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浄瑠璃本データベース イ14-00002-258
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けいせい恋飛脚 座元豊竹此吉
上の巻 生玉(いくだま)の段
難波津(なにはづ)に咲くや此花冬籠り 春待ち顔に
木々の葉の 塵にまじはる宮柱 和光の影
も輝ける 生玉境内門前に 並ぶ放下師水茶屋
の 端香(はなが)を誘ふ凩に 枝をならさぬ御代なれや 置く霜
に 猶雪積むや白絖(しろぬめ)の 古今(こきん)帽子も恥じる程くつきりと
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した生娘の 大振袖も端手(はで)ならぬ 紅裏(もみうら)重ね昔褄 夫(つま)
故祈る日親(にっしん)様の 下向を下女がそゝなかし 爰へよるべの水茶
屋に 暫しは息をつぎ煙筒(きせる) 通りも見とるゝ風情也 下女の
お竹は口がましく 内を出てから道頓堀 日親様に参りも多い
が 御寮人様に続く器量もない者じや 十人並のわしらが及
ばぬも尤かいなふお針様(さん) ヲゝこなたの云しやる通り 十八軒の飛
脚屋は愚か 大坂中で亀屋の娘 /\と噂するお諏訪様 どふ
した事で聟忠兵衛様の気に入らぬぞ まだ婚礼の沙汰も
ない 月々の十七日 日親様へ参りなさるも 大かた其願で有ろ ハテそ
りや知れた事 栄耀には餅の皮と 云号(いゝなづけ)は有るけれど 忠兵衛様が
けん/\と ねつから傍へ寄らずじやといの 其寄らんせぬが新町の梅
川へ立てぶん ほんにおやまといふ者は どんな風味を持た者で あの様な
よい男を 鮓桶(すしおけ)に鼬(いたち)の付いた様に よふ喰付かされた事じや迄 アゝコレ
竹 其様に云てたもんな 人が聞ても恥しい 忠兵衛様に嫌はれるは 皆わしが
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不器量と不調法から起こる事 微塵もあなたに科はない 夫(それ)故
の願参りもどふぞ中よふ成やうにと 頼むは仏のお力斗(ばかり) 女(おなご)が遣ふ
役 今の様なさがない噂 ひよつと主の耳へ入たら わしが云はすと思はれて
一倍憎みを請るがつらい 必ずいふてたもんなと 男思ふも身を思ふ利発
も器量相応に よふ美しいぞ奥床し アレ/\あそこへ別家の利平
従弟同士でもいやらしい道ならぬ好色者 見られぬ様にそなた衆は
宮の内へはづしてたも わしは爰へと葭簾(よしすだれ)忍ぶ間もなく従弟の
利平 につき形(なり)ふり下作者 そこらうそ/\見廻し/\鳥居の方(かた)へ行く跡へ
誰(たが)橋かけて梅川の 深きを渡る恋衣 濡れて飛脚屋仲間で
も 人の赦した男ぶり けふしも爰にまつと竹靏の長首退屈
と 急ぐ亀屋の忠兵衛 八幡屋敷へ差しかゝれば夫どは兼て神崎屋
そつとはづして梅川は 走る橋板轟く胸 よふござんした待兼た 嘸寒
からふつめたかろと 直ぐに手を取り懐へ温められてはやぼてんも いかな粋(しい)で
も凍て解けて 色の淵をやなしぬらん 忠兵衛も胸撫で下ろし けふは田舎の客
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とやらで 爰にとの文のしらせ ちょつと成と顔も見たし 又済まぬとふいふてはそな
たの身受け 田舎の客にしられては 友女郎や曲輪の手前 おれも男の
一分立たずと そなたも知った長堀の八右衛門へ 江戸からの為替金 五十両を
風凌ぎと 親方へ手附に渡し マアこつちへ取りとめた様なれど 跡金の才覚
も出来ず 手附の日限りもけふがせつぱ 唯さへに六ヶ敷(むつかしい)八右衛門へ届ける金
の工面も出来ず どふなる事じやとおれが気は 来月の餅搗を取
こして 胸はとん/\もて返す どふで揚句は木の空か 土に付かずばなるまいと
しく/\と泣けば供涙 よしないわし故いかい気苦労 いとしやたんと疲(やつ)れさんした かうは
誰(たが)したわしたした 堪忍して下さんせと 肌着の袖に男の涙 押し拭ふて
力を付け 此間渡した手附で 田舎の見請は頓と冷える 日限りの切るは
わしが断 聞き分けのよい親方様 当分気遣ひな事はないが 気がゝりな
は八様の金 しらんず通り前方が方/\から呼び出して 逢ふてくれいといぢつた人 お前
に色の意趣も有り 遅なはつてはどの様な大事になろかと気遣ひさ 色
/\工面して見れど 浄瑠璃にも有る通り 金のなる木も生へる土も
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持たぬ勤めの身の悲しさ 折節京の爺様が北の兄様連れ立て 今朝早々に
逢に見へたを幸いと 打割りて頼んだりや 気遣ひするなけふ中に金拵へ
其忠兵衛とやらへ 直に届けて苦はさすまい そちが男と思ふからは こちらが
為にも聟は子じや 殊に是迄世話に成た 恩返ししてやると 請合て
いなんした きな/\思ふて煩ふて下さんすな 方々悪ふ物が行て死ぬ迚ひとつ
殺しやせぬ わしもいつしよに死ぬわいなと縋り付いたる忍び泣 川主(す)/\梅川
主(す)と 神崎屋に呼び立つる 声に恟りエゝ邪魔な まだ何やかや咄す事 必ず逝んで
下んすな 首尾して禿を知らしにおこすと いひ捨てとつかは走り行く 残り多そふ
に跡見送り 余所の花を羨んで 爰に立ても居られまい 悲しい時の
神たゝき 生玉様でも凔(?いぢ:せがむ、にじる、すり寄る)らふと 歩み行く先南無三宝 向ふへ来るは八右衛門あいつ
に逢ふてはむつかいと 中寺町へはづす所 コリヤ/\はづすな 忠兵衛見付けたと 声
かけられて詮方なく ヤ是は八右衛門 此間はすつきり逢ぬが 内にかはる事もないか
扨めつきりと寒いが 親父の疝気 母者の癪は アゝいやしたが夫も貴様が孝
行で 常平生気を付きやるでおこりもせまい エゝきのふもけふも一昨日も おれが
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往かれずば人遣(や)ろふと 思ふて居てつい不沙汰 ヤイ/\おけやいやかましい 其口三絃(しゃみせん)に
乗るのじやない 十日前に添状斗届けた江戸金の五十両 何としてけふ迄
届けぬ 五日三日はつとめも有るならひと 了簡して待ち過ごした けふはそちへ行く所
叶はぬ用で此傍(あたり)へ来て 出合ふたはよい手づがひ サア金渡瀬 請取ふ 但し仲間へ
こたえふか でんどへ知れるとコゝ此首が飛ぶぞよ 高い駄賃かいて飛脚屋へ
出すは慥な故 其飛脚屋にこんな暗い事が有って済むかい 口先でちよほ
くさと おやま欺(だま)すとは違ふぞ どふ盗人めときめ付けられ 口惜けれど根が虚(こ)
妄(もう) 面目涙はら/\と 差し?(うつぶ)いて居たりしが いやるは重々皆尤 したが声高
に云ふてもらふては わしが身の一大事 コレ誤つた/\ たつた一言聞ても 何を隠さふ
其金の登つたは十日も前 知ての通り川が身分 田舎の客が請出す相談
外へ行ては生きて居ぬ気 やつてはおれも死ぬる覚悟 既に心中する日に成り 貴様へ
届ける五十両 ふらりと登るを天の與(あたへ)と 何角(か)なしに手附に渡し 田舎の
談合破らせて まんまと川を取り留めた サア是が外の金でならふか 貴
様といふ男気な友達を持た故 心易さにあまへてじやと 心の内では
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拝んで居た 爰の所を聞き分けて どふぞ明日迄待てたも 慥な心当ても
有れば 銭も損はかけぬ 人を助けると思へば腹も立ふ 犬一疋助けると思ふて了
簡頼む コレ慈悲じや 情けじやはいのと月代も 摺りむく斗土に付け 両手
を合し拝み泣き ヲゝ夫程つらくば待てやらふ ヤア了簡して待てたもるか
ヘエ忝い アゝ是夫(それ)も唯は待たれぬ 梅川が身の代は弐百五十両とやら
五十両の手附の請取 金の済む迄預からふ 畢竟いはゞ五十両の質 夫
共不得心なら今金せふ イヤモ了簡の上の望み事 何のこちに不得心
手附の証文は預けふが 是をそつちに遣って置けば五十両の金渡したも
同然 質置けば札がくる 迚もの事の了簡ついで 為替金五十両の受け
取りちょつとしてほしい あすの朝は金渡して 手附証文と取りかへる 翌(あした)書く請取を
今書いてたもるのがよい中の垣(かき)といひ 母者人の気の付かぬ中(うち) 早ふ受取
見せて置きたい ムウ尤じや 手附証文は直ぐに五十両の金 請取せふと
腰の矢立鼻紙出してさら/\と 印判しつかり差出す受取 忠兵衛は手
附の証文と互に取かへ懐中し コレ忠兵衛 是でよいと油断すると金が出来
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ぬぞ 見りや手附の日限もけふ切り 長ふは待たぬが画展かや ハテ明日の
朝は違ひなふ金持って行くはいの ヲゝちがやんなと八右衛門 別れ行く跡禿の
殿直(とのい) 走つてくるより申し忠主(ただす) 川殿がおつしやつてゞござります 首尾も
よし小座敷も借(かつ)てござります ちよつとおでと口上の 内から引ぱる羽
織の袖 大事ないかよ 悪ふないかはちよんの間の お定り迚連れ立ち行く 簾(すだれ)
を上げて立出る お諏訪が袖は湖や乾く間もなき涙顔 云号有るからは 一
生連れ添ふ殿御じやと 思ふお人を目の前で抱き付いたり吸い付いたり まだ日
も暮れぬによい首尾と 連れて行くのをまじ/\と 見ながら出ても留る事か
たつた一言悋気さへ する事ならぬは嫌はれた まだ其上にひよつと又 あいそ
もこそも尽かさりよかと ぢつと辛抱して居れど 胸も心も燃へこが
れる ひさげの水も湯となりし 伊勢物語も身の上かと又さめ/\゛と
嘆きしが イヤ/\忠兵衛様の身の大事 早ふ逝んで其工面 苦を助けたらちつ
となと可愛がられる種にもと かひなき頼み力草 所体(しょてい)繕ふ折もよし
宮の内より二人の供 よい折からで足引きの 長々咄しの聞き飽きと 何の苦もない
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高笑ひ 打連れ〽立て帰りけり 兼て相図か約束か 小戻りする八右衛門 見かけ
て小かげを出る利平 何も角も聞て居た 孔明が智恵借っても あすの朝迄
五十両 工面の出来る忠兵衛じやない ヲゝそふ思ふてたくつて置いた手附証
文 是さへ有ればめつたに忠兵衛が見請は出来ぬ こつちは跡兼弐百両で
梅川は手に入れる ガ 頼んで置いた跡金の工面は サアおれも金の入る事が有れど 此
顔では借し手がない そこで本家に入用と 口入(くにう)を欺(だま)して三百両 しやんと借り付け
あした証文 外を頼めばぐれの元 受け判は家持ちの貴様 ヲゝ夫は心得たが 吾儕(わがみ)
の本家妙閑婆(みようかんばゝ)の判がなふては ハテまだな事いふはい 兼てこんな所為(しごと)せふ
と 拵へて置いた本家の贋判 金主へも口入へも 前方の判鑑(かゝみ)が行てあれば
づる/\と金は渡る 出来た 智恵者(しや)め 梅川にやつた五十両の請取 どふぞ盗ん
でたもらぬか あすの朝迄金持てうせぬと あいつが内へわり込み 妙閑婆
に五十両吐き出さすば 忠兵衛は足が揚がるは そこでは川めもおれに脚 手附
の五十両はひんづの設け 娘は理詰めで吾儕(わがみ)の者 よいよ亀屋の跡取様 ヲゝ成
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細夫も面白い 受取は盗んで置くがまだきやうとい工面が有る 所詮忠兵衛
めを生けて置いては 貴様やおれも 思ふ様に窶しが出来ぬ故 夕部去る所で 初
めて付合ふた京の医者 こいつもまやしと見付けた故 金ぜきにして毒薬
一服 合して来次第忠兵衛を ころり山椒とふらす積もり ヤイ/\コリヤ ちいさい声
でいへやい そりや手短いよい分別 シタガ芝居でもそふいふ筋はよふ仕
くじる物じやぞよ 其手で行かざナ 此手でやらふ サア逝なふじや有るまいか イヤ/\
其医者と日暮れ紛れ 爰で出合ふて金と薬 引き替へにする約束 そん
なりやおりや先へ逝んで 坂町で待て居よ アゝこれ待ってたも おれも一つ無
心が有る 其手附証文をあす一日借してたもらぬか フウ是を吾儕何に
する 何と云たら伯母貴の臍くり 箪笥に有た五十両 けふ相鍵して
いがめて来た 是も忠兵衛にかぶせる積り 彼(かの)手附証文を 金の有
た引出しへ入れて置いて あす吟味の有る様にしかけ 引出しを明けるがさいご 中
には亀屋忠兵衛様 証文が物云てあいつが業(わざ)にしてしまい 跡はた
くつて貴様へ戻す 扨(さって)も吾儕(わがみ)は文殊勝り ソレ手附の証文借す 早ふ
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戻りやと八右衛門 別れる跡は寺/\に 夕部を 告ぐる暮六つの 鐘もろともにぐはたぴしと 料
理や茶屋も店じまい 往来(ゆきゝ)も絶へてしん/\たり 夕陽(せきやう)沈みほのぐらき時分考へうそ
/\と 中提燈もふすぼりし 僕(げぼく)連れた白髪の撫附け 刃物入ずに幾人(いくたり)も殺し兼ざる
医者の人品 利平は待ち兼是は御苦労 シテ約束の彼業は なるほど調合致して参つ
た ドレ薬箱と取寄せて 風呂敷こて/\取出す散薬 宜しからぬことなれど 頼みに漏れぬ
は貧苦から サア代金の五十両 いかにも持て参りました ガ一見(げん)のそこ元様 疑ふではなけれ共 薬
の利き目を見ぬ中は どふも子男の金ぶつかりと 御尤といふて又此試みが ヲゝよし/\と打點頭(うちうなづき) コリヤ
やい三助 ソゝソレそこな茶屋へ行て 茶一つ所望致いてこい 早ふ/\と追立やり 跡先見廻し声
を嚬(ひそ)め 薬能(やくのふ)をお目にかけるも人の命 軽はづみにならぬこと 幸いなアノ下郎め 試みさせて
お目にかけふ 人はこぬか前後に心を配り召され ソリヤ気を付けております がどふやら気
味の悪い事 ハテ気の弱い 左様な事で此薬が用ひられふか 気をしつかりと持たつ
しやれ なるほどそふじや 鬼に成てと待つところへ ハイお茶囉(もら)ふて参りましたと 差し出せば請取て
件の粉薬一匕(すくひ)ぱつと浮かめて ヤイ三助 コゝ是呑め エゝ ハテそちに呉れる呑めやい イヤモ咽も㵣(かわき)
は致しませず ずんど給(たべ)たふござりませぬ 呑みたふなくと酒の云付け さつぱりとくらつてしまへ 夫(それ)で
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もお前是は毒薬 ヤイ/\声高にぬかすまい うぬこりや立ち聞きひろいだな 大切な事しられて
は 弥(いよ/\)儕(おのれ)生けて置かれぬ くらはねば手短にと 脇差するりと振り上ぐれば アゝ申/\マア/\/\/\待て下さ
りませ 待てとは薬を呑む心か 是は又情ない 漸(やう/\)半季六十目とは 余り安い命の相場 アゝ
どふやら居心の悪い内じやと思ふたが 案の定てひどい金神(こんじん) 申旦那様 軽い奉公は致し
ますれど 在所には老年寄た女房子もござります 又みづ/\とした母親や まだ髪置き
せぬ爺親もござります 死にましたらそいらが嘆き 不便な事と思召て どふぞお助けなされて下さりま
せ 夫共試みせいで叶はぬ事なら 御苦労ながらお前様方がなされて下さりませ 私はとんと
/\ 死に機嫌にはござりませぬ 御赦されて下さりませ 申/\と手を合し 拝み廻すれど
無法の二人(にん) 空吹く風と取敢へず ハア此様に申ても 聞き入れなけりや何とせふ 死ぬる
なら経帷子 頭陀袋の用意も仕たし 寺へもちよつと一走り ヤアどこへ動く
まい ソレ利平殿 イヤモ一寸も遁(にが)す事じやない きり/\と呑んで仕廻へ/\ ヲゝサ/\
逃げても逃さぬ 呑んでも呑ます 呑まいでも呑ます 逃げだてすれば長ふ苦痛 エゝ
揃ひも揃ふた鬼様達じやなふ もふ是非がない 潔ふ呑んで死にませふ ヲゝよい了
簡 ちやつと喰らへ アゝと返事もむしやくしや腹 茶碗取り上げ テモ毒々しい此嗅ぎ
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はい アゝいや/\此世の見納め 爰らなりと二足三足 身動きひろぐな未練
なやつの 未練でもよれんでも せめて是程は心ゆかし 子供に灸(やいと)据へる
さへ 偽寄(すかし)たり誉めたりするに 殺す者をめつたむしやうに叱り付け 睨み付け
あんまり胴欲殺して有ふぞやと つぶやき/\茶碗の?(はた:耳へんに器) 口は寄せても うぢ
/\と 呑み兼ながら二口三口 ヲゝでかしたよく呑んだ イヤおりやわるく呑んだ ハアもふ心は
死んだ様な 迚も死ぬなら畳の上 逝んで死ふと立つ足も 早よろ/\と五臓の悩
乱あつと身をもみ手足を張り 虚空を掴むあをち死に毒気(き)の咎めぞ奇妙也
何と薬の徳は此通り ヤ忝い ソレ金と渡せば算(かぞ)へる五十両 重ねても御意得る
為 其元の名所を 此包み紙にお記し頼む 心得矢立取出して 手早く書いて手に
渡し 薬請取いそ/\と 利平は悦び立帰る 影見へぬ迄とつくと見送り 足
拍子三つ四つ もふよいぞ 親父様 どふやら斯(かう)やら五十両 ヲゝ此金を彼お人へ いかに
も慥に渡しましよ そふしてお前は すぐに今夜の夜船に上京 そん
なら早ふ船場迄 お供致そと親子連れ 八間屋へと急ぎ行く 跡へもや/\
八幡屋敷 逝ぬる田舎のやぼ大尽 芸子末社はそゝり立て 桜川には桜
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をすくふ 桂川には小鮎をすくふ アレ見たか 見たか ひつけら樫の木八百本ヲゝ
よい嚊/\よい女房 アゝコレ/\やかましく云てくれ召すな お身達は面白がつても かゝはずん
ど面白くない なぜないならば お傾城はねつからからが傍にはねまらず 此池の
蓮の実同然 飛び歩行(ありい)て斗(ばっかり)居めす 駕(かご)からも飛び召さぬ様 ソレ/\皆気を付けろよ ハイ/\
前(さき)肩後(あと)肩も 馴染みの忠兵衛駕の垂れ 外と内から囁く梅川 後に/\を聞かさじと 芸子
中居や末社共 くるに鳴る三味引き立てて 梅川には桜を救ふ 桂川には小鮎を救ふ アレ見たか コレ見たか
ひつけら樫の木八百本ヲゝよい首尾/\能い首尾じや 首尾よふ合の手尓葉(てには)能く騒ぎ 連れてぞ帰りける