仮想空間

趣味の変体仮名

男色大鑑 第八巻

 


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男色大鑑 本朝若風俗  第八巻

 目録
「一」夢に色ある化物の一ふし  二丁目
神子(みこ)の口もあはぬむかしの事
藤田皆之丞勝手屏風の事
女の心たまやねをとびこす事

「二」別れにつらき沙室(しやむ)の鶏  七丁目
八人ならびの長枕今は夢になる事
一盛はよし野増りの顔見せの花の事
峯の小曝し豊なる身持の事


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「三」執念は箱入の男  十丁目
菱屋が二階座敷恋にのぼり客の事
冬も数かさなり千体仏に張らるゝ事
竹中吉三藤田吉三思ひを一?の事

「四」小山の関守  十六丁
下戸も上戸も付けざし嫌はぬ事
山本左源太身請の首尾の事
上村吉弥よい子に極まる事

「五」心を染し香の図は誰  二十丁目
大和屋甚兵衛が定紋の事
芸子は今が盛大臣はすがりの事
若衆好きの目からは美女も隠元豆と見し事  目録終


 声に色ある化物の一ふし
やあら目出たや靍は千年亀は万年。東方朔は九
千歳と。年越の夜の厄払ひが高声。老の浪立つ敷寝の
舟の春にちかづくをおどろき。曙はかはらぬに若水といは
ふて顔洗へはとて。寄る年のよらずにあるべきや。殊更
縁遠き娘の親芸子の親かた。数折いりまめに又ことしの
暮けるよとつねの人よりは一しほみぬ。いづれ若衆の盛
四五年の花代おもへば詠めるうちのせはしかりき。女程久しき
はなし願はくは女がたの藤田皆之丞を。生きながら女にせまほしと
いふ人あまたなり。此廣ひ都に女はいかなるも有人の沙汰しけ
るは。是をわる物づきといふ、同じくは稀なる若衆に女の
まねびさへうたてかりといふ。此道をすけるからはそれ程に


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なくてはなり。皆之丞か?擒(うつくしげ)なる風情。先はかづら顔雲
まの月わづかに出るに異ならず。まなざしは玉芙蓉を欺
き。言葉は巧にして然もやさしげに。萬の事ひとつ
として下に見られず。皆上京の御車の前後に有
し宮女の男めづらしき。やうに思ひめぐらしたる舞
台つき。偽りをまことに見なし情しらずもいたづらに
はなりぬ。男よりは上臈衆に思ひとまれめいわくせし
事幾度か。され共かりにもあらざらん事一生かたくな
かりき。風俗地衣装の外に替りて。黒羽二重に白小
袖かさねて見る事もあらず。一度に肌着も十の数を
拵ゆる事今の世の勤め子のせぬ事なり。是みな小平次
宮ことなる物すき。川原の水ぎは立てしほらし。此美児(びせう)

難波の大舞台。松本名左衛門が草も木もなびけし時。
はじめての出姿梅はつぼみにして匂ひふかく。春やむ
かしを忘れずに指に結びし二また竹の縁にひかれて此
君をつれて天王寺の彼岸に参詣(まふで)ける。其友とせしは浅香
主馬(しゆめ)なと都の殿とつれぶしの小歌に呑掛け。此酔の浮気に
神子町に行て沢井作之助かなき跡を梅の木のこさんに口
よせさすもおかしくかなしくとふてたもつて嬉しやといふ
時ひそかに爰を立のくさりとては義理にも涙はこほれず
仕組狂言に泣く事是を思ふに身過ぎ程かなしきはなしと
上村門之丞西川市弥なとか舞台子の時申せし事是
斗は至極と大笑ひして。其春の過ぐるも夢なれや。芦
の青葉の風も住なれし浦のめづらしからず。京の風


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ゆかしく涼みにいさと。さそふ水茶屋の後家が見せにて。
かり初めの談合しまりなしの七十郎。云出すからは跡へも
先へもゆかぬ石車の伊右衛門。太鼓はもてと地はなしがなら
ぬ/\と立行に。江南の浅瀬に水覚舟をよせて。大臣は
勿論かせさゝより是盃踊。右から左へ移る間に夕くれはや
く石垣町につきぬ。大靍屋か二階より見わたせは都とは
爰の事なるべし。京の人にも目鼻あり。大坂とても手
足はかはらず。小判は爰にもおといてはをかず。別に替つた
やうにも思はざりしが。所せきなき深み床にゆたかなる
女まじり。いづれかいやなる風義はひとりもなく。目に正
月をきせて。錺り縄の染出し明衣(ゆかた)。御所ちらし千筋山
つくし曙嶋。幽禅が萩のすそ書。白袁が若松。色々の

もやう好み素人目にはあだに見るらん。此夕べ祇園殿さぞ嬉
しかるべし。先すゞしめの神楽仕合せの木工(もく)右衛門に小語(さゝやき)て。
人顔の見えぬ時女中のちかき程にに床をなをさせ。皆之丞を
さそひて紋なしの灯提(ちやうちん)に面をそむき。若衆みな/\
丸袖の羽織おかしく。夏頭巾の山はさながら錦を夜か
ぶりてかふらせ。あらけなき作り声は狂言作りの平
兵衛もそれとはしるまじ。是も乱酒になつて与左衛門
がわすれて君の名をよび。あらはれわたる宇治の川嶋
数馬。浪に色ちる玉本数馬。連れ引きの撥音しづかに歌山
春之丞も悪(にく)からず。詞震(たはふれ)のかり枕すこし夢見るうち
にも。親仁の精進日はわすれず。宵の鮓に驚き口すゝ
ぐなど心ながらおかし。後の世もまはり遠し。近道におも


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(挿絵)


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しろやと云所へ。夜の編笠は忘れものいたり床にしかけ。伽羅
の焼辛(たきから)くだされませいと都なれや花車(きやしや)なる物もらひ。気
を付て見しに花咲佐吉なり。色ある床を見に廻る為に
やといへば。大笑ひして今宵は見る程の人みな悪女なり。同
じねだんにて醜きかたに床を借すはしばしなれ共因果
といふ。汝見残し有べしと俄に末社の商口(あきないくち)火桶は/\
と染(すみ)の頃売りもかはり物。御慰みになる碁の相手一番三文づゝ
てまけにうちます。かみさまかたの白髪を月夜頼にていき
ます。お若ひ衆に喧嘩の相手は入ませぬかと。声々さはぎ
まはれど石流(さすが)おさまりし代のためし。誰かまふものもなう
相口はおとさぬやうに。扇ばかりの風に身を楽しみける。此静
なる人心銀溜めて引込み所爰ぞかし猶水上(みなかみ)をながめ行し

に三条の橋よりかみに世間なれての床涼み。備前焼
の茶瓶天目ひとつ。此外に盃も見えず皆分別らし
き顔つき。洗ひ帷子の尻をまくりて座して。二十一間
のそろばんはぢき。酒肴茶たばこ大かた中つもりにし
て何程と。涼み中の入用を勘定して。是を遊山の種と
す。さても隙有男こんな事にて大事の京をせまくな
しぬ。芸子の集礼(しゆらい)は大分の事を算用には入ぬかと。指さし
ておかしく。立帰れば。夜露もふけては袖をいたはり。ちりぢ
りに床帰り。人の山もはしめの川と成水の音のみ次第に
淋しく。京の岸根に役者の声ばかりそこ/\に残りぬ。坂
藤十郎が一組藤川武左衛門が酒友達。嵐三郎四郎も機嫌
にして夜半の鐘に明日の舞台勤めを思へば。身しる川風に


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声をとられなと立行。其跡八十三夜の月東山を我物にな
し。松の梢を照りのぼれば。四条通りを蚤の飛ぶも見えわた
りぬ。兎角は寝てのたのしみと大臣は銘々に児人を慰み
残りぬ。ぬれの相手なしの身は宵にかへらぬ事をいふて
は悔み。同じ蚊屋に生き男斗のならべ枕別して口惜かり
き。今からも陰子隙あらんと思ひやられおかぬ棚をま
ぶり石垣町のともしびに姿の障子に移るを。それこの
もしげに見しに立つゞきし茶屋の棟よりうつはしき
女の絹縮みの広袖に黒じゆすの前帯。髪ときすて中程
をかいむすび金の房付団(うちは)をかざし。思ひよらざる風情
晴たる月に不思議晴がたく。独りも魂はなくて心に観音
経など読みてしばしあるに此姿消へもやらず軒端にちか

よりて誰とはしらず人をまねき情しらずと云に
ぞ。うたがひなく恋とはしられける。をの/\身に覚えなく
胸のさはぐ中にもこんな目にあふ事ならはと思ふ。かの
女もだへてせめて言葉のかへしはないかと。泪袖をつた
ひて白玉を数にくだきし。我ながら我文をなげつけし
に上書きに多古の浦袖さへ匂ふと有しは。皆之丞への思ひ
入一しほ哀さまさり。せめては盃事よと太夫に無理の
まして。軒口になぐれば。女嬉しけにいたゞき。間なくなげかへ
して爰はから盃ながらお一つと。やねよりうたひし
小歌の声。此あたりにかくれもなき。井筒屋のお娘(むす)か有
移りによくにたといへり。とがむるにも非ず其まゝに明け行
空の名残男女に限らすかく思はるゝは。此君美しき徳の一つなり


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 別れにつらき沙室(しゃむ)の鶏
鼻は人の面(おもて)の山なりと古詞(こじ)に申伝へし。男女にかぎ
らず高下あつて。思ふまゝならぬは人の顔つきぞか
し。むかし末摘といへるもすぐれて鼻醜かりしに。
是も美女となんいへり。それを思へばふたつとりには。
ひくきより高いに徳の有べし。鎌倉新蔵も童戯(とうけ)な
ればこそ人も見ゆるせ。昔日(そのかみ)松本名左衛門中頃に
宮崎伝吉今の峯の小曝(こざらしいづれも美少人其時にいた
りて。花はさかりの客に悩(なづま)せ野郎の仕出しに。姿をうけ
て呑つる事今も身に添てわすれがたし。中にも
此人役者子ともの手本よき衣装を着はじめける。此事
千里(ちさと)までもかくれなき虎膚美鵞兎(びろうど)の羽織ばつと

沙汰し侍る。勤子の唐織を着始めしは是を手本にイロホ形
小紋袖をあらそひけると。平川吉六もあつて過たる
むかしを思ひ出せり。其時は名に橘の小嶋妻之丞彦十郎と
いひ。小野山主馬は宇治右衛門とてこはい顔して今参の見物
事になりぬ。それらのみ三原十太夫柴崎林左衛門沢田太郎
左衛門桜井和平などみなこんつよき立役つとめけるが
これらもむかしは若衆ならめ。岩倉万右衛門松本文
左衛門山本八郎次。かづら姿見し事を思へば久しき
事にはあらず。松本間三郎も小膳といひしに。今はか
か方の太郎次も置き綿時々の所作とて。かくも移り替る
物は狂言役者染之丞は惣兵衛となりて世をわたり。常
左衛門も以前に見違へ梅之助は六左衛門とよばれ主膳は


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六郎右衛門と云男になり。庄太夫が三味線も死ぬれば聞
す。沖之助が事いひ出すものもなく。是を思ふに一目も浮
世ながら住めるが徳なり。慰みさま/\見たり聞たり十
種香すたれば。力をも入ずして楊弓の星の林夜は又
はるかなる音羽山の鈴虫相坂(あふさか)の轡むし。住吉の松むし
篭是も秋のすえより。螺(はい)つくはやらし和朝(わてう)にある
程の事を。色品詠めすくし沙室の鶏合はせいさぎよく有
時小曝し沙室の鶏をあつめて会をはじめける。八尺四
方にかたやを定め是にも行司ありて。此勝負をたゞし
けるに。よき見物ものなり。左右にならびし大鶏の名を聞いに
鉄石丸火花丸川ばたいだてん。しやまのねじ助八重の
しやつら磯松大風伏見のりこん。中の嶋無類前の鬼丸

(挿絵)


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後の鬼丸天満の力蔵かふの命しらず今宮の早鐘
脇みずの山桜夢の黒船髭のじゃんくはい。神鳴の孫介
さゝ波金碇。くれないの竜田今不二の山。京の地車平野の
岸くづし。寺嶋のしだり柳綿屋の喧嘩母衣(ぼろ)。座摩の
前の首白尾なし公平。此外名鳥かぎりなく其座にして
つよきを求めて。あたら小判を何程か捨ける。小ざかし
心にまかせ三十七羽すぐりて是を庭籠(にはご)に入させ天晴
此鶏にまさりしはあらじと自慢の夕よりにくからぬ人
の尋ね給ひ。いつよりはしめやかに床の内の首尾気遣ひ
し給ひ明がたより前に。八つの鐘ならば夢を惜まじし
らせよなど。勝手のものに仰けるに。勤めながら真言(まこと)を語る
夜は明やすく。長?燭の立つ事はやく鐘の突出しきのと

太夫よの事にまぎらかせ共。大臣耳をすまし八つ九
つのあらそひかたづかぬうちに三十七羽の大鶏声々
ひゞきわたれば申さぬ事かと起わかれて客はふだんの
忍び駕篭をいそがせける。名残を惜しむに是非もなく
泪に明くるを待兼。おのれら恋のじやまをなすはよし
なしとて。一羽も残さず追はらひぬ。是などは更に分け
の若衆の思ひ入には非ず。情を懸し甲斐こそあれ。
過にし春の海中国の人。吉川(きちかは)多門に深くむつれて
の別れに。川口まで見送りし涙其夜寒空雨となり
風と成。袖の外迄ぬれしを。いとはぬ風情思ひくらべて
かはゆさもまされり。いにし律師覚範(りつしかくはん)の多門といへる童子
に。恨みずばの歌よまれしもこんな事のおもはくぞかし。


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 執念(しうしん)は箱入の男
田代如風は千人切して津の国の大寺に石塔を立ててくや
うをなしぬ。我又衆道にもとづき二十七年そのいろw
かへ品を好き心覚えに書き留めしに既に仙人にをよべり。
是を思ふに義理をつめ意気づくなるはわづか
なり。皆勤子のいやながら身をまかせし独り/\の所
存の程もむごし。せめては若道供養のためとおもひ
立。述紙にて若衆千体張抜にこしらへ。嵯峨の遊び
寺におさめ置きぬ。是男好(なんこう)開山の御作なり。末の世には此
道ひろまりて開帳有べき物ぞかし。有時備前の人々
住なれし国かた。浦々の春の波牛窓の白魚虫明けの
瀬戸の海月。琴の泊のあみ海老。是を肴に明暮れ小嶋

酒もおもしろからず。孔子くさひ顔つきは所ならひにし
ておさめすぎ。先のしれたる命の程を思へば楽し見
なし。都の桜ちらぬうちにと風も舩のためにはうれし
く。のぼれは安居の藤も今といふ時の鐘。明くれば芝居
を見果て。暮れば品定めして昼の面影わすれぬ野
郎まねける。いづれはあれど座敷は菱屋六左衛門か濱
二階。ひがしに名山石垣町筋向ひに四条の橋を目の下
に。爰又京の中の京と云所なり。今宵の遊興常に
あらず有難き美形の集り給ふ中に。百体頭(かしら)とて御
姿のすぐれておがまれ給ふは。竹中吉三郎藤田吉三郎
など神代このかた古今の稀者悪(にく)い程観粧(よそひ)の見よげなり
なをうつり香に心のとまる袖岡政之助歌の一ふしは


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悩(なづ)みもとひ。光瀬左近外山千之助此五人打込て。是ぞ
今の世の色づくし物いふ花山に入。春の夜のならべ枕身
を。それになれて。調震(たはむれ)女にかはる事なし。是おもふに
ひとしほ分けの若衆やさし。若道はたがひの心ざしより
かため命を其人に捨て置き。自然の時の後たて共末々
の頼母子(たのもし)づく。此君達はたのしみもなく然も心底
覚束なき初会より。其身を客の物になして勤め
給ふは。地若衆の情ふかきにまされりと。人の気のつかぬ
所に心をはたらかせ。帥顔なる法師の無用の詞に興
有り過ぎてよろしからず。され共愚かになき太夫子の付合
すこしもしらけずして酒事殊更につのりぬ。亭主
もまはりの悪き盃の時呼出せばあひ/\申て数かさなり

偽りなしに酔出て。料理自慢の長口上申もあへず。かた
づけられ大かたは夢になれ共。真言(まこと)はわすれずして。もは
や吸物は宵から六色(いろ)か。今一度桂川の柳魚に松葉を
あしらひて。蓋茶碗にてかるう出せ。其跡に水溜め
て深き鉢に桜の花を浮けて。生貝を角切にして先細の
箸を添て出せ。色座敷は仕掛ばかりの物ぞ銭三十が
物が。小判弐両になるをしらずや。我才覚ひとつで。十
三人口四十年過るは。世間の人さまにあしからず思はる
るゆへぞかし。別して今宵のお客他所の御かた太夫
さま達も。今の都の晴なりお手がならば猫までに通
事させよといひね入にする事。二階に聞へてそれ
/\の身過ぎと一しほおかしかりき。其後は我呑(がのみ)あらはれ


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酒になれたる君達さへ。色あそびの色に出で紅井の寝道具
に移り。ひとり/\の身振先竹中は浅黄かへし下着
に中は紅鹿子うへは鼠しゆすの紋付白らしやの羽織
に小鳥づくしの唐衣の裏を付 八所染の胸紐ときて白
糸の長柄ぬきおし。ひだりのすこし身をひねりて座
して。笑へる口もとゆがむになをしほらし。藤田は白
小袖のうへに我名の色をふくませ。紫ぢりめんふたつ
かさねなをまた羽織帯迄も。同じ色の帽子しめやか
に身をかため。息づかひまで気を付自然と若衆にそな
はれり。筋目あらばよき大名の道具なるべき人がらも今。行
すえの藝の事迄も岩井半四郎と素面の時沙汰し置き
ぬ。京にうれしがり大坂に請取仕出しなり。袖岡は黄なる

肌着に青茶椛茶の嶋揃へ。ばつとしたるかたぎさながら女
のごとし其物ごしたま/\に聞人は作り声共思ふべし。
かしらからぬれものに誰かいやといふはなし。光瀬は白き下
着に薄色の中形。縫分嶋のうね帯。もへぎの袋うちの
ヘ柄糸。なで角の金鍔髪結ふさまも一きは目立て。ぬる
き所なく人の好ける風義有。外山は紅(もみ)の色こく自地に
書き絵の東海道いやしき馬かたも此君につなぎ川越も
此恋に沈み身の上を白川橋に。まことの旅人の夢もし
て鶏も客の立つ時をつくり。頂妙寺の鐘無性につきなら
し。其数は百八やら八十八夜の名残の霜。三月廿八日の更け
行く袖のひやゝかに。あそぶにあかぬ男性悪といへ扨。それ
にはちつ共かまはぬ世なり。なんのかの焼味噌で又酒よと云


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(挿絵)


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時門の戸叩き明て是を二階のをの/\さまへと。進上箱ひ
とつわたして其使ひは見えずなりにき。座敷へ持て出て
の不首尾先から名をいはぬもかしこし。此方にとはぬも利
発なり。見えわたりたる所杉の箱なれば。此内菓子には極まれり。
昼あひし役者に此趣向はかたらず。誰かは気付ておくりける
ぞと。色付思ひ出すに藤本平十郎。榊原平右衛門杉山勘
左衛門坂田伝才などもしらぬ事なり。扨は天から降りたる一箱
と大笑ひして。明けもせず其まゝに捨置ぬ。程なく太夫たち
の向ひ駕篭とて声さはがしくいづれも心の残らぬ別れ
又晩も約束してあふ迄の淋しさ君立帰られし跡
に?とんと寝たが最後。尾もかしらも覚えず五人ながら
枕も定めかね。いろ/\の夢みる時最前の箱の中より。

吉三/\と諸声のする事うたがひなく皆々聞耳立てて
起出(いづ)れは箱に音あつておそろし。され共きかぬ男ふた
とつてみれば。姿人形の角前髪いかなる人の作りけるぞ。さ
ながら目つき手足の力身生きたるものゝごとし。なを気
を付て見しに是に添状あり。それがし此あたりの人形
屋なるが。此形一しほ心を込めて作り看板に立置し事
年久し。いつの頃より此人形魂の有ごとく身をうごか
しける事たび/\なり。次第に奢り付て此程衆道心を
移し芝居帰りの太夫達に目を付侍る。是さへ不思議
なりしに夜毎に名をさして其子を呼ける。何とやらお
そろしく外には此事しのび。川原に流しけるは二三度なれ
共いつとなく宿に帰りぬ木のはしの物いふ事前代ためし


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もなく。聞伝へし事もなし。我物ながらさりとてはもてあま
し迷惑なる折ふし。藤田竹中両太夫どの其座に御入を
見および。是をつかはしまいらす又の世迄の咄の種にため
して見給へとたゞして書付ける。其中に大かたなる事
にはおどろかぬ男進みて。人間にあひさつするごとくおの
れ其身をして。若道の心ねやさし。両吉三郎に思ひ
入ありやといへばたちまちうなづきしをいづれも我折れ
て興を覚まして宵の慰みあだになりぬ。仔細らしきは
十面つくつて語りし。是とてもあなどるまじ。そも/\
人形は垂仁天皇八年に。野見大臣是を始めて作り人の
はたらきをえたり。唐にも后をみて笑たる伝へも有。此二人
すぐれて美児あらはれたり。かゝる形の物さへ思ひ入けると

しばらくかんじていまだ枕に有し捨盃を取あげて
是皆君のお口の添りし跡ぞといたゞかせて。惣じて
此人々を諸見物おもひ入し其数をしらず。とても叶
はぬわけ有とならぬ子細を小語(さゝやき)ければ。人形ならががつ
てんしたる顔つき、其後は目もやらず思ひ切ける。これ
さへ此聞わけの有かしこき世に。親の異見を尻に聞
し野郎ぐるひに事つのつて。家うしなひ所をさりあ
かぬ妻子に暇の状をつかはし。都を立て江戸行けばとて
一升入壺に埋づみ金もなし。さりながら一代跡のへ
らぬ金の棒あらば。一荷(か)にして持ちたき物は竹中吉
三郎藤田吉三郎重ひかるひなし兎角千枚
分銅


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 小山の関守
西国三十三所の観音。五番は河内国藤井寺の開帳
天和三年四月に参詣せんと。重(しげ)といへる人俄にさ
そふ水夜前(みづやぜん)の寝顔洗ひもあへず。法師の徳には
髪結ふまでもなく。駕篭はやめて難波寺の五つの
鐘の鳴る時。殊勝さもけふは御名日にして御魂(たま)屋のよそ
ほひ寂光浄土爰極楽の東門過て行に。其一日は
世上の鳴り物とまれば。なをまた芝居の役者子共の隙也。
思ひ/\の袖をつらねし折ふしは衣裳の御法度か
たく守りて。随分目立ぬ仕出しなれ共形の山更に桜
は花に顕はれ。舞台子は鬢つきにしるゝぞかし。やう/\
平野の里大念仏の御堂に休みしに宵の約束たかへ

ず森といふ男按摩取の休古をつれてきたるにぞ
一しほおかしさまされ。それより春野の名残草々の
花分け衣。歩行路(かぢぢ)おもしろく程なく参りて下向に小
山といふ里人のかたにやどり求め。さらば此所に関据て
けふ詣でたる子共を。ひとりも残さず留(とゞめ)て酒事よと。
軒の番屋に毛氈しかせ色にとめる酒ばやしと。札を立
て立役の源右衛門を目付とし文作の三味線引きかけて
今や/\と待つ所に沢村小伝次おかしがらせ。竹中半三郎
に無理に酒を汲かはし小松才三郎に心を残させ。尾上源太郎
か病気を浮かし。彼是十六人日も暮々の長座敷。はらり
と立行く跡はもとの在所となる。牛はくろし。木綿は白し。
人の顔はあかくにし日をあらそひ立出るに爰に兄弟の


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女がた同じつれを別れて。吉弥は堺に辰弥は大坂にかへ
るに。道すがらの野夫(やふ)出出茶屋(てぢやや)も今朝よりすぐれて
うつくしきは定めて上村辰弥ならめと名をさしあつ
るも真言(まこと)なり。よきもの人もしる事ぞと最上人も
商い口を出して萬に買物心えなし。買ふてあがりをた
しかに請くる此子より外なしと。胸算用違ひはない
か手をうて打ちもせいと大笑ひして。心は恋のはじめ
となれり。ならぬものならば人死絶へまじ。同じ勤め
子のうちにも心ざし格別に違へり。親かたの為と斗
うか/\と客に身をまかすも有。かくかり初めの執心も大
かたならぬ気づくしと。其人をおろそかにせぬこそやさ
しけれ。親類にも合力せぬは金銀なり。むかしは情もふか

かりしにいつぞの程より。分け里の女のごとくなりぬ為以(おもはく)の
念頃は各別。大臣に小宿にてあふなど。盃のうちはかるな
ど追付紋日をこしらへ。八月十二日は三津寺の薬師。十五日は
八幡十八日は清水観音役日も定め毎月むつかしくなり
ぬべし。女郎も野郎も時花(はやり)にかゝるがよしといへり。おな
じ事にて萬に付けてよいはづなり。さま/\にいふは情し
らずさりとてはよくも勤めの身なり。一疋の蚊のくい所(ど)わ
づか物の立しも。人は身をなやませけるに義理にもせよ
欲にもせよ数の定まりてそれ/\に役有る指をよう
/\切事ぞとあはれさましぬ。唐国にも身の血を
しぼりて酒となし。世をわたれる伝へも有酒屋


20
(挿絵)


21
指を切しを。よろしく取沙汰して名を今に残しぬ。
諸事を聞に右近源左衛門に有し時より情ふかく世
にかくれし人のむかしを尋ね。なるまじき事共見し
人泪をこぼし聞にほめぬはなし。勤めぼ若衆もかく
またあればたのもし。是さへ世間の噂にやん事なし。上
村吉弥はかり染客の出合に。座もしめやか過て盃の
まはりもおそく。おもしろからぬ折しも誰(たが)いふ共なく
無用の心底咄し聞に指はきられまじき物と。何心
もなくいふ。聞きてことによりては命さへ。まして指など
はさのみおとろく事にもあらずと。笑ひながら座
興なれは皆々聞もとがめずよの小歌になりぬ。辰弥
立つかと見えしか脇指ぬきて。さし枕に拇指をあて

て音もせず押切り。心しづかに身仕舞して是を肴
となげ出しけるに。をの/\是はと興を覚し跡
の事共かなしみけるに。いつよりは機嫌よくさはぎ
あそびはしめてあふぎ引なんど心にまかせし。
さりとてはおちつきたる身のかためいはで人々
心をこらしける。是思ふにまつたくよくに非ず
無分別といふ人はのけて置きて。なるべき事かと
おもひめぐらす程きもにめいじ。古今の芸子のう
はもり。万人共に思ひつく事。此人先生(ぜんしやう)にていかなる
種を蒔きて今の花の咲けるしらすかし


22
 心を染し香の図誰
江南の橘を江北に植ゆれは忽ち枳(からたち)になりかはると
いへりさも有べし。和国にも其ためしあり。江北の
赤頭(かしら)の子共を江南のこんがうが手にかくれば。程なく
太夫髪となり。あれかそれかと思ふ程の姿。人はまた
作るに色をましけるいづれかとあしきはなしといへば。美(よき)
はなをまでといへり。太夫本をはじめ役者中間にも幾
人(たり)か抱へえ末を見しに今の舞台を踏む程の子は千人にひ
とりなり。形見よけれども心うとし。あるひはかしこくて
藝にならず。三拍子に揃ひかね親かた多きふしかずを。
かならず物になりぬへきと思へば。わづらひ出し。あぶ
なきものは是なるべし。是思ふに金銀何惜かるべし。兎

角は命をのべるの薬(やく)代なり。せんじやうつねの各別に
かはれる所有。風情は若道にして心さしは其まゝ上
臈にひとしく。物かたき所をさつて語るにあらず。昔は
衆道といへばあらけなくりきみ言葉に角を入。大
若衆を好み身に疵付くるを此道となしぬ。それをも
伝へて分け子迄も刃物わざ無用の事と云迄もな
し。今は山王の祭さへ血を見ずに御輿もわたら
せ給ふ。武士も具足のいらぬ御時なれば。まして色座
敷へは瓜割(かつふり)も出ぬがよし。西瓜も勝手にて切皿盛に
して済む事なり。たゞよは/\としたるを当世の若衆
といへり。江戸にて芸子のを小紫とよび。京にてかほると
と付遊女の名も物やはらかにして聞よし。袖嶋市弥


23
川嶋数馬桜山林之助袖岡今政之助三枝歌仙などうつ
くしきがうへに女のことく紅井の脚布する事恋をふ
くみてしほらし。明れば芝居入り暮には楽屋帰り銀(かね)つ
かはぬ人も沢山にみれはこそあれ紋所を覚へ名をしる
ぞかし。よき芸者なれ共鈴木平左衛門山下半左衛門
内記彦左衛門幸左衛門など帰るにはさのみ気を付る人
もなし。木綿着物の広袖に薬鍋さげたる子供下地も
二つ折の髪の結い袋はや目を付ける。殊更人の 娌(よめ)子内義ら
しき人迄も千日寺のあたりに立さはぎてまゝならね
ばこそいたづらに心はなしぬ過にし頃勝尾寺の開帳に大和
屋甚兵衛さそひて参詣しけるに中津川の舟わたしを越
て北中嶋の宮の森に駕籠立させて煙草よ茶など

いふてしばらく休みしに。跡よりいまだ十六とみて十五
なるべき美女の。黒繻子の大振袖に宝づくしの切付。帯
は白綸子につばくらの縫鳥に。紫糸の網をかけ物ずき
なるうしろ結び。水色の絹たびにばらをのわら草
履ひさやの二幅(ふたの)蹴かへしにほのめき。おとしがけのはね
鬠(もとゆひ)。すかし形のさし櫛。金銀のべわけのかうがい。浅黄
地の金入にてうらをうちし鬟笠に文反古(ほうぐ)の紐(ひぼ)を
付け。着たる所の未体(とりなり)いづれにひとつあしき物ずきなく。
ありのまゝなる素面(すがほ)よろづにいふべき所なし。左の
かたに衣を着たるびくに。右に姥らしき人身に添ひ腰本
中通りの女迄も皆色めきて振懸け。乗物つらせて押さへ
に五十あまりの親仁若き男壱人大脇指の出立町人とは


24
(挿絵)


25
見へける。彼娘是迄何心もなくたどりきしが。甚兵衛
を見あはせ上気して袖をかへして見せけるに。香の図
の染込紋有々と見えしは出来心にはあらず。それよ
りもだ/\として足もたゝずして。えびすの宮の
ある里より其人は駕籠にのせられ美形は見えす
別れぬ。又縁あるにや御山にしてめぐりあひ目もと悩みて
あとをしたひくるに。さま/\御宝口かしこき法師の縁起。
馬の角を蜂がさしたら大事か牛の玉も割れたらまゝよ。天
から降たる仏さまも有がたからず。あの人をと殊勝そ
うに姫の見る顔ばせかならぬ恋なればいたはし。此女をもつ
男の身になる事もいやなものなり。是衆道ならば命かへ
りみるにはあらねど。をの/\女嫌ひしやれ中間なんとも

思はす下向して其夜は紅葉見し桜塚の落月
庵にて物かたき俳諧の興行伊丹鴻の池酒のも
てなし此里は折ふし飛子もありと是を云ひしらけ
に立帰るに道すがら子細を付し女に袖をふれし事
うるさく天満川にて垢離をかき女をみし目を洗ひ
流し皆々道頓堀帰りぬ。明れば恋のはしまりより。
芝居の果迄衆道の外の噂もいやなり。此道私なら
ず三国のもてあそび、天竺にては非道といふもお
かし。震旦にては押?(あせん)とたはふれ。吾朝にては衆道
専はらに栄んなり。女道あるによつてうつけし人種つ
きず。願はくは若道世の契りとなし女絶へて男嶋と改め
たし。夫婦喧(いさか)ひ聞かず。悋気治り静成時にあふべし


26
男色大鑑第八巻終

貞享四丁卯年正月吉日
 大坂伏見呉服町淀屋橋
 書林   深江屋太郎兵衛板
 京二条通 山崎屋市兵衛行

 

        おわり( 翻刻国会図書館が持ってらっしゃるようです。←早く言ってよ~)