仮想空間

趣味の変体仮名

近江源氏先陣館 第四 道行旅路のぬれ衣

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
      ニ10-01036


33(左頁)
    第四 道行旅路のぬれ衣
うき事の つかさをとへば世の人の 恋と旅とに有明の 光りは
空に いや高き 北条時政の深窓に ひそう娘ともてはやす 名も
時姫の時に合ふ 鎌倉山を跡になし都路さして嫁入の道はあづまぢ恋路
はよそへ それで はずしてかちゞの野もせ数かぎりなきかじつきの中を 隠れ路
近江路を心のあてととも/\゛に お傍さらずの住の江が助け参らせ玉ぼこの
道ならぬとや四方山の噂にぬれん 小夜衣すそ吹はらふ 春風に 露


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ふみ分けてたどり行 村々つゞき果しなく 物思ふ身は若草やげんげつくしも
目にそはで 葉越のこたまさへ 我を追ふかとあやしまれ木の間
隠れに立忍ぶ そなたの方より一むれの ゆきゝの中に声高く塩の安
売 山ばかり噂都のだて姿 商ふ塩にかず/\有 日月昼夜
みち干の塩 どふど寄せくる浦波は須磨の上塩しほなれ衣 松風
村雨一荷にして 行平これをなめ給ふ 赤穂に名高き塩の色
雪より白いを此ごとくふじの山もり安いが一徳 押やい へし合

となりのお玉やむかいのおりんがこぼれかゝつてわれらが袖を
じつととらへて塩の目の 恋路は升にはかりなきサアめせ/\と
口上に あまたのゆきゝ興に入 笑ひをのこし行過ぎる 被きあらは
に姫住の江 義村様かと見合す顔 そしらぬふりに行く袂ふたり
はやがて右左 すがりとゞめてコレ申 さほどつれないお心としらぬわ
たしがかき思ひ 都の方へ嫁入も父御の仰ぜひなくも 其場をまぎれ
落人とかく成行をかはいやと 少しは思ひ給はれとくどき給へば住の江も ほん


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にわたしがいろ/\とくどき落した其上で お姫様への媒(なかふど)を跡で思へばあじ
な気にもつるゝ糸や 青柳の乱れて今は かこち草 花と桜の二
思ひ色香をわけて さいたつま 手をとり/\゛やいたどりの 離れがたな
き蔦紅葉(わかば)すがりくどけどますら男(を)の 心はそらに春の風 ふ
きわけちるゝ袖たもとはなちはせじとしのはらをあなた こなた
とつきまとひ 乱るゝもすそくれないの 入日の浪と見へがく
れ 木の間の桜ばら/\/\ 春の最中の雪おろし花ふみ わけて