仮想空間

趣味の変体仮名

世間胸算用 巻三

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2534240

 

 

46(左頁)

胸算用  いい晦日は一日千金  巻三

 一 都の顔見せ芝居

     ◯それ/\の仕出し羽織

     ◯大晦日の編笠はかづき物

二 餅はなは年の内の詠め

    ◯掛取上手の五郎左衛門

    ◯大晦日に無用の仕形舞(しかたまひ)

 

 

47

三 小判は寝姿の夢

    無間の鐘つく/\と物案じ

    大つごもりの人置のかゝ

四 神さへお目ちがひ

    堺は内証のよい所

    大晦日の因果物がたり

 

一 都の顔見せ芝居

今日の三番三(はさう)所繁昌と舞おさめ天下の町人

なれば京の人心何ぞといふ時は大気なる事是

まことなりこれ常に胸算用して随分始末のよき

故ぞかし過し秋京都に於て加賀の今春勧進能を

仕りけるに四日の桟敷一軒を銀拾枚づゝと定めして

皆借切て明所(あきど)なくしかも能より前(さき)に銀子渡しける此度

大事ある関寺小町するといへば是一番の見物と諸人

勇みて鼻笛を吹けるに鼓に障る事有て関寺の能組か

はりぬそれさへ木戸只夜のうちに見る人山のごとし中にも江戸

 

 

48

の者われひとり見るために銀十枚の桟敷を二軒とりて

猩々皮(せう/\ひ)の敷もの道具置の棚をつらせ腰屏風枕箱は後ろ

に料理の間さま/\゛の魚鳥(ぎよてう)髯籠(ひげこ)に折ふしの水菓子次の

桟敷に風炉釜を仕かけ割蓋の杉手桶に宇治橋音羽

川と書付してならべ医者ごふくや儒者唐物屋連歌師

など入まじり其うしろの方には嶋ばらの揚屋四条の子共宿

都にしれたる末社按摩取兵法すかひの牢人迄ひかへたり

桟敷の下は供駕籠かり湯殿かり雪隠何にても不自由なる

事ひとつもなきやうに拵らへ栄花なる見物此心は何となく豊か

なり此人大名の子にもあらず只金銀にてかく成事なれ

 

ば何に付ても銀もうけして心任せの慰みすべしかゝる人は

跡のへらぬ分別しての楽しみふかし身体さもなき人霜さ

きの金銀あだにつかふ事なかれ九月の節句過より大ぐれ

までは遠ひ事のやうに思ひ万人渡世に油断をする事ぞ

かし十月はじめより日和(ひより)定めがたく時雨(しぐれ)凩(こがらし)のはげしく人の気

も是につれておのづからそう/\゛敷諸事を春の事そてのばし

当分のまかなひばかりにくれければ花車(きやしや)商ひ諸職人の

細工思案替りてやめける次第に朝霜夕凪人皆冬籠り

の火燵に宵寝してそれ/\の家業外に成行(なりゆき)さしつまり

て迷惑する事也其後法華寺の御影供(みえいく)浄土宗の十夜

 

 

49(挿絵)

 

 

50

談義東福寺の開山忌参り一向宗のおとりこし又は亥猪(いのこ)

の祝儀に夜のあそび稲荷のお火焼(ほたき)の頃河原の役者

入替りて㒵みせ芝いの時分は同じ人また珎しく見る人

もまたうき立けふは其座本明日は此太夫本其次は誰が座

に大坂の若衆がたが出るなど沙汰して水茶屋ゟかねて桟敷

とらせ内証より近付の芸者に花をとらせ旦那お出と

いはるゝまでの外聞に無用の気をはりける提重(さげじう)酒がとり

のぼして我宿へはすぐに帰らず石垣(いしかけ)町の二階座敷に切狂言

の踊をうつし王城の辰巳あがりなる声してえい山(ざん)へも

響きわたる程のさはぎ京に人も見しる程の者にしてあれば

 

たれ様の御ふく所(しよ)どなたの掛屋などいふさへ悪所のさはぎは

奢りらしく見えけるましてやはした銀の商売人たとへ

気延しに芝居見るともとなりに莨菪(たばこ)のまぬ所を見

すまし円座かりて見て役者わか衆の名覚ぬ物か与次兵衛が

㒵みせの初日にひだりかたの二軒目の桟敷に勘当切らるゝ事

などかまはぬ㒵つきの若ひもの五六人も風俗作り芸子

に目をつかはせ下なる見物にけなりがらせける此若ひ者ども

見しれる人ありて評判するを聞ば内証しらぬ事皆川西の

やつらなり中京の衆と同じ事に大きな㒵がおかしい知らぬ

人は歴々かと思ふべし黒ひ羽織の男は茶屋へ入縁(いりえ)して

 

 

51

欲ゆへの老女房年の十四五も違ふべし母親には二升入の

碓(からうす)をふませ弟(おとゝ)にはそら豆売にあるかせ白柄の脇指がおい

てもらいたい其次の玉むし色の羽織は牛涎(にかわ)屋をどこの

牛の骨やらしらいで人のかぶる衣装つきるは質に入

て借銀に目安付られ東隣へは無理いひかゝつてさい目

論もすまぬに遊山に出るは気ちがひの沙汰也三番めの

ぎんすゝたけの羽織きたる男は利をかく銀を五貫

目かりてそれを敷銀にして家具ぬしの所へ養子に

行(ゆき)て後家親をあなづり養父の死れ三十五日も

たゝぬは芝い見る事作法にはづれたる男目米薪は其日/\に

 

当座買の身上して酒の相手に色子ともかはいや神ならぬ

身のあさましさは銀成客とおもふべしいかな/\此四五年

買がり済したる事なしあの中に染嶋の羽織着たる

男ちいさき銭見せ出して居けるが兄に三井寺の出家

を持けるが是から合力(こうりよく)請てそこ/\にも行先の年を越

べきか其外にひとりも京の正月するものは有まじと

指さして笑らへばうら山しがるかと思ひかい敷の椿

水仙花にきんかん二つ三つ延紙に包みてなげ越ける明(あけ)て

見て又笑ひて本客ならば此きんかんひとつが銀払ひ時

弐分宛にもなるべきに皆喰れ損になるはしれた事と

 

 

52

いひ捨て芝居は果て立帰りける其のち毎日の河原通ひに

同じ着物に有てもかはらぬ羽織に色茶屋気を付て銀の

事申せど分(わけ)も立ず道切てこざりければさいそくするにかひ

なく程なふ大晦日になりて独(ひとり)は夜ぬけづるしとて昼ぬ

けにして行方(ゆきがた)しれず又ひとりは狂人にして座敷蘢又

ひとりは自害しそこなひてせんさくなかば最前お引合し

たる太鼓もちは盗人の請子立けるとて町へきびしき断(ことはり)

茶屋は取つく嶋もなく夢見のわるひ宝舟尻に帆かけ

てにげ帰り兼ての算用には十五両の心あて預置れしあっみ

笠三がいのこりて大晦日のかづき物とぞなりにける

 

 二 年の内の餅ばなは詠め

善はいそげと大晦日の掛乞手ばしこくまはらせけるけふ

の一日鉄(かね)のわらんじを破り世界をいだてんのかけ廻る

ごとく商人は勢ひひとつの物ぞかし数年巧者のいへり惣じ

て掛が取より所より集めて埒明ず屋としれたる家へ

仕廻にねだり込(こみ)言葉質とられて迷惑せぬやうに先ゟ

腹の立やうに持てくるときなを物静かに義理づめに外の

はなしをせず居間あがり口にゆるりと腰かけて袋持(もち)に

灯提けさせて何の因果に掛商人には生れきました月額(さかやき)

剃て正月した事なく女房共は銀親の人質になして手代

 

 

53

に機嫌をとらせ身過は外にも有へき事と科もなき氏神

をうらむ御内証はなぜ年とも是の御内儀様は仏/\天井

うらにさしたる餅ばなに春の心して地鳥の鴨いりこ串貝

いづれ人の内は先さかなかけが目につく物じやお小袖もなされまし

たで御座りましよ今は世間に皆紋所を葉付のぼたんと

四つ銀杏の丸女中がたのはやり物其時/\にならばして着たい

女房に衣装おまつお仕きせは定めて柳すゝたけにみだれ桐の

中がたで御座ろ同じ奉公でもこんなお家に居合すが其身の仕

合かたわきには今に天人(てんにん)からくさ目にしむなどゝ内儀にものを

いはすやうに仕かけて隙を入ければ外の借銭乞のない間を

 

見合此くれには何方(いづかた)へも払ひいたさね共こなたは段/\

ことはりに至極いたした来春女ほう共が参宮いたすつかひ

銀なれども此とをりは進ずる残りは又三月前には帳を消(けさ)

して笑らひ㒵を見ますぞと百目のうちへ六十目はわたす

ものなりむかしは売がけ百目あれば八十目すまし此二十年

ばかり以前は半分たしかに済しけるに十年此かたは四分(しぶ)払に

なり近年は百目に三十目わたすにも是非惣銀二粒は

まぜてわたしける人の心次第にさもしく物かりながら迷惑は

いたせど商ひやめる外なく又節季わすれて掛帳に付

置けるよろづ時節に替るもおかし前/\はならぬことはりを

 

 

54

聞とゞけて大晦日の夜半かぎりに仕廻中頃は又夜明方迄

まはりて掛乞といへば喧嘩をせざる家一軒もなし此一

両年は更行(ふけゆく)まであるきはすれどたがひに声をたてず

ひそかにしまふ事に気をつけて見るにないといふとない

に極まり内証の事が両隣へきこえる事もかまはす借

銭は大かた負せらるゝ浮世千貫目に首きられたるためし

なしあつてやらずにおかるゝものか此大釜に一歩一はい

ほしや根こそげにすます事じや金銀ほど片行のする

ものはない何としてか銀ににくまれました一たびは栄へと

うたひて木枕鼓にして横に寝る男には何とも取て

 

(挿絵)

 

 

55

付所なし義理外聞を思はぬからは埒のあかぬ事見

定め古掛は捨て当分のさし引それをたがひに

了簡して腹たてずにしまふ事人みなかしこき世と

ぞ成けるつら/\世間を思ふに随分身になる手代

よりは愚かなる我子がましなり子細は自然とまこと

あらわれ銀集まれば皆わがものとおもふからそこ/\に

さいそくせず身の働に私(わたくし)なし扨また召つかひの笑ひ者

よく/\親かた大事に思ひ身の上を覚悟して天理を知る

は各別大かたは主の為になるものは稀なり一日千金の有

所にあそび十分請取銀あれば其内に不足こしらへ

 

あるひは小判のしかけ又は銀子請取掛を内へは銭つかふて

帰るなど親かたのたしかにしらぬ売がけは死(しに)帳に付捨さま

/\゛にわたくしする事いかに気のつく主にてもそれ程には

ならぬものぞかし又小商人の小者までもいそがしき中にかけ

あらましにして布袋屋のかるた一めん買て道ありき/\八九

どうに心覚へするもの親かたに徳は付ぬ事なり掛乞にも色々

の心ざしよきものすくなし人は盗人火は焼(たき)木の始末と朝夕

気を付るか胸算用のかんもんなり爰に請取普請の

日用かしらにふるなの忠六といふ男常にかる口たゝき町の藝

者といはれて月待日まちに物まねして人の気に入ける此

 

 

56

晦日しまひかねさる方へ銀五百貫目申上ればやすい事と

請合給へば夜に入御見まひ申あらたのしや今宵琴の音を

きけば年のよらぬ仙家のこゝち当地ひろしと申せども此御内

かたならでは外になし金銀へん/\として四方に宝蔵かくれ

みのにかくれ笠うち出の小槌は針口の音福/\旦那とひろ敷に

かいsこまるやうありそうふなる忠六此事かと五百目包なげ出

せばかたじけなしといはふて三度おしいたゞき御影でとしを

鶏がなくおいとま申てさらばとて門口まで出けるがちよこ/\と

立帰り奥様へ有がたがりましたとよろしくたのみ奉る

腰元衆といふ時中居のきちが何と忠六どのよろこびの折

 

なればといふ一まひ舞ましよと目出たいづくしを長/\

といふうちに北国より重(おも)手代帰りて只今弐百貫目

御くら屋しきへわたすぞ米は追付のぼると仕合かねよ

/\けふ奥にも琴の小うたの所かさあ銀のせんさくせ

よといふとき忠六あがり口に置たる五百目包をとり

あげて是はたくさんなる銀子何のために捨置事ぞ

高は弐百貫目入ぞそれほど手前に有かないかなくば

手わけして才覚せよかねよ/\と気をいらちけれ

ば忠六不首尾せんかたもなく長居はおそれありと

いふて手ぶりで帰りける

 

 

57

 三 小判は寝姿の夢

夢にも身過の事をわするれと是長者の言葉也思ふ事

をかならず夢に見るにうれしき事有悲しき時あり

さま/\゛の中に銀拾ふ夢はさもしき所有今の世に落すか

人はなしそれ/\に命とおもふて大事に懸(かく)る事ぞかし

いかな/\万日廻向(えかう)の果たる場(にわ)にも天満祭りの明る日も銭が

壱文落てなし兎角我はたらきならでは出る事なし

さる貧者世のかせぎは外になし一足とびに分限に成事

と思ひ此まへ江戸に有し時駿河町見せに裸銀(はだかがね)山のことく

なるを見し事今にわすれすあはれことしのくれに

 

其銀のかたまりほしや敷革の上に新小判が我抔が寝姿程

有しと一心によの事なしに紙ぶすまのうへに伏ける頃は十二月

晦日の明かほのに女ぼうはひとり目覚てけふの日いかにたて

がたしと身体の取置を案じ窓より東あかりのさすかた

見れば何かはしらす小判一かたまり是はしたり/\天

のあたへとうれしくこちの人/\と呼起しければ何ぞ

といふ声の下より小判は消てなかりき扨も惜やと悔み

男に此事を語れば我江戸で見し金子ほしや/\と

思ひ込し一念しばし小判顕はれしぞ今の悲しさならば

たとへ後世(ごせ)は取はづしならくへ沈むとも佐夜(さよ)の中山に

 

 

58

ありし無間のかねをつきてなりとも先此世をたすかりたし

目前に福人は極楽く貧者は地ごく釜の下へ焼(たく)ものさへあらず

扨も悲しき年のくれやと我と悪心発(おこ)れば魂入替り

すこしまどろむうちに黒白の鬼車をとゞろかしあの世この

世の堺を見せける女房此有さまを猶なげき我男に

教訓して世に誰か百まで生る人なし然ればよしなき

願ひする事愚かなりたがひの心替らずは行末に目出

たく年も取へしわが手前を思しめしてさぞ口おしかる

べしされども此まゝありては三人ともに渇命にお

よべばひとりある躮が後/\のためにもよし奉公の

 

口あるこそ幸はひなれ何とぞあれを手にかけてそたて

給はゞ末のたのしみ捨(すつ)るはむごい事なればひとへに頼み

ますと泪をこぼせば男の身にしては悲しくとかふのこと

はもなく目をふさぎ女房㒵を見ぬ所へ墨染あたり

に居る人置(おき)のかゝが六十あまりの祖母(ばゝ)さまをつれだち

来てきのふも申通りこなたは乳(ち)ふくろもよいに

よるてがらりに八拾五匁四度(との)御仕着せまでかたしけ

ない事とおもはしやれ雲つくやうな食(めし)たきが布迄織

まして半季が三拾弐匁何事も乳のかげじやと思は

しやれ又こなたがいやなれば京町の上にも見立て置

 

 

59(挿絵)

 

 

60

ましたけふの事なればまたといふ事はならぬと云内儀き

げんよく何をいたしますも身をたすかるためて御ざります大

半の若子さまを預りましても何と御座りましよ私はなる程御

奉公の望といへば男には物をいはずすこしもはやくあなたへと

となりの硯かつて来て一年の手形を極め残らず銀渡して

彼かゝ手はしかく後のちづも同じ事是は世界が此通りの御定

と八拾五匁数三十七と書付のある内八匁五分りんと取て

さあおうばどの身ごしらへまでない事とつれ行時男も

泪女は赤面しておまんさらばよかゝは旦那さまへ行て正月に

来てあふぞよといひ捨て何やら両隣へ頼みて又泣ける

 

人置は心つよく親はなけれと子はそだつうちころしても死(しな)ぬ

ものは死ませぬそ御亭さまさらばとばかりに出て行此

かみ様世を観じ我孫のふびんなも人の子の乳はなれしは

かはゆやと見帰り給へばそれは銀がかたきあの娘は死(しに)次第

と其母おやがきくもかまはずつれ行ける程なふ大晦日

暮たに此男無常發り我大分のゆづり物を取なから胸算

用のあしきゆへ江戸を立のき伏見の里に住けるも女房共が

情ゆへぞかし大ぶくはかりいわふて成ともあら玉の春にふたり

あふこそ楽しみなれ心ざしのあれやかんばし二ぜん買置し

か棚のはしに見えけるを取て一ぜんはいらぬ正月よとへし折て

 

 

61

鍋の下へぞ焼(たき)ける夜ふけて此子泣やまねばとなりのかゝたち

といよちて摺粉(すりこ)にぢわうせん入て焼かへし竹の管にて飲(のま)す

事をおしへはや一日の間に思ひなしかおとがいがやせたといふ

此男扨も是非なしと心腹立て手に持たる火はしを庭へ

なげけるお亭さまはいとしやお内儀様は果報さきの旦那殿

がきれいなる女房をつかふ事がすきじやことに此中お

はてなされた奥様に似た所がある本にうしろつき

のしほらしき所が其まゝといへは此男聞もあへず

最前の銀は其まゝありそれをきいてからはたとへ命

がはて次第とかけ出し行て女ほう取返して泪で年を取ける

 

 四 神さへ御目違ひ

諸国の神々毎年十月出雲の大社ろに集り給ひて

民安全の相談あそはし国々への年徳の神極め春の事

ともを取いそぎ給ふに京江戸大坂三ヶの津へのとし

神は中にも徳のそなはりしをえらみ出し奈良堺へも老

巧の神達又長崎大津伏見それ/\に神役わけてさて

一国一城の所あるひは船着山市(さんし)はんじやうの里/\を見

たて其外都にはるかに嶋住(ずみ)ひさしのひとつ屋までも餅

つきて松たつる門に春のいたらんといふ事なししかし年

徳も上方へは面々に望み田舎の正月は嫌い給ふぞかし

 

 

62

いづれふたつ取には萬につけて都の事は各別也世の

月日の暮るゝ事詠るゝ水のごとし程なく年波打よせて

極月の末には成けるされば泉州の堺は朝夕身の

上大事にかけ胸算用にゆだんなく万事の商売うち

ばにかまへ表向は格子作りにしまふた屋と見せて

内証を奥ふかふ年中入帳の銀高つもりて世帯ま

かなふ事也たとへば娘の子持ては疱瘡して後形を見

極め十人並に人がましう当世女房に生れ付と思へばはや三歳

五歳より毎年に嫁入衣装をこしらへける又形おもはしからぬ

娘はおとこ只は請とらぬ事を分別して敷銀を心当

 

にりかし商なひ事外にいたし置縁付の時分さのみ大義

なきやうに覚悟よろしき仕かたなり是によつて棟に棟

次第にたちつゞきこけら葺の屋ねもそこねぬうちにさし

朽(ぐれ)したり柱も朽ぬ時より石で根つぎをして軒の銅(あかゝね)

樋数年心がけて徳を見すましていたせし手紬の不段着

立居せはしからねば是きるゝ事なく風俗しとやかに見へ

て身の勝手よし諸道具代々持伝えければ年わすれの

茶の湯振舞世間へく花車に聞えてさのみ物の入りに

もあらず年々世渡りをかしこうしつけたる所なりよきくらし

の人さへかくあればまして身体かるき家/\はそろばん

 

 

63(挿絵)

 

 

64

枕に寝た間ものびちゞみの大節季を忘るゝ年もなく

臺碓の赤米を椛の秋と詠め目のまへの桜鯛は

見たかる京の者に見せよと毎夜魚荷にのぼし

客なしには江鮒も土くさいとて買ぬ所ぞかし山ばかりの

京に真鰹も喰海近き爰には礒ものにて埒を明ける

惣じての事燈台元くらし大晦日の夜のけしき大

かたに見せ付のよき商人の客人年徳の神の役なれ

ば案内なしに正月仕にはいつて見ればえ方棚は釣な

がらともし火もあげず何とやら物さびしく気味の

あしき内なれども爰と見立て入ければ又外の家に行て相宿も

 

うれしからず何といわいけるぞとしばらくやうすを見しに

門の戸のなるたびに女房びく/\゛してまだ帰られませぬさい/\

足をひかせましてかなしう御座るといづれにも同じことはり

いひて帰しける程なく夜半も過明おのになれば掛乞

ども爰に集まり亭主はまたか/\とおそろしき声を

立る所へでつち大息つぎて帰り旦那殿はすけ松の中程に

て大男が四五人して松の中へ引込命が惜くばといふ声を

聞捨にして逃て帰りましたといふ内儀おどろきおのれ

主のころさるゝに男と生れて浅間しやと泣出せばかけ乞

ひとり/\出て行夜はしらりと明ける此女房人帰りし

 

 

65

跡にてさのみなげくけしきなし時にてつちふところより

袋なげ出し在郷もつまりましてやう/\と銀三十五匁銭

六百取てまいつたといふまことに手だてする家につか

はれければ内のものまでも衒同前になりける亭

主は納戸のすみに隠れいて因果物かたりの書物くり

返し/\読つゞけて美濃の国不破の宿にて貧なる

浪人の年を取かね妻子さしころしたる所ことに哀れに

悲しくいづれ死もしさうなるものと我身につまされ

人しれず泣けるが掛乞はみな了簡していにましたと

いふこえにすこし心定まりてぬるひ/\立出さて/\けふ

 

一日に年をよらせしと悔みて帰らぬ事をなげき余所

には雑煮をいはふ時分に米買(かい)焼木とゝのへ元日も

常の食(めし)たきてやう/\二日の朝雑煮して仏にも

神へも進し家の嘉例にてもはや十年ばかりも

元日を二日に祝ひます神の折敷(おしき)がが古くとも堪忍を

なされとて夕めしなしにすましける神の目にも是程

の貧家とはしらず三ヶ日の立事を待かね四日に此家

を立出て今宮の恵美須殿へ尋入さても/\見か

けによらぬ悲しき宿の正月をいたすたとうき物語あそばし

ければこなたも年こしをしてこしめす程にしない事哉

 

 

66

人のうちの見たてめしあはせの戸の白からず内儀が下女の

きげん取て畳のへちのきれたる家にては年をとらぬ

もので御さる広ひ堺中でかゝる貧者は宮人の

所へ不仕合の神棚われは世界の商人が心さしの酒と掛

鯛にて口を直して出雲の国へ帰らせ給へと馳走して

留させられしを十日えびすの朝とて参詣したる人内

陣のおものがたりを聞て帰りける神/\にさへ此ごとく貧

福のさかいあれば況(はんや)人間の身の上定めがたきうき世

なれば定まりし家職に油断なく一とせに一度の

年神に不自由を見せぬやうにかせぐへし