仮想空間

趣味の変体仮名

世間胸算用 巻一

 

いつか読めるようになりたいと思っていた本です。翻刻があるのでわからない文字を照らし合わせながら読みました。

 

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2534240

 

 

4

松の風静に初曙の若えひ

す/\諸商人買ての幸ひ

売ての仕合扨帳閉棚おろ

し納め銀の蔵ひらき春の

はしめの天秤大黒の打

出の小槌何成ともほしき物

 

 

5

それ/\の知恵袋より取出

す事そ元日より胸算用油

断なく一日千金の大晦日をし

るへし

  元禄五申歳初春  難波 西鶴

 

胸算用(むねさんよう) 大晦日は一日千金  巻一

 目録

一 問屋の寛闊女

   はやり小袖は千種百品染

   大晦日の振手形如件

二 長刀はむかしの鞘

   牢人細工の鯛つり

   大晦日の小質屋は泪

 

 

6

三 伊勢海老は春の椛

   状の書賃一通一銭

   大晦日に隠居の才覚

四 藝鼠の文づかひ

   据風呂の中の長物語

   大晦日に煤はきの宿

 

   問屋の寛闊(くはんくはつ)女

世の定めとて大晦日は闇なる事天(あま)の岩戸の神代

このかたしれたる斗なるに人みな常に渡世を油断し

て毎年ひとるの胸算用ちがひ節季を仕廻かね

迷惑するは面々覚悟あしき故なり一日千金に

替がたし銭銀(かね)なくては越れざる冬と春との峠

是借銭の山高にしてのぼり兼たる月だしそれ/\に

子といふものに身体相惣の費へさし当つて目には

見らねど年中につもりてはきだめの中へさた

り行はま弓手まりの糸屑此外雛(ひいな)の摺鉢われて

 

 

7

菖蒲刀の箔の色替り踊たいこをうちやぶり

八朔の雀は数珠玉につなぎ捨られ中の亥猪(いのこ)を祝ふ餅

の米氏神のおはらい団子弟子(おとご)朔日厄払ひの包銭

夢違ひの御札を買ほど宝舟にも車にも積み余る

ほどの物入ことに近年はいづかたも女房家ぬし奢りて

衣類に事もかゝらぬ身の其ときの浮世模やうの正月小袖

をたくみ羽二重半疋四十五匁の地絹よりは千種の細染

百色かはりの染賃は高く金子一両宛出して是さのみ

人の目たらぬ事にあたら金銀を捨ける帯とてもむかし

わたりの本繻子一幅に一丈二尺一筋につき銀二枚が物を

 

腰にまとひ小判二両のさし櫛今の値段の米にしては

本俵三石あたまにいたゞき襠(ゆぐ)も本紅(ほんもみ)の二枚がさね白ぬめ

の足袋はくなどむかしは大名の御前がたにもあそば

さぬ事おもへば町人の女房の分として冥加おそろし

き事ぞかしせめて金銀をものに持ちあまりてすれば

なり降ても照ても昼夜油断のならざる利を出す

銀(かね)かる人の身体にてかゝる女の寛闊(くはんくはつ)能々(よく/\)分別しては我と我

心の恥かしき義なり明日分散にあふても女の諸道具は

遁るゝによつて打つぶして又取つき世帯の物種にするかと

思はれける惣じて女は鼻のさきにして身体たゝまるゝ宵迄

 

 

8(挿絵)

「拾貫目箱」

アゝ小紋かもり ます

 

?き小便をしかけぬぞ

 

両替屋めは

ねから払

出(お)らぬ

 

よみ

うりを

見るよふな

かけ

取だ

 

 

9

乗ものにふたつ提灯月夜に無用の外聞闇に錦の

うは着湯わかして水へ入たるごとく何の約にも立さる

身の程死なれたる親仁持仏堂の隅から見てうき世の

空を隔ければ悔みても異見は成かたし今の商売

の仕かけ世の偽りの問屋なり十貫目が物を買て八貫

目に売て銀(かね)まはしする才覚つまる所は内証のよはり

来年の暮には此門の戸に売家十八間口内に蔵三ヶ

所戸立具其まゝ畳上中二百四十畳外に江戸舩

一艘五人乗の御座ふね通ひ舟付て売申候来ル正月

十九日に此町の会所にて札をひらくと沙汰せられ皆人の

 

ものになれば仏の目には見えすきて悲しく定めて

仏具も人手に渡るべし中にも唐がねの三つ具足代々(よゝ)持

伝えて惜ければ行く先の七月魂(たま)祭りの送り火の時蓮

の葉に包みて極楽へ取て帰るべし迚も此家来年ばかり

汝が心根もそれゆへ丹波に大分田地買置き引込み所拵へ

けるは中々無分別なり我賢こければ我に銀借(かす)ほどの

人も又利発にてひとつ/\吟味仕出し皆人の物になる事

なりよしなき悪事をなくまんよりは何とぞ今一たび

商売仕返せ死でも子はかはゆさのまゝに枕神に立て此事

しらすぞと見し姿あり/\との夢は覚て明ければ

 

 

10

十二月廿九日の朝寝所よりも大笑ひしてさても/\

けふと明日とのいそかしき中に死んだ親仁の欲の夢見

あの三つ具足お寺へあげよ後の世迄も欲が止(やま)ぬ事

ぞと親をそしるうちに諸方の借銭乞い山のごとし何とか

埒を明くる事ぞと思ひしに近年銀なしの商人(あきんど)共

手前に金銀有ときは利なしに両替屋へ預け又入時は

借る為にしてこざかしきもの振手形といふ事を仕

出して手廻しのたがひによき事なり此亭主も其心得

にして霜月の据えより銀弐拾五貫目念頃なる両替屋へ

預け置大払の時米屋も呉服屋も味噌屋紙屋も肴

 

屋も観音講の出し前も揚屋の銀も乞にくるほどの

者に其両替屋で請とれと振手形一枚づゝ渡して

萬仕廻ふたとて年籠りの住吉参胸には波のたゝぬ

間もなしこんな人の初尾(はつお)はうけ給ふてから気づかひ

仕給ふべしされば其振手形は弐拾五貫目に八十貫目

あまりの手形持ちかくる程に両替には算用指引して

後に渡そふ振手形大分有とさま/\詮議するうちに又

掛乞も其手形を先へ渡し又先からさきへ渡し後には

どさくさと入みだれ埒の明ぬ振手形を銀の替りに握りて

年を取ける一夜明れば豊かなる春とぞ成けり

 

 

11

   長刀はむかしの鞘

元朝日蝕六十九年以前に有て又元禄五年みづのえ

さる程に此曙めづらし暦は持統天皇四年に儀鳳歴

より改(あらたま)りて日月の蝕をこよみの証拠に世の人是を

疑ふ事なし口より見尽して末一段の大晦日

なりて浄瑠りにうたの声も出ずけふ一日の暮

せはしくこと更に(小)家がちなる所は喧嘩と洗濯と壁下地

つくると何もかも一度に取まぜて春の用意とて

いかな頃餅ひとつ小鰯(ごまめ)一疋もなし世に有人と見くらべ

て浅間敷(あさましく)哀れなり此相借(あいかし)屋六七軒何として年を

 

取る事ぞと思ひしにみな質だねの心当てあればすこしも

世をなげく風情なし常住身の取置屋賃其晦日切に

すます其外に萬の世帯道具あるひは米味噌薪木

酢醤油塩あぶら迄も借す人なければ万事当座買に

して朝夕を送れば節季/\に帳さげて案内なし

にうちへ入るものひとりもなく誰におそれて詫言を

するかたもなく楽みは貧賎に有と古人の詞反古に

ならず書出し請て済さぬは世にまぎれて住ける

昼盗人に同じ是を思ふに人みな年中の高ぐゝり

ばかりして毎月の胸算用せぬによつてつばめのあはぬ事

 

 

12

ぞかし其日過び身は知れたる世帯なれば小づかひ帳

ひとつ付る迄もない事也さる程に大晦日の暮方まて

不断の体にて正月の事ども何として埒明くる事ぞと

思ひしにそれ/\に質を置ける覚悟有て身仕廻

すること哀れなれ一軒からは古き傘一本に綿繰

ひとつ茶釜ひとつかれこれ三色にて銀壱匁借

て事すましける又其隣にはかゝが不断帯くはんぜ

こよりに仕かへて一すい男の綿(もめん)頭巾ひとつ蓋なしの

小重箱一組七ツ半(なから)の筬(おさ)一丁五合升壱合升二つ湊焼の

石皿五枚釣御前(つりおまへ)に仏の道具添て取集て二十三色にて

 

壱匁六分借て年を取ける其ひがし隣には舞/\住ける

が元日より大黒舞に商売を替ければ五文の面(めん)張貫(はりぬき)

の槌ひとつにて正月中は口過すれば此烏帽子にひたゝれ

大口はいらぬ物とて弐匁七分の質に置てゆるりと年を

越ける其隣はむつかしき紙子牢人武具馬具年久し

く売喰にして小刀細工に馬の尾にてしかけたる鯛釣も

はやりやめばけうといふと小尻あしつまりて一夜を越

べき才覚なく似せ梨地の長刀の鞘をひとつ質屋へ

もたしてつかはしけるにこんなものが何の役に立べしと手に

しばしももたずなげ戻しければ牢人の女房其儘気色を

 

 

13

替(かへ)人の大事の道具を何とてなげてそこなひけるぞ質に

いやならばわやですむ事なり其うへ何の役にたゝぬとは

爰が聞所じやそれはわれらが親石田治部少輔(じぶのしよう)乱にならびなき

手がらあそばしたる長刀なれとも男子なき故にわたくし

に譲り給わり世に有時の嫁入に対(つい)の挟箱のさきへもたせ

たるに役にたゝぬものとは先祖の恥女にこそ生れたれ命は

をしまぬ相手は亭主と取付て泣出せばあるじ迷惑

してさま/\゛詫てもきかず其うちに近所の者集りてあの

つれあひ牢人はねだりものなれば聞つけ来ぬうちに是を

あつかへといづれも亭主にさゝやき銭三百と黒米三升にて

 

(挿絵)

 

 

14

やう/\にすましける扨も時世かな此女もむかしは千二百石取たる

人の息女萬を花車(きやしや)にてくらせし身なれ共今の貧に

つれて無理なる事に人をねだるとは身に覚て口おし是を

見るにも貧にては死(しな)れぬものぞかしすでに扱ひ済て

三百三升請取此黒米取て帰りて明日の用にたゝぬといへ

ば幸ひこれに碓(からうす)有とてあしてふまして帰しける是ぞ世

にいふさはり三百なるべし又牢人の隣に年ころ三十七八

ばかりの女親類とてもかゝるべき子もなくひとり身なりしが

五六年跡に男子はなれたるよしにて髪を切紋なしの

ものは着れども身のなりなみは目たゝぬやうにして昔を捨ず

 

しかもすかたもさもしからず常住は奈良苧(ならそ)を慰みのやう

にひねりて日をくらせしがはや極月初(はしめ)に万事を手廻し

よく仕廻て割木も二三月迄のたくはへ肴かけには二番お

鰤一本に鯛五枚鱈二本かんばしぬりばし紀伊(きの)国五器

鍋ぶたをさらりと新しく仕替て家主殿へ目くろ一本

娘御子(むすめこ)絹緖の小雪踏お内儀様へかね足袋一足七軒

の相借屋へ餅に牛蒡の一把つゝ添て礼儀正しく

少しを取ける人のしらぬ渡世何をかして内証の

事はしらす其奥の相住に二人の女有しか一人

は年も若く耳も自鼻も世の人に替る事なくて

 

 

15

一生ひとり過して悲しく鏡見るたびに我ながらよこ

手うつて是では人も合点せぬ筈と身の程を観(くはん)じ

ける又一人は東海道関の地蔵に近き旅籠屋の出女せし時

木賃泊りのぬけ参りにつらくあらり米など盗みし

科にや同じ世に報ひて米の乏しき鉢ひらき坊主となりて

顔を殊勝らしく作り心の外の空念仏思へば心の鬼狼に

衣ぞかし精進の事は忘れて鰯の頭(かしら)も信心からとて墨染

の麻衣を着るゆへに此十四五年も仏のお影にて毎朝

修行に出して一町にて二ところ宛の手の中二十所を

集めて漸一合有五十丁掛廻らねば米五合は

 

なし道心も堅固になくては勤めかたし過にし夏くはく

らんをわつらひてせんかたなく衣を壱匁八分の質に

置けるかそのゝち請くる事成かたく渡世の種のつきける

人の後世(ごせ)信心に替る事はなきに衣を着たる朝は

米五合ももらわれ衣なしには弐合も観心をなし殊

に極月(しはす)坊主とて此月はいそがしきに取まぎれ親の

命日もわすれくれねば是非もなく銭八文にて年を

こしけるまことに世の中の哀れを見る事貧家の邊り

の小質屋心よわくてはならぬ事なり脇から見るさへ

悲しきことの数々なる年のくれにそ有ける

 

 

16

  三 伊勢海老は春の椛(もみぢ)

神の松山草むかしより毎年かざり付たる蓬莱

にいせえびなくては有つけたるもの一色(いろ)にて春の心

ならす其年によりて格別ねだんの高き事有

て貧家又は始末なる家には是を買ずに祝儀を

すましぬ此前も代々の手ぎれしてひとつを四五分つゝの

売り買いなれば此替りに九年母(ほ)にて埒を明ける是は

大かた色かたちも似たりよつたりの物成しが伊せえひの

名代に車えびいかにしてもかり着のことくない袖

ふる人は是非もなし世間をはつて棟のたかき

 

内にはそれほとの風かあたつて北雨吹(しふき)の壁に筵こもも

成かたし渋墨の色付板包むなどこれらは奢に

あらす分際相応に人間衣食住の三つの楽(たのしみ)の外なし

家業は何にても親の仕似せたる事を替て利を得たる

は稀なり兎角老たる人のさしづをもるゝ事なか

れ何ほと利発才覚にしても若き人には三五の十八ばかり

と違ふ事数/\なりさるほどに大坂の大節季よろづ

宝の市そかし商ひ事がない/\といふは六十年

此かた何が売あまりて捨たる物なしひとつ求れは其身

一代子孫まても譲り伝へる挽碓さへ日々年々に御影(みかけ)山も

 

 

17

切つくすべしまして蓮の葉物五月の甲正月の祝ひ道具

はわづか朔日二日三日坊主寺から里への礼扇これらは明(あけ)ず

に捨(すた)りて世のついへかまはず人の気江戸につゞひて寛

活なる所なりたとへ千貫すればとて伊勢えひなし

に蓬莱を錺りがたしと家/\に調(とゝのへ)ければ極月廿七八日ゟ

所/\の魚の棚に買あげて唐物のごとく次第にむつかしくはや

晦日には髭もちりもなかりたり浦の苫(とま)屋の紅葉を

たつね伊勢えひないか/\といふ声ばかり備後町の中

ほとに永来(えら)といへる肴屋に只ひとつ有しを壱匁五分ゟ

付出し四匁八分迄にのそめとも中/\当年のきれ物

 

とて売ざれば使がはからひにも成がたくいそき宿

に帰りて海老の高き事を申せば親父十面つくり

てわれ一代のうちに高ひもの買たる事なし薪は

六月綿は八月米は新酒作らぬ前奈ら晒は毎年盆過て

買置年中現銀にして勝手のよき事斗此以前

父(てゝ)親の相はてられし時棺桶ひとつ樽屋まかせに

買かづきれ今に心かゝりなり伊勢えびがなふて

年のとられぬといふ事有まじひとつ三文する年ふたつ

買ふて算用合すべしないもの喰ふと云年徳の

神は御座らいでもくるしうない事四匁が四分にても

 

 

18(挿絵)

これはかま

ほこやへやり ます

 

こいつ小便を

?かる

そふな

 

 

19

えびはさたのない事と機嫌わるしされ共内儀男子(むすこ)と

ひとつになつて世間はともあれ聟が初めて礼にわせて

伊勢えびなしの蓬莱が出さるゝものか何ほどにてもそれ

を買へと重て人をつかはしければはや今橋筋の問屋の

若ひもの買取て尤五匁八分にねだんは定めたれとも

正月のいはいの物はしたがねは心にかゝると銭五百やりて海老

取て帰る其跡にて色々穿鑿すれ共絵にかとふ

もなかりき是に付ても此津のひろき事思ひあた

りし宿に帰りて此事を語れば内儀は後悔らし

き㒵つきおやぢは是を笑ふて其問屋心もとなし

 

追付分散にあふべきもの也内証しらずしてさやうの

問屋銀(かね)をかしかけたる人の夢見悪かるべし蓬莱に

海老がなふて叶はずは跡の捨らぬ分別有とて細工

人にあつらへて物の見るに紅(もみ)ぎぬにて張ぬきにして

弐匁五分にて出来けり正月の祝儀仕廻ふて後子共が

もちあそびにもなるぞかし人の智恵はこんな事ぞ

四匁八分を弐匁五分で埒をあけしかも跡の用に立事と

おやが長談義をとかなしにいづれも道理につまり是程に

身体持かためたる人の才覚は格別(かくべち)と耳をすまして聞所へ此

親仁の母親裏に隠居して当年九十二なれ共目がよく足

 

 

20

立て西屋へきたりきけば伊勢えびの高ひせんさく今日

までそれを買ずに置事去とては気のつかぬ者共よそん

な事で此世帯がもたるゝものかいつとても年越の春ある

ときは海老が高ひと心得よ其子細は伊勢の宮/\御師

宿/\あるひは町中在々所々迄も此一国は神国なれば日本の

諸神を家/\に祭るによつて海老何百万と云かきりも

なふ入る也毎年京大坂へくるは此神々に備へたる跡の祭り也

此祖母(ばゝ)はそれを考へ此月の中頃に髭もつがすに生れながらの

を四文づゝにて弐つ買て置たと出されしに皆/\横手を打

御隠居にはひとつですみます物を二つは奢つた事と

 

申せばこちに当所(あてど)のない事はいあたさぬ定まつて畑牛蒡

五把ふとければ三把くるゝ人があるそれほどの物を返す

そこへ此えびにて壱匁が牛蒡四文がものですます合点

じや今に歳暮ものもてこぬが爰の仕合去ながらいかに親

子の中でもたがひの算用あひは急度したがよい海老が

ほしくは五把もたして取におこしやどの道にも牛蒡に

替る伊勢えびいづれ祝ひの物に是がなふてもよいはと

いふてはおかれぬものじや欲心ていふではなけれ共惣じて

五節句の取やり先から来た物を能とねうちしてそれ程に見えて

少づゝ徳のいかやうにして返す物じや毎年太夫殿から緖祓箱

 

 

21

鰹節一連はらや一箱折本のこよみ正真の青苔五把

かれこれこまかにねだん付て弐匁八分がもの申請て銀三匁御

初尾上れば高で弐分あまりてお伊勢様も損のゆかぬやうに

此家三十年仕来つたにそちに世をわたしてから銀壱枚づゝ上

らるゝ事いかに神の信心なればとていはれざる事也大神宮にも

算用なしに物つかふ人うれしくは思しめさずそのためしには

散銭さへ壱貫といふを六百の鳩の目を拵らへ置宮めぐり

にも随分物のいらぬやうにあそばしけるさる程に欲の世の中

百二十末社の中にも銭の多きは恵美須大黒多賀は

命神住よしの船玉出雲は仲人の神鏡の宮は娘の

 

顔をうつくしうなさるゝ神山王は二十一人下/\をつかはさしや

る神いなり殿は身体の尾が見えぬやうに守らしやる

神と宮すゞめ声/\に商ひ口をたゝく皆是さし当つ

て耳よりなる神なればこれらにはお初尾上て其外の

神のまへは殊勝にてさびしき神さへ銭もうけ只はならぬ世

なればまして人間油断する事なかれ伊勢より例年諸国へ

旦那廻りの祝儀状大方の事なれば能筆に手間賃にて

書せけるに一通一文づゝにて大晦日から大晦日迄書くらして

同じ事に気をつくし年中に弐百文取日は一日もなし

神前長久民安全御祈念のため口過のため也

 

 

22

  四 鼠の文づかひ

毎年煤払は極月十三日に定めて旦那寺の笹竹を

祝ひ物とて月の数十二本もらひて煤を払ての跡を

取葺屋ねの押へ竹につかひ枝は箒に結せて塵も

ほこりもすてぬ随分こまかなる人有ける過し年は十三

日にいそがしく大晦日に煤はきて年に一度の水(すい)風呂を

焼(たか)れしに五月の粽のうら盆の蓮の葉迄も段々に

ため置湯のわくに違ひはなしこそこなかな事に

気をつけて世のついへせんさく人に過て利発がほする

男有同じ屋敷の裏に隠居たてゝ母親の住れしが

 

此男うまれたる母なれば其しはき事かぎしなしぬり

下駄片足なるを水風呂の下へ焼時つく/\゛むかしを

思ひ出しまことに此木履(ぼくり)はわれ十八の時此家に嫁入

せし時雑(ざう)長持に入て来てそれから雨にも雪にもはきて

羽のちひたるはかり五十三年になりぬ我一代は一足にて

埒を明んとおもひしに惜や片足は野ら犬めに喰へられ

はしたになりて是非もなくけふ煙になす事よと四五

度もくりことをいひて其後釜の中へなげ捨られ今

ひとつ何やら物思ひの風情して泪をはら/\とこほし世に

月日のたつは夢じや明日は其むかはりになるが惜い事をしました

 

 

23

としばしなげきのやみがたし折ふし近所の医者水風呂

にいられしが先以目出たき年のくれなれば御なげきをやめ

させ給へしてけれは元日にどなたの御死去なされたと

尋られしにいかに愚痴なればとて人の生死(しやうじ)を其程

になげく事では御座らぬわたくしの惜むは去年の元日に

堺の妹が礼に参つて年玉銀(としたまかね)一包くれしを何ほどか

うれしくえ方棚へあげ置しに其夜盗まれました

そもや勝手しらぬ者の取事では御座らぬ其後近くの

願(ぐはん)を諸神にかけますれ共其甲斐もなし又山伏に祈を

頼みましたれば此銀七日のうちに出ますればだんの上なる

 

御幣がうごき御灯(みとう)が次第に消ますが大願の成就せし

しるしといひけるあんのごとく祈り最中に御幣ゆるぎ

おともし火かすかになりて消ける是は神仏の事末世

ならず有がたき御事と思ひお初尾百弐十上て七日

待()まて

ども此銀は出ずさる人に語りければそれは盗人に

おいといふ物なり今時は仕かけ山伏とてさま/\゛ごまの

壇にからくりいたし白紙人形(がた)に土佐踊さすなど此

まへ松田といふ放下しがしたる事なれ共皆人賢過て

結句近き事にはまりぬ其御幣のうごき出るは立置(たておき)

たる岩座に壺有て其中に鯲(どでう)を生(いけ)置ける数珠

 

 

24

さら/\と押捫(もん)で東方に西方にととつから錫杖にて仏

壇をあらけなくうてば鯲が是におどろき上を下へと

さはぎ幣串にあたればしばらく動きてしらぬ目からは

おそをし又灯明は臺に砂時計を仕くはし油をぬき

取るぞと此物がたりを聞からいよ/\損のうへの損をいたし

た我此年まで銭一文落さずくらせしに今年の大晦日

此銀の見えぬゆへ胸算用ちがひて心がりの正月をいた

せばよろふの事おもしろからずと世の外聞にかまはず大声

あげて泣ければ家内の者ども興をさまし我々疑(うたがは)るゝ事

の迷惑と心/\に諸神にきせいをかけける大かた煤もはき

 

 

25

仕廻て屋ねうらまであらためける時棟木の間より杉

から紙の一包をさがし出しよく/\見れば隠居の尋ね

らるゝ年玉銀にまぎれなし人の盗まぬものはお出ます

るぞさるほどに悪(にく)ひ鼠目といへば尾祖母中/\合点せ

られず是ほど遠ありきいたす鼠を見た事なし

あたまの黒ひねづみの業是からは油断のならぬ事と

畳たゝきてわめかれければ薬師水風呂よりあがりかゝる

事には古代にもためし有仁王(にんわう)三十七代孝徳天皇の御時

大化元年十二月晦日に大和の国岡本の都を難波長柄の豊

崎に移させ給へば和州の鼠もつれて宿替しけるにそれ/\

 

の世帯道具をばはこぶこそおかしけれ穴をくろめし降る綿

鳶にかくるゝ紙ふすま猫の見付ぬ守り袋鼬の道切とかり杭

枡おとしのかいづめ油火を消す板ぎれ鰹節引てこまくら

其外嫁入の時の熨斗こまめのかしら熊野参りの小米

さと迄二日路ある所をくはへてはこひければまして隠居と

面屋わづかの所引まじき事にあらずと年代記を引て申せ

と中/\同心いたされず口かしこくは仰せらるれ共目前に見

ぬ事はまことにならぬと申されければ何ともせんかたなく

やう/\案じ出し長崎水右衛門がしいれたる鼠つかひの籐兵衛

をやとひにつかはし只今あの鼠が人のいふ事を聞入て

 

 

26

さま/\゛の藝づくし若ひ衆にたのまれ恋のみづかひと

いへば封したる文くはへて跡先を見廻し人の袖口より

文を入ける又銭壱文なげて是で餅かふてこいといへ

ば銭を置て餅くはへて戻る何と/\我(が)を折給へと

いへば是を見れば鼠も包がねを引まじきものにあらず

さてはうたがひはれました去ながらかゝる盗み心のある鼠を

宿しられたるふしやうにまん丸一年此銀をあそばして

置たる利銀を急度おもやからすまし給へといひかゝり

一割半の算用にして十二月晦日の夜請取本の正月を

するとて此祖母ひとり寝をせられける