仮想空間

趣味の変体仮名

宝永千歳記 巻之六

読んだ本 新日本古典籍総合データベース

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91

宝永千歳記 六

 

 

92(挿絵)

 

 

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抑(そも/\)南禅部州。大日本国の發りを考(かんごう)るに。古者(いにしへ)天地未(いまだ)分れず陰陽

わかれざりし時。渾沌(まろがれ)たること鶏子(にわとりの玉ご)のごとし。是を太極といふ。その

清陽(すみあきらか)なるものは薄靡(たなびき)て天となり。重濁(おもくにごれ)るものは淹滞(とゞこほり)て地と為(なる)。

既に天地陰陽わかれて両儀(りやうぎ)となる。開闢(かいひやく)の初(はしめ)。国土(くにつち)の浮漂(うかみたゞよ)へる

こと譬ば遊魚(あそぶうを)の。水の上に浮けるがごとし。其中に万物。人民(にんみん)

出生(しゆつしやう)す。天地人是を三才と云。千早振神代には。草昧(さうまひ:みだれくらく)にして封域(ふういき:くにさかい)い

また定らず。人皇(にんわう)三十二代用明天皇の時。五畿七道を定め。四十二

文武天皇の時。六十六ヶ国にわかつ。四十三代元明天皇の時。諸国

の郡郷(ぐんごう:こほりさと)の名を定め。国々に関所を置(おき)て一国の境とす。公卿を

所々に分(わか)ちて民を治めしむ。従はざる者をば武士に命じて

平(たいら)げしむ。四十四代元正天皇の時。六十余州の土地を撰(えらひ)田畠(でんばく)

の高を積(つも)り。年貢の分量を定(さだめ)。川を堀(ほり)。堤を築(つき)て耕作の便(たより)

 

とし。色々の農具を調(とゝのへ)百姓をして五穀を作らしめ。百工(ひやくこう)をして

器(うりもの)を贍(にぎは)し。商賈(しやうか)をし有無を通す。四民おの/\其業(わざ)を勤(つとめ)

て。国に遊民(ゆうみん:あそふたみ)なければ天下安穏して盗賊(ぬすびと)なし。才藝ある

者には賜物あり四十五代聖武天皇の時。本朝の国土を正し人

民の衣服。家財等に至るまで。其身の分限に従て法を定。

勅使を諸国へ遣(つかはし)て。国司の政を改(あらため)しめ。百官の善悪を糺し。又

薬院(せやくいん)を建(たて)て貧き民の病をすくひ。非田寺を立て。便なき

者の餓(うゆる)をたすく。此時に当(あたつ)て。唐土(もろこし)の天子。玄宗皇帝は。色を

重んじて傾国を思ひ。栄花(えいぐわ)を極め代(よ)をたもち給(たまふ)とかや。四民

遊民の事。左にくわしく記すゆへに爰に略す。都(すべ)て日本

国中。田数は九千四万七千八百一町。惣高弐千二百八万五千四百

八十石。郡(こほり)は五百五十四郡。東西は九百十一里。南北は五百三十里と云云

 

 

94

公卿は天子に仕奉る願上人を云。太政大臣

天子の御師範(しとゝのり)とし。百官の長也。左大臣。右

大臣内大臣これを三公と云。法師の頭(かしら)と

して天子を補佐(たすけ)奉る。大納言。中納言は。大臣

と相参(あいまじは)りて天下の政を議る。宰相中将少

将。侍従も皆。納言に参(まじはり)て政を議する故に。

宰相を参議と云。政の遺(のこる)を拾ひ。闕(かけ)たるを補(おぎのふ)

故に。侍従の唐名(からな)を拾遺補闕(しういほけつ)と云。卿は中務(なかづかさ)

卿。式部卿。治部卿。民部卿兵部卿。刑部(きやうう)卿。大蔵卿。宮内

卿なり。以上是を八省と云。是より以下(しもつかた)。内藏(くらのかみ)。

縫殿(ぬいのかみ)。内匠大学。主税(ちから)織部(おりべ)。宮内木工典薬(てんやくのかみ)

陰陽(おんやうのかみ)等(とう)の跡太夫は。八省の下に付て。其役を司る

 

士は公家武家諸大名の家来を云。白虎通に

曰。士者事也。任事之称(まかせつかふるのしやう)也と云々 昔神武天皇

の御時。軍兵を召具し。内裏を警固する

事を司どる人を物部といふ。是武士の始也

今も禁中の門外をかたむるを衛士(えじ)と云又

侍といふ事は。或抄曰。一度民間を出て公卿の

家に侍らいたりと。云心なりと又学文を

して位にあるを学士といふ甲冑(かつちう)を来て

劔(けん)を帯し。兵を治るを武士と云故に忠義

を第一として。武芸に達し其上文道

にもくらからず。智仁勇の三徳を兼備へ

奉るを。文武二道のさふらひと申なり

 

 

95

農は百姓なり。日本紀に御かたらと読り土

民を云。一夫田を作ざれば天下其餓(うえ)を受る

といへば国家の珎宝ならずや。虞書(ぐしょ)に曰。百

姓を平章にす。住に機内の民庶(しよ)なりと。

誠に農人耕作の事。其理至りて深し

稲を生ずる物は天なり。是を養ふ物は地也

人は中に居て。天の気により。土地の宜(よろし)きに

準ひ。時を以て耕作を勤。もし其勤なくは。

天地の生養(しやうやう)も送べからず爰を以て上古の

聖王より。後代賢智の君に至り。天子み

づから大臣を。ひきいて。春の始に出て手づから

農具を取。田を鋤(すき)初。給ふ事ありと云云

 

工匠は職人もろ/\の細工人の。惣名なり

中にも大工は。高き棟(むなぎ)へ登り。危(あやう)き檐(のき)の

鼻に立て。目まじろかず。心に恐ざる。勇

ありとて大工或は鍛冶などを。工匠の位と

す。洞冥記に云。唐土(もろこし)黄帝。首(しゆ)山の鉄(くろがね)を取

始て鋳(い)て刀とす。是より鍛冶始りと。我朝

にても昔は名作の刀鍛冶多して。今の代迄

も伝りて。家の宝剣とせり。中にも三

条北鍛冶宗近などは。稲荷大明神童子

と現じ。相槌を打給となり。大工にはむかし

飛騨の内匠とて。不思議の人有。細工に

鳥を作りて是に乗。空を翔(かけり)しと云伝ふ

 

 

96

商賈(しやうか)は売人なり。行て販(ひさぐ)を商と云坐(い)なが

ら売を賈といふ易の繋辞(けいじ)に曰神農氏作(しんのうしいでゝ)

日中為市(につちうにいちをなして)致天下之民纂(あつむ)天下之貨交

易而退(しりぞいて)各得其所。売買の事此時より

始る。商は天下のうちを。かけり廻りて。

貴人高位の華屋(くわおく)にも入。仰に順て其

要用を調るゆへ是又天下の重宝にて

商人(あきんど)なくては。かなはされば四民(しみん)の一つ

なり。爰に山城の国。八瀬。大原の賤(しづ)の女(め)。

都に出て燔(たき)木を売。そのすがた夫(おつと)

のごとく。女鼻(ぢよび)棍(こん)あらはに出し。馬を引

市町を通りて。毎日の業()げうとす。又大唐

 

にても所によりて。風俗のかわりたる

もあり。江東(ごうとう)といふ所の女は。かつて外の人

に逢事なし、親類たりといへども。終に

あわずして。文の便はかりにて。親(したし)みを

むすぶ。又鄴下(ごうか)といふ所には。女にすべて

公界(くがい)をさせ。公事(くじ)沙汰なども、万事夫

に。かまはせず。又女護嶋(によごのしま)と云所も。女ばかり

にて男無(なし)と。いふにはあらず。女人其嶋を

守り司どるゆへに。おのづから女多しと

いへり。女鼻棍とは女の前を憶(おほ)ふ絹なり。

俗にゆぐ脚布(きやくふ)共云。万葉集の歌に

楽(たのしみ)は夕㒵棚(ゆふがほだな)の下納涼(したすゞみ)。男はてゞら。女は二布(ふたぬの) して

 

 

97

僧尼は仏の教にしたがひ。父母を離(はなれ)家を

出(いで)樹下(きのした)石上(いしのうへ)に居て。住所(すみどころ)も定(さだま)らず。戒(かい)

をたもち。身を苦しめ。学文(がくもん)修行して。

知識長老と成(なり)。法(のり)を説(とき)て悪人を誡(いましめ)て

善心にうつらしむるを。誠の僧といふなり。

又色々の偽(いつはり)を云て。俗(ぞく)をたぶらかし。施物(せもつ)

を貪るを売僧(まいす)といふ。俄に世に捨られ

て髪を剃(そり)たるを。青道心(あをどうしん)と云。又つた

なきを。いもほり坊主といふ。山の芋を掘(ほる)

に。冬は枯て見えず。むさとほりあざり

ては。得(う)べからず。芋の枯たるつるを尋出し

て。其筋を違(たがへ)ざれば。堀(ほり)得る也。無智無

 

学の僧にて。仏姓(ぶつしやう)の姓の字は女偏(にょへん)なれば

なと云て。女色(じよしよく)の工夫ばかり。するなれど。

能(よき)師匠の跡を嗣(つぎ)て。後住(ごぢう)と成ぬれば

先住(せんぢう)のつるを失はじと諸旦越(だんおつ)の捨ざる

いわれなりと云。或人の曰 左(さ)にはあらず。

山の芋は鰻となるゆへ。只なまぐさきと

いふ心にて。芋掘坊主といふ。七十二候

を案ずるに。節(せつ)によつて胡鷹(このたか)化(け)し

て鳩となり。田鼠(たのねずみ)変じて鴽(うづら)となり。

腐(くち)たる草。蛍と為り。雀水中(みづのうち)に入て

蛤と作(な)るといへば。薯藷(やまのいも)も。うなぎに

なるまじきとも云難し

 

 

98

醫(い)は病を治(ぢ)するに。酒をもつて薬を製

す。依て酉の字に書(かく)醫は百工の長也と。匀(ゐん)

會(ゑ)にも見えたり。和朝(わてう)にいにしへは。和気(わけ)

丹波といふ醫家(いか)有。皆俗人なり。中頃より

頭(かしら)を丸め。神農(しんのう)の教(おしへ)を以て薬師如来のなさ

れたると思ふは。誤(あやまり)なり。天子御不例(ごふれい)の時

は。侍醫参内(さんだい)して龍顔(りやうがん)を拝し。御脉を珍(ちん:金へん?)

して。典薬頭(てんやくのかみ)に告知せて。典薬頭より

御薬を奉る。其外大名家の御煩(わづらひ)を

治するを。大醫(たいい)と云。中醫は乗物にて。

終日(ひねもす)富貴の人の。病を治し廻りて暇(いとま)な

し。暇あるも暇なきやうにするは。醫者

 

の世渡る秘密なり。又歩行(かち)醫者のつた

なきを。藪醫(やぶい)といふ。何方(いづかた)にも庸醫(つたなきい)は

多き物なるゆへ。生茂(はへしげ)りたる藪になぞ

らへ云にや。いや/\さにはあらず。田舎(でんじや)山中(やまなか)

に住ぬる薬師(くすし)は。薬種を買求るに便り

なく。藪のあたりを尋廻りて通草(あけび)づる

すいかづら等(とう)の物。取集(とりあつめ)くすりとなして

病人に与(あたふ)る故ならむ。良醫(りやうい)の薬を

用(もちゆ)事。寒病(かんびやう)には温薬を与。熱病には涼薬

を与ふ。虚者(きよするもの)をば補ひ。実者(じつするもの)をば瀉(しや)す。然(しかる)

に売薬は。一薬にて諸病を治(ぢ)すと云。値

の求安(もとめやすき)を以て一命を失(うしなふ)事なかれ

 

 

99

山伏は役行者(えんのぎやうじや)の跡をしらひ。大峯に

入(いり)行力を極め。祈(いのり)加持するを以て業(わざ)

とす。役行者を役の小角共いふ。和州の人

葛木山に入て孔雀明王の法(はう)を行(おこなひ)。後に

母を鉢に入て入唐したまふ。此大峯()は

天狗守護するによりて。不浄の人参

詣すれば。必(かならず)天狗にとられ。五体を割(さき)

て木の枝などにかけて置(おく)。魔所(ましよ)にて

誠に日本無双(ぶさう)の御山なり。或人云天狗の

抓(つかむ)といふは。いぶかしき説にや。おのが不

浄を覚(おぼへ)ぬる上は。彼(かの)ものにとられなん

と。心たど/\しく。恐懼(おそれおのゝく)ゆへに踏(ふむ)足も定

 

まらで岩の角。木の根などに躓きて

谷人顚(まろび)落て五体を我と砕(くだき)ぬるを。鴟(とび)烏(からす)

やうのもの抓(つかみ)取て。木の枝などに掛置

もありなん。深山(しんざん)には鷲(わし)鵰(くまたか)もあれば。

これにもとられ。熊狼などに。割(さか)るゝ

もありけん。天狗と云て。絵に印す

ごとく。人のかたちして羽翼(うよく)をそなへ

神通。变化をなす類あるべき共おほ

へず。杜子美(としみ)が天狗の賦(ふ)には。色似狻猊(さんげいに)

。にして北猿狖(えんゆうの)とあれば。深山にある。

けだものにて。魔道の沙汰なし 本朝

の俗説とは。かわりたる事にや

 

 

100

陰陽師は天文歴数。卜筮(ぼくぜい)を考(かんがふ)るをいふ。

卜筮は占かた也。亀を灼(やき)てうらなふを

卜灼(ぼくしやく)と云。又蓍(めど)を取て占なづも有。神

占の幹(もと)は銭と卦爻(くわこう)のいはれにはあらず。

偏(ひとへ)に幾(き)と時を考へ。上は道徳の意(こゝろ)を原(たづね)。

下(しも)は天地の心をしるし。是を以て占はば

栄枯凶善(えいこきやうぜん)。忽(ごつ)として心上に明(あきら)かならん。

又辻うらなひと云事。待人病人などに

つけて。尋常(よのつね)婦人の。好で吉凶を見た

がる物也。拾芥抄(しうがいしやう)夕食(ゆふげ)の歌に

 ふけてさや。ゆふけの神に物とへは

  道ゆき人にうらまさにせよ※

 

黄楊(つげ)の櫛をもちて。女三人三辻に向ひ

午年の女。午の日うらなふ事なり。

右の歌を三反(べん)吟じ。其辻に洗米(あらいよね)を

まき。櫛の歯をならす事三度後(うしろ)の

ちまたより来る人を。内人とて。答(こたふ)る

ものに定めわが立所のむかひの巷よ

り来る人の言語(けんぎよ)を聞て吉凶をかん

がふる事也 畢竟往来の人の巷談を

聞て。我がかんがへたき事にひきなぞ

らへて。吉か凶かとさだむべし。是其

故実なき事には侍らす。誠に以て

占は人間つゝしみの第一なり

 

 

101

禰宜(ねぎ)は社を護り神を祭るを云。祝(しく)は

祭に賛詞(さんし)を司り。神前にてそのつとを

あぐるを云。人皇十一代垂仁天皇の御宇

天照大神始て伊勢国に、御鎮座の

時大職冠(たいしょくかん)の先祖大鹿嶋命(おほかしまのみこと)を祭主と

し給ふ。是主の始なり。いにしへは太子

の御息女を斎宮(いつきのみや)に備(そなへ)て。大神宮に

宮仕(みやづかへ)せしめ給ふ。日本は神国なれば。かく

崇敬(そうけう)し給ふもことはり也。すべて神

の社は。古(ふり)たる森の内に。朱(あけ)の鳥井

玉垣しわたして。神さびたる気し

きこそ。有がたく。又八乙女の。いつく

 

しく。けわひ飾りて。神歌(かみうた)にて

神楽の舞ぶり。あるひは湯を奉る

に。うす衣(ぎぬ)の一重(ひとへ)など。なまめかしき

物なれや。殊におかしきは。伊勢宮巡り

ぞかし。雨の宮より風の宮へぬけ。其

人相を見て。それ/\の宮すゞめ。娘を

見てはむすぶの神すなはち是は子安

の宮。若い男を見かけては。是が愛敬

女郎神(ぢよらうがみ)。女のかたより思ひ付(つき)。年中の

小遣も彼方(あなた)より送らるゝ。親父を見

てはむすこの性(しやう)。能様(よきやう)にまもらせ給

と。一銭に千貫の入がへ誠に?(粲?いみじき)御事にぞ

 

 

102

野郎は。そのかみは野郎にてもなかり

しに。寛文元年の頃。都四条河原にて。花

川千之丞といへる女形去止事(やごと)なき御

方に。阘茸尊顔せられし餘りに。すい

狂(きやう)より口論を仕出(しいだ)し。御聞を穢し奉る。

此科として其㒵(かたち)を。醜きやうに仰付ら

れ。若衆共の額髪(ひたいがみ)をおとさしめらす。何

とやらんひね媚て。四十がらに梯(かき)襠(ふんどし)を。か

かせたるがごとく。顔のかゝりぬらりとして

耳を切たる猫のことく。片腹痛き有様

なれば。見る人恋をさましぬ。野郎は是

を悲みて。涙舞台を浸(ひたし)けるにぞ。翌年

 

より。額の上に結(くゝり)頭巾にて少花を

さかし。其後次第にきよらを尽(つくし)。何(いつ)ぞ

のほどより紫ぼしに替る色又めづらし

く。諸事諸山(しよさん)の高僧貴僧。諸談林(だんりん:檀林)の所(しよ)

化(け)衆。不残。三尊来迎の思ひをなし。龍

門の鯉三級の瀧に。登つめてはあげ銭(せん)に

ことをかき。経論を売代(うりしろ)なし。袈裟衣(ころも)を

質に置(をき)。伝来の什物(しうもつ)までも盗出し持揵(はこび)。

浮名を流し。永く逐電の身と成果(はつ)る。人

有しに。当世は皆人猪(い)のしゝの水游(およぎ)。あら

鷹のとや出をよく覚しより。野郎も

すがりとはなりぬ

 

 

103

遊女じゃ一名傾城(けいせい)白拍子。うかれ女。夜発(やほつ)

女郎おてき。一夜妻流の身勤女又茶

屋女を。夜間衆(やましう)茶や物。又浴室につかわるゝ

女を。風呂屋物。呂衆(ろしう)。其外舞子。白人(はくじん)辻

君(ぎみ)。すべて遊女なり。異国にては虞氏(ぐし)。

楊貴妃。王照君(わうしやうくん)。此三人を遊女といへり。

吾朝(わがてう)にては。江口の君。文珠御前を始と

せり。三才図会を見れば。世には異(こと)なる

境もあれど。男女(なんによ)会色(くわいしき)のあらぬくまもなし

女人南風(なんふう)に向ひ。裸形(あかはだか)になりて風を感

じて姙(はらめ)る国有。又有部抵(うぶてい)の界(さかい)にも男

なきゆへ。女井に肌をうつして娠(はら)める

 

といふ。是婦人の常なり。遊女は子を産(さん)

することなきゆへに。恵心僧都の往生要

集に。獄卒遊女をとらへて後。竹の根を掘(ほる)

燈(とう)しみの悲しさ。或は劔の山に登(のぼ)し邪淫

の罪を責(せむ)るなど此心を悟りて江口の君。

 おそろしや劔の枝のたらむまで

  いかなる罪のなれる此身ぞ

かやうに罪業深きといへども。今宝永

の徳によつて。遊女極楽への道引。

猶此書の跡ゟしるし侍るもの也

 

宝永千歳記巻第六之終