仮想空間

趣味の変体仮名

加ゞ見山旧錦絵 第九

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース  ニ10-01093

 

77(左頁)

第九

〽夢の世に 年経ぬる身は老にきと詠じたる大宮人の言の葉に 鏡山の里離れ 軒もまば

らの片庇し 門にかけたる看板も世の立木成る占やさん 墨色薄きかせ世帯 春の寒さを袖

屏風 肘をかたしき転寝(うたゝね)も 在所淋しき侘住居馴ていつしか操姫略(やつ)すとすれどおのづから

鄙に目馴ぬ爪はづれ 差寄てコレ申 又お風召さふぞへ 申/\とゆり起され ふつと目覚す縫之介

ヤア道芝か 死だと聞たそなたがマア 何として此有様 イヤ申縫之介様 そりや何を御意遊ばす ムウこりや

夢を御覧じたの ヤ本に夢で有たか 道芝じやないかとは マ面白どふな ヤア替つた夢じや聞てたも

 

 

78

そなたとわしが鎌倉から 爰へくる旅の空 越知川の渡し場で 道芝が幽霊に ヲゝこは ヲゝ怖い筈/\ そ

なたと二人此わしを 我夫(つま)じや我夫(おっと)と せり合た夢見たは 執着深く迷ふているか可愛やと 云顔

つれ/\゛打詠め 同じ女にに生れても おもうはるゝ身と思はれぬ身は夫程に違ふかへ 道さへ分かぬ深山路

の 木々にも花は咲物とひんと 尻目は有ふれし 涙ぞ恋の恋ならん 聞にもぢ/\縫之介 手持ぶ沙

汰の折も折 立出る畑介が イヤ申若旦那 世を忍ぶお身の上で端近の転寝 今にも主が座つたら叱り

ましよぞへ ヤ又操様も操様と 心付れば縫之介 本にそふじや 十内の帰らぬ内奥へ行 サアそなたも

おじやと手を取て わりなく見へし妹背中 打連一間へ入跡へ 浮世とは今ぞ身に知る十内が 心のしがく(仕学?)

 

内証の工面の胸も昼下がり とつかは戻る我家の軒内へ入ゟあたりを詠め コレハ/\畑介様嘸お待兼 カノ

お二方は アゝイヤお二人は今奥へ 夫は重畳/\ 扨内証の工面に 方々と歩行て見たれど モ行ぬは金

兎角頼みはお前の占 兎やかふ云内最昼過 お客達も来る時分 御苦労ながらいつもの通り

ヲゝ合点じやと押入の 戸を押明てそろ/\と這入四つ這跡引立 烟草くゆらす納め顔 折から

ひよか/\表口 頼みませふ 庄屋の作左でござる 十内殿はお宿にか ホコレハ/\御遠

慮深い 万事お世話に成まする私 御案内とは イヤ/\そふでおりやらぬてや 何ぼ今落ふれ

やつても 親父の代迄は此村の長(おさ)百姓 親御の代に身上仕もつれ打続く不仕合に親達始め

 

 

79

内儀迄 ばつた/\死果られ 乳呑子の娘を連 しるべか有迚鎌倉へ下られたに 又此春は

内儀の年忌 奇特にも戻られて 終ずる/\と在所住居 何とマアアノ結構な鎌倉に居

馴た身で 片田舎の在所住居は 小淋しうて嘸わるかろ ヤコレ少又こちの内へも咄しにこされやと 奥

底もなき深切咄し コレハ/\御馴染迚御懇節なお詞 今おつしやります通り私も 鎌倉の縁者

を頼み アレ是とする中にも 娘一人を心の楽しみ 其娘めも成人致し 今は鎌倉の官領様の 奥女

中へ奉公仕りますれば 身がら一つの今の気さんじ 夫に又此程は鎌倉の縁者共ゟ 拠(よんどころ)ない

夫婦連の掛人(かゝりうど)と聞てこなたも気の毒の眉に皺寄せにじり寄り 夫をわしもいふ事じや

 

て 行ぬ中へ此頃見れば わいや/\と口かふへて 其仕がくはとふしやると影ながらも思ふていた ヤ夫はそふ

と アノ貴様と一所に爰へ見へた浪人殿 様子を聞は 身過の占いは上手じやと 村の者が噂するが わしも

一算見て貰たいが 宿になら頼て下され サレハ此四五日は八卦も隙(ひま)故 此鏡山の傾城町へ辻売り

の占やさん モウ戻ります時分なれは 今少しお待なされ ドレ渋茶なと御馳走にと 爐へさし くべる一(ひと)

せんじ 自在の竹も真直な 正直正路馬鹿律儀 庄屋殿顔も打やつて イヤ何十内殿 考へ

て貰いたいと云其子細はの ヘゝホゝとふやらわしや云にくいわいの デモ訳おつしやらんとしれませぬ

そんなら云ませふ アノノ色事の事じやわいのホゝゝ ヲヤ/\恥しうて云にくいはいの サアおつしやりま

 

 

80

せいな そんなら死ると思ふて云ませふ アゝ能年をして 貴様の手前も面目中橋おまんか若後

家 どふ云縁か惚たか因果 村中へ対し此様なみだらがましい事しては 庄屋の役目かとんと

済(すまぬ)と たしなんで見ても情なや 朝晩かのめが 路次の出這入見れは見る程 いやます恋路

一日逢ねば百の銭 つゝけてやりたいわしか気を 知らずにくらす彼女 此中聞はいやな噂 きやつめ

には瘡けが有て 前度大きに煩ふたと聞て アゝイヤ持てしばし 何ぼ恋は叶ふても 自慢している此

鼻が ひよつとマアへたと成り ふが/\成ては済ぬが 若又夫も外のやつか焼餅で 藁を焚

て邪魔するのか そこがとんと分らぬ故 此占が見てほしいのしや 是は/\先以て風流な面

 

白いお願じや シテ邪魔仕そふな其わろは お心当てがござりますか サレハ/\其邪魔方めは 武佐

の宿の問屋めじやが しん底行ぬやつじやて ムウ武佐の者とおつしやれは 爰から方角はかう/\

と独云 丁と辰巳へかゝつている コレ/\ソリヤ何事を云しやるぞいのふ ハイイヤ私も此間は アノわろに八卦

けいこ 夫で方角を考へましたと ぬらりくらりも世渡りの 筈を合でる折こそ有 一目にしる

き鎌倉武士家来 引連権柄眼 案内もなく内へ入 跡の村にて噂に聞た 正銘見

通し占い者とはお身かことか 大切成尋者 詮方尽た折に幸 一算頼むソレ早く/\サア早く占へ

是は/\お歴々様 お急ぎの様子なれ共 カノ占い者只今は宿に居りませぬ モウ今に帰りませふ イサ

 

 

81

是への挨拶に 遠慮荒しこ打連て 上座にむずと押直り 身が事が定て音にも

聞つらん 鎌倉足利殿の御内において原田軍平実永(さねなが)といふおれき/\ 宮領家の弟

縫之介といふ徒(いたづら)者 細川家の息女操姫 夫婦連の欠落者 八卦の面(おもて)に考へさせ 行衛尋出

すにおいては ほうびは急度山吹の黄金(こがね)の花を咲せてくれんと 髭撫上しくはんたい顔 始終の様子

十内が聞済して立上り 押入の戸へ相図の漱(しはぶき) 戸棚の中をそろ/\と 後へそつと畑介が 廻つて出る

表口 何気内証通しのこんたん 内入機嫌にこ/\と ホゝウ作左衛門様 お侍様 どなた様も御免/\と

お家の真中 包おろせば十内が サテ/\けふは遅い戻りの 此お二人も最前から貴公の戻りをお待兼

 

じや ハイイヤモけふは廓の門を這入や否や ヤレ待人よ失物よろ たばこ一ぷく呑隙なく ヤレ/\えらふ

草臥たと 包解けば十二銅 見るゟ庄屋は軻れ顔 畑介は会釈して イヤ申作左様 先お前様

から見ませうと 算木取出ししかつべらしく ハアゝコリヤむづかしい卦じや色道(しきだう)上ナナンヒンといふ卦じや

色事と見へますわいな ヤアあのわしが願が色事と見へまするはいの 見へる共/\ しかもコリヤ外から

焼餅で 悪い病が有といふて お前と縁を切ふとしおるやつが有 ヤア其焼餅迄見へますかい

の 見へる共/\ 其邪魔するやつの方角は エゝ辰巳の方 武佐の邊りで有ふと 戸棚で聞

た一通り云並べられテモ扨も きよといは是程に迄合は合物か ヤレ/\怖い見通し殿 モウ/\お暇

 

 

82

申ませふ 皆様是にと云捨て我家をさして帰りける 後見送つて軍平はさもいかめしく膝摺寄

見通しと有れば此方ゟ申に及ばず 占申其一件 見通してくれめせと 頼みかくれば畑介は めど木取出し

押戴き 暫し考へ居たりしが 横手を丁ど驚く顔色 見るゟ軍平気をいらち イヤ何先生 殊の外

の御驚き いかゞの義成ぞ 早く様子を聞し召れい サア扨気の毒千万 全体此卦が首落損(しゆらくそん)といふ

卦で 変考(へんかう)は離(り)の卦に当って中切れたり 何でも物の離れる心じやが 何ぞ心当がござりますか

と 問れて軍平諸手を組 小首傾けいたりしが ハア奇妙/\ 其鎌倉を踏出す時我等が女房

は懐胎 又秘蔵の三毛猫 こいつも懐胎 相孕は天地開びやくの忌云と 孫子呉子も云れし

 

が兎角是のみ気に懸る 片時(へんし)も早く卦の面(おもて)占召されと気をせいたり サア面をいへば斯でござんす

お前は生得正直な 能人で有けれど 生れ付て欲深く悪人に一味して 大切なお主様を しばれくゝられ

と鵜の目鷹の目 悪人に方人(かたうど)なさんす故 天道の憎しみで 遠くは三日 近くては今宵 お前の

首は落るぞへ 何と すりやあの天道様の憎しみ故 此軍平が首は今宵中に すぼんと落るか

ない いかにも左様 スリヤ此首が ハア エゝ 能も武運に尽果しと目に持涙ぼた/\/\ 歯の根も合ぬ風情

なり 畑介猶も図に乗て ヲゝ悲しいは尤じやが まだ気の毒なことが有 お前の内儀もお前に似て邪見

な故 殊の外な難産で いかふ苦しでござるが 命の程が危(あやしい)/\ ヤア/\夫はマア本かいの 是なふ/\と斗にて

 

 

83

わつと声上げ泣出す アゝコレ/\まだ有る/\ お前の秘蔵になさんす三毛猫も 何と致したへ サア六月

廿九日の夜 犬にかまれて死だと見へる サテ/\気の毒千万と 聞ゟいつそ涙も留り きつく/\のしやくり

泣 雨気上りの蟇(ひきかへる) 灸をすへたるごとく也 ヲゝ道理/\ 其様に思はんす事なら 祈祷でも アゝイヤモまだ/\お

前の気が直らにや アゝ申/\ モウ/\是切に とんと心を入かへますはいな スリヤ真実惣心をひるがへす心かへ

是がまあひるかへさずにおられませふかいな イヤ申 此首の落ぬ様 祈祷して下さらば しゝても御

恩は忘れませぬ ムウ其心なりやわしも又 首の落る災難を 祈退けて進ぜる心じやが 此祈祷は一

通りの安い初穂では祈られぬ 先神前の飾付 供物の数が日数に表し 三百六十四品を錺り 綾や

 

錦の水引戸帳 神酒も並酒はならぬ也 伊丹剣菱男山 菰かふりの数十二樽 是もえとの数

に合せ 青幣には青ざし百貫 白幣には南稜の雪の白銀花と咲せて 大三宝へ山盛に

是を献じて米屋に酒屋 槙代家賃 節季/\の 溜りおどもりくさ/\の かゝり穢を科戸(しなと)の

風や八重の塩路 日向のおどの橘の 甚だ早き瀬を以て 祓い給へと祓いすつれば 其罪科の

災難障り さつはり祓い捨さへすりや 首落の難受合て除て進ぜる我法力 斯の通りと

出ほうだい ハゝア驚き入たる貴公のお詞 此上に何疑ひ 御存じの通り旅の空 有合せたる路銀の

有たけ 斯の通りと懐中の 打違ゟ小判三両おづ/\と差出し 是は至つて左少ながらお初穂の真

 

84

似事 先何ゟは災難の 首の所を御祈りと 四角四面に相述れば 畑介は不肖/\゛ コリヤ何じやたつた三両

大造な祈祷を云付けて たつた三両の目くさり金では 先此方は得致さぬ 脇をお頼みなされませ お

いとし様やと入らんとす アゝ申/\ぜひ/\祈祷を頼ぞとよ イヤ/\ 迚も是では祈られぬ 夫は余り お胴

欲様でござりますと ぐんにやり軍平思案を廻らし ヤナニ コリヤ/\ コリヤヤイ 家来共やい わいらも今聞通り 主

人の災難救ふは忠臣 いはい有まい 其方共が嗜の 路銀をどふぞかしてくれ 何かさて/\ 主君の為と

有事なら 何しにいなみ奉らんと てん手に出す懐の 壱歩二歩を取集め 御覧のごとく家来けん

ぞく 取集めました所がやうやく一歩がハア一二三四五(ひいふうみいよいつ)ハイ六歩ござります 御受取下されて よきに

 

御祈念願上奉る 此上障りなふ 武運長久御祈り申せば お気遣は少もなし 目出たふ受納致したと

聞て軍平気も落付き ヤレ/\今は心もさつはり 少(ちと)夜の明けた心地せり しからばお暇 早お出か 委しくは

鎌倉ゟ おさらば さらばも門の口 きほひいさんで立帰る 跡に二人は寄こぞり テモ味(うま)いお客がとれて

今日は思はぬ能もふけ 祝い事にお神酒あげふ いか様まんの直つた目出た酒 肴はわしがして

置ふ そんなら酒屋へ一はしり いて来ませうと畑介は勝手見廻しかけ徳利とつかは 〽として

出て行 憂(う)かりける世も引替し今の身の 花咲く春に近江路へ鋲乗物の光りさへ 名も照り添へし

鏡山 古郷へ帰る唐錦ゆたんかけたる挟箱 対の陸(ろく)尺打物も所目馴ぬ供廻り 駕脇の小侍

 

 

85

門口に腰をかゞめ 卒爾ながらお尋申さん 十内様には御在宿下さるや 鎌倉ゟ御息女様

只今是へ御入と 聞に驚く十内が 表を見れば美々敷其体 不審晴ねばにじり寄 見

ますれば お歴々のお女中様を 娘に持てし覚はなし 定めて夫は人違へと云間に夫と表の方 駕

前にひざまづき 御賢父様御在宿 イサ御対面と駕の戸を 明る間としと立出る お初も

今は咲く花の 世に開きたる出立栄(ばへ) 弥生時服(じふく)の合(あい)白に三千年(みちとせ)祝ふ桃色の打掛姿

艶に しづ/\と打通り 我家ながらもおもはゆく 父の前に手をつかへ 先何ゟはお爺様(とゝ)の

御機嫌のお顔を排し お嬉しう存じまする 付ましては私事 思ひ寄ぬ身の出世

 

訳はゆるりとお咄し申さん はる/\゛と鎌倉ゟ長の旅路のお土産迚も 心斗と詞の下 飾り立ち

たる白台に紗綾(さや)縮緬の巻物を 目通りに並べ置く 十内は黙然と手を拱(こまね)きて居

たりしが さも不思議気に顔打詠め ムウ驚き入た出世の様子 土産物の美々ししさ

子細社(こそ)定て有るらめな アイ其子細と申ますは 大切な尾上様 岩藤と申局役に恥しめを

受給ひ アノ御自害なされましたわいなァ ナニ御自害なされしとや シテ/\其跡は どふじや/\

大恩受しお主の歎 其場を去ず御殿にて 岩藤を討留ましてござります 何じや 当の

敵を其場も去ず 討留しとや ムゝゝゝ遖手柄 出かした/\ 扨又出世の其訳は サア其敵岩

 

 

86

藤を討留し御褒美迚 尾上様様のお跡役 中老役にお取立 名をも二代尾上と

下され冥加に余る此身の出世また其上に有難い御意には お前の事迄お尋の上 出

世の姿親にも見せ悦はすか孝の道じや 諺にも古郷へは錦を錺(かさる)其本文 三十日の日

数のお暇はる/\゛と尋登りし今日の今 何に譬ん嬉しさを御推量遊ばせやと 功成とげし悦

びは 涙に含む其風情 聞親の身は猶更と思ひの外に十内か 顔色筋をあららけて

スリヤ敵討や其褒美 其身に咲す花の出世 そちや嬉しいか 人なる者の立身出世

願はぬ者はなけれ共な 爰な道知すめ 今我か云並べたる忠臣顔の立身出世 忠の道に

 

似た畦道の 是を名付て横に歩行(あるく) 蟹忠臣の道といふはいやい コリヤよつtく聞け 誠忠義の

誉といふはな 御敵を討亡し 御主人を助け参らせ其身も君に取立られ 君臣共に全ふ

して 目出度君に仕ふるを 立身共誉れ共 人も誉め名をも残す 大恩受し大切な

御主人 敵の為に自害なされ 其敵討たはよけれど 御褒美迚取立られし 其御主人

は何人(ひと)ぞ 儕が主人の又御主人 いかに御意が重い迚 倍臣(またもの)の身分として 直参と成て主人

の跡役 主の名迄下された迚 よし/\と其名を名乗いかめしげに忠義呼はり 第一が御

主人へぶ遠慮 コリヤヤイ 何ぼ主の主じや迚も 我(われ)が主ではない 其方が御主人ではない 我が

 

 

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主人と頼みし人は 自害さなれた尾上様成はやい 外の主人に取立られ 嬉しいの有難いの

誉れじやの手柄のと 名聞(めうもん)ぶつた売物忠義 心有人々は爪はぢきして笑ふはやい 畢

竟金の不仕合がそぢは為の仕合と成 お主の災難が家来の身の吉事と成た無

理出世を 儕はきつく嬉しいかいやい 形は産み共其様な根性には産付けぬ ヲゝ出かした 忠義

者じや 其性根から身にまとふ 古郷へ錺る錦の袖も 身共が眼からは綴(つゞれ)と見へる 乞食

め 非人め 其くさつた魂で ひけらかしにうせた人(じん)畜生 見るも中々いま/\しいと 並べ立てたる

土産の巻物立蹴にはたと蹴放し/\ 一句一言道理 云詰られて一言の返す

 

詞も泣入斗 涙の外に答へなし 傍に聞いる附(つき)/\は シヤ法外者赦されずと 反り打かけて詰

寄るを アゝ是々慮外せまいぞ 今お叱の其一々 此身の上にひしとこたへて御返答に詞も

ない 立騒いで見苦しい 控へて居よやと押しづめ せいせられて附々も 鎮かへつて控へいる 尾

上は猶も恐入 御腹立の一々さら/\無理とは存ぜねど 是を斯との言訳は 親にも子にも打

明て云れぬといふ大切な 尾上様のお志 立る忠義は神ならで外に夫ぞと白露

の 心の内のせつなさを 能きに推量下されと 涙にむせび侘にける 親に云れぬ忠義と

いふは ろくな事では有まい/\ 名聞欲の立身出世 出かし顔の忠義ぜんざく 勘当じや

 

 

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出てうせい エゝ イヤサ勘当したは大恩有る 尾上様の御両親へ せめてもの身が言訳 大切なおお

主を失ひ 娘めが其代りに 褒美の出世致せしと どの顔(つら)さげて何面目 勘当は愚な

事 生き替り死替り 五々百生も生をかへ 又と面は合さぬぞと義に徴(こり)せまる一てつの 裏は

子故の悲しき恩愛 見せじと隠す親心裏の裏成節義の涙 まぶたを洩るゝ 斗

なり 云詰られて詮方も 詞なく/\表に向いて コリヤ皆の者 常々も云聞す通り 大切な

御用承り 尋来りし其訳を 勘当請しアノとゝ様へ 一通り申談ずる其間 次の村代官が

方に控へ居て 暮を相図に迎の節 云付た品持参せよ ハツト受たる家来共 跡

 

の村hwと急ぎ行 折から戻る畑介が 来かゝる門に立聞の 内の様子を窺ひ居る 尾

上は詞改て 何申十内殿へ足利家ゟの上使 何御上使 アイ上使でござりますと さも

おも/\敷其勿体 官稜家の奥女中 尾上殿とやらいふお歴々 御上使とは身に取って

覚へなけれど イサ先あれへ御通りと 刀引提不肖/\゛ 土下座を切て控へ居る 上使迚別義

ならず 其方事 お家の一老紙崎が家に其昔 長役勤居たりし 高木樹内といふ名苗

字迄 子細有て上には御存じ 然るにさいつころ綸旨の紛失 御舎弟縫之介殿御申訳立難く

姫君諸共御行衛知れず 所々方々御在り家 尋捜す其折から 此鏡山に蟄居なせし 其方が

 

 

89

方に二方共 かくまひ忍ばせ参らす由 事明白に注進に及ぶ 奥方花の方様の御賢慮

有て 此尾上を検使の役 京都への申訳 縫之介様の御首受取帰るべき旨 ホゝゝゝ本にマアあられも

ない 女の役目不相応も 主命は背かれずと 是非なふ申上まする 女だてらに子細らしい

しかつべらしい口上を ホゝゝと袖覆ふ 始終の様子十内も 当惑せしが思案を極め ムウ委細の

事注進有は 陳(ちん)するに詞なし 花の方様の御賢慮 女中の検使此上は御諚のごとく 縫之介様

の御首 御検使へ御渡し申さん 暫しの内あれ成一間へ御休足下さるべしと 胸と胸とを隔

の襖 あけていわれぬ親と子が 抜差ならぬ手詰の切羽 つばめを合す一思案伴ひ

 

〽こそ入にけり 門に立聞畑介が 何げないふり酒徳利 勝手見廻す納戸口 こなたは

障子押明て 出る尾上を畑介が 不思議そふに打詠め 是はまあとなたかは存じ

ませぬが よふマアお出なされました 私めは是の掛り人 畑介と申す居候 シテお前様は

何語用てお出なされたお方様と 何くはぬ顔しらぬ振り ムウ 此家の掛り人と有からは

アノマアお前様が聞及びました畑介様でござりますか 存ぜぬ事とは申なから 無礼

の段はお赦しと 会釈こぼして手をつかへ敬ひ かし付其風情 アゝ申/\ 是はマア何とした

迷惑 モシエ 私めは其様に お歴々のお前方に 結構な御挨拶受まする者じやござり

 

 

90

ませぬと身をうち/\とかゝみ居る 子細お咄し申されねは御合点の参らぬ筈私事が十

内が娘 初 と申ます者でござります 様子有て取上られ 此身分とは成なれ共 親十内

か御主人 主膳様の弟御様 御流浪の御様子も よふ存じておりまする 人の流れと水の行末

飛鳥川の淵瀬定めなく 御家来の娘が御主様と肩を並べ 其弟御様が 其家来の世話

におなりなさるゝといふも 時世迚おいとしほや 世は小車の浮沈みと かこち涙のやさしくも心を

汲し詞の色 畑介もしほ/\と差?(うつむ?)いて居たりしが テモ扨も/\御深切忝ひ とは云物の昔は

昔 今は今のそなたの身分 家来あしらいはモウ是切 ナニお女中様 アノすい鉢の山吹の花 人の

 

身に譬ていへば やもめ女見る様な物 ナ 何と思し召ますへ アノ山吹を人に譬 やもめ女子

見る様なとは ムウ 七重八重 花は咲共山吹の 実の一つだにそ悲しき サア 其実の

一つだになき花の 香は深ふても実かなふては 先祖へ対し大の不孝 アおつしやればそんな物

盛り短き人の身なれば 誘ふ水有はいなんとぞ思ふ 世を蘋(うきくさ)の思ひのたけ 畑介様 お前は何と

思し召と いわぬ色なる山吹の 口なし衣 ぬしや誰 畑介はうつかりと現心に何が何と 身を

蘋の其よるべも 誘ふ水有ば誘はれて 流てくるお心かへ サア マア心は心なれど 浮気かち

な男心 是そと見ゆる心中を見ねば 返事のならぬも尤 イデ心中をお目にかけんと

 

 

91

云ゟ早く腰刀抜かくれば アゝコレ申 そりや指をお切なさるか 是は又お前も初心な マ若

輩な心中立 ヲゝおほらしい ムゝ指切がお気に入すは腕を突ふか眼を突のか イエイナア 私かお前

にお望申心中はサア其心中は お前のお首が貰たい ヤア何か何と サア二つないお命が心中に貰たい

ムウゝ コリヤ面白珎しい類のない心中じやはへ 其又命が心中にほしいと云ふ そなたの心は サア其心迚外には

ない コレ此小柄が其心と投出したる覚への小柄 見るゟぎよつと畑介が 手に取上て見て恟り ナニ此小柄

が心中を 望むと云其訳は ソレ其小塚御覧したか 足利家の御重宝家彫の二疋獅子 紙崎の

家へ拝領有しは 世の人の知所 先君持氏卿御病死とは偽り 日外仁木が騒動の節 相

 

模川において不慮の御難義 何者共知ず持氏卿の 御召の馬の足を切 御首を討て立退し

其曲者が取落せし 二疋獅子の其小柄 エゝスリヤ持氏卿は御病死ならず 相模川にて御落

命 ホイ ハツト覚への小柄白眼(にらみ)詰 諸手を組で一つ息 ヲゝ当惑なさんすも無理ではない 仮初

ならぬ命の心中 此場で夫と ツイちよつと心中も見せられまい 暮を限りにお前の心中

待ておりますぞへ 畑介様と 詞の目釘鯉口も しめて小柄の判事物 一間へこそは入に

けり 跡には一人畑介が とつおいつの一思案 暖簾の影に縫之介 姫諸共に窺ふ体 夫と

見るゟ 思案を極め 四も五も喰ぬ上使の女 縫之介が首討に来たと云立て 実はお

 

 

92

れを仕廻ふ気で 爰へうせたアノ女 コリヤ大事に成て来た 先を越されては後手に成ちつ共

早く縫之介が首討 兼て手筈の軍平を以て 大膳様へ差上んと 大たら腰に不敵の

畑介 奥をさして窺ひ足 イデ一打と納戸口べつたり行合い顔見合せ 明た口へ二人が細首

覚悟ひろげと切込むだん平 さしつたりと受流し 主に刃向ふ人非人切先に覚へよと 丁ど打

たる刃先と刃先 姫は危さ気もたへ/\゛ 剛力の畑介に切立られて縫之介 ひるむ所を姫

諸共 膝に引敷剛気の畑介捻伏せ/\ いかりのどず声 ヤイ二人共によふ聞よ 十内初めわいら

二人へ 貞節に見せかけて油断させ 首討て大膳殿へ進ぜる心で 鎌倉へ飛脚を立 検

 

使に呼だアノ軍平へ 今首にして渡す程に 覚悟せよと覚への業物いかゞは仕けんきり

はつせば 刎返して縫之介が左の脇腹突通せば うんと斗に倒れ伏 音に驚き十内

も走り出 コハ何事と押隔つ 妨(さまたげ)すなと打払ひ 留め刺んと立懸るを ヤレ若旦那今暫し

早まり給ふな只一言 申上度子細有と いふに十内詰寄て イヤコレ畑介様日頃ゟの貞節

心 夫に引かへ此場の有様 やうすなふては叶はぬ所 サア/\其子細何と/\と問詰られ ヲゝ其不

審只今晴す 鎮つて聞てくれと 云ゟ早く刀を抜 左のあばらがはと突立声ふるはし 非義非

道を働いて君を欺き奉り 御手にかゝる其子細 一通り申上ん 忠臣無二の神崎が弟

 

 

93

とは生れたれど 若気の至り身持放埒 兄主膳に勘当受 所々方々と流浪の

身の上 身にしむ秋も肌薄く 霜に臥雪に立 いつくを夫と身の彳み 飢に労て死んず

身と 成果し其所に 仁木将監が逆(ぎやく)意の様子 聞て等しくお館へ駈(はせ)付し所に 逆賊の

源蔵か計ひとは露程も思ひ寄ざる此畑介 やみ/\と欺(たは)かられ 相模川へ落行は仁

木成と心得て 頃は宵闇猶更に 降しきる春雨に 川水高き相模川 渡りも絶て

水音もさも物凄く 更行空雨夜の星とひらめく松明 遠目に夫と窺ひ見て スハ

源蔵が詞に違ず 仁木将監此道を落来るそと心に悦び としや遅しと 松影に身を

 

ひそめ窺ふ所 大杉が追人と見へ 険しく戦ふ其有様 時分はよしと川の面 水底を潜行

馬の諸足切付れば たまりもあへす首掻切 追人を遁れん其為に 其儘首は水中へ打

こむで 其場を遁れ あれ是と見合す内 持氏卿にも御病死とや 力と頼む兄主膳も

御勘気受て行衛知ず 時節を待て帰参の願と 此鏡山へ尋登て 昔の好身(よしみ)十内が

情に依て送る月日 お二方の我をお頼み エゝ天の与へ我忠節 尽さんは此時節と思へ共

エゝ口惜きは其日を送るたつき迚も 浪人者の相住居 お二方の御養育 何とせん角とせんと

迫る貧苦の剛敵には 力迚も弱り果 思ひ付たる占(うら)やさん 十内と云合せ愚な人を欺し衒

 

 

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盗賊ゟも猶比興な世渡りなして今日迄も 心を尽す其折から 今日計らずも上使の女

コレ此小柄を我に見せ 相模川の其一件 聞たる時の我恟り 天日を戴きて片時の内も

立べきや 切腹迚も武士の業 主を殺せし世の大法 竹鋸の此身の科 兎や角と案じ煩い

せんずる所君を欺(たば)かり 御敵と成て御手討をせめてもの申訳と 扨こそ斯は計ひし知ぬ事

とは云ながらも 敵の術(てだて)にふはと乗 三代相恩の御主君を 敵と思ひ討奉り 一つの功は立たりと

今迄も悦びしが 思へば思ひ廻す程 弓矢神も見放されよふく武運に尽果し 此身の

上とせんぴを悔い せぐり上たる荒涙 五体を震ひ身を打伏 前後不覚に取乱す 理りせめ

 

て哀れなり 始終を聞て縫之介 心切なる汝が忠節 感ずるに猶余り有 扨又汝が今

の詞 よつtく思ひ合っするに 忠臣無二と心に頼みし 源蔵こそは心得ね 其方を謀り君を失い

奉りし 其逆賊は大杉源蔵此上は油断ならずと 不審の詞姫君も 共に涙の声くもら

せ 知ぬ事迚我君の 早まり給ひし今の其身 いとをしさよと御歎き 十内も泣目を払

御幼少ゟ身持放埒 御舎兄にも御勘当 此年月の御艱難 いつ花実迚咲ずして 惜

や盛りを散すかと 遉三世の別れの涙 歯を喰しばり伏沈む 歎きの内に一間ゟ 御用

意よくば縫之介様 イサお腹召ませいと 立出る尾上が前 縫之介は差寄て 綸旨を失いし

 

 

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其科人 我首討て家の相続 偏に頼むと首差延 思ひ詰たる覚悟の体 ヲゝいさき能

御覚悟 花の方の御賢慮にて お身代の首討と 太刀取兼し検使の役目主人尾上

か名代として 心を尽し術を以て 先君の御敵を討亡し 主の尾上か志立よと有 重きお主の

尾上様の御忠節を無にせしと名聞の出世共譏(そし)らば譏れ名を捨て お志を太刀たい為 ヲゝ

此親も最前は 冥利に更(ふけ)る所存者と勘当せしに様子を聞 安堵致せし身の

大慶 御推量下さるべしと いかりの涙引替て嬉し涙ぞ道理なる 日も黄昏の其時刻と 畑

助が傍へ差寄て 此尾上が目利の身代 優(ゆう)にやさしき縫之介様の御身代に 逞しき

 

荒男の畑介殿の首討て 実検に入れ大杉が 逆意の工み見顕す 見出しの種の身

代り首 イサ是迄と露散光り 刃の下に畑介が 首は前にぞ落てげり ハツト斗に人々も

手向の一句表には 兼て相図の尾上が迎い 首桶携へ入来れば イサ此上は二方共鎌倉

へ御供して 大膳が方に奪(ばい)取たる御綸旨を 取戻し再び御代に出し参らせん 恐れ有ど此乗

物 時の用にはお赦し受 お相輿に召ませいと 残る方なき計ひに 十内も気色をかへ 縫

之介様御生害 御検使の尾上殿 お役目御苦労 /\と他人向き成おれ夫(それ)に 首桶抱へ立

出る 聞きも及ばぬ女の検使 悪びれもせずしづ/\と 別れを告て出行振 内は回向の

 

 

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供涙外(そと)は勇みの揃への行列 振出す手先徒(かち)若党 跡に引添打かけの 姿も見事女文字 古

郷の晴は忠と義の夜の錦や織替し 花の身代世語りに 残す女の鏡山 別れてこそは出て行

 

 天明二壬寅年 正月二日 作者 容楊黛

 

八段目九段目当月十日に差出申

売出し延行仕たる九段目は(?)

 正本売??

 

(以下略)