仮想空間

趣味の変体仮名

加賀国篠原合戦 第五

読んだ本 http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=0084-000907

 

 

97(二行目)

   第五

寿永二年仲夏(ちうか)下旬 草もゆるがす旱(てり)つめし 日影も西に赤籏押

立三位中将維盛 敗軍をふたゝびあつめ恥を虚むる一戦とて 死を一決

に進まれたり 源氏は木曽の七年の備へ 樋口今井楯(だて)根井(ねのい) 四天王を前後

に随へ巴御前は真っ先かけ 花の顔ばせうつくしき作(だて)をしなのゝ夏桜 小桜

威(おどし)色こめて ねよげに見ゆる武者ぶりに 我組留んと鼻毛を延し 色

 

めく敵にわつて入り 白柄の長刀くる/\/\ 巴が名におふ水車 くるり/\ひら/\

/\白籏赤旗入乱れ錦を晒す篠原の 野路も山路も時ならぬ花を

しらして〽戦ひける 平家は天の攻め討つ運命さしも功有る越中上総 武蔵

俣野に至る迄ざんじが間に討るれば高橋判官長綱陣頭にとんで出 いひかひ

なき女にめに逃廻る腰ぬけ共 いでアノそげみみぢんにせんと 切かくるをかいくゞつて

はつしとければ 指たる刀取落し手取にせんとむしやぶり付く いやめんどうなと

 

ひつ抓(つか)み大地へどうど打付れば さすがの高橋反り橋なりうんと斗におきあがるを

 

 

98

足にに任せてつゞけぶみ 是はたゝらかからうすか 命斗は助けてくれゆるせ拝むと

逃行けば 諸軍もつれて落支度 すはや軍の勝鬨上げ遁さじ〽やらじとせめ

付る みぎわの森のしげみより討て出るは誰人共 しら糸威の大鎧五枚兜を

猪首に着なし 頬当に白髪の髭かみだしたる老武者一人 源氏の陣を心

かけしづ/\と歩みよる 樋口の次郎兼光 今井の四郎兼平 遥かに見付け 敵ながら

天晴勇士中につゝんで討とれと 遠まきに追取込め名のれ/\とよばはつたり

ヲゝとはず共なのつて聞けん 武蔵国の住人 長井斎藤別当実盛とは其ぞや

 

木曽殿の四天王に現参と樋口が陣へ切かくれば 何実盛とや 木曽殿の仰

はこゝぞ刃向ふな 皆々ひけと引かへす ヤア我名に恐れ聞逃するか こなたの

敵こそ能き相手 此実盛を討とつて高名せよと よばはり/\今井が陣へかけ

よれば 其実盛ナフいやゝ ひらけ/\と声々に攻め口どつと乱れちる ヤア聞しに

たがふ臆病者かへせ/\とおふて行 手塚太郎光盛は 落ち行く者を討とめんと駒

をはやめて細道の 堤にそふてうたせたり 願ふ所の能き騎馬武者 実盛なる

はと又呼はり 進み向へば手塚の太郎返答もなく駒立てなをし 一鞭当てて逃かへる ヤア

 

 

99

老人とて相手にならぬか 情あらば引かへしせうぶせよと追かくれど 馬は遥かに

徒立(かち)ちのおくれて跡をひたひ行 こゝに一きははな/\゛敷 赤地の錦の直垂に 物の具

堅めたくましき 連銭(れんぜん)あしげに乗ったるこそ 斎藤別当実盛也 けふの軍に

討死と 思ひ染置くびん髭も くろめばくろむ黒漆(こくしつ)の 大太刀佩(はい)て若武者と

人に見られんために態とかぶとは着ざりけり 手塚はいぜんの老武者に道をかはし

て帰りしが すは能き敵と見るよりも駒を乗りすへ大音上げ 落ち行く中より只一騎

返し合すは神妙/\ 出立と云其骨がら 御名ゆかしく候ぞや なのられやつ

 

とぞ申ける ヲゝ人の假名を尋るには我名をなのるが軍の法 弁へ知らぬ葉

武者には合ぬ敵とあざ笑ふ ヤア葉武者とは奇悔(きくはい)也 木曽殿の御陣にて

独り武者と隠れなき 下の諏訪の住人 手塚の太郎金刺の光盛とは我こと也

あはぬ敵と欺きし御辺が假名いかに/\ ヤア手塚とあれば不足なし 子細有て

名はいはず 我首とつて人に見せよ イサ コイ せうぶと打よする 駒の足並かつ

し/\かし/\/\ 片手手綱に打物かざし うつや白刃のえい/\声 ヤア エイ

しつてい丁々ちやうど受てははつしとはらふ 鎧の袖もひら/\/\風のうら吹く

 

 

100

荒磯にどうど打つ浪岩角に 砕けたばしるごとくにて打よせ かけよせ

つけまはす 馬も達者乗人(のりて)も達者 手綱にめぐる俊足の轡の音はから

/\/\ 篠原野路の草ずりに すむかすだくか虫の音か いつを松虫武(ものゝ)

士(ふ)の かうろぎ鈴虫りん/\/\ ちりりんからめく兵具の金物 錚々(さう/\)として金

鉄皆鳴る泥障(あをり)の音はぽんぱか/\はねかへさんとかつしと当る 鐙のはなを乗

すかし 右手へまはれば弓手にすゝみ 共にはなれずくる/\/\ くるりくる/\追

めぐり えい/\さけびし其威(いきほ)ひ 馬のさんずも今こゝに修羅の巷を切結ぶ

 

血気の若武者修練の老武者 甲乙見へざる二人が働き 半時(はんじ)斗の戦ひに

更にせうぶも付ざれば 相引にさつとひきしばらく息をぞ休めいる 手塚が郎

抔小林九郎 此体を見るよりも主を敵に討せじと かけ隔つて馬上より引落

さんと実盛が 鎧の上おびしつかと取る ヤア手塚がめいどの先がけせよと 鎧の

総角(あけまき)かた手に抓(つかみ) 中(ちう)にひつさげホゝウ 天晴儕は自在の 剛の者とぐん

じやうづよとて 蔵の前輪に押付けて 首かき切て 捨てんげり 手塚はすか

さずかけよつて けらいの敵と草ずりをたゝみ上げて二(ふた)刀 さゝれてひるますむん

 

 

101

ずと組 えいや/\と捻合しが 互に鐙をふみはづし 鞍と鞍との二疋が間(あい)どうど

ひゞき落けるが 老(らう)武者の悲しさは 軍には仕つかれたり 風にちゞめる枯木(こぼく)

の力もおきてよはる所を手塚太郎ついに押ふせ打またがり かくなるうへは

つゝまず共其名を名乗て光盛が 高名安堵させられよ 大将か侍かい

かふ/\と尋ぬれば イヤア先達ていふごとく 態と假名はなのらぬ/\ 只首討て

人に見せよ 手塚が身には過たる高名 ゆだんせばはねかへし 汝が首を取べき

ぞ はや/\うてといふ声に 首かき刀逆手にとり えいとかき切る死顔も 笑ふが

 

ことき各簿のさいご なむあみた仏とえかうして 実(げに)名をおしむ弓とりは 誰も

かくこそ有べけれや あらやさしやとて御陣を さして〽すゝみ行く 大将軍木

曽義仲 砺波篠原両度の合戦 目に余る平家の大敵暫時か間に

切なびけ 福田小野寺極楽林 江沼の辺迄攻め付け/\ 平家の副将三河の守

知盛を始とし 侍には越中上総?(溯?)濱の判官太郎判官摂津(つのかみ)以下 其外

諸国の集り勢討とり首数三千余級 みかたのぶんどり高名誉れ帳に印

させ実検有る 陣屋の形荘(きやうさう)厳重に木曽殿其日の出立には 濃き紅(くれない)の大口に

 

 

102

唐綾の鎧日田たり 金実(がねざね)の御着長(きせなが) 重代の太刀をはき龍頭(たつがしら)の兜を着し

采配取て悠々と中央の床几に座し給ふ 威風勇美の大将軍たへて久し

き源氏の家名天津(あまつ)みそらに翩翻(へんほん)と 風になびくや白籏も神力おうごの

験かや 手塚太郎光盛 高名披露に預らんと首実検の式作法 今井四郎

が取次役 天眼地眼の悪相なき 首改て手塚を伴ひ大将の御目通り

杓の柄を用ひたる首台になをし置く 故実もさすが兼平が物なれてこ

そ見へにける 木曽殿はるかに御覧あり ヤア手塚 此首は何者ぞ其名は

 

いかにと仰ける さん候 光盛こそ奇異の曲者とひつくんで首とつて候 大将

かと見れば続く勢もなく 又侍かと思へば錦の直垂を着したり なのれ/\と

尋しかど終に名乗ず 手塚には過たる高名 人に見せよと申たる其声

は坂東訛 名もしらぬ首なれば彼がいふに随ひ 見しる人もや候はんと扨

こそ実検に備へしと 赤地の錦の直垂を御まへに持出る 軍兵共我先

にと首のそばにより集り ためつすがめつ見しらぬ/\ 我抔も同前身共も

存ぜぬ 此鬢髭の黒いには不相応な顔の皺 但は焚火にくすぼつた

 

 

103

薬罐首かと打笑ふ 大将しばらく御思案あり 此直垂を着せしは並々

の者なるまじ 坂東声とあるなれば東国にことなれたる 樋口の次郎に見

すべしと頓 使いを立らるゝ 樋口次郎兼光は召に応じて伺公する 跡に続くは

山吹姫なまめく袖のそら焼や 陣屋をおめずはゞからず父の首と見る

よりも 走りよつて抱きつき替りはてたる御有様 娘じやはいな山吹じや

染しかみの今迄にはげざることのうらめしや 此鬢髭の黒いので見ちがへら

れ給ひしな あぢきなの御最期やと歎けば並いる人々も 扨は斉藤実盛

 

かと初めて驚く斗也 樋口次郎すゝみ出 御寵愛の山吹殿 思はざるに我君の

不義者との御見限り 身のいひわけは有ながら 父斎藤が詞を守りしばし

が内もかなしき別れ 御疑ひ深ければ御機嫌を憚り 直にお詫も申され

ず 樋口を頼むとあるにより扨こそ伴ひ集りしが 実盛が覚悟を見て 彼

が詞を今更に 思ひ出し候とはら/\と涙をながし 其一(ひと)とせ東国に趣き 実

盛と参会し四方山の咄しの次手 年よるて軍せば 若殿腹は目も

かけずあなどられんも口おしし 鬢髭をすみに染 若やぎ討死すべきとの

 

 

104

詞にたかはず誠に染て候ぞや あらはせて御免候へと 申もあへず首を持ち 御前を

立んとす いやのふしばし待給へ 此くろ髪を池水にあらひ落さば我君へ

何をしるしにみづからが身のいひわけも立つまじと 首を御前へさし向けて 過し

夜のお疑ひ忍び男と見給ひしは コレ此父の此黒かみ 其場でわけをいふ

ことのならぬはつらや勘当との 詞に錠をおろされていはぬ色なる山吹が 親

兄弟とも思ひかへ連そふ者がそもやそも いとし殿御をそでにして不義

いたづらをせふかいの いかにおはらが立てばとて畜生の猫じやのと むごいことが

 

よふいはれた 其時のつれなさに今此つらさをくらぶれば やつはり猫といはれて

なりと 父の命が助けたい人も多いに手塚殿 其夜のお供せし人に討れ給ふ

も因縁かや あぢきなの御最期ぞと首にひつしと抱(いだき)つき 身の悲しさを泣

つくす涙は膝の溜り水 洗はぬさきにくろ髪は もとの白髪となりにけり

木曽殿はつと立より給ひ 髑髏に向ふ自らも涙 今更悔むも愚痴な

がら 義仲が父帯刀先生(ぜんじやう)義賢殿 去る久寿二年 相州大倉と云所にて

故左馬頭が嫡男悪源太に討れ給ふ 其時我は二さいにて駒王といひし

 

 

105

孤(みなしご)を 此実盛が情にて深くかくし養ひしが 後日のせんぎ気遣はしと密か

信濃へつれ来り 権頭兼遠に預け置き 木曽の山家にそだつゆへ 木

曽とは名乗る此義仲 権頭兼遠は養育したる恩の親 実盛

は命の親 おやは三人持ながら産みの親には幼稚で別れ 恩を受し権頭は

平家に背かぬ起請をかき 仏神の罰(ばち)を恐れ今井樋口二人の子ども

我をもともにふりすてゝ何国(いづく)共なく行衛しれず 命の親の実盛を

何とぞ助け置べしと様々心をつくせしに 其甲斐もなき此有様 一人か

 

二人か三人迄親に縁なき義仲が たとへ平家を滅すとも何思ひ出の有べき

そ やれなつかしの斎藤よと むなしき首を身にそへて鎧もひたす御涙は

めしたるかぶとの龍頭雨をふらすがごとくなり 山吹は大将の歎きをいとゞ

思ひなき 諸軍も共に感涙を留めかねてぞ見へにける 手塚太郎は

心を屈しさしひかへ居たりしが 憚らず罷出 実盛と見るならば助けよとの

仰を聞はやまつてふかくのふる廻(まい) 軍礼を背く身の誤りおそれな

がら切腹致し 御いきどほりをさんぜんと鎧のうは帯とく所に 陣屋の外に

 

 

106

声高くヤア/\手塚 実盛を討たるは其なるはとよばはつて 幕打上げて

入るを見れば 白糸威の鎧かぶと頬当にかほ見へず 敵か味方とあや

しんで各目をつけ守りいる ヤアさはぐまい/\ 今日の戦ひに斎藤別当

実盛と なのりしは我なるぞと 兜頬当脱すつれば権頭兼遠なり

樋口次郎も兼平も コハ親人にておはするかと大将諸共あきれはて し

ばし詞はなかりけり 父は子共に目もかけず 手塚がそばにむんずと座し

のふ光盛 年よれば愚にかへり 実盛を助けふと思ふたが了簡ちがひ なま

 

中我がなのらずはうたれもせまじ討ちもせじ 御辺には誤りなしと手塚が科を

いひ開き 木曽殿の腹いせには此権の頭が切腹と 指しぞへに手をかくる 今井

樋口左右方より 親人しばしと取付くを ゆん手めてへつきとばしてうどねめ

付け ヤアおやとよぶは誰(た)がこと 去年((こぞ)のふゆ都にて 木曽殿をせんぎの時

しらぬていにもてなせしが のつひきならぬ往生づくめ 熊野の牛王(ごわう)に

血判すへ 起請文をかいたる後は神明仏陀のとがめを憚り木曽殿

にもつきそはず 我にかはつて御奉公仕れと 汝抔にいひ渡し 親子の

 

 

107

縁をきつたでないか それをわすれて親人とは兼遠が心を無にするか

其所存で大将の御用には得立つまい 此兼遠はコリヤ平家がた 樋口にも

兼平にもゆかりよしみはないはいやい 腹を切るをとめず共のがさじやらじ

といふならば どこぞの親がよろこぼふと 詞はわざと他人むき 心はきれ

ぬ親と子のつゝむに余るかなしさに 涙の強敵(がうてき)ふせぎかね わつとさけべば

木曽殿も 樋口今井も正体なく山吹手塚に至る迄 ことはりぞやと

なきいたる アゝ無益(むやく)の涙にしばらく最期を怠つたり 其斎藤は名を隠し

 

墨に染たる黒かみ実盛 我は元より戦場にて 彼が名を借るしらが

の実盛 彼も我も七十有余額にたゝむ老の波 氷きえては波旧苔(なみきうたい)の

髭を洗ひ 恥をもあらふ最期を見よと太刀ぬきもつて我とわが

首ぼねにおし当てえい/\/\とかき落す 功ある最期ぞいさぎよし 大将

軍つきせぬ歎き二つの首の無いとなみ 前なる池は八功徳池(くどくち)あらひ

きよめてもろ共に どくろを埋(うづ)む篠原や首洗池(くびあらひいけ)と末代まで 其

名を高く残しけり かゝる所へともえ御前高橋判官長綱を 高手小

 

 

108

手にいましめて陣屋をさしてひき来る 木曽殿悦喜限りなくきやつ

めが口をたゝきし故 権頭も相果たりそれはからへと仰にまかせ 樋口

今井飛かゝりずだ/\にきりさいなみ 是より都にせめ上りおごる平家

をほろぼさんと 軍馬に競ふ木曽義仲御中よしの山吹ひめ

ともえ太鼓(だいこ)の音(ね)もいさむかち鯨波(どき)三度三つ巴 三国無双(ぶさう)の

女武者古今に勝れし強気(がうき)の大将 此日の本に名をてらす 朝日将

軍義仲の栄ふる家は万々歳 ゆたかに 治る君が代も劔の 徳としられけり

 

 

 

塚山公園駐車場

 

 

 

首洗池

 

 

 

加佐ノ岬の藪中に篠原合戦戦没者埋葬地

 

 

 

加佐ノ岬

 

 

 

実盛塚