仮想空間

趣味の変体仮名

鎌倉三代記(紀海音) 第五

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
      イ14-00002-193

 
79(左頁)
   第五
天道はみつるをかき地道はおごりをにくむとかや さても
判官能員はわかさのつぼねじがいゆへ せきあく世上にろ
けんのうへさいつ頃より頼家卿 御ぶれいはなはだおもうして
こときはまつて見へけれは ぼうけい日夜身にせまりやしん
の胸に手を置て御次にひかへいる所へ 願行院がうかいは御き
たうの為とのいして 御枕もとにいたりしが そろり/\と忍び


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出判官を見るよりも ヤア比企殿か 法印か 先々君の御よう
だいいかゞ渡らせ給ふぞや されは次第に日を追てげんきよはら
せ給ふと見へ 正体もなき御ふせい コレたいせつの場になりしぞや
今にも尼君北條など御居間に詰かけ 御かとくのさたあら
ば 貴公のあだとならんこと鏡にかけて見へた事 此頃心をつ
くされし用意いかゞとさゝやけは 判官につこと打笑ひ 御坊
きづかひなさるゝなそこらはぬからぬのみこんだ いはるゝ通り

けむしめらやみほうけの頼家に さしこまれてはねんらい
大望が成就せぬ 所詮本ぶくない命一思ひにさしころし
御かとくは一幡へ御相続のゆいげん かまくら中へ披露せば さし
づめ拙者はしつけん役世伜共はおのづから くはいせきのいをふ
るふべし貴僧へも又千石か 二千石はしれたこと 其上にも和田
ちゝぶ北條などがいぢばらは かたつはしからだましうち コレ床のしたを
ほりぬいて忍びの者を入置た 悦び給へといひけれは がうかい


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ぞく/\小踊し ハテ 御殊勝な御了簡 万事は頼上ますとう
なづきあふていたりける 頼家卿それこそとは夢にもしらず御ねま
よりそろり/\とあゆみ出 両人に打むかひ けふは一入気もすぐ
れず とのいの者がつく/\゛と取まはすのもうつとしい 暫く爰で
かたらふと打とけて給ふぞ危けれ 二人は悦びめくばしし ゆん手め
手より飛かゝり刀を胸に押当 コレうつそり殿 どふでくはい気の
ない命いけておいては某が 大望の妨げかくごなされとつゝかくる

頼家ハツト斗にてさしうつむいておはせしが やゝ有ての給ふは 人
窮する時はいつはり 鳥きうする時はつかむ 窮鼠かへつて
猫を喰らふとはおことらがこと成よな エゝあやまつた重忠
や 義盛数度のかんげんを思ひ出るも恥かしや かくご極めし
うへからは命は更におしからず 爰をはなせ腹きると二人を左
右へつきたをし 既にかうよと見へける時 あやしや御座の畳
の下ぐはり/\ぐはた/\と 百千万の地がみなり大地も


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くづるゝごとくにて 頼家卿のおはします御座のたゝみを
下よりも ずつとさしあげ朝比奈がふんばたかつてたつたるは
けんらう地神(ぢじん)のゆ術かと 恐れわな泣斗なり 判官漸
気をしづめ ヤアおくれたかかね/\゛に しめしあはせし世伜共
笠原中野はいづこに有 出合/\とよばゝれば 朝日奈
から/\と打笑ひ かうに似てあなをほるうごろもちの
へろ/\武士 御用ならば進上とばらり/\と人つぶて

なげだし/\ほをり出し 大だちくつろげずつとより
コレヤそこなごまのはい 身がほうりきのかなしばり三寸
なはのじゆずつなき ナントでしにならぬかと 二人がほそ首
ひつつかみえいや/\としめつくれは まなこを見出し血を
はきて まつひら御しやめん/\と 手を合するぞ心地よし
かゝる所へ和田ちゝぶ本田花がきかけ来り でかした/\朝
比奈とあふぎたつれはよしひでは コレいおり殿 此ほうし


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めはそこもとで御なぐさみにりやうりあれ はんぐはんは
それがしがたゞ今ほうてういたすぞとくびちうに打
おとす いおりもすかさずがうかいをみづもたまらずうち
はなすヲゝ いさぎよしおもしろし あくにんたいぢくにはん
じやう ぶつぼうはんじやう武家はんじやう五こく
じやうじゆぐわんじやうじゆぶつりきじんりきのとゝ
なふ くにこそめでたけれ