桂川連理柵 六角堂の段

 

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     ニ10-02409 

 

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  下の巻 六角堂の段
大慈大悲の御仏の御名は六つに六角堂仏法盛んの霊地迚 土地
の参詣遠国の 巡礼歌にはなまりなく 我が思ふ心の内は六つの角たゞ丸
かれと夫婦中 祈る願ひかぐる/\と御堂を廻る帯屋のお絹 供さへ連れ
ぬお百度参り 廻り仕廻の図を考へ 跡を慕ふて小舅義兵衛 コレ/\
お絹様 ちよつと/\と小かげへ招き 奇特に毎月お百度は いかなる願(ぐはん)でまし
ますな ハテ女子のお願ひはいつ迄も 夫婦中よふ第一は 舅御様御夫婦の どふ


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ぞお気に違はぬ様にと 観音様へかける御苦労 したり 貞女かな/\ 其心
に惚れた我等 暮くどけどむごい返事 夫婦中よふ祈つても 兄貴は魂(たま)が返
つて有る早(さう)々しいこなんを置いて河東へ這入こみ 自前の芸子にひどい乗り
夫レで足らいで隣のお半にひゞきを入れたをしらずか アゝ義兵衛様たくたいも
ない おり/\の東通ひは殿様の有うち 間がらといひ 年も行ぬお半殿 そんな
事が何のあろ そりや皆世間のいひなし 転業にもいふて下さんすな テモ
愚粋人では有はいの 猥(みだら)な証拠はコレ此状 長様まいる半より 片かはもどきな状が

有ても まだそふでないかいの いか様合点の行ぬ文(ふみ) ちよつと借して下さん
せ アゝいや夫レから御らうじ ちと此方に入用な証拠の状 夫レともにわしが
いふ事うんといふ心なら ハテやるまい物でもない サどふする気じや と寄り
添へば うるさふ思へど男の為 荒だてゝはと 上手者 主有るわたしをよもやと
思へど 真実ならば折を見て エ忝い そんなら手附けにお口を祝ふ アゝ
これ人が見る先へ/\と突飛されてふな/\/\ 跡から早ふも尻くらい
観音堂を 別れ行 跡につゝくりとつ置いつ 思案に逝(いに)はも忘るゝ


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お絹 寺内へぶ躾肴籠提げて ぶら/\丁稚の長吉 お絹様じや
ないか 爰に何してつゝぽりと ヲゝ長吉殿か わしや観音様へ参つたが
ちとこなたに咄したい事が有たに よい所で逢ふたマア/\爰へ 咄しといふは
外でもない そちのお半様と長右衛門殿との訳 大かたしつて居やらふ
の しつて居る段かいな 石部の宿屋で イヤモけたいな事を見てな
やつぱり今に胸はくら/\何所(どこ)やらはいき/\ 道理/\ 惚て居るお
半様を 寝とられたら腹が立つ筈 アゝいへ/\何のわしがお半様に 隠

しやんな知て居る わしがいふやうにいしゃるなら そなたの恋は叶へてやる
が 何と談合に乗る心か エゝお前の手前も恥かしいが 有やうはお娘(むす)
に首だけ 女夫にして下んすなら どんな事でも屹度聞く気 其
心ならちかい中こちの内で 此事を打破(はつ)てもやつかす 其時そなたが
罷り出て お半はおれが女房じや 伊勢参りから念頃して居ると つゝはつ
ていひはると 長右衛門殿がどの様にあらがふても あの人の手へはわしが入ぬ
主で有ふが家来で有ふが 一度でも抱かれて寝たといひ訳は則(すなはち)夫


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夫レではわしも悋気を助かり そなたの恋も叶ふといふ物 よふ呑こ
みやつたかや 成程そふじや こりやよい気の付け所 誰(た)がどふいふても お
れが念頃して居ると いひはる事は合点じやが 大かたこちの後家
殿がわしを追出すで有ふぞへ ハテそこらを案じて色事がなるものか 追
出さるゝに極まつたら お半はおれが女房と大きな顔して連て出や
二人ゆるりと暮す程 金はわしが続けてやる マア当分の小遣ひ
と 巾着さがして取出す金 小杉に乗て手に渡せば ハアこりや

壱歩が五歩有るな 是をきつさりはづむとは 気の幅広(はゞびろ)なお絹様
お前の下知は背かぬ/\ そしたら連立て逝ぬる道々 まだ何や角(か)や
咄す事 おつとお供を誓願寺通り 柳の馬場をあがりゆく      (←上演はここまで)
夫レとはしらず長右衛門 為替の金を請取て戻る日脚(ひあし)も七つ前
六角堂に暫くと 茶屋が床几に休み居る すぎはひは職
人ながら男つき みかき立たる仏壇屋 箱をお絹が弟才次郎
来かゝるを見て本堂の後ろから出る舞子風顔も雪野が


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小手招き さつきにから待兼たも急に咄さにやならぬ訳 知て
の通り近い頃は おまへをこちへ寄付けぬ 兄様の底がきのふ知れた フウ其
しれた様子はどふじや サイナ様子はわしを 遥か田舎へ百両でやる相
対 才次郎様とは深い中 何ぼでも外へは行ぬといひ張ても むごい
兄様ぶちたゝいて糺明(きめ)往生 所詮いふても埒明ぬと 思ふた故にしらせ
の文 爰で出あふが冥途の首途(かどて) お前に別れ一日も生て居る心
はない 名残に顔を見たさにと 抱き付たるゝ くどき泣 そりや雪野聞へ

ぬ/\ そなたがそふいふ心なら おれも何の生て居よふ 職人の部屋住み
百両は愚か十両も才覚出来ず といふてそなたを田舎へやつて 何楽し
みの此浮世 ぐど/\何もいはず共 いつしよに死なふといふてたも 聞へぬ
人と身を背け涙交りの 恨み口 コレ堪忍して潔ふ いつしよに死てくだ
さんすか 死ないでならふか未来も女夫 ヘエゝ忝いと抱き合い とかふ涙に暮
居たる 妹が行所(ゆくえ)を鵰(くまたか)眼光らす針の惣資兵衛は 夫レと見付てコリヤ
逃な よふぬけそひろいだなと 妹が首筋引居(すゆ)れば 二人ははつとおど


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ろく赤面 ヤイ銭なしの才治郎め 今迄は月々に百目か二両のあて
がいで 慰み物にさした妹 向後(けうこう)は大金(かね)にせにやならぬ 来て下さんな
と山とめしても 抜けつくゞつつ出合ふが面倒さ 百両て田舎へやる 悲し
くば百両出しやと いふた迚有りもせまい サアめろめうせい 爰から直ぐに肝
煎(いり)へと 立れ共いや/\/\ わしや才治郎様の女房じや 何の田舎へ
いきやせぬ/\ ヲゝそふじや/\ いつしよにこそ居ね二年以来(このかた) 囲ふて
置いたりや女房同然 気儘に田舎へやらそふかと りきんで見せても

ひがいそな背(やつ)しも思ひ切たる理屈 針は?(みす)を欹(そばだ)てゝヤなんといや
囲ふて置いたりや女房じや ヤこりや理屈じや ヤイ才六め 囲ひ者といふ
のはな 親兄弟にも栄耀させ 人に人をつかはして 弐貫目いらふが
十両払ひが有ふが 節季/\にすつぱ/\持てござるが旦那様 儕が
おこした目くさり金は妹めが身ざんまい 親兄弟にいつ三文もあてがふた 田
舎へやらぬとはコゝ此頤(ほうげた)でぬかしたか エゝなめ過た素野郎め 邪魔ひろぐと
斯(かう)じやがと いひさま蹴倒し踏打擲 コレ胴欲なと取付妹 かまいくさる


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かいやらしいと 突飛して又立かゝる 足首爪(つま)取りかづきなげ すつくと立たはヤア
長右衛門様 面目ないと差うつふく 目顔しかめて惣兵衛は 肩腰さすり
起上り ヤイ 強いよい男め 何の意趣でえらふ投た どふいふ理屈て銭なしめが
尻物(もつ)のじや 持つならば重たくと百両小判を出してもて 金さへ取たら妹は一生
こますはい ハテしれた事 望みの百両 ソレ請取れ ヤア ほんに小判じや ヲゝ/\こ
りや百両有はいやい サアそれやるからは一札かけと 腰の矢立を差出せば
イヤ申し挺右衛門様 此金お前に出してもろては 姉貴の手前どふもわたし

が ハテいはれぬ事を 他人の事でもまさかの時は 難義を救ふが人の
道 女房の弟が身の上 見ぬ顔する男じやない 構はずとおれ次第
ドレ一札見よふか ハイ 是でお気に入ましたかな わるくば千枚でも 一ゝゝ差
上げますでござります イヤ是でよい/\ 左様ならもふお暇申しましよ お歴
々様の前へ げんばの悪い風体でまいつくは見ぐるしい イヤ/\まだ用が
有ふがな イエもふなんにも用は 有る筈じや 望みの通り金出すに 才次郎
をなんで踏だ エゝ 田舎へやろとはコゝ此頤でぬかしたか イゝヘ エゝなめ過た


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素野郎めと 云様首筋引ずり上げ 腰も折れよと踏倒し ソレ才治郎
今の仕返し はつと嬉しさ恨みの踵(きびす) かよはい足も背骨にこたへ アゝ死
まする相果ると 漸に 起あがり ちがら/\と 逃帰る 雪野も嬉しく
どふいふたら此お礼がすもぞいなァ ふたりが為には観音より 猶あり
がたい姉聟菩薩 ハテ礼いふ手間で早ふ逝(いの) 当分雪野を置く
所も 心づもりが間(あい?)の町 二人が命は既の事 此世あの世の境町 浮雲(ない)
事と泣き顔も 笑顔にかはるうきつらさ 三条通り跡になし打連て こそ 「立帰る