仮想空間

趣味の変体仮名

加ゞ見山旧錦絵 第六(草履打の段)

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html

      浄瑠璃本データベース  ニ10-01093

 

50(左頁)

  第六

かけまくも 太敷立し宮柱 和光の塵もかけ清き ときはかきはの神楽歌千代を ことぶく

 

 

51

靏が岡弓矢取身の守迚 群集は押も分られず 一際目立鋲(びやう)乗物 足利家の奥

女中花の方の御代参 咲揃ふたる花尽し 外珎敷女郎花 さらば落ん玉あられ ふるや鈴の音大

麻の引手に神もなみくらん 当社の一禰宜榊兵部夫と見るゟ出向へば 乗物明て局岩

藤 跡に続て中老尾上 行儀も遉しとやかに会釈こぼして立出れば 神主兵部も共に式

台 先以今日の御代参御苦労しごくと挨拶の 詞に付て局岩藤 ヲゝ其後はお久しや兵部殿 相

替らず今日の代参 足利家の武運長久御祈念頼入まする 其次手には此局が 諸願満足を精

出して御祈なされ下されよと にがみ走りし空笑顔 仕済し顔に相述(のぶ)れば 尾上が夫と差心得一封の

 

願書取出し 花の方取分心を籠し此願書 御宝納下されよと 差出せば取納 イサ御神拝遊ばせ

と 詞の内に局岩藤 イヤノウ尾上殿 ちと私用ながら待合す人が有程に 先へ往て下され 左様ならば

お跡から 兵部殿御案内頼ます しからばお出と榊兵部 先に立て鳥居前 宮居さして

引連れ行 折もこそ有向ふゟ 身中が欲の掴み面鷲と名うての善六がきよろ/\眼 うそ/\/\

見ゆるこなたに岩藤が ヤレ待兼ました 委細はきのふの文の通り 日外も大膳殿ゟの密書

を 問注所て取落し 様々と捜して見たれど かいくれに見へなんだが 十か十尾上めが拾おつたには違い

ない スリヤどふも其分に置れぬ尾上め 夫故にけふの趣向 まだ其外ニナにやかや咄す事がたんと

 

 

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有 委細の訳は神主の所で 呑込ましたサアお出と 人喰鳥にも合う口と打連て社行跡へ 桃井(もゝのい)

求馬時房(もとめときふさ)が何の願の神もふで 鳥居近く歩みくる 引返して善六が邊りきよろ/\ねめ廻し

求馬が傍へ立寄て イヤ申お侍様 終にお目にはかゝりませぬが 此鷲の善六といふ男が願い 初

対面の天窓(あたま)から気に入ふが入まいが 是でも非でもお侍様 聞てもらふにや男か立ぬと 何か

根さしの云廻し 求馬もむつと若気のはやり気 思ひ直して和らを入 成程今御自分の申さるゝ

通り終に見もせぬ其へ 是非にと有其頼み 一通り承らんと詞の下 懐ゟ文取出し笑顔もち/\

申今の様に云た時は 小六ヶ敷事云かけてけんくはてもしかける様に お腹も立ふし御合点も参り

 

ますまいが 高がかふいふ筋でござります エゝアノお前に モウ/\/\死る程惚れている 其女中か命にかけて

わしへの頼み わしも又あまくさい事いふた事はない故 前のけんくは仕立て お前をくどく文使い

のわし 一つ屋敷の傍輩同士で色事は法度しやげなが 命づくの恋の取持 お前じや迚まん

さらに余り腹も立そもない事 其文納て下さんせと かさ押にゆる文使荒木を切て取持口

求馬は何の心もなく 文取上て見るゟ恟り 投返さんとしたりしが 役柄と云日頃の気質 後日の当

もいかゞぞと 一寸遁れとコレハ/\善六殿 存寄ぬお取持 何か差置我等迚も岩木にあらねは お

志何程か祝着 此文忝ふ受納めます 返り事はこなたゟとよしなに返事頼入と 懐へ入るゝを

 

 

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見て 俄に作るあいそぶり 扨も/\お前様は 数ならぬ此私が一言を お立てなされて下されます

只今のお返事 有難い/\ 主も嘸此返事待ちに待てゞござりませふ ヤ何お侍様 必お返事

待ますと 儕一人かでかし顔 肩いからして懐手宮居を〽さして入にけり 跡に求馬は只一人

文の返事をとやかふと しあんに小首傾けてしばし小影に彳めり かくとはいさやしらに

ぎて えんの糸ゆふ結合す 人目をそつとこしもと早枝(さえだ) としやおそしと走寄 物をもい

はず求馬が顔 うらめしそふに打詠め エゝ聞へませぬ求馬様 アノいちわるの岩藤が 目

顔を忍び転寝(まろびね)の 其むつごとの度々に そなたを退てそもやそも外に枕はかはさぬと

 

云しやんした其時の其一言を楽しみに 思ふているにとうよくな つれないはいなと斗にて

かこつも恋のならいかや 求馬はほうど持あまし コレハ/\又そなたもマアたしなみやいなふ イエ/\/\

よもやとは思へ共油断のならぬは男心 わたしや夜の目もあはぬはいな ハテ疑ひ

深いと手を取れば アゝ嬉しやと寄そふてわりなき中ぞむつまじき 不義物見付た動

なと 聞ゟ二人ははつと斗 ヲゝお局様いつの間に イヤけふわしも御代参に来ました ヤコレ味

やらしやるなふ 大切なお使に道草の千話遊びか ヲゝ能行儀じやの イヤけつかうな御

身持じやはいの 不義はお家の堅い御法度 ふたり共にかくごしやと 俄に詞あら/\敷

 

 

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穂にあらはれしは恋の意地 柊にさく花ならで二人は雪と 消たき思ひ イヤ申お局様 必

麁相あつしやりますな 私が身に取ましてさら/\不義の覚へはござりませぬぞ イヤお

しやんすな/\ たつた今求馬殿と 吸付たり引付たり抱付たり取付たり イヤモしたゝるい

事の有条をコレ 此黒い目で見て置た 何と夫てもあらがふかと 歯にきぬきせず云

まくれば 求馬こらへずコレ岩藤様 人の不義を改めるこなたこそ不義の詮議 ヤア何じや

此岩藤を不義者とは コノぬつへりとした顔はいのイヤコレ岩藤様 其いやらしい目付で付けつ廻しつ

今も今迚コレこの文と 出して見すればはつと斗 赤面すれば早枝引取 こりやけつぱくなお局様

 

じやはいな 不義は御家のきつい御法度 サア此方ゟ申上ふかへ サア夫は 但し拙者が言上致そぐか

サア

夫は サア/\そんならモよふござるはいの 不義の詮議は互に是切 イヤ何求馬殿 お局様 スリヤ

申分はござりませぬかと 早枝と目と目見合せて 別れてこそは立帰る 折から告ぐる供廻り

イザ御立と夕栄(ばへ)の 中老尾上先に立多くの女中取かこみ 対の帽子も一やうにむれいる

鷺のごとくにて賽(かへりもふ)しの鳥居の前 イサお局様御一所と 云に岩藤ふせう/\゛立上らんとする所へ

来かゝる鷲の善六が 両手を土にイヤ申お局様 最前申上ふと存じましたれど かの事に取

まぎれましてナ申 はつたと失念を仕りましてござります 外の義でもござりませぬが

 

 

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此間仰付られました金子の義 ヘゝゝ御受取下さりませと 半分云せずコレ善六 いつもな

がら心遣は過分/\ 流石は町人のそなた 奥向の事知ぬ筈は尤 コレ此岩藤は局役

じやぞや むさくろしい物を取扱ふ役じやない 其金は針妙の沢に渡しや能きにと斗詞数

云ぬ色なる山吹の包取出し善六が アゝ町人と申者は賎しい者でござります 神仏ゟ尊(たつと)ふ思ふ

此金を むさくろしい物などゝお手にふれぬといふは アゝ又格別なお歴々様 うなる程金もつ

ても町人といふ物は アゝ賎しい物でござりますと 云つゝ金を懐へ お屋敷さして急ぎ行 跡打見

やり 局岩藤 アノ善六とした事が わしがいふ事気にもさへず正直な生れ付き 何とおもは

 

しやる尾上殿 町人には珎らしい気恥しいアノ善六 町人は賎しい物と感心した今の様子 ヤコリヤ本に ちつと

こなたには差合で有た物 ホゝゝヲゝわしとした事がつか/\と気の毒な イヤ本に尾上殿 アノこな

様の宿といふは金持なれど町人 仮親しての御奉公 スリヤ今わしがいふた事 気にさはりやし

ませぬかと おぢな所(とこ)からしかけるけんくは 扨はいつぞや問注所にて 密書を拾置し事 け

どつて今日の此宜儀(しぎ)と 思へば猶もそらさぬ顔 コレハ又岩藤様の痛入ます御挨拶 何

のまあ私が気にさへまするの何のかのと 申様な事がござりませふぞ おつしやる通り町人

の娘 親共こ出入の御縁を持まして 御奉公に上りまし だん/\とお取立 かやうな重い御

 

 

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奉公も有難い此身の仕合せ 根が町人の私が事 嘸やふつゞかな事斗でござりましよ

此上迚も岩藤様 憚りながら能様に たらはぬ事を御遠慮なふお叱なされてお差図頼み

上ますると 柳流しのしなやかに云廻したる利発さよ ヲゝ何じや 町人の娘故足ぬがちな勤

方をわしにさしづしてくれう ホゝゝゝヲゝつべこべと薄唇じやの こなたの若い其舌先で こね返さるゝわし

でもござらぬ 何のそもじの御発明でわしが差図を受そふな事かいの コレ次手しやによつて

云ますが こなたの親元は町人ながらも金持で 御屋敷の御金御用を勤みやるといふ 其用

達(たし)顔の高慢が 鼻の先へふら付てコレ 此顔に見へるはいの コレ/\上の事いふではないが金の威

 

光はきつい物じや アノ其角とやらいふ俳諧師の発句にコレ聞しやれや 口切や汝をよぶは金

の事 コレ金持顔(つら)は此上迚もやめにして下され尾上殿 御役向はお中老 此岩藤は局役 お

表ならば用人格じやぞや 女子一通りの事は勿論 万一狼藉者が奥向へ切入るか また

盗賊などが忍び入る 其時には役がらじや 女子ながらも御前の堅 討留る器量かなければ

勤まらぬ奉公じやが こなたも武家方の御奉公さしやるからは 長刀の一手も心得てご

ざらふの ソリヤアノ誰に稽古さつしやつたぞ ソシテアノ其お師匠様は何と云ますヤ コレ/\尾上殿 アゝ爰

な人わいの 人に斗口たゝかせ こなたは耳でも潰れたかと かみ付られて尾上は只赤らむ顔を

 

 

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押隠し おはづかしい事ながら 其心がけははいといふのか ヤレおとましや気の毒や 重い役を勤めな

がら 役向の勤方を知らぬといふはソリヤアノ何じやぞや ヲゝ夫よ本の是が禄盗人といふ者じやぞ

や イヤコレ知行盗人といふ物じや 盗人じや /\/\/\ 何とそふでは有まいかいと まくしかけたる雑言に

無念の涙たもち兼歯を喰しばり こらへいる ヲゝ何じや 泣しやるか ヲゝちつとこたよふ 悔しか

ろ 町人の娘じや迚今では武家の御奉公人 ヤ本にそふじやはいの 最前もいはしやるには 心

付かぬ事有ば御指南頼むといはしやつたの ウゝドレ教へてやとろ立上り 持つたる扇振上れば 身

をかはして打落す 手向なさば一打と懐刀抜放せば 是はと驚く女中達 尾上も今

 

はだまり兼 供にぬかんと立寄しが 思ひ廻せば廻す程大恩受し御主人の御せんども見届ず

我身に過ち有ならば跡に残りし親達の 御歎きはいか斗とこたへるつらさ苦しさは 胸もはりさ

く血の涙 身も浮斗歎しは傍で見る目もあはれ也 ムゝ相手にならぬは此岩藤が恐しいか

但しは又おくれたのか 遉は町人の娘なれば刃物ざんまいは恐しい筈 怖い筈 ヲゝ道理じや/\/\

そんならコリヤ納めましよ/\ ドレ/\/\/\帰りましよ/\ ホンニ/\/\こなたにかゝつて コレ/\/\これ見さつしやれ足袋も草履も砂

まぶれじやはいの イヤコレ尾上殿ヤ 何と此草履のよごれたのをふてい下されぬか アノ私に ヲイノ エゝ

いやか じやといふて夫がまあ ホゝゝゝ臆病者の腰抜に 刃物よごししやうゟ 幸な此草

 

 

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履と 足にかけたる土草履 尾上が頭を丁/\/\ 是はと斗奥女中 気の毒余り立さはぐ

を 尾上は声かけコレ/\/\騒ぐまい女中達 岩藤様が此尾上を 御異見の為の御打擲

コレわしや有難ふて /\ かゝ様の御折檻と 思ふて此身のふし/\゛迄 有難ふて忝い イヤ申岩

藤様 産の親も及ばぬ御異見 エゝ有難ふ存じまする 此上は随分と武芸をも心がけて

御奉公を致しましよ 又 此お草履は私が為には 御教訓の此一品 申受まして私が守りと

懐中したる大丈夫類希成忠孝に 遉の岩藤軻果口を つぐんで居たりしが ヤア何じや

其草履をわしに貰ふて守にかける アノ守にヤ テモ恐しい辛抱な人 異見した甲斐が有

 

以後を急度お嗜 サア/\/\行ましよと替草履歩行路(かちじ)ひらふも気晴しと帰る 岩藤残

れる尾上 髪も乱れて我ながら 口惜しいやら無念やら顔は茜とせきのぼしこらへ/\しため

涙一度にわつと伏まろび身も浮く 斗歎しが あまたの女中立寄て コレ/\申尾上様 アノ

にくていなお局の 気質が常から能御存じ お腹立つはお道理なれどいつもの事じやと思し召 必

お気にさへられずと 先(まづ)々屋敷へ御帰りといさめ立れば 泣くもかゝへ引〆立上り 女心の一筋に又

思い出す口惜涙早寺/\にくれの鐘あすは我身もきへて行 夕告鳥の泣々も打連 館へ〽急ぎ行