平家女護島 第三(朱雀御所の段)

 

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     イ14-00002-723 

 

 

40(左頁)
  第三
顔回ははやく夭して遂に四十の花を見ず。盗跖寿(いのち)
長して既に八十の霜をふむ。生死不定の理りは
上智博識も弁すべからずとや。小松の大臣(おとゞ)重成公。御所
労日を追ておとろへ給ひ。和丹両家の典薬配剤
醫案をつくせ共。更に其しるしなく既に大事と見へ
ければ。嫡子惟盛を始通盛知盛重衡資盛。其外


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一門の老若宸殿にいながれ給へは。廣庇には主馬の
判官盛国。筑後の守貞能。弥兵衛宗清なんど心
をなやまし並いたる。御典薬和気の法印奥より立出
今朝の御脈夜前の通に相替らず。つゝしんで御様体
を考へ奉るに。是ぞと名づけん御病気なく。たゞ七情に
破られ給ひ。御気のつかれ御心のむすほふれふかく見へ
させ給ふ。何にても興有御慰催し御覧に入。暫しが

内もおもしろと御心はれ給はゝ。御補養と成薬力も
めぐり候はんかとぞ申ける。惟盛聞給ひ。実さぞ有らん。祖父(おうぢ)
入道殿邪の御振舞。嘆は父重盛只独り。一天四海を引請
て御身一つの病と成も理りかな。何をかな気もはれて
心に叶ふ慰。旁(かた/\゛)も思ひ寄頼み在るとの給へは。各はつと
かうべをかたぶけどうかなナ。ハア何とがなと思案評定とり
/\也。新中納言知盛すゝみ出。御なぐさみとてつね/\゛


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めなれ給ふことはさして興にも成がたし。彼の白らくてんが
酒興山の景気を学び。庭前に酒の泉をたゝへ美
女をあつめ。びは琴しらべうたひ舞かなでさせば。終
に御覧なきことにて。お心のひらくる事もやと有ければ。
越前の三位通盛聞もあへず。趣向めづらし去ながら。
平生酒宴乱舞好み給はぬ重盛公。かへつて御気
にさはらんか。通盛が好るは。おなじ酒を用る共。庭に大

竹小竹数千本植させ。酒のもたひをしつらひ七人の
楽人に。故飲酒酔楽(すいらく)など舞楽を奏し。竹林の
七賢がたのしみを学んではいかゝあらん。相詰し者共
存寄。遠慮なく申て見よとぞ仰ける。主馬の判官盛
国つゝと出。恐れがましく候へ共。我君常の御たはふれに
も上をうやまひ下をあはれむ御心より。北のお庭に
方一町の田をひらかせ。毎年御領内の土民をめされ。


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耕しうゆる賤の手業(わざ)民のしんくを御覧有。今年
もあら田はすき返し候へ共。御所労によつて未だ田植の御沙
汰なし。折しも此頃の雨に潤ふ早乙女の田植を御覧
に入られば。御心にも叶ふべしと言上すれば。知盛実
是も興あらん。所詮目録にかき付うかゞはんと。人々
相具し大床の。御産の間さして出らるゝ。十返りの
霜には朽ず一時の。無常の風に枝かれて。たのみ

すくなき小松殿。父入道を諌めかね。世を思ふゆへ物思ふおもひつ
もりし日陰の雪きゆる。間を待斗也。惟盛枕に近付。権病中の
御なぐさみと一門の心ざし。御望あれかしと目録を奉れば。たすけ起され
脇息にかゝるも暫し。玉の緒の。よはりを見せぬ親心。披見有て打
えみ給ひ。重盛が病気をかなしみ。各々心をつくさるゝ返す/\゛も
浅からね此かき付の内早乙女に田を植させんとの物好。我毎年の
慰にて庭の田面を見るに付。去年の田植もなつかしし。用意させ


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よ見ようずるはとの給へば。重盛畏て?立所へ。熊野本宮の別
湛増(たんぞう)白木の箱をたづさへあはたゝ敷御前に出。本宮の社
檀修覆のため。神体をかりに宮遷しいたす所。いか成者のしはざ
やらん此箱をこめ置たり。私にひらかんと後難はかりかたく
御注進とぞのべにける。よし何にもせよ推量のせんぎむらくの
いたり。それ開けな(?)ると貞能ふたこぢはなせはこはいかに。厚板
を?ならし衣冠束帯の人を絵かき。惣身に四十九本の釘胸

板首に矢の根を打込。日本第一三所権現に申奉る。小松の内
大臣平の重盛が運命をちゞめ。源家の弓箭をおうごし給へ。
両ケの所願偏に冥慮をあふく者也。願主蛭が小嶋の住。源
の頼朝と書記し。調伏の願書を添置たりけり。人々これはと手を打
てあきれはてゝぞおはしける。重盛怒りの御涙を。はら/\となが
させ給ひ。扨も/\天恩しらずの愚人めやな。去(さんぬる)平治の合戦
に既に誅すべかりしを。池の禅尼と重盛が身にかへて願ひ助し故。


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扨こそ流罪してはあれ。彼唐土の独角獣(うにかうる)といふ獣(けだもの)は水上の
悪毒をおのれか角にてそゝぎ消し 国民の命をたすくれ共
猟師は恩をわきまへず 独角獣を殺して角を取 是頼
朝めに相同し 敵味方と成ならは鉾先はみがゝずして重恩の重
盛を調伏とは浅ましや 此度我病気は父の悪心やむましくば
我命を取給へと熊野ごんげんにりう願しての死病なれは
死するは小松が願成就 それとはしらで頼朝がおのれが願成就

と悦び思はん愚かやな 重盛むなしく成ならば 見よ/\源氏の
白籏を秋津洲に翻へさん エゝ恨めしきは入道殿 はかなきは平家
の運命一門のなれの果 思ひやられて口惜やと 怒れるま
なこに涙をうかへ御声ふるひ枕をつかみ 嘆しつませ給ふにぞ 御
前伺公の人々も実御道理ことはりやと各袖をぞしほらるゝ よし/\
盛衰は天に有 悔まし恨まし 時こそ移れ耕作を見物せん
とく/\との給ひて既に田植ぞさなへ取水のみどりも


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青々と御簾も障子も明渡り いつにすぐれし御きげんと上
下悦びいさみけり 折からおたぎの里の長(おさ)手にはもて共心には
くはない顔の白髭を土にすらせて式台し なふ/\早乙女おじや
らしませ 翁があら田をとろりつとならしすまいて 五穀成就
君万歳 此も千秋/\と 水口も祭りすまいた 田をはぞん
ぶりぞ/\そんぶり/\/\ぞサアノお田を植ふよ はつとこたへて早
乙女はきんれて足のおくれしと 手々に早苗取はやす 外

にたぐひもあらかねの土によごれぬ田植寄 シテうへい/\早乙
女 めでたき君がお田植 苗代におり立て田をうえは足買ふ
て着せうぞ 足かふてたもるならば猶も田を植ふよ い
かにさをとめ化粧ぶみがほしいか うせた夫がほしいか みなかみ
が濁りて 下の嘆きがめに見えぬ 夫返してたもるならはなんぼ嬉し
からふよ 男が見へずばそれ成に 当代のはやり物 後家
狂ひせよ見めわる 顔(つら)にくの男が いふたることやはらだち


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腹が立たらば水鏡見よかし 水かゞみ見たれば顔のよごれた
世の中 朱雀(しゅしゃか)の御所の築山に花の咲たを見たるか げに
きつと見たれは 恋の花や いたづら花やうちや匂ひわた
つた うへい/\さをとめ千町 万町億万町のさなへより
兄や弟や 妻や子を返してたもるなら民もゆたかに君が
お田は 実にのるぞ程なるらん実のるぞ程なかりける う
たひおはれは一座の人よろこひ さゝめきたまひけり

重盛御みゝをそは立 田な植させそあれとめよ とふへきこと有さを
とめらくして来れ 畏て雑式共 用有ぞさをとめ共御前へ参れ
と呼はれば ひつしよなりふりさおとめの手足も土にひれふせり 近く
よれ女共 夫をかへせ子かへせと訴訟ありげの田植哥 汝ら誠のさ
おとめにあらずつゝまず申せとの給へは 鍬取の翁かうべをもたげ
仰のことくかく申翁を始誠のさをとめに候はず 君しろし召れずや
入道相国のお妾(てかけ)ときは御前のまします しゆしやうの御所の邊を


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通れば貴賤にかきらず 男たる者かいくれに行方なく 二たび影
も見ることなし 狐狸の所為共申 又はときは御前往来の男を呼入
放埓いたづらぐるひ共申 けんに別れ弟を失ひ かゝり子にはなれろ
とうに立うへ死する親も有 夫をとられ泣こかれ狂気する女も有 五
十人か百人こそよむに数かぎりもなし 洛中洛外のくるしみ上にはお
身にたゝぬか 但しつてもしらぬ顔か 此翁が直訴し重盛公の
おみゝに達し 詮議願ひ奉らんと男失ひし女共 いづれもさをと

めに出立せかくの仕合 すいさんは御免あれと申あぐれは 女ご共
声々に 私むすこは坊主落 ろくにはへそろはぬ物常盤が何に
せらるゝぞ 我らか兄は提灯屋 はりがへもないたつたふたりの兄弟 こち
の夫はからうすふみ 腰から下のつよい男おしいこといたしたと 誰に恐れも
泣わめく 女心のひとむくろ思ひやられて哀也 大臣御息ほつとつぎ
我病に伏て政務を辞し 民の訴へを聞ざれば はやかゝることの出来
るは当家の徳のうすきより洛中のさはぎ 後のわざはひかろからず 屹


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度たゞし得さすべしヤア/\弥平衛宗清 汝ときはがやかたの次第とつく
と見とゞけ吟味せよ狐狸のわざならば猟師を以かりとらせよ
ときはが不義放埓に極らば 屹度実否を正し 入道殿へ言上し
御指図に任せよ 又末々平家の仇と成べき事と見るならば
誰に問ふともなし 入道殿のおもひ者迚用捨すな ときはなり共
討て捨詮ずる所は是第一 心得たるかとの給へば 宗清つゝしんて畏
御諚違背申にてはあらね共もと某は源氏重恩の侍 殊に相ぐし

候女房は先年離別の後に相果 今生になき身と申ながら 藤
九郎盛長が妹かた/\゛源氏によしみの節目 剰さえ一人娘を女に付
て別れしが 只今成人していか成源氏方に縁を組しもはかりがたし
かれ是以てときは御前の詮議には 源氏無縁の他人に仰付られ
然るべしとぞ申ける 小松殿聞給ひくるしげ成かんばせに立腹の色
顕れ 心得ぬことをいふ者かな 源氏譜代の汝なればときはがつねの
行跡 心入も能しつゝらんと思ひよつての事 明日にも源平鏃(やじり)を


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あらそふ時 源氏ふだいの宗清 軍の御供用捨あれといふべきか
よもやさはいふまし 源氏昔の恩を思はゞ今又平家の禄をはむ
其恩賞よも忘れじ 義有武士と見定し我眼力 重盛が
臨終も今明日に極つてあすの夜迄は不定の命 病つれて
眼くらみさいごに人を見ちがへしと 死後に小松が名をくだすな 早
急げ宗清と床の緞帳御簾もさつとおりければ宗清あ
つとかうべをさげ文武二道の賢将義有武士との御詞 生

前のめんぼく武門の誉 哀御命全ふして御馬の前にて討死し
御恩報ぜぬ残念至極 もし宗清狂気して御眼力をちがへなば
めいとより御手を下郎にかされ 歩(ふ)に首をさげ給へはやおいとまと
罷立 源氏の御平家の御ひかれたゆまぬあづさゆみやたけ心ぞ
たのみ有 囲女(かこひもの)とやわる口に是をもいへは夕附(づく)日しゆしや
かの御所は女護の島 むかしは源氏の春の園義朝の花もみぢ
けふは平家の秋の庭 清盛の月雪と 見手はかはれどかは


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らぬはときは御前の起ふしの独りでたらぬ御身持 お腰元の
笛竹おぐし上のひな靍が男見たての仰を請裏の小門の物
見の亭(ちん)往来(ゆきゝ)の人の風俗を見おろす簾まき上てけふもかは
らぬ役目とて口へも入らぬ善悪に男待ふうしどけなし
なふ笛竹殿いつぞは/\と思ひしが幸外に人もない ときはさまはお
きあひがわるひとて床もはなれず薬もんじやくいつうき
/\共なされぬに くる日も/\二人か三人か往来の男呼入て
おせいのつよい上々には何が成物ぞ あれではお煩ひもなをらぬ筈
清盛さまへ聞えてはお身の大事 わしらやこなたもよいとはあるまい
こはふてならぬとふるひ声 アゝ気遣ない/\笛竹か何ものみこんた
けふはいつより通りがうすい それでも能男せめて二人程つらねは
そなたもわしも一分立ぬ ヲゝ合点といふ所へすはう袴にかけえほそ
こりや歴々の侍 但公家方の諸太夫か あれ程の人体にやぶれ
あふぎは不都合 エそりや儘よ 是そこなえぼし殿是へ/\とまねか


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れて小腰をかゞめ声はり上まんこが其日の装束にはあのく
ぼだいの腹巻にずいくだらにの小手をさし段悪修善の脛当を
あくち高にしつかとはき大とうれん小とうれん二振の釼十もんじ
にさすまゝに神通しさいのあしげの駒 りやつかうふしぎのうき沓
はかせ其身かろげに乗たりける ヤツアイエイイヤアホゝまんこ将軍yんそう
とて/\アゝしんき こゝへおぢやしつほりといひたいことが有
先まちや/\とひな靍亭よりおるゝを見て エ扨はしつほし

か御所望か あら痛はしや蜑(あま)人は海上にうかみ出 乳のしたを
かき切玉を押込申たり ちゝのあたりにないならは疵の有たけどこも
かもさふつて見給へ我君と只さめ/\と泣いたる ム扨はまひ舞か
舞まひでも蜘まひでもだいじない是御門の内へおじや 結構
なめにあはせふ こんな事じやと耳に口よせかうしや/\とさゝ
やけば 舞まひ色ちがへ まんこ此由聞よりもあらこはや恐ろしや是
龍宮のつゝもたせ三百目の玉塔に其外悪魚しかけ物 のがれ


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かたしや我巾着と跡をも見ずして逃うせける なふ笛竹殿
むだぼね折たじやないかいの いや/\一のうらは六陸路かろげに
それそこへ状箱かたけ飛脚の足淀から三里に灸もなく
股指し一腰さしもぐさ 燃立汗にむしつく髭もすけへいの への
字なりがおもしろい 腰ほねふとひ達者づくり是がおかみの
好物男やれそれのかすな呼込めと ひな靍とぶよりあし
はやに袖をひかへてしみ/\とさゝやけはあまいやつ じろりと見

ためにほやりと笑ひ つれて内にぞ入にける 跡につゞいて聞
ゆるは小哥うたふか何いふぞ 顔見ぬ先の声のあや鯵やさし鯖
かはくじらめぐろ鯛のすき実干?(ひかす?)鰹ぶし ひだら塩鱈だら/\と
だらつき声にて通行 ソレひな靍その魚売よびやいのふ
イヤ/\けふは義朝様の精進日せめてのめうがに魚うりは遠慮なさ
れといふ所へ 旅する武士の高からげ股引きやはん頬かぶり南の方
からそれ来たぞ まつかせやらぬとひな靍がさゝやく顔をふり切て


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行過るをすがり付 猛きものゝふの心をもやはらぐる歌も恋路を種と
聞いか成武士もいな舩の押よおされぬ此道をとまらせ給へとい
ひければ さすが岩木にあら男 心よはくも立とまる 所はしゆ
しやかの御所の門つれて入日もくれ過ぬ ときは御前の帳臺
の夜るの光は雲井にもおとらぬ露の奥座敷あいのらうかを
ふえ竹が?の飛脚の手を引て案内をてらすともし火に い
こきもやらす立とまり こりやどこへつれて行めすぞ びやくらい

返してくれられと歯の根もあはぬ胴ふるひ 是こはいこと何
にもない 此奥に御座なさるゝは聞及びもあろ千人の中から百
人えらみ百人の中より十人えり出し十人の内に独りすぐれたときは御
前とて それは/\うつくしい者 そもじにたんとほのじしやと嬉しいか
是こんあめにあふ事とさゝやけば身を捻て俄につくるつぼ/\
口 エうそばつかり おらが様な者に此かま髭で頬づりはいたかろもの
わしやいや エ気のよはひ是此帷子着ていきやと 帯引ほ


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どくはだへは鍋のそこ気味わろく こりやなんといふかたびら ムゝ
やはらかな身についていごかれぬ いかぬことはわるい此かたびらも着
とり 我らが身の廻り一色もちらすことならぬぞや それを気遣
する事か 夜ふけぬ内に爰からと杦戸ひらいてつき出せば
一足ぬけてはけつまづきすべり飛脚のすねつはき 去にても我千里
を股にかける商売 一度もあゆみかねぬ身が一足にもいこかれぬ
智恵こそあれと四つ這にほう/\あくる障子の内ともし火

幽かにねすがたを見るよりそつと身もしびれ 蚊帳の外にうす
まりきやたのかほりにむせ返る 蚊帳の内よりときは御前 手を引
よせ是待ているサア爰へ 此手の花奢(きやしゃ)なことはいのと じつとし
められ現をぬかし こりやあんたる因果ほね めき/\いやす御めん
あれ お時宜申さぬ/\と蚊屋引上てぬめり込ときはおさへて アゝ
まちや/\ 真実抱かれてねる気なら 我いふことを背くまい 他
言せまいと此誓紙に血判すへてうへの事 物もかゝらめ是見


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よと 袂の内の一巻を渡せば取て押ひらく 杉戸の外にはふえ
竹が耳をそばだて息を詰 うかかふ内のひそ/\迄もるゝかた
なく聞ゆらん 読みもおはらずわな/\ふるひなふ恐ろしい文言
是に判形存もよらず命がだいじとかけ出す 大じをしらせて
いなそふと引とむる ときはの小かいな取て突のけ 爰を大じと足
はやく 走り杉戸に額打やら当るやら 漸に押開きぬつと出れば笛竹が
追取刀につゝ立たり わつとわなゝき身をちゞめ二度ふるひあはて

ける コリヤ男 ときは御前にたのまれて源氏の方人申たか おくの様子
をサアかたれ なふ勿体ない 今の世に見る影もなき源氏に頼れ 平家
のとがめなんとせう 思ひもよらずといはせもあへず ぬき打にむかふ
さまてつへいより太腹と 節々込てから竹わり二つにさつと笹の露
ちる魂のもぬけから らうかの敷板こぢはなし堀置土の穴かしこ 人にはみせし
と體を取て引ずりこむ 音に驚きひな靍刀引さげ出なんと首
尾は されは/\見かけによらぬひきやう者 いつものことく切て捨た 一味し


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て戦場に討死するも死はおなし ぐにんめゆへにけふも又思はぬ殺生
なむあみだ エゝまだるい念仏所か次の男かもう裏へ いつもの通り死
害は埋づむ 跡を首尾よふ/\と縁の下へ這入は 笛竹手水の水
汲かけ ながす血塩のからくれない神代も聞ぬ女わざ あたりにめを付
めのさやはづす刀ののり 押ぬぐい/\袖におさめし顔かたち けんによなり
ふり引つくろひ物音うかゝひ立たるは むかし神宮皇后の娘の
時もかくやらん外にたぐひもなかりけり つゞいていぜんの侍人め忍ぶ

の頬かぶり 笛竹に近付ひな靍とやらんの物語におくの様子
承はる よい年をしてなんどさげしみも恥しし 頬かふり御免なれ御
案内とのべければ アゝお案内申迄もない 此らうかをと戸をひ
らけば月さへもらぬ長らうかたどり/\て閨の内 ともし火そむけ
かけ香やそらだき物にふすべられ 蚊は夏の夜の蚊帳ぞ閨
のしるしにて えへん/\打しはふくも声すめる 待かねし物これ男
思はせぶりのしはぶきなんぞどなたの花かしらね共こよひ斗の一枝は


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折も盗むもおゆるしと蚊帳越にだき付ばとかふもいはすふりはなす
にく もがらせてなぐさむ気か 清盛といふ人なくばいつそ女房に
成たい ハア鐘鳴夜がふける 爰へと蚊帳押のけいつ迄つゝむ頬
かふりと 取て引のけ顔見合 ヤア弥平衛宗清か なふ恥しやと押
うつむききへも入度ふざい也 宗清ときはにめもやらず顔打ふつて
独り言 あつはれ宗清は今小松殿といふ能主取た果報の武士
いにしへのことく源氏を主人とあふぐならば 世間に恥辱をかゝん物 ハア

嬉しや/\ 俊寛が妻のあづまやがさいごの詞 ときはがこときけがれた
根性さげまい物 道しらず徒ら者と笑ひそしつて 其身はいざ
なみの尊以来 貞女の手本を世に残し 刃に伏てむなしく成 おもへは
あづまやは四想をさとる女賢人 小松殿も賢人 平家の仇と成こと
あらばときは迚用捨すな 討て捨よとの仰 徒に極れば平家に
弓引仇にもあらず 其身斗の恥辱か義朝がかばねの恥 奇水と
いふ世伜が生ひさき源氏一統の恥辱さらし去ながら 今宗清が主


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でなければかまはぬこと 狐狸が人をばかし失ふにもあらず ときはが
不義放埓と申あふるうへの事と ずんと立ばなふ暫くと引とゞめ
ときはが不義とは情なや 俊寛が妻の自害は身の貞女を守る
斗 しんで源氏の為にならばあづまやづれにまけふか 生てこゝろ
しんぼうは アゝおそらくときはには及まい 牛若を助んため清盛が心
にはしたがへ共 病と偽り帯といて一度も肌をけがさぬ物 そもや
そも往来の人を呼入てあだの枕をならべふか 牛若は日かげ者

誰を便りにせん方なき 往来の人を呼入色に迷ふは男の習ひ
だましすかしたらし込心を見届 したがふ者には源氏一味の血判
させ 牛若に義兵を上させ平家一門の首を見ん為と いふ
詞を打消してぬかすな/\ うそつきのときはめ 今おのれが不義
を見付られ とうわくしてのつくりこと 聞も弓矢のけがれ也と 立て
行を又引とめ いやときはに不義のないとは聞ても聞する 聞でも
聞すると むさほり付を取てつきのけ エゝ平家に敵たふときは


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ならば 討て捨よと御意を請た宗清に 偽り者恥しらずと懐
中の巻絹一捻ねちて丁々/\ 徒者とておはたと打不義者とて
ちやうと打 詞さげかみくろ髪をねぐたれがみと打みだす 杉戸
へだて笛竹がなむ三宝顕れしと 裾はし持杉戸けはなし 袂
の下の二尺三寸すきをあらせず切かけたり 老巧の宗清ぬきあはせ
渡り合 ふみ込/\打合ふ音 ときは驚き杉戸はづし引かゝへ 相の小
楯と身を捨て前におほい後ろにへだて とめてもとまらずぬけつ

くらつゝ 太刀と/\のひらめく影 あんやの稲妻ながるゝ汗軒の雫
のことく也 ときは御前こえをかけ おとなげなし宗清 はやまるな牛若
丸母がいふこと聞ぬかと 制せられ飛しさり エゝ無念な源の牛若
がだいじを思ひ立ゆへに母上と心を合 下女腰元にさまをかへ心を
つくすと聞ならば 忠節を成すべき所主君たる母君をなぜ打たなぜ
たゝいた ヤア主君とは舌なか也 弥平衛宗清が今の主人は平家の大将
小松殿 平家の仇と成者は討て捨よ 義有武士と?過しと御めが


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ねを以てむかふたる宗清 不義放埓のときは手を以て打腕の
けがれと 肌身もはなさぬ此雑巾を以て打たるは 有がたしとは
思はぬか 不義者の恥しらずにめぐりあふこと有べきかと かくし置たる
此雑巾 親子の恥を押のごひ/\ 早立のけとまききぬとつて
牛若の額にはたと投付たり エゝすいさん也いで切さいてすてんずと
引ほどけばこはいかに 正八幡大菩薩とあり/\印せし源氏のしらはた
二人ははつと押いたゞき 我々にめくりあふ迄と肌身もはなさず持たる

とや 今此はたを拝すること父義朝のそせいとも 千騎万騎の味
方共此上の有べきか おくふかき宗清の心をはかずそつじの雑言 ゆすし
てたべ宗清と親子手をさげかうべをさげ 伏しづみ給ふを見て 色
には出さず宗清も つれなの人害や譜代の主人に手をさげさせ 冥
加なし勿体なし痛はしとさへいひやらぬ 奉公の身の浅ましやと思へば
胸もさくる斗 しほるゝ瞼を見開き/\ せきくる涙を飲込/\ 十面
つくるぞ哀成 ヤ主人顔してけがするな 牛若と聞ば?かされぬ 宗清


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を一太刀討て親子共にはや立のけ サア立のけとせきければ ヲゝ誠有
宗清の詞は父の教訓 いざ立のかん尤と走出れば是/\/\ 小松殿
御めがねの宗清 おめ/\と見のがして我武士道立べきか 此宗清を一
太刀うて討て立のけ/\とよはゝつたり ムゝ尤と牛若飛かゝり太刀
ふりあくれば ときはすがつてやれ情なや 心ざしの宗清に太刀をあて
天のとがめ此神の御罰 苔の下成義朝の御恐覧も恐ろしし たとへ
親子が此まゝに一生を朽はたす共 道を立義を立誠をつくす侍

に 何と刃が当られうゆるしてくれと泣給へは エゝいひかいない うす
手もおはず落しては 宗清が武士がすたるが いやそれでもきらさぬ
いやうて いや討さぬと義を諍ふ エゝ曲もない 腹を切はやすけれ共
敵を見てぬく/\と腹切て逃たも同然 小松殿の御詞むかしは
ともあれ 今は平家の禄をはむ 我死後迄もめがねをちがへな
畏たと請合し一言はしゆみ山より猶おもし 弥平衛が一生のすたる
としらぬうらめしやと にらみつくる血眼に涙もまじる声の下より


63
縁の下敷板のはづれより宗清がゆん手の高股くつと通す切先は
あけにそみて顕れたる 人にはつと驚けば宗清につこと打笑ひ ハゝア誰かは
しらず我を突しは源氏の忠臣 サア宗清こそ牛若に出合 ふか手
をあふて討もらした ヤレのけ/\と呼はる隙に牛若君縁の敷板引のけ
給へば ひな靍が顔もかたちもあけにそみてはいあがり なふなつかし
の父上や 一とせ母うへにつれてわかれし娘の松枝(まつがえ)今の名はひなつ
る床しう御座ると斗にてすがり付て泣けるか 母うへにおくれ

てよりときは様につかへても 我宗清が娘とはけふとふけふいひ始 さい
ぜんよりのお詞始おはりを縁の下にてつく/\゛聞 お主の命も助たし父上
の武士も立たく 親の身に刃を当て八逆罪を身に請しは 親と主との
いとしさゆへ サア牛若様ときは様 早ふおのきなされませ なふ父うへ印斗にちよつと
切ふと思ふても すい当の切先が悲しや思はぬふか疵たつた一言赦すといふ 詞を
かけてくだされと 血を吸ひのこひ疵を撫で声もおします泣いたる 宗清も
諸共にみせふ涙を押かくし離別の母が娘なれば親ではなし子でなし 女なれ


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共源氏の郎等 平家方に刃を当ゆるせとは何ことぞ 源氏方には誰ならん
藤九郎盛長が姪松枝ならずや 縁の下よりつかず共なぜ名乗かけては討
ざるぞ 宗清がこはいかひきやう者め憎ぬけめ とはいひながらで
かしおつたと引よせてすがり付て泣ければ ときは御前も牛若も扨は
おことは宗清の娘かや 血筋有心ざし子といひ親といひ かゝる
忠義のものゝふの敵に成なる源氏の運 此行末もいかならんと 四人顔を
見合せてわつと泣入斗也 宗清は猶なかぬ顔 ヤイ慰みに人切か 主君を

落す為ならずや お供申て立のけほへな/\とつきのくれば いかにもお二人
おとしましよ我身はかばつて父上の看病させて下されと 又立よるを
はつたとねめ付 母さへ離別したる物 かん病とはうろたへしか 手負に心
をもまするな 勘当といはぬを嬉ししと思はぬか 但勘当請たいか不
孝者めとしかるも涙 アゝ/\お供しませうお供せう アレ父の心ざし立のい
てくだされませと なく/\涙も顔の血も押のごひ/\先にすゝめば親子の
人 身の大しをも思ひやり宗清父子が忠節も思ひやる方涙ながらに


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出給ふ 宗清つゝ立 牛若やらぬときはやらぬ エ脚がたゝぬ惜やと 態とよ
ろ/\どうどまろび おのれか程のうす手にひるみはせぬと又立あかつて
太刀を杖 よろり/\とよろめく姿 見かねて立戻りのがさぬやらぬは
声斗 両方泣顔にらむ顔ひらめく斗はむけもせぬ 勇者の振廻(ふるまひ)
情有恩愛有哀有 分別有仁義有心は太刀の光に見へて
義理にひかるゝ牛若者 親にこるゝひな靍がつばさしぼるゝな
みたの雨 ときはのもりの木の葉の露おちて ゆくこそ哀なれ