仮想空間

趣味の変体仮名

鎌倉三代記(紀海音) 第四

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
      イ14-00002-193

 


62(左頁)
   第四 わかさの局道行
うれしとは むかしぞよみしほし月夜 あく
るわびしきかまくらの御所の御もんお七重
やえ こへつしのびつかくろいつ わかさのつぼね
いもふとはあさぢといへどあさからぬ おもひは
ひとつふたりづれ うつゝ心も みだればし 一万
君が今もなを はゝにそひねの夢や見ん ね


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がほわきがほわらひがほ めにちらつきて身を
さらぬ 袖とたもとのうら/\に涙 くだけておとな
しのさきの しらいと「糸による ものならなくに
わかれぢの 心ぼそくも夜るの道 まよひくる
身がやつすぎてはるまださむし雪の下 つもる
思ひにあいべつりくの ことはりしるきあけぼの
や とうくはうざんのかねのこえ わかれをなげく人

あればねふりを さますのりのとも おやはらから
はおちこちに すみれつばなもなのみしてしも
の しばみちふみしだく くれななひにほふそらだ
きに たれまつよひの侍従川よせては 帰る
しらなみのふじが やつとはあれやらん 一はけ
さつとよこぐもは たが筆 そめてくまどりて
四季のながめもとことはに 代々をかさねし靍が


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おか こゝはやれ どこぞと道人にとへば こゝはさ
さか川 辻町じやとさ 心はかりは由井がはま つら
なるえだを 打なみのむねにこたへて身にかゝる
せめてむなしきからにだに 行合(ゆきあい)川の丸木ばし
ふみは かへさじ一筋に千代の ためしのさゞれ石なき
名のかずやかぞふらん むじやうをつぐる野がらす
のこえも するどき松かげにしばらくやすらひ給ひける

梟は寝に行 鳩はおきて出るとかや 明なんとしてたま
ぼこの道まだくらき岸かげに 高札たてゝ高ちやう
ちんさし寄て見給へは 何々わかさのつぼねが兄 はながき
いおりといふ者上をいつはりかすめしゆへ けいばつにおこなふと
読みもおはらず爰そこと 見渡すむかふにごくもんのかほは
しらねどそれとのみ する/\と走りより なふ浅まし
の御すがたや 人をもあやめぬすみをし おもき科有もの


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こそはかゝるうきめにあふときけ 有のまゝ成有ことをいひ
もひらかでやみ/\と 非道のおきてにあひ給ふ 是といふ
のもみづからが 名のりて出ぬあやまりを百千万のいひ分
も 今ではかひもなぎさこぐ あまの小船(おぶね)のこがれ来て
せめてさいごの御顔をおがまんとこそ思ひしに はやくもかはる
兄上の 御面かげと斗にて 二人はそこにだおれ臥しなく
より 外のことぞなき 本田の次郎ちかつねそれとはしれと

しらぬ顔 ヤイ/\女よるまいぞ ごんごにあまる大ざいにん首
などぬすみとられんかと 本田が番を相つとむはや/\
帰れといひけれは 二人はやがて起なをり ハアちゝぶがけらいの
本田よな 我こそわかさのつぼねなり 是成は又あさぢ
さて汝が主人しけやすが 様子はしつている女 ついてはあれ
なる高札に心得がたき事こそあれ 詮議がくらいうろたへ
秩父に是へまいれといへ 尋んとの給へは 近常ハツト


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畏り おどろき入たる仕合せかな 扨又せんぎの筋につき
何か御ふしん候よし 重忠めすにもおよはぬ事はゞかりながら
拙者めが 申ひらき候はん御尋あれと令承(れうぜう)す ムゝ何と
いふ其方が主人にかはつて返答とや 只今尋ぬるいろ
しなをもしいひわけにつまりたら まああのごとくなんぢ
が首ごくもんの木にさらすぞよ 心をしづめよつくきけ
あの高札にわかさのつぼねが兄いおりの介と書付しは

慥なせうこ有ならん しかるうへには彼の者を上をいつはり
かすめしとて なぜけいばつにはおこなふたぞ 但いつはりもの
ならばわかさの兄とはなぜかいたぞ 二つにひとつはしげたゞが
あやまりにては有まいか返答きかんとの給へは 近常につこ
と打笑ひ いふても女義の事なれはそこらは御存しられぬ
こと 国のせいたういたすには 非理法権の四つの文字第一
に仕る りひのさばきはつねの事 理は持ながら一国の ほうを


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そむけは越度と成 理も有法もそむかねど けんい
には又おさるゝなり けんいといふては誰あらん比企の判官
よしかす殿 りひぜんあくもかへり見ず 法もむほうも
わきまへねど 君にしゆつとう無二といひわかさのつぼね
の親御じやの 一幡君のぢいさまのと持のぼしたるけんい
をは くだく時節の来らぬゆへ 糟をくらつてどろみづの
すめるをじつと待ている 重忠はおんくはの武士 花がき

いおりおつぼねの兄と見すへて有ながら 首をうちしは
せいたうにけんの一字を用ゆるなり 又高札のかき付は近
つねじぶんのれうけんにて がくもんしたる事もなくちえ
によけいも候はず 善なればぜん悪はあく 見へた所をまつ
すぐにいはねは聞ぬ生付 御名を出したがおちどなら
ごくもんの義は扨おいて 火あぶりにもあそばせと道理
をならべいひ立れば 二人はとかふの詞なくさしうつむいておはし


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ます 近常いだけだかに成 せつしやめも又御つぼねへ御ふ
しんの申べし 兄をうやまふ礼義をば御存あらばきのふ
にも 名乗て御出なさるゝ筈 イヤ/\身こそ大事じやと御
引なさるゝ心ていなら たゞ今これへは無用なこと いける時
にはぶれいをし物をもいはぬしに首に ぐど/\とした
いひわけは心得がたしとあざ笑へば あさぢはやがてさし
出て ヲゝよい御ふしんさりながら ゆふぢよは義理のしやうばい

にて身をうばふなどいふ事は かげてもlしらぬ事なれど
大将ぐんのおくさまのむかしのしがをいはるゝは 夫のち
じよく子のちじよく 判官殿のちじよくにて名乗
あはぬはいおり殿 只一人のちじよくぞといとかろ/\゛
しきれうけんが 思ひの外に兄うへの 身をほろぼせし
くやしさのいひわけもしつ御首を けふりになして
なき跡を とふらひ給はん其為に御所をもろ共出され


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ば ふたゝび帰る心でなし高札を打わつて 首をこなたへ
わたされよ 但はれうけん成まいかとまもり刀を取いだし
妹がぬけはあねもぬき どふじや/\とつめよるは いづ
れせつなき心なり 近常ハツトかんるいし何しにおしみ申べき
首はもちろんむくろ共只今しん上いたさんど 櫃をあ
くれはいおりの介は走り出 ヤレいもうとよ兄さまか 是は/\と
斗にてあきれる も又涙なり 伊織涙をおしぬぐひ

きのふの恨引かへてけふの心てい満足せり 某当地へ来る事御身に
あふて身の栄華極めん為にて更になし 去年三月五日の夜はぐ
ろ山の修験者 がうかいといふ法師に一夜の宿をかしけるが 親げんば
が寝首をかき夜の内に逃失せしを 爰やかしこと草を分け縁を
求めて尋ぬれば しれぬ社(こそ)道理なれ頼家卿の帰依僧にて 営
中をはなれぬ由ねらひ寄るに手だてなく そなたをかたらひ討ん
為はる/\゛爰にくだりしと 始終をかたれはわかさのまへこはそも夢か


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浅ましや たとへ暫しはわかるゝ共待としきかばいつぞは又 かまくら
呼び取て朝夕御顔をおがまんと あだの頼もなき身ぞと むせ入/\
歎かるゝ 漸涙を押とゞめ 能こそ思ひ立給ふ親の敵といふからに
討たで叶はぬ道なでば心をつくし気をくだき ねらひおふせてうち
給へ兄様たのむといひ様に 守り刀をずはとぬき心もとを
指し通せは こはそもいかにと人々は驚きさはぐ斗也 いおりは膝に
かきいだき 心得がたき有様や 兄弟名のり逢たるが一分たらぬ

といふことか 様子をかたれといひけれは わかさはくるしき声を上 アゝ
おろかなことをの給ふな めぐり逢たるうれしさは めいどの道の
みやげぞや すくせいか成報ひにやうさもつらさもかなしさも 身
につむつみのあぢきなや 聞は聞程みづからは世にながらへん
やうはなし 判官殿の常々に わかさの誠の親兄弟生きて此世
に有内は いつか名乗出べきと心のやすまることなしと たはふれ
ごとにの給ひしが 其がうかいといふ法師わけてこんしの中なれば


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それを頼てとゝ様をころし給ふに紛れなし 討たれし親も自ら
ゆへ 討する親も自らゆへ 今又ねらふは誠の兄 手引をせぬは
不孝也 心を合せは是迄の えいぐはの恩に預りし後の親をば親
とする 義理にそむくが悲しさに かくこそ思ひ定めしぞや からだは
朽て行く迚も 我魂はいもうとのあさぢが胸に残し置 兄
弟心を合されて 敵を討て父上や又自らがしゆら道の くげん
をはやうすくふてたべ本田殿へは取分けて 申置たき事こそあ

れ一まん君の行末を よくに見立てて給はれと重忠殿へたのふ
でたべ 是のみよみぢのさはりぞとくどき事こそ哀成 近常涙
押のごひ お心やすく思召せいおり殿の御ことも 敵をしゆびよふ
討せん為せいばいせしと偽て 大ざい人の首を討ちごくもんの木にさら
せしも 是皆主人計略也一幡君を御代に立 重忠後ろ見いたす
こと何しにいはい申さんと 世に頼もしくこたへれはわかさの局手を合
アゝ有がたや忝なや 此上思ひ置ことなし 兄様さらばといふ声の よはる


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ときけは 玉の緒もきれてはかなく成にけり あさぢも共に泣狂ふ
を近常はおり押とゞめ 姉の魂とゞまつて親の敵を討迄は こなたのからだは
預り物そさうなされなけが有なと いさめすかしてたつか弓やたけ心はさる
ことにて いふても敵は大身者 主人なんどがちえもかり力もかつて討
給へ わかさの局の御さいごは さたなし/\御しがいを ひそかに寺へ送らんと 先ず
長持にかき入て 本田は先がた跡は兄 あはぬ昔の恋しさと 逢て今
の悲しさと になひくらぶづ棒先のながき 別れぞ「ぜひなけれ

  まよひの絵姿
牛羊(ごよう)けいかいにかへりてうしやく枝のふかきにあつまる げに
世の中はあだ波の よるべはいづく雲水(くもみず)の 身のはていかにし
らざりし 御いたはしや頼家卿 けいらうぎよくしゆの閨の
内二世の三世の七世のと たがひにちぎりかはされし若狭
のつぼね何となく やかたをまぎれ出給ひ 今に御ゆくえ
しれざれば 現心も涙のとこ身をしる雨のあけくれに


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つばさしほるゝひな靍の 一幡君も朝夕に 母よ/\の
もろ声にいとゞなげきをます鏡 俤うつす姿絵も そ
れも心にまかせねば せめては夢をたのむてふかりの
枕のかり御殿 一念すでにみだるれは まよひのもんをひら
くとは しらぬ御身ぞあぢきなき 石にせい有水におと有
風はたいきよにわたる かたちを今ぞあらはす女 かけ地はなれ
て心魂たちまち あらはれ出たるふしぎやな 水くきの筆のかぶ

ろと身をそめて ねふりならひのゆふべよりいくあさごみの
春秋を 梅はやなぎになびきあひ 松はさくらのあひどこ
も むかしがたりに成たるぞや おく殿様なりのつり夜義に
おしのふすまのはねかはし 情かはすも色のふち瀬と みづの
かしはのうきしづむ身はうき草の根をたへて しやばにのこ
れるりんえのがうくはゝ雲きりの のきばにたつて雨に
あられに 霜にみぞれにつもりつもつてきへかへりては


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またふる雪のすがたのふじよけふりくらべは 浅ましや なふ
なつかしや一幡君 おや子の中は一世とは たれかいひけん
そらごとや 泣く音(ね)は遠き こけの下露のそこ成たましい
に こたへてあまり悲しさに すがたをかりのかけ物に うつりて
是迄来れりと しやうじの内のゆかしげに すつくと立
ておはします 頼家見るより走り出 うらめしのわかさやな い
もせの山の中を行吉野の川のよしや世に 何がつらふて

悲しうて やしきはのがれ出けるぞ アゝおろか也/\ 誰に恨を
ゆいがはま おやはらからに名のりその 名のれとてしも
かりそめに 忍び出たる閨の戸の 跡だにいまださゝざりしを
たが通ひ路と今ははや つまやかなねしさよ衣ねたましの
男やな いやらしの妬みやとにげんとすれば 引もどし おが
めど 顔を打ふつて 悋気は女の手くせ口癖いにしへ今
も ていぢよきう女もていかかづらや つたかづらはいまつはれ


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ても 此身もとよりうへきにあらねば うてなにかゝやく
鏡もなし ぼんのうぼだいは法の道づれあらおもしろの世
の中や ゆふべあしたのかねの声じやくめつ いらくと
ひゞけ共聞ておどろく人もなし 花は根に鳥はふるすにかへ
れ共 行て返らぬ死出の道 申殿様 なんぞ 酒をは
ふつゝりやめさんせ なぜに 色あそびをもおかしやんせ
そりやならぬ すれやどういふてもやめぬ気か おゝいか

なこと/\ そんならわしはもういぬる どこへ あの世へ あの
世とは はあてめいどへいいまする 頼家はつと気を付
て 何とめいどへ帰るとは扨は此世をさりしよな もにすむ
むしのわれからと やいばのうへにきへし身の此世に心はとゞめ
ねど まよひ来るは君ゆへぞや 直きを捨ててまがれるに し
たしみ給ふあやまりも 色と酒とのふたつぞと いさめ申さん
ため斗 二度ま見へ給なり もろこしげんそうくはうていは 御心


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かしこくて おさまる御代は五十年 国土も民も太平
の 天子とよばれ給ひしが かいどうねふるやうきひの もゝ
のこび有顔ばせを 御まなじりにかゝりしより げきしん
おこつて御車もていとの外に出給ふへば ひよくれんりと
ちぎりたるられうの袖もあだし野の 露かあらぬか玉
の有かを 尋ねわびさせ 給ふとかや うきことをくらぶの山
の鶯の子にまよふのも恩愛の うすきちぎりのたもとには

涙をつゝむ春雨につぼめる花の若君を ま一度見たし
だきたしとしやうじのもとに立よれは コハ何とせん情なや
此世あの世と立へだつ ざいしゃうの雲たかくして涙の
きりやれんぼのかすみめい/\もう/\らう/\として 見
れ共見へず声もきこへずなむ三宝 親子は一世の契り
しれて泣て笑ふてもだへこがれてかつばと ふしてぞ
泣いたる 頼家しきりに大音上 りふじんさつてかん


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のうのむなしき床の写し絵に たまむかへせしけふり
の内いはず笑はぬ俤を なげきし身のうへ成を げん
ぜのあふせ叶はずば やいばにしゝて此世をさり ごくらく
諸天はおろかなことたとへ地ごくのそこ迄も さそへつ
れだてともなへと手に手をとつて ゆくも かへるも
あふさかのせきも此身はとゞめえぬ 泣も笑らふもゆめよ
うつゝよまぼろしよ もはやわかれのあらたへかたや 刃の

つみにしゆらのたいこのさらばといへば しばしととむる 袖
ふりはなせば めにこそ見へね ふむ足もとはめうくはの
けふりこは浅ましやとにげつ まろべとまたゆくさきも
ほのほのけふりにすがたもこがれ 身ぶるひしてこそ立
たりけり あしかれと思はぬ山のみねにだに あふ成物を
人のなげきは君をあなどり 民をなやます判官親子
が悪心あくぎやく えんにひかるゝ我身にむくふてめぐり


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くるまのくるりくる/\ くる夜も/\あけても/\千
年万年 百千おくごうごくそつあつきのしもとにうたれ 山
にのぼれはつるぎにつんざき たにへくだればくれんのこ
ほりにしろむくかへつてからくれないの花も もみぢも
月も ゆきも 人間ばんじは小てふのたはふれ さけはあたを
ばむすふのやいばいろは いのちをきるのまさかり 皆おり
すてゝけふよりせいたうたゞし給へと 声はなやかにゆふ

つげ鳥のかたちは そのまゝきへてんげり 頼家なく
/\したひまどふて ざしきのくま/\゛爰よ そこよ
と尋ねめぐれば 又立帰るえんぶの有様むかふに
ひらりとかたちをあらはす いだきとめんとはしりかゝれは
そのまゝきへてでんくはうせきくはの水のほたるのちら
/\ ちらり/\と立まはる おもかげ月かげもろともに
あくるわびしといふかと思へば かたちはそのまゝ もとの


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かけ地に立もどり 絵そらごとぞと成にけり よりいえ
はつと手を打て めいご三界ゆい一心 きのふの酒のえひ
さめてけふは衣の玉を得つ 家には子有弟有国のかためは
和田ちゝぶ ゆるぎなき世のかまくら山 我身は思ひきりが
やつ 只今ゆうれいそんしやうへ手向の花ともとどりを
切てかしこへ投げ給ふ じゆんえん有りぎやく縁有 共に成仏
とくだつの道の道とはいにしへのひじりも とき置給へける