仮想空間

趣味の変体仮名

浪花文章夕霧塚 第六冊目

 

 早稲田浄瑠璃データベース、途中迄読んだ所で閲覧不能になるも後日復活。よかった。原因は未だ不明。 

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

     浄瑠璃本データベース  イ14-00002-603

 

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  第六冊目

難波津に咲や此里 色竸べ 光る源氏の四町をば爰に移せし 四筋町 心もよしや吉田屋の奥

と 二階に弾き立る 調子は二上り三下り 身上り借すも明翌(あす)の日の 日柄のかせとしられけり 中居のまんが

閙(いそ)がしげに 太助殿/\ 夕霧様はどふぞいの 奥のお客はお年ばへ 夕霧といふ太夫に一寸逢て帰りたいと 御酒

も上らずお待兼 二階へも女郎様方見へたかどふじやとせはしない詞にかけ出コレおまん殿 二階へは紅(くれない)様長門

様露様もとうからお出 夕霧様のおそいのは藤伊様からのしにせ 奥の侍客も又ふられて剣の舞で

有ふぞや イヤ剣の舞よりしり/\舞 乱拍子の出ぬ内に早う/\ しからば我等が働きで夕霧様を一呑に ほう

 

びのかね入合点かと 引息つよき下部の蛇体飛がごとくにかけり行 客があらぬか二人連 中戸の敷居に立

はたかり 亭主/\と呼声に はつと答へて喜左衛門 どなた様じやと指覗き エイ藤屋の万八様 御案内とは

けうとい/\ イエけふはめつらしいお客をお供 定て先へ小栗軍兵衛様御出で有ふ お約束のお医者官宅様

を同道申た 苦しからずはお座敷へお供せうかと問ておくりやれ イヤもふそれはとうからお出を待兼 御案内

には及ぶまい イヤ/\万八殿は格別身共とは隔心(きやくしん) 取訳頼と詞の内 二かいを折しも小栗軍兵衛 是は

/\官宅老 遊里の招に何御遠慮 先ず以て此間は貴公のおかげで嫁変改 いまだ我手に入ね共碇

きらして置たれば追付舟は脈入 何角の熟談致したい 万八お供 イヤ先お出 しからばお先へ御案内と

 

 

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挨拶そこ/\中二階 呼び行も肩で風 土か砂場の西口よりこがねふらする大尽風 一僕連た客侍

左扇の勿体も里珎らしく見廻し/\ 誰頼ふ コリヤそな男 ちよつと/\の扇手に 招かれ出る喜左衛門 是は

/\何方ゟの御来迎 イヤ身共は当地不案内 病気保養の為忍びの遊び 小座敷でも苦しう

ない 離れ座敷は有まいか ござります共マア/\お入 ソレたばこ盆お盃お茶持こいとあしらへば 客も座につき召

連し家来呼寄せ コリヤ角内 其方は屋敷へ帰り早々迎ひにきろ 必新町にいると留主居へ沙汰

すな早く帰れと追かへし 扨亭主聞及んだより此里賑はしい 何とお女郎はいづれても此内へ呼れるか コレハ

お旦那呼れる段か 吉田屋の喜左衛門と申ては 御朱印の有揚屋 不案内とおつしやつても扨はお馴染が

 

ござりますの イヤなじみではない 国元迄隠れのない扇屋の夕霧といふ傾城が望 何と呼にやつておくりやるま

いか 是はしたり くるお客も/\悪いお望 其夕霧様といふ太夫様は 屏風の内がきついお嫌ひ しかも子持で青

田もかられず 緖が切ふとよしに遊ばせ イヤ/\身共色を望むでない 国元迄隠れのないお女郎 近付になつて

帰りたい引合せておくりやれ イヤもふお近付斗なればお安い事 彼一義さへ御得心なれば御酒のお相手 幸おくの

お客もお望で 借(かし)にちよつと見へる筈 アレ/\あれへ日がさに柏の御紋付 何あれが太夫か夕霧かと 色気放れ

た侍も衣紋繕ひ詠めいる きのふと けふのかはる瀬も 只一筋の思ひ川 情の種を引舟が抱てゆぶりて 指

かける日かさに付し平守り 禿荻野が手遊の幟付たる風車 廻りもよしや吉田屋は 恋の淵瀬といさ

 

 

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み入 ヤレ太夫様遅し/\奥にもお客がお待兼 是にもちよつとお知人に成たいとのお望 御酒がいやなら盃斗

コリヤ/\女ゴ共 お銚子もてと手をたゝく ホンニもふ喜左様の遅い/\に聞あいた 奥のお客は藤伊参ではないかいな

けもない事 五十余な鬚親仁 又是に御座なさるゝ本尊は お詞に訛りは有共光る源氏の御粧ひ 内陣

入は叶はず共 結縁(けちえん)が結びたいと有て只今御影向 サア是が夕霧菩(ぼさつ)拝(はい)なされよと引合す 扨はこなたが

聞及んだ夕霧殿な 殊に御一子も有と聞 アレ/\浦山しや 其子是へとむりに抱取 扨うつ高いよいお子や てゝご

の筋目が奥床しい 子迄なした中と有れば外の勤をお嫌ひは尤 身も残念には存ぜね共 国元への土産に

一献汲たし 夫程の事は亭主成まいかな サア夫は安い事なれ共 肝心の屏風の時お暇下されでござり

 

ますぞへ イヤ喜左様 此夕霧が子を抱て勤するのは 大切な可愛男が有看板 ふられるとしりながら望ん

で御出は 粋か無粋か底意がしれぬ 此子を誉て下さんした お礼に寝間迄参りましよ 伊左様へはさた

なしと いふに亭主は恟り顔 客はぞく/\忝い 又もや御意のかはらぬ内 一間へお出と手を取ば 引舟に我子を抱(いだ)かせ 勝

手の座敷で寝さしてたも 荻野三味線持こいと いつにかはりて機嫌よく 喜左様後にと客の手に ひか

れて行姿 喜左衛門は見てきよろり ハゝアしたり ごたり ハアこりやなじみじやはいやい いか様玉子の誠と 女郎の四

角はない物と聞たが 畢竟がよいと玉子も四角に成そふなと 一人つぶやき居る所へ いとし可愛につなが

れて とけぬ藤屋の伊左衛門 忍び編笠跡よりも コレ/\若いお人 待て貰ふと呼かけて 来るは一際目立し

 

 

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男 遠慮にも吉田やの外庭へずつと通り アノこなたが扇やの夕霧と云かはしてござる 藤やの伊左衛門殿

じやの ちつと御無心が有て呼かけた 下に/\と立引きも仕兼ぬ顔に底きみ悪く 是はついに見馴ぬお方 御無

心とは何でかなござります 成程見しるりのないは尤 わしは中の住吉屋の客 玉置(たまき)といふ京の者 此間夕霧を

十日廿日揚詰にすれ共 ふつて/\振付けろくに座敷も勤ぬ 聞ば其元馴染じやげな 何かなしにわしが貰ひ

たい 又いやと有ばきつうむつかしい お返事次第と大だらで ゆすりかくれば伊左衛門 返答胸にせまりし体 喜左

衛門内より飛出 コレ住吉やのお客様 京のお人なら大坂の格は御存有まい 女郎を貰ふはやるはとは浮気遊

びの慰み客 此お方と夕霧様とは二世かけた心底づく 買てやられた腹立に伊左様へ当るのか そりやむさい

 

置かしたませと 一本さゝれてむつとせき上 ぬかすな男 二世かけた夕霧になぜ勤さして置く 藤屋の身代

で五百両や七百両手づかへぬ事しつている 子迄なした中お受出さぬはうは気遊びの慰み客 そこを見

こんで貰ひかけた 此又玉置は真実底から惚ぬいた心底 浮気客とは違ふはやい イヤおつしやんな 持ち丸長者

も金銀には汐時の有物 受出さぬと有て湯気(うはき)客とはいはれまい さほど迄惚ぬいてござる貴様が ふら

れうが嫌はれふが女郎は売物 なぜ受出して女房になされぬ 人の事はまどろしからふが 身に取てはいかぬ/\

ハゝアそんなら又外ゟ受出したらい左衛門がしやつ頬がいがまふ 四の五のなしにくれたらよからふ ホウ受出す金はなし

逢たうは有 なろかど思ふて貰ふて見るのか ならぬ事/\ イヤならずと貰ふ 是非共な しれた事 やらふ

 

 

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はい 貰ふはいと互に身がまへ 先とられじと喜左衛門身に成てずつと寄る こなたもむからず胸ぐら取り 引かづく腕

とめる腕 コリヤさせぬはと翻(はね)飛し 付込手利きの立合 伊左衛門中にかけ入ヤレ待た玉置殿 お望ならば夕

霧やらふ コレ旦那そりや何おつしやる イヤそふでない/\ やつたといふて夕霧が貰はれている性根じやない 金

ずくめになされても猫に小判 手柄に逢て御らふじませ ヲゝ其時は此玉置が受出して女房にする ハゝゝゝ夫(それ9も

めつたに自由にならぬ イヤ自由にして見せう ならば受出せ 受出すと 互のちから身も入相のじやくめつ

いらくも金づくに諍(あらそ)ひ 負ぬ男同士詞つがふて立帰る 喜左衛門跡ながめ アゝ旦那らちもない よもや

と思へど万が一 受出したらどふ遊ばす イヤこれ はて其案じはない事/\ 金を積でも夕霧が外へ行く心はなし

 

三年以来(このかた)どの客にもあはぬ性根 そこを思ふて忘れられぬ イヤそふでもござりませぬ 最前私が所へ 小姓

上りと見へて 器量のよい侍客 望んで霧様借(かし)ましたりやあぢな目付 手を引合て離座敷 すつきり

合点が行ませぬ ヤア何といふ 太夫が来て美しい侍と 離れ座敷へこりやたまらぬとかけ行を引とりとめて コレ

申 若輩でも客は侍 狼藉者に成ては跡の悔み 踏込とは去とはやくたい/\ あれ/\ 三味線の音色も

する とつくりと様子を見届 帯といたを見たればお前より私がきかぬ あのかねの小座敷に 引舟や禿が

居る 様子を尋て置なされ 万事喜左が呑込だ ハテ扨まだいの 聞分けないと突やり/\勝手口 の

れんの内の小座敷へ引立てこそ入にけれ 離座敷はおぎのが三味線 大尽障子押ひらき 扨々

 

 

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面白き歌の唱歌 逢たい見たいは常なれど 逢れぬ首尾に成とは 彼藤屋の伊左衛門殿の事ならんが 身が

取持て逢せてやらふ そりやマアほんかへ ほん共/\ 少も違ひのない事はまつ此通と抜打にはつしと切るを

かいくゝり そばに有あふ三味線追取 切込刀を夕霧が丁ど受とめ コレ待た侍様 作り訛りのお物

ごし 合点行ずと油断せず 寝間へいたのもお姿を見出そふ為 訳をいはずに殺さふとは 御卑怯でご

ざんしよと 声かけられて彼大尽 ホウ流石は公界(くがい)する程有て目早い女 訳を語つた其上で命を取が

合点かと 羽織頭巾をかなぐれば廿(はたち)斗な色よき女 扨こそ見た目はちがはじと思へど胸は漣や しがを見

出せど八橋舟 帆かけてはしる思ひ也 とはしらずして喜左衛門 色も有かと障子のかげ 身をひそむれば

 

彼(かの)女 夕霧が傍に寄り わしが事は阿波の浪人 平岡左近が娘とせといふ者 こな様と深い中の

藤屋の伊左衛門様に結納(たのみ)を貰ひ 近々に嫁入する筈の所 俄の変改 其訳聞ば藤やの店へ医

者がいて あの娘は轆轤首 私が療治すると有もせぬ雑説 意趣受る覚はないが 察する所私

か添ては こなたとの縁が切れる そこを思ふて医者を頼ひはしたに違ひない どふよくな夕霧殿 すべなふ

て云れてさへ女ごの恥ましてや身にも覚ない世に希な片輪者 飛頭(ひとう)の病といはれてはどふ生きていら

れふぞ 恋の敵で殺すでない 無実の恨で切かけた 思へば/\うらめしい むごい人やとせき上てわつと斗に泣

沈む 夕霧は夢にだに覚なき身を恨られ 何と云訳涙ながら ヲゝそふお気の廻るは理り お前の嫁

 

 

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入遊ばす事も結納のいたも夢にもしらぬ っしらぬからは其様な悪じやれいはそふ筈がない なん/\のせいもん

疑ひはらして下さんせと いへ共聞ずイヤ/\/\ 其せいもんは常の口くせ こなたならで嫁入の邪魔する人は外にない

卑怯いはずと尋常に明して覚悟と抜身をば ひらめかしたう女の一図 麁相さんすな/\と 三味線頼の受

太刀は云訳してもたがやさんねじめもつよきうらみかな 始終を聞て喜左衛門ヤレ待た早まるまい 夕霧様の

肩は持ねど 霧様に限つて覚のない事我等が受合 と申ても縁者の証拠 是にはちつと思ひ当つ

た事も有 マア一時待て下さつたら さつぱりと明りを立ましよ 一番是は預りたいと いふにおとせはコレ御

亭主 なま中預つて明りが立たぬとこなた共 ハテお刀よごしに首上ます 必そふじやぞや夕霧殿 云訳して

 

此とせに 誤らして下さんせ 死だ跡でも伊左衛門にお恨受るが悲しい 頼むぞやいのと打しほれ 奥へすご/\

行風情 そこつながらもいぢらしし コレ/\太夫様 くつたくせまい/\ 何事も喜左衛門が呑込で居る マア伊左衛門様

に逢そふと 走り行共夕霧は心も浮ず気もすまず 案じに胸をいたむる折から 伊之助抱て伊左衛門 勝

手口ゟのつさ/\ ノフ来てかいのと取付く夕霧 ホウこりやどなたじや 小姓上りの大尽に惚なされたお女郎

か 幸/\ お尋申たい事が有 是へお出と胸くら取て縁先どつかと引すへ コリヤ 此伊之助といふ子の出来たは どふし

たあんばい ヤこれ売女太夫殿理屈が聞たい ハテ異な事をいはしやんす 互に思ひ思ふた中 いとしいとかはいと

真実のかたまり 夫(それ)が何とぞしたかいな ヤ置きくさればいため そりや町の女房の事 儕が産だ此せがれは

 

 

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奉加帳のかたまり 衣胎(えな)に紋尽しが有ふ コレ伊左衛門様 新造の昔から逢初ついに外の客には帯

とかぬ 口舌をするは昔の事 今では女夫じやないかいな 又しても/\あて言いふたりひぞつたり 嗜まんせおとなげ

ない 身にかゝつた難儀も有 談合したい事も有 機嫌直して下さんせと引寄する手をふりはなし ヲゝおと

なげない 廿斗な若輩な侍に惚て 抱れて寝くさつた儕こそ おとなげなう候ひける ける/\/\/\と蹴た

をっしけとばす足の下 這まとはる稚子は 口舌の中にから猫のそばへかゝるがごとくにて 邪魔ながきめと突退く

る ノフ其子に科はないわいなァと引寄せ抱寄せ云訳有 云訳さしてと取付て泣より外の事ぞなき 折ふし来

るは夕霧が親方 喜左殿内にか おつと誰じやちよつと/\と呼にかけ出 エ四郎兵衛殿か 何れでえす サアこなた

 

が常に頼ましやつた 夕霧が見受の相談 今住吉屋のお客から人か来て 手附二百両受取筈 念頃がい

にしらしますと いふに恟り喜左衛門 サア/\おふたり様 事急に成てきた 何とせうと思召す ハテ何といふたら是がマア

エゝ是非がない是迄と 両肌ぬいで脇指を抜手に取付夕霧かコレ待しやんせ おまへは何で死るのじや 叶

はぬ事ならわたしも供に いさぎよう死ませう わけを聞せて下さんせとすがり歎けば皆も取付き 口々とむ

れば伊左衛門 涙はらふて顔を上 皆の手前も面目ないきのふにかはらぬ体なれ共 五日跡ゟ親の勘当 義

理有中とて手代甚右衛門に預られ 座敷牢同前 二百両の事は扨置 一銭の才覚ならず 子迄なし

た夕霧を 外の男に添しては どふまあ生きていられふぞ 斯成果たも親の罰 罰とはしれど片時

 

 

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も思ひ切れぬ喜左衛門 人の目からは安房(あほう)共 やくたいなし共思はふが 思ひあふた真実の中程せつない物は

ない いつそ浮世が遁れたい はなして殺してくれよとて男泣に泣ければ 夕霧はなき出し お国の首尾の

そこねたも今の親御のお叱も 皆わたしからおこつた事 毎夜出あへといなすがつらさ 口舌しかけて夜

を明し ついに一度もおとなしう 戻しました事もない それからおこつて破れた首尾 科人は皆わたし こらへ

て下んせ旦那様と 刃物を取ば ヤレそれは此四郎兵衛一人が迷惑じや せめて今宵二百両 手付さへ

有ならば 跡金の五百両はしばらく用捨してやらふ 喜左殿どふぞ思案はないかと いへ共急に宛もなく 途

方にくれし一間より 金子二百両取替致さふと ゆふ/\と立出るは奥に遊びし老人客 江戸頭

 

巾で顔包 御なんぎの様子承はり 左少ながらお役に立ふと投出す 喜左衛門は押いたゞき 伊左衛門様お礼

おつしやれ ないて斗ござるて済むか 私めがお借申て お帰りの説御算用 サアこれ四郎兵衛殿 跡金は追て

の事 手附二百渡しますヲゝお世話/\ 是で我等も安堵 同じ事なら夕霧が好た男にそはし

たい 跡は宜敷/\と云捨てこそ立帰る 伊左衛門も夕霧もどなたかはしらね共 命の親の御恩ぞと一礼いへ

ば彼侍 イヤア大切な金子お借し申に 一礼斗では済申さぬ 二百両のかはりに 質物をお出しやれと つつぱり

返りし難儀の上ぬり イヤアそれでは/\と 手に汗握れば喜左衛門 もみ手に膝すり手をつかへ 何共それは私

迄が迷惑 二百両の質物がござれば 憚りながら旦那のお金は お借り申さいでも間を渡します その

 

 

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質物がない故に死なるの生けふの 申爰はどうふぞ了簡下されよと 畳に天窓(あたま)すり付る イヤよい

質物が有 其質物渡せ ハアそりやどこにござります ハテ人質といふ質物をしらぬな ついそれそ

ばに有人質を渡せさ ヘエ エゝ此夕霧様を望んでお出 扨は太夫様を何共夫(それ)は ハゝゝ 夕霧ならで質物な

いと思ふかうえおたへ者 こりや爰にと稚子取て抱上る イヤアそれはといざ和えもんかけ寄を突飛し 頭巾を取て見合

す顔 ヒヤア お前は国元の親人 衣笠只右衛門様 ヤア何ぬかす 親と呼れる子は持ぬ 尤成人の世伜有たれ

共 放埒者故勘当して 藤屋了哲に遣はし 今町人と成ても不行跡は直らぬよし 不便(ふびん)や後(のち)は門(かど)立

と 国元の母が歎き 子は憎く共見たい孫 何とぞ貰ひくれよといふ 御用に付て来たを幸 夕霧

 

とやらに余所ながら 貰ひ受て帰らんと 忍び頭巾の廓通ひ 是も躮故なりと 思へば土産(どさん)盃の 座

敷に有も恨めしく 持たるきせつもへし折しぞ 親は不通勘当と気づよういつと内証で 母の方

へ状一本 便りしたとて破つて捨ふか 常住云出して泣てばつかりおるはいやい コリヤ性根を改てな 養父の

機嫌も直し 母が方へは便りしおらふ ハゝゝゝ何お女郎 始めての対面にくり言申て面目ない 短気な奴

じや 気を付て下されいあ 人目も有ばお暇申 イヤ何亭主喜左衛門とやら 二百両の金調ひ次第返弁めさ

れ 若し調はぬと此躮 忽ち身共が家の世継 ア二百両は安い物 よい掘出しと抱しめて 帰るを何と詞

なく 有難い共悲しい共 名残惜さにかけ寄る夕霧 伊左衛門は手を合せ 拝んで礼の見送りや 堅固で

 

 

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おれとひつしよなき 詞の慈悲に二人共わつと泣入斗也 喜左衛門は目をこすり 尤なれ共伊之助様の出世の門

出 泣てござる所じやない コレめでたう奥で一つあがれ サア/\奥へと無理やりに 引立られて二人共 子に別れたる

鴛鴦の 翼もがれし思ひにて 打しほれてぞ入にける 喜左衛門は跡詠め供にしほれて居る所へ 約束の時

過たりとおとせは刀提げ出 コレ御亭主 一時の契約も早二(ふた)時に過る 最前の云訳聞ふ/\とせちがはれ 又も吐(と)

胸の喜左衛門思案を極めてコレ申 私が思ひ当りはまつかふ/\とさゝやく品を呑込娘 成程そふいふ事も

ちつとこちにも覚有 其侍や藤やの手代はシイ あの アノナ二階に医者諸共 私がどふぞマ問落して見ましよ

下でおまへは様子をと 亭主は二階へおとせは下 指足してぞ窺ひ行 一階は酒の 酔つぶれ 喜左衛門障子

 

引明/\ 是は/\お三人様共しめやかなお遊び 女郎様方は皆寝間へか テモ早い事の 扨軍兵衛様 今日お好み

のお料理は (2月14日より閲覧不能、3月5日より再開)しつかい祝言振舞 生貝を遣ふなとは色里の不吉 扨は奥様でもお持なさるといふ様な事

でごさりますか ヲゝよい推量 いまだ定まりはせねど 是成官宅老のおかけて彼兼て其方にも咄し

た 平岡左近が娘とせを女房に入る相談 其祝言の心祝ひ アゝいや申 其左近様の娘はそれ成万

八様の親方 伊左衛門様に娶(めあは)すと有て 結納(たのみ)迄いた所に お聞なされませ 轆轤首しやげにごさりま

すぞへ それゆへ俄の変改 伊左衛門様の悦び 女房持ては夕霧へ立ぬ 所に変改忝い いつれの人が轆

轤首じやといふてくれたぞ 五十両と百両は 執申た迚飽足ぬと有てお尋なさるれ共 扨其人が知れ

 

 

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ませぬてや ムゝっすりや伊左衛門は五十両と百両は いふた人がしれたら礼銀する気か 成程左様 そりや此官

宅がやつた アノおまへが ヲゝテヤ さあしれたぞ/\/\ イヤ何がしれた サお前といふ事がしれたらば 伊左衛門より

お礼物がござりましよ イヤ伊左衛門斗でない 是なる軍兵衛殿のきつい仕合 トハどふでござります ハテ国元

から惚てござる娘 祝言の日限も極る所 是成万八を以て縁切してくれいよとお頼 一つの計略を以て彼

娘は 轆轤首と思はす様にいひ廻したは此官宅が働き 礼物なされても大事有まい 其跡は此万八

が口車 百両の金取返したも軍兵衛様のお役に立てふ為 是も元は親方への奉公 イヤ/\元の頼人は身

共なれば 伊左衛門から礼物仕やらば此軍兵衛へお仕やれといへさ いか様軍兵衛様が轆轤首といふてくれと

 

お頼の元々 ナ ナ ナと縁側たゝいて下へのしらせ おとせは身もよもあられぬ腹立 上には銘々自慢の

欲頬(づら) 酒でいはする亭主か問(とひ)状 高が百両安房(あほう)に出させ 四つに割て一つ分は 亭主にるそ働け/\

ヤア忝いといふ中(うち)に おとせは下に聞耳立憎さも憎しと刀の切先 二階の下ゟくつと突込む畳の透間

宛所(あてど)もちかふて抜身は脇へちやつと羽織で喜左衛門 是は短気なあふない/\ これ申いつれも様 金にする

のはあぶな物 エゝ外に仕様模様も有ふと 下へしらする詞共しらぬ三人 イヤ/\金かよかえお かね/\と 欲には心乱

れ焼き おとせは猶も仕損ぜし無念と耳をそは立て 爰ぞと思ひつつ込む刀 一念通つて軍兵衛が 膀

胱より肝先迄つらぬく手ごたへ 上にはわつと七転八倒 なむ三宝と喜左衛門 万八官宅気も狂乱

 

 

52

ヤレ突たは切たはと 呼はりなから二人か飛おり 相手はおとせと見届て逸散にこそ逃て行 喜左衛門は身

をあせり エゝ早まつた事なされた モウ是非がないソレたるみを付ず えぐろ/\と下へのしらせ 下は女のたよは

きなから武士の娘の性根もすはり 腕限り根(こん)限り 今を限りと軍兵衛が狂ひ死こそ心地よき 音に驚き伊左衛門

夕霧諸共かけ出れば 喜左衛門飛ており 尤とは申なから 余り短気ななされかた 人殺しの科何とせん はや逃

給へ落給へと 二人も供にすゝむれは イヤ/\ 憎いと思ふ相手は殺す 生ている気はござんせぬ 伊左衛門様

お久しや お前に添れぬ上からは わたりや覚悟を極ている お情には介錯し 腹切て下さんせと 有

あふ刃物取直すを喜左衛門押とゞめ 左様有ては猶私が迷惑 死骸一つは相手の尋を受る斗 二つに

 

成と コレ千の万のと詞数 密にお帰りなされませ 親御様共御相談 早う/\と気をせく所へ 医者

万八が訴へにや 所の代官捕手(とりで)引ぐしかけ来り 阿州児嶋の御家来 小栗軍兵衛を手にかけしは 浪

人の娘なるよし 遁れぬ所御上意と 呼はる声におとせは立出 人を殺せば覚悟の前 御苦労ながらと

手を廻せばすぐにかけたる縛り縄 伊左衛門は手をつかへ 是には段々様子もござれば 一通りお聞下され 縄

目はどふぞ御赦免と 頼ば供に夕霧喜左衛門も諸共に 叶はぬくりことおとせは顔上 伊左衛門様夕霧殿

何をいふて下さんすな 百万の理が有ても 人を殺せばかう成筈 お二人共に息災で 追付めでたふ

祝言 わたしやそれを未来から うらんやんでおりませう 不便と思ふて下さんすなら 殺さるゝ時はたつ

 

 

53

た一目お顔を見せて下さんせと わつと斗に泣沈む心ぞ 思ひやられける 時刻移ると役人が 早

引立る後ろ手を見るめ涙のくる巻や 縄目もひたす水なばれ互の心をくみかはし 思ひやる身も

思ふ身も 後の哀はいづれ共しらぬ恋路の飛鳥川 淵は瀬となる世の中やなく/\ ひかれ 

「わかれ行