太夫格子并遊女女郎傾城といふ事 咄の絵有多

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1242667

 

 

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○太夫格子并遊女女郎傾城といふ事
女郎をさして太夫といふ事は
さるがくの当夫にひして名付たり
是は大かうしをかまへミセへ出ずその
つきなるをこうし女郎といふ又いふ女
聖武天皇の御宇
天平神亀のころより
おくら万葉集代々
の撰集にもゆふ女の
ことをのせられたり
又女郎といふはくわんぢよ
たちの上臈より出たり
又けいせいといふはび
じんをさしていへるとぞ
中頃好事の人ゆふ女
をほめんとてけいせいと
いひしを今はすだれて
ゆふぢよにかぎりて
けいせいといへり
太夫女郎は
三人かぶろ
はこちやうちん二ツ
ともさせしなりとぞ

 

 ○太夫格子ならびに遊女・女郎・傾城という事
女郎を指して太夫と言う事は、猿楽のた夫に比して名付けたり。
これは大格子を構え店へ出ず。その次なるを格子女郎と言う。
又遊女、聖武天皇の御宇、天平神亀の頃よえい小倉万葉集代々の
撰集にも遊女の事を載せられたり。又女郎と言うは官女達の上臈より
出たり。又傾城と言うは美人を指して言えるとぞ。中頃好事の人遊女
を誉めんとて傾城と言いしを、今は廃れて遊女に限りて傾城と言えり。
太夫・女郎は三人禿、箱提灯二つ、供させしなりとぞ。

 

 

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かうし女郎は二人かぶろ
さんちや女郎はかふろ
一人をつれたりこゝに
享保のころ京町
二丁目めうがやにおう
ぎしといへるゆふ女しゆ
えんふうりうをこのみ
つね/\出入たいこもちげい
しやとらをあつめさかもり
しけるをいつとなく大岸
はいろこのむてれん
女郎とうきなたち
けるをよろこび
ある正月のあとぎに
白むくをちやくし
白しゆすのうはぎに人?
しにて野ざらしをぬわせ
てうちんへ大文じにて
てれんいつわりなしと
かいてとうちうす
これよりうきなやみ
てます/\はんじやう
せしとぞ

 

 格子女郎は二人禿、散茶女郎は禿一人を連れたり。ここに享保の頃、
京町二丁目茗荷屋におうぎし(王羲之?)と言える遊女、酒宴、
風流を好み、常々出入り太鼓持ち、芸者とらを集め、酒盛りしけるを
いつとなく大岸は色を好む手練女郎と浮名立ちけるを喜び、ある正月の
後着に白無垢を着し、白繻子の上着に??しにて野晒しを縫わせ、
提燈に大文字にて「てれんいつわりなし・手練偽り無し」と書いて道中す。
これより浮名止みて、益々繁昌せしとぞ。

 

 

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あかつきの
反吐は隣介
ほとゝきす
の句も此遊女也
皆しる所なれば
こゝに
もらす

 

「暁のヘドは隣か時鳥」(朝起きたら自分のゲロが隣にあったよびっくりポン)
の句もこれ遊女なり。皆知る所なれば、ここに漏らす。