して見い ひりくそ作者の給銀盗人めと悪

たい云はれてもあんとも思はず 又は惣々こぞりかゝ
つてあほらしい狂言じや 是をおめ/\とよふ本
よみがしられたことじやとたとへたゝかふかはりま
はそふがへちとも思はず 堪忍して幾度(たび)も修行
じやと心得しかられた顔もせず 仕組あらためて
役者の穴をとらへるが肝心腹立たり口惜しいと
思ふ心有ては此くるわにすまぬがよし むかしより芸
者根性といへば今さらのことにあらずよく/\堪忍
をまもるなり 此五ヶ条は名作者の性根魂なる
事 先師並木宗輔口授(くじゆ)の異見 おれが心魂に
えり付置たり 然るに今まのあたりのふしぎの


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一巻授かりしは天晴上作者に成べき前ひやうたの
もしし/\と逐一に理害をとけば 治蔵ほとんど
かんじ入やゝ有て一巻懐へねぢこみ物をも云はず
根板(ねだ)ぐはた/\/\空き家の戸蹴立て飛ぶがごとく
に立帰りけり 宗右跡に片頬で笑らひ あい
つは何を思ひ出しおつた渡辺の姨(おば)に成ッて
是とらふばかりじやと破風蹴やぶりけしき
はてなァと 夫より案じかけのもやうたばこと
相談しける 扨治蔵はそれより謀叛をおこし
師匠と頼みし宗右を敵にとり昼夜根気
をくだき五ヶ条の法を守り わづか三年の内に

一方の大将となりしはゆゝしき嗚呼(おこ)のものなり
なれ共命を的に仕上たる作者ゆへつかれたる
ごとには茶碗の一つこくのみ 冷酒(ひやざけ)のとゞこふり心(しん)
の火をけづりついにヒユウドロ/\になりしは其
身の本望とやいはん もと治蔵が立作者と
なつて名を上たるは作者道の秘事の一巻
所持せしゆへとかね/\゛沙汰有ければ治蔵が
息引とるといなや ならず作者のめん/\悔み
にゆくを付たりにて かの一巻をうばひとらんと
なくなみ 我一後家をたらし込み彼一巻いたゞ
かしくれよとたのみ 取出し見せる所を互に


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ばひ合つかみ合 何が書て有やら血眼になつて
喧嘩最中の所へ宗右のら/\と出来り おの/\
さなせそ/\其一巻の因縁いわくおれがいふて
聞そふ 元来其巻物はおれがこしらへて其夜
芝居の魂をつりおろし家根(やね)から付声にて
いわせ 一巻を雨のもる所よりほふつてやりしも
きやつは上作者に成べき性根魂(だま)を見すへ心
をはげませし計略 鬼一法眼の三段目の趣向
うつむけしと咄を聞て皆々ハアンと喧嘩のこし
もぬけ 作者はじめてがてんがいたかゆかぬか
ましくし/\

 ②囃子方の工夫を付けし行列の鳴物
芝居の系図書に云く囃子方の先祖は武士の
浪人多しかるがゆへにたゞの人にまじはる事を
うつとしがり立者の下にさがるを無念なる体
もとより部屋中通りの役者に目もかけず
此別世界に漂泊して天にも付かず地にもよ
らず宙にぶらりと仲間同士内証の式目立()たて
て云出した事立ぬき 頭取の手に合ず 銀主を
へちとも思はず 何の事やら我ばつかりよがる
慢心 作者のあつらへる相方は何をぬかすやら
といふ目づかひ意地わるくいやがらせ 顔見世の


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祝儀は一番にぐずり 揃の衣裳出さぬ役者をご
もくから湧出したやうにけこなすは武士の浪人
偏気(かたぎ) 殿の衣服を拝領したる癖かやまざりしと
なり 其囃子かたと名号(なづけ)たるに歌うたひ三人
三絃方三人 小鼓 大鼓 笛太鼓とそれ/\に芸
の品かはれば心もへちもの一流男奥村孫左衛門
とて片意地ものゝまけおしみ 大酒のみの肝積(かんしやく)
持あり 芝居不見(みず)の守(かみ)といふお大名の用人なりし
が 武士の武の字もしらぬ文盲なれど 見るを
見まねに大小右にもさゝず人並の侍顔 年に
不足も内証芸は芝居事 江戸詰の間がな

隙がな堺町木挽町吹屋町の芝居手代に近付き
出来 入こむ身持は役者を見ならひ 兵法の替りに
あら事のけいこ 弓鉄砲の替り太平楽を舞あ
るき 馬に乗た事は一生に二三度 若衆には毎日
輪乗り曲乗り妙手の名とり たま/\傍輩(ほうばい)に
道中であへば工藤左衛門祐経どれへゆくまてろ
やいと役者の声色にて呼とめ 朋友に行ちがふ
ごとにさらばだアとにらみ 我屋敷を出る時もご
ろつく/\と太鼓うたせ 家来供せいやいヂヤンと
口三絃の相方をおぼへ 余念たわいなく此道にしみ
こみ 惣領には笛二男に小鼓三男大鼓 其下々は


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歌三味せん 末子に太鼓をおしへ 我屋敷の家中下
女はしたまでそれ/\の役々に歌舞風流の舞
をならはせ 拍子木チョンとうつと向ふ玄関は返し
道具松原の体になり 泉在の亭(ちん)座敷も突出
しの打ぬき道具の見へとを普請の好み 客来(らい)
の出入に歌三味入れ あるひは鳴物入のはやしに
なり 諸事芝居の模様どり 評判の男なれば
殿にも異人稀有もの也と 或時孫左衛門が屋敷へ
潜(ひそか)に御入有て何なりと芝居ものいたし見せよ
との御意は得手に入 畏候といふよりはやくよう
意致さんと奥に入るをしらせの拍子木ちょん/\

の音にむかふの襖一めんにつり上れば 後の二重舞
臺せり出す也 一めんの綟子張(もじばり)の障子 座敷は其儘
芝居の舞台となり 殿の御座の間も次第/\
にせり上桟敷となり橋がゝりより惣領をはじめ
十人の子供ののこらずはやし方となり長上下に
て出て舞台へづらりとならぶけしき 殿も御
機嫌うるはしく奇妙/\と手を打て悦び給ふ内
より殿様のお入りと高声に呼はるをきつかけとし
て鷺のはしを渡したりやそふよの/\と太鼓入の
狂言諷ひになると 孫左衛門爰ぞ一世のはれわざと
烏帽子素胞大名の姿 うかれ調子になつて


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嬪の肩にかゝり正面に出て少々狂言おどけありて惣
領がヒイと呼出す 末子がテンと太鼓のかしら 乱拍子
の伝授事のむちやくちや 三男は親の足に目を
つけ息をつめ 親父がとんと踏む音と一所にイヤア
とかしら入ると 歌三味せん かねにうらいがかず
/\ござる先ず初夜のかねをつく時は諸行無常
是生滅法な所作事の内に ねとり吹出す舞台
さきへ一めんに樟脳火のたましいもへ上ると 孫左
衛門めつたむしやうにくるしむ体 歌うたひは大焦
熱のくるしみ中々おそるゝけしきなしと歌
占(うら)にかゝりさま/\゛おどりくるふあほうらしさ

殿は一向がてんゆかずはるかに声かけ まて/\
孫左衛門中村冨十郎がかねにうらみの所作事は
聞およびたれ共くるしむ体何といふ狂言だと
仰に孫左衛門 是は私が振をこんたん仕直し女形
を立役にて紅蓮を入れ 大名の火にくばつた
をお目にかけると汗水になつて申上れば一座も
どつと大わらひ たわけがかへつて大名の気に
入りそれより殿も歌舞風流をこのみ給ひ芸
者作者をかゝへ孫左衛門があくちやりを度々御覧
ありける もとより調子もの一芸一能用ひれず


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いふうな
きやうげんじや

よういたし ます

あぶない
しよさ ごと かな

のふ/\ あつや
くるしや
ものとも
きたれ /\


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といふことなしとはおれが身のうへ 気の取りぐるしい
殿の御機嫌にかなふはまさしく侍冥理 是を思へ
ばまそつと年よらぬ内にけいこして置けばよき
ものとぞつこん思ひつめ 太平の代の忠義ものは
我顔にあつぱれ芸者ともいゝつべき左扇 此度
殿にはお江戸詰の道中 なんなりと新物を作意
して御きげんにかなひ加増頂戴せんものと 御出逹
の日限相きわまるをあいづ道中筋一端たち用人
の格式はどこへやら 我駕はさきへまはし宿入お休み
所の先をはらひ世伜どもに一やうの半上下 かゝへの
芸者も一列にさみせんを弾立させ 我はめれんの

まき舌にてあつぱれ芸者顔 調子はり上げかゞとう
ぶんつけ手さきをそろへおとがいつき出ししてこめ
さァ ちんち/\つんつ/\とやつこの道行かたり
出せば行列の人数(にんじゆ)もばかなことはおもひながら
かねて孫左衛門よりふれしらせある事なれば
殿様より仰付られし御遊興なるかと心得 お先
手をはじめ臺笠立笠大鳥毛 対の厚総(あつふさ)ふり
立て かざり馬の足どりまで三味せん浄るりの調子
にのり ハリワイサ是はいな シテコメサと爰を大事にめし
びやうしそろへしさいらしく振る手さき 見物くんじゆ
おびたゝしく前代未聞の道中行列芝居不見(みず)


18
の守といふお大名とはいはねどしつて女子子供まで
とり/\゛評判風説まち/\也 殿の耳より家老
堅蔵 コハけしからぬたわけ言語に絶し一から
狂気(きちがひ)の沙汰 早速孫左衛門を呼付け年にこそよれ子息
までともに乱気いたしたるか 折あらば雑芸の義
きつとさしとめんと存ぜし所今日の体たらくは
何事ぞとにがりきつたるぶ首尾 孫左衛門は酔たん坊
貴殿は大きな野坊(やぼ)だ ちんち/\つんつ/\の三味
せんに引立られ長道中のうさをわすれ拍子に
のつて足はかるふなる其証拠 今こゝで貴殿も
下拙が口三味線に合しあるいてごらふじ ちんち

/\つんつ/\ 是此やうにあるきよいと身ぶりをし
てつくしかくれば 家老のやんぐはんまだ/\たわけ
千万大小此方へわたさつしやれ 何じや大小わたせとは
取所のないたわけ 追放申付よとある殿の上意
ヤアそんなら今までたわけ物にして殿が一ぱいおれ
をやつたか こまごといはずと大小わたせ エゝ聞へたあ
ほうばらひも芝居の格殿に一ぱいやられたかはり
貴様なりと意趣ばらしけたいがわるいと云さま
拳ふりあげて家老のあたまをくはんとはりたをす
やれそれ狼藉ものと近習が立さわぐを浪人する
からは主でもきあでもいま/\しいとあたるを幸


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はりたをす酒の酔 其身其まゝ十人の世伜つれ
ついと欠落してたくわへなくほんの浪人 くはねど
高やうじの呑込てのない呑助往来の人相手に
店屋(てんや)の居つゞけ 息子共が異見すればわいらが異
見聞ほどなら浪人はせぬはいと くだまきちらして
りくついゝ 藝は親をたすけるとは時節到来
いらに囃子歌三味線をおしへ置しは深き計略
某浪人するといふ事未然に察せしゆへ也爰ぞ
芝居のはやしかたに成ておれを一生のまし殺せ
子を見る事親にしかず 十人の世伜に夫々に役付け
置たりいづれ木挽町堺町吹屋町に立別るべしと

しかつべらしくずだいぼう世伜どもを囃子方に出し
われは其余情(せい)にて昼夜なしのいびたれ酒 堺町の
座敷がりまだまけおしみ表札は奥村孫左衛門
いかさま浪人めきたる表つき喰代(くひしろ)だけは持て居
よふと目利ちがふぬす人どもある夜の雨上り門
口めき/\こづはなす 音に目さます孫左衛門ソリヤ
ぬす人じやといはんとせいがまてしばし 某が
浪人誰しらぬものなら それをしりつゝ押よする
盗賊共すべではかへるまいさはいじぇこわいが腹一ぱい
歯の根もがた/\ヤイぬす人め此家(や)を誰とか思ふ
らん 遠きものは音にもきけ 近きものは家札でも


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よんで見よ 奥村孫左衛門といふ武士の浪人兵法
たんれん剣術武芸はねつからしらねど芝居のあら
事一通りには妙を得て太刀打棒つかふ事は韋駄
天の孫左衛門 とくかへらねば目に物見せる たゞし日本
橋の水ざうすいをくらはさふやなんと/\と心はあつ
ぱれのゝしる気 声はわな/\よわみ見せじと手に
あたる越中ふんどしちまきにして棒打ふり ばつた
/\其音にぬす人共起てけつかるそふなと逃
うせける 女房下女もふるい/\ もうぬす人はいにやん
した ヤなんじやぬす人はいんだかもう鉄壁じや 一旦は
武者ぶるひも名将に有ならひおのれ遠くはゆくまじ

某が浪人の手なみ知らさんと棒打ふりあてどなしにかけ
出す形(なり)は丸はだか 女房がふつと見て旦那殿其なりはみつ
とみない褌(はだのおび)をして行なさいも尻に聞じ 下女と女房は
こけあるひて大わらひ 跡からねまきなりと持て行く間に
孫左衛門おのれ盗賊どつちへうせたとうろ/\きよろ/\
あらめ橋にさしかゝり四方を見まはす内に夜はほの/\゛と
人顔も往来隣人が孫左衛門が体を見て気ちがひそふな
と見る人もすれあふ人もにつた/\ 何をわらひおると
気もつかずのみとり眼に棒つゝぱつて立たる所へ 芝
居名代勘左(かんざ)通りあわせ此体を見て大きに吹出し
孫左衛門様ふんどしもせずに何していさつしやると


21
顔見合せ はじめて気がつき片手でちやつと前をおさへ
サア是はあんまり急にたづねにやならぬおとがあつて フン
其急にたづめたいとは何事 サア火事はどつち方角
じやお手まへ様は御存ないかとぬからぬ顔 たがひに見
あわせハゝゝゝ笑ひのたねが咄のたねになるもめで
たき春の初芝居 此くるわのかた気長言御たい
くつ まづ此本は是までどろん/\/\

安永六丁酉年正月吉日 寺町三条上ル町 菊屋安兵衛
 
  京師書林
当世芝居気質巻之四終