仮想空間

趣味の変体仮名

世間胸算用 巻二

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2534240

 

 

26(左頁)

胸算用 大晦日は一日千金  巻二

 目録

一 銀壱匁の溝中

   ◯長町につゞく嫁入荷物

   ◯大晦日の祝儀紙子一疋

二 訛言(うそ)も只はきかぬ宿

   ◯何の沙汰なき取あげ祖母(ばゝ)

   ◯大晦日のなげぶしもうたひ所

 

 

27

三 尤始末の異見

   宵寝の久三がはたらき

   大晦日の山椒の粉(こ)うり

四 門柱(かどばしら)も皆かりの世

   朱雀(しゆしやか)の鳥おとし

   大晦日の喧嘩屋殿

 

 一 銀壱匁の溝中

人の分限になる事は仕合といふは言葉まことは面々の

智恵才覚を以てかせぎ出し其家栄ゆる事ぞかし

是福の神のえびす殿のまゝにもならぬ事也大黒講を

むすび当地の手前よろしき者共集り諸国の大名

衆への御用銀の借(かし)入の内談を酒宴遊興よりは増たる

世の慰みとおもひ定めて寄合座敷も色ちかき所をさつて

生玉下寺町の客庵を借りて毎月身体詮議にくれて

命の入日かたふく老体ども後世の事はわすれて只利銀の

かさなり富貴になる事を楽しみける世に金銀の余慶有

 

 

28

ほど萬に付て目出たき事外になけれ共それは二十五の

若盛(わかさかり)より油断なく三十五の男盛りにかせぎ五十の分別

ざかりに家を納め惣領に万事をわたし六十の前年(まへどし)より

楽隠居して寺道場へまいり下向して世間むきのよき

時分なるに仏(ぶつ)とも法ともわきまへず欲の世の中に住(すめ)り

死ば万貫目持てもかたびら一つより皆うき世に残るぞかし

此寄合の親仁共弐千貫目より内の分限壱人もなし又近年

我々がはたらきにてわづかなる身体の者共金銀を仕出し

弐百貫目三百貫目あるひは五百貫目までの銀持(かねもち)二十八人

かたらひ壱匁講といふ事をむすび毎月宿も定めず一匁

 

の仕出し食(めし)をあつらへ下戸も上戸も酒なしにあそび事にも

始末第一気のつまるせえんさく也朝から日のくるゝまでよの事なしに

身過の沙汰中にも借(かし)銀の慥かなる借手を吟味して一日

も銀をあそばさぬ思案をめぐらしける此者共が手前よろしく

成けるはじめ利銀取込ての分限なれば今の世の商売に

銀かし屋より外によき事はなし然れども今程は見せ

かけのよき内証の不埒なる商人(あきんど)大分かりこみこしらへて

たふれければ思ひもよらぬ損をする事たび/\也

されども人を気づかひして金銀借(かさ)ずにも置れず

随分内証を聞合せ此中間はたがひに様子をしらせ向後(きやうこう)は

 

 

29(挿絵)

そふしたら

一年中お徒(?)だろふ

 

なんときついのぞみ?

ないが此銀でたる様(?)?

でたい

 

 

30

借(かし)入をいたすべしいづれもかく云合すからは出しぬきに

あはし給ふれさあらば各(おの/\)心得のために当地で定まつて

銀かる人をひとり/\書出しこまかに詮議して見るべし

これ尤なり先(まづ)北浜で何屋の誰財宝諸色かけて七

百貫目の身体といひ出れば其見立は各別八百五十貫

目の借銀といふ此有なしの相違に一座の衆中肝をつ

ぶし爰が大事のせんさく両方のおぼしめし入とくと承はり

人/\の心得のためとぞ聞ける先分限と見たる所は去(きよ)々

年の霜月に娘を堺へ縁組せしに諸道具今宮から長

町の藤の丸のかうやく屋の門(かど)までつゞきし跡から拾貫目入五つ

 

青竹にて揃への大男にさし荷はせ其まゝ御祓の渡るごと

し外にもあまたの男子(なんし)あれば余慶なくて娘に五十

貫目は付まいと思ひましていやといふものを無理に此三月

過に弐拾貫目預けましたといはるゝ扨々お笑止や其二十貫

目が壱貫六百目ばかりて戻るで御座ろといへば此親仁

顔色かはつて箸もちながら集め汁(じる)喉を通らず今

日の寄合に口おしき事を聞けると様子をきかぬ内より

泪をこぼされけるとてもの事に其内証が聞たしされば

其聟どのかたもよく/\せはしければこそ芝居並

の利銀にて何程でも借らるゝなり此利をかきて

 

 

31

芝居の外何商売して胸算用があふことおぼしめす

ぞ十貫目箱壱つはかなものまでうつて三匁五分づゝ

拾七匁五分で箱五つ中には世間にたくさんなる石瓦

人の心ほどおそろしきものは御座らぬ両方の外聞

見せかけばかりに内談と存ずるわれらは其箱を明て

正真の丁銀にしてからまことにはいたさぬあの身体の

敷銀は弐百枚も過(すぎ)ものこしらへなしに五貫目何と各

われらが沙汰する所が違ふたか先あれには一両年二貫

目ばかり預けて見てそれに別(べち)の事なくば又四貫目

程五六年もかして慥かなる事を見とゞけての二十貫

 

目といへば一座是尤と同音に申段々利につまつて此親仁

帰りには足腰立ずしてなげき我此年まで人の身体見

違へし事のなきに此たびはふかくなる事をいたしました

と男泣にして何とぞ御分別はないか/\とあれば時に最

前のせちがしこき人のいふは千日千夜御思案なされたも

此銀子無事に取かへす工夫は只ひとりより外になし此伝授

上々の紬一疋ならば慥かに取かへして進上申といへばそれは

/\中わたまで添まして御礼申さう何とぞ頼むといふ

然らば只今迄より念頃に仕かけ天満の舟祭りが見ゆ

るこそ幸はひなれ濱にかけたる桟敷へ女房どもを

 

 

32

おこして見せたしと廿五日にお内義をやりてさきのかゝと

しら/\゛と内証をかたらせ一日あそぶうちに男子(むすこ)どもが

馳走に出るはしれた事じや時に二番目のむすこが生

れつきをほめ出しかしこそふなる眼ざしこなたの御子息

にしてはお心に掛さしやるな鳶が孔雀を産んだとは此子の

事玉のやうなる美人ちかごろ押付たる所望なれども

わたくしもらひまして聟にいたします酒ひとつ過(すご)しまし

ていふでは御座らぬわれらが子ながらこれ娘も十人並

よ其うへ親仁のひとり子なれば五十貫目付てやるとは

つね/\゛の覚悟又われらがわたくしがね三百五十両長堀の

 

角屋敷捨うりにしても弐拾五貫目がもの仕てから

袖も通さぬ衣装六十五ひとりの娘より外にやるもの

が御座らぬ是がこちの聟殿と思ひ入たる㒵つきし

て是を言葉のはじめにして其後折ふしすこしづゝ物を

やればかへしを請是以損のいかぬ事それよりよいほどを

見合せやといひにつかはし銀(かね)掛るそばに置(おき)て数をよませ

こくいんをうたせ内蔵へはこばせなどして一日つかふて帰し

其のちさきの身になる人を見たてひそかによびにつかはし

其人の二番目の子を女房どもが何と思ひ入ましたやら是非に

と望みますいそがぬ事ながら次而(ついで)もあらば此方の娘を貰ふ

 

 

33

てもくださるがたづねてくだされこなたへ取つくろふて申事

も御座らぬ銀千枚はいづかたへやりますとても其心得と云(いひ)

わたし先へ通じたと思ふ時分に内々の預け銀入用と申つか

はせば欲から才覚して済す事手にとつたやうなり此仕かけ

の外有まじといひおしへてわかれける其年の大晦日にかの親

仁門口より笑ひ込み御影/\御かげにて右の銀子元利ともに

二三日前に請取ましたこなたのやうなる智恵袋は銀かし

中間の重宝/\とあたまをたゝき扨其時は紬一疋とは

申せしが是にて御堪忍あれと白石の紙子二たんさし

出して中わたは春の事といひ捨て帰りける

 

 二 訛言(うそ)も只はきかぬ宿

万人ともに月額(さかやき)剃て髪結ふて衣装着替て出た所は皆

正月の景色ぞかし人こそしらね年のとりやうこそさま/\゛

なれ内証の迚も埒の明ざる人は買(かい)がり万事一軒へも払はぬ

胸算用を極め大晦日の朝めし過るといなや羽織脇ざし

さしてきげんのわるひ内儀に物には堪忍といふ事がある

すこし手前相直したらば駕籠(のりもの)にのせる時節もまたある

ものぞ夕べの鴨の残りを酒いりにしてて喰(く)やれ掛どもをあ

つめて来たらば先そなたの宝引銭一貫のけて置て有

次第に払ふてない所はまゝにして掛乞の㒵を見ぬやうにこちら

 

 

34

むきて寝ていやれと口ばやにいひ捨(すて)て出行商人何として

身体つぐべし一日/\物のたらうこしらへおのれも合点ながら

俄かに分別も成がたしこんな者の女房になる事世の因果に

て子をもたぬうちに年をよらしける一銭も大事の目

鼻紙入に壱歩二つ三つ豆板三十目ばかりも入てかゝりのない

茶屋に行(ゆき)て爰にはまだ得しまはぬかして取みだしたる書出し

千束(ちつか)のごとし是皆ひとるにしてから高で二貫目か三貫目人の

家にはそれ/\の物入われらが所は呉服屋へばかり六貫五百目

物好過たる奥様に迷惑いたすさらりと隙あけて此入目を

女郎ぐるひにいたすで御座る去ながらさられぬ事は三月

 

からお中にありて日もあるに今朝からけがつきてけふ生

るゝとてうまれぬさきの褓(むつき)さだめ乳母をつれてくるやう

三人四人の取あけ祖母(ばゝ)旦那山伏か来て変生男子(へんしやうなんし)の行ひ

千代の腹帯子安貝左ちの手に握るといふ海馬(かいば)をさい

かくするやう不断医者は次の間に鍋を仕かけはやめ薬の

用意何に入事しやら松茸の石づき迄取よせて姑か来て

せはをやくさても/\やかましい事かなされともこなたは内に

御座らぬものといふを幸はひにふら/\と爰へ御見廻申た

われらが身体しらぬ人はもしは借銭こはれて出違ふ

かとおもふもあれは気味がわるひ此嶋中に一銭も指引(さしひき)

 

 

35

なしの男ことに現銀にて子のてきるまての宿をかし給ふか爰

のさかなかけの鰤がちいさくてわれら気にいらう早々買給へと

一かくなけ出せは是はうれしや亭主に隠しましてほしき帯

よ/\と笑ひ此年のくれには心よきお客の有出来年中の仕合は

しれた事さて台所はあまりしゃれ過ましたちと奥へと

申馳走も常に替りてすき合点かといふ樽の酒かん

するもおかし其のちからは畳占(さん)おきて三度まていたして

同じ事御男子さまに極まりましたとかゝる推量と客の

跡かたもなきうそとひとつに成けるあそひ所の気さん

じは大晦日の色三弦だゞからぬなけふしなけきなからも

 

(挿絵)

是はてゝし(込?)で

龍のみを

するのか

 

これはしたり

?を盃をいたゝき

ました

 

ちやわんは渡

ませし

 

あの子もいやでは

ないのさ

あの子 の

つぎに私を頼ます

 

サア

おむす

なるとも

ならぬとも

はやく

へんじを

し給へ

 

 

36

月日を送りけふ一日になかひ事心にものおもふゆへなり常

はくるゝを惜みしに各別の事そかし女は勤とて心を春のこ

とくにしておかしうないを笑ひかほしてひとつ/\行年の

かなしや此まへは正月のくるをはねつく事にうれしかり

しにはや十九になりける追付脇ふたきてかゝといはるへし

ふり袖の名残もことしはかりといふ此客わるひ事には

覚えつよく汝此まへ花屋に居し時は丸袖にてつとめ

京て十九といふた事大かた二十年にあまるせんさくす

れば三十九のふりそてうき世に何か名残あるへし小

作りにうまれ付たる徳とあたまおさへてむかしを

 

かたれば此女ゆるし給へと手を合せ気のつまる年せんさく

やめてうちとけて夢むすふうちに此女の母親らしきものゝ

来てひそかによひ出しひとつふたつ物いひしが何の事は

ない是は㒵の見おさめ十四五匁の事に身をなけるといふ

此女泪ぐみて今まてうへに着たるぐんない嶋の小袖をふろ

しきにつゝみに手まはしはやくして親にわたすありさまいかに

しても見かねて又一かくとらせて戻し心おもしろう

声高に物いふを聞付若衆のぞうり取めきたる者

二人つけこみて旦那これに御座ります御宿へけさ

から四五度もまいれと御留守は是非なし御目にかく

 

 

37

るこそ幸はひと何やらつめひらきしてのち銀有

次第羽織わきざしきるものひとつ預かり跡は正月

五日まてにといひ捨て帰る此おきやくしゆびあし

く人にいひかけられて合力せねはならずとかく

節季に出ありくがわるひとこれにも分別がほ

して夜の明かたに爰を帰るたわけといふはすこ

し脈がある人の事と笑ふて果しける

 

 三 尤始末の異見

所務わけのたいほうはたとへば千貫目の身体なれば惣

領に四百貫目居宅(いたく)に付て渡し二男に三百貫目外に家

 

屋敷を調へゆづり三男は百貫目付作家へ養子につかはし

もし又銀あれば三拾貫目の敷銀に弐拾貫目の諸道具

こしらへて我相応うおりかるき縁組よしむかしは四十貫目が

仕入して拾貫目の敷銀せしが当代は銀をよぶ人心なれば

ぬり長持に丁銀雑(さう)長持に銭を入て送るべしすこし娘子

はえおうそくの火にては見せにくい㒵にても三十貫目が

花に咲(さき)て花よめさまともてはたし何が手前者の

子にてちいさい時からうまいものばかりでそだてられ

頬さきの握り出したる丸がほも見よし又額のひよつ

と出たもかづきの着ぶりがよいものなり鼻の穴の

 

 

38

ひろきは息づかひのせはしき事なし髪のすくなきは夏涼し

く腰のふときはうちかけ小袖を不断めせは是もよし爪(つま)は

づれのたくましきはとりあけはゝ首すじへ取つくために

よしと十難をひとつ/\よしなにいひなし爰が大事の胸

算用三十貫目の銀を慥かに六にして預けて毎月百八

拾目づゝおさまれば是て四人の口過はゆるり内儀に腰

元中居女物師を添て我もの喰なから人の機嫌を取

嫁子みちんも心に如在も欲もなきお留主人うつくしきが

見たくは其色里にそれにばかりこしらへて夜でも夜中

ても御座りませいそれは/\おもしろふて起(おき)別るゝ

 

(挿絵)

 

 

39

と七拾壱匁のかね声是ハ/\おもしろからずつら/\おもん

みるに揚屋の酒小さかつきに一盃(はい)四分つゝにつもり若衆宿

のならちや一盃八分づゝにあたるといへり是を気を付て

見れば各別高ひものながら是土鍋(ほうろく)の一盃とて何のやうなし

義理もかきて恋もやめて喰にげ大じんにあふ事多し

さながらそれとて乞がたく其客死分(しにぶん)にしてさらりと帳

を消し置(おき)ておのれ後の世に餓鬼と成料理ごのみして

喰ふた煮(いり)鳥も杉焼もくはつ/\と燃あがりて目におそ

ろしく食代(めしだい)すまさぬ事思ひしるへしと亭主は火箸に

て火鉢たゝきてうらみけるありさま飛騨嶋の羽織

 

もろふた時の㒵つきに引かへておそろし惣じて遊興も

よいほとにやむべし仕舞の見事なるは稀なり是をおもへは

おもしろからすとも堪忍をして我内の心やすく夜食は冷(ひや)

食(めし)に湯どうふ干(ひ)ざかな有あいに借屋の親仁に板倉様の

瓢箪公事(くじ)の咄しをさせことはりなしに高枕して腰元

に足のゆびをひかせ茶は寝ながら内義にもたせ置てもと

出さずに飲けれとも面々の竈将軍此内につゞく兵(つは)もの

なけれはたれか外よりとかむる人なく楽みは是て済

事なり旦那うちにいらるゝとて表の若ひ者ともゝ八坂

へ出かくる無分別をやめ又御池あたりの奉公人宿へ忍びの

 

 

40

約束もおのづからとまりて只はいたれす江戸状ども

をさらへ失念したる事ともを見出し主人の徳のゆく

事有捨(すた)る反古(ほうく)こよりにひねるてつちは又内かたへこき

ゆる程手本よみて手ならひするは其身の徳なり宵

寝の久七も鰤つゝみたる菰をほどきて銭さしをなへ

はたけは朝手まはしあしきとて蕪菜そろへけるお物

師は日野ぎぬのふしを一日仕事程取ける猫さへ眼三寸

まないたえお見ぬきさかなかけごとりとしても声を出し

て守りける旦那一人宿にいらるゝ徳一夜にさへ何

かまして年中につもりては大分の事そかしすこし

 

お内儀気にいらぬ所あろふともそこを了簡し給ひて

わけ里は皆うそとさへおもへばやむもの爰見付る若

世のおさまる所と京都(きょうとの)物になれたる仲人口にて節季

の果に長物がたり耳の役に聞てもあしからぬ事なり

さるほどに今時の女見るを見まねによき色姿に

風俗をうつしける都の呉服棚の奥さまといはるゝ程

の人姿遊女に取違へる仕出しなり又手代あがりの内儀は

おしなへて風呂屋ものに生移しそれより横町の仕たて

物屋縫はく屋の女房は其まゝ茶屋者の風儀にてそれ

/\に身体ほどの有を作りておかしせんぎして見るに

 

 

41

傾城と遊女に別に替つた事もなけれとも第一気がどん

で物がくどふていやしひ所があつて文の書やうが違ふて

酒の呑ぶりが下手て歌うたふ事がならひで衣装つきが

取ひろげて立居があぶなふて道中が腰がふら/\として床

で味噌塩の事をいひ出して始末で鼻紙一枚づゝつかふて

伽羅は飲ぐすりと覚へて茶に気のつまるばかり髪かし

らは大かた似たものといへば同じ事にいふも愚かなり妙郎

ぐるひする程のものにうときはひとりもなし其かしこきや

つか此もうけにくひ金銀を乞つめらるゝ借銀目安付られし

預かり銀のかたへは済さずして大分物入の正月を請あひ万事

 

の入用をはや極月(しはす)十三日にことはじめとてつかはしけるよく/\

おもしろければこそなれ爰は分別の外ぞかし鳥居通

歴々兄弟に有銀(ありがね)五百貫目づゝ譲りわたされけるに

弟は次第に仕出し程なく弐千貫目と一門のうちからさす

程なるに兄は譲うけて四年目の大晦日に天道は人を

殺し給はず今宵月夜ならはむかしを思ひ出して

是が売にあるかるゝものか闇て手くだかなる事と紙子

頭巾ふか/\とかふり山椒の粉(こ)こせうの粉を売まはりて

かなしき年を取心うか/\と丹波口まていくうちに夜は

明がたになりぬ世にある時の朝ごみ思ひ出してそ帰りし

 

 

42

  四 門柱(かどばしら)も皆かりの世

惣じて物に馴てはもの?(おち)をせぬものぞかし都のあそひ

所嶋ばらの入口を小うたにうとふ朱雀(しゆしやか)の細道といふ野辺

なり秋の田のみのる折ふし諸鳥をおどすために案山

子をこしらへふるきあみ笠を着せ竹杖をつかせ置し

に鳶烏も不断焼印の大あみ笠を見付てこれも

供なしの大じんと思ひすこしもおとろかずのちは笠の

上にもどまり案山子を帥(すい)ごかしにあはせけるされば

世の中に借銭乞に出あふほどおそろしきものはまたも

なきに数年負かけたるものは大晦日にも出違はず

 

むかしが今に借銭てに首切られたるためしもなし有

ものやらで置ではなしやりたけれ供ないものはなしお

もふまゝなら今の間に銀のなる木をほしやさても

まかぬ種ははへぬものかなと庭木の片隅の日のあたる

所に古むしろを敷包丁まなばしの切刃を磨付(とぎつけ)て

せつかく?(さび)おとしてから小鰯一疋切事にはあらねども人の

気はしれぬもの今にも俄に腹のたつ事が出来て自

害する用にも立事も有べし我年つもつて五十六

命のおしき事はなきに中京の分限者の腹はれ共が

因果と若死しけるにわれらか買がゝりさらりと済して

 

 

43(挿絵)

 

 

44

くれるならば氏神稲荷大明神も照覧あれ偽はり

なしに腹かき切て身がはりに立と其まゝ狐付の眼して

包丁取まはす所へ唐丸嘴ならして来るおのれ死出

のかどでにと細首うちおとせば是を見て掛乞ども

肝をつぶし無分別ものに言葉質とられてはむつかし

とひとり/\帰りさまに茶釜のさきに立ながらあん

な気の短かひ男に添しやるお内儀が縁とは申ながら

いとしい事じやとおの/\いひ捨て帰りける是ある手

ながら手のわるひ節季仕廻なり何の詫言もせずに

さらりと埒を明ける其かけこひの中にほり川の

 

材木屋の小者いまだ十八九の角前かみしかもよは/\として

女のやうなる生れ付にて心のつよき所有若ひ者なりし

が亭主がおどし仕かけのうちはかまはず竹縁に腰かけて

袂より数珠取出して一粒づゝくりて口の中にて称名

となへて居しが人もなく事しづまつて後さて狂言

果たそふに御座るわたくしかたの請取て帰りましよと

申せば男盛りの者共さへ了簡して帰るにおのれ一人

跡に残り物を子細らしく人のする事を狂言とは此いそ

がしき中に無用の死てんごうと存た其詮議いらぬ事と

かくとらねば帰らぬ何を銀子を何ものがとる何もの取が

 

 

45

我抔か得もの傍輩あまたの中に人の手にあまつてとり

にくいかけ斗を二十七軒わたくし請取此帳面見給へ二十

六軒取済して爰ばかりとらでは帰らぬ所此銀済ぬうちは

内普請なされた材木はこちのものさらば取て帰らんと

門口の柱から大槌にて打はづせば亭主かけ出堪忍

ならぬといふ是/\そなたの虎落(もがり)今時は古く当様(とうやう)が

合点まいらぬそづな此柱はづして取が当世のかけ乞やう

とすこしもおどろくけしきなければ亭主何ともなら

ず詫言して残らず代銀済しぬ銀子請取て申分は

なけれどもいかにしてもこなたの横に出やうがふるひ

 

随分物にかゝりしやがそれでは御座らぬお内儀によく/\

いひふくめて大晦日の昼時分から夫婦いさかひ仕出し

御内儀は着(きる)ものを着かへ此家を出て行まいでは御座

らぬ出て行からは人死(じに)が二三人もあるが合点か大事じ

やぞそこな人是非いねかいなずにいんで見しよとい

はるゝとき何とぞ借銭もなして跡/\にて人にも云

出さるゝやうに人は一代名は松代是非もない事今月今日

百年目さて/\口おしい事かなと何でもいらぬ反古を大

事のものゝやうな㒵つきして一枚/\引さいて捨(すつ)るを

見てはいかなる掛乞もしばしは居ぬもので御座ると

 

 

46

いへば今まで此手はおしませなんだおかげによつて来年の

晦日は女房ども是で済す事じやさても/\こなたは

若ひが思案は一越こした年のくれたがひの身祝ひなれば

とて最前の鶏の毛を引(ひき)て是を吸ものにして酒より

てかへして後来年の事までもなし毎年夜ふけてから

むすかしい掛乞ども来るぞとて俄かにいさかひをこし

らへ置よろづの事をすましける誰(たが)いふともなく後に

大宮通りの喧嘩屋とぞいへり