当流小栗判官 第一 

 

美しい文字に惹かれ読み始めれば詩の様な文章に日本の四季折々の情景が目に浮かび、久しぶりに先へ先へと読みたい衝動に駆られながらなかば夢中になって読み進んだ。近松ってロマンチストよね。実録として伝うのは室町時代のことらしいが文もことばづかいもそこはかとなく平安調で書かれており、江戸時代の人が読んだらさぞ古典的な気分になったことでしょうよ。それがまたよいのよ。

 

 

読んだ本  http://archive.waseda.jp/archive/index.html
      イ14-00002-579 

 

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  当流小栗判官  野がひのうし 花にさけぶ
きのふまでさなへとりかがいつのまに いなば
そよぎて秋のゝやき はぎの朝あけをぎの夕ぐれ
月のかつらも色まして 大抵四時心惣苦(しいしこゝろすべてねんごろ)なり
中について腸(はらわた)をたつ秋の天と作りし からの
哥さへ身にしみてめでたき秋の ながめなり
あふきのあらしいつしかにけさはのわきとふき
かはり 一もとずゝきに出て世にかくれなき美男


3
たる 東三条のばつりう小栗の判官兼氏は
いんじ春るにんと成さがみはらのはいしよの
いほせめてなぐさむかたもやと 池の庄司を御供
にてそともの 野辺に立出て 都にしらぬ
山はたや 一むらあわのとりをどし なるこになるゝ
ともうづら いもせうさぎの はらむてふ きゝやうが
露にたはふるゝ 野菊しらんのみたされては 袖もさながら
はなすり衣 すそ野にひゞく草かりふえなを

めがれせず見給へば 十二三なる草かり共うし追
立てかまふりあげ 花をかるかやをみなへしをしわけ
/\来りける 小栗御覧じ心なしわらんべども
牛馬にかはんためならば花なき草こそ有べけれ 露
もさかりの秋の花いかにでんぶの汝らも つれなしと
有ければわつは共承り 御ことはりや去ながら 我々は
此国の押領使横山殿の御内のもの されば横山殿
のおにかげとて三国ぶさうの名馬あり かの御馬と申は


4
じんべんふしぎのさうを得て 春は梅花のかをくらひ
夏は卯の花あやめ草 今は折から秋草の 露を
其まゝまくさにかふ 若又かの馬あるゝ時は人まくさを
かはざれば 馬屋にも立がたし 去によつて近国の野
山にて毎日百荷の草花を かりそめながらこれ
とても君がためとぞかたりける かゝる所に廿斗の
侍の大きず三ヶ所うけながら たちにすがつてよろ
ぼひ来り 是々お侍と見うけ申す 某は後藤左衛門

国忠と申もの 当国の住人山形兵衛と申すおやの
敵を討そんじ 御覧のごとくふかでをおひきびしく
追手のかゝり候 人手にかゝるも無念の至り かいしやく頼み
存るとすでにじがいとみへし時 小栗しゅじうす
がり付やれまてわかいもの いかにふかでをあふたるとて
おやの敵を討そんじしなんとは何事ぞ かなはぬ迄
もにげのびかさねて本意をとげふとは思はぬか 某
はるにん小栗の判官兼氏此うへはしなせぬ 追手


5
かゝらば我々にまかせよ さあおちよわかいものエゝ
をくれたかうろたへたか いかに/\と宣へば後藤左衛門
聞よりもあへず 扨は承及びし小栗殿にてまします
か 御けうくんしごく仕候 其儀ならばおち申さん万
事は頼奉る 此たびの御こうおんまつたくわすれ申
さじといへば イヤ礼までもなし 是さいはひの物有
と 馬をどしのみのかさを左衛門に打かづけ いそげ/\と
力を付あらぬ道へぞおとしける もとより小栗?ん

ふかくかの草かりが牛引よせ たちひんぬいてどうなか
をしたゝかに切さげおつはなせば うしはたけつてあけ
にそみあぜもはたけもふみちらし ゆきがたしらず成
ければ草かり共はきもをけしみなちり/\゛にぞにげ
にける あんのごとく追手のものこゝかしことどよめきて
是々爰へ手おひはこぬかととふた 扨こそと池の庄司
ムゝたれとはしらずふかでをおひ あのあぜ道をおちたり
し是々のりをひいたり ちの有かたへおつかけられよと


6
うしのちををしゆれば追手悦びうたがひもなく
是なりき 過分/\とうしのちをしたひてこそはおつかけ
けれ 時のまのぜんをなし人をたすくるはつめいは そう
めいえいち身の内のつきせぬ たからぞ有かたき
扨其後に 兼氏つく/\゛おぼせしはうしをはなせし
わらんべども いひわけは何とかせしおぼつかなしと横
山の 門外にたゝずみてしばしうかがひ立給ふ
されば横山の郡司信久はいづさがみをしるよしし 五

人の子をもたれしがすえはてるてきさらぎとてふたりの
むすめ恋しりの二八三五の玉すだれ なさけをくまる
ねやの内 秋風さひしいざ給へまこばのにはの雨の後
石などりしてあそはんとはらからつれて出給ひ アゝ
ほんにきがはれたのと につとえがほの花かづら 雲の
まゆずみせきばくとして めもとにしほのらんかんたり
兼氏はるかにかいまみて都まさりの姫共 恋のたね
まき是こそと へいじもんに身をよせてうかと 見入て


7
おはしける 見る人ありともしらすなに山がらかごを
すへさせて柳にとまるてふ/\や松ばに すがくくも
取てかごにはなちて ふり袖の てがひになつく山がらが
とんと返りてわをぬけてそなたへくるりこなたへくるり/\
くるみ姫ぐるみ姫が詞についてまはれや/\めくれ
しやんとはがへすつばさもかろくきもかろき アゝかはひの鳥
やとめで給ひ なふきさらぎ鳥類ながら此鳥のわがいふ
ことを聞わけし 天が下に此鳥ほとかはいひものはよも有まい

と宣へばきさらぎもけうに入 申あね様 おざ此鳥に
すな水かけてもはや休ませ申さんと かこ引よすれば
何とかしけん かごの戸ひらけて山がらはなかぞらたけ
てとびあがる是は/\と あはてふためき給へども
其ゆきかたはなかりけり てるて色をそんじ給ひ 一
命にもかへぬ大事の鳥を何事ぞ なふきさらぎ
とらへてかやしや山がらがなきならば あねとも思ふな
おもとゝも思はぬぞ山がらかやしや/\/\とせめ給ふ


8
きさらぎもせんかたなく ハアかなし何とせんとをくへは
ゆくましと へいじもんををしひらきはしり出
れは兼氏に えいやくもなくゆきあたり はつと上
気のくれないにはや男みるめづかひあり やゝあつて
きさらぎどなたとはしらねども あね様のひさうの山
がら取はなし御きげんそこなひめいわく也 とらへてたべ
とぞ仰ける小栗聞給ひ 是にてあらまし聞候がさそ
御なんぎといとをしし 命成共参らせんそらとぶ鳥は何共と

なさけ有げに夕日かげてるてはるかに御覧じてたま
しいふかくそめわたる 色は詞にほころびて 是なふき
さらぎ 誠山がらかへらすは鳥のかはりに其殿を とらふて
かへしやかんにんせんと宣へばきさらぎ悦び 近頃そつじ
な事なれどもあねうへの御きげんなをしてたべ ひとへ
に頼み参らすると袖をひけどもうちつけにさすが
の小栗もけうさめてとうわく したるふせいなり
きさらぎかさねてなふさいぜんのおことはに命成とも


9
用ならばと宣ひしは そらごとかとつめられて せん
かたもなく兼氏もうぢ/\として入給ふ かほにもみぢや
てるての姫しばし詞はなかりしが 思ひこぼれてさつと
より小栗の御手をしかと取 あつはれ此鳥かへどくぞや
此世はをろか末世まで手がひになつき給へやと 手を
引よせてしめ給ふ 兼氏はせきめんしお心ざしはうれし
けれども 人を鳥とはめいわくとこえも ふるひて申さるゝ
いや是鳥でないとはいわれまじ 我等がための命

とりといふ鳥よ なつけやなつけとよりそへばあき
れてなをもへんじなし なふきさらぎいぜんの鳥
は詞を聞 わがいふやうに成たりしが是はさもなし
もとの山がらかへしや/\と又こそ御きげんそんじけれ
きさらぎいとゞめいわくがりまだ人なれぬ鳥なれば
さも候はん 是何事もお心にしたがひてたへ給ふきの
どくやと有ければ小栗も今はつゝみかね 我こそ
るにん小栗の判官兼氏よ おすがたといひおなさけに


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わけしらぬ身もつなぎ鳥 はいしよの月のめぐりあふ
御えんもがなとほのめけば ムゝ聞伝へし小栗様か
女に物を思はせて 何のお手がらなふつよいも事により
竹のよいをりじぶん アゝじゆみやうのどくめと打もたれ
袖よりいるゝ手さきにはいか成恋かこもるらん きさらぎ
さすがねたましく見ずもをられず見んもやらず わくせき
したる折からにいぜんの山がら帰りけり 是々あね様もとの
山がら返しません其鳥こちへと引のくれば いや其鳥は

もういらぬ よの鳥千疋万疋より此命とりたゞひとり
其山がらはひさうなれともそなたにやらんと宣へば ムゝあね
さまもよい事はよう御存じ 我も此鳥何せんとかほ
打ふつて入あひの かねうちの有さまは世にうつゝなく
わりなしや かゝる所へくだんのうしかいえぢわすれすはせ
来り にれ打かみてかけまはる姫はをどろきにげ入
給へば 小栗もあはてゝまとばのあづちに立くれて
そおはしけり 時をうつさず山形兵衛 のりをしたふて


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追かけ大をんあげ 此内へらうせきものをつけこふだ
出せ/\とよばゝつたり 横山太郎同次郎中にとつても
三郎は 大力のあぶれもの門外につつと出 ムゝかた/\゛は
当国山形兵衛といふ人よな 扨とはうもなき事を
いふものかな らうぜきものをつけこみしとは何をもつて
申すぞ 此横山がたちにふんごみあんぐはいはかば
一人も いけてかへさぬがつてんかとはつたとにらんで申
ける 山形ちつともをくせずやあせうこなくていはふか

のりをしたふてつけこふだり是見よといかるにぞ 門のけ
はなしあけにそみしらすになまちながれたり 太郎二郎
詞をそろへ 此うへは門内へ手おひ入たるにまぎれなし 去ながら
ぶしのいえへかけこむものを出すべきさはうはなし 出す
ことはならぬといふ三郎つつと出いや是兄たち 我々
にむかひ頼むといはゞ命かけてもかくまふべきが ことはり
なしに入たるは法をしらぬらうぜきもの さがし出してから
めてわたせ 承るとらうどう共うへを下へと返せしか 棚(あつち)の


12
かげに物こそみゆれやれこいつよと兼氏を いましめて
引出すは扨もぜひなきしたい也 三郎まなこにかどを立
をのれいづくのうづむしめあんないなくかけこみしは さは
うをしらぬうろたへもの我々をうらむな 是々山形殿 らう
せきものをわたし申といへば小栗聞給ひしばらく/\ まつ
たく某らうぜきはせす 一通をきかれよとけさの次第を
くはしく語り 爰は我人待たる身ののがれぬ所御へんの
うしをきり 其ちをもつてあざむきかのものはおとせし也

是見よ某にちの出んきずもなし せうこには屋の内に手
おひうしの有べきぞ 侍はあひたがひたが身にも有べきこと
聞わけてたへ横山殿と りをつくしてぞ仰ける 山形聞も
あへず 扨はす朝きやつめが我をたがかりしな よし此うへは
をのれをかはりにちうせんと とんでかゝればとびしさり 是
横山殿 あのものこそせいたるうへ 各も名あるぶしことの道理
はしり給はん 人の命をたすくるからは我命はすつるかくご
一命はおしけらねどのそみ有此身也 侍ならは頼申とくり


13
返し仰ける 三郎宣て しからば汝何しに爰へはしのびたる
そ ヲゝ御へんのうしをきりたれば 牛かひ共がなんきせんふびん
さに びんぎをうかゞひいひわけして得させんためよ いや
/\其いひわけは立がたしとうぞくにうたがひなし 其上牛
をきりたれば我ためにも下人の敵 とう/\山形ひいて
かへられよとぞ申ける 小栗つつ立ムゝ扨はふつつと聞
入ぬか ヤウサ畜生共 をのれ誠の侍と思ひ詞をさげし
くやしさよ いで物みせんと心をはりえいやつと身をふり給へば

なゝへやへのいましめがはらりふつゝときれてけり はやわざ
かりわざ力わざ身にかねうぢが手なみを見よと 門のすへ
石かる/\゛とひつさけ むらがる中をたてよこに 打すへなぎ
すへとんづかへりつ打たてしはすさまじかりしいき
ほひなり 横山一家をそれをなし皆にけちつてより
つかず されども山形くせものにて かいくゞつて後より両足とつて
ふせんとす さしつたりと二三間鳥よりかろくとびかへり もつ
たり大石さしあげえいやつとなけ給へば 山形がまつかうを


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どうなかまで打みしやがれみぢんになつてぞうせにける すぐに
かけ入三郎がざうごんはいたる口引さかんと とんで出しがいや
まてしばらく 姫のなさけはすてがたしと 門の立石もともことくに
をしなをし おいとま申す横山殿手なみは是迄 /\なり
宣て毘女にかよふためあんないを見をかんと 心しづかにねり
ついぢ高べい高がき高やり戸 うへごみせんすいつき山をあなたへ
めぐり こなたへめぐりえもんつくろひひんをなで ゆう
/\として帰らるゝ 文武両道たれとても男は かくこそありたけれ