仮想空間

趣味の変体仮名

加賀国篠原合戦 第四 連理のかさぎね

読んだ本 http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=0084-000907

 

75(左頁)

  第四  連理のかちぎね

さいたさくらになぜこまつなぐこまがいさめば 花がちる ヤレモ

サウヤヤレヤレサテナ こまがいさめば花がちる じゆえい二年のはるの

そらこしぢの雪はとけやらで 人の心をくみかぬる 今井ふうふが主

思ひ むぐらのやどはおさな子に るすをさしもの身なれども

よそめを忍び兼平が 思ひ付たるになひうり しだしだんごの

うすときねめうとがもとはころびあひ色でもろめしいし/\の

 

 

76

いしくもやつすなりかたち ひこそづきんやわなぼうし すいな

しよていはゆりのはな たてば しゃくやく 足どりはぼたん付けなる

つゝぎやはん べにのもゝひき はきしめて上京下京残りなく ひ

ろむるふたりが口上もいとめづらかになまり声 さあ/\めせ/\

おだんごめせ ちゝ様ばゝ様 おせがれ様にもよきみやげ 先ぐはんらいをいふ

べいならがいにつめたいえちごの雪 其雪水のかんざらし うすときね

とに立つくす姿は玉のうさぎに似て 月のかげにもかつ故にかげかつ

 

だんごと申なり 菅丞相の其むかし つくしのはいしよへ跡をおひ

此だんごがとんだる故とびだんご共なふかゝ いかにもしろしめせ 白いが

しやうくはん kるいが第一 お目通りでとゝがきね かゝがうすどり

しつかとせい今の世の中になかだちやいらぬしつちくはつちくつぎ

ぎせる ヤレモサウヤヤレヤレサテナ きざみたばこがなこうづする ヤレモサウ

ヤヤレヤレサテナ おちよ/\とヤレモサ/\おとしておいて シヤウテメ/\かべにつたのは

ヤレモサウヤヤレのきごゝろ のきをかぞへてうりごえの かみは一条今出がは三つの

 

 

77

立売長者町ごんえ通りに中御門(みかど) あきなひ神のえびすがわ 二

条通りの人くんじゆ おすまい/\押小路 おいけ通りのおば様も

いもうとうちつれ 姉がこちとなりは三条六角堂 一寸八分の御ほ

ぞんもえんぶだんごとたはふれて 一はいきげんのたこやくし 足もひよ

ろ/\おかほのもみぢにしきと あやにつゝまれし 四条通りや

五条のはし わたりかねたる世の中に わしらめうとはよすが

ひねもすうすときね しやうじのひさしにいよすだれ 足

 

びやうしそろへて腰びやうしそろへて うたせい/\ めしませ/\ とび

だんごふうみよしのゝ花まさり 花の都を一くちに歌で覚のてら

ごかう ふやとみやなぎ 堺頂(さかひてう)あひの東に車からすま両がむろ 衣

新かまにし小がは あぶらさめがいほりかはの 水のながれも よしや

よし君が 為にと身をくだきふかきねがひをそめいろに神も仏も

あはれみて 大悲おうごやおうこのはしかたは はゆくと主従の詞

のはしはたがへじと 洛中洛外めぐり行やたけ ごゝろぞ〽けなげなる

 

 

78

平家の大将宗盛公のおはします 六はらのやかたには木曽のかじゃ義仲が 義兵

お起せる其聞へ急ぎ討手を差し向けんと 一門公卿せんぎの上既に其こと相究(きはま)り

けふを軍の首途(かどんで)や餞別(むまのはなむけ)祝はんと 宗盛公の仰により公卿残らずぐんさんとて

行儀をたゞす大下馬先 番所には青侍やくめを大事と向ひ蝶の 幕をしぼつ

て相詰る 侍大将越中の次郎兵衛盛続 同斎藤別当実盛 出仕の時刻

も云合せ隔てぬ中のまぢはりに 油の水と差し加(くはゝ)る高橋判官長綱 万事を

人にかさどつてさはいばつたる是見よづら 番所の前に立はたかり 御一門ははや

 

お出か 其外出仕の旁も大かたに揃ひしかと 尋る詞もあた横柄ばんの者共

両手をつき 三位中将維盛様を初め御家門は申に及ず 大将分の旁も はや

先達て御参りと語るを聞て是はしたり いはれる両人をさそひだて 待あはすの

なんのと隙どつただけおそなつた いや是御両所 其は宗盛公へ申上ることあれば

お先へ参る次郎兵衛殿実(さね)殿 後刻おめにかゝろうと云捨御門に通るにぞ 両人めとめを

見合せてくつ/\と吹出し いやはやかはつた生れ付 とかく人にかたふ/\跡には付くまいと

思ふ気から 我を忘れて緩怠無礼 宗盛公へ願ひと云も此盛続が推量はち

 

 

79

がふまい 其方が此度討手のはれ 直垂を御赦免と願はるゝを聞及び 雁がとべば

石亀ときゃつも直垂を望むよし 人の願ひの下をくゞるすつぽん武士とはかれが

こと なんとそふはおぼさぬか いかにも/\其上此実盛には娘が縁のことに付き 表立

て恨はいはれず なんでなりと当りたがる比興者の意趣ばらし 直垂の願ひとは赤恥

の錦かと 老のたはふれ盛続も笑ふて おくに連立ち入 今井四郎兼平は斎藤別

当実盛に あはで叶はぬ子細有と六はらのやかたの邊 心がけたるだんごううりかゝが

気たてもころ/\と 愛嬌持たる商人(あきんど)也 往来(ゆきゝ)の男女立とまり 音に聞たかけ

 

かつだんご因縁が聞たいの所望/\と立とまれば 東西/\此だんごつき奉る此うすは

しなのゝ国の善光寺あみだ如来の御譲り 杵はふしみの御香宮 末社の神に云付けてお

らゝにあたへ給ひし杵 神はきねがならはしと云初めもだんごの徳さ お召なさるゝお方

にはかゝが小歌をそへまする 長口上は御退屈と臼と杵とに拍子取り 暫く時も移りぎの

なまめくふしにほだされて 皆々買てぞ通りける 斎藤別当実盛は老の望の思ひ

出や 宗盛公の御恵み赤地の錦の直垂を下し置るゝ身の面目 直ぐにお暇給はりて退

出も一ばん勝ち 拝領の直垂を我より先に荷なはせ心いそ/\立かへる それぞと見るより

 

 

80

兼平ふうふしばし御待下さるべしと 慇懃に手をつかねとゞむる顔を能見れば権頭

兼遠が次男今井の四郎 こは心へずと思ひしがヤア慮外成売人め 儕ふぜいに実

盛がとゞめらるゝ覚なし 人たがへか麁相者と云捨て打過る アゝ申々実盛様 人たがへでは

ござりませぬ 私抔(わたしら)ふうふは御らんの通りかげかつだんごの荷(になひ)うり 国本はえちごの者折々団

子商ひに 通ふはお前の御生国越前からのお言伝(ことづて) 其上におふみも有りお届け申

さふ斗に 最前からお帰りを待受ておりましたと女が口上半分ぎゝ イヤサ 此実

盛が生国は越前なれと 近年御領付られてむさしの長井に居住したれば越

 

前にゆかりはない よしゆかりが有迚も北国は敵の衢 此度討手を蒙つては

せ向ふ此実盛 言伝はおおか文は勿論雪国で拵へた 僅かのだんごも手に

とられぬ いおはれぬ所に長いして折角仕にせた商ひ荷物 六はら武士にひつたく

られ 親方にそんかけんせうしさよと笑ふにぞ 兼平そばに差よつて 御尤至極

ながら 御老人の御ことは主人義仲が父も同前 こと更御息女山吹姫御寵愛浅から

ねば 一方ならぬ由緒と云い元来はけんじの家臣 昔をおぼし出されて味方に加り給

らば 生前の本望ならんと主人が願ひもだしがたく かやうに姿をやつしたる だんご

 

 

81

売が使いのきぼ偏に宜敷き御返事 頼み上る斎藤殿と思ひこふだかふぜい也 実

盛猶も嘲笑ひ 昔は源氏の武士にもせよ 一旦平家に仕へきて七十に余るこの

実盛 今又げんじにかせいせば 天晴昔の氏を思ひ げんじのみかたに返りしと人がほ

めふか笑ふか そちが商ふとびだんごも臼に付き杵に付き あ+ちらこちらへひつ付かばよも

名物の名は取るまじ まつた娘山吹は勘当して今では他人 権頭兼遠が御辺を初め

樋口次郎を勘当せしも此道理 くはしういふに及ぬこと 此度北国に下りなば義

仲とひつくんで 武者盛りの兜首提(ひつさげ)て帰らんものと 工みに工む老が望 義仲への

 

返答せん 汝が持たる松の木臼 元のごとくに枝しげり緑はなす共此実盛 げんじ

には加はらぬ此通り帰つていへと 取ても付きぬ臼のたとへ一ごんの返答も ぎちとつま

りしだんごや夫婦差うつむいたる斗なり 実盛も武士の威儀心つよくは云しか共 さす

がにゆかりのあればこそ老さらぼひし深山木の 花もいろかもなきものを 恋したは

るゝ嬉しさは 武士たる者の身の誉 死ても忘れぬ使いぞや人も多きに今井殿 忠

節の道なればとて一騎当千といはるゝ身が 下郎のわざのかつぎうりかげかつだんご

のふうふより 猶かうばしき御心底世上の聞へを慎みの 慮外の詞はおゆるしあれ お

 

 

82

暇申御ふうふと 心に礼儀をこめて行 げにもやさしき老武者也 兼平ふうふは跡見

送り一筋に思ひ詰られし 老人の気はぜひもなし いざいのふでは有まいかと身拵へする所へ

高橋判官長綱は錦の直垂願へ共 取あへもないむしや上り腹実盛に追付い

て下し置かれし直垂をうばひとらんと家の子引つれ くだんの体をちらと見て やい/\

下郎め待おろふ 儕にはせんぎの有る奴実盛の老ぼれめと 何かはしらずつぶやき

さゝやき正しく源氏の廻し者 此高橋ににらまれしは百年めと観念せよ 宗

盛公の御前に引きありのまゝに白状させん それけらい共なhかけいくゝれ/\と下知

 

するにぞ アゝ是々聊爾せまい 御存のだんごうり 実盛様にはお年寄おはの

ないにはよいおくはしと つき付うりをした斗 惣たいだんごと云物に砂糖なんどはかけ

もするが縄かけふとは唐(から)にもない図 無体/\と云ぬけるヤアまぢ/\ととぼ

け顔 あごたゝかすもきつくはい也 ぶつてとれとぬきつれ/\ばら/\と立かゝれば ヤア

しやらくさいさい六めら かすだんごのぶんとして かげかつだんごに向はんとは猿猴(えんこう)か

月見のだんご こちらめうとが杵さきにつきみしやいでくれんずと かち杵かまへ

ぬきみの中しんこのかけ共思ふにこそ ころり/\とぶりふすれば ヤレモサウヤヤレ ヤレサテナ

 

 

83

やれ扨ゆるせと声々に人もだんごも飛ちつたり サア サア サア/\/\/\かつた/\かげかつ

だんご 手杵かち杵かち軍(いくさ) 吉左右見へた女共アゝ こちの人御仕合しれたシヤウ? デタ/\

そふ共/\ ヤレモサウヤヤレ我々がかたに朸も是限り 是も思へば荷(にな)ひものお

はらひだんごの神いさめいさむ心の飛団子信濃路さして〽さそひ行

恋人を 松のあらしの音そへて軒端をもるゝ爪(つま)ごとも 夫を恋る調べかや 山吹

姫は基礎様に 恋のかけはしかけてより いもせわりなき通ひぢも 親にはうとき住み

所 身はしなのぢの雪霜と つもる思ひにくづおれて こゝりすぐれぬふぜい也 付き

 

随ふ腰元共のらぬてうしの琴よりも 乗るは殿御の御噂 義仲様には此間 平家

方の討手を引受けいかいお手がらなされしよし 弓も引かた私抔迄気が勇むに

お上様には何故がお気が進まぬいしんき顔 たとへ五十日が百日お通いひなふても

外心のできるやうなお隙の明かぬはしれたこと お疑ひの筋ならば物あんじをさ

らりとやめ 君が音じめに殿様を恋にこひとの色込めて いざ一かなで遊ばせと

きげん斗やら笑ふやら 心々の傍輩づから コレおなる殿 義仲様のお通ひないは 巴

午前と云女房こつそりとよび迎ひ 朝から晩迄吸付てはなれもなされにや

 

 

84

はなしもせぬ 女子に似ぬ力強(ちからづよ) 軍場迄付ていて したゝるいあるでうと 人の

噂にちがひは有まいかんまへて山吹様ゆだんは大敵つよ蔵(ざう)に殿様を吸とられ 人参の

入るだんにはりんきしても詮がない 腰元仲間が腰おしとそばから折角焚付る 木

曽山がつの柴よりも女子のむねはもえやすき ヲゝ付したがふよしみ

とて 心づかひの頼もしや 我も人も姫ごぜは殿御ひとりを頼む身に

巴御前の取さた聞てなんの嬉しかろ 其思ひより自らが思ひは 此度平家の討

手 礪波(となみ)山の戦ひに防ぐは妻の義仲様 攻むるは父の斎藤殿 七十過し老の身の

 

けんそに向ふ山軍倶利伽羅が嶽を攻め落され 谷のみくづと成給ふかかく成る

ことゝ知るならば 都を出る其折から父上の御顔ばせ幾度も/\ 拝み詠めて別れふ

もの御不興とのお詞は 長い別れと成はてゝいつの世にかは御かんきの願ひも頼み

も切れ果し 悔むにかひもなき身ぞと語るも涙聞く人も もらひ涙に袖しぼる 親

子の道こそわりなけれ 斎藤別当実盛はみかたに不覚の敗軍に 大将初め参り

所々へ落武者の 恥を知る身も子故のやみ いとし娘に今一度あひたさ見たさ山吹

が 住家を尋よるの道 行先とても敵の中 不敵にも只独りそこよこゝよと窺ひ

 

 

85

しか ムウ跡の在所で教へしは 軒に年ふる松がえの それを印に木曽殿の思ひ人の舎(やど)り

とは 疑ひもなき此家と立よつて門の戸を 忍びやかに音信(おとづろ)れば 内には女の声々

に人ごといはゞ筵しけと 殿御の悪性咄し引づつたらよい物か 皆お迎いにと表に

出 ヤア義仲様かと思ひの外むだ骨おらした蛇祖父(へびぢい)殿 あゝうるさやといらんとす

ナウ是々 そちのちがひが身共が仕合 木曽殿のお渡りなきは願ふ所の幸々 山吹

姫に用有て 密かに逢に参りし者此通り通じてたべ なんじや山吹様にあひたい 太い

こといやるの 此おやしきは女子斗男ぎれの出入は叶はぬ 殊に昼でも有ことか 密か

 

にとは猶ならぬ きり/\いにやとつかうと声 何ごとやらんと山吹姫物陰よりさし

のぞき コハ父上か実盛様か おなつかしやと転(まろ)び出すがり歎けば斎藤も 共に

恋しき娘の顔 見るめもくもる恩愛のとかふ涙にくれいたる 扨は親御様かいな 知ら

ぬことゝてお慮外千万 いざ先おくへと請(しやう)じ入れお足休めのふろもたきや 御ぜんの用

意おくはしよと 初めにかはりもてなしは麁相を詫る追従かや アゝ是々 したゝめ能く致し

たれば気あつかひ無用/\ 此斎藤は親ながら子細有て音信(いんしん)不通 只今是へ

来りしは娘を初め何れもが思ひがけはおりやるまい 近頃木曽殿と都を一所

 

 

86

に立退く時 宗盛公の聞へを憚り 勘当と云つるは表向きの武士の義理 母が筐

と思ひ子を思ふ夫にそはせん為 態とつれなくもてなせし親の情の勘当を 娘は真(まこと)

と心へて歎かんことの不便さに 此分けを云聞せあんどもさせ度く 二つには密かに頼むこと

有り 諸軍勢の目を忍び 尋来りしかひ有て無事を見て悦ぶぞと 親のこえがほ

に年月の胸のもや/\打はれて 只何ごとも親のじひ 御恩の程は山吹が願ひも

望もかなひし上は お頼みとの御ことをかなへるが又孝行 早ふ聞たい/\とせつけば

斎藤頭(づ)を打ふり はてせはしないやかましいと 心はせけどせかぬ体 目色を悟つて

 

皆の衆 用があればこちからよぶ 皆々次へと人を退け跡は親子只二人 サア何ごと

じやおつしやりませ イヤ頼むと云は余の義でない 此度の合戦に甲にむせし白(しら)

髪(が)あたま 櫛のはもちと入れたし結い直してくれまいか アノ父上のこと/\しい 髪結程

の御用なら皆をよけるに及ぬはいな 誰(たそ)櫛笄もちや鏡台をとよぶをせいして

ヤア是々 人にゆはすりやそちは頼まぬ 大義ながら取ておじや アレまだいな かく

さいでもよいことをこまきえも艶よき玉くしげ 父が前に鏡台さし置ききんか

もとひをときぐしに 油気もないしらがのおくれ すきかへし/\ 櫛取りがもとくれておつむりが

 

 

87

痛ましよ いつかな/\和(やはら)かでよふおりやる イヤなふ 身がやうなしらがを黒ふするには

鍋炭がよふおりやるか 是は思ひがけもないお尋 こふしたおぐしを染なすは

真菰の根の黒やき かみの油でとき合せ筆の先でぬり付れば こんなしらがも烏

羽色三日や四日はうば玉の 夜目には若い男かと得ては女子がはまるげな それ

故か此名をば廿鬘(はたちかづら)と云はいなと 語る中より打うなづき其真菰の根面

白い 身が天窓(あたま)も彩色して 廿鬘のお影にて五十斗にしておくりやれ アゝ

つがもない 日頃かたいお間が イヤサ日頃は日頃今は今 是嘘言(うそ)じやおりない

 

頼むと云は此ことぞと につこ共せず望むにぞ 不審ながら親の詞背かれも

せぬ山吹が 油とろりととき合す 真菰のねいきはしらね共七十と云お年の上

老にほれさせ給ふかと心一つに疑ひて 雪を欺く髪筋を染るは筆のいろどりや 額

に 浪のよる年を 三十斗に作りなす墨の引ぎはびんの艶 しばしが間に結ひ立つ

る 実盛鏡をつく/\゛詠め よこ手を打てハゝ/\/\ できた/\でき申た 二三十年

以来(このかた)夢にも見ぬ繻子鬢 ヤア肝心の髭を忘れたれば白黒の斑親仁

かくては済まぬと墨おつ取自身の手ざいく仕上が大事と ぬり付けすり付けひげ

 

 

88

もみ上げ サア是でこそ連続したした若い者 どうやら心も若やいだと いそ/\する

に山吹が 弥ふしん晴やらず 是申 親子の中では云にくいことながら お前は恋を

遊ばすの お年よつても有ならひそんならそふと打明て 落付せて下さんせ

分けを聞ねば此胸が はれぬ/\と問かけられ ヲゝ父が望をかなげし上はとはず共

かたつて聞けん 此度都をうつ立つ時宗盛公の御前へ召され 木曽義仲むほんの企て

汝にせんぎさせつるに 権頭兼遠が偽りのせい紙を誠と心へことをのばし大事

に及ぶ 実盛は元北国生れあん内は知(しつ)つらめ ことに娘山吹木曽に連添ふ縁

 

あれば 智略を以て討とれよと 赤地の錦の直垂を餞別(はなむけ)に給はつて ぜひなく

討手に打まじり 越中越後の堺成るなみ山の手当の軍 対陣をせし所に

木曽殿よりの使いとして樋口次郎を密かに給はり 二さいの時鎌倉にて殺さるべ

きを助けられ 今日只今ひとゝなり源氏再興の籏上げするも 是皆実

盛が情と思へば義仲が為には親同前 平家の陣に有る内は親に刃向ふ天

の恐れ 理を非にまげてみかたに加はり 娘諸共義仲を 見立ててくれよと再三

の御招き 有がたくは思へ共兼平にいふ通り 此義に置いては叶はぬと 樋口をしかり

 

 

89

かへせしが 運の傾く平家の時節 思ひもよらぬ夜軍にくりからがだけを攻め

落され 十万余騎が半ば討たれ討ちもらされし諸ぐんぜい 加賀国に落あつまり

源平再び戦はんと 篠原に陣をとり此一せんに討死と兼てかくご極めしが 実

盛となのるならば容赦あらんは必定 助けられては武士立ずびん髭を墨

を染 落武者と見せかけよき敵とひつくんで 快くしなん為扨こそかくは はからひし

ぞ さいごの後に木曽殿へ一礼を申てくれよ 是今生の別れぞや父が顔を能く

見て置け そちが顔も守りつめ子には引るゝ後ろ髪 ヤア扨は討死なされん

 

為か 左はしらずしてくろ/\゛と染てはかなきびんのかみ此まゝでやりましては 娘

の手にて父上を殺すも同じ不孝の罪 もとのやうに白髪にせねばお命も

延ばはらず 此身のとがも晴やらず うたての墨やと立よる所を取てつきのけ

七十有余の命をうばひ腰ぬけといはするか 女なれ共侍の子と生れ弁へ知らぬ

未練者 エゝ見ぐるしいとねめ付くる イゝエみれんに有ふが叱られふか親の死ぬる

を嬉しがる娘は天下にありやせまいとわつとさけべば コリヤヤイ 声が高いだまら

ぬか泣やまぬか シイ/\いふ程ないじやくり せいしかねてぞいたりける 名にあふ木

 

 

90

曽の山深く 隠れ住む身も時を得て 旭と輝く御いせい 智勇をかねし義仲

も 兼てぞ思ひ山吹にこがれ通はせ給ひける 御供に随ひし手塚太郎光盛 殿

のお帰り候よと外面(そとも)より云入る 実盛はつと仰天し アレ木曽殿の御入とや隠

るゝ所は有まいか よしない所に長井別当見付られては所存が立ぬ コリヤ山

吹 身が噂をの給ふ共存ぜぬと斗申て置け ちよつとでも云だてすると 七生迄

の勘当ぞと娘が口を留る間も 戸口はしきりに打扣く音もびく/\身に

こたへ そこよこゝよとうろたへて見上る棟(むなぎ)の牛引き物 あのこかげにとせきのぼる 貫(ぬき)

 

に手をかけ長押(なげし)をつたふ老の足取あぶなやと娘はハア/\消へ入思ひ 父は漸這ひ

上り棟木にそふて屈みいる 腰元共は義仲の御待兼と戸を開けば ヤア

鱶共が寝入ばな 起こされてじゆつないかとおどけまじりに打通り ナフ山吹

こゝちあしいとしらせし故こんやは見廻をふ 明日の夜はと思ふ程猶じやまが入り 樋口

今井が軍の評定はづすにもはづされず 彼等は敵を欺く工夫我等はお敵

に逢たい工夫 作病と云智謀を以て漸ぬけて木曽義仲 なんど憎ふは有まいのと

膝にもたれて余念なく是の/\とすれもつれ ヤア我に斗物いはせ 相手にならぬは

 

 

91

ムウ聞へた 巴がことのひぞりじやの 神(しん)ぞ/\色ではない 力強(づよ)を見こんだも鶏の子を取

格(かく) よい卵産まふかとちよこ/\と羽袴 そこらは大目に見ながして わさ/\仕ふれと

しなだるれば イエ/\ 巴御前の御噂は其当座から知ている ハテ大将の御身がらお

もひ者は有ならひ それを病にするやうなさもしい心は持ね共 名にやかやが苦

になつて ヲゝそれで病の根がしれた りんきかと疑ふてあらぬことのみたはふれしと 光

盛に持せたる文箱取よせ押開き 此一通は斎藤別当実盛より身が方への

返状 手跡にも見知りが有ふ 兼てそちも知る通り実盛は義仲が親にもまさ

 

る恩の人 何とぞみかたに招んと樋口次郎を遣はせしに 老人の意地強く 武士の義信を

立て承引なき此返事 ぎあればとて討とらば恩を知らぬに左(さ)も似たり 戦場に向ふて

実盛と見るならば 勝ほこつたる軍なり共攻め口を退き 助けよとふれたれば父が身

の上気遣なし ハテ我為にも親なればいさゝか疎略に思はぬぞと 情も厚き御恵み

山吹あつと手を合せ 有がたや忝や血を分けし自らさへ 思はぬ不孝も有物を 軍

のせうぶに見かへても助けんとの御心底 父上の片意地さすげなふならぬと此様

な 返事がよふもかゝれしぞ思案を仕かへる気はないか うらめしの親心 聞へぬわい

 

 

92

のと声を上げ歎けば共に木曽殿も 道理/\と斗にて落涙有こそ頼もしき 実盛

は梁(うつばり)の陰に姿は隠せ共 木曽殿の心ざし 肝に銘じてそゞろ泣き 涙や落ん悟られじ

と唾を呑こんでこたゆれば 五たいわな/\震ひ出腰にたいせし指ぞへの 銀の笄抜け

落て下に開きし一通に一ゆりゆつてずつぱと立つ 木曽殿はつと仰天あり指しよつて

見給ふに 実盛と書付し名乗りを貫く此笄 武士の嗜み手詰めには手裡剣に

も打つ物 こゝへ落しはいぶかしやと 手塚太郎にめくばせし上を守つて扣へらる 山吹は

さあらぬ顔 其笄は鼠の巣へ ひいて上つて落した物と 鼠に取なす当座の機

 

転 ホゝウ是を引く鼠ならば定めて人も引かねまい イサ鼠がりしてくれん 手塚手燭(てしよく)

指上よと棟木のあたりを窺ふ共 上は高く火影はくらく物のあいろも見へわかず 元

よりとんちの木曽義仲 そば成る鏡台引直し 火影に向てやねうらを鏡の

面に近々と うつせばうつろ梁(うつばり)にあやしき者の忍ぶ体 ホゝ扨こそ/\ 繻子鬢の

ぬれ鼠 不義の相手を拵へ置きそれ故の虚病かな 不所存さぐる徒(いたづら)女 義仲が

目は盗め共しぜんとしれる此笄 実盛が名をづんざきしは親の罰(ばち)夫の罰 思ひ

しれ女めとくはつとせき立怒りの面色 山吹悲しさやるかたなく 系図と云情と云

 

 

93

身には過たる大事の殿御そでになして徒とは 曲もなき仰ごと不義でないいひ分け

を 打明けてとは思へ共親の口留め勘当との ことばに恐れえもいはずいはねば不義に

落されて 此身も立ずいつそのことなんのまゝよと指しよれば 鏡の影に実盛が

物いはねど身をあせり いふな/\と留(とゞ)むる仕形 見ればさながらいはれもせず

夫に向へばねめ付られ 鏡に向へば留められ どうかかうかと身一つに迷ひくるしき

胸の中 思ひ乱るゝ山吹が涙は井手の玉水のきしを ひたすがごとくなり ヤア云

分けとはおかし 不義者めがしやつ頬(つら)見ん ヤア/\光盛 あれ引おろしてめんはく

 

させよ早ふ/\とせき立る こは麁忽成る御詞いかふおせきなされたな きやつ人

ならば左程迄お腹立も御尤 畜生つれにお心をいためらるゝは愚ぞと いは

せも果ずヤア誰をかぼふて容赦する 此鏡が眼に見へぬか 人を指して

畜生とは血迷ふてうろたへしな 但はこはさの空とぼけか 汝は頼まぬ義仲が

引下ろさんとかけ上るをヤア御短慮と押とゞめ 手塚太郎光盛両眼も明ら

かに 見ちがへも致さねばうろたへも仕らぬ コレ戸の 源平雌雄を決する半ば

大事を前に置きなから 是敷のことにはしたなく 自身に御手を下さんとは匹

 

 

94

夫下郎の致すわざ 大功は細瑾(さいきん)をかへり見ず 思はずもあやまちやらば後

代迄御身の恥辱 人は人に極れ共 桁梁(けたうつばり)に身をかくし 山吹殿とて御ひさうの

生肴を念がけるは鼠ではないアリヤのら猫 女猫男猫が盛あひ やね裡(うら)

で千話かはくを畜生と申が偽りか のら猫が功経ては人にも武士にも

化ける物 其筋をひつつまんで捻り殺すもいらざる殺生 猫のくひ分け兎

や角(かう)と御ぎんみも入ざること 只此分に打すてゝ御帰宅あれと光盛が詞

をつくして諌むれば さしも気ばやき木曽殿も尤と打うなづき せんぎは却って

 

我身の恥命冥加なのら猫め 肝のふときは此女と山吹をはつたとけとばし

望のまゝに縁を切る印をせぼねに覚よと 力に任せてつゞけぶみ ?々(つき/\゛)はした

立かゝりお情なやと留むるをぶちのけはりのけ取て投げ 一つ穴の畜生

めら よつて怪我ばしまくるなと ざしきを蹴立てたち給ふ 是なふしばし我妻

と立よるをつきとばし すがり付くをかなぐりすて手塚来れと出て行く コレ君

こそはつれなqくとたつた一こと手塚殿光盛殿と留むれば アゝ勿体ない/\ 我

君の手飼ひの手塚 畜生仲間と思ふてか こなたが好たあの猫とにやん/\

 

 

95

いふてさからしやれ 三毛よふ取たなと共につれなき詞のはし 主従打つれ

かへりける あと見送りて 疑ひ受けるも前世の宿業思ひ切た是迄と 櫛

笥の剃刀取る手もはやく なむあみだ仏と云声に 皆々驚き抱留むる イヤ/\

はなして殺してたも はて一興な先お待 ヲゝさうじや/\とめてたべはやまる

な/\と 実盛あはてとんでおり やれ/\ひあいやよふ留て下さつた 娘が覚

悟も無理とは思はぬ よふも/\かんにんしておれがことをいはなんだ そちが影で

実盛がコリヤ侍が立はいやい 此かみの色艶を 不義と見なして当て詞 猫と

 

いひしは尤々 背(せなか)のはげたふる親仁若い男に化おほせ 木曽殿を欺きしは 斎藤

が願成就 娘とは思はぬぞ 我為の氏の神コリヤ親が手を合す此礼にたん

のふして 死でばしたもんなや 憂きめを見せてくれるなとすがりよりすがり付き

潤ひもなき老が身の 骨をしごいて泣く涙 肉もとろけて出ぬべしアゝ死

で憂きめを見するかとは自らよりお前のこと じがいをとまらば父上にもなが

らへて給はるか 御さいごの覚悟共 しらがを染し不孝の罰 立所に身に報ひ夫

にさられて剰さへ不義徒と名ざるゝ浮名は洗ひはがす共 びん髭にしみ付し

 

 

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不孝は洗はがされず くさばの陰の母様もでかしたとおつしやろうか此世

でもみらいでも憎まるゝは山吹独り 娘可愛が定ならばお心をひるがへし

給はれやいのとくどき立て くどき立ちたるいぢらしさ断りせめて哀なり ヤア叶はぬ

ことを歎くなよ 親のさいごは定業(ぢやうごう)にておことがじがいは非業ぞや 定業非

業の其験(しるし)是に有文を見よ 実盛が笄の己と落て我名をつんざく

是定業の定まつ所天理に住する身が討死 おことがいか程留る共七十

といふ命のたけ 鉄(くろがね)の鎖につながふが天地に網をはるとても しゆらの刹鬼(せっき)

 

はまぬかれず ことにそちが稚名を山吹と改め 木曽殿にそはせしは身が手に

かけし山の井が心ざしを立ん為 じがいはおろかさられては死だ女へ立まいがな

アイアイなんぼそふ思ふても親子の中は一世の契り 二世の契りの我妻は

父上の仇 父上は妻の敵と引別れ命をすつる篠原の 野辺の草葉の

露よりも 墓なく消る暇乞 行くを引留め出てはもどり 立も立れぬ羽(は)

ぬけ鳥 子は三がいの首かせと今身に白髪を染なせし 赤地の錦の直垂は

無為寂光の故郷の晴着 死出の先陣老後の思ひ出 朱買臣(しゆばいしん)が錦の袴

 

 

97

それは仁なる唐錦是は日の本例(ためし)なき 文武の二つを織りまぜし今織錦実盛

                       がさいごの 門出ぞゆゝしけれ