仮想空間

趣味の変体仮名

立正安国論

 

天災、飢饉に見舞われた当時、文応元年に日蓮が執筆し鎌倉幕府執権時頼に提出した文書。問答形式によって浄土宗を批判排除しつつ法華経の正当性と必要性を説いているが政治批判とも受け取れ、それにより日蓮は伊豆へ流される。問うて曰く、答えて曰く以外に明確な問答の区切りがよくわかりましぇん。

立正安国論 - Wikipedia

 

 

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2541593

 

 

2

日蓮大菩薩御書

法華 立正安国論(りつせうあんこくろん)

東都      平楽寺

皇都 書肆  華陽堂 梓

         柏葉堂

 

立正安国論  扶桑真人謹序

夫(それ)是(この)安国論の書は日蓮諌国(かんこく)の忠書本朝無双明鏡也

人皇八十九代亀山の院の御宇 文応元庚申七月十六日鎌倉

将軍崇尊親王の執権副元帥北條相模守平時頼入道へ

宿屋左金吾光則(やどやさきんごみつのり)入道を以て是を進見するの所 浮雲の日月

を覆ふがごとく讒者(ざんしや)の為に披見に入ずして却て罪となして

伊豆の国へ配流せらる 三年にして許容ありといへ共猶讒者

数(しば)々起りて斬罪にしよせられんとす 仏神擁護有て既に解(まぬか)

るゝといへ共 終に佐州へ左遷せらる 然りといへ共又免許あつて

鎌倉へ環入す 三度諌て身退くは賢者のならひ成とて 終に

 

 

3

甲州身延の嶽にいつて九年を経て弘安五壬午年十月十三日

武州池上に於て遷化(せんげ)し給ふ 是ゟ星霜五百年に及ぶと

いへ共 此書世に流布せず唯(たゞ)其名字を聞くのみにして 諸人

拝読する事希(まれ)也 其ゆえんを考ふるに或は書を尊んで

蔵に納め筥(はこ)にかくして拝見をゆるさず 或は又 無店真字(むてんまなじ)成

を以て常の人容易に読む事あたはざる者也 余(われ)不覚是を歎き

訓点を付け 国字(かなじ)となし 男女をして読やすからしめん事欲す

諸人是を拝読して伝をおこし謗法(ほうぼう)をやめば 天子ゟ以て

庶人にいたるまで身をおさめ家をとゝのへ国を治め天下泰

平の祈りとならん事 論文に詳らかなり 読む者国字たるを以て

経賤(せん)して堕獄の業(ごう)を得ることなかれ

 

立正安国論

旅客来(きたつ)て歎いて曰く 近年より近日にいたり天変地夭

飢饉疫癘(えきれい)遍く天下に満ち 広く地上に迸る 牛馬巷にたおれ

骸骨路(みち)にみてり 死を招くの輩(ともがら)既に大半にこへたり 是を

かなしまざるの族(やから)敢て一人もなし 然る間 利剣即是の文(もん)を

専らとし 西土教主の名をなへ 或は衆病悉除の願(ぐはん)をたのみ

東方如来の経を誦し 或は病即消滅不老不死の詞を

仰(あをい)で 法花(ほつけ)真実の妙文(めうもん)をあがめ 或は七難即滅七福即生(そくしやう)の

句をしんじて 百座百講のよそほひを調へ 或は秘密真言

教へによつて五瓶(へい)の水をそゝぎ 或は座禅入定(にうじやう)の儀を全(まつたふ)して

 

 

4

空観の月を澄(すま)し 若(もし)は七鬼神の号を書て千門に出し 若は

五大力の形をえがひて万戸にかけ 若は天神地祇(ぢき)を拝して

四角四堺(しけう)の祭祀をくはだて 若は万民百姓をあはれんで国

主国宰の徳政を行ふ しかりといへ共唯 肝胆をくだいて弥(いよ/\)

飢疫(きえき)にせめられ 乞客(こつきやく)目にあぶれ 死人眼(まなこ)にみてり 屍を臥

していへとなし 尸(かばね)をならべて橋となす 天をみれば

二離壁(りへき)を合せ 五緯珠(いたま)をつらぬ 三寶(ほう)世にいまして

百王いまだ究まらず 此世はやくもおとろふ 其法何んぞ

すたれるや 是いづれの禍(わざはひ)により是なんの誤りによるや

主人の曰く 独り此事を愁へて胸腹を憤悱(ふんぴ)す 客来(きたつ)

て共に歎(たん)ず しば/\談話をいたさん 夫(それ)家を出(いで)て道に

 

いる者は 法によつて仏を期(ご)するなり しかるに今神術も

かなわず仏威も験(しるし)なし ともに当世のていたらくと見

るに 愚にして後生のうたがひを發(おこ)す 然れば則(すなはち)円覆(えんふく)

を仰で恨をのみ方裁(ほうざい)を俯して慮(おもんばかり)をふかふす 倩(つら/\)微

管を傾て聊(いさゝか)経文をひらくに 世皆正(せう)に背き人悉く

悪に帰す 故(かるがゆへ)に善神は国を捨てて相(あい)さり 聖人は所を

辞してかへらず 是をもつて魔来り鬼来り災(さい)起り

難おこる いわずんは有べからず 恐れずんば有べからず 客の曰

天下の災 国中(こくちう)の難 余(われ)独り歎くにあらず 衆皆かなしめり

今蘭室(らんしつ)にいつて 初めて芳詞(ほうし)を承るに 神聖去辞し

災難ならび起る いづれの経に出るや其証拠をきかん

 

 

5

主人の曰く 其文繁多 其証(せう)弘博(ぐばく)なり 金光明教(こんがうめいきやう)も

云く 其国土に於て此経ありといへ共 いまだかつて流

布せず 捨離(しやり)の心を生じ 聴聞をねがはず 亦(また)供養し

尊重(そんぢう)し 讃嘆せず 四部の衆 持経の人を見ても

また/\尊重しないし供養する事あたわず 遂に

我等および余のけんぞく無量の諸天をして 此甚(じん)

深(じ)の妙法を聞く事を得ざらしむ 甘露味に背き

正法のながれをうしなつて威光及びもちひ勢力(せいりき)有事

なし 悪趣を増長し人天を損減し生死の河(か)に

堕(おち)て涅槃の路にそむかん 世尊我等四王ならびに諸(もろ/\)

の眷属及び やしや等 斯の如くの事を見ては 其国

 

土を捨てて擁護の心なけん 唯我等其王を捨棄するのみに

あらず 亦無量の国土を守護する諸天善神も皆悉く捨

去る事あらん 既に捨離しおわりなば其国にまさに種々の

災禍あるべし 国位を喪失(もうしつ)し 一切の人衆(にんじゆ)善心なく 唯繋縛(けいばく)し

殺害し 𦗀浄(しんじやう)のみあつて互に相讒(あいざん)し 諂枉(かんちう)して つみ

なきにおよぼさん 疫病流行し 彗星(ほうきぼし)しば/\出(いで)て 両日ならび

現じ 薄蝕(はくしよく)つねなく 黒白(こくびやく)虹不祥の相をあらはし 星流れ

地動ひて 井の内には声をはつし 暴雨悪風時節いよらず

常に飢饉にせばんで 苗実もみのらず 多く他方に怨賊(おんぞく)あ

つて 国内を侵椋(ちんりやう)し 人民諸(もろ/\)の苦悩を受て 土地にたのしむ

べきの所あることなけん 已上 大集経(だいしうきやう)に云く 仏法実に隠没(おんもつ)せば

 

 

6

鬚髪(しやはつ)爪(そう)皆長く 諸法も亦亡失せん時にあたつて虚空の

中に大(おゝい)なる声あつて 地を震ひ一切皆あまねく動(うごひ)て 猶

水上輪(りん)の如くならん 城壁破れ 落ち下り 屋宇(おくう)悉くひわれ

さけて 樹林根(こん)枝葉花葉(くわよう)草薬(くわやく)も尽きなん 唯 浄居(じやうこ)天を

除(のぞい)て欲界の一切の處 七味三精の気 損減してあまりある

事なけん 解脱の諸善論も時にあたつて一切つきん 生ず

る所の花果(くわくは)味(あじは)ひ希少(すくのう)して 亦 美(うま)からず 諸有(しよう)の井泉(せいせん)

地一切尽ん 土地枯涸(こかう)して 悉く䶢歯(かんろ)し 剖裂(ほうれつ)して

丘澗(くかん)とならん 諸山も皆燋燃(せうぜん)せん 天龍も雨を降さず

苗稼(めうか)も皆枯死(こし)し 生ずるものは皆かれ尽きて 余草(よそう)

更に生せず 土をふらし皆昏闇(こんあん)にして 日月(にちげつ)も明(めい)を

 

現ぜず 四方皆亢旱(かうかん)して しば/\諸々の悪瑞を現ぜん 不善

業(ごう)は道にみつ 貪瞋癡(とんじんち)は倍増して 衆生父母に於て是を

見る事 獐鹿(せうろく)の如くならん 衆生及び寿命色力(しきりき)威楽(いぎやう)

減して 人天の楽みを遠離し 皆悉く悪道に落ん

かくの如くの不善業の悪王と 悪比丘と 我(わが)正法を毀(き)

壊(はい)し 天人の道を損減せば 諸天善神王の衆生を悲(ひ)

愍(みん)する者 此濁悪(じよくあく)の国をすてゝ 皆悉く余方(よほう)にむか

わん 已上 仁王経に云く 国土乱るゝ時は 先(まづ鬼神乱れん

鬼神乱るゝがゆへに 万民乱れん 賊来(きたつ)て国をかすめ

百姓亡喪(ぼうも)し 臣君太子王子百官共に是非を生じ

天地怪異(けい)し 二十八宿星(しゆくせい)の道 日月を失ひ 度(ど)を失ひ

 

 

7

多く賊起こる事あらん 亦云く 我今五眼(がん)を以て明らか

に三世を見るに 一切の国王皆過去世に五百の仏につかへ

しによつて 帝王主となる事を得たり 是を一切の聖

人羅漢とす しかもこれ彼(かの)国土の中に來生(らいせう)して

大利益(だいりやく)をなす 若し王の福つきん時は 一切に聖人皆

捨て去る事をなさん 若し一切の聖人さる時は 七難必ず起らん 已上

薬師経に云く 若し刹帝(せつてい)利灌(りくはん)頂王等(とう)の災難起らん

時は 所謂 人衆疾疫難 他国侵逼(しんひつ)難 自界叛逆難

星宿変怪(へんげ)難 日月薄触難 非時風雨難 過時(くはじ)不雨

難あらん 已上 仁王経に云く 大王吾(われ)今化(け)する所の百億

の須弥 百億の日月 一々の須弥に四天下あり 其南閻(なんえん)

 

浮堤(ふてい)に 十六の大国 五百の中国 十千の小国 無量の粟(そく)

散(さん)国あり 其国土の中に七つのおそるべきの難あり

一切国王是を難とす 故に云く 何をか難とする日

月度を失ひ 時節反逆(へんぎやく)し 或は赤き日出(いで) 黒き日出

二三四五の日出 或は日蝕光なし 或は日輪一重(ぢう)二三四

五重輪(りん)に現ずるを 是を一の難とするなり 二十八宿

度を失ひ 金星慧星(けいせい)輪星(りんせい)鬼星(きせい)火星彗星風(ふう)

百官星 かくの如くの諸星各々に変現せんを

これを二の難とするなり 大火国をやき 万性焼け尽き

ん 或は鬼火(きくは)天火 山神火(さんじんくは)人火(にんくは)樹木火 賊火 かく

 

 

8

の如く変怪するを 是を三の難とするなり 大水

百姓を𣿖没(ひやうぼつ)し 時節反逆し 冬雨ふり 夏の雪

冬の時雷電霹靂 六月には氷霜雹(ひやうさうぼう)をふらし 赤水(しゆすい)

黒水 青水をふらし 土山石山をふらし 砂礫石を

ふらし 江河さかさまに流れて山をうかめ石をながし

かくの如く変ずる時 これを四の難とするなり

大風(たいふう)万性(ばんせう)を吹殺し 国土山河樹木一時に滅没

し 時にあらざる大風黒風赤風青風天風地風

火風水風かくの如く変ずるを 是を五の難とする

なり 天地国土亢陽(かうよう)して 炎火洞然として 百

草(さう)亢旱(かうかん)し 五穀みのらず 土地赫然(かくぜん)として 万性(ばんしやう)

 

滅尽(めつじん)せん かくの如く変ずる時を これを六の難とする

なり 四方より賊来つて国を侵し 内外賊(ないげぞく)起らん

火賊水賊風賊鬼賊百姓荒乱し 刀兵(とうひやう)劫起(こうき)し かく

の如く怪(け)する時を 是を七の難とするなり 大集経に

云く 若し国王あつて 無量世(むりやうせ)において 施戒慧(せかいへ)を修す共

我法の滅せんを見て 捨てて擁護せんずば かくの如くうへ

たる所の無量の善根(ぜんこん)悉く皆滅失して 其国に当(まさ)に三つ

の不祥(ふじやう)の事あるべし 一つには穀たかく 二つには兵革(ひやうかく) 三つ

には疫病なり 一切の善神悉く是を捨離せば 其王

教令(けうれい)す共 人随従せじ 常に隣国の為に侵焼(しんてう)せら

れん 暴火(ぼうくは)横(わう)に起こり 悪風雨多く 暴水増長して 人民を

 

 

9

吹漂(すいひやう)せん 内外(ないげ)の親戚其共に謀叛せん 其王久しからず

して まさに重病にあふべし 寿(じゆ)終るの後には 大地獄の中

に生ぜん ないし王の如く 夫人太子大尽城主村主郡守

宰官も また/\かくの如くならん 已上 夫四経の文(もん)朗らかなり

万人たれか疑わん しかるに盲瞽(もうご)の輩()ともがら迷惑の人 妄(みだり)に邪

説をしんじて 正教をわきまへず 故(かるがゆうへ)に天下世上諸仏

衆経に於て 捨離の心を生じてこれを擁護の志し

なけん 仍て善神聖人国を捨てて所をさる 是をもつて

悪鬼外道災をなし難をいたすと 客色ををなして曰く

後漢(ごかん)の明帝(めいてい)は 金人(こんじん)の夢をさとして 白馬の教へを得たり

上宮(じやうぐう)太子は守屋の逆を誅して 寺塔のかまへをなす それより

 

このかた上(かみ)一人より下(しも)万民にいたるまで 仏像をあがめ 経巻

を専らにす 然る時は叡山南都園城寺(おんじやうじ)四海一州五畿七道 仏

教 星のごとくつらなり 堂宇は雲の如く布(しけ)り 鶖子(しうし)の族(やから)は

則鷲頭(じゆとう)の月を観し 鶴勒(くわくろく)のたぐひは亦鶏足(けいそく)の風を伝ふ

たれかいわん 一代の教へをさひし 三宝の跡を廃せんとせんや

若し其証あらば委く其故をきかんと 主人諭して曰く 仏

閣甍をつらね 経蔵軒をならぶ 僧は竹韋(ちくい)の如く 侶は

稲麻(とうま)に似たり 崇重(そうじう)年舊(としふり)尊貴(そんき)日にあらたなり 但 法

師諂曲(かんきよく:てんごく)にして人倫を迷惑し 王臣は不覚にして邪

正(せう)をわきまへる事なし 仁王経に云く 諸々の悪比丘(あくびく)は多く名

利を求て 国王太子王子の前において みづから破仏法(はぶつほう)の

 

 

10

因縁 破国の因縁を説かん 其王わきまへずして 此経を

信聴(しんちやう)し 横(わう)に法製をなして 仏戎によらず是を破仏

破国の因縁とす 已上 涅槃経に云く 菩薩悪象等に於

ては心恐怖する事なかれ 悪知識に於ては 怖畏の心を

生ぜよ 悪象の為に殺されては 三趣にいたらず 悪友の為

に殺されなば 必ず三趣にいたらん 已上 法花経に云く 悪世の中

の比丘は邪智にして心諂曲ならん いまだ得ざるを得たりと

おもへり 我慢の心充満せん 或は阿練若(あれんにや)にして空(くう)

閑(かん)にあつて みづから真(しん)の道を行(おこの)ふといつて 人間を経賤(きやうせん)する

者あらん 利養を貪者(とんじや)するがゆへに 白衣(びやくへ)の為に法を説て

世の為に恭敬(くぎやう)せられん事 六通の羅漢の如くならん ないし

 

常に大衆の中にあつて 我等を謗らんとほつするがゆへに 国

王大臣婆羅門居士 及び よの比丘衆にむかつて誹謗して

我悪をといて 是邪見の人 外道の論議をとくといわん 濁(しよく)

劫(こう)悪世の中には多く諸々の恐怖あらん 悪鬼其身にいつて

我を毀辱(きじよく:きにく)し 罵詈(めり)せん 濁世(じよくせ)の悪比丘は仏の方便随宣(ずいき)

の説法の所をしらず 悪口して顰蹙し 数ゝ(しば/\)擯出(ひんしゆつ)を見ん

已上 涅槃経の云く 我涅槃の後 無量百歳に四道の聖人

悉く また涅槃せん 正法めつして後 像法の中に於て

当(まさ)に比丘あるべし 像(かたち)は律をたもつに似て 少しく経を

読誦し 飲食を貪嗜(どんし)して 其身を長養せん 袈裟衣

を着るといへ共 猶猟師の細目に見て 徐(やうや)く行(ゆく)が如く

 

 

11

猫の鼠をうかがふが如くならん 常に此言(ことば)をとなえん 我

羅漢を得たりと外には賢善を現じ 内には貪嫉(どんしつ)を

いだかん 唖法(あほう)を受る婆羅門抔(とう)の如く 実に沙門にあら

ずして沙門の像(かたち)を現じ 邪見熾盛(しせい)にして 正法を誹

謗せん 已上 文(もん)に就て世を見るに 誠にもつて然(しか)なり 悪侶を

いましめずんば 豈(あに)善事(ぜんじ)をなさんや 客猶憤(いきどふり)て曰く 明王

は天地によつて化(け)をなし 聖人は理非をさつして世を治む

世上の僧侶は天下の帰する所なり 悪侶に於ては明王しん

ずべからず 聖人にあらずんば賢哲(けんてつ)仰ぐべからず 今賢聖の

尊重(そんぢう)するを以て則ち龍象の軽(かろ)かざるをしる 何ぞ忘云(ぼうげん)

をはいて あながちに誹謗をなさん 誰人をもってか悪比丘と

 

いわんや 委細に聴かんとほつすと 主人の曰く 後

鳥羽の院の御宇(ぎよう)に法然といふ者あり 選擇集(せんちやくしう)を

つくr則ち一代の聖教を破(は)し 編(あまね)く十方の衆生(しゆぜう)を

まよはす 其選擇に云く 道綽(どうしやく)禅師 聖道(せうどう)浄土の

二門を立(たつ)て 聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文(もん)

初めに聖道門とはこれについて二つあり 乃至(ないし)これに

じゆんじて これを思ふに まさに密大(みつだい)及びもちひ 実大(じつだい)

をぞんずべし 然れば則ち今真言仏心天台華厳

三論法相地論摂論 此等(これら)の八家(はっけ)の意(こゝろ)正しくこゝに

あるなり 曇鸞法師(どんらんほつし)の往生論の注に云く 謹(つゝしん)で龍

樹(じゆ)菩薩の十住毘婆沙(じうびはしや)を案じて云く 菩薩 阿

 

 

12

毘跋致(びばつち)をもとむるに二種の道なり 一つには難行道(なんぎやうどう)

二つには易行道(いぎやうどう)なり 此中に難行道といふは則ち

是(これ)聖道門なり 易行道といふは則ち是浄土門

浄土宗の学者 先ずすべからく此旨をしるべし たとひ

先(せん)より聖道門を学(がく)する人なりといふ共 若し浄土

門において其志あらば 須(すべから)く聖道をすてゝ浄土に

帰すべし 又云く善導(ぜんどう)和尚 正雑(せうぞう)二行をたつて雑(ぞう)

行(ぎやう)をすてゝ正行(せうぎやう)に帰するの文第一に読誦雑行

といふは 上の観経抔(とう)の往生浄土の経を除(のぞい)て 已(い)

外(げ)大小乗殿密の諸経において受持読誦する

を こと/\゛く読誦雑行となづく 第三に礼拝(らいはい)雑

 

行といふは上の弥陀を礼拝するを除て 已外一切の

諸仏菩薩抔(とう)及び諸々の世天(せてん)等(とう)に於て礼拝恭敬(くきやう)

するを悉く礼拝雑行となづく 私(わたくし)に云く 此文を見

るに弥(いよ/\)すべからく雑(ぞう)を捨てて専(せん)を修(じゆ)すべし 豈(あに)百即

百生(せう)の専修 正行を捨てて かたく千中無一の雑修雑

行をとらんや 行者よく是を思量せよ 又云く 貞元(ていげん)

入蔵録(にうぞうろく)の中に 始め大般若経六百巻より法常住(ほうじやうぢう)

経に終るまで 顕密(げんみつ)の大乗経 惣て六百三十七部 二千

八百八十三巻なり 皆須(すべからく)読誦大乗の一句を摂すべし

当(まさ)にしるべし 随他(ずいた)の前には暫く定散門(ぢやうさんもん)をひらく

といへども 随自の後には帰(かへつ)て定散門を閉(とぢ) 一(ひと)たび

 

 

13

開(ひらい)て以後永く閉ざるは 唯是念仏の一門なりと又云

念仏の行者かならず三心を具足すべきの文 観無

量寿経に云く 同(おなじ)く経の疏(しよ)に云く 問て云く 若(もし)解(げ)

行(ぎやう)不同邪雑(じやざつ)の人等あり 外邪異見の難をふせぐ 或は

行(ゆく)事一分(ぶん)二分するを 群賊等 喚(さけ)びかへすといふは 則ち

別解(べつげ)別行の悪見の人等にたとふ 私に云く 又此中に

一切の別解別行異学異見抔といふは 是 聖道門を

さすなり 已上 又最後 結句の文に云く 夫(それ)速(すみやか)に生死(せうし)

をはあんれんとほつせば 二種の勝法(せうほう)の中に しはらく

聖道門を閣(さしおい)て 選で浄土門にいれ 浄土門にいらん

とほつせば 正雑(しやうぞう)二行の中に しばらく諸々の雑行を抛(なげうつ)

 

て 選で当(まさ)に正行に帰すべし 已上 これについて 是を

見るに 曇鸞 道綽 善導の謬釈(ひやうしやく)を引て 聖道浄

土難行易行の旨をたてゝ 法花真言惣じて一代の大

乗六百三十七部 二千八百八十三巻 一切諸仏菩薩及び

諸々の世天等をもつて 皆聖道難行雑行等に摂

す 或は捨(しや) 或は閉(へい )或は閣(かく) 或は抛(ほう) 此四字をもつて

多く一切をまよわず 剰(あまつさへ)三国の聖僧 十方の仏弟子

等をもつて皆群賊となづけて ならべて罵詈(めり)せしむる

事 近くは所依(しよへ)の浄土の三部経の 唯除五逆誹謗

正法の誓文に背き 遠くは一代五時の 肝心法華

経の第二の 若人(にやくにん)不信毀謗此経(きほうしきやう)乃至其人(ごにん)命終入(めうじうにう)

 

 

14

阿鼻獄の誡文(せいもん)にまよふ者なり 是に於て代(よ)末代(まつだい)

に及び 人聖人にあらず 各々冥衢(めいぐ)にいつて ならびに

直道(じきどう)をわすれ かなしきかな瞳矇(どうほう)を推(うた)ざる事 痛

わしひかな いたづらに邪信を催すこと 故(かるがゆへ)に上国主(かみこくしゆ)

ゟ下(しも)土民に至るまで 皆経は浄土三部の外(ほか)の経

なく 仏は弥陀の三尊の外の仏なしとおもへり

仍って 伝教(でんぎやう)義真(ぎしん)慈覚(ぢかく)智証(ちせう)等 或は万里の波濤

をわたつて渡す所の聖教 アウリは一朝の山川(さんせん)を廻つ

て崇むる所の仏像 若しは高山のいたゞきに花界を

建てて以て安置し 若しは深谷(しんこく)の底に蓮宮(れんきう)を起(おこ)

してもつて崇重(そうじう)す 釈迦薬師の光をならべ給ふなり

 

威を現当に施し 虚空地蔵の化をなせるや 生後(せうご)

に益(やく)をかふむる 故に国主は郡郷(ぐんきやう)をよせてもつて燈

燭をあかし 地頭は田園をあてゝもつて供養にそ

なふ しかるに法然の選択(せんちやく)に依て則ち教主をわすれて

西土の仏陀をたつとみ 付属をなげうつて東方の如

来を閣(さしお)き 唯四巻三部の経典を専らにし むなしく一代

五時の妙典を抛つ こゝをもつて弥陀の堂にあらされば皆

供仏(くぶつ)の志をやめ 念仏の人にあらざれば はやく施僧(せそう)のお

もひをわする 故に仏閣零落して 瓦松(かせう)の煙りむなしく

老たり 僧房(さうぼう)荒廃して 庭草(ていそう)の露しば/\ふかし 然りと

いへ共 各々護惜(ごしゃく)の心をすてゝ 并(ならび)に建立の思ひを廃す こゝを

 

 

15

もつて住持の聖僧は行(ゆき)て帰らず 守護の善神は去て来(きた)

る事なし 是偏(ひとへ)に法然の選擇(せんちやく)によるなり かなしきかな

数十年の間 百千万の人 魔縁(まへん)にとろかされて 多く仏教

に迷へり 謗(そしり)を好んで正(せう)をわする 善神怒りをなさゞらんや

圓を捨てて編を好む悪鬼たよりを得ざらんや 彼(かの)万祈(ばんき)を修(じゆ)

せんようりは 此一凶を いましめんには しかじと 客 殊に色を

なして曰く 我(わが)本師 釈迦文(もん)浄土を捨てて 一向浄土に帰し

道綽(どうしやく)禅師は涅槃の広業(かうぎやう)を閣て 偏に西方の行業を

ひろめ 善導和尚は雑行を抛て 専修(せんじゆ)をたつ 恵心僧都(えしんそうづ)は

諸経の要文(ようもん)を集めて 念仏の一行を宗となし 弥陀を貴

 

重(じう)する事 誠に以て然なり 又往生の人 其いくばく

ぞや なかんづく法然上人は幼少にして 天台山にのぼり

十七にして六十巻を渉(わた)り ならびに八宗を究め 具(つぶさ)に

大意を得たり 其外一切の経論 七編反復し 章疏(しょうじよ)

伝記 看(み)きわめずといふ事なし 智は日月にひとしく 徳は

先師(せんし)に越たり 然りといへ共 猶出離(しゆつり)の趣に迷て 涅

槃の旨をわきまへず 故にあまねく観(み) 悉くかんがみ 深く

思ひ 遠く慮て 遂に諸経を抛て 専ら念仏を修す 其上

一夢の霊応を蒙て 四裔(えい)の親疎に弘む 故に或は勢(せい)

至(し)の化身と号し 或は善導の再誕と仰ぐ 然ば則ち十

方の貴賤は頭(かしら)をうなだれ 一つ朝(ちやう)の男女は歩(あゆみ)をはこぶ しかし

 

 

16

よりこのかた春秋推(おし)移り 星霜相(あい)積り しかるに忝(かたじけなく)も

釈尊の教(おしへ)をおごそかにして ほしひまゝに弥陀の文をそしる

なんぞ 近年の災(わざわひ)をもつて 聖代(せいだい)の時に果(おほ)せ あながちに先

師をそしり 更に聖人を罵るや 毛を吹て 疵を求め 皮を

剪(きつ)て 血を出す 昔ゟ今に至るまで かくの如く悪言いまだ

聞かず 怖るべし 慎むべし 罪業いたつて重し 科條(くわでう)争(いかで)か

遁れん 対座猶もつて恐れあり 杖を携て則ち帰らんと

ほつすと 主人笑(えみ)をやめて曰く 辛(からき)事を蓼葉(れうやう)にならひ

臭(くさき)事を溷厠(かへし)にわする 善言を聞て悪言を思ひ 謗者(ほうしや)を

指して聖人と思ひ 正師を疑て悪侶になぞろふ 其迷ひ

誠にふかし 其罪浅からず 事の起りを聞て委く其趣

 

談ず 釈尊説法の内一代五時の間 先後(ぜんご)をたつて権(ごん)

実(じつ)をわきまふ 曇鸞 道綽 善導 既に権(ごん)について

実をわする 先(せん)によつて後(のち)を捨つ いまだ仏教の淵(えん)

底(てい)を探らんずんば なかんづく法然其流れを酌むといへども 其

源(みなもと)をしらず 所以(しよい)はいかんとなれば大乗経六百三十七部二千

八百八十三巻ならびに 一切の諸仏菩薩及び 諸々の世天

等をもつて捨閉閣抛(しやへいかくほう)の字を置て 一切衆生の心を とろ

かす 是偏に私曲の詞をのべて 全く仏教の説を見ず

妄語の至り 悪口の科 いつてもたぐひなし 責めてもあま

りあり 人皆其妄語を信じ 悉く彼選択をたつとむ

故に浄土の三部経をあがめて 衆経を抛て 極楽の一仏

 

 

17

を仰て 諸仏をわする 誠に是諸仏諸経の怨敵(おんてき) 聖僧

衆人の讐敵なり 此邪教 広く八荒に弘まり 周(あまね)く十万に

遍ず 抑 近年の災難をもつて 往代に課(るふする)の由 強ちに是

を恐る 聊か先例を引て 汝が迷ひを悟すべし 止観(しかん)第二に

史記を引て云く 周の末に髪をかむり 身はだかにして

礼度によらざる者あり 弘決(くけつ)第二に 此文を釈して 左伝(さでん)

を引て曰く 初めに平王(へいわう)の東にうつる時 伊川(いせん)髪をかぶる

者しかふして 野に於て祭るを見る 識者(しるもの)の曰く 百年

に及ばずして 其礼先ほとびんと爰にしんぬ 徴(しるし)は前に

顕れ 災は後に至る 又 阮籍(げんしやく) 才をほしひまゝにして 頭(かみ)

をみだし 帯をひろげたり 後に公卿の子孫 皆是を

 

学ぶ 奴苟(とかう)の相辱(あいはづかし)むる者は まさに自然に達せりといへり

損節(そんせつ)競持(けうじ)する者は よんで田舎(でんしや)とす 是を司馬氏の滅ぶ

る相とす 已上 又 慈覚大師入唐巡礼記を案ずるに云く

唐の武宗皇帝 會昌(えせう)元年に勅して 省教寺(しやうけうじ)鏡霜(けうそう)

法師をして 諸寺に於て 弥陀念仏の教へを伝へしむ

寺ことに三日巡輪することたへず 同二年 䢗鶻国(くわいこつこく)の軍兵

等 唐の堺を侵す 同三年に 河北(かほく)の節度使(せつどし)忽ちに

乱を起こす 其後に大蕃(はん)国より また命(めい)をこばむ 䢗

鶻国ゟ重ねて地を奪ふ事 凡 兵乱秦項(ひやうらんしんかう)の代(よ)に おな

じくし 災火邑里(いうり)の隙(あいだ)に起こる 何(いか)に況や 武宗大(おゝひ)に仏

法を破り 多く寺塔を滅る 撥乱するにあたわずし

 

 

18

て 遂に以て事あり 已上 取乗  これをもつて是を推(おもふ)に 法然

後鳥羽院の御宇 建仁年中の者なり 彼院の御事

既に眼前にあり 然る則(とき)は六唐に例を残し 吾(わが)朝(てう)に

燈(とう)を顕わす 汝疑(うたごふ)事なかれ 汝怪(あやしむ)事なかれ 唯 須(すべから)く

凶を捨てて善に帰し 源をふさひて根を裁(きる)べしと

客聊か和(くは)して曰く いまだ淵底を究めざれ共 しば/\

其趣きをしる 但し花洛(くわらく)より柳営(りうえい)に至る迄 釈門(しやくもん)に枢(すう)

楗(けん)あり 仏家に棟梁あり 然れ共いまだ勘状を進ぜ

ず 上奏に及わず 汝賤しき身を以て輙(こと/\゛)く莠云(ちうげん)をはく

其義あまり有 其理(り)いわれなけん 主人の曰く 予(われ)少量

なりといへ共 忝なくも大乗をまなぶ 蒼蝿(あをばい)は驥(はやむま)の尾に

 

ついて万里を渡り 碧蘿(へきら)は松頭(せうとう)にかゝつて千尋をのぶ 弟

子一仏の子(みこ)と生れて 諸経の王につかふまつる 何ぞ仏

法の衰微を見て 心情の愛惜(あいじゃく)を起さゞらん 其上 涅

槃経に云く 若し善比丘法をやぶる者を見て置て 呵

責し 駆遣(くげん)し 挙処(こしよ)せずんば 当(まさ)にしるべし 是人は仏

法の中の怨(あだ)なり 若し能く駆遣し呵責し挙処せば 是

我弟子 真(しん)の声聞なり 余(われ)善比丘の身たらずといへ共

仏法中の怨の責を遁れんが為に 唯大網(かう)をとつて 粗(あら/\)

一端をしめす 其上 去(さんぬ)る元仁年中に 延暦興福の両寺

より 度々奏聞を経(へ) 勅宣(ちよくせん)御教書を申くだして 法然

の選擇(せんちやく)の徴 板を大講堂に取上て 三世の仏恩を報

 

 

19

ぜんが為に是を焼失せしむ 法然墓所に於ては 感(かん)

神院(じんいん)の犬神人(いぬがみじん)に仰付て 破却せしむ 其門弟 隆観(りうくはん)

聖光(せいかう)成覚(ぜうかく)薩生(さつせう)等をば遠国に配流せらる 其後 未だ

御勘気をゆるされず 豈 いまだ勘状をまいらせずと

いわんや  客即和して曰く 経をくだし 僧をそしる事

一人として論じ難し 然るに大乗経六百三十七部二千

八百八十三巻ならびに 一切の諸仏菩薩及び諸々の世

天等をもつて 捨閉閣抛(しやへいかくほう)の四字をのする 其詞は勿論

なり 其文顕然(げんぜん)なり 此瑕瑾を守て其誹謗をなす

迷ていふか覚(さとつ)て語るか 賢愚わきまへず ぜひ定めがたし

但し災難の起こり選択によるの由 盛に其詞を増し

 

弥其旨をたんず 所詮天下泰平国土安穏は君臣の

ねがふ所 土民の思ふ所なり 夫国は法によつてさかへ 法

は人によつてたつとし 国亡び人滅せば仏をたれか崇むべし

法をたれか信すべきや 先ず国家をいのつて須く仏法を

立つべし 若し災を消し難をやぶる術あらば聞かんと ほ

つすと 主人の曰く 余は是頑愚(くわんぐ)にして賢を存ぜず

唯経文について聊か所存をのぶ 抑治術(じじゆつ)の旨 内外(ないげ)の間

に其文幾多(きた)なり 具に挙べき事かたし 但し仏道にいつて

しば/\愚案を廻らすに 謗法(ほうぼう)の人を禁じ 正道の侶

をおもんぜば 国中安穏に天下泰平ならん 即ち涅槃経に

云く 仏の給はく 唯一人を除いて余の一切に施さば 皆讃嘆(さんたん)

 

 

20

すべし 純陀(じゆんだ)問て曰く いかんぞ名(なづけ)て唯一人を除くとするや

仏の給わく 此経の中に説く所の如くの破戒なり 純陀

又曰く 我今いまだ解せず 唯願わくば仏これを説き給へ

純陀に語つての給く 破戒とは一闡提(せんだい)をいふなり 其餘(よ)のあら

ゆる一切に布施せよ 皆賛嘆すべし 大ひなる果報を得ん

純陀又問 一闡提とは其義いかん 仏の給く 純陀若し比丘及び

比丘尼 優婆塞(うばそく)優婆夷(うあい)あつて 麁悪の詞をはつして正法

を誹謗せん 是(この)重業(ぢうごう)を造て 永く改悔(かいぐわい)せず 心に懺悔なから

ん かくの如くの人を名て 一闡提道(せんだいどう)に趣向すとす 若し四重(じう)

を犯し 五逆罪をつくり みづから定めてかくの如くの重事を

犯すとしれ共 しかも心にすべて怖畏(ふい)懺悔なく あへて発露

 

もせず 彼正法に於て永く護惜(ごしやく)建立の心なく 毀呰(きし)軽賤(けいせん)し

ていわく 過咎(かきう)おほからんと かくの如く抔(とう)の人を亦(また)趣向一闡提

道となづく 唯かくの如くの一闡提の輩(ともがら)を除て 其餘(よ)の者に

施さば 一切讃嘆せん 又云く 我往昔(わうじやく)をおもふに 閻浮提(えんぶだい)に於て

大国の王となりき 名を仙豫(せんよ)といふ 大乗経典を愛念し 敬

重するに 其心純善にして 麁悪嫉悋(しつりん)有る事なし 善男子(なんし)我(われ)其

時に於て 心に大乗をおもんず 婆羅門の方(ほう)等を誹謗する

事をきく 聞き終つて即時に其命根(めいこん)をたつ 善男子是因縁

をもつて 是より以来(このかた)地獄に墜ず 又云く 如来昔(むかし)国王

となつて 菩薩の道を行(げう)ずる時に そくばくの婆羅門

の命(いのち)を断絶しき 又云く 殺(さつ)に三つあり 謂(いわ)く下中上なり

 

 

21

下は蟻の子ないし一切の畜生なり 唯菩薩示現生(じげんせう)の

者をば除く 下殺(げさつ)の因縁をもつて地獄畜生餓鬼に

堕(おつ) 具(つぶさ)に下の苦しみを受る 何をもつつてのゆへに この諸々の

畜生に微善根あり 是故に殺す者具(とも)に罪報を受ん

中殺とは 凡夫の人より阿那含(あなごん)に至るまで 是を名(なづけ)て中

とす 是業因をもつて地獄畜生餓鬼におつ 具に中の苦

しみをうけん 上殺(ぜうさつ)とは 父母ないし阿羅漢(あらかん)辟支仏(びやくしぶつ)卑(ひつ)

定(でう)菩薩なり 阿鼻大地獄の中におつべし 善男子

若し能く一闡提を殺す事あらん者は 即ち此三種の殺中(さつちう)

におちず 善男子彼(かの)諸々の婆羅門等は 一切皆是一闡

提なり 已上 仁王経に云く 仏(ほとけ)波斯匿(はしちよく)王に告(つげ)給わく 是故

 

諸々の国王に付属して比丘比丘尼に付属せず 何を以て

のゆへに王の威力(いりき)なければなり 涅槃経に云く 今無上正

法をもつて諸々の王 大臣 宰相及び 四部の衆に付属す

正法を謗らん者をば王者大臣四部の衆に苦治(くぢ)す

べし 又云く 仏の給わく 迦葉(かしやう)よく正法を護持する因縁

をもつてのゆへに この金剛身を成就する事を得たり 善

男子正法を護持する者は 五戒を受ざれ 威儀も修(じゆ)せ

ざれ まさに刀剣(とうけん)弓箭(きうせん)鉾槊(ほうさく)を持べし 又云く 若し五戒を

受持する事ある者をば なづけて大乗の人とする事を得

さるなり 五戒を受ざれ共 正法をまもる事をするを 乃(すなわ)ち

大乗となづく 正法を護もる者は当(まさ)に刀剣器杖(ぎぜう)を執持(じゆぢ)

 

 

22

すべし 刀杖(とうぜう)を持つといへ共 我是等を説て名て 持戒(じかい)と

いわん 又云く 善男子過去の世に此 狗尸那城(くべなぜう)に於て 仏

の出世し給ふ事まします 歓喜増益如来と号す 仏

涅槃の後 正法世に住する事 無量億歳なり あまりの

四十年に仏法いまだめつせざりき 其時に一人の持戒

比丘あり 名て覚徳(かくとく)といふ 其時に多く破戒の比丘あり

此説をなす事を聞て 皆悪心を生じ 刀杖を執時し

て 此法師(ほつし)を遷(せ)む 是時に国王あり 名て有徳(ゆうとく)といふ

是事をきゝ すでに護法の為のゆへに すなわち説法

者(じや)の所に往(ゆき)至って 是破戒の諸々の悪比丘と極めて 共に

戦闘す 其時に説法者 厄害をまぬかるゝ事を得

 

たり 王其時に於て 身に刀剣剪槊(せんさく)の疵を かふむる

事 體(たい)に芥子斗(ばかり)の如きも まつたき所なし 其時に

覚徳(かくとく)ついで 王をほめて云く 善哉(ぜんざい)/\ 王今真(まこと)に

是正法を護る人なり 当来の世に 此身 当(まさ)に無量

の法器(ほうき)となるべし 王是時に於て 法をきく事

を得 おわつて心大ひに歓喜す ついで 即ち命終(めうじう)

して 阿閦仏(あしくぶつ)の国に生じて 彼仏の為に第一の

弟子となる 其王 将(まさ)にしたがふ人民 眷属 戦闘

する事ありし者 歓喜する事ありし者 一切菩

提の心をしりぞかず 命終して悉く阿閦仏の

国に生ず 覚徳比丘さつて後 寿(じゆ)終って亦(また)阿閦

 

 

23

仏の国に往生する事を得て 彼仏の為に声(しやう)

聞(もん)衆の中の第二の弟子となる 若し正法滅尽せん

と ほすつる時あらば 当にかくの如く受持擁護(おうご)す

べし 迦葉(かせう)其時の王は 即ち我身是なり 説法の

比丘は迦葉仏是なり 迦葉正法を護らん者は

かくの如く等の無量の果報を得ん 是(この)因縁をも

つて 我今日に於て 種々相を得てもつて みづから

荘厳(しやうごん)し 法身不可壊身(へ【え】しん)を成就す 仏 迦葉菩薩に

告給わく 是故に法を護もる 優婆塞(うばそく)等は まさに刀(とう)

杖(ぢやう)を執持して かくの如く擁護すべし 善男子 我(われ)涅

槃の後 濁悪(じよくあく)世に国土荒乱し 互に相(あい)抄掠(せうりやう)し 人

 

民飢餓せん 其時に多く飢餓の為の故に 発心出

家するものあらん かくの如くの人を名て 禿人(どつしん)とす 是

禿人の輩 正法を護持するを見て 駆逐して出(いだ)さしめ

若しは殺し 若しは害せん 此故に我今持戒の人によせ

て 諸々の白衣(びやくへ)の刀杖をもつ者に ゆるしてもつて 伴侶(ばんろ)

とす 刀杖を持つといへ共 我是等を説て名て持戒

いふ 刀杖をもつといへ共 命をたつべからず 法華経

云く 若し人信ぜずして 此経を毀謗せば 即ち一切世間

の仏種(ぶつしゅ)をたつなり ないし 其人命終りして阿鼻獄に

いらん 已上 経文 夫(それ)経文顕然なり 私の詞 なんぞ くはへん 凡そ法

華経の如くんば 大乗経典をそしる者は 無量の五逆に

 

 

24

勝れたるゆへに 阿鼻大城(だいぜう)におちて 永く出(いづ)る期(ご)なし

涅槃経の如くんば たとひ五逆の供(くう)をば許せ共 謗法(ほう/\゛)

の施しをゆるさず 蟻の子を殺す者は かならず三悪道

に落つる 謗法をいましむる者は 定まって不退の位

に登る 所謂覚徳は是迦葉仏なり 有徳(ゆうとく)は即ち

釈迦文(もん)なり 法華涅槃の経教は 一代五時の肝心

なり 其いましめ実(まこと)におもし たれか帰仰(きかう)せざらん

や 然るに謗法の族(やから)正道の人をわすれ 剰(あまつさへ)法然

選擇(せんちやく)によつて 弥愚癡(ぐち)の盲瞽(もうこ)をます これをもつ

て或は彼(かの)遺体(ゆいたい)によつて木画の像をあらはし 或は

其妄説をしんじて莠云(けうげん)の模(かたぎ)に彫りて 海内(かいだい)に これ

 

をひろめ 墩外(くわくぐわい)に是を翫ぶ 仰ぐ所は即ち其家風なり

施す所は即ち其門弟なり 然る間 或は 釈迦の手指を

きつて 弥陀の印相を結ばせ 或は 東方如来の鴈宇(がんう)

を改めて 西戸教主の鵝王(がわう)を居(すへ) 或は四百餘廻(よくわい)の如(によ)

法経(ほうきやう)をやめて 西方浄土の三部経になし 或は 天台

大師講を停(とゞめ)て善導講となす かくの如くの郡

類 其誠に尽しがたし 是破仏(はぶつ)にあらずや 是破法

にあらずや 是破僧にあらずや 此邪義即ち選擇に

よるなり あゝかなしき哉(かな) 如来の麁語にしたがつて 早(はや)

く天下の静謐を思わゞ 須く国中の謗法をたつべしと

 

 

25

客の曰く 若し謗法の輩を断じ 若し仏禁の違(い)を絶せば

彼経文の如く斬罪(だんざい)に行ふべきか 若し然らば殺害(せつがい)相加(くは)

へば罪業いかんがせんや 則(すなはち)大集経に云く 頭(かみ)を剃り 袈裟

を着せば 持戒及び毀戎天人 彼(かれ)を供養すべし 則これ

我を供養するになんぬ これ我子なり 若しかれを撾打(くわちやう)

することある則(とき)は これ我子をうつなり 若しかれを罵り

辱むるは 則これ我を毀辱するなり はかりしりぬ善悪

を論ぜず 是非をしらむ事なく僧侶たるに於て 供養

をのぶべし なんぞ其子を打ち辱しめば 忝くも 其父悲哀

せん 彼竹杖(ちくぜう)が目連尊者を害せしや 永く無間の底に

沈む 提婆達多(だいばだつた)の蓮花(れんげ)比丘尼を殺せしや 久しく

 

阿鼻の焔(ほのふ)に咽(むせ)ぶ 先証(せんせう)これ明(あきらか)なり 後昆(こうこん)最も恐るべし

謗法を誡むるに似て既に禁云を破る 此事信じがたし

いかんが意(こゝろ)得ん  主人の曰く 客あきらかに経文を見

て猶このことばをなす 心のおよばざるか 理の通ぜざるか 全

く仏子を禁ずるにあらず 是偏に謗法をにくむ

なり 夫釈迦の以前の仏教は 其罪をきるといへ共

能仁(のうにん)の以後の経説は 則其施しをとゞむ 然れば則

四海万邦 一切四衆 其悪に施さずして皆此善に帰

せば いかなる難か ならび起り いかなる災(わざはひ)か競ひ来らん

と 客則ち席を避けて襟を刷(かいつくつ)て曰く 仏教これ區々(まち/\)

にして 旨趣(ししゆ)究め難く 不審端(はし)多くして 理非明らか

 

 

26

ならず 但し法然上人の選擇 現にいますなり 諸仏諸教

諸菩薩諸天等をもつて 捨閉閣抛(しやへいかくほう)と載(のす)す事 其文

顕然なり こゝによつて聖人は国をさり 善人(ぜんじん)は所を捨て

て 天下飢渇し 世上疫病す 今主人広く経文を引

て明らかに理非をしめす 故に妄執既に翻り 耳目

しば/\朗らかなり 所詮 国土太平 天下安穏は 一人より万

民に至るまで 好む所なり ねがふ所なり 早く一闡提(せんだい)

の施しをやめて 永く衆僧尼(しゆそうに)の供(くう)をいたし 仏海(ぶつかい)の

白浪(はくろう)をおさめて 法山の緑林を裁(きら)せん 世は義農の世と

なり 国は唐虞(とうぐ)の国とならん 然(しかふ)して後に 法水の浅(しん)

深(せん)を斟酌(かんりやく)して 仏家の棟梁を崇重(さうじう)せんと  主人

 

悦んで曰く 鳩化(け)して鷹となり 雀変じて蛤とな

るは よろこばしひ哉 汝蘭室の友とまじわつて 真(ま)

畝の性となる 誠に其難を顧みて 専ら此言(こと)を信ぜ

ば 風やわらぎ浪静かにして 不日(ふじつ)に豊年ならんのみ

但し人の心は時に随て移り 物の性は境(けう)によつて

改まる 譬へば猶 水中の月波に動き 陣前(ぢんぜん)の軍(いくさ)の

劔になびくか如し 汝当座は信ずといへ共 後には

定めて永くわすれん 若し先ず国土を安んじて 現(げん)

当(とう)をいのらんと ほつせば 速やかに静慮を廻らして 急いで

対治を加へよ 所以(しよい)はいかん 薬師経の七難の内 五難

忽ちに起こり 二難猶残れり いわゆる他国侵逼(しんひつ)の難 自

 

 

27

界叛逆難なり 大集経の三災の内 二災早顕れ

一災いまだ起らず いわゆる兵革(かく)災なり 金剛明経

の内 種々の災禍一々に起こるといへ共 他方の怨賊(おんぞく)国内

を侵掠(しんりやう)す 此災(さい)いまだあらわれず 此難いまだ来(きた)らず

仁王経の七難の内 六難今盛んにして 一難いまだ現

ぜず いわゆる四方の賊来つて国を侵すの難なり しかのみ

ならず国土乱るゝ時は 先鬼神乱る 鬼神乱るゝがゆへに

万民乱る 今此文について具(つぶさ)に事の情(こゝろ)を案ずるに

百鬼早く乱れ 万民多く亡ぶ 先難(せんなん)是明らかなり

後災(こうさい)なんぞ疑がわん 若し残る所の難 悪法の科によ

つて ならび起こり競ひ来たらば 其時は いかんせんや 帝王は

 

国家を基(もと)として天下を治め 人臣は田園(でんおん)を領して

世上を保つ しかるに他方の賊来つて其国を侵逼し

て 自界叛逆して其地を掠め領せん 豈(あに)驚かざらん

や 豈騒がざらんや 国を失ひ家を滅ぼして いづれの所

にか世を遁れん 汝須く一身の安堵を思はゞ 先ず四表(ひやう)

の静謐を祷(いの)るべき者か かなんづく人の世にあつては

各々後生を恐る 是をもつて或は邪教をしんじ

或は謗法をたつとみ 各々是非に迷ふ事にくむと

いへ共 しかも猶かなしんで仏法に帰す 何ぞ おな

じき信心の力をもつて妄(みだり)に邪義の詞をたっとま

んや 若し執心翻さず 亦 曲意猶ぜんぜば 早く有為の

 

 

28

郷を辞して 必ず無間の獄におちん 所以はいかん 大集

経に云く 若し国王あつて無量世(せ)に於て施戎慧(せかいへ)を

修(じゆ)す共 我法のめつするを見て 捨てて擁護せずんば

かくの如く種(うへる)所の無量の善根悉く皆滅失せん な

いし其王久しからずして当(まさ)に重病にあふべし 寿(じゆ)

終るの後 大地獄の中に生ぜん 王の如く夫人(ふじん)太子(たいし)大臣

城主 村主 郡主 宰官も また/\かくの如くならん 仁王

経に云く 人仏教をやぶらば 又孝子(こうし)なく 六親不和に

して 天神たすけず 疾疫悪鬼日々に来つて侵害し

災怪(さいげ)首尾に禍(わざわひ)を連ぬる事縦横にして 死しては地

獄餓鬼畜生にいらん 若し出でて人とならば 兵奴(ひやうぬ)の果報にして

 

響きの如く影のごとく 人の夜(よ)るもの書くに火は滅(き)ゆれ共 字は

ぞんずるかごとし 三界の果報又々かくの如くならん 法花

経第二に云く 若し人不信(しんぜず)して此経を毀謗せば 乃至(ないし)

其人命終して阿鼻獄にいらん 又同く 第七巻不経品(ふきやうぼん)

に云く 千劫(せんこう)阿鼻地獄に於て大苦悩を受けんと 涅槃

経に云く 善友を遠離して正法を聞かず 悪法に住

せん者 此因縁のゆへに沈没して阿鼻地獄にあつて

受る所の身形(しんせう)は 縦横八万四千由旬(ゆじゆん)ならん 広く衆経を

ひらくに専ら謗法をおもしとす かなしひ哉 皆正法の

門を出(いで)て深く邪法の獄に入る 愚かなるかな各々悪教の網

にかゝつて 鎮(とこしなへ)に謗教(ほうきやう)の綱にまとわる 此朦霧(もうむ)の迷ひ 彼

 

 

29

盛焔(せいえん)の底に沈まんこと 豈愁ひざらんや 豈くるしまざ

らんや 汝早く信仰の寸心(すんし)を改めて 速やかに実乗の一善に

帰せよ 然る則(とき)は三界皆仏国なり 仏国それおとろへ

んや 十方悉く宝土なり 宝土なんぞやぶれんや 国に

衰微なく土(ど)に破壊なくんば 身は是安全 心は是禅定(ぜんじやう)

ならん 此詞(ことば)此言(こと)しんずべし あがむべしと  客の曰く 今

生後生たれか慎まざらん たれか恐れざらん 此経文をひら

いて具に仏語を承るに 誹謗の科いたつておもく

毀法の罪誠にふかし 我一仏をしんじて諸仏を抛つ

三部経を仰(あおひ)で諸経を閣(さしお)く 是私曲(しきょく)の思ひにあらず

則ち先達の詞にしたがふ 十方の諸人また/\かくの如く

 

今世にには性心(せうしん)を労(わづらは)し 来生(らいせう)には阿鼻におちん事 文あ

きらかに理詳らかなり 疑(うたごふ)べからず 弥(いよ/\)貴公の慈悔(じくわい)を仰い

で 益々客の痴心を開き 速やかに対治を廻らして 早く

泰平をいたし 先ず生前をやすんじて 更に没後を

扶(たす)けん 唯我のみ信ずるにあらず 又他(た)の誤まりをも

誡しめんのみ

 

  文応元年 太歳 庚申 七月 勘之 日蓮

立正安国論 終

 

 

30

論中或問(ろんちうわくもん)

或人難じて曰く 尓前(にぜん)の経を未顕真実(みけんしんじつ)と捨てながら

安国論には尓前の経を引て証文とし給ふ事 釈尊一代の

相違するにあらずやいかん  答て曰く 惣而(そうじて)釈尊一代の

聖教 大ひに分けて二つとす 一つには大綱(たいこう)なり 二つには綱目(こうもく)

なり 初めに大綱とは成仏道の教(おしへ)なり 成仏得道(とくどう)の教とは

唯法花経斗(ばかり)なり 次に綱目とは法華経已前の諸経也

彼法経は不成仏の教なり 成仏得道の文言是を説く

といへ共 但名字のみあつて其実義は法華経に是有

故に 伝教大師 決権実論(けつごんじつろん)に云く 権智所作(ごんちしょさ)は唯名

 

字のみあつて 其実義あるなしと云々 但し権教に

於ても成仏得道の外(ほか)は説相(せつそう)むなしかるべからず

法華経の為の綱目なるがゆへなり 所詮成仏得道の

大綱は法華経に是をとき 其餘りの綱目は 衆典(しゆでん)

に是をあかし給ふ 是によつて法華の証文に是を

引用ひ給ふなり  問て曰く 法華経を大綱とする

証文いかん  答て曰く 天台大師の曰く 当(まさ)にしる

べし 此経は唯如来説教の大綱を説て 綱目を委

細にせずと云々  問て曰く 尓前(にぜん)を綱目とする証文

いかん  答て曰く 妙楽(めうらく)の云く 皮膚毛綜(もうさい)は出(いで)て 衆

典にありと云々  問て曰く 成仏は法華に限ると云

 

 

31

証文いかん  答て曰く 法華経に曰く 唯有(ゆいう)一乗法

無二亦(やく)無三と説き給へり  問て曰く 尓前は法華経

の為といふ証文いかん  答て曰く 法華経にいわく

種々の道をしめすといへ共 其実は仏乗の為なり

と説き給へり 能(よく)々心得べき事なり  或人又問ふ 成仏

の正法は法華経にかぎるに 豈安国論に法華真言

等を誹謗すとあげ給ふや  答て曰く 選擇集(せんちやくしう)に

一切の大乗小乗諸仏菩薩諸天等まで 捨閉閣(しやへいかく)

抛(ほう)と教るゆへに 経は阿弥陀の三部経の外は廃せん

とす 仏はあみだの三尊の外は一切諸仏を廃せんと

する ゆへに選擇集の非をしらせんが為に 暫く念

 

仏宗の外の諸宗をたすけ置て 法然一人があや

まりをしらせんが為に 暫く法華真言等を誹

謗すと書きとり給ふ事 是をあたへていふと申なり

奪っていふ時は法華の外の尓前経にて建てたる宗旨

末法にては無得道なるゆへに 諸宗無得道堕地(だぢ)

獄 法華一人の成仏と教へさせ給ふが御本意なり

唯有(ゆいう)一乗法無二亦(やく)無三は是なり 故に祖書十九巻

三沢(さわ)抄に 佐渡前(さどまへ)の法問(ほうもん)は仏の尓前経(にぜんきやう)と思召せと

遊ばしたり 爰を以て此安国論を拝見するに たゞ

法然が専修(せんじゆ)念仏のみを責め給ひて 餘宗へはわたら

ずと心得べきなり 当世にいたつては日本国中 たゞ

 

 

32

題目と念仏との二つより外なし 真言亡国律国

賊禅天魔抔も 皆念仏門へながれいつて 真言

律等の教へはすたれて 唯専修念仏の法然が門

徒となれり 故に唯念仏無間と心得べきなり

此書拝見の人 若し心得違いもあらんかと 此問(もん)を後(しかへ)

へに備へおわんぬ

 

 宝暦十二 壬午年      扶桑真人

  十一月 冬至            本爺比古右衛門 述

 

 嘉永七 甲寅年 十一月 再刻