仮想空間

趣味の変体仮名

競伊勢物語 弐冊目

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース  ニ10-01309

 

 

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   弐冊目

夏は夕部の身の思ひなる 色に心は深見草 知られしらぬかほよ花 立ちも放れぬ君が俤 音色優しき爪音(つまおと)は都に並ぶ

河内の国 武名も四方に高安の下舘(しもやかた)頃日(このころ)爰に生駒姫 蔭に咲く花香をまして 恋に心も在原の主(ぬし)に逢瀬の

嬉しさは ほんに女子の有卦(うけ)に入る 祭り拵へ嬪共 取々燈明洗米(あらひよね)媚(なまめ)き儦(ざわめ)く備へぶり 皆土器(かはらけ)の我先に 御用仕廻ふて

寄りつどひ 何とマア此様に有卦祭りすれば 能い事が有るかいのふ ヲゝ柵(しがらみ)殿がまだな事 お姫様が此日頃恋憧(こいこがれ)てござつたお

方が 此間からお通ひは有卦にお入なされた証拠 シタガ 恋路の御願(がん)なら有卦よりむけがよからふと 神酒(みき)徳利の口/\に

上を見習ふ下/\も䋛(いろめ)く恋の咄し口 奥へ洩てや生駒姫 年もいざよふ月雪や 花も恥らふ優(やさ)姿跡に付添ふ嬪の紅井(くれない)

 

 

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諸共しとやかに立出て 最前から奥の間へ聞へる程の騒がしさ嗜みや 下舘とは云ながら毎日/\兄上のお見舞 今の様な噂

が知れたらどの様な悲しい憂き目を見様も知れぬ 殊に今都には惟喬親王様の我儘の世の中 少しの事も大事になる 必ず何角の

咄しは無用 頼んだぞやと有ければ はつと一度に立端(は)さへいたみ入てぞ入にける 跡打眺め生駒姫 嬪の手を取て 上座になをせば

紅井は 園に植ても隠れなき 高位の装ひなよやかに業平今日に縁有そもじ 其所縁(ゆかり)迚深切の心つかひの嬉しさよと 仰に生駒

は手をつかへ 数ならぬ私を 業平様のお頼み故 二條のお后様共云れ給ふ御方を 嬪姿にやつさせまする勿体なさ あたなのお身を

守護の為 業平様には毎夜/\ 大和の国から此館へお通ひ故 私が日頃の願が叶ふて嬉しいといや御代の乱れ ほんにやるせの

ない浮世と 申上れば高子の君 自迚も惟仁君に思はれ思ふ中をさく 惟喬様の御無理の有るじやう 譬(たとへ)此身は此儘に朽果(くちはつ)

 

る共今一度逢たい見たい惟仁様 思へば胸が苦しいと 託(かこち)給へばお道理と 供に涙を沖の石かいく間もなき表の方 殿の御入と

知らせの声 アレ兄上のお出とや 悟られてはお身の大事 勿体ながらいつもの通り 紅井は奥の間へ 早ふ/\と襠(うちかけ)に行儀正しく出迎ふ

間もなく入来る高安左衛門岩金 伴づ異形の人物は医道を胸に明めても 心は邪(よこしま)倉苅東元(くらがりとうげん)威勢を見する法橋(ほつきやう)

風 肩で切戸を押開き 鬼取山蔵(おにとりさんざう)付随ひ 遠慮もなくつと通る 左衛門上座にむづと居て ヲゝ妹 病気といふて

此下舘へ出養生も二(ふた)月余り 次第に顔の色も見直す重畳(てう/\゛)〃と 詞に鬼取しや/\り出 イヤモウ立から見ても横から

見ても 御病人とは相見へませぬ 此上は惟喬親王御懇望を幸御入内有が高安のお家繁昌の基(もとひ)ならんと 聞

て生駒が申兄上 アノそんなら私を惟喬様へ ヲゝサ病気と有故其方に未だ聞さね共 是非共に入内させよと押て今日

 

 

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迎ひの勅使 併ながら此左衛門が所存有て 都へ入内思ひも寄らずと 聞いて落つく生駒姫 鬼取が恟り顔 コレサ申

当時惟喬親王の御威勢 生駒様が御入内有ば御家来の我々迄うかみ上る仕合せ 又指上ねば御家の断絶

得と御思案なされよと いふに気づかふ生駒姫 入内させぬとおつしやるは 嬉しは嬉しいながら 若し兄上のお身の上に イヤ其

義にかい(?)て気づかひ無用 勅諚も背かず 又其方を入内もさせぬ我思案 仔細有て余国に育た腹はがりの

そちか姉姫 身が妹 尋求めて生駒と号(なづけ)入内さすれば事相済 併今にも勅使来つて此体を見られてば一大事 東

元老(らう)は内はも同然 万事密かに先々奥へ早ふ/\に生駒姫挨拶そこ/\東元も 連て一間へ入折から 下がれ/\と咎むる

家来 鎌はぬ形(なり)田舎風 在所娘の対(つい)模様 年も十七発才(はつさい)か連れは三十(みそじ)に五つ六つ 足らぬと見へて人形廻し さがれ/\と取まく

 

奴 所をさがらす樊噲(はんくわい)は べり/\/\と門破り 番の奴(やっこ)を押し退け/\通りしは すさましかりける次第也 家来共持て余し ほうづのない

?者(たはけもの) 御門へ出おろと口/\喚けば口三味線 テンツデン/\ 顔をしかめて睨みしは哀にも又いぢらしし イヤこいつは持ちも提げもならぬ馬鹿だは 殿様

の御前近く慮外者め出おらふと 立寄る奴が耳たぶしつかり アイタゝゝゝこりやどふ仕をるとしかみ顔(つら) 出やらざ耳引こ/\ エゝ重々の

慮外者 ぶてよ擲(たゝ)けと取廻せば鬼取声かけ ヤイ/\/\家来共 見れば一両人の女原に 騒がしい扣(ひか)へておらふと 叱り付れば高安左衛門

コリヤ/\女 故なくて此館へ 押して来らん様もなし 此左衛門が心当りの者なるか 尋とふ仔細有り 近ふ参れと詞に?(あほう)の遠慮

なく コレ此奴叱つておくれ あそこな門を這入らして下んせといふのに 男の比怯な よふはいらさんせぬに寄って 今の様にいれふ

入れまいのせり合じやと いふもきよろりとした顔つき 連れの女は笑止がり  アゝ何を云しやんすやら アレアノ 殿様が私らに 尋たい事が

 

 

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有るといなァ 傍へ行ふじや有まいかいなァ イゝヤ行まい 爰へこいと呼で置て擲(たゝか)ふと思ふてな めつたに油断は致さぬと 尻込みすれば左衛門は打

笑ひ ハテ扨廻り気なやつこはい事も何にもない サゝゝゝ爰へこよと招けどいつかなイヤ剛(こは)い/\ ソレ傍に脇指が有はい ナニ此脇指が

醜(おそう)いとな すつとそつちへ延引さんせ まだ今一本有る 夫も延引 コレ/\こちらのおぢも二本有るぞ 中は竹じや有ろけれど どふやらこちや

気味(きび)たが悪い 何をこいつがいろ/\の馬鹿を尽す スリヤ身共が大小も退けいか 廿九日も晦日(つごもり)も 一つに束ねて風呂の下へ

焚て貰ふ ヲゝ/\夫でよい/\ マア切られる事もない 是でちつと落付たと いふ顔つく/\゛見事な生れ 器量も遖是幸い 病

気故に狂気などく おろかしいも究竟と 心に悦ぶ左衛門が胸つもり 此女は密々に尋とふ一大事 家来共は部屋へ戻り 休息

せよと 追立やり コレ両人の女是へ参れよ/\と見れば此方に 心かゝりの年恰好 シテそち達はいづくの者 名は何といふ 有やうに

 

いへ聞んと いふにおづ/\手をつかへ 私供は津の国で大坂といふ在所の者 名はお花と申ます おれはおぬく ホゝゝゝなァにを お浪様

と申ますが あの様に?(おろか)しいに寄って 在所の衆がおぬく/\と申ますると 挨拶も 都恥し在所でも 遉浪速のあしからぬ

よし有げなる品形(しなかたち) 左衛門猶も近く呼寄せ コリヤお浪とやら シテそちが親の假名(けめう)は何と 心月道栄信士といふはへ ヲゝ何を云しやんすやら

そりや戒名じやわいなァ 夫でもかい名は何とてゝいふてじや物 ハテ扨戒名のお尋ではないわいやい 假名は何とゝ尋ぬる鬼取

何じや け ハゝゝゝ 毛はなかつた アイ死なしやんした時棺桶を覗いて見たりや 毛は皆づんぼらぼんに 剃こぼつて葬礼(さうれん)をした時は 悲しかつたと

たわいなき 取っても附かぬ言訳も 涙くんだる愚かさよ ハゝゝ こりやもふ看板を打ったおぬくで埒明かぬと 軻るゝ鬼取 左衛門こなたの女を招

き ヤイお花とやら そちや此女が身の上を ハイ委しく存じませぬが とゝ様もかゝ様もないお浪様(さん) きのふ爰の奴さんが尋て見へて

 

 

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河内の国高安の殿様と お浪様とは縁者とやら あす早々にお屋敷へこいとの事 隣同士なり友達どし 夫で連立て参りまし

てござりますと 語るを聞て声を顰め シテ此女が親の名は アイ常々咄しに聞けば 爺御(てゝご)の名は 住の江岸兵衛様といふたげ

にござります ワアイそりや生きて居る時の名じや サア夫をお尋なさるのじやはいなァ ヲゝ生きて居る時が岸兵衛 死だ所が道楽

居士 最期物語荒々斯の通りでござります ムウ何といふ 其方が親は住の江の岸兵衛とな スリヤ我父高安郡領の落し子

藁の上から岸兵衛へ 養子へやつた身共が妹 コリヤ此左衛門は真実の兄 ハテ能く堅固に有たなァと 聞て驚く鬼取山蔵

ナニ殿のお妹御とな 左様と存ぜず無礼は御免 イザ/\あれへと手を取て 上座に据ゆればもつけ顔 夫でもついにそつきでもない

物と うろ/\おろ/\居ずまひも 熱湯(にへゆ)で洗足する心地 左衛門思ふ頭(づ)に乗て 親はなくても子は育つと ハレ遖の成人 只今ゟ身

 

が妹生駒姫と号(なづけ)惟喬君へ入内させんず悦べと 聞てもすつきり合点が行かぬ ずたいぼさす悦べとは 酒呑そふといふ事

かへ イゝエイナお前を生駒様と名をかへて お姫様にするといなァ あやかりたいと羨むお花 ムウそんならわしはお姫様 お浪てはい

かんに寄て 生駒姫と名もかへて チンチチンチ ツンツツゝ 行列揃へて乗物で 人形廻しをしやうどなき 心は足らぬ詞つき いへはいはるゝおか

くずや 顔と形は名木の伽羅に音なきごとく也 鬼取山蔵謹んで 斯く御兄弟の御名乗り有る上は 一時も早くお頂(つむり)も結直し 衣服

も改め 生駒様に仕立るが肝要と いふに左衛門打諾(うなづ)き 誠に此姿では人の見るめ 嬪供に申付よ 畏つたと鬼取が立て入かげ見

送るお浪 そんならもふお姫様に姓(じやう)を立るのかへ 美しい物着るのじやな サア/\/\そふなつたらこちや可愛ひ人に 見せたらいちばひ思ひが

増すと めつたむしやうに悦べば コレ/\お浪様 かはいゝ人に見せるとは お前誰ぞに惚てかへ サア惚たは惚たが 誰じややら知らぬ人に惚

 

 

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たはへとたわいもないかほ ヲゝめつどふな あてどもない惚やう ?(おろか)しいお前が惚たとは どの様なが惚たのじや知てかいなと尋るお花

ヲゝ夫を知らいでよい物か 其人の顔見たりや 首筋へ寒い風が吹て體がぴこ/\ぴこ/\として そしてからついえい事に成てきた

と ぼつかりいゝ出す顔つきは 足(たら)はぬ玉に疵者の 訳も媚(なまめ)く大口を 傍からシイ/\是いなァ 兄様の前で遠慮もなしに ひろげて

さしやれもみぢ傘 アゝコレそりやさし合いな歌じやわいな ハアゝ傘じやに寄て指し合いかへ ほんにこちや其時に面白い歌詠だぞいな

そりやどんな歌よましやんした サア其歌はな 中/\に恋にしなずば過言にぞなるべかりける魂(たま)の緒斗と やつて退けたと真顔

なる 左衛門片顋(かたほ)に笑を含み ハテどき/\゛とした一首 しかし貧の盗みに恋の歌と ?(おろか)しい心にも 一首の浮かむは恋の一念 コリヤ気づかひ致す

な そちが惚た男ゟ十倍増の男を持たすと いふにぞく/\すり寄て アノそりやほんまかへ たましじやないかと念押せば 花の都へ追付け嫁

 

入 コリヤお花とやらも此館にとゞまり奉公せよ 妹が介添の役目 爰は端近奥の間へ 早ふの詞に連れそんなら兄さん アゝ

後に逢ふと人形を つかひ勝手な介添は 思はぬ出世の相伴(しやうばん)とお花も供に奥に入 跡に左衛門取つ置つ 思案の中の間押披(ひら)き

立出る倉苅東元 仰置れし毒薬の調合 ヤレ音高しと小声に成 惟喬親王の御諚を受け摂河泉(せつかせん)に関所をすへ

往来吟味の役目は其 龍田口の関所ゆるめ置くは 妹生駒に心を通はす在原業平 おびき入れて事を謀らん我

計略 案のごとく此程ゟ此館へ通ふ業平 討取るも安けれ共 左すれば生駒も生きてはおらぬ 生駒を?(かは)ふも左衛門が深い

所存有ての事 お為顔で情を見せ 業平めに毒を食はせ急病で死たにすれば 生駒姫が恨みもない そこを

付込む身が了簡 夫でいかずばまだ外に裏のうら行く謀(はかりごと)何事も今宵の中 毒薬の調合能くば 仕込むは幸い有卦(うけ)

 

 

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祭りの神酒徳利へ ナソレ早く/\ 畏つたと東元が 果は我身の毒ぞ共 白浪の器(うつは)引寄て 毒と薬を二つの徳利 仕込む

非道は医道のらはら盛殺すとは是ならん 両方分からぬ対の徳利 目印は金銀の神酒の口 金の方が毒酒 銀

の方が常の酒 ムゝよし/\ 何角の密事は奥の間にて しめし合さん左衛門様 東元来やれと誰昏(たそかれ)る分かぬ悪事の計略

打連れ一間へ入相時 始終の様子窺ふお花 指足抜足奥の間ゟ 出る嬪見合す顔高子姫か 惟仁様 時(とき)

代(よ)とはいゝながら 嬪姿 賎(しづ)の女(め)と 成さがるは前生の報ひか罪か浅間しき身の上ぞやと斗にて 涙にくもる天か下 又も上

なき御歎き 良(やゝ)有て惟仁親王 近曽(さいつころ)都の騒動太后(おほきさい)の御所にてそなたの兄 堀川の大臣(おとゞ)も不慮の最期 其場ゟ落人(おちうど)と成り

難波津に身を忍び 此所へ入込みしも 御遺書を詮議の為 一つには密かに都へ忍び入 心を寄する公卿の面々 機関(かたらは)んとは思へ共

 

新関を立て往来の通路の印札なければ都へは入る事叶はず 此館の主高安左衛門こそ関所吟味の役人なれば 印札を

奪ひ人しれず都に入らん計略と 宣へは高子の君 自ら迚も過し騒ぎに孔雀三郎が働きにて 御所は忍び出たれ共 方角

しらめ落あし芥川にて業平卿に廻り逢 此所に姿をやつし忍び居るも 業平卿の縁に寄り生駒の情 業平

卿は井筒姫諸共 大和の国に身を隠し 毎夜此館へお通ひ有も自らを守護の為と 聞もあへず扨こそ/\ 業平

此館へ忍ぶを聞知り 毒をもつて害せんと左衛門が計略 毒酒は慥に此神酒様子を見んと庭前に落る南天一枝折

取り 造酒(みき)の口に指し込給へば 葉はばら/\と忽ちに毒気の妙ぞ醜き 正しく砒霜?(斑?)揃の類 印にさ巡る金銀の

造酒(みき)の口指しかへて計略の裏をかゝんと仕給ひしが 記(?)御思慮まし/\て 君子は其罪を憎んで其人を憎まず 此儘置は何れか

 

 

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毒にあたるは治定 伝へ聞く叔敖(しくがう)が 両頭の蛇を殺せし例にならひ 夫よ/\と手洗鉢の本(もと)に毒酒をさら/\と流し

捨たる清めの水 人をいためぬ御仁心 助くる陰徳(いんとく)有難き 陽報(ようぼう)頓て頼み有 親王重ねて 毒酒は斯も計ひしが 業

平参らば心を付て合点かと 仰嬉しきた過去の君 人の見ぬ間にアノ一間 夜の?と囁けば イヤ/\/\咄し合間も危い館

咎められては一大事 譬いつ迄逢す共かはらぬ爰とはコレ斯と 囁きまへす綸言に エゝ有がたい其お詞 忘れは置ぬ忘るなよ 程は雲

井になりぬ共 空行月の廻り逢たるかい有て かはらぬ嬉しいお心を聞が此身の本望と なつかしい恋しいのため/\涙

しつぽりと 濡た袖から袖へ手を しめてねる夜の心地せり 後ろの障子ぐはらりと明け 不義者見付た動くなと 引つかむ

鬼取が 蚤取眼に見て恟り こりやどふじやコリヤ 小くゞりてたつた二人(ににん) 何でもこいつと思ひの外 最前の在所娘と

 

嬪の紅井女子同士 エゝ/\何か こりや貝合せじやな 貝合せ手合せなどゝ夫(それ)をせめての楽しみか ハテ不便なやつ ナント二人

ながら助けてくれふか ハイどふそお助けなされて アノ二人ならが一時にや イヤモそふ助る根(こん)がない ガよい/\此上は鬮(くじ)取りにして一夜さかは

りに助けてやらふ ソリヤマア何の事でござりまする 何の事とは貝合せする程の苦しみを 此鬼取が取のめして うづき

を忽ち助けてやらふといふ声も むしやうに鼻息高らかに 先一ぽうから抱付く首筋引退ける サテハ我抔を恋争ひか

そんならそもじとこちらへかゝればあちらから 支へとめられ取上(のぼ)し腎肝高ぶるいきり汗 どちらをどふも六道の衢に運ふ躮めを助る

所か他ズケてくれいと無理やりに いつそいつしよに引こかし 跨る股ぐらぐにや/\/\ 天孫不思議の奇特にや 五体はしやつきり

しやつきしやき きり/\此場を遁るゝ二(ふた)かた 伴ひ一間に入給へば 見送るメさへ體(からだ)ぐち 蛸の干物を見るごとく 投首ならぬ

 

 

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棹ずくみ アラ絶へがたやえぢかり股つゝぱり返つてうろ付く折から 勅使の御入と表の方 知らせの声に高安左衛門 奥ゟ出る

向ふにしやつきり 鬼取山蔵そりや何事 hつと頭(かうべ)も下げられず 仰の通り嬪の紅井め 色に事寄せ様子を見んと引こかして乗っ

かゝり 既に斯よと見へたる所に しやつきりとなるべきやつはさもなくて てつぺいから爪先迄 御覧の通りと片息に一口水が飲たい

声音 サテコソ 惟仁に肌をふれ 仮にも后の名を付けし奇特 高子の君に極つた 妹といつわり引き入れ置いたる馬鹿者めに ムウ

よし/\ 何角の手筈はコリヤ斯と囁く左衛門諾(うなづ)くかはりに目をしば/\ 必ぬかるな合点か 早く/\とせつかれても 未だ解けやらぬしゃきばり

を 無理やりにこそ奥に入 ?の?に入る袖は求めずして悪臭をとゞめ 朱(しゆ)に交はりし赤頰(つら)公家名さへ捻殿左中弁と 偽

なき里に蝙蝠の 羽ひろげし束帯姿 にべなく上座に打通り 左衛門慇懃に手をつかへ 勅使と有て田舎の館へ御?の御入と

 

頭(かしら)を下ぐれば左中弁 惟喬親王の勅諚 謹で承はれ 汝が妹生駒姫は美人の聞へ 后の連(れつ)に加へんと度々勅下れ共 病気と有て

事延引 此上は病気ぐるめに連れ来たれとせい急の勅諚 依て此地へ着くと其儘 夜中ながらも来つたり 片時(へんし)も早くjy台の用意

と 聞て左衛門猶もひれ伏すコハ有難き勅諚 併妹が病気と申は俗にいふ空氣病(うつけやみ) 申事にしやうどな馬鹿者と成り

居りますればと いはせも赦(あへ)ず スリヤ空氣病でも気違ひでも そこらあたりにお構ひはなひ 兎角美しいが御賞翫 腰より

下の病ひでなくば 早く入内をせり立る ハツ其義御合点でござらはいかにも生駒を入内致させモウ山と 勅答すれば打諾(うなづ)き

相違なくば今宵中に用意致し 明朝早々都へ同道 ナニ左衛門 まだ外に別途の御諚 大納言宗岡が頼みに寄て其方が奪

置いたる先帝の御遺書 アゝイヤ其義は竊(ひそか)に申上ん 設けの間にて御休足 イザ先々と左衛門が 勅使を伴ふ欲悪(よくあく)の 思案に

 

 

50

心奥深く 儲けの馳走取々に 琴の音色も百夜通ふ車に有て其本(もと)に 並ぶ姿の襠は けふ始めてのお姫様 嬪婢(こしもとはした)取

まいて 褒むるやら笑ふやらびたしやら一間を立出る アレ/\奥で何じゃやら諷ふは/\ 此様に面白い事しつたらとふからお姫様にならふ

物 嬉し逢ふぞと心のいそも ノウ千草殿生駒姫のお待兼 今のお方がいつもお出なさるゝ時分 今宵はなぜに遅いぞいのふ

サイノウ 龍田山迄毎夜/\お迎ひの役は常平殿千草殿 何をして居やしやるやら お姫様のお心根を思ひやる程ヲゝしんき

しんきほむらのほのほも水に コレ/\其様にしんきがるはこなた衆歌聞く事嫌ひか そんなら爰でびりがけでも初めふか 申/\

びりがけとは何の事でござりますへ ヲゝ女子だてらびりがけしらぬといふ事が有物か 賽(さい)投げる事じやわいのふ アゝ申 お姫様が其

様な事遊ばすものじやござりませぬ ほんにおりやお姫様じやのふ 移りやせじと恥しく シタガ何ぼお姫様でもひもじいめはこたへら

 

れぬお飯を一膳杓子も付けてひつぐち早ふ持てこいと いふ姫よりも附(つき)々が顔のもみちもくみてしる つなでに通ふ 御膳の

用意 結句給仕は邪魔に成る皆はあつちへいけ/\喰 はつと一度に嬪共 連れて勝手へ入る月の都の空を乞ふる身も 恋には何の幾

里が 大和の国の隠れ家より 夜毎に通ふ業平朝臣 雨は降らねど蓑笠に 人目覆へどいつしかに 浮名龍田の山越に 忍び/\し

幾重の門 常平千草が案内にて 今はひとへの恋の閨隠し妻戸かしほり戸の 本に彳(たゝす)み給ひける 毎夜/\の我通ひ路

龍田山迄迎ひのそち達 苦労の至りと有ければ コレハいたみ入た御仰 何を致すも主命ノウ千草殿 夫々道の程を姫様が

きついお案じ 夫故に私共が道の警固 夫はそふと嘸姫君のお待兼 イザ先御入遊ばせ 然らばそふと立よる間口 内には夫(それ)と精(しらげ)

の飯櫃 飯匕(いひがい)取てげこの器に手づからもりぐひ 在所育ちの不行儀さ 東に明けし塀の窓 指し覗き見る昧爽(ほのくらがり) 姫の姿に業平の 興

 

 

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さめて立退き給ひ 我此本(もと)の女に契り夜毎に通ふに始めこそ 心憎くも装ひ飾り 今は打とけし心になん 手づから飯匕取てげこの器

もつける様 行儀乱せし浅ましさ 遉田舎の武官の娘 斯有べしと思はざる我不覚 コレを思へは不便成は井筒姫 此高安へ通ふ事

悪と思へる気色(けしき)もなく 風吹かは沖津しら波龍田山 夜半(よは)にや君が独り行らんと おぼつかなみの夜の道 行衛を思ふ心ざし 一首に貞女の

操を顕はす 彼を思ひ是を見れば 通ひ路も是限り けわひ化粧によそほふ花 散れば枯れ行柴薪 きのふの色香けふもさめ 色好み

なる業平も 心うがりて茫然と 供に見入る両人も軻れ果たるこなたの一間 待わびて生駒姫 大和の方を打ながめ 君があたり見つゝ

送らん生駒山 雲なかくしそ雨は降る共 ヤア其声は生駒姫 そふおつしやるは業平様 といふもひそ/\走り出 待

兼涙郭公(ほとゝぎす) なく音(ね)はほぞん二世かけて かはひと抱(いだ)きつき/\゛も 心いき/\生け筒に 今迄しほれた花の影 水

 

上げおふせた風情なり 内には恟り サア大客じゃ/\と 膳を抱へてかた寄るれば いざと手を取り生駒姫 伴ひ

申せば常平千草 扨(さって)もよい出合頭 塀の窓から覗いて見た昧爽(ほのくらがり) 横向きになつてお姫様のお取込の

最中 生駒様かと思し召 隘阻(あいそ)つかしてお帰りなさる所 ヤレ/\ひあいな事と いふにそんなら姉様のと 見や

れば器を指し出して 麦飯とは違ふて味(うま)い事じやが参らぬかと 詞も味い新米の生駒姫とぞ知ら

れたり 顔打赤め妹姫 ヲゝさもしい姉様 お前故にお隘阻が尽きやうとしたも窓が有から エゝ恨めしい

東の窓 早ふしめてたもいのふと あどなき詞に業平卿 我もあの窓なきならば 暫時も隘阻つき

まじきに 恋路の中を隔ての明かり 窓こそ難面(つれな)かりけりと 仰は今に高安の 里は東に窓明けぬ 謂れ

 

 

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も恋の世なりける 箸持ちながたつれ/\と 見れば見る程ヤア/\/\ サア/\/\ そふじや/\と立寄る姉姫隔

つる生駒 コハ何事といはれてあほうの色付き声さつきにいふた ひこ/\さんじや アレ首筋が寒(さむ)なつて

どふもならぬとべた惚れより好きなすへ膳も ほつちらかして立騒ぐ 奥へ洩れんと惣々が心あせつて

シイ/\/\ 猫めがうせたか シイ/\ にやん/\ にやんの事じやと軻るゝ常平 大事の/\私が殿様 無理おつしやる

と擲(たゝ)くぞへ 擲かんしたら噛むぞやと 互に争ふ姉妹 お出遊ばせ イヤ/\/\ こつちへ恋の波立って業平卿は

漂ふ私 楫(かぢ)取り兼る常平千草 果はひつたり濡れ事の 相談障子の内ゟ左衛門 ヤレ音高ししづまれと

いふに恟り立退く一間に声立て 君は千代ませ/\と諷ひかなでゝ高安左衛門 取繕ひし俄の嶋臺 靏亀

 

との千万を 心をこめし思案の折形(かた) 礼儀乱さぬ畳のすり足 こなたは逃げ足千鳥足 業平卿は気

も半乱 山より落る夢心地 途(ど)を失ふておはします 左衛門は悠々と嶋臺向ふへ押直し ヤイ常平千

草 そち達は此場に用なし 竊に申上る子細 ソレ一間に窺ふ者なはきか 心を付けよ早く立てと 詞にハツと

両人は 心残して入跡に 眼を配つて業平を 上座に勧め奉り 神酒携へ席を改め誠や人倫兼

備相交はるといへ共 不孝者とは是なる妹 兄親の赦さゞる忍び男を引入れ此有様 につくいやつと思へ共

遉は兄弟 何卒好(すい)た夫えお持たせたやと 思ふに幸い関所の役目 龍田口の関をゆるめ置きしは忍び逢

せん其が寸志 王位を出てとふからん御方を 高安づれが聟などゝは 恐れ有り去りながら 有卦(うけ)に入た妹が 一生

 

 

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の思ひ出 祝ふて祝儀の此嶋臺 銚子は即ち此神酒 コリヤ/\生駒 兄が赦す土器(かはらけ)を取上 彼方へ

上ませい 何卒一献召上げられ下さらば 左衛門が身の面目 難有からんと低頭平身敬ひの こt場嬉しく

生駒姫 兄の情を汲みてしる 土器を取上れば アゝ是々 生駒といふはわしが事じや わしが祝言

してもらふ なァ兄様とあほうも理屈 左衛門重ねて生駒姫を入内させよと 惟喬君の勅諚

そこを存じて生駒を拵へ ナアコレ此生駒を入内さすれば波風立たず 斯く申左衛門が胸中は 云ず共御推

量有って イザ/\一献召上げられいと うはべは吉粋義心の武士 底意は極めて敵役 詞に工み在

原の 業平卿察し給ひ 深切の志し 疑ふには有らね共 憂いを払ふ此酒も 時世に連れて憂いをもとむ

 

得と心底見る迄はと 仰に左衛門目に角立て スリヤ其をお疑ひな 武士の一旦申出したる此盃

此儘に納むる事罷成ぬ 是非共一献いざ/\と のつ引させぬ此場の時義 呑は危ふし呑

ねば身の上 サア/\何とゝ詰寄左衛門 傍からあほうの指出口 肴がなふて呑めぬかへ 酒呑ずに

いのふとしても 夜が更てある 道が剛(こは)い 妖(ばけ)物が出るぞへ 酒呑方がよからふ/\ ドレ肴にわしが

歌ひとつ よんで見せふとにじり寄り 有あふ料紙でさら/\と 筆もひなびた一首の歌 業

平卿手に取上 よもあけば きつにしめなで くだかけの まだきになきて せなをやりつゝ 此一首の

頭(かしら)の五文字はよきくませ ムゝ歌のさまはひなびたれども一首に一酒の義理を含ませし あつぱれ

 

 

54

頓智の此一首扨はアゝ是在所者と侮つてもらふまい 歌人は居ながらめしくひ/\ 何も角も

呑込で置いた 其一首を肴にして 早ふ祝言仕ておくれと 酒の善悪呑込まず 一首の歌は鬼

殺し あほうがとりえな在所者曲者とこそ見へにける 誠に猛き武士(ものゝふ)の 心を和らぐ祝言の 盃望み

に任すとも一首の徳 スリヤ召上られ下されんとな 忝しと一礼し 祝言を望むは両人聟君は一人なりや

此義は追て指し当つて其を お疑ひなき証拠の此酒 見事に一つと進むるにで ヲゝ兎も角もと

業平の 仰に高安笑壺に入り 仕すましたりと金の神酒 口取退けてお酌御免と丁どつぐ 呑ほし給ふ顔付

は 何の賢與(けんによ)もないしやうで 入かへて有る水ぞ共 しらず押へるひらじいに もりかけ/\呑顔を神酒徳利と

 

眺めても とんとすまたのむしやくしや腹 見当で入れた富の札 三番ずれて両袖さへ 取損ふた心地

なり 生駒は傍からコレ申 其様に上つては お身の為に悪しからふ 私が部屋でお休みと いふを幸い業平卿

思はぬ大酒で余程の酔(えひ) 介抱頼むも巻舌に 酔ふた振袖媚(なまめ)く生駒 振合ふ袖に取付姉姫 突

退け一間に入給へば ころりと転(こけ)た造酒(みき)徳利 呑だ人より酌人があほうの粕に酔たるごとく 軻れ果たる

こなたゟ 窺ふ倉苅東元が 徳利取上不審顔 一滴にても呑がいなや 忽ち心痛すべき筈と云せも果

ず 心痛所か アリヤしゝらしんつうじや 頰(つら)も赤まずしるしのないは 東元何とゝいはれて廃忘(はいもう) 慥に毒酒

に金の口と思へ共 心がせいて取違へたか 今一度銀の方を イゝヤ是も合点が行ぬ 先づ試みをした上と 見

 

 

55

廻す後ろに大馬鹿者 いつそこいつに試みをと 囁き諾(うなづ)き コリヤ/\妹爰へこい われが望みの祝言の盃

思ふ男の呑さし 呑む気はないか 但し酒は嫌ひかと いふ間も待たず舌なめづり ヘゝこちや十三一つじやはへ ナニ

十三一つとは へゝおすきさまじや ハゝゝゝ好きとは幸い早呑めと つぐも強気(がうき)に続け呑 甘い工みに甘い酒 味(うま)い/\と舌

つゞみ ホウ/\ なんじや アイタゝゝゝ 首筋から咽廻り 撫で廻して呑しめば 扨こそてきめん奇妙の毒気 どふもならぬと

七転八倒 地水火風をもと/\へ 戻す所と東元が 口に称名左衛門も 鬼の目にさへ涙声 不便と見やる其

中(うち)に 虚空を掴むも虫の業(わざ) 漸押へて コレ/\こいつじや どつから這入りおつたやら 體中を此蜘蛛めが ぞめき

おつて噛みおつて アゝいた ヲゝこそば おとゝいこい/\と取捨る とんと毒にも何みのならぬ酒(さゝ)がにや 蜘蛛

 

のふるまひいとおかしき 左衛門たまらず東元が 首筋掴んでぐつと引つけ 高安左衛門共云るゝ武士を うぬ

能くも偽つたな イヤ全く以て ムゝ偽らぬといふ毒酒は何と サア/\/\/\とつ詰られて東元が 毒薬

却て水となり 詰らぬ身分返答も 煎じ詰た此場の配剤 此上は左衛門が 計略有と見上る一間はしめ

やかに かはるなかはり給ふなと髣髴(ほのか)に聞ゆる睦言の 耳に入てやおろかしき 心も恋に逆だつ一念 ヤア/\/\

そんならわしが可愛男と ヲゝ生駒姫が抱れて寝ておる エゝあの今(ま)一人の生駒姫が 可愛男

を取くつさつたか わしが首筋を寒ふして置いてからそっしてからぴこ/\とさしてから エゝ腹がたつ/\と 訳も涙に

立たり居たり 身をもみあせれば コリヤ所詮アノ生駒が息有中(うち)は添れぬそち 無二無三にかけこんで

 

 

56

生駒姫を打殺せ そんなら生駒を殺したら ぴこ/\様(さん)に添れるのかへ いふにや及ぶ覚への一腰 渡せ

ば取て合点と 小褄引上げ抜放す 刀も心もみだれ焼き 見事切るかよ ヲゝ手本を見せふと東元を どつ

さり腰切酒もつて 尻を切られし最期也 我を偽る東元め 打放せし其手の中(うち) まつ此通り

生駒姫を 討て捨よ早いけと 焚き付ける火の燃え立つ勢ひ煩悩の 居間をさしてぞかけ入たり 左衛門も

心は空 こなたの一間へ入る間も太刀音声高く 恋の敵の生駒姫 討取たりと襠に ぐる/\まきの

首ふりかたげ 踊り出れば驚く大勢遁さじものと取まくをめつたなぐりも嫉妬の念力なぎ立

/\追ふて行 様子を聞て左中弁 あはてふためき飛で出 ヤア/\左衛門 入内さすべき生駒姫 討取せしは言語

 

道断此通り 都へ注進後日の咎め 待て居よと云捨欠け出す勅使のせい急 いふてかへらぬ死

人の沙汰 綸言詮なき臨終お 見届けてこそ立帰る 左衛門は計略を 仕すましたりと一間より

出る後ろに常平千草 近/\とねらひ寄り お主の敵遁さじと 突かゝる懐剣を もぎ取る

間もなく常平が 打込むたんびら蹴退ける強気(がうき) こなたは恨みのするどき刃 勝負もあはや左

衛門が 横はらぐつと一えぐり とゞめさゝんとかけ寄る千草 ヤレ待て両人いふ事有りと苦痛をこたへ

どつかと座し 生駒姫が恩を思ひ 此左衛門を手にかけし 両人が健気の行跡(ふるまひ)其性根を見る

上は 我本心を明かし聞けん ヤア/\妹是へ参れと 声に随ひ生駒姫 走りつく/\゛手負の有様 ヤア

 

 

57

何故に御生害と取付縋れば恟り仰天 ヤアゝ生駒様は御安体 コハ/\いかに早まりしと悔み

歎けば高安左衛門 生駒姫が無事を見て嘸安堵しつつらん 其が誠の進呈一間の内

なる業平卿も聞てたべと 苦しき體押直り 元来此左衛門はコレ仁君に心を寄せ 御運を

祈る甲斐もなく 当時盛んの惟喬親王 生駒姫を入内させよとしきりの御諚

かはりを立てても事顕はれなば身の大事と 思ふやさきに最前の女が嫉妬 是幸いと身

がはりを立て殺させし故 勅使は其儘都へ帰る 此上は誰憚らず業平卿に添い遂げよ コリヤ両人

そち達我に成かはり 生駒が身の上頼むぞよ とは云ながら此身の最期 嘸力なふ思ふらん

 

不便の者やと左衛門が 今はに明す真実心 生駒は正体泣入て 勿体ない兄上様自がいたづらを

憎い共おつしやらず 添してやらふと是程迄 お心づかひの有がたさ わたしや冥加に尽きませふ 赦してたべ

とかきくどき 歎き沈めば業平卿一間より立出給ひ 始終の様子あれより聞く 我心のひ

がみゟ左衛門を疑ひし誤り 生駒が事は気遣ひ有な ぢん未来かけて業平が宿の褄 思ひ

残さず往生有れ 南無阿弥陀仏と称名の声に左衛門有がた涙 諸共に懐中ゟ関所の印

取出し 惟喬親王忠臣と見せたればこそ 摂河泉の関所の役目 此印札有る上は

惟仁君の御忍び路 姿をやつし通り給ふはゞ 往来は自由ならん 股先帝の御遺書も故有て此館に

 

 

58

守り奉る 御覧に入れんとにじりより 拳ちがへぬ目当ての額 丁と打てば内ゟ御遺書 都勤番

の砌堀川の邊(ほとり)にて 怪しき者に出合 奪ひかへせし御遺書有れば 惟仁君こそ万乗の御主 此上の

満足なしと差上れば業平卿 御遺書といひ関所の印札有る上は 手寄/\に味方を機関(かたらひ)御代に出す

も貴方の働き 遖の忠臣と 仰にいた手も打忘れ エゞ有がたき賞美のお詞 併ながら三種

の神宝一つとして御手になければ 御即位の程覚束なし 此事のみ左衛門が 黄泉(よみぢ)の障りと気

をあせれば ホゝヲ其義に置て気づかひ無用 過し都騒動の砌 昭宣卿ゟ請取て 業平

か守護仕ると 有あふ三宝引寄せ給ひ 上座に据ゆる神璽の御箱 スリヤ神宝の一つは君の御手に有

 

しよな ハツア悦ばしや嬉しやと 神璽をつかんでつゝ立たり 血汐の穢れ有身を以て 憚り有と立より

給ふをはつしと蹴退け ヤイ業平のうつそりめ 大かた神璽は儕が手に有らふと思ふて此計略 元(もと)入れは猫一疋 常

平千草出かしたと 聞て仰天業平卿 生駒は悲しさやるせなく そんならやつぱりお前の悪心 コリヤマア

何とせん刀 南無阿弥陀仏と取つく小がいなしつかと捕へ イゝヤ殺さぬ 此左衛門は女房にするはい

エゝこりや驚くな 元其が宗岡卿の家臣高安郡領が養子 なりや そちと身共は

云号(いゝなづけ)も同然 入内さしては身が恋が叶はぬゆへ 馬鹿女めに毒気(どくき)をふき 身かはりに殺したは

嬪の紅井め ヤアゝ コリヤもがくな/\ あいつは慥に二条の后と睨んだ故にばらして仕まふた 惟喬親王へさへやるまい

 

 

59

と心を砕く生駒姫 うぬにくれてよい物か 是から儕を都へ引て 惟仁が有家白状させんと岩

金が 凝かたまつたる極重悪心 常平いさんで一時も早く業平を 都へ引立此旨言上 此千草は生駒

様を口説落してあなたの奥様 ヲゝサ/\業平が懐中へ おさめおつた御遺書ぐるめ惟喬公へ差上い シテ/\関

所の印札は 夫も幸い業平が懐当に早急げ 畏たと両人が 業平生駒を引立/\ 都の空へとかけり

行 左衛門は悦喜の顔色 神璽の御箱押戴き 生駒を入内の其かはり 此神璽を差上て 官位昇進

思ひの儘と とく/\ひらけば神璽に有らで忍びの文通 当名は高安何某へ ヤアこりや是いつぞや御遺書を

盗取時落した此状 ヤア/\/\南無三宝 謀る/\と思ひほ外こりや却って謀られたり 詮議せんとかけ出す

 

いづくゟかは弦(つる)音高く 矢一つ来つて左衛門が 膝の口 のぶかにこそは射込んだり 尻居にどふと倒るゝ間も

なく 奥の間ゟ伊勢守継蔭(つぎかげ)が娘 伊勢の侍従(じじう)親の敵高安左衛門恨みの一矢覚へしかと 声

高/\と富士の間の 障子ひらけば惟仁親王 二條の后諸共に 傅(かしづ)き並ぶ以前の女 装束正し

く巌然と 弓矢たはさみ守護せし粧ひ 襖に画(えが)く夏の富士 白妙をます有様は あてやかに

も又ゆゝしけれ 苦痛の左衛門起直り ヤアうぬはさつきの馬鹿女め コハいかにと恟り仰天 惟仁親王

やり給ひ ヤア/\左衛門 下賤の女と姿をやつし 入込しは御遺書を取返し 再び都に入らん為 関所の印札奪はんと 申合

せし謀 今ぞ汝が天命と 思ひ諦め覚悟せよと 悠々たる穏和の御諚 伊勢侍従声はげなし 高子の君を誡め

 

 

60

我に討せんそちが巧み 得ゟ知て鬼取とやらんを討取り 計略の裡(うら)をかき 矢を以て射留しは 過し頃其ホウが御遺書を

奪ひし故 自らが父継蔭は 申わけに御切腹 其砌に落ちる一通の充名(あてな)は高安何某へ扨は汝が所為な

らんと心を尽くせしかひ有て 父の御無念さんずる只今 思ひ知たか左衛門と 詞に無念の歯がみをなし スリヤ常平

千草も廻し者で有たよな いふにや及ぶ 容認来たれと惟仁の 御諚にハアツと常平千草 仕丁の姿

ゆゝしげに 御遺書関所の印札迄 御前に指し置き謹んで 常平千草が本体は 堀川の大臣昭宣

が弟大納言国継夫婦 兄昭宣の不興を請け 下郎と成て入込み居たは 御遺書の詮議して勘気

を詫んず我計略 業平卿は直ぐ様大和の隠れ家へ 御帰り 手寄り/\に味方を招かん謀猶も君のおん

 

子細は 御病気と云たて参内なされぬ是一つ 二つには彼劔 廣連にお渡し有たは肌を赦させん御計略と 見透す

詞 遖推察 シテ彼劔を贋物と慥に知たは何を以て ハゝゝゝ惟仁君にお心を寄せ給ふ行平卿 誠の御剣でござらふならば イヤモ

何のお渡しなされふぞ 心よくお渡し有から扨はこいつ贋劔じやと 下郎めが目の付け所違ひしやと 胸中ぐつと一呑に 憚り

ながらとさし戻す 玉の盃當意(そこい)の程 一くせ者と見へにける ハゝア左程聡明英知を持って 此行平が仕丁づれにはハテ

惜しい骨柄と 仰を脇へ ア此勢ひに白状させんとつゝ立上り 所詮責めせつてうでは行かぬやつ よい/\此上は最前の曲者ぶち放し

て落つかせんと 聞て驚く女が顔色 見て取る幸作欠出すを アゝ是待ってと苦しき體あせり留ればサア白状するか 譬いか

成責苦に合共 云まじと旨は据たれど いはねば大事の夫(おっと)の身の上 ヲゝ真二つに討放す ガすりや兄といふたは アイ私が夫でご

 

 

61

ざんすはいなァ アノ兄といふたは 私が夫でござんすはいなァと申まする ムウ其夫婦が又何故に 此兵衛兄弟と名乗入込しぞ

有やうに白状せよ いはずば幸作曲者めを 畏つたと又かけ出せば アゝ是申成程白状致しませう 今日是へ我々

が 姿をやつし入込ましたは お主の敵行平卿を討たん為 お預りの劔が出ねば お腹めすとの噂を聞付け 万一お果な

されたら 誰を敵と討つ一なし 兎やせん角やと夫婦が相談 宝剣に贋物拵へけふのオ難義救ひしは 尋常にあなたの

お首がほしい斗(ばっかり) いろ/\様々心を砕くも 冥途にござる御主人の御無念が晴らしたさ 返り討は覚悟のまへ 主人を思ふ我々

が心の中(うち)を思し召 恐れながら立合て勝負をなされ下さらば 生々世々の御恩ぞやと 思ひ込だる願ひ事 聞て怪しむ

寝覚御前 心得ぬ今の詞 我夫(つま)は御幼少から 終に人を害なされたお噂は聞及ばず 若し人違へには有ざるやと 云も切らせず

 

波間より 潮(うしほ)汲み込む軍勢催促 さらへにかけてかき寄する 味方は浜の真砂地や 読む共尽きし君が代の 栄へ栄ふる

時を得て 藤くら山に咲く花も ひらく聖運朝日山 出塩引汐 塩焼く手業も軍のかけ引き 五つの

味わひ塩ゟ出る 真其ごとく進退存亡只一心 法よく人を制すに有と 見馴聞きなれ馴れなじみし 融

の大臣の明智の程 今見るごとくいさましき ホゝヲ遖融が物好きしたる六條の館へ入て 行平有経

なんどを機関(かたらひ) 四海を治むる奇計をなさんと 御諚に皆/\いさみ立ち やがて内裏に責め入らんと 勢ひ込で

見へければ ヤレ音高し旁と 制しとゞめて伊勢の侍従 少しきは大いなるに勝つ事与はず 当時盛ん

の惟喬親王 今追討の時節に有らず 譬ていはゞ夏の富士 時知らぬヤマハ富士の根いつ迚か 鹿子まだらに

 

 

62

降る雪も 積もる時節を待たざれば 山の景色を失ふ道理 今ぞ御運のひらき口 ヲゝ関所も安々宮古に入らん 道

の警固は我々が 命にかけて御供と 先に進むは下郎の国経 頼もし遖々 遖賢女のいさほしは 鬼神も取拉ぐ

和歌の三女の其一人 是なん伊勢の作物語 国経の大納言 未だ下郎と印せしは 此理りと白泡はませ 祭り出す俊足姫

くりげ 恋に心も染手綱 目元も轡もはつりん/\勇んで此家を立る弓 矢疵に苦しむ左衛門が 思へば無念と立かゝるを 父の

敵と首途(かどで)の血祭り エイと討取る一刀 ひとかたならぬ惟仁君 追付御代に翻る 時節もちかの塩竈を 移せし

都の陸奥(みちのく)や 見かへる富士の絵空事 吾妻くだりと末の世迄 筆に美談を残しけり

 

○右は大序より二ノ詰迄にて御座候。三ノ口ゟ大切迄は下の一冊を御求御覧之程奉?候