仮想空間

趣味の変体仮名

薩摩歌 下之巻


読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/

     イ14-00002-345 


45(左頁)
   源五兵衛おまん夢分舟  下之巻
源五べどこへいきやる さつまの山へ 跡はおまんが涙のうみよ ふねもをされず ろかいもたゝず よるべたづねて
うか/\ うか/\こがるゝ 源五べこがるゝたかい山からたに
ぞこ見ればぬのをさらすは なつこそよけれ おまん心は
ごかんのふゆか ゆきのおもかげちら/\ちら/\わす
れぬ 源五べおもかげすがたは四きの 花なれや 時
おり/\にはやりゆく 山ぞだてしやの山かづら 引手かず/\


46
かずならぬ心の「たねの さゝぶねになさけのうは荷 はね
られて思ひは しづむヤツサ やつさ/\のかゝろのをと
もみゝに かなしくとをざかるあのふるさと人此まゝで 又
かへらじと思ふにも これが此世を出すねぞと おやをうら
みの目は涙 何に生れんかれいがは松のむら立なつこだち
桜嶋人うちむれてサンサおきにあみ引つりたるゝなみの
をなみを かきわけ/\はしるうさぎの名所ぞや よくのたか
野にのがれきてあそぶ野鴈やさぎかもめ つくしのつまを

都鳥ありやととへどいかに共 まきの野馬の馬のみゝかぜふく山の
わたしもり我が思ひはしらすげに 舟もうしほもひくかたに おり
折はまは はや日のきし高ちおのだけ高けれど たかいこえせぬふたり
がなかの ちぎりは此世後世山かくす ほどなを世にもれて たれひら
きゝの神の氏子の神かたや おらはしらぬが子共らが咄す おまんね所
にあしや四本となんしよばへ ねどころにおまん おまんねどころに
あしや四本となんしよへばへうたふ一ふし かぢのをとあまの友よぶ
こえ迄も こちがうきなのうはさかとよそのひがことたきつけの


47
いわうが嶋は 一かすみ ながされ人のあの嶋でながすそとばも
たつなみに よりくる/\よりくるいとは くまの三すぢがながれちり
つる ちんりちりつるしやみせんの わたりそめにし国とかやりう
きう国に打つゞきさつまや 三が国にきり雨がふらばよな それ
ぞ立名のうきくもの雨の もりとてぬれて行 袖はあらしの
ふきかはしてかほは涙の水かゞみアゝあれ/\/\ まゆのひき
ずみべにおちて かみはばら/\みるめわかめに もつれみだれて
いつくしのはのくしになりたや ヤレサテさつまのくしに 諸国娘

の ウヤレ手にわたろどうがねの よんぢりよめごはよいよめご 此なん/\
此 よいよめ あれ見さいなきり嶋山のよこぐも 此なん/\此
よこぐも ここぐもの下こそおれらがおやざと 此なん/\此親ざと
つまざとが夜のまにちかくなれかし 此なん/\此なれかし 恋しきかた
も ちかくなれしほみちくればみなれざほ ながき日かげもほ
のぐもり心づくしやきづくしに くれぬさきより我心夕ぐれの
せきながめやり ねふるかもめにさそはれて うたゝねふりの
ふら/\とふねゆられてねふるらん 舟人も ねふりこがれゆく


48
そも一すいのかりまくらみな一心のむすほすれゆめをうすびて
ありそうみゆめかうつゝかまぼろしか さらにわかちも七ながれ
ながれくはんでうちのうへの もうじやうかふるのりの水あはれに
「も又ふしぎなr 導師のお僧かねうちならし しやかはさりみ
ろくはまだ世に出ず みだのひgはんをたのまずはいつかくは
たくを出ぶね のりをくれてはたれかわたさん なむあみだぶ/\
なむあみだ/\/\なむあみだ仏なむだみだ いか成人の何ゆへに
やひばのうへのわうじやうかさんのあらちか世のなかは よそのこと

ともおもはれずかたり給へとたづぬれば たれがいふともなみの
をととふらふ人はりうきう屋 おまんと申すがたの花おつと源五
の手にかゝり きへてちつたるちがたなの のりのちかひもあさまし
や其おまんとは我身のうへ しやばかめいどかいかにとも おぼつか
なみだせきかぬる うき世のうらみくずのはのかへすかたなにはら
かきやぶり おとこはあした女はよひ 一夜斗はへだつれどすえの
あふせは一すぢに ながれよるべの水せがきかたるも我身聞
もわれ こゝろひとつをいろ/\にむすぶはうろぢとくればむろ


49
ばんじはゆめのたはふれの手にもとられぬおきつかぜはまかぜ
しほかぜさつ/\さつとしてさめ行ゆめのあと見れば ありし
はなみのをとどう/\として かいしやうむなしくべう/\たり おまんはお
どろくかぢまくらわが身はもとの我身にて さめてもさめぬゆ
めごゝち あさせのなみにおりひたりなげきのこえにふな人が か
ぢとりなをすおもかぢのおもひまはせばゆめなりけり 心もと
なや我つまにけがあやまちのしらせのゆめと かつはとまろぶ
両袖になみだもしほもみちにけり ゆめちがへしつてんじかへ

とゝろもなみも立さはぎ つかへはのぼる山おろし ふくやをひ手の
そよ/\とかぜのいろはにほをあげて はしり行衛はさつまがた
おきのおなみにあこがれて たよりなぎさに立めなみ身をく
だくこそ「ふびんなれ たづねめぐるや はう/\゛の津しほの
つぢなかうらがしや かねてきゝをく目じるし有うれしやこゝ
ぞとはしりこみ ヤアこれは源五様しなずにまめでござんす
か さきのが本かこれが夢か どれがゆめやらまことやらいきがき
れた水ひとつ まづのませてくださんせと どうどふしてぞなき


50
いたる 源五だきあげ水ふくませ よふこそ/\しんていとゞいたまん
ぞくした 此うへからはおやざとのしゆびはともあれかくもあれ
くびはくびどうはどうかうがしやりになるとてもおやの手へはわた
すまい おちついて気をしづめやとせなかをさすりなでおろす
おまんもすこしわらひがほこなさまのかほ見たりや むねも大
かたしづまつたきづかひしてくださんすな 扨々ういめつらいめや
身の一代におぼえぬこと うらのたかへいとびそこなひほりへおちて
しぬるばを おらんびくにはいのちのおやむすぶの神 しんじつ

きどくなかいほうゆへわにのくちをのがれ出 やう/\と福
山のふねにのり九里のわたしも千里のごとく とけしない
やらこはいやら気がくたびれてとろ/\と ふなばりに手枕
してねるともおもはぬその間に まざ/\しい夢を見まし
た わしやこなさまにきらるゝこなさまは又はらきつて めをとや
ひばの死人のためとながれくはんでう七がれ しゆせいうらしい
ぼんさまがかねをはつてお念仏 やかなしうて/\何やらなひ
てくどいたが いふたことはおぼえねどもわがでに我身のえかう


51
して 念仏申がみゝに入ふつと目がさめうつとりと 今のは夢
であつたげなサアたゞではあるまい こなさまのけがあやまち
かたゞしうき世を見かぎつて れいのたんきがおこつたかはやふ
あひたや聞たやとむねもこゝろもわくせきしてほか
けぶねさへまだるふて たぐりつくほど気がせいた此様に無事な
かほ 見まいかとおもふたにわしやがつくりとなりました よいに
付わるいに付ゆめは三日が大じの物 かならず人にさからはず身
をつゝしんでくださんせ これ此袖見さんせ ゆめにないた涙で

今にぬれてあるはいの おもへば/\ゆめの間のかなしさが 本の
ことならどふせふぞゆめがあふたらどふせふと おつとのひざにも
たれふくこえを あげてぞなげきける 源五はおとこぎ打わらひ
ヲゝ気がくたひれてはいろ/\のわけもないゆめ見るもの 身に
かねがいるとてきらるゝは上夢 おれも去年こはいゆめ 天ぐの
はなにとり付てによごの嶋へわたると見た 其あくる日によそ
から松だけとあかだひをもらふたと かたればおまんもふき出し
てエイよいかげんなことばかり アゝ久しうでわらふたうちではおやの


52
きをかねて たれにあまへるものがないわしやこなさまにあまへる あ
まやかしてくださんせとほうづえまくら身をよこに たがひに足
をうちもたせこしかたかたるぞつきしなき かゝる所へ母いやは下
女下男引つれ あんあにもなくつゝと入 ハアゝおまんこゝにかそうあ
らふと思ふた くるならくうるとふたりのおやにはなぜしらさぬ 人も
つれずきのまゝでおやのふはいぶんかまはぬきか いふこといふてしまふ
たらきり/\もどりやむかひにきたと あとさきもなくいひ捨
けりおまんあいさついはんとするを 源五兵衛をしとゞめつゝと出

これ/\きのふ迄は其方へ 出入奉公下人分のこと介 今日よりもとの
ひしかは源五兵衛 一せんもたねどさふらひのちやく/\ 十まんぐはんめも
ちやつてもりうきう屋の新兵衛 詞もちがひ産もちがふ すいさんし
ごくなあんないもなくふんごんで かへれといふは誰がこと 此おまんは身が
女ばう侍のさい女は おつとの心しだいにておやのまゝにはならぬこと を
のれがやどにて新兵衛をまはいたかくとはちがふたぞ其方斗はや
かへれながいをせば引すり出すと たばこ引よせけふりふきとつて付
べきかたぞなき 女房さすが物しにて詞をやはらげ 御尤/\


53
つれていんだらもどすまいとわるふお心まはつたそふな 親が千万き
らふてもぬしが心にすいたもの もどさぬとてもあの子がもどらずに
いやるまじ 親も何しにとめませふ 去ながらりうきう屋共いはるゝ
我々すむめひとりをしつけかね 長持一つをくゝらぬとぐはいぶんわるい
わたもいや 第一あの子が身いはひきつとしたてゝをくりませふ 新兵
衛心も其通り其せうこに今日は kはふてもちをつきまするちよつ
ともどして下さりませ ぜんざいいはふてもどしませふサアおまん立てお
じや サアおじやいのアゝしぶとい子やといひければ おまん中にうろ

/\となさけなやうとましや あのゝものゝがやかましいちよつ
ともどつてさらりつと らちあけてきませふか どこへ/\ はゝめが
いひふんみないつはり だましすかしてつれ帰りたのみをとつたむこ
のかたへ をくわんといふしんていつらるきにあらはれた かどよりそとへ一
寸も出しはせぬぞいごくな母めもけふがあすに成千日成とも
いたくはいよ おまんにをいてはもどさぬとすでにがん色かはりけり
母はもとよりたゞ物ならず アゝ町人のあさましさお侍のさほうは
しらず ぜひにをよばぬなんとせふ かけおち人のおたづねものそれでも


54
武士がたつならば いはれぬきもせいやかふより町所家主を 頼んで
つれてかへりませふ手間もひまもいらぬこと みなこいと立んとすお
まん取つきまあまつて下さんせ 町所へことはつて源五様を今のまに
らうへいれふといふことかつれだつて帰りましよ まづしづまつてくだ
さんせ是源五様 ばんじ人にさからはず身のつゝしみと申たこと 必
わすれさんすな大じのお身じや合点か 何もわたしがむねに有
ちよつともどつておや達を なだめてかへればさらりとすむわし
しだいにしていなさんせ ついもどりましよといひけれども源五兵衛

合点せず イヤあすもどさばもどしもせん けふ一日が此源五が
もどさぬといふ一ごん くびになつてもいひとほすとさら/\もど
す気色はなし 母は名におふがみすあものヤアしやまだるい男
ども おまんをひつたてつれてこい かしこまつたとしもおとこ ゆか
の上へかけあがる源五兵衛かけふさがり さふらひの女ばうにゆ
びでもさゝばかたはしに どろすねきつてきりすへんよつて
見よとねめまはす さつま一こく名どりのおとこ 源五兵衛に
ねめつけられ左右なくよりつく者もなく 母ことともせず打


55
わらひ おくびやうなやつらかな むかしが今に至るまでにらまれて
しんだものはない おまんおじや手をひかふと立より所をぬき打
二ほうさきかけてずつはときるきられながらかたなのはに しがみ
つけば手のうちくゝれあけになつてにげまはる おまんは母をきら
せじと立おほひたちへだゝり ぬき身のしたへとまはりけるおとこは
おまんをよけん/\としけれども せきにせいたる手ものびて
見こみのかねあひはづれけん おまんがひだりのかたさきより
前はちぶさをけさががけに両へさつときりさげられすでにさい

ごと見へにける 母はひるまず天ごえあげ やれ人ごろしきつ
た/\と よばゝるこえに当町りん町おどろきさはぎわれも
/\とかけあつまり 手おひをいたはり源五兵衛とりにがす
なとぞひしめきける 源五さはぐ色もなく大はだぬいではつ
たとにらみ やかましい町人共にがすなとはたれがこと すべに
よつて此源五がたちのかばのきもせん にぐるといふ字が聞
にくいかたなをぬくは人きるかくご 人をきればしぬるはかくごうそ
かまことかこれ見よと ひだりのあばらにかたなをつきたて えい


56
やつと引まはしかへすかたなをのどぶえに たてはたてゝえぐりしが
はらをふかく切たれば うでさきよはりのつけにそりはんし
半生あはれなり かゝる所にふうたい千石ばかり成さふらひふう
ふ ともまはりはなやかにおや新兵衛にあんなおさせ いきをは
かりにかけ付まだしにきらぬかうれしやと ふうふの手おひをかん
びやうしみゝに口よせ大をんあげ エゝいひかひない源五殿 先年京
都でさんくはいした林と申たこしもと今はさゝ野三五兵衛 是は
わがつま其ときの小まん見わすれたか ふりよのえんによつて

おやのかたきの有どころべつみやう迄聞たる故 よく年かたきを
討おほせすねんの本望いこんをはらし 此小まんとふう(ふうふ?)になり
本国本地にきさんして くはいけいのちじよくをすゝぎぶもんの
美名をかゝやかすも源五殿のおなさけ 御をんはうみ山ほう
じてもなをほぷじがたし 先御じぶんの行衛をたづね拙者が主
人をたのみいり おくにをひろふあのおまんとひよくのさかづき取
むすばんと こゝろのかぎりたづねても今日迄行がたしらず その
うちにあのおまん外にえんに付させてはをんをほうずるかひも


57
なし 先外の手をとむるため我らが方へよびとつて しづかにき
でんをたづねんと我々ふうふがしあんにて なかうどたのみつくり
なして いひ入のたのみをくつたは此三五兵衛であつたぞや 残
多やざんねんや さりながらきよくがない よし此方こそしらず
とも笹野三五兵衛こそは おやのかたきをうちおほせ本懐
をたつせしとは 九しうにかくれなきものをなぜたづねてはくだ
されぬ たゞし今おちぶれてへつらふまいとの身のひげか たゞしまた
拙者がむかしのをんをわすれて 見ぬかほしそふな三五兵衛と見

付られたかはづかしい さりとは聞へぬうらめしいせめてよい折たい
めんして 詞をかはしてまんぞくした 後に聞て三五兵衛におひばら
きれといふことか さりとてはきよくもない其はづじやない源五
殿といだきついてなきければ 今はのおまんもめをひらきじろり
と見たるめはなみだ 源五兵衛も手を合せかたじけないと斗にて
をの/\わつとなくなみだおちて ながれてくれないのあけの ち
しほもあらひけり アゝ三五殿御ふうふのおれいは来世で
/\ とてものなさけに御かいしゃくはやふ/\とくるしむこえ


58
エゝふがひないきづかひすなもつとおmふか手といひながら ほん
ごくながさきに黄陳(わうちん)と云なんばんげくは むかしの華陀が仙方を
つたへきれたるすぢ おれたるほねおちたるくびもつぐ名人
此りやうぢにかけたらばふうふがいのちはつゝがなく 千年迄は
千石どりがうけとつたりや松のかぜ風にあつるな身をもむ
なとり/\さま/\゛とりつくろひ のりものにのせ
しやみせんにのせて うたふは源五兵衛どこへいきやるぞ
さつまのやまのやまは たからのやまとかや