仮想空間

趣味の変体仮名

ひらかな盛衰記 第五

 

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      イ14-00002-696


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   第五
源平互に攻め戦ふ生田の大手を討やぶらんと 梶原平三景時次男平次景高 無二無三に
切て入敵あまた切ちらし 太刀のほめきをさまさんと 攻め口少し引退き一息ついで立たる所に 後
陣の方より番場の忠太逸参にかけ来り 搦め手の大将義経 平家の本陣須磨の城を
攻んと有って 鉄拐(てつかい)が嶽鵯越一の谷の逆落し 手ばしかき謀しらせ申といはせも果ず
父景時 ホゝよくしらせたり 軍にすばやき義経に 高名させては一分立ず今一度敵陣へ
切て入此大手を打破り義経に鼻明かせん 気をさるますな者共やつと下知の半ばへ 梶原が物

見のさいさく敵陣よりかけ戻り 只今平家の城中を窺ふ所に梶原やらぬ通さぬと戦の真
最中 御父子の外に梶原と名乗る者の候やふしん也と注進す 平次景高眉を顰め」敵にもせよ
味方にもせよ 梶原が名字を名乗は 我々親子の外にはない筈 鬼神も恐るゝ梶原の苗字を
盗 敵をおどさん為なるべし 何にもせよ憎い仕方景高実否を糺さんとかけ行と暫しととゞめ 梶原
と名乗ば外ならず兄の源太と覚る也 宇治川の恥を雪がん為 やさしくも先がけせしなよし誰にもせよ
其図に乗て此城郭を打破らん 続けや続けと逸参に城中さして「生田の森 梶原源太景季
平家の多勢と打合戦ひ 今を盛の梅の大木小楯に取て控ゆれば 平家の軍兵菊池の一党遁さじ


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やらじと追取巻く ヤア物々しや我等は合ぬ敵なれど 菊池と聞ば何めでゝ 鼻に縁有る草と木の 生田の
埋めも箙の花もちりかゝつて面白や 八騎を相手に早咲の梅も源太も咲かけに 勝色爰に未開紅(かいこう)飛馬
飛梅秘術を尽しけふの軍の好文木と 切て廻れば白梅変じて紅梅の 血汐流れて敵も怯まぬやり梅
に甲も打落されて 大わらはの姿と成て引かじと春風に花をちらして戦ける 景季は事共せず百
術千慮の手を砕き けさ切たて割腰車 切伏/\鏖恐れて寄付く敵もなし 汀の方より四五十騎真砂をけ
立かけ来る すはや敵よと太刀取直し 近付を能々見れば 父の平三景時也 源太は見るより大地にひれ伏
恐れ入たる風情也 遉義つよき景時も 久しふりの我子の顔 見るめの中に涙を浮め やをれ景季

汝が所存も母延寿が物語にて聞たるが 武士の身に取ては忠孝の二つ 何れに愚かはなけれ共尤重
きは君命 そこを弁へさるは武士の若気 勘当したるも汝が心を励す為の母の慈悲合点がいたか景
季 今こそ父が実(まこと)の子と 手を取て引立物の具の塵打払へは 扨は源太が御勘当赦免とや 云
にや及ふ汝が今日此城中に踏とゞまり 平家の多勢を切靡け菊池が一党討取たるは 宇治川の先陣
に勝りたる高名 此勢ひに乗て落行平家を討とゞめん いさこい源太跡に続や者共と 親子主従いさみ
にいさみ汀をさして追て行 梶原が二度のかけとは今此時としられける 搦め手の大将軍九郎判官義経
公 一の谷の大敵を逆落しの一戦に攻破り 平家の一門或は討れ或は四国に落行けば 鎧の袖にかつ色


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見せ軍の労(つかれ)を晴さんと 花に屯(たむろ)の名大将下知に靡かぬ草もなし かゝる所へ畠山次郎重忠樋口の
次郎を高手に禁(いましめ)御前間近く引据れば 跡に続て梅ヶ枝兄弟 権四郎若君をかき抱き道々も申
上る通 樋口殿をお助け有る様にお取なし ちゝぶ様のお情と鎧の袖に取付すがるを目もやらず御前に向ひ
仰に随ひ樋口か罪科 法皇のえいぶんに達し候へは 主の為に怨(あた)を報ぜんとはかる忠臣の心 強ち罪科共
云がたし去ながら 勇者は勇者の法に任せともかうも 義理が心の儘に計ふべしとの院宣故 重ねて召
ぐし候と申上ればさればこそ 恐ながら法皇の叡慮我思ふ所恰もふがうを合ひたるごとし 今彼を罪科せば
此後主君の為に怨を報ぜんと思ふ忠臣の道絶果 弓矢の道を失ふ道理 樋口が命は助へし 早縄と

けとの給へば イヤのふ義経殿 いはれぬ弓矢の道を云立我を助兼て中よからぬと聞 梶原などが讒
言に合ひ鎌倉殿と中違ふて 後悔ばしし給ふな よつく分別せられよと死を顧ぬ志 義経打笑
はせ給ひ 天下の政に小鮮(しやうせん)をにるがごとし 梶原づれが讒言を聞入れ 義経と中違ふ鎌倉殿ならば 夫こ
そ日本弓矢の破滅 助けよといはぬ斗の法皇院宣 殊更義仲内甲に残されし 謀叛ならぬさいご
の一通明らかなれば 汝にかゝる科はなし 弥命助るぞ 殊に汝が子ならぬ子の槌松十五才に成迄権四郎とや
らん随分労わり守育てよ 鎌倉表は此義経が勲功にかへても 宜しく事を計ふべしと 始め番ひしちゝぶの詞未
前に察する名将の 恩義に縄も打とけてお筆兄弟樋口が悦び 権四郎有がた涙若君抱いそ/\と


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福嶋さして立帰る 梶原平三景時親子三人 番場忠太を引具し後ればせにかけ付 扨こそ樋口か誡め
とかれしな 勇士は勇士の計ひにせよとの院宣 私に縄を解れしは鎌倉殿を踏付るしかた 但
は我身を勇者と高ぶつてのしはざか 大将顔をふるまふてのしはざならば 此景時も侍大将なぜ談合
は召されぬ 忠太よつて樋口次郎に縄かけよといはせも立ず義経公大きに面色かはらせ給ひ 樋口を助け
誤りならば義経が腹切迄の事 一度ならず二度ならず過言の振廻ひ赦されずと太刀に手をかけ給へば
景時も膝立直し 御辺が首に景時が太刀は立たぬ物か サア抜れよ相手にならんと詰寄ば秩
父は君を押かこふ 父は源太が押隔てちゝぶ殿御前のお取なし いふにや及ぶ大事を前に置ながら諍ひは

善悪共に皆非也 景時を引立られよ 承はると無二無三つれて御前を立にける 此体を見て
平次景高 エゝなまぬるい兄のさいばい 親父のかはりに相手に成サア義経殿と詰寄を 樋口
すかさず飛かゝり 景高が衿かい掴み引かついてどうど投付くれば 是はと立寄る番場忠太首筋
掴んで動かさず コレ/\兄弟 父隼人を討たるはこいつと聞 親の敵今討てと力に任せ打付れば 兄弟嬉しさ
飛立斗 親の敵覚たか/\とおこしも立てず 寸々に切たかでかした/\ こいつはおれがさいなまんと胴骨踏まへて
首ふつつと捻切 鎌倉殿の寵臣梶原が伜を我手にかけ 生害とぐる上からは我を助給ひし
義経の御身に後難もなく誰々になんぎもかゝらず かへす/\血を分けぬ伜が事 義経公重忠


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の御憐愍(れんみん)頼奉ると 云より早く太刀取直し 我と我首えい/\とかき落す忠義のさいごぞ
いさぎよき 各勇士の心をかんじ諸卒を従へ御凱陣 平家の大敵悉く八嶋の外へ切
靡け めでたき春に咲栄へ 勝色見する箙の梅 源氏は益々逆櫓の松 栄は
千年の水緑 竹の鎧は万々歳神と君との道直ぐに治まる 御代こそめでたけれ